『TOKYO 卍 REVENGERS』









『Morte Alla Francia Italia Anela』────!!

(──全てのフランス人に死を、これはイタリアの叫び)


 シチリア島を中心に組織するギャング集団『マフィア』は、上記の叫びが由来。(各単語の頭文字を並べてM・A・F・I・A)
マフィアは古来から『血は血でしか報われぬ』との掟のもと、身内が殺められた際は必ず報復を為す。
血の惨劇は血の惨劇で返す、爆殺には爆殺で返す、皮を剥がされれば生皮を剥ぐのみ。このような信条で、マフィアは止まらぬ負の連鎖を二百年以上続けていたという。

────言わば、『復讐』である。

血薔薇の乱れ咲きを以て、自分の叩き潰された尊厳、または殺された大事な人間の敵討ちをする──復讐という行為。
常々、復讐とは「そんな事やっても何も生まれない」と否定されがちではあるが。
──果たして、本当に『何も』生まない所作なのだろうか。



これは三つの『復讐』の物語。



 例によって、舞台は都内の古本屋。
その店主、裏の顔は殺し屋。厳密に言えば、『復讐代行屋』である。
誰よりも愛し、何よりも大切だった妻子が外道に殺されて以降、復讐屋として稼業を立て始めた──その男。
彼が復讐完遂した死体の数は、一つの集団墓地が出来上がるほどだという。

 あるいは、誠愛の家というタコ部屋を営む──その男。
動物や弱者を拷問し、幼女の首を絞めて射精するというサディストな男には、長年憎悪し、復讐を誓っている対象がいた。
自分の頭目掛けてバットをフルスイングし、惨めな現状に陥れた丑嶋馨と、自分の唇を切り落とした滑皮秀信の二人。
奴はその二人を徹底的に復讐すべくと、日夜日夜ドス黒い邪心が揺れ動く。

 そして、あるいは雪積もる村での物語。
クラスメイトによる悲惨なイジメ、行く末には家族全員を焼き殺された少女は、刃物を片手に雪原を歩き回る。
放火事件を起こしてもなお、ヘラヘラと笑い続ける下衆達の抹殺。それが彼女の原動力であり、もはや唯一の生き甲斐であった。
いじめっ子六人を惨殺したその少女──…を付き纏う男子生徒の物語。


地域、復讐対象、復讐者の年齢。どれもバラバラな三つであるが、

──その三つの別種類がある日偶然、同じグラスに注がれ、絡み混ざった時。

────化学反応により、『予想せぬ』味を生みだしていく──。



#060
『TOKYO 卍 REVENGERS』
副題:"A vengeance that sticks like stubborn limescale."
───(洗い流されることのない、執念)





 ただ、この復讐のワインには、一つのスパイス…──というよりも不純物が。

彼ら三人に交わるその少女は、不純を取り締まることがモットーの生真面目生徒で、そして刑法に触れる『復讐』【殺人罪 第199条】が何よりも嫌いだった────。






『とても頑張ってる。そのままの君で…いいんだ……』

「〜…♪」



「ほーーん。………………で?」

「『…で?』、……とは何だ」

「テメェは遺族に代わって犯罪者共をたくさん殺してきました…と。ンでテメェは頭のおかしな殺人鬼です…ってか? ………で? それがどうしたっつうンだ? あぁ??」

「………………」

「まさかと思うが、ンな脅し文句でこの俺がビビるとでも思ってねェよなァ〜? テメェのぼくはヤクザですアピールで、俺がコイツをレイプしたりぶっ殺すのやめると思ったかァ? グラサン坊主野郎」


「……グラサンはともかく。坊主はお互い様じゃないのかねえ………」

「………あぁっ?! ブッ…!! …ぎゃはははハハハハハ!!!! あははははははははははっ!!!!!!──」



「──くだらねェ冗談言ってる余裕なんかねェぞゴラ? 止めてみろよ、何もできねェ偽善者!」

「冗談じゃねェよ馬鹿野郎。…オレはジョークを言わないタチでねぇ……ッ」



『辛いよね。泣きたい時には泣いていいんだよ……』

「〜♪」



 一触即発。
前方──鴨ノ目武、後方──鰐戸三蔵とで、殺闘前の睨み合いが繰り広げられていた。
互いに、これまでの人生山の数ほど人を殺め、蛆蝿集る肉片に変えてきた男同士。
平穏な日常生活じゃ決して見ることのない、悪漂う緊張感は、舞台である渋谷駅前を闇深きに染め上げていた。
大小凹み目立つパイプレンチを突き出す三蔵と、懐から何かを握り臨戦態勢に入るカモ。
戦闘のきっかけは比較的大したものではない。
カモの視点からすれば、この三蔵という異型な男。眼の前の少女を強姦したいだの、殺したいだのと言い放つ為、なんとか穏便に収めたい次第であったのだが──何せ相手が相手。
逸した凶悪思考を持つ奴には何を言っても無駄で、──三蔵もまた強姦行為を止めに入るカモが鬱陶しくて仕方なかった。
────“俺に指図すンのか?”──、と。


『大丈夫………。僕は君の味方だよ』

「〜〜っ!…♪」


「…お前さん、格ゲーのフィタリティって知ってるか?」

「あぁ?? 何言ってんだテメェ」

「…モータルコンバットとかで。戦闘終了後、敗者相手に勝者がグロテスクな処刑を行うシーンをフィタリティと言ってねえ。あれは二十秒くらい残虐な演出がされるんだよ」

「……なァにが言いてェつってンだよサル」

「だけどな、オレのフィタリティは二十秒なんかで終わらないよ──」



「────屑はたっぷり苦しませるからねえ…。たっぷりと」


「あ? 拷問椅子座るのお前だけどな? ひっさびさに釘まみれの自作チェアー誰かに座らせたかったンだわ〜──」


「────ンじゃやっか? 文字通りの椅子取りゲーム」

「……『やるか?』じゃない。……殺るんだよ、屑」



「……………ッ」


「……………ぃッ」



『君には僕がいるんだから………』



言うなれば、この現状。
『善の外道』 対 『悪の屑』という対立構造となるのだろう。

人の道から外れた者同士の殺し合いは如何に。

惨殺合戦の火蓋は、今にも飛び出しそうなくらいに暴れ狂っていた────。



『今にも飛び出しそうな君を、僕は愛してる──…』

「…あはは…♪ キス、してみたいなぁ…………」





「「………………」」




「………オイッ!!!!? つかうっせェ───ッ!!!! なんなんだ女テメェッ??!! さっきからイヤホンダダ漏れだっつぅのッ!!!!!」

「…えっ?? あ、すいません鰐戸さん。どうしましたか?」

「……ミコ。取れてるんだけども。…イヤホンジャック」

「え゙ッ??! う、嘘ッ??!!! や、やだ…。ほ、本当ですか鴨ノ目さんッ??!!!」


「……………はァーー…………。何聴いてんだよコイツ………。おいッ保護者の鴨ノ目ェ!! このバカに何再生させてンだァ?!」

「……いや、曲セレクトは彼女自身だから……」

「つーか曲じゃねェーし……」

「…色々と困ったもんだねぇ………」


「〜〜〜〜〜っ!!!!」



 ────戦闘、中断。

思えばつい数十分前も、カモvs三蔵──復讐者同士の死闘が遮られたものだが、何という天丼ネタであろうことか。
殺意波打つ緊迫感は度々、ミコ一人によってぶち壊しとなっていく。
つまりは、二人にとって『伊井野ミコ』というノイズはそれほどまでに強烈な存在であった。
──これもまた、法の天秤の元、犯罪行為は絶対許さないというミコの信念が現れた元なのだろう。
ノイズ少女は赤っ恥をかきながら、『耳元ASMR キン●リ平野のゼロ距離囁き♡ 安らぎの温かい吐息、憩いの空間へ……』の再生をアタフタ停止した。


「…ごほんっ。勘違いなさらぬよう弁論しておきますが……、私普段からこういうの聴いてませんからねっ!! た、たまたまですから!! 勉学に日々励み、司法書士を夢とする私が…ジャ●ーズ系アイドルにウツツなんて……。し、してませんしっ!!! 本当ですよ!!」


「…………チッ!!」



「………………………うーん…」

「『うーん…』じゃねェよハゲ!!!」

「………いや、オレも悪かった。…オレの責任だよ、こればかりはねえ…」

「ったり前ェだゴラッ!!! だから言っただろうがよッ?! レイプとかぶっ殺し予定は抜きにして、このバカ女は超絶邪魔だから一旦どっか行かせろってなぁ?!!」

「………うーん…」

「それをテメェーが『女の子一人は危ないから〜』とか偽善ほざいたせいで全部ぶち壊しじゃねェか??!! テメェ自身だってコイツのことうるさく感じてるから、イヤホンでノイズジャックさせたンだろ?!──」

「──…テメェと、このクソガキのせいで………。色々全部ぶち壊しじゃねェかァッ!!!??!! どう落とし前つけンだ山猿がッ!!!」

「……………だから困ってるんだろうが。オレも『うーーん』って──…、」



 ピュイ〜ッ────────────!!!



「……!!」 「…あぁもうッ!!! チッ!!!」


二人の喧騒を止めたかったのか、またもや『黄色のホイッスル』というノイズが会話を邪魔する。
たじろぐ二人を傍目に、風紀委員のミコは随分と忙しい人だ。


「…鰐戸さんっ!! 今…。レ、レイ…プとかいう信じられないワードが聞こえましたが…………。…風紀委員として断じて許せない言動ですっ!!! 神聖なこのバトル・ロワイアルで…なんて破廉恥な………。恥を知りなさいよっ!!!」


「…神聖……ねぇ……」

「またかよコイツ…」


「いいですか? 確かに現代日本では言論の自由・発言の自由が許容されています。ですがっ!! 公共の場での卑猥な発言は、刑法175条・わいせつ物頒布等罪に該当します。親告罪ではありますが、被害届を受理されると逮捕。起訴後、懲役三年又は罰金刑が課せられる、立派な犯罪なんですよ!!」


「…ミコ、少し落ち着きなさい………」

「いや待て。一々ウザ過ぎて逆に面白くなってきたなコイツ…──」

「──おい伊井野!! テメェなぁ…風紀委員とかお固い自称してる割にゃあ、猥褻ワードに随分お詳しいじゃねェかよ〜?」

「………っ?!! えっ?」

「口では偉いことほざきつつも、どうせ頭ン中はエロスで一杯なんだろッ!! あぁそうだ!! じゃねェとあんな催眠音声なんか聴かねェもんな!!!」

「な?! ち、ち違いますよっ!!! 失礼過ぎます鰐戸さんっ!!! 撤回を要求します!!!」

「嘘こけ!!! これにて偽善者の皮破れたり!! それもそうだ、ンなデカい乳して性欲がねェとか御伽噺にも程あるぜッ!!! ぎゃはははははははハハハハハハッ!!!!! ぎゃははははははははははッ!!!!!!」

「……ちょ!! も、もうっ!! や、やめてくださ…──」


「──って、ひゃんっ………!!♡」

「………」


 お手本のような嬌声がミコの口から漏れ出た。
馬鹿笑いを繰り返す三蔵が揉みくだすは、無論ミコの黒いベールに包まれし胸や太もも。
サディズムな三蔵故に、痛いぐらい握りしめられたのだが、割と満更で無さそうな嫌がり顔をするミコには困ったものであっただろう。
カモは呆れ半分怒り半分で、三蔵を静止にかかるが、奴は気付けばニヤニヤと。
カモの股間部分に視線を落とし、ヘラヘラほざき出した。


「…つまりは偽善者山猿。テメェも本心はヤりてェで一杯なんだろ? あ〜ッ??」

「…馬鹿か? …おい、あまりふざけるなよ屑。ミコもミコだけど、お前も調子乗りすぎじゃないのかねぇ」

「はぁ??!! 『私も私だけど…』ってなんですかぁっ?!!!」

「うっせェテメェは話入ンな伊井野ッ!!! …あのなァ、いい加減自分に正直になれや? 偽善の皮剥いでテメェも楽になれよ? な?? どうせカウパー滴ってる癖によォ〜??」

「…カ、カウパーっ??! …………鴨ノ目さん、貴方までそんな性的な……。嘘…ですよねっ………?」

「…黙りなさい。嫁入り前の女の子がそんな単語言うんじゃない。…あのねぇ、鰐戸や………」

「あっ、それとも皮は皮でもまだ剥いてねェとか?! そりゃ人前でチンコ出せねェよな?!! ぶっはははははははっはっはっはっはっはははは!!!!!! ぎゃはははははははははははははははははッ!!!!!!!!!」


「……………」


念の為補足するが、カモは別に三蔵の発言が「ズバリその通り」だった為、黙った訳ではない。彼は(死別済みとはいえ)既婚者である。
ただ、もう殺し合いとか戦慄だとか、そんな雰囲気はオサラバな現状下にて。

カモの目に映る──…一人で馬鹿笑いする三蔵と、
──…支給品である『クロミちゃん特大ぬいぐるみ@マイ●ロ』をギュッと抱きしめる──、


「……もう、私…世の中が…嫌になっちゃうよ……。この風紀の乱れ……、私いつも頑張ってるのに………。なんでいつもいつも報われないの………」

「…………」


──伊井野ミコには、流石のカモもある意味戦意喪失といった訳で。

勿論、それは比較的平穏。平和この上ない現状で、カモ自身も諦めて事の成り行きを見届ければ良いのだろうが。
行き場のない戦闘欲のもどかしさというか、消化不良に終わったむず痒さというか、──とにかく色々で。
彼は呆れ返り、ただ坊主頭を搔くしかできずにいた…………。



「……………全くもって困ったもんだよ…──」



「──……ふう…………………」







「は? 困ってんのはその子だろ。クズ共」





「「「……………………っ!!!」」」




 前触れもなくして。
ギクシャク三人一行に発せられたその一声は、当然ミコでもカモでも三蔵の物でもなく。
彼等の前方十メートル程離れて立っていたのは、恐らくミコと歳は離れていないであろう黒髪の男子であった。


「……あ? ンだよテメェ??」

「『あ?』じゃねえだろ。…っていいやもう。おまえらチンピラとは話しても無駄だしな」

「あぁッ?!」


 端正で顔の整った少年の姿は、カモ&三蔵という凶悪面ばかりと接するミコに新鮮な思いを届けただろう。
先程までか弱くながらも抱きしめていたクロミちゃん人形から、すっ…と力が弱まっていた。
そんな彼女と目が合った少年は、ニコリと微笑。
シッ、シッ、とミコへ向けて手振りをしながら、彼は『カメラ』をそっと構える。


「…キミ」

「え、…わ、私ですか?」

「うん。ちょっとばっかり離れてくんないか? レンズに入っちゃうからさ」

「………。…は、はあ」


突如として現れては、自分の監視対象兼仲間をクズ呼ばわりし、そしてまた前触れもなく撮影を整えだす少年。
そんな彼にはミコとて違和感は感じていたが、何となく彼の言う通りには従ってみせた。

少年の視点にて──カメラのレンズからミコが消えた折、彼はゆっくりとシャッターレンズを押し込む。


「……おい鴨ノ目、なんなんだコイツ……?」

「…さあねぇ…」

「…チッ。おいクソガキ!! 誰の許可得て撮ろうとしてんだゴラッ!!!! 舐めとんのかキサ──…、」


「うるせえよ。会話する気ないつっただろ?」


レンズの被写体は、二人の男。
────鴨ノ目武と、鰐戸三蔵の姿──。
睨みながら近寄る三蔵ときたら、それは写真としてブレまくったのだろうが、少年にとってはそんなことどうだって良い。

彼は「はい、チーズ」と小声で呟くと、────刹那。パシャリッ。





 ───ドッガガガバギャァァアアァアアアアアアアアアアアアアッッッ




「…………………………えっ」





爆音と、光と共に乱れ咲いた彼岸花。


唐突に鳴り響く、鼓膜を刺激するほどの爆発音に、ミコが振り返ったその時にはもう。



二人の復讐者の姿は、灼熱の炎で完全消失していた。






「…『おもふひとはあなたひとり』。綺麗だよな。彼岸花の花言葉だ」




「……………………え」



「…いや、守ってやったんだからお礼くらい言えよ……。……って、まぁ言葉失うのも無理はないか。悪い。──」


「──俺は相場晄。……ま、とりあえず自己紹介云々も兼ねて、そこで話そうか。な?」





クロミちゃん人形が、ボトッ…と地面にこぼれ落ちた。








……
………


 伊井野ミコは、泣く時はいつも個室空間。一人の時のみだった。
風紀委員として我が強すぎる彼女は、時としては皆が恐れるヤンキーの先輩に、時としてはクラスで人気者の男子にさえ注意を躾ける。
場の空気感、人間関係、流れなど気にせず、校則違反があれば些細でもガミガミと叱責する──そんな彼女だった。
故に、ミコを良く思わないクラスメイトが(特に中等部時代は)大半で、陰口を囁かれたり、陰湿なイジメを受ける事が度々ある。

──ミコが泣く時は、誰もいない場所で。いつも隠れて、一人の時のみだった。
今までは。



「……っ、うっ………………。っ…、…ぐっ…………………」



「『はにかみや』…。三角草の花言葉さ。…はにかむと意外と可愛い『はにかみや』…ってな──」

「──…ははっ、笑うなよ? 俺、こう見えて花とかが好きでな。ガラじゃないんだろうが…花を慈しむのが密かな楽しみなんだ──」

「──…おいおい、女々しい趣味だな〜とか思ったりしてないよな? 厳密に言えばさ、俺は花が好きというより花の写真を撮るのが好きなんだ。…いや、つか写真がそもそも趣味って感じか。ほら見てくれよ。この、二人映るうちの…お姉ちゃんの方──」

「────『野咲春花』。この子がさっき説明した三角草の花。…俺らがこれから探すその人さ」


 珈琲チェーン店二階。多人数用テーブルにて。
クロミちゃんぬいぐるみで顔を伏せ、肩を震わすミコへ。相場はポケットから『小黒妙子の死体写真』を取り出す。


「あっ! やばい間違った!! ………………ち、違うんだ…。…これは関係ないっていうか……、本当にどうでもいい写真だから…!! …き、気にすんなよ?──」

「──…ふぅー。……えーと、…あぁこれだこれ──」


 ペラッ


「──この長い髪の女子が野咲。…美しいよな……。…彼女は俺が支えてやんなきゃいけない。俺と野咲は互いにな、…唯一の友達同士なんだ。…な、キミ」


「…っ…………、ぐっ……………うぅっ……………………」



「……………………。…あのさぁ……」

「………………っ…、…ぅ…………」

「普通、学校でもなんでも…挨拶くらいはまずするよな。常識的に。………キミいつになったら名乗るわけ? あんたの名前知らんワケだから、俺はいつまでもキミキミキミキミ…って。いい加減ウンザリなんだが………。いや、マジに」

「………………っ…………」

「……会話する気0…か。てかそもそもさぁ…、泣く要素………どこ? いや泣くのが癖ってんなら俺も深堀りはしないけどよ。何か事情あったんなら相談には乗るぞ?──」



「──キミには俺がいるんだから」




“────君には僕がいるんだから………”


「………っ!!!…」



優しい口調で、そして温かな掌で頭を撫でられるミコ。

傍のガラス窓を見下ろせば、今も尚、爆裂の焔が燃え盛っていた。



「…………………ふっ、ふざけないでよ…」

「…え? …あぁ悪い。俺的には冗談話してたつもりは一切ないんだが……。何か気に触ったのならそれは──…、」


「…人殺しッ!!! ふざけないでよ……ッ、…この人殺しがぁあアァッ!!!!!」



「…………………………は?」


 涙でグッショリと濡れるぬいぐるみ。
彼女の瞳に映る、面を喰らったといった相場の顔といったら、余計激情が堪らなかった事だろう。

ウィンクと微笑を維持するクロミちゃんとは対象的に、顔をあげたミコの表情は激しい怒りと悲しみで震えていた。


「……ぃぃッ!!」


「………いや、おまえさ……、ちょっとヤバくないか? ………人殺し呼ばわりとか………ないだろ」

「…うぐっ……うっ……、ッ……!! …ヤバいとかヤバくないとかッ………、法を遵守とかしてないとか…もう関係ないしッ…………!!」

「…は? まぁいいや。…正直俺さ、おまえが怒ってる様子見て少し安心したよ。何はどうあれ、やっとおまえは俺に意思表示したんだからな。………ははっ、いや、その──…、」

「アンタは命を奪ったッ……!! …罪のない……、二人を…………。理由もなく殺したッ…!!!」

「………ぁあ? ……おまえさぁ、人が話してるときに被せてくるの、やめ──…、」

「アンタの名前なんかどうでもいいしッ…知りたくもないッ!!! 私はアンタを絶対に許さないッ!!!! 許さないん…だからッ!!!!!」


「………………んだよそれ……──」


「──おまえなぁ、あの死んだクズ共に同情して俺を恨んでるならお門違いだからな? …あのまま野放しにしてたらおまえ今頃死んでっからな?? …いや、ただ死ぬだけならまだ不幸中の幸いだぜ…。──」

「──おまえの綺麗な顔も、貞操も。何もかもが徹底的に侮辱されて、苦しい思いさせられた後にやっと楽になれるんだぞ? 冷静に考えてくれよ、なあ?」

「クズ共って呼ばないで…ッ!!! あの人たちの名前は、…鰐戸さんに、鴨ノ目さん………ッ!!! アンタ如きが人をクズ呼ばわりできる人なんかじゃないんだからッ!!!!!」

「…………」


「……確かに私だって鰐戸さん達のことはよく知らないし…………。それに、正直…怖くて……何されるか分からないって…疑心になる節もあったわよ……………」

「……」

「…ィッ…!! でもッ…、それでも殺して良い人なんかでは決してないッ!!! 殺人は許されないッ!! 私が指導更生すれば、優しくなれる…そんな心を持つ人達だったのよ…ッ!!!」

「…」

「…それを……アンタは何も知らずして爆殺したッ!!! 蟻を踏み潰す感覚で…、適当に命を奪ったッ!!! 私はアンタと話すことなんかないわ…!!!──」


「──償ってよッ…。裁かれて…苦しんでよッ!!! この……人殺し…。人殺しがァああ──…、」


ミコが涙を撒き散らして叫ぶ時。──その時にはもう既に相場の瞳孔はどす黒く死にきっていた。
彼は熱々のブラックコーヒーを、彼女が話し終わるのを待たずして顔にぶっかけると、


「…ッ!! 熱っ…!!! い、いやぁあッ──」


「───あっ………!!!」



ミコが大事そうに抱いていたぬいぐるみを鷲掴みにし、力づくで引き奪う。



「……ごめんな、俺ビョーキなんだ。カッとなると見境なく暴力奮っちまう。…でも、自制してる方ではあるよな? おまえを殴ってはいないんだから………」

「…ちょ………。か、返して…。…返しなさいったら……、ねえっ…………!!」

「え、返さねぇよ? 何せおまえはコイツを抱けば言いたいことを言う勇気が湧くんだからな。…コイツさえいなけりゃ、おまえは正常な言動に戻れるんだッ…」


「返してったら…………。……あっ!!」


──ビリッ、ビリビリビリッ…バリッ。


 首を引き裂かれ、綿が大きく飛び出すぬいぐるみ。
口調は淡々ながらも、眉間に皺を寄せ表情が歪む相場は、ミコ唯一の心の拠り所を力一杯引き裂いた。

無惨な姿にされてもなおコチラに微笑むぬいぐるみの姿は、か弱い心ミコのをグシャグシャに押し潰していく。


「…い、いや…。いやァぁあああああああぁあああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」


「…うるさいよ……。大袈裟かっつうのッ。…おまえは……ッ…。………ハァ、ハァッ…」


怒りのまま顔面の綿を毟り取っていく相場。
かつてズングリムックリで柔らかい心地だったぬいぐるみは、今やヘロヘロの皮のみとなる。


「やめてぇ…。やっ…やめて…ぇぇ………」

「…ハァア……ッ。うるせぇッ」


彼女の悲痛を作業用BGMのように聞き流す相場はビリビリビリビリッ──と。
ぬいぐるみの胴体から手足から、なんの見境もなく八つ当たりの引き裂きを続けた。
もはや原型を留めなくなってもなお。


「や…やめ…………」


「…………」


「やめてぇえええええええええええええええええええええええええッ──…、」

「……………ィッ!! うるせえッていっただろうがァアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!」


そして、とうとう矛先はミコ自身に向けられる。
普通、どんな男であれ女子の顔を殴る事だけは御法度。──例え、怒りを堪えられなくとも最低平手打ちと。ダメージを与えるような事はしないもの。
ただし、相場晄という男は『普通』なんかでは到底無い。

──ゴシュッ…と。

白い綿を握り潰しつつ、その拳のままミコの右頬を容赦なく振るい放った。


「いッッ、きゃァアアッ──」


「──ィッ、いぃ……ッ!!」


 間髪入れずして、ミコの頭皮に襲いかかる鈍い痛み。
ミコの前髪を引っ張り上げた相場は、その恐ろし狂った形相を一気に近付ける。
彼の手の甲に付着した、ミコの汗と涙の粒。
──そんな体液の生暖かさ、か細さなんてわれを忘れた狂人には、何ら罪悪感の揺れ動きなど無かった。


「……痛いかッ? あぁ痛いよなァッ?? 」


「……‥やっ……………、ぃたいっ……ッ。…やぁっ……やめ……。離して──…、」

「…俺は今までの人生その何倍も心をズタズタにされてきたんだよッ!!!!」


グッシャクシャに髪を揺り引っ張り、激昂を叫ぶその男。


「引っ越す前の…仙台の奴らも……ッ。小黒の野郎もッ、ばあちゃんもッ、…母さんでさえもッ……………、そしてテメェもッッ!!!!!!」


「ぃぃっ…ッ、…あぁっ………」


苦悶と恐怖で涙を流すミコ相手に、男は好き勝手に独りよがりな激怒を続ける。
奴は屑をも越えた完全なる外道。
相場は、鬼であった。


「この世の『女』って生き物は全員…ッ! 誰も俺の言うことを理解してくれないッ!!!──」

「──俺をいつまでも苦しめてッ……、いつもいつも…いつも、いつも、──」

「──いつも、いつも、いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもッいつもッいつもッいつもッいつもッッ!!!! 嫌われてばかりの人生だッッ!!!!!!」

「…………いぃっ…………。ぐっ…………」

「痛いのは俺の方なんだよッ!!!!! 俺ばかりがいつも苦痛なんだよオオオッッ!!!!!!!」



相場という男は、完全に逸している。


圧倒的恐怖の存在であった。



────ただ、ミコの人格を形成した『信念』は。

──たかが恐怖ごときで、今更怯む物なんかではなかった。




「…嫌われて当然でしょうがッ………」


「………ハァハァ……。……あ? ………今なんつった」



「…嫌われて当たり前よッッ!!!! …こ…この人殺し…、人殺しがぁああああああああああッ!!!!!!!」

「………ぃ、ぃぃィイイ!!!!!!!!」



 頬と前髪の痛みに、流れ出る口元の流血。
そんな心身的激痛を超越した、ミコの正義の心。──心からの叫び。
無論、彼女の発声は悪足掻きとほぼ同等。
ブレーキーの無いイカれた四輪駆動にガソリンを注いだ様なもので、相場の激情により一層火をつけたまで。
後先を考えれば、無抵抗でいた方が身の安全であったろう。


──だが、その場の安全が保証されて何になる。


──日和見。事なかれ主義で、『無念』は晴れるものなのか。



────カモと三蔵。ミコが背負った二つの『無念さ』を、暴力なんかで屈したくは無かった。




「ハァ…ハァ……、俺がッ……」

「…………!」


「俺がテメェを守るって言ったじゃねェエかよォオオオッッ!!!!!!! 女ぁああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!!!!」



「………ッッ!!!!」




──ただ、その強い信念を引き換えに、石直球の様な拳をひたすら浴びる迄であった────。










「あ? 男もテメェのこと大嫌いだがな?」







「…えっ」

「………あ?──…、」




「鳴けよ、ブタ。──むンばッッッ────────!!!!!」





 ──ガシャンッッッ────

  ────ボキッ




 ミコの鼻目掛けて放たれた筈の右ストレートが、フッ…と力無く落ちる。
相場でも、ミコでもない。──第三者の声が、喧騒を遮ったその時。
気が付けば、相場の腕はテーブルに叩きつけられ、そして骨が飛び出る程へし折れており、
その異形な腕を理解した時、相場は初めて強烈な痛みを感じ、絶叫をあげた────。


「いっ…ッ!!! ぎゃぁぁあああぁぁあぁああぁあぁぁああああああああああああああッッッ!!!!!!!!!!!!」

「あァッ?!! おいクソガキ、テメェは豚なんだよ!! ブタは『ぎゃあ〜』なんて鳴かねェだろうがッ?!! バカかテメェ!! ぎゃはははははははッ!!!!!!」



「…え…………………?」



激しい痛みに、腕を抑えてのたうち回る相場。
──そして、パイプレンチ片手にゲラゲラ嘲笑する『その男』。


ミコは信じられなかった。
脳の処理この時が全く追い付いていなかった。


一度無くなった物はもう二度と取り返せない。

死んだ者が生き返る事だなんてある訳がない。

錬金術が当たり前なアニメ的世界ならともかく、完全に消え果てた者が再来するなんて、現実主義者であるミコは全く信じてはいなかった。

そう。
信じていないからこそ、ミコは『その男』に目を丸くして驚き──、



──先程まで流した物とは、また別の感情の涙が零れ落ちた。






「…が、『鰐戸さん』っ……………!!?」





 勿論、そこに立っていたのは幽霊ではない。
鰐戸三兄弟の極悪三男────。
──鰐戸三蔵は、微々たる火傷痕を擦りながら、ミコの元へまた、戻ってきた。


「……ぃぃいいいぎぎぎぎぎぎぃいいいいッ………!!!! ああああああッ………!!! な、なんで………ッ」

「ははは〜っ。痛そう〜、うけるわ(笑)──」

「──つーか伊井野!! 随分コイツとお楽しみの様じゃねェかよ。こんなヘニャチンよりも俺の方が楽しませてやれンのによォ〜?」

「…………あ、あ…………」


まるで何事もなかったかのようにヘラヘラ下衆な事をほざく三蔵。
その姿には、ミコは言葉が詰まりつつも歓喜を、一方で相場は脳がシェイクするほどの絶望を感じていたのだが。
二人揃って共通に思った事がある。

「何故、生きているのか」──と。

語気、声色は違えど、ミコと相場の声がハモリを見せた瞬間だった。


「…あぁッ??! 生きてちゃ悪ィかよッ!! ぁああ?!!」


「…え。いや!! 違いますよ…!! で、ですが………」

「いや…悪いに……決まってんだろ…がぁああ………………ぁああッ………いっぎゃぁあ……」


「…あ、あの時………。爆発に巻き込まれて…………。私、…それで死んじゃったと思ってて……。が、鰐戸さんっ……!!」

「あー、そっかそっか。ンまぁ普通死んだと思うよな。…テメェもすっかり殺した気になってたもんなァ〜?! ブタくん♪」

「ぎぃっいいいぃぃぃ……………………──がぁっ!!!」


豚──と罵られる程、相場は別に肥えてはいないのだが。

それはともかく、悶える彼を軽く足蹴りした後、三蔵は自らが生きている『理由』を語り始めた。
靴底で相場の頭をゴロゴロ撫でつつ語る三蔵。


──この時の彼は、先程までのおちゃらけた醜悪の表情と打って変わって、シミジミと真剣な面持ちであった。


「………縁も絆もねェどころか、『絶対ぶっ殺してやる』って、いがみ合ってた野郎だっつうのによ。──カモ。…カモ…兄ちゃんがよ。……俺を助けてくれたんだ」


「………えっ?」

「…は、はぁ……………ッ?!」


「…爆発の直前、俺の襟首掴んで投げ飛ばしやがって。……『何すんだゴラッ?!』とか言おうとしたら、ボンッ…ってよ──」

「──笑えるよな? つーか意味分かんねェし。あの野郎の考える事は理解できねェよ。だが、とにかく奴は…、兄ちゃんは俺を救ってくれたんだ──」


「──自分はグッチャグチャに火だるま化したっつうのによ…………………」



「……………えっ……。………え、それって…………──…、」

「…それはつまりバカチンピラは犠牲になったんだろ………? コイツの枯草にも劣る命守ってさ……。…ははっ、ハハっ!! …ば、バカかよ……? ぐっ…、ははははッ…!!!」


「………………」

「……ィッ!!」



 ────鴨ノ目武。

屑を最も嫌い、そして幾多もの屑達を残虐に葬り去ってきた彼が、何故鰐戸三蔵という男を『生かした』のか。
当の本人はもういない以上、その真意を聞き出すことは無理だとミコはこの時思ったが、それと同時に、彼への畏敬の念が込み上げてきた。
カモを失った悲哀と同時に、──畏敬が一つ。

“あぁ…やっぱり私の見立て通り。”

“鴨ノ目さんは、『良い人』だった……。”

──と。

ミコはもう、涙が溢れて零れて、感情の揺さぶりが止まらなくなっていた。


「……チッ…!! 身代わりとか兄ちゃんとか……すごいどうでもいいんだよ…!! 俺はっ……! ギィッ…。良いからさっさと足どけろよチンピラ………ッ!! もう満足だろ……。な?」

「…………あァ?」


止まらぬのは、一方で相場の減らず口も同様。
腕を滅茶苦茶にされ、圧倒的不利な境地に陥っても尚、メンチを切り続ける彼は、流石サイコパシーの異常者と言えよう。


「仕方ねェなァ? おらよ、ブタ」


 ──ゲシッ…────


「ンギャッ……!!!」


そんな異常人間を称賛するかのように、言われるがまま彼を蹴り飛ばして『足をどかした』三蔵は、相場に向かってこう言葉を発した。



「……俺には兄ちゃんが二人いた。…血の繋がる兄弟が、…二人、な」


「…え、鰐戸さん…………」


いや。
彼が言葉を綴る相手は、下衆でイカれたカメラ少年向けてではなく。
──顔は向けずとも、ミコに話していたのかもしれない。


「…一兄ちゃんと二郎兄ちゃん。…固い絆で結ばれて、いつも一緒にいた俺ら兄弟は……──死ぬ時もほぼ同時だった」

「……えっ。え? …それは……。…つまり………」

「九九も五十音も言えねェような悶主陀亞連合のポン中共に散々拷問されてッ……。散々屈辱された挙げ句、歳の順でバラバラにされたんだッ…。生きたままッ……」

「……な、なんですか………?! そ、それは………」

「…二郎兄ちゃんが首チョンパされて、次は俺って時に。…気が付いたらあのバスの中にいた。………俺にはもう兄弟も家族もいねェ。失う物なんか一つもねェンだ」


「…………っ…。……」


ふと、前方のガラス張りを見上げる三蔵。
──もしかしたら、この言葉は相場はおろか、ミコ相手に向けて話していないのかもしれない。


「だから。…だからよ。真意は知らねェが、俺を助けやがったあの野郎。──…カモの奴は、…偽善者のアイツに売り付けられた…『恩』ってのは…絶対果たさないといけねェ」


「………」


──坊主頭で、偽善煩くて、そしてサングラスで。
大嫌いだったアイツに。
三蔵はもしかしたら語りかけているのではないだろうか──。


「あの野郎こそが……。あのいけ好かねェ野郎こそが、…俺の兄ちゃん代わり。兄貴分なんだよッ……──」


「──伊井野。テメェは一々うぜェしさっさと犯してやりたいとしか思ってねェがよ………。カモ兄ちゃんはそんなテメェを大事にしていた……。…まるで本当の家族みたいに…──」


「──だからテメェは俺が守るッ……。野郎が兄貴分ならテメェは俺の妹分だッ…!!」



「へ…?! え、えっーー!!!?」

「チッ、うっせェ伊井野!! …俺だってガラじゃねェし…。こんなバカみたいなセリフ……恥ずくて馬鹿らしくておかしくなりそうなんだよッ!!!──」


「────だが俺にはもう失う物なんかねェ。恥もプライドも今更だ。……良いかァ? 伊井野。俺等が何故死なずに済んだか…」

「…は、はい」



「……答えは簡単だ。──失う物ねェ奴が一番【無敵】なんだよッッッ────!!!!──」


「──分かったか豚クソガキィィッッ!!!!」

「……………あ?!! は???」



三蔵が、らしからぬ【宣言】を送った相手は、ミコに向けてなのか、…それとも『兄貴分』へなのか。
──どちらにせよ、彼は再び相場へと睨みを飛ばした。


「…いや分かるかよ……ッ。………あー…見苦しいぜ…、異常者同士の家族ごっこ………。…つか…どうでもいいし、もう…………──」

「──んじゃ俺からも贈り物させてもらうからなッ…………!!! 太郎兄ちゃんだか何だか知らないが……、New兄妹セットであの世で再開させてやる…ッ!!!!」


「あっ!!!」


 相場はそうほざくと、懐から隠し持っていたハサミ(──小黒の盗品)を取り出し、不意打ちに背後のミコの喉元へ突き付ける。
折れてない方の手で握ってるとはいえ、三蔵の気迫に恐れてかガクガクと震えていたが、彼は容赦なく力を込めた。
カメラで爆殺という手法も選択肢にはあるが、ミコ、三蔵共に射程距離として近すぎる上に、そもそも両手持ち必須な重さの為、今は不可能。
三蔵に殺される事は覚悟であるが、せめて彼の心に傷をつけようと、ミコ殺害に足掻き始めた。


──だが、何故だろうか。



「…あ? …あ、あ??」


こんな卑劣な行動を取ろうとも、三蔵には焦りの表情は見えず。
気の抜けるくらいに、平然と眺めていた。



「…って、…あぁっ?!」


──そして、また何故だろう。

いくら力を込めようとも、健全であるはずの左手は『ビクとも動かない』。
まるで凍りついたかのように。
──いや、誰かに手を強く抑えられたかのように、全くとて身動きが取れなかった。



「…………………いや、おい………。嘘だよな…これ………………」


「……………」


──本当に、何故なのだろうか。
些細な事ではあるが、相場の額には冷や汗。絶望の玉粒が、にじっ…にじっ…と湧き出てくる。
彼は「嘘だよな」──と、今ある現実を逃避するかのような弱音を漏らしたが、一体相場は何を察したというのか。
何が起きているというのか。





──答えは簡単である。



──【背後の『誰か』に左手を強く抑えられているから】、だ────。





「オレにも家族がいてねぇ。……って、三蔵の話と引き合いにしたら、オレの妻子も屑みたいに思われそうで嫌だけども………。ともかく、二人はもう居ないんだ。この世にはねえ…。──」



「………んだよ……………」



「オレにとって、ミコと三蔵。…そしてここには居ないが、トラは新しくできた『家族』だ」



「…………ったく、…もう………」



「どんな理由があろうと──」

「──法に触れようと、道徳も正義も倫理も関係ない──」

「──オレの家族を傷つけるやつは誰だろうと決して許さない」



「…………………もう、訳わかんねぇよ……………」


三蔵、そして『ミコ』に注目を浴びる中。
相場はとうとう力なく項垂れていった──。







「昔の中東戦争時に、戦場カメラマンを装って『爆殺機能付きカメラ』を使った国があるんだよ。お前さんが丁度持ってるソレがさ。兵士はさぞ無念だったろうねえ。民間人かと思って攻撃を控えていたらボンッ──なのだから。卑劣極まりなくて、オレはイス●エルに強烈な不快感を抱いたよ──」






「────だから、屑は許さないよ。絶対にねえッ……」








 ──ゴスッ──────







「…か、………『鴨ノ目』さんっ!!!」








 以降、相場晄がとんでもない目に遭った事は、野暮なくらいに言うまでもないだろう。



「ハァ……、がッ……。ハァハァハァ………、ハァア…………。ミスミソウ……三角草の…花っ……──」


「──冬を……耐え抜いてぇっ……ハァハァ……。雪を割るように…じてっ…………、小さな花が……咲ぐ………──」


「──今は…苦しくても…、ゴホッ…!! ………ハァハァ………未来が苦しいとは限らない……。そう…だよな…、野…咲…。……野咲…ぃい…………………」



 片腕を抑え、そして片足を引きずり。
バッキバキに目を血走らせつつ、鼻息を荒くしながら、町中をフラフラ彷徨うは、相場の姿。
右目を大きく腫らし、止まらぬ鼻血をもう諦めて進み続ける彼は、もはや亡霊同然だった。


 数分前。
顔面をテーブルに叩きつけられて以降、気絶から覚ました時には、目隠し状態で椅子に拘束されていた相場。
この時、何故か上半身半裸にひん剥かれており、近くではヤニ臭い煙がモクモク漂っている。

──自分は何をされてるんだ…?
──俺はこれからどんな目に遭うんだっ……?!

完全なる視界不良の中、不安と絶句で冷や汗が止まらなかった彼だが、微かに聞こえるのは恐ろしい話し声のみ。
「一生物のブラジャーとブルマの刑だ、ぎゃはは」など、「いや、ガスバーナーで…」などと、想像を(悪い意味で)掻き立てる男たちの会話。
これは復讐者x復讐者による『拷問のクロスオーバー』が話し合われていたのだが、相場が彼らの素性など知る由もない。
ただ、得体の知れぬ恐怖だけが、彼を暗闇とともに包みこんでいた。


──そんな算段も、「『拷問等禁止罪』!! 身体的または精神的な苦痛を故意に与える行為は憲法違反で云々…」という口煩い女子の一声で破談となったのだが。



「野咲………。ハァハァ、……絶対俺が助けるからな…………。ガッハッ………。野咲……」


結果的に、自分が『守ろうとした』ミコに助けられるという皮肉な救いで、彼は比較的無事で解放されている。
(──とはいえ、帰り際、復讐者二人に顔面グーパン一発ずつを浴びたのだが)


プライドも身体もメンタルも、全てがボロボロにされた相場。
彼は現実逃避するかの如く、無思考でただ歩き続け、

そして無思考で、思い寄せる『三角草の花』の名前をひたすら連呼し続けた。




「…野咲……ハァハァ………。野咲………」



【1日目/G7/街/AM.03:06】
【相場晄@ミスミソウ】
【状態】精神衰弱(軽)、顔殴打(右目、右頬腫れ)、右腕開放骨折、左足打撲
【装備】爆殺機能付き一眼レフカメラ、鉄製のハサミ
【道具】写真数枚(小黒妙子の死体写真他)
【思考】基本:【奉仕型マーダー→対象:野咲春花】
1:野咲にとにかく会いたい。
2:邪魔する奴は『写真』に納める。
3:絶対に死にたくない。
4:チンピラ共(カモ・ミコ・三蔵)を許さねぇ……。







「…わっ!! ひ、酷い火傷………っ。……鴨ノ目さん、良いですか…? 明らかに軽度のやけど以外は、皮膚科や形成外科を受診することが得策です。特に背中など広範囲に──…、」

「あ゙っ〜〜〜〜!!! 貴様は黙れゴラッ!!! ………にしても兄弟分、この火傷マジメにヤベェぞッ……。…グロ過ぎてもう俺焼肉食えねェクラスだわッ! …ぎゃはは……」


「うーーん…。…とりあえず、オレはもう二度と仰向けで寝れないねぇ…」



 一方で、ズタボロの相場とは引けに劣らず。
命からがら助かったとはいえ、カモら一行もダメージは激しい物だった。
殴られ跡を氷袋で冷やすミコ、そして同じく腕や顔の軽火傷を冷却する三蔵はまだ良い方。
相場の奇襲時、三蔵の庇護を優先したカモは、背中上部と右太腿を大きく被爆しており、──どうやってそう平静を保っているのか聞きたい程であった。


「…取り敢えずは包帯と軟膏で済ませるけども、……やはり急冷スプレーとか欲しいもんだねえ」

「…きゅ~れ~…ですか?」

「あ? ねェモンはねェよッ。今はスタバにある医療道具で妥協しろっつうの」


「……………。………あの、…鰐戸さんっ!!」

「はいストップ!!! テメェの言いたいことは手に取るように分かるからなッ?! 『薬局まで薬取りに行きましょう』っつうつもりだろ??!! 俺に指図すんじゃねェぞクソガキ!!! こんだけボロボロで行けるかアホッ!!!」

「…っ?!! ………ごほんっ。確かに映画のミ●トでは薬を取りに行った結果沢山の犠牲が生まれました。ですがっ!! 見てくださいよこの大火傷!!! 事は万事…極まりないですよ!!!」

「あ??? 映画の話はしてねェんだよッ」

「……初対面の時から思ってたけど知識披露したいだけじゃないのかねぇ、この子…」



ただ、皮が剥き出し状態とはいえ割と問題無く接し、あまつさえクロミちゃんの修復裁縫をする余裕まで見せるのだから、カモはやはり百戦錬磨のアウトローという訳か。
致命傷者0人という結果で、ひとまずは終わりを迎えそうであった。



涼し気な空調が珈琲の薫りを運ぶ、スター●ックス二階にて。


ミコと実質用心棒二人は、些かな休息を取りつつも、次なる事態に備える。






────【復讐】。

────それは何も生まないとは、本当か。




「…ところで、カモ兄ちゃんよ」

「…ん? 何だ」


「……………。……あのよォ、────何故、俺を助けた。…おかしいだろ、普通に考えりゃよ」

「…あ、それ私も聞きたかったです。あれだけ喧嘩をしていたというのに、…何の心境が………?」



「……………………」



────否。



「…おい黙るなよ?! 見ざる言わざる聞かざるってか? 山猿か貴様ッ!!!」

「鰐戸さん! 正しくは『見ざる言わざる聞かざる』ですっ!! ………って、合ってましたね…」

「アホ死ね。…んで、兄弟分よ。真意はどうなんだ? あ?」



「……………──」






「──さあねぇ〜……」


「うわキモッ」

「…素敵です…っ。鴨ノ目さんっ……」

「は? 何処が?」





────復讐は、【無】を生む。




────特に何も無く、それでいて争いや恨み、悲惨さが無い一日ほど、素晴らしい物はあるだろうか。


────空のペットボトルには、何でも詰め込める力がある。


────無こそが、無限大の可能性を引き込む、最大級の一流価値なのだ。




────…きっと──。





【1日目/G7/ビル2階/ス●バ店内/AM.03:23】
【伊井野ミコ@かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~】
【状態】精神衰弱(極軽)、頭部打撲(軽)、左頬殴打(軽)
【装備】???
【道具】ホイッスル、クロミちゃんの抱き枕
【思考】基本:【対主催】
1:殺し合いの風紀を正す。
2:鴨ノ目さん、鰐戸さんを信頼。
3:法律違反をする参加者を取り締まる。
4:カメラの少年(相場)がトラウマ。

【鴨ノ目武@善悪の屑】
【状態】背中火傷(大)、右足火傷(軽)
【装備】???
【道具】???
【思考】基本:【対主催】
1:クズは殺す、一般人は守り抜く。
2:ミコ、三蔵と行動。
3:三蔵は屑と認識しつつも見直している様子。

【鰐戸三蔵@闇金ウシジマくん】
【状態】胴体、顔に微々たる火傷(軽)
【装備】パイプレンチ@ウシジマ
【道具】処した男達の写真@ウシジマ
【思考】基本:【静観】
1:伊井野、鴨ノ目を信頼。
2:自分に指図するクズ、生意気なブタ野郎は即拷問。
3:つか早くカモ兄ちゃんと拷問してぇなぁ~~。


※三蔵の参戦時期は死亡後(ただし本人は気づいていない様子)に確定しました。



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059:『大好きが瞳はタダノくんの 061:『らぁめん再遊記 第二話~情報なんてウソ食らえ!~
016:『The Foreigner / 復讐者 ミコ 067:『颯爽と走るトネガワくん(続)
016:『The Foreigner / 復讐者 カモ 067:『颯爽と走るトネガワくん(続)
016:『The Foreigner / 復讐者 三蔵 067:『颯爽と走るトネガワくん(続)
011:『患部を切ってすぐ食す~狂気の相場晄~ 相場 067:『颯爽と走るトネガワくん(続)
最終更新:2025年06月25日 20:52