『バトロワ最強は超魂撃(ウルトラ・ソウル)ッ!!』
それは遥か未来。五十年後の世界の話。
長い月日を経て科学力は天元突破し、その行く末には核戦争が勃発。
聡明な賢者は虐殺兵器の開発をし、権力者は核シェルターに籠り、知も富もない凡人たちは携帯式レールガンを握る。──肉片と化す男達、春を売る女達、そして戦地の英雄になることを無邪気に憧れる子供達……。
時代の波と共に荒れ果てた未来の、ニホンのある研究所で────奴は産まれた。
テスト訓練と称し、奴を敵国の最前線に送り込んだ際、後に研究所主任はその青い髪の奴をこう評したという。────『最高傑作』と。
一方で、焼け果てた戦場跡にて、唯一生存していた敵国戦闘員はシンプルに一言。
その凄惨な戦闘風景をこう回想し、出血多量で息耐えた。
────『最強』、と。
……
…
「ちょっと閃いたんだけどさー、このでっかいバリアーあるでしょ? ヒナちゃん」
「え、あーうん。わたし達を取り囲むこの大きなバリアー。まるで、鳥籠の中にとらわれたかのような屈辱が込み上げる。いまいましい」
「…いやそのセリフ何のアニメからの引用? 賢ぶった言い回ししても別にヒナちゃん知的には見えないよ……?」
「………。この大きなバリアー、まるで丼ぶりの中に押し込められたイクラのような屈辱が込み上げる」
「……はいはい、ヒナちゃんらしいよそれが。…それはともかくとして、バリアー…ワンチャンもしかしてだけどさー」
「もしかして?」
「ヒナちゃんの『念動力』で壊せちゃうんじゃない?? って私思うんだけど…。どうー?」
「ほー」
…
……
最強傑作──奴はヒナと名付けられた。
対立国がAI技術を使った軍事侵攻を始めた時、対抗としてニホンはある事柄に科学技術を結集させた。
──それは、『超能力』。
開戦前から念動力を使う動物の生成に成功していたニホンは、さっそくこの叡智な力を軍事利用。
大戦最高出資者であるミシマコーポレーション主導の元、クローン技術を駆使して数体のエスパー・チルドレン【人造人間】を作ったわけだが。
その中の三体目が、ヒナ。
常に眠たげで覇気のないその瞳は、──後に125,646人の屍を目にし。
全体的に貧相で、ナヨナヨとしたその腕は、──12の国を存続不能に陥れ。
道の真ん中で能天気にあくびをしたその顔は、──『第八次中東戦争』、『日本海戦争』、『5.25連合国内戦』で暗躍した悪魔として、敵国では最大危険人物の手配写真で有名である。
…
……
「…じゃあーいくよー。成功したら陽菜、ご褒美わすれないでね」
「うんっ。イクラ瓶詰め一つで済むんだから安いもんだし。じゃ、ヒナちゃんやっちゃえ!! バリアーに向かって──『サイコキネシス』だっ!」
「わたしはガッ●ュベルかっ。おりゃ…おりゃうおおお〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」
「…私的には『ポケ●ンかっ』、ってツッコんで欲しかったんだけどなっ!! とにかく力の限り頑張って!!!」
「おっりゃぁぁああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ」
グラグラグラグラ…………
グラグラグラグラ…………
「…えっ凄っ!!? バリアーが…、バリアーが揺れてる………!! 念動力のパワーが、確実に効いてる!!」
グラグラグラグラ…………────ピシッ
「あっ!!! す、すごいよヒナちゃん!!! ヒビ入ったんだけど! ほら、あそこ!!」
…
……
そんなヒナであるが、ニホンに莫大な利益を与えた成果とは裏腹に、末路は自国からゴミ同然に捨てられることとなる。
不法投棄された先は、五十年前の過去。
軍は何故、英雄であるヒナをそのように蔑ろにしたのか。
【メリット】、【デメリット】という相反する二つの概念が存在するが、ヒナはその二つが『共通』している稀な生命体である。
ヒナのメリットは【強すぎること。】逆に、デメリットもまた──【強すぎること。】
つまり、ヒナが捨てられた理由。
それはもう誰にも制御できないくらいの『最強』だったからなのだ。
力が暴走しやすい体質で、暴走を防ぐため普段から適度に念動力を放出していたヒナ。
以前暴走した際に街をひとつ吹き飛ばしたこともあり、その甚大すぎる被害から裁判なしの即殺処分が決定したが、そもそもに死刑執行が誰にもできない。倒すことさえできなかった。
その為に過去の世界へ押し付ける形で、タイムマシンの元、未来から追い出されたのだが、ここで一つ質問を提起しておきたい。
【この地球上で最も戦闘力が高い生物は一体何か────?】
質問は以上であるが、どう答えるか。
…
……
グラグラグラグラ…………────ピシッ、ピシピシ………
「あ〜〜。なんか思ったより余裕そー。わーい、これでイクラだ──…、」
ピ────────────────ッ
『違反行為を感知しました。詳細:【脱出行為】。辞さない場合、三十秒後に首輪が爆発します』
「…え」「……あっ、やっぱり。…もしかしたら…とは思ったんだけどさー……」
『今すぐ脱出行為を辞めてください。さもなくば首輪を爆破します。カウント、スタート。──対象者:【根元陽菜】』
「…え?」「──…え゛っ!!?? 私だけっ??!!」
29、28、27、26、25…………
ピ、ピ、ピ、ピ、ピ…………
「どうして!!? 直接攻撃してるのヒナちゃんなのに、私だけ!!???」
「…ははは。主催者のボンクラ判断うける」
「ちょ!!? ちょっと!!! ひ、ヒナちゃん超能力中止!!! ストップ!!! 爆発しちゃうんだけど!!!!?」
「…え?? え、なんで?」
「グッバイしちゃうからに決まってるでしょっ!!! 私がっ!!! ねえほんとに作戦中止!!! 早くやめてっ!!!!」
「…え、でもやめたらご褒美が……」
「そのご褒美あげるの誰かなっ?!!!!」
グラグラグラグラ…………────ピシッ、バキバキバキ
21、20、19、18、17…………
ピ、ピ、ピ、ピ、ピ…………
「…………………………………う〜〜ん………──」
「──…そうだ。こうしよう。一つ言い忘れてたけど、いい機会だから言うよ」
「そんなの後ででいいでしょ!!!! 早くヒナちゃ…、ヒナ!!! こらっヒナァ───────…、」
「さっき陽菜寝てたじゃん? そのとき見えたんだけど、…パンチラの食い込みかなりえぐかったよ」
「……………は?」
……
…
地上最強の生物。
──陸限定とするなら、サバンナのアフリカゾウが走攻守完璧と言える。
海洋生物を連想したものは、食物連鎖のトップであるシャチ。空で例えればオオワシが挙がるだろう。
もしくは、人類から選出するならWWWFヘビー級王座保持数NO.1か、WBA・WBC・IBF世界ヘビー級統一王者か、昭和時代伝説の喧嘩師か。
しかし、断言するのならば、いずれも答えとしては不正解。
地球最強の生物、それは明確な回答が存在するものなのである。
…
……
「ほんとギリギリで。ガッパガッパで脚開いてたから丸見えだった。つまり、わたしが言いたいのは、これで陽菜は死にたい気分になったから心残りなく首輪爆発して──…、」
「…………」
……
…
その生物が現在拠点においている場所は東京都・渋谷区。
ドーム型の遥か大きいバリアーの元、奴は封じ込められ、──殺し合いをさせられている。
最強生物の名は、すなわち新田ヒナ。
一見ぐーたらで弱々しくて、何の力もなさそうな奴こそが、『食う寝る原子爆弾』ヒナ。
つまり、バトル・ロワイアル下に置いて、ヒナを差し置いて優勝できるものなど──全七十人。誰一人も存在しないのである────。
…
……
────────ビチャンッ(通称 陽菜ビンタ)
「あっいっだぁぁああああ───────っっっ!!!!!!!!!」
「バカじゃないっ!!?? いやバカでしょ!! ……ほんとバカバカバカ!!! …謝らないからっ絶対!!!」
………
……
…
「『根元陽菜暴行記録──七月七日 目を殴られ腫れる。計三回』…っと」
「何書いてるのっ?! レ●ンマンかっ!!」
◆
数分後。
舞台は、渋谷街の小さなラーメン店。『ラーメン愛沢』店内に移す。
内部構造──厨房を店内の半分を埋め尽くすカウンターテーブルが囲み、右サイドにはウォーターサーバーと宙吊りのテレビ。左サイドにはテーブル席が二つこじんまり。
サイドメニューは餃子とチャーシュー丼のみのようだが、味噌・醤油・辛醤油・煮干しetc…──ラーメンの種類はオールマイティにメニュー表に書き連ねられている。
今現在、この店内にいる客の人数は四名。
その内の一人。
カウンター席で連れと共に座る『怪物』が頼んだのは、チャーシュー麺大盛りだった。
「ホフホフッ…! ズルズル……。…旨っ!! 旨い旨い!! 旨ェーなァ、ウシジマッ!!!」
現在気温28℃。
真夏の最中だというのに、その怪物は分厚いジャケットを纏いフードで顔を隠す。
つい最近、「クレーンゲームで金使い果たしたから」という理由で強盗殺人を犯した噂が立つ────奴の名は、『肉蝮』。
小指一本で100kg超えの自身を腕立て伏せできるという、信じられない強靭的筋肉とパワーを兼ね備えた奴だが、その性格は極悪非道この上ない凶人。
強盗と拷問を稼業にし、地元では「100人斬りの強姦魔」や「女子高生をアナルレイプするのが趣味」と目を覆いたくなるような伝説を数多く語られている。
そんな異常者が『殺し合い』に放り込まれ、何もせずいられる訳もなく────。
「…オイッ、ウシジマァ!! あんま辛気臭い顔してンじゃねェゾ?! テメーが俺の腕折った件はさっきの拷問でもう許したんだからよォ………。元気出せやッ!!! オラッ!」
──丼ぶりに顔を突っ込み、グッタリしている『連れ』。既に死体と化した丑嶋馨へフレンドリーに話しかけていた。
宙ぶらりんの生気のない両腕、根性焼きまみれで十円禿のようになった頭、そして耳から流れる黄色い膿。──言うまでもなく、肉蝮に殺害されたのである。
数時間前、公園裏に引きずり出された丑嶋は拷問を一方的に受けた挙げ句、最期はスピリタス一気飲みをさせられた際、喉に突っ込まれた酒瓶で喉仏が折れ死亡。
心身両方ズタボロにされたというのに、死してもなお、死体を肉蝮に弄ばれ続けている。
「つか旨ぇなマジで!! ハフハフ……。そうだ。おいウシジマ、テメー俺と早食い勝負な!! 負けた方が奢り+スイッチ新型購入の刑! いいな!!! 根性出せよォ〜?!!」
厚切りのチャーシューを一口で飲み込み、肉蝮は唐突に提案を叫ぶ。
割り箸を新しい物に持ち替え、気合十分の態度で目を光らせる肉蝮であるが、無論その勝負の提案に連れからの反応はなし。──ジェスチャーひとつとてできる筈がない。
「テメェも頑張れよ!!」──と言いたげに、やたらフレンドリーな態度で肉蝮は丑嶋の肩を小突くと、
「…………あっ! …って…──」
「──勝負も何も…テメー絶対ェ勝てねぇか。…死んでンだもんな!」
バタリッ──。
バランスをなくした死体はフラッと傾き、そのまま床へと倒れ込んでいった。
──青痣だらけのその顔面には、「さよならは、カナしい言葉じゃない。バイバイ……(泣)────By.肉蝮」とポエムが書き殴られている。
「プッ!!! ぎゃはははははははははははハハハハハハハはははははッ!!!!!!!! ぎゃハハハハハははははハはハッ!!!!!!!!」
バンバンバンッと笑い叩かれる机。大口から飛んでいく唾。
ラーメン店内を気違いのような笑い声が響き走る。
赤く亀裂走る白目の眼球──。完全に糸の切れたマリオネットとなった丑嶋は、もう食べる事も、喋る事も無い。
身動き一つも絶対なく、ただ天井の回るシーリングファンを瞳に映し続けるのみ。
そんな様子の亡骸が滑稽に見えたのだろうか、肉蝮は執拗に笑い、転がり続けた。
「ぎゃははははは………はは、は……あ〜あ…。────………つーかよぉ…──」
「──人と食事してるっつうのに何寝てんだウシジマぁあァ────────ッ!!!!!! テメェ舐めてんのかゴラァあぁああ!!!!」
ただ、笑ったかと思うのもつかの間。
何が琴線に触れたのか、唐突に肉蝮は大激怒し始める。
怒りの矛先である死体へ、ゴスッ──と容赦なく突っ込まれる足蹴り。
「目ェ覚ませやテメェ────!!!!! オラッ!!!!!」
工場のピストンで押し潰されたかのような、その力強い踏み潰しを丑嶋の胸部はもろに浴びる。
無論、肉蝮の蹴りがどれだけの威力だろうと今更丑嶋にダメージなんかはない。ただ、衝撃でバウンドし無抵抗を維持するだけだ。
無抵抗に次ぐ、更なる無抵抗。────何発も何発も靴底が降り注いでくるが、アクションは寝返りのように転がされるのみである。
ただ、不意に蹴りが胸部の肺部分へモロ直撃し、丑嶋の鼻からブニュッ──と豆腐に似た何かが飛び出す。
────そのことが余計、肉蝮の精神異常な癪に触ったのだろう。
「テメェッ!!! …ふざけやがって、もうっ許さんッ!!!!──」
「──そのムカつくメガネ顔…、髭男ディズムよりも『グッバイ!』してやるッ!!!!! 貴様ぁああぁァアアア!!!!!」
肉蝮は死体に馬乗りになると、割り箸を力強く握り、躊躇なく顔面へ振り下ろした。
ザスッ、ザスザスザスザスザスザスザスザスザスザス────────…
グチャッ、グチャグチャ、ベチャッベチャヌッタリ。
「畜生ッ!! 畜生畜生畜生畜生!!! 死ね死ね死ねしねしね死ね死ね死ね死ね死ねしねしねしね! オラッ!!!」
真っ二つにしたスイカをスプーンでほじり食べたかのような音が連続する。
乱雑なほじくられ方をした影響で、無造作に飛び散る果肉たち。充満する赤い汁。
割り箸が、剥き出しとなった赤黒い顔面骨格に硬度で負け、バキッと折れると肉蝮は「チィッ!」。一言のみ。
新しく隣の割り箸を手に取り、文字通り血の池と化した顔面に入刀をずっと。ずっとずっとずっと、満足行くまで続けていった。
「どうだぁ!!! 悔しいかッ?!!! テメェが大嫌いなこの俺に負けて悔しいかぁあッ!!! 答えろ!!! 話せるもんなら答えてみろ!! …ゲヒッ、ヒィーヒッヒ…!!!──」
「──はっははははははははハハハハハハハハハハハハハははは!!!!!!!!! だぁっはっははははっはっはっははははははァァァァァアアア!!!!!!!!!!」
────不幸にも、そんな凄惨な現場に現在、根元陽菜らは居合わせることとなる。
「……………………っ、……。…………」
「……………………」
彼女ら二人が身を潜めている場所は、カウンターテーブル奥。──肉蝮から見て反対の場所。
十数分前、「力使ったらお腹すいた」──とダダをこねたヒナを黙らせる為、近くにあった愛沢ラーメン店へ入ったのだが、タイミングが非常に悪かった。
券売機を押し、カウンターテーブルの席に腰を降ろした折で、入口から現れた不穏な人影。
万が一に備えて…と、根元はヒナの襟首を掴み咄嗟にテーブル下へ隠れたのだが、入ってきた人物はその『万が一』であった。
グチャグチャグチャグチャグチャグチャ──と嫌な音。時折、パキッ──と何かが折れる音。
一連が何をして発せられる音なのかは見ていない。ただ、想像してる通りの惨たらしいことを、対岸の大男はやってるに違いなかった。
たまたま訪れた店で唐突に現れた人生最大級の恐怖、そして危機。
連日最高気温が報じられる程の猛暑だというのに、根元の身体の震えが止まらず、顔も真っ白に青ざめていく。ただ、汗だけは季節に従順して流れが止まらない。
大男──肉蝮への恐怖を前に、根元は何も動けず、隠れることしかできなかった。
例え、太もも上をどこからか湧いた虫が這ってもなお、身動き取らずにじっと隠れる。
「………──っ!!! ……………………………」
「………………」
生理的嫌悪感のくすぐったさに耐えながらも、根元はヒナの袖をギュッと握って動かなかった。
──否、動かないというよりも待ち続けていた。
完璧に逃げられる『タイミング』の訪れ。言わば、肉蝮の隙をずっとずっと待つのみである。
「…………(…ねぇ、陽菜)」
「……!(ちょ、ちょっとヒナちゃん……! もう少し声抑えて話して…………)」
「……。……………(どうする? 今すぐ出た方がいいんじゃない?)」
「……………(……ダメ。100%逃れられる保証はないし…マズいから。……とにかく今はジッとしてよう。…ねっ………)」
もっとも、根元が待ち望んでいたのはこの悪夢が自ら立ち去ることなのだが。
ただそんなか細い思いが伝わったのか、否か。
何の前触れもなく、グチュグチュ…と吐き気を催す音が止まりだした。
「………………っ!」
「……………………」
辺りを支配する不気味な静寂。──死体の血泡が弾ける音のみが聞こえる。
肉蝮は何を考えたのか──。この無音っぷりは一難去ったと捉えてよいものなのか──。
この静かさ故か、鼓音が目立つくらいに高鳴り出す。
バクンッッ、
ドクンバクンッッ、バクンッッ…。
根元の緊張感が一気にボルテージを昇っていく中、この静けさの『答え』がすぐさま解き明かされた。
「…さーて、かまちょウシジマの相手するのもこれくらいにして。…ところでよォー──」
「──おい二人組の女ァッ!!!」
「!!」「…ひっ…! …あ、…………っ!!!!」
「俺が気付かねェとでも思ってたかァアッ!!!! 隠れてないでさっさと出ろ!! つぅか犯させろオッ!!! やらせろッ!!!! どうせテメーらもアソコ濡れ果ててんだろッ?! あぁああッ!!??」
「……………っ、………」
静寂の答え────それは、『嵐の前の静けさ』である。
根元の心臓は、飛び跳ねるを通り越してクラッシュ寸前に達した。
過去に人に呼びかけられて、これ程までに心臓がバクついたことはあっただろうか。あったとしても、授業中ウトウトしてるときに先生に当てられた時が最大だ。──と。
それくらいに、平穏で一般庶民的な日常を送る根元にとって、今のこの恐怖はバッドトリップ級だった。
震える手、震える舌に、震えるハート。
ここから一体どうすればよいのか──、私たち二人は────、走馬灯の如く過去の体験から最善策を呼び起こそうとも、頭は怖さで一杯一杯だ。
そんな状態のため、当然肉蝮の声には静寂でしか返せなかった。
「……………………………………」
暫しの静まりで場は包まれる。
根元が唯一選択できた沈黙という答え。
その反応を受けて、痺れを切らしたのか悪魔は「チッ」と放った後、話し出す。
肉蝮の提案した『二択』はこれ以上もない最悪な内容であった。
「……一応、勘違いすンなよッ?! 女共」
「………………え?」
「俺はこのメガネザルを背負わされたせいで今…疲れてンだわ! その上今バトロワ中だろォ? 体力勝負だろォ?! 無駄なスタミナ消費は避けておきたいわけで」
「…………………」
「つまりぃは、テメーらのどっちかが俺のチンポコの相手しろッ!!! ンで、片方はどうでもいいから消えてよし。女共もそれで文句はねェよなァ〜?!! 分かったか!! オラッ!!!」
──『二択』と言っても根元には実質一択しか選択権がない。
それは『無視して逃げ出すこと』────なんて簡単にできるものなら縋りたかった。
自分が犠牲になるか、それともまだ小さなヒナを上納して逃げ通すか。
(…そんなの、前者一択しか無いじゃん……っ。やれる訳がないし……。ヒナちゃんを差し出すなんか……………──…、)
「あっ、テメーらが処女か、それともガバマンかなんて俺はどうでもいいから! アナルをぶち犯して破き倒すッ!!! それが俺のポリシーだからよ、安心しとけ!!!」
(………っ──)
(──…………ヒナちゃんを………、さ、差し出す…なんて……………)
ニジ…、ニジ………。
蝮が這うような足音がにじり寄ってくる。もはや躊躇っている余裕など、鉄板上の溶けゆく氷よりもない。
本当は動きたくなかったし速攻逃げ出したかった。
性欲の知識などせいぜい黒木から借りた対魔忍が限度で、肉蝮にどう弄ばれるのか、そしてどう痛みつけられるのかも想像が絶して──それでいて恐ろしかった。
それでも、パッと見小学生のヒナを見捨てる事なんて、根元は出来る筈がなかった。
「………………………っ!」
──"煩いな…。分かったよ………"────と。
「…あァアッ?」
根元は震えまくる手にギュッ、と爪を立てて、カウンター下からゆっくり立ち上がっていった……。
「まって、陽菜」
「………。な、なに。…ヒナちゃん……」
「…陽菜といたら、すごい楽しかった」
「………………え、何。何が…………?」
「まぁ聞いて」
「…………うん」
「わたしが居た未来ではずっと…。ずっとロボットみたいに。命令をこなすことが存在意義だった」
「……………」
「いつも大人たちから指示されて、つらい毎日だった」
「………ヒ、ヒナちゃ……」
「でも陽菜はわたしが知ってる人間とは全然違う──」
「──戦闘命令もしないし、ご褒美もくれる。何もしてないのに食べ物を奢ってくれる。…ビンタは痛いけど…──」
「──……────でも、そんな陽菜といたこの数時間が何よりも幸せだった…」
「…………」
「陽菜といたら………楽しかった。──」
「────だからここは、わたしがやる。陽菜は下がってて」
「………え。……え、ヒナちゃん…っ?!」
ポンッ、と根元の肩に伝わる感触。
肩を頼りにゆっくり立ち上がったヒナは何の恐れもなく、怪物のような大男の前へスタスタと歩み寄っていく。
呆気に取られて棒立ち。
根元はヒナの予想だにせぬ言動に暫し何もできずにいたが、脳が理解に追いついた途端、慌てて静止へと飛び出した。
待って、行かないで!!──と根元は激情を漏らす。
──これからあの狂人男が何をするか、ヒナちゃんは分かってるの…?
──まだ思春期の「し」の字にも満たないくせに、どんな目に遭わされるのか分かってて動いてるの………?!
──ヒナちゃんっ………!!
「待ってッ!!! ヒナちゃん!!!!──」
「──あっ…!」
根元がカウンター席を飛び出した時には、もう遅い。
眼の前に広がっていたのは、肉蝮の手にがっつりと肩を捕まれた直立不動の──ヒナ。
後ろ姿のヒナの表情は当然見えない。ただし、大男のボロボロで鋭利な歯を見せながらニヤつく、醜悪な顔だけは目に映る。────最悪中の最悪だった。
それでも根元は入口ではなく、ヒナの元へと駆けていく。
溢れる涙が震え上がる。
「陽菜といたら楽しかった」という一言がずっと頭の中でリフレインされる。
────"私もヒナちゃんといるの結構好きだよ?"、と。
根元は腕を懸命に伸ばした────。
「あァ?! ガキ、テメーが相手役だっつうのか!? お前なんか犯したら俺ロリコン扱いされンだろ!!? ざけンなッ!!!! ……まぁいいや。テメーにはたっぷり──…、」
「そしてえ〜、か〜がやぁ〜く……」
「…あ?」
肉蝮の言葉を遮って、前に出されたのはヒナの人差し指。
凶悪面を前にして何の震えもなく、その指はまっすぐ指されると。
「うるとら…──ソウルッ!!!」
「…………あぁ?!」
クイッ、と指は入口の方へと向きを変えた。
────────HAIッッ❗️❗️❗️☆(ハイッッ!!!!!)
ビュンッ!!!
パッ!!!!
ズガアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ────────────ンッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!
異様な轟音が響いた。
閃光もなく、爆発音もない。
それだというのに、肉蝮の巨体が指の差した方向へと勢いよくぶっ飛ぶ。
吹き飛ばされたのは肉蝮だけじゃない。
店内のあらゆる品々が──、棚にずらりと並んだ漫画本、テレビ、木造りのテーブルに椅子、そして死体までもが、全てを洗い流すかのように放出され、空中を舞い、町中に散らばっていく。
時速百数十キロで弾ける肉蝮の身体を、入口のたかがガラス戸ごときが支えきれるはずなく派手に破損。
それでも勢い止まらず、ついには向かいのシャッター店までぶっ飛び、ガシャガシャバンガランッ!!──と、大破に次ぐ大破へ至った。
肉蝮にとってはワゴンに跳ね飛ばされたかのような衝撃だった。
彼がその全身の痛みに気付いたのは、意識を取り戻す数十分後のことだという────。
「ふー。一件落着。てかお腹すいたーー」
「え。えっ、え!!?? ……ヒ、ヒナちゃ……。えっ!!???」
再び棒立ちの静止画と化す根元。
そして、伸び切った自分のラーメンをすするヒナ。
「……ズルズル。うん、まずい。まずいな。でも食えなくはないな。でもまずいまずい。ズルズル…………」
さっきまでのピンチは一体何だったんだろう…──。
ヒナの強大過ぎる超能力を後にして、それしか考えられなくなった根元。
能天気にラーメンをすするヒナをただ見て、脱力からかただ膝をがっくり落とすしかもはやできない………。
【バトロワ最強はマイバーディっ?!!】──────完ッ。
◆
「とりあえずヒナちゃん……。う、ウェーイ! ( ; ^^)pグータッチ」コツッ
「…? うぇーい。q(=_= )」コツッ
【1日目/C2/ラーメン店・愛沢/AM.03:46】
【根元陽菜@私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!】
【状態】健康
【装備】ダーツ
【道具】???
【思考】基本:【対主催】
1:バトロワに参加させられた私、チート級超能力少女が仲間なお陰で結構お気楽モードになれそうです。(なろうタイトル風~^^;)
2:ヒナちゃんを守る。他の参加者は基本話し合いで解決。
3:田村さんたちが心配。
4:フードの男(肉蝮)に恐怖。
【ヒナ@ヒナまつり】
【状態】右目が腫れ(軽)
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【静観】
1:陽菜はやさしい。なんでもおごってくれるから大好き。
2:ろりこん、って何だ?
【肉蝮@闇金ウシジマくん】
【状態】気絶、全身打撲
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【マーダー】
1:がぁっ……。ぐうっ…………。
2:あのクソガキ二人(ネモ、ヒナ)、絶対許さねぇ。犯し殺してやる…ッ。
※C2・大破した店にて顔面が崩れた丑嶋の死体が転がっています。
最終更新:2025年08月05日 22:45