冷えたハンドルをキュッと回す。
暖かな水が雨の様に降り注ぎ、少女の切り揃えられた髪を濡らす。
シャワーから出る温水は髪や身体に染み付いた汗を洗い落としていく。
少女にとってようやく訪れた、微かな安寧の時間だった。
ふう、と一息を付きながら少女はシャワーの熱にその身を委ねる。
温水は少女の艶やかな肢体を伝い、タイルの敷き詰められた床へと流れ落ちていく。
降り注ぐ熱を浴びながら、少女はぼんやりと宙を見つめていた。
少女―――『前川みく』は。
自宅のシャワールームで、今日の出来事に思いを馳せていた。
(………疲れた)
みくは、心中でぽつりと呟く。
たった数時間でこんなに疲れたのは、何時ぶりだろうか。
一日の半分にも満たない時間の出来事だったというのに。
気を紛らわせる為に図書館へと勉強しに行って。
途中で呉島先輩と喫茶店で話して、決心して。
帰り道に、得体の知れない怪物に襲われて。
緑色の鎧を纏った不思議な人に助けられて。
アーチャーがやってきて、黒い髪の女の子のサーヴァントがやってきて。
サーヴァント同士の戦いを目の当たりにして。
今度は蝙蝠みたいな黒いサーヴァントが現れて。
アーチャーとその場から逃げて、ようやく家に着いて――――。
『死ぬかもしれない』なんて思ったのは、あれが初めてだった。
凶爪を振るうあの怪物から必死に逃げた時の記憶が脳裏に蘇る。
追い掛けて、追い掛けて、とにかく追い掛けて。
あの怪物は、自分を追い詰めていたのだ。
聖杯戦争という現実から、ずっと目を逸らし続けてきた。
普通の学生らしい生活を送って、気を紛らわせていた。
ただ普通に暮らしていれば、危機が及ぶことなんて無い。
誰にも知られなければ、自分は狙われない。そう思っていた。
しかし、そんな筈が無かった。
向けられた殺意。容赦無く振るわれる凶器。理不尽な暴力。
あの怪物は、自分を殺そうとしていた。
自分の命を、奪おうとしていたのだ。
ゾクリと背筋が凍る。
悪寒に襲われ、身体が震え出す。
いつの間にか己の身体を抱きしめていた自分に気付く。
怖い。
なんて、怖いんだろう。
今まで意識することなんて無かった死のビジョンが、頭の中に鮮明に浮かび上がる。
自分は既に戦場に立たされていることを否応無しに思い知らされる。
殺し、殺され、殺し、殺され、殺し、殺され。
そうやって、皆が殺し合う。
逃げ場なんて無い。自分が立たされているのは死の闘技場だ。
生き残りと願いを懸けた戦いの地に放り出されている。
アーチャーが自分を助けに来てくれて。
それと同時にあの黒い髪の女の子が現れて。
二人は武器を使って、とにかく戦ってて。
何が起こっていたのかよく解らない。
でも、一つだけ確信出来ることはある。
あれが、サーヴァント同士の戦いだということを。
あの戦いこそが、聖杯戦争であるということを。
自分は何も知らない。
戦場も、死線も、殺意も、何も知らない。
普通の家庭で生まれ育ち、キラキラと輝くアイドルに憧れて。
そんな人間だ。どこにでもいる、普通の女のコだ。
だからこそ、何も知らない。
何も知らなかったのに、知ってしまった。
戦いの何たるかを。
死という恐怖の何たるかを。
また、現実逃避をしたくなった。
しかしその場凌ぎの行動に意味が無いことなど、とうに理解していた。
自分はマスターだ。殺し合いの参加者だ。
今更現実から目を逸らした所で、意味なんて無い。
見て見ぬ振りをした所で、現実は自ずとやってくるのだから。
《 ハロォ――――――ゥ、ゴッサムシティィッ! 》
そう、現実は容赦なくやってくるのだ。
時刻は正午。
運命を唆す蛇による通達が始まる。
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆
みくはシャワーを浴び終える。
身体をタオルで拭き、着替えを身に纏い、ぼんやりとした表情で鏡の前に立つ。
ドライヤーで髪を乾かすみくは、先程の通達の内容を頭の中で咀嚼していた。
(3組がいなくなって、残りは23組…)
初日までに3組の主従が脱落している。
つまり、既に殺し合いは始まっているのだ。
自分が現実から目を遠ざけている間に、とうに誰かが死んでいるのだ。
――――胸の内に、不安と恐怖が再び込み上げる。
泣こうが叫ぼうが戦いは止まらない。
とっくに火蓋は切って落とされている。
残り22組の参加者が、自分達の『敵』として存在するのだ。
(……連続、殺人鬼)
そして、もう一つの情報。
ルール違反を犯しているというサーヴァントの存在。
聖杯戦争というセオリーを無視し、殺人を繰り返しているという。
この街で殺人事件なんて珍しくない。
毎日の様に何人もの死者がニュースで伝えられているこの街では、日常のようなものだ。
だけど、そんな街さえも震撼させる連続殺人鬼の噂は耳にしていた。
ニュースでも幾度と無く報じられていた。
『人間を破裂させて殺す』という、殺人鬼のことを。
――――訳が解らない。理解出来ない。
――――気持ち悪い。考えたくない。
みくは知らず知らずのうちに、殺人鬼に関する思考を打ち切っていた。
残虐な方法で何人も平気で殺すような奴のことなんて、考えたくない。
怖くて、気持ち悪い。まるで解らない。
ごく普通の感性を持つみくには理解が出来なかった。
死への忌避感を持つみくは、理解したくなかった。
何の呵責も無く人を殺し続ける殺人鬼のことなんて知りたくなかった。
―――――殺人鬼。他者に理不尽な死を齎す異常者。
死への恐怖、殺人への恐怖が再び蘇る。
脳内で駆け回る死のイメージを、必死に堪えていた。
再び襲い掛かる、死という概念への恐怖。
どうしようもない孤独感、不安感がその身を蝕む。
どうしたら、いいのだろうか。
自分は、どうすれば。
《マスター》
唐突にみくの脳内に響いたのは、自分を呼びかける声。
思わず身体をビクッと震わせて素っ頓狂な声を上げてしまう。
それがアーチャーの声であることに気付いたのは、ほんの数秒後。
「ア、アーチャー?」
《…何をそんなに驚く》
《あっ、えっと、ごめんなさい…!ぼーっとしてたから、つい…》
やや呆れたようなアーチャーの言葉に、みくは慌てた様子で答える。
アーチャーの姿は見えない。
確認できるのは念話による声のみだ。
シャワーの時は一人にしてほしいと頼み、洗面所の外で待機させていたのだ。
のんびりとシャワーを浴びていた為、痺れを切らしたのかもしれない。
《ちょ、ちょっと待ってて!今髪乾かすから!》
数分後。
髪を乾かし終えたみくは自室の扉を開く。
ゆっくりとベッドに腰を下ろし、小さく溜め息を吐く。
静寂に包まれた自室をゆっくりと眺める。
見慣れてしまった、自分の空間。
聖杯戦争のマスターとなった自分に与えられた世界。
孤独の空間。そこに寮の様な暖かさは一欠片も存在しない。
みくを除けば、家の中に人の姿は誰もいない。
この家にはみくしか居ないのだから。
《理解したか、マスター》
そう、『彼女』を除けば。
みくが召還した従者は、姿は無くとも確かに存在していた。
アーチャーのサーヴァント、
ジャスティス。
彼女は霊体化した状態で念話を行い、みくに語りかけた。
《私は貴様に戦士としての覚悟を強いるつもりは無い。
だが…聖杯戦争は既に始まっている。お前が現実から目を逸らした所で、敵は待ってはくれない。
先の件で、そのことを理解したか》
先の件――――異形の怪物、そして他の主従との対面。
みくにとって、あれが初めての『聖杯戦争』だった。
目を逸らしていれば、一先ず巻き込まれることなんて無い。
そんな思い込みが、幻想が打ち砕かれた瞬間だった。
アーチャーの言い放つ言葉に対し、無言でみくは頷く。
《……理解したのなら、構わない。以降は単独での行動は控えて貰う。
敵は22組。何時、何処に敵が潜んでいるかは解らない》
釘を刺す様に言うアーチャーに、みくは再び頷く。
実際、彼女の言う通りだった。
数時間前にみくはアーチャーを自宅に待機させ、一人で外へと赴いた。
聖杯戦争という現実を忘れ、学生として振る舞うことで気を晴らす為だ。
結果としてみくは怪物に襲われ、自力での逃走を余儀なくされた。
あの場で鎧の戦士が駆け付けてくれたことでアーチャー到着までの時間は稼がれた。
だが、もしあの戦士がいなかったら。
みくは怪物の一振りの攻撃で命を落としていただろう。
あの場にアーチャーがいれば、未然に危機を防げていたかもしれない。
先の件は、アーチャーを遠ざけた自分の我侭によって間接的に引き起こされたのだ。
みくは自分を責めるように内心でそう考え、視線を僅かに落とす。
《故に、警戒しろ。死にたくなければな》
――――怖い。
アーチャーの一言で、ぞくりと恐怖が胸を走る。
死ぬのが、怖い。
聖杯戦争が、怖い。
怪物に追われ、サーヴァントの戦いを目の当たりにした時、それらの恐怖が再び蒸し返されたのだ。
この現実から逃げ出したい。
何もかも放り出して、元いた場所に帰りたい。
しかし、シャワールームでの思考でみくは既に理解している。
自分はマスターであり、聖杯戦争の参加者なのだということを。
恐怖に怯えて震え続けた所で、どうにもならない。
みくは思う。
何度も自問自答した感情を繰り返す。
自分はどうすればいいのだろう。
何をすればいいのだろう。
自分は弱い。戦うことなんてもっての他。
その上何も出来ない、ちっぽけな人間だ。
叶えられないと、まだ決まっていなかった筈なのに。
『叶えられないかもしれない』という焦燥によって、奇跡に縋ってしまった。
自分は、弱い人間だ。
みくは、思う。
自分は、どうしたら―――――
――――本当に欲しいものがあるなら自分で動いて勝ち取らないと何も手に入らないし何も守れない。
――――覚悟を決めて動かない限り、何も変わらないでずっと弱い自分が残るだけなんだ。
脳裏を過ったのは、少し前に言われた言葉だった。
呉島光実。ハイスクールの先輩であり、チーム鎧武のメンバー。
あの時、彼の一言によってみくは勇気を与えられたのだ。
悪夢の様な犯罪都市で、光実は輝いていた。
外界という恐怖を振り払い、彼はダンスという自分の道を選んだ。
何も出来ず、恐怖から逃避するだけのみくにとって、彼の姿は酷く眩しく見えた。
(呉島先輩は、飛び越えたんだ)
呉島光実は、境界を飛び越えたのだ。
何があるか解らない外界へと飛び出し、自分だけの世界を見つけたのだ。
そんな彼が羨ましくて、そんな彼に憧れを抱いた。
ギュッとみくは拳を握り締める。
シンデレラプロジェクトのオーディションを受けた時のことを、思い出す。
普通の女の子から抜け出したくて。
テレビで何度も見た、キラキラ輝くアイドルになりたくて。
そんな想いを抱いて、みくはアイドルの道を選んだのだ。
勇気を振り絞り、普通の日常という境界を飛び越えたのだ。
今のみくは死の恐怖、戦いへの恐怖に怯え続けていた。
先の件でそれらを改めて認識し、彼女はただ震え戦いていた。
しかし、それでは何も始まらない。
現実は決して待ってはくれない。
ならば、どうするか。
(アイドルになる事とも、踊る事とも、違う。それでも、みくは―――――)
聖杯戦争であっても、動かなければならない。
自分で動かなければ、何も手に入らない。
覚悟を決めなければ、何も変わらない。
弱い自分が取り残されるだけ。
だからこそ、
前川みくは。
ジャスティスと話し合おうと決心していたのだ。
「ア、アーチャー!」
みくは勇気を振り絞り、声を上げる。
アーチャーからの答えは何も返ってこない。
その場でみくが何を言おうとしているのか、黙って聞き届けようとしているらしい。
ごくりと、唾を飲み込む。
緊張する心中を抑え、すぅと深呼吸をする。
心の準備を整えたみくは、決心を固めた表情で顔を上げた。
「―――――――前川みく!15歳、高校一年生!趣味は猫カフェ巡り!
346プロダクション所属のっ、新人アイドルにゃ!!」
そして、彼女は口を開く。
精一杯の自己紹介が飛び出した。
みくが対話の一歩として行ったのは、名乗ることだった。
声を張り上げたみくに、アーチャーは沈黙する。
《……何?》
「すっごくキラキラしてて、綺麗で、可愛くって…そんな女の子になりたくって!
そう思ったから、みくはアイドルになろうと思ったのにゃ!
でも、他の同期の子達みたいに輝けなくって…それで、すっごく焦っちゃって…。
だから…みくは、あの変な人形を手にしたんだと思う!此処に来たんだと思うにゃ!」
呆気に取られた様なアーチャーに対し、みくはそう伝え続ける。
心の底から絞り出した言葉を、ただ想いのままに吐き出す。
《何が言いたいのだ、マスター》
「え、えっと…その!アーチャーに、みくのことを知ってほしかったにゃ!」
みくが絞り出した言葉に、アーチャーは何も答えない。
唖然としているのか、呆れているのか、あるいはみくの話に耳を傾けようとしているのか。
みくには解らない。姿の見えないサーヴァントが何を思っているのかは解らない。
それでもみくは、真っ直ぐに言葉を紡ぐ。
「みくは、何も言えなくて…ずっと怯えてばかりで…
此処までずっと、アーチャーとちゃんとお話出来なかったから…!
だから、マスターとしてみくのことを知ってもらいたいの!
そして…アーチャーのことも、ちゃんと知りたいにゃ!」
その言葉に含まれていたのは、目を逸らし続けてきた自分への反省。
そして、己の従者と改めて向き合う決意。
マスターとしての心構えも、聖杯戦争で取るべき戦略も、何もかも解らない。
自分にとっての最前の選択さえも、解らない。
それでも彼女は、勇気を振り絞って対話に望んだ。
自らが今為すべきこと―――――サーヴァントとの対話に臨んだのだ。
沈黙が再び場を支配する。
一筋の汗を頬から垂らし、みくは虚空を見つめる。
アーチャーは、何と言うのだろう。
彼女はみくの覚悟を期待はしていないと言っていた。
彼女にとって前川みくという存在は、無力でか弱いだけの少女なのかもしれない。
きっと、彼女にとっても自分の存在は迷惑なのだろう。足手纏いなのだろう。
だからこそ、せめてちゃんと向き合っておきたい。
彼女と面と向き合って、自分のやれることを模索したい。
お互いにちゃんと心を通わせたい。
みくはそう思った。
自分の望む答えは返ってこないかもしれない。
それどころか機嫌を悪くしてしまうかもしれない。
それでも、このままでは駄目だ。
ごくりと唾を飲み、みくは従者の答えを待つ。
幾許もの沈黙の後。
みくの目の前に、アーチャー―――ジャスティスが姿を現す。
霊体化を解いた弓兵が、みくを見下ろしてゆっくりと言葉を紡いだ。
「…いいだろう」
ジャスティスが、そう静かに告げた直後。
「だが、期待はするなよ。私は……貴様とは、違うのだから」
僅かな愁いを帯びた瞳で、そう言った。
みくはただ無言でこくりと頷く。
少女は決意を固めた表情で、己の従者と向き合った。
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆
己のことを他者に語るのは、初めてだった。
ジャスティスは、マスターに己の来歴について語った。
召還による影響か、記憶の一部が欠落している。
ヒトとしての自分がどう生まれたのか。
どのようにして育ったのか。
自分が何故兵器として生まれ変わったのか。
まるでピースが抜け落ちたパズルの様に、記憶は曖昧となっている。
それ故に全てを語ることは出来ない。
だが、それでも大本の来歴は覚えていた。
元々はヒトだったこと。
親しい人間が二人居たこと。
自分が生態兵器『ギア』の完成型壱号として生まれ変わったこと。
自分がギアの存在意義を提唱し、人類へと叛逆したこと。
手始めに日本国を滅ぼし、その後100年に渡る聖戦の火蓋を切ったこと。
そして、最後は己の同類/かつての友人に殺されたこと。
死の間際に『再び友人達と語り合いたい』という願いを抱いたことを。
ジャスティスは己が記憶する過去を、少女に語ったのだ。
彼女は死後も人々から絶望の象徴として畏れられ、語り継がれた。
最強のギアを畏怖する人類の想念は、彼女をある種の『偶像』へと昇華させた。
――――――破壊神。全人類の叛逆者。絶対悪。
彼女は人類史における悪の偶像として押し上げられたのだ。
ジャスティス自身、己が悪であるということを否定するつもりは無い。
彼女は実際に数え切れぬ程の人間を殺戮し、数え切れぬ程の破壊を繰り返したのだから。
畏れられようと、憎まれようと仕方が無い。己はそれだけのことを行ったのだ。
だからこそ、聖杯の力でヒトとしてのほんの僅かな幸福を求めることも―――――己のエゴに過ぎない。
破壊神が死の間際に抱いた、最後の我侭に過ぎない。
そんな彼女のマスターとして宛てがわれたのは、ヒトの中で輝く『偶像』としての幸福を求める少女だった。
ほんの小さな因果。されど、それが二人を引き寄せた縁であるのかもしれない。
忌まわしき『偶像』として語り継がれる破壊神は、輝かしい『偶像』を目指す少女に召還されたのだ。
思わぬ縁を持つとはいえ、何故矮小な人間の小娘に自分の来歴を語る気になったのだろうか。
自らの心の中に生まれた気まぐれに過ぎないのかもしれない。
あるいは、これがヒトとしての本来の自分の性格なのかもしれない。
もしくは、勇気を振り絞って自身と向き合ったマスターにある種の好感を抱いたのか。
(…ああ、そうか)
思考を繰り返し、ジャスティスは己の中で一つの答えを導き出す。
何故己は矮小なヒトに少しでも気を許したのか。
その答えは至極簡単なものだった。
マスターが、ただのヒトだったからだ。
破壊神が求める『ごく普通の幸福』を持つ、普遍的なヒトだったからだ。
戦いも、殺戮も、破壊も、彼女は何も知らない。
親しい者達と当たり前のように語り合える。
ごく普通の幸せを、当然のように謳歌出来る。
それ故に憧れたのだ。普通のヒトである前川みくに、好意を抱いたのだ。
そんなマスターは、自分の過去を知りどう思うのか。
ただの少女である前川みくは、英霊の――――破壊神の辿った生き様を知り、何を思うのか。
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆
前川みくは何も言わず、己の素性を語ったジャスティスを見上げていた。
自分の想像を超えた来歴に、みくは言葉を出せなかった。
―――――曰く、アーチャーは『破壊神』なのだという。
彼女は己を生物兵器だと語っていた。
人間であったにも関わらず、兵器として改造された存在なのだ。
そんなアーチャーは兵器の存在意義を提唱して、人類に叛逆した。
アーチャーは日本を滅ぼし、無数の生物兵器を率いて全世界を攻撃した。
百年に及ぶ戦争の果てに、アーチャーは―――――かつての友人に殺された。
みくにとって、全く知らない世界だ。
安穏とした世界で生きてきた彼女にとって、未知と言ってもいい生き様だ。
正直に言って、少しだけ怖いと思った。
目の前に立つ己のサーヴァントが破壊者であることを知ってしまったのだから。
アーチャーは―――ジャスティスは、人類の敵なのだ。
文字通り、世界を破壊せんとした存在なのだ。
サーヴァントとして召還された今でも、災厄を齎すかもしれない。
破壊と殺戮を行うのかもしれない。
(…ううん、それでも、みくは)
それでも、みくはアーチャーから目を逸らすことを嫌った。
どんな現実があろうと、前へ進む為に真っ直ぐ向き合いたい。
それにアーチャーは、マスターであるみくを護ってくれた。
あの怪物に襲われた時だって、必死に急いで駆け付けてくれた。
みくが泣きじゃくった時も、ああして優しく頭を撫でてくれた。
そんなアーチャーを、みくは憎むことなど出来なかった。
彼女の中のヒトとしての感情を、薄々と感じ取っていたのだ。
アーチャーは、破壊神。
アーチャーは、人類への叛逆者。
アーチャーは、絶対悪。
確かにそうなのかもしれない。否、その通りなのだろう。
「アーチャーは怖い人だっていうことは、解ったにゃ。
でも、みくにアーチャーを責める権利は無いってことも…解ってる」
そう、みくは部外者なのだ。
ジャスティスによる殺戮も、破壊も、全くの別世界で起こった出来事なのだ。
彼女が破壊神であろうと、絶対悪であろうと、みくはそれを責めない。
みくは当事者ではないのだから。
彼女の破壊によって蹂躙された『犠牲者』ではないのだから、責める権利等持たない。
故にそのことについて、みくは深く追求をしない。
「それに……大事なのは、今のアーチャーだと思うの!」
みくにとって重要なのは―――――今だ。
サーヴァントとして召還され、自分を護ってくれている『今の』アーチャーだ。
「みくは、みくを守ってくれる今のアーチャーを信じたいの。
だからみくは…アーチャーを嫌ったりなんかしないにゃ!」
みくははっきりとそう告げた。
恐怖が抜け切ったか、と聞かれれば嘘になる。
ほんの少しでも怖い気持ちはある。
アーチャーという存在を畏れる想いは、少しでもある。
でも、みくはアーチャーを信じることを選んだ。
自分を護ってくれる存在と、真っ直ぐに向き合う道を選んだ。
――――――きっと、呉島先輩でもこうしていたのだろう。
何かが怖くても、怯えているだけじゃ駄目だ。
覚悟を決めて向き合わないと、前へ進まないと、弱い自分が残るだけ。
だからこそみくは勇気を振り絞ったのだ。
「…………」
みくの宣言を耳にし、アーチャーは静かに目を閉じる。
彼女が何を思っているのか、何を考えているのか。
今のみくには解らない。
だけど、一瞬だけ。
彼女がほんの一瞬だけ、ふっと笑みを浮かべた様にも見えた。
それが偶然そう見えただけなのか、本当に笑んでいたのか。
みくには、解らなかった。
「……礼を、言う」
アーチャーはただ一言、そう告げる。
それ自体は、ほんの短い言葉。
しかし、アーチャーにとっての感謝の意であることは確かだった。
◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆
棚の奥から引っ張り出したのは大柄なトランク。
トランクの留め具を開き、傍に用意されたモノを空っぽの中身に詰め込み始める。
綺麗に畳まれた数着の着替え。
必要最低限の日用品の数々。
そして、みくの魂とも言える猫耳のカチューシャ。
みくは持てるだけのものをトランクにしまっていく。
対話を終えた後、みくはアーチャーの提案により最低限の荷物を纏めていた。
万が一の時に自宅であるアパートから離れる為だ。
鎧の戦士と黒髪のサーヴァント。
漆黒の蝙蝠のライダー。
みくは少なくとも二つの主従から存在を捕捉されてしまった。
更に鎧の戦士はみくの素性を知っていた。
彼女のことを『前川さん』と呼んでいたのが何よりの証拠だった。
鎧の戦士は正体を隠したみくの知人か、あるいは何らかの方法でみくの名を知っている。
下手をすれば、前川みくの情報から自宅を割り当ててくる可能性もあるのだ。
彼らだけではない。
他の主従からも、先の戦闘を捕捉された可能性はある。
キャスターの使い魔。隠密活動に長けるアサシン。
それらが在れば、戦場の監視等幾らでも行えるだろう。
もしも本当に監視されていた場合、どのような情報を掴まれているかも解らない。
とはいえアーチャーはみくの体調を配慮していた。
自宅を捨て、各地を転々とする日常はただの少女であるみくにとって相応の疲労を強いる筈だ。
それに、先の戦闘からまだ数時間程度しか経過していない。
もし隠密性に長けるサーヴァントが実際に先の戦闘を監視していたとしよう。
その場合、下手にみくを外出させれば逆に彼女に危機を及ぼすかもしれない。
故に今はまだ移動はしない。
もしもの場合は、アーチャーが力を振るってみくを護る手筈だ。
(…あの鎧の人は)
荷物を纏める最中、みくはある人物のことを考えていた。
あの怪物から自分を護ってくれた戦士のことだ。
みくが一先ず自宅から離れなかった理由の一つに、鎧の戦士のこともあった。
恐らく彼は、自宅への襲撃を仕掛けては来ないだろうと考えたのだ。
噂に聞いたことが在る。
チーム鎧武の縄張りに蔓延る悪党を一掃し、学生が足を踏み入れられる切っ掛けを作ったヒーローを。
もしかしたら、あの鎧の人がそのヒーローなのだろうか。
一つ確かなことは、彼がみくを守ってくれたということだ。
彼が何者なのかは解らない。
ただみくには、自分を守ってくれた彼が悪い人であるようには思えなかった。
彼は敵対するマスターでありながら、一度ならず二度もみくを助けてくれたのだ。
それに、何故自分の名を呼んだのだろうか。何故知っていたのだろうか。
いつか彼の真意を問いたい――――――みくはそう考えていた。
対するアーチャーも、あの蝙蝠のライダーに思う所があった。
奴は敵だ。奴は破壊神ジャスティスの敵として立ちはだかった。
だが、同時に奴は守護者であることも宣言していた。
あくまでこの街を護る為に戦うと彼は言っていたのだ。
奴は無辜の存在であるマスターを狙いはしなかった。
あの路地裏での戦闘の際、自身のマスターである前川みくを奇襲すれば奴は労せずアーチャーを仕留められただろう。
実力の差は歴然としている。戦車と直接戦うよりも、戦車の動力源を潰す方が遥かに楽だ。
しかし、奴はそうしなかった。
態々奇襲を仕掛けたり等せず、堂々とアーチャーの前に姿を現した。
つまり奴は、マスターである前川みくを攻撃する意思がなかったということだ。
そんな相手が、態々自宅での無防備なマスターを襲撃に来るかと聞かれれば疑問が残る。
故に警戒に留めた。今は前川みくの休息を優先したのだ。
とはいえ、完全に安心出来るかと言えば否だ。
いずれも急速な危機ではないと言えど、彼らが敵対主従であることは確かである。
それに隠密性に長けるサーヴァントや使い魔が本当に存在していた場合、敵にこの場所が筒抜けになっている可能性がある。
あくまで可能性に過ぎないとは言え、警戒を怠ってはいけない。
《私は…外部の見回りを行う。可能な限り貴様の自宅からは離れない。
危機が訪れた場合は、迷わず令呪を使え。すぐに駆け付ける》
霊体化したアーチャーはそう告げる。
暫くは自宅周辺の監視と警戒を行うのだ。
みくはそれを了承した。
魔術や戦闘に関する素養を持たないみくは、その点に関してアーチャーに頼らざるを得ないのだから。
《それとマスター》
《…何?》
《最初にも言ったが、改めて言わせて貰う》
きょとんとした表情を浮かべるみく。
そんな彼女に、アーチャーは淡々戸津げる。
《手を下すのは…他者を殺すのは、私だ。
人を殺すのは、兵器である私の役目だ。
お前ではない。それだけは忘れるな》
アーチャーはただ静かに、そう告げる。
その後アーチャーの声は途絶えた。
恐らく、霊体化したままこの場を離れたのだろう。
―――人を殺すのは、兵器である自分の役目。
きっとアーチャーは、自分がそういう存在だと自認しているのだろう。
ヒトを殺してきた怪物であることを、受け入れているのだろう。
それでも、彼女はヒトとしての幸せを望んでいる。
自分を守ってくれた彼女はただの兵器なんかじゃない。
だからこそ、みくは思う。
(…そんな悲しいこと、言わないでほしいにゃ)
【UPTOWN SOUTH POINT(前川みくの自宅)/1日目 午後】
【前川みく@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]精神的疲労(小)
[令呪]残り三画
[装備]私服、眼鏡
[道具]トランク(最低限の着替えと日用品、猫耳カチューシャ入り)
[所持金]五千程度
[思考・状況]
基本:何が出来るのか解らない。でも、現実から目を背けたくない。
1. 今は自宅で休む。もしもの時には荷物を持って自宅から離れる。
2. ジャスティスを信じたい。
3. あの人(龍玄)とまた会いたい。
4. 死への無意識の恐怖
[備考]
※呉島光実がマスターだと気づいていません
※アーマードライダー龍玄の姿を確認しました。光実とは気付いていません
※アーチャー(
暁美ほむら)、ライダー(
バットマン)のステータスを確認しました。
※ジャスティスの生前、願いについて知りました。
※会場内においては346プロダクション所属ではなく、普通の留学生ということになっています。
【アーチャー(ジャスティス)@GUILTY GEARシリーズ】
[状態]魔力消費(小)、霊体化
[装備]自身に備わる兵装の数々
[道具]
[思考・状況]
基本:聖杯を勝ち取る
1. マスターを守る。暫く自宅周辺の警備を行う。
2. 敵によるマスター襲撃や監視には極力警戒
3. マスターの負担軽減の為、なるべくなら本気を出さない
4. マスターへの複雑な心境
[備考]
※前川みくの負担を考慮して、本気を出せない状況下にあります
※バットマン、インベスの存在を認識しました
※暁美ほむらに宝具『叛逆の王』は機能しません。
※前川みくの来歴、願いについて知りました。
最終更新:2016年05月07日 21:18