届かない、M/ Nothing Lasts Forever ◆gry038wOvE



 エターナルゲーム、第一回戦は幕を開けた。


 鋼牙は剣を振るう。
 それは鎧を纏った戦士のものではなく、白いコートの人間の姿だった。
 しなやかに剣を振るい、エターナルのナイフとぶつけ合って火花を散らす。
 右に振るえばエターナルは左へ、左に振るえばエターナルは右へ。
 互いの刃と刃はぶつかり合うしかなかった。真横から見れば、不器用なクロスが描かれている。


「なるほど。バンダナと同じ……生身で桁外れってわけか」


 鋼牙は答えない。
 ただ、長時間共に行動して一条薫を傷つけたことに対する怒りでエターナルと戦っていた。
 エターナルと会話をする気は毛頭なく、ただ守るために剣を振るうのだ。
 その心に、敵に対する甘さなどない。


(チッ、なんだ、この剣捌きは……)


 エターナルも、その無駄のない剣捌きを見て内心では驚愕していた。
 冴島鋼牙は、あまりにもしなやかに剣を操る。身体の動きも、剣の動きもしなやかで、やはり人間離れした能力の持ち主だ。
 そして、────速い。
 何より、剣を避けてから、次の剣がエターナルのマスクを掠めるまでが速い。
 そこにエターナルエッジを持ってくる、作業的な戦いが繰り返されていた。


(アタリどころの騒ぎじゃねえ……バンダナといい、コイツといい、……NEVERに匹敵する化け物だ)


 それを認めてしまうのは、死人である彼らのアイデンティティに触れることでもある。
 死人となった代わりに得られた力と言っていい、その能力全てが彼らと同等程度だという事実。
 生きながらにして強い……というのは通常なら嫉妬させるような事実だったが、既に大道克己にそんな気持ちはなかった。


「────チッ」


 ようやく吐き出されたのがその舌打ちだ。それは、一人目から最高の素材と戦う羽目になった自分の境遇を呪った舌打ちだった。
 コイツを倒してしまえば、話にならない相手ばかりになってしまう。
 キュアブロッサム、響良牙、それにゼクロス。
 こいつはそのどれとも違う魅力にあふれた相手だった。


 ──おそらく。


 鍛えた時期が違うのだろう。
 ここ一年で強くなったと言っていいキュアブロッサム。
 数年前は購買のパン争いで負け続けていたような良牙。
 改造によって強くなったゼクロス。
 そして、NEVERの力によって強くなったエターナル。
 そんな最近のものとは違う。
 もっと幼い頃から、辛い修行や戦闘に耐えて生きてきた男なのだ。この男の力は熟練された戦士のものだった。戦い慣れしているというのだろうか。
 敵が打ち込んでくる場所を予測できるカンのようなものも研ぎ澄まされていたし、彼自身の技も冴えている。
 更に言うなら、──エターナルは知らないが、彼は歴代の黄金騎士の才覚、魂を受け継いだ戦士である。その魂すべてが、彼を強くするのに役立てていた。


(だが、その全てを一瞬で崩し去ってやる────)


 エターナルは、鋼牙の顔に向けて手を伸ばす。その顔を掴んでやろうと思ったが、それは鋼牙が避けた。
 その隙に足元を狙おうかと足で孤を描いて鋼牙の体勢を崩そうとしたが、鋼牙は少し飛んで回避する。
 鋼牙が剣を横に凪ぐ。
 エターナルは真下にしゃがんで避け、真上にある鋼牙の魔戒剣の刃に敢えて触れた。
 エターナルの装甲は、そんな刃を通さない。通すとすれば、この刃の勢いがもっと違った場合だ。
 エターナルは刃を掴んだまま立ち上がり、鋼牙とにらみ合った。
 その眼光は、エターナルに勝るとも劣らず、相手を強く威嚇していた。



☆ ★ ★ ★ ★ ☆



「なんだよ、あの野郎……あんな凄い力持ってたのか!?」


 良牙が、観客席と貸した自分が倒した木の前で、そう言って驚いているようだった。
 当たり前だ。
 どことなく、オーラはあると思っていたが、生身でエターナルと渡り合える実力者だとは思っていなかった。


「……あいつは、九能に匹敵するぜ」


 その様子を驚き見守るつぼみと良牙。
 良牙が思い出したのは、乱馬の高校にいる妙な男だった。竹刀や木刀を握らせたら、敵なしというほどの剣の名手だったが、彼は変態だった。
 鋼牙が変態ではないことを祈りながら、良牙は冷や汗を垂らしてその姿を見つめていた。
 だが、一条と村雨はそれだけが本当の姿ではないことを知っている。


「あんなものじゃない……」

「ああ」


 まだ、彼が生身であるうちは弱い方かもしれない。
 彼は、確かに生身で戦うことの方が多いが、それ以上に強いのは鎧を装着した時である。


「「冴島鋼牙は……黄金騎士は、あんなものじゃない……」」



☆ ★ ★ ★ ★ ☆


 対峙しながら、二人は数歩だけ横歩きする。
 エターナルがその刃を放すと同時に、鋼牙は斬りかかってきた。
 エターナルはそれも避けるが、鋼牙はもう一方の上でエターナルの顔面に拳を叩き込む。
 エターナルのマスクは何も感じなかった。
 生身の人間の力でこれを砕くことは不可能だ。
 しかし、人間の拳がその顔面に到達する様子を、この複眼ごしに初めて見た瞬間だった──その力に驚く。
 と、同時にエターナルの右腕は鋼牙の左腕を強い力で掴んだ。


「……おい、あんたもNEVERになる気はないか?」

「なんだ、NEVERとは」


 鋼牙は痛みに顔を歪めながらも問う。
 この単語は、最初に広間で訊いた単語だった。
 それゆえ、彼はその言葉の意味を気にかけていたし、彼を前に口を開くにも十分だった。
 なんとなくだが、語幹が「ホラー」に似ていたのも、彼の興味を引いた理由である。


「人の感情を忘れた死人さ。死んだ人間を再生し、超常的な力を持つ戦闘兵士にする。言ってみればゾンビみたいなものだ」

「……そんな者になるつもりはない──。第一、死んだ人間の魂が──」


 鋼牙は、大河のことを思い出す。
 優しく、強かった父。──バラゴの手で殺された鋼牙の父のことを。
 そして黄金騎士の名を受け継いだ数多の魂によって救われた自分自身の剣。
 そこに込められた、魔を絶つ意思が、鋼牙の血潮をたぎらせる。


「──死んだ人間の魂が、そんな事に利用されていいはずがない!」


 鋼牙は左腕を握られたまま、逆上がりの踏み台にするように、エターナルの身体に何発もの蹴りを叩き込みながら一回転する。
 そして、右手の魔戒剣を敵の右腕に向かって振り下ろす。


「魂なんかねえよ。……NEVERの生前の記憶や性格まで失われていく。俺は母親をこの手にかけたときさえ、何も思わなかったんだからな」

「何? つまり、お前は……」


 鋼牙は、目の前の男の正体を知った。


「そう、俺こそがそのNEVERの一人ってわけだ」


 エターナルは鋼牙の腕を離す。
 このNEVERであると名乗る男は、本当に感情がなかった。
 そう、これではまるで悪しき生物のようではないか。


「……貴様の名は」

「仮面ライダーエターナル」


 仮面ライダーという単語にも覚えがあった。
 広間で聞いたはずだ。少なくとも、名簿にその名前はない。


「違う……お前が人間だった時の名前だ」

「大道……克己」

「──大道克己、か」


 鋼牙をはじめ、その場にいた全員がその名前を記憶する。
 そして、間近で聞いた鋼牙は叫んだ。


「大道克己……お前の陰我、俺が断ち切る!!」


 大道克己という男がどんな人間であったかは知らない。
 しかし、本当にそんな経緯の持ち主だったというのなら、鋼牙は克己の姿を利用し、魂を汚すエターナルを許せなかった。


 空中に円が描かれる。


 金色の鎧が、鋼牙のもとに召喚される。


 黄金騎士牙狼(ガロ)が眩い黄金の光に包まれて鳴く。


「ほう、お前も変身できるっていうのか」


 エターナルは冷静沈着にガロの金色の異形を見つめていた。
 エターナルエッジを構え、姿勢を低く取る。
 生身でもそれなりに強かったが、それが変身するという。
 ただ、生身の戦闘力はエターナルに劣っていたし、実際変身後の強さがどの程度なのかを克己は知らない。


「因果でも何でも、断ち切れるものなら、断ち切ってみろよ」


 エターナルは知らないが、陰我とは人間の心の持つ闇のことである。
 結局のところ、陰我であれ、因果であれ、印画であれ、エターナルには関係ない。


「踊るぞ、死神のパーティータイムだ」



☆ ★ ★ ★ ★ ☆



 つぼみと良牙は、黄金騎士の姿を見てあまりの衝撃に口を開いた。
 彼も変身者だったのである。
 そして何より、あれほどの実力者が、更に変身するというのが衝撃だった。
 パワーは、スピードは、防御力は、破格になるのだろうか。


「……NEVER、か……」


 村雨が呟く。
 確かに、克己は以前の自分との闘いで、その単語を口に出した。
 だが、その意味を村雨は知らなかったし、興味がなかった。


(確かに、俺と同じだ……記憶も感情も失った、人間と違う兵士……)


 パーフェクトサイボーグの彼には、どこか彼に対する同情の気持ちも芽生え始めていた。
 あらゆる感情が失われて、誰を殺しても何とも思わない人間。
 だから、彼らはここに来て一番最初に巡り合ったのかもしれない。
 同じ性質を持つ者同士、惹かれあってああして巡り合ったのかもしれない。


(……エターナル、俺は……)


 村雨は、エターナルの姿が自分と重なっていくのを感じた。


「……しかし、彼が黄金騎士に変身できる時間には限りがある……!」


 不意に、一条がそう言ったことで、村雨は意識を戻す。
 そうだ、今は彼らの戦闘を見て、データを得ながら、なるべく身体を回復するのを優先しなければならない。


「その時間って、どれくらいですか……?」

「99,9秒のはずだ……倒せるのか? そんな時間で……」


 と、一条が解説していた。
 ガロの変身時間は僅か1分半。はっきり言って、戦いらしい戦いができる時間ではなかった。元々、ホラー以外の敵を相手に使うものでもない。


「よし」


 良牙が嬉々として立ち上がり、右拳を左拳にぶつけて肩慣らししていた。
 どうやら、彼は次に戦うらしい。
 99,9秒とともにガロの変身が解けたら、今度は彼が戦うつもりなのだろう。
 誰も止めようとはしていなかった。


「頼んだぜ……」


 良牙が何かを握っているのが見えたが、それが何なのか見ることはできなかった。



☆ ★ ★ ★ ★ ☆



 最初に動き出したのはエターナルだ。
 低く構えたまま、エターナルがその手に持つ凶器で狙うのは鎧の間接部であった。
 懐へ入るまでが一瞬。
 これは重い鎧を纏ったガロよりも早く、エターナルはすぐに右手の蝶番間接のあたりを切り裂いた。
 血飛沫が飛ぶ。
 ……が、ガロは一瞬怯んだだけでエターナルに向けて剣を振るう。
 その攻撃を予測したエターナルは、エターナルローブで黄金剣の一撃を回避し、バックステップを踏んだ。


「……はぁっ!!」


 ガロも前へと跳躍する。
 その全身から覇気を放出しながら、黄金剣を横に凪いだガロ。
 しかし、その一撃はエターナルの身体へは到達しない。
 彼は上空に向けてジャンプし、両腕で木の枝にぶら下がると、そこから真下に落ち、ガロの頭に蹴りを叩き込んだ。


「ぐっ……」


 ガロも首に痛みを感じながらも、黄金剣を自分の頭の上で一周振り回した。
 それはエターナルの足に当たり、エターナルの身体を吹き飛ばす。
 脚部で火花が散り、克己の足にも僅かな痛みを与えた。


「……流石だな、黄金狼男」

「俺の名は牙狼──黄金騎士だ!」


 相手が勝手につけた名前を訂正しながら、ガロは森を駆ける。
 右腕には最初の一撃により傷つけられた痛みが残るが、鎧の守りは硬く、鋼牙自体のやせ我慢もあって戦闘に致命的な支障を及ぼさない程度に済ませた。
 ガロは駆けだすと、真っ先にエターナルの方に剣を振るう。
 だが、一方のエターナルも「NEVER」であるがゆえに、その足の痛みを耐えるにも十分な力を持っていた。
 小さなエターナルエッジで、黄金剣の刃を受け止める。
 黄金剣のヒットの長さは、エターナルにとっては厄介だった。


(まずいな……こいつは)


 克己の想像を超える敵、それがガロだった。
 ガロの剣は力強い。
 エターナルエッジの刃が折れかけてしまうのではないかと感じるほど、その力は強かった。


 だが、実際に折れる前にガロの方から剣を離し、別の箇所に剣を振るおうとした。
 その剣も、エターナルの反射神経が見事に避ける。
 右。
 左。
 そして、エターナルがガロの腹部を蹴って怯ませた。
 そこから軌道に乗ったエターナルは、足を綺麗に使って何度も何度も蹴りを叩き込む。


「──はっ!!」


 だが、ガロは脇腹を蹴ろうとしたエターナルの右足を左脇で掴み、敵の動きを止めてバランスも奪う。
 ガロは更にその胸部に向けて、真っ直ぐに剣を突き出した。
 エターナルローブが身体を包むよりも先に、ガロの黄金剣が突き刺さり、エターナルの胸部の装甲が割れる。


「がはっ!!」


 ──98.9秒──


 ガロは鎧を解除し、再び冴島鋼牙の姿に戻る。
 すぐに再装着するのは不可能だ。
 連続して装着し続けることが問題なので、すぐに再装着すること自体に大きな問題はないのだが、もはや戦闘中にそんな余裕はないだろう。


「なるほど、お前のそれには時間制限があるのか」


 エターナルは察する。
 メモリの力でも、強いダメージを受ければ変身解除につながることもある。
 だが、変身時間自体は無限だ。克己は変身状態を長らく維持することができる。


「……」


 鋼牙は、そのまま剣を構える。
 右肩の上あたりに、剣を構えた両手を引いて、視界の剣がぶれないように……そして、剣の切っ先の延長線上に敵の心臓を捉えるように。
 だが……


「おい!」


 後ろでは、次にエターナルと戦う予定の男が経っていた。
 それは響良牙だった。


「俺に代われ……俺に、やらせろ!」


 それは第一回戦終了と、第二回戦開始を告げる言葉であった。



☆ ★ ★ ★ ★ ☆



 良牙のデイパックには、当初から「あるもの」があった。
 そう、これまでその詳細を彼は知らなかったが──それはガイアメモリと呼ばれる道具であった。
 良牙には子豚以外の変身形態が存在しない。
 ゆえに、エターナルに対応しきるには、多少なりとも肉体の強化を図る必要があったのだ。
 だから、今────
 良牙はそれを手に取った。


「……ガイアメモリか」


 エターナルが呟く。
 ガイアメモリ。本来、NEVERにとっては憎むべきものだったが、今や克己の良き相棒となった兵器である。
 あらゆるものの記憶を内包するそれを使って、彼は何をしようというのか。


(あのメモリは、確か……)


 それにしても、あのメモリは見覚えがあった。
 おそらく、AtoZのメモリの一つ。エターナルがごく最近触れた26のメモリのうちの一つだろう。


 ──ZONE──


 予感は的中した。
 そう、良牙が使用しているのはゾーンメモリだ。
 地帯(ゾーン)の記憶を内包するメモリであり、敵を転送することが可能という能力特化型メモリである。
 つまり……あれは、二人で戦わなければろくに使えもしないメモリ。
 一対一の対人戦では、おそらく大した威力をなさないメモリだ。


「って、なんだこの姿はー!!」


 ゾーンドーパントへと変身した良牙は言う。
 なんと、良牙の身体はピラミッドの三角形型になっており、55cmほどに圧縮され、空中を浮遊していた。
 子豚になった時より若干大きい程度で、良牙が思うような二足歩行の人型の戦士にはなっていない。
 ユートピアドーパントをはじめ、様々なドーパントに出会ってきたが、こんなのは初めてだった。例によってそれが自分にあたっているとは、彼も思わなかっただろう。


「まあいい……こんな姿でもお前をブッ倒してやるのに不足はない」

「……」

「おい、棒立ちで見上げるな!」


 エターナルは、これは失笑モノだと思いながら、ゾーンドーパントを見上げていた。
 警戒する必要がまるでない。
 先ほどまでの怒りを忘れ、恥ずかしそうに目線を変えている良牙の姿は哀れであった。


「……でえいっ! このっ! このっ!」


 ゾーンドーパントが赤いフラッシュをエターナルに向けて放つ。
 その周囲が軽い爆発を起こしたが、全てエターナルローブが無効化していた。
 もはや、味方さえも何も言わない。
 村雨良、冴島鋼牙、一条薫、花咲つぼみ……全員が、気の毒そうな顔で良牙を見ていた。


「獅子咆哮弾!!」


 できる限り重い気を溜めて獅子咆哮弾を目から発する。
 だが、エターナルローブが無効化した。


「……くそぉっ!! なんだ、この使えないメモリは!! なんで俺にばっかりこんな目に!!」


 エターナルが「こっちの番だ」とばかりに近づいてくる。
 走って来ようという気さえ感じさせない。もはや、ゆっくりと歩いてこちらへ向かってきていた。
 とりあえず、良牙はゾーンメモリの能力を駆使して彼を遠ざける方法を考える。


 今、良牙に見えている将棋の譜面で言うなら、5三のあたりにエターナルがいて、5六のあたりに良牙がいて、その他が7九から4九あたりに並んでいる。



(……そうだ、こいつは将棋の盤面と同じなのか……これなら方向オンチの俺でもわかる!!)


 と、良牙は思いながら、5四あたりに近づいてくるエターナルに向けて念じた。


「2六!」


 念じると、エターナルがゾーンの視界から消える。
 なんと、エターナルは本当に盤面になぞらえて転送されたのである。


(──って! しまった…! 2六じゃなくて、6二だ!!)


 しかし、方角・方向のこととなると、良牙はダメになる。
 敵を自分たちから遠ざけるのでなく、むしろ近づけてしまっているのだ。
 はっとした良牙はどこから襲ってくるかもわからない相手を探すためにキョロキョロと後ろを向いた。


「……さて、次の相手は誰だ? プリキュアか?」


 エターナルは、既に良牙を無視しており、キュアブロッサムの方に近づいていた。
 位置的には、良牙を除くとキュアブロッサムが一番近かったのである。


「ちょっと待て!! 俺を無視するな!!」


 ゾーンドーパントの怒号が鳴り響く。
 その身体のどこから声が鳴ってるのかわからないが、傍から見れば、まったく威厳のないものにしか見えないのは確かだ。


「あ、あの……良牙さんもああ言ってるんですけど……」

「構わん」

「いや、良牙さんだってせっかく……」


 近寄ってくるエターナルに、ブロッサムは説得を開始した。
 こんな形で一人を脱落扱いにしてしまうような真似はしたくなかったのである。
 流石に、どちらか死亡という結果を望まないブロッサムであっても、そう思うほどに、彼の姿は────言ってみれば「哀れ」であった。


「そうだ! つぼみの言うとおりだ!! 俺と戦え、エターナル!!」


 良牙としては、ここで戦い、そのうえ勝たなければプライドそのものが見事に崩れ去るのである。
 他の面子も、どことなくゼクロスが回復するまでの時間稼ぎの意味を込めて戦っている感じもあるし、これでは敵に致命傷を与えるどころか時間稼ぎにすらならないただのにぎやかしだ。
 それは、完全にここにいる意味を失っているといっていい。


「……仕方がねえ」


 エターナルも妥協する。
 元々、良牙にはそれなりに見どころを感じていたので、バカでなければちゃんと戦いたいところだった。
 ただ、何故か良牙はゾーンの変身を解除する様子さえなく、初めて使うゾーンメモリの扱いで必死に見えた。


「……サンキュー、つぼみ。つぼみのお蔭でまだ戦えるぜ」


 とりあえず、良牙はつぼみにお礼を言う。
 彼女がいなければ、このまま戦闘を放棄されて恥をかくところであった(既に十分恥をかいているが)。
 しかし、よく見るとキュアブロッサムの姿がそこから消えている。


「おい、つぼみ!?」

「こっちです!」


 ゾーンが浮遊したまま視線を変えると、3九(サンキュー)に転送されたブロッサムの姿があった。


「……お前ら、やっぱり二人で戦え」


 これには、流石にエターナルも呆れ返っていた。



☆ ★ ★ ★ ★ ☆



「エターナルゲーム、改めて──二回戦だ」


 仮面ライダーエターナルの仲間の一人に、戦いをゲーム感覚で楽しむ男がいた。
 エターナルも、それに近い趣向の持ち主であった。NEVERの仲間にはわざわざ自分と相性のいいメモリを探させ、ほとんどゲーム感覚で戦いを行っていた。
 今回の戦いもそれと同じだ。
 ゲーム。
 これはゲーム。────優勝まで、純粋に楽しむための遊戯だ。


「……さっきので興が冷めちまった。だが、こっからが俺の本気だ。いくぞ、つぼみ」

「はい! それと……」


 ゾーンの変身を解き、改めてエターナルと対峙した良牙に、彼女は言う。


「今の私の名前はキュアブロッサムです」


 良牙はしばらくブロッサムを凝視してから、コクリと頷いた。
 まともに戦闘に使える変身能力がない良牙。
 史上最弱のプリキュアと呼ばれていたキュアブロッサム。
 二人は、協力し合うことで初めて変身能力者一人分の力を得られるのかもしれない。
 人間の素顔をした者たちがエターナルと戦うのである。
 マスクに隠された大道克己は、一体どんな顔で彼らを見つめているのだろうか。


「……ゲームスタート」


 合図とともに、良牙は左へ、ブロッサムは右へ飛ぶ。相手と交差しない飛び方だった。
 上空から見た二人の軌道は、まるで円を描いているようだっただろう。
 そして、その先にあった木を蹴って、勢いよくエターナルの方へと拳を送り込む。


「はぁぁぁぁぁぁぁあだだだだだだっ!!」

「はっ! はっ! はっ! やっ! はぁっ!」


 そこから先は、連打、連打、連打だ。
 ブロッサムの一撃一撃は速い。あまりに早く、そして鋭い。
 良牙は一撃一撃は遅いが、あまりに鈍く重い一撃を繰り出している。
 右と左で、まったく別の攻撃を受けるエターナルは、少しの間、それを食らい続けていたが、両腕を広げて二人を振り払う。


「ふんっ!」


 エターナルエッジを突き出す彼の姿は、まるでフェンシングのような構えだった。
 真っ白な外形は、まさしくフェンシングの構えであったが、そのヒットは小さい。
 しかし、距離は近く、確かにキュアブロッサムの胸元や首元を狙って刃は突き出されていた。


「つぼ……ブロッサム!」


 ブロッサムはそれを避け続けていたが、エターナルの背後から良牙はその首に腕を絡めて締め付ける。
 エターナルはそのまま、左腕で良牙の脇腹にひじ打ちを叩き込んだ。


「ぐぁっ!」


 急所を突いたゆえ、打たれ強い良牙も流石にそこを押さえて怯んだ。
 エターナルローブに向かって涎を吐き散らしながら、良牙が膝をつく。
 更にそこに、エターナルは真後ろに向かって一回転して蹴りを叩き込み、良牙の身体を吹き飛ばした。


「はぁ……っ!!」


 だが、ブロッサムはそんなエターナルに向けて駆け出し、顔面にパンチを叩き込む。
 プリキュアの腕力は伊達じゃない。
 エターナルの顔面にぶつけたパンチも、確かな手ごたえがあった。
 しかし────


「ふんっ!」


 エターナルは、左手の甲でブロッサムの頬を打ちつける。
 ブロッサムの身体が、良牙の近くへと吹き飛ばされ、彼女の周囲に砂埃が舞った。


「大丈夫か!? ブロッサム!!」


 良牙は脇腹を押さえつつも、そこで倒れたブロッサムに向けて声をかける。ブロッサムとは数メートルの距離が離れていたが、良牙の声は大きかったので届いてはいるようだ。
 自分も大丈夫ではなさそうだが、今ダメージを負ったブロッサムの方が心配だった。
 その身体には砂が付着し、ところどころに擦り傷のようなものがあった。大丈夫です、と返してこないあたり、それなりに深刻なダメージだ。
 そして、彼女は弱弱しくも起き上がろうとしていた。
 絶対にあきらめない。
 これがプリキュアの最大のパワーだった。
 それで、良牙はその身体を心配し、駆け寄ろうとしたが、ふとエターナルのことを思い出してそちらを見る。



 エターナルは後方に向かって、回転しながら飛び、木の枝に乗っかった。
 と、同時にブロッサムが起き上がる。


「大丈夫か? ブロッサム」

「ええ、そちらこそ……」

「じゃあ、いくぞ!」

「はい!」

「「はぁっ!!」」


 傷だらけの二人だったが、戦いをやめるわけにはいかない。
 エターナルのいる高さまで二人は飛び上がり、彼に向けて同時に拳を放とうとする。


「何!?」


 だが、エターナルの姿が二人の視界から消えた。消えたとは言っても、完全にそこから何もかもが消えたわけではない。エターナルがいた場所には、黒い世界が見えた。
 ブロッサムと良牙が殴った先にあるのは、エターナルローブの軽い感触だった。
 二人に見えていたのは、このローブだったのだ。
 エターナルは、わざと足を踏み外し、木の枝から下りることで、敵の攻撃を回避したのである。その時、軽量なエターナルローブは風にあおられ、エターナルが元いた場所に残った。
 しかし、これだけではない。
 彼は、ただ落下するだけではなく、落ちる直前に木の枝を掴んでいた。
 そして、そのまま逆上がりの要領で一回転し、二人の背中を蹴り飛ばす。


「きゃあ!」

「ぐあっ!」


 回転のエネルギーがかかったキックを受けた二人の衝撃はたまらなかった。
 そのまま地面に激突し、良牙とブロッサムの全身に強い痛みが与えられた。
 先ほどの痛みと相乗して、二人の身体には更なる痛みが付随する。
 その木の枝の上に先ほどのように立ったエターナルは、冷徹な瞳で彼らを見下していた。


「そろそろ一人くらいは殺してやろう」


 エターナルは、エターナルエッジにエターナルメモリを装填する。


──Eternal Maximum Drive──


 そして、エターナルはそこから落下しながら、マキシマムドライブを発動する。
 彼の身体は、あの足場でどうしてそこまで綺麗に回転できるのか疑問に思うほど見事にひねられており、その青い焔を纏ったキックは──


(プリキュア……狙いはお前だ)



 ────キュアブロッサムの方を狙っていた。

 実戦経験は良牙の方が上だろうが、プリキュアの能力は未知数である。
 ダークプリキュアとキュアムーンライトの猛攻に晒されたエターナルだからこそ、真っ先に消し潰しておくべき対象を一瞬で捉えたのだ。


「……さあ、地獄を楽しみな!!」


 エターナルの姿が、ブロッサムの視界で近づいていく。
 この一撃、食らえばおそらく、死にはせずとも強大なダメージを受け、そのまま戦闘不能になるだろう。
 おそらく、必殺技のようなものだ。
 エターナルはブロッサムの視界で巨大になっていく。


「わあっ!!」


 キュアブロッサムの眼前まで迫ったエターナルの足。
 回避する術はなかった。ここからは逃げられない。


(もう駄目です……!)


 エターナルの足が一回転し、ブロッサムの視界から消えた瞬間──


「1一!」


 エターナルの姿がテレポートする。
 一瞬、ブロッサムも放心した。
 自分は今、何の問題もなく生きている。それどころか、エターナルの姿が完全に目の前から消えたのだ。


「良牙さん!?」


 ブロッサムの頭がようやく自分の死の恐怖以外の方向へ回り始めた。
 これは、ゾーンメモリの力に違いない。それに、今確かに、良牙の声とともにエターナルの姿は転送されていた。
 間違いない、と確信してブロッサムは真横を見る。


「おう」


 そこには、ゾーンドーパントに変身した良牙の姿があった。
 あの一瞬で、良牙なりに機転を利かせ、再びゾーンメモリを使って敵を転送させたのだ。
 どんなに適当に言っても、盤の端っこである1一が自分たちのいるエリアであるわけがない。
 無論、エターナルのマキシマムドライブはあのまま虚空に放たれた。


「ブロッサム! 奴の近くに転送するぞ!」

「わかりました!」


 先ほど、予期せぬ姿に変わってしまった良牙の姿は間抜けだったが、こうしてブロッサムを助けるために変身した良牙の姿は凛々しく見えた。
 プライドを捨て、ただ仲間の女の子を助けるために優しい行動をしたのだ。
 そして、今、良牙はそのままその子にエターナルとの戦いを任せようとしている。


「1三!」


 ブロッサムは、エターナルから1マス分距離を取った場所で、エターナルを睨む。
 エターナルは、マキシマムドライブが不発したことによって機嫌が悪そうにブロッサムを見据えていた。


「……大道さん、あなたは自分のお母さんを手にかけたと言いました」

「ああ……!」

「本当に……何も思わなかったんですか?」


 エターナルと鋼牙の会話から、ブロッサムはその事を聞いている。
 彼の名前は大道克己。
 母を手にかけ、平然とそれを語り、ゆりを殺したと言った悪魔のような男だった。
 しかし、キュアブロッサムは────花咲つぼみという一人の少女は、彼の心を救いたいと願っていたのである。


「……何も思わなかったな。おふくろが俺を裏切った時は心底腹が立って殺した。だが、殺した後は案外何も思わなかった……そう、何もな」

「そんなはずありません!」


 ブロッサムの堪忍袋の緒が、少しずつほどけはじめていた。


「……あなたは、お母さんの事が好きだったから、裏切られたと思って、怒ったんじゃないんですか!? それなら、あなたの心には、お母さんを好きだった心が────残っているはずです!!」

「……ハッ」


 エターナルは、ブロッサムの言葉を鼻で笑う。
 そう、ブロッサムなどにわかるはずがないのだ。
 エターナル自身が感じている。
 親への愛なんて、微塵も残っておらず、記憶も人格も……自分の中のあらゆるものがとうに崩壊しており、エターナル自身がそれに対して「何も感じていない」ということを。


「キュアムーンライトの仲間だったから,期待したんだがな。どんな奴かと思ってみりゃ、結局ただの甘いガキ……だ」

「……」

「俺は俺を永遠に刻み続ける。そのためにはどんな犠牲が払われようが構わねえ。……仲間を殺した時も、おふくろを殺した時も、キュアムーンライトを殺した時も、俺は何とも思っちゃいないんだからな」


 その刹那、キュアブロッサムの中の何かがはじけた。
 そう、キュアムーンライトの名前が出た瞬間──つぼみの中の痛みが強まっていく。
 彼の仲間や母親の死だって、つぼみの心には許しがたい事だ。しかし、その人たちの顔も境遇も、死んだ経緯もつぼみは知らなかった。
 だが、ゆりは違う。
 彼女は大事な仲間であり、友達だった。それを倒した相手の言葉には、一切重みがなかった。まるで、ゲームの中で敵を倒したような口ぶりで、キュアムーンライトの死を語ったのだ。



「私、堪忍袋の緒が切れました!!」


 彼女の怒りは加速し続け、そして今、エターナルに向けてこの言葉が発された。


「今まで堪忍してくれてありがとよ!!」


 エターナルは、その言葉にも無感情な言葉を返す。
 敵の怒りなど、もはや関係はない。
 エターナルの目には、戦いしかなかったのである。



☆ ★ ★ ★ ★ ☆



 鋼牙と一条は、二人の戦いを熱く見守っていた。
 一条は良牙が作ったベンチもどきに座り、その戦いを見守り、鋼牙は立ったままその戦いを見守っていた。


「……二人とも、やるな」

「ああ」


 一条にせよ、鋼牙にせよ、その職業や役職につくだけの努力を自分に課している。
 二人とも日々のトレーニングを欠かさなかったが、何より良牙のタフさは、どれだけのトレーニングによって培われたものなのか気になった。


「……だが」

「何だ?」

「……甘い、かもしれないな、あの子は」


 鋼牙は、キュアブロッサムの姿を見て、ある気持ちに気づいていた。
 彼女は、若い。鋼牙が戦いや訓練の中で培った厳しさには無く、ホラーを長らく相手にしてきた彼が忘れかけていた初心が、つぼみにはあった。


「……彼女は、敵を救おうとしている」



☆ ★ ★ ★ ★ ☆



「ブロッサム・インパクト!」


 掌に込められたエネルギーが、エターナルに向けて放たれる。
 だが、その直前でエターナルローブがその視界を囲む。
 エターナルローブは、敵の攻撃を無効化するという、まさに反則技だった。
 しかし────


「3三!」


 ゾーンドーパントはブロッサムとエターナルの近くまで移動して、マスの範囲を広めていた。……いや、二人を盤の中央エリアになるように調整したのだ。
 エターナルの現在位置は3四になっており、3三に移動したブロッサムは、エターナルの後頭部にブロッサム・インパクトを叩き込んだ。


「ブロッサム・シャワー!」

「3一!」


 良牙はよく注意しながら盤面の数字を見て、キュアブロッサムを転送させる。
 ブロッサム・シャワーによって、エターナルは身体全体に桜の花弁を浴びた。


「ブロッサム・シュート!」

「1四!」


 エターナルの予期せぬ方向から、またブロッサムのピンクの光弾が、次々と放出された。
 ローブを纏うよりも先に、別の場所から攻撃が来るという、非常にトリッキーな敵であった。
 それゆえ、エターナルはブロッサムの攻撃を浴び続け、莫大なダメージを募らせる。


「……必殺技、いきます!」

「わかった、ブロッサム!」


 二人の息はほとんどピッタリだった。
 ゾーンは、ブロッサムの言葉を聞いて、ランダムでエターナルの周囲にブロッサムを飛ばす。


「集まれ、花のパワー!」

「1九! 8七! 3六!」


 キュアブロッサムの姿はあらゆる盤面に移動し、エターナルは困惑し始めた。
 こちらからの攻撃ができない。そのうえ、身動きまで取れないのだ。
 そう、このままでは、ブロッサムの必殺技を確実に受ける。


「ブロッサムタクト!」

「2四! 8八! 5五!」


 良牙の口から出るランダムな数字の所に転送されるブロッサムは、その時によって遠かったり近かったりする。
 そして、どのタイミングで技を出してくるかもわからない。
 エターナルは、エターナルエッジをゾーンに向かって投擲するが、


「必殺技がほとんど目からビームと同じだぜ、獅子咆哮弾!」


 良牙ゾーンのコンプレックスと共に発された獅子咆哮弾がそれを打ち落とす。
 エターナルは、迂闊にも武器さえ無くした。


「……花よ輝け!」

「5五! 5九! 1三!」


 ブロッサムの姿はランダムに移動した。
 ゾロ目の数字は先ほどと同じだったが、本当に良牙の頭の中に浮かんだ数字を適当に言っているため、仕方がないことだろう。



「7五!」

「プリキュア──」

「3三!」

「ピンクフォルテ──」

「1五!」

「────ウェイブ!!」

「3五!」


 プリキュアピンクフォルテウェイブの花のエネルギーが全て、3四にいるエターナルめがけて放出される。

「なっ……」

 かつて、キュアムーンライトに受けた技、ダークプリキュアに受けた技にそれは酷似していた──
 が、何かが違う。
 エターナルは避ける暇もなく、それを受けた。


(くっ……なんだこの技は……)


 あの二人とは、決定的に違う何かだった。
 そう、憎しみのエネルギーを重ね持っていたキュアムーンライトとは違い、この一撃は、もっと違うエネルギーによって放出されていたのだ。
 それがエターナルを混乱へと招いた。
 今まで味わったことのない攻撃────しかし、どこか懐かしい感触。


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」──ブロッサムの声が聞こえる。


 そんなエネルギーを感じた理由は簡単だった。
 失われる前の「大道克己」には存在した「感情」によって、作られた技だったのだ。
 敵を浄化する優しさ。
 世界の素晴らしさ、花の美しさ、人の心の強さ──あらゆる優しさが込められたプリキュアの“必救技”だった。


「誰だ、お前は……」


 エターナルは、ピンクの光の向こうにいる少女に向かって問いかけた。
 キュアブロッサムではない誰かが、光の向こうにいる────

 そいつが、必死で何かを語りかけている。

 ──誰だ、この女は。

 ──なんで、そんな顔で俺を止めているんだ。

 ──くそ……見たことがある、だが誰だか思い出せねえ。


「うおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」


 エターナルが、その力の限りを尽くして、プリキュアピンクフォルテウェイブの力を弾き返そうとする。
 今の彼には、あまりに厭な一撃だった。
 脳の底を抉られるような……あまりに気持ちの悪い一撃だ。
 予想していたものとは違う。
 大道克己が予想していたのは、肉体的な損壊を与える攻撃。敵を確実に殺害しようとする悪辣な攻撃。
 しかし、これは、もっと内面に作用する何かがある。
 大道克己の中の何かを排除し、大道克己の中の何かを取り出そうとするような……


(やめろ…………やめろ!! 俺はそんなこと望んでいない!!)


 やがて、その向こうにある女の顔が、キュアブロッサムのものへと変化した。
 キュアブロッサムが、凛々しい表情でこちらを見つめている。
 ピンクフォルテウェイブの威力を絶やすまいと、必死の形相であった。


(やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおぉぉぉぉおおぉぉぉっ!!!)


 大道克己の意識が吠える。


「うぐぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 人間の言葉とは思えないほどの雄叫び──野獣のような咆哮とともに、エターナルはようやく、ピンクフォルテウェイブの一撃を弾き返す。
 全ての体力を使い果たしたように、仮面ライダーエターナルは肩を落とし、息を切らし、キュアブロッサムを睨んでいた。



「……はぁ……はぁ……プリキュア……」


 仮面ライダーエターナル──NEVERの大道克己が戻ってきたのだ。
 傭兵。
 殺人。
 憎しみ。
 悪。
 虐殺。
 略奪。
 占拠。
 凶器。
 悲鳴。
 あらゆる記憶が、悪の克己の強い意思によって呼び戻される。
 一時は扉の向こうへと封じ込められそうになったその感覚が全て、エターナルの中で蘇った。


「うおおおおおおおりゃああああああああああっっ!!!」


 エターナルはエターナルローブを脱ぎ捨てる。
 自分の中に、とうに消えたと思っていた感情が湧き出てくるのを、彼はなんとなく……ほぼ無意識のうちに感じていた。
 それを知覚できてはいないが、「悪の大道克己」としての思いが、必死で生き残ろうとしていた。


(俺は明日が欲しい……全ての記憶を失っても生き続ける明日を、永遠を……!! だから、どこまでも足掻きつづけてやる!! あんな奴に終わらされてたまるか!!)


 危うく自分が消されそうになったのを、悪の心は悟っていた。
 大道克己の身体を乗っ取った「無感情」という名の悪。
 母を利用し、人々をNEVERに変えようとし、仲間を殺し、母を殺し……そんな男の悪しき心が、必死で生き残ろうとしていた。
 だから、心を救われることを拒み、自分が消えることを拒み、無我夢中にキュアブロッサムを殺そうとしていた。


 全てを脱ぎ捨てたエターナルが、キュアブロッサムに襲いかかる。
 右拳がキュアブロッサムの胸元へと突き出され、左の足がキュアブロッサムの脇腹を蹴る。
 キュアブロッサムは、それをガードしようとするが、ガードし切れなかった。


「9九!」


 ゾーンは、キュアブロッサムを盤面の端まで転送する。
 そこで、キュアブロッサムはむせ返っていた。
 げほっ、げほっ、と喉を押さえて、先ほどエターナルから受けた攻撃の余韻を必死で消し去っていた。


「くそっ……!」


 と、エターナルが呟き、彼は9九に向かって走り出した。
 敵の攻撃を無効化するローブを、攻撃に邪魔だからと脱ぎ捨てるような今の彼には、先にゾーンを狙おうという考えさえ浮かばない。
 本能の赴くままにキュアブロッサムを攻撃する。
 本能に赴くままに生きる。
 それが、感情をなくした男の行動だった。


「……な、なんだ……っ!?」


 更に、追い打ちをかけるようにゾーンドーパントの変身が解け、良牙の身体が地面に落ちる。
 要するに、メモリとの適合率が非常に悪かったのだ。
 方向オンチの良牙と、地帯の記憶のゾーンメモリの相性が悪いのは、もはや当然といえる。
 それで連続的に瞬間移動を繰り返していたのだから、メモリ自体が彼の身体への拒否を実行した。


「これじゃ、あいつを転送できねえ!!」


 良牙はメモリを握る。
 ブロッサムに向かっていくエターナルを止めるために、良牙は生身で走り出した。
 身体は痛む。
 だが、エターナルを止めなければ……


(間に合え……くそ……)



 エターナルの速さに、良牙が追いつけるはずがなかった。
 良牙のスピードは、乱馬に比べても鈍重だ。
 乱馬がスピード型、良牙がパワー型の人間であり、良牙はエターナルに追いつけるほどの走力を持ってはいなかった。
 一条や鋼牙も、流石にその瞬間は走りだそうとしていた。
 しかし、人間の足では追いつけそうになかった。


「死ね! プリキュア!」


 エターナルがブロッサムのいる区域まで達する。
 いまだ回復できないブロッサムが、恐怖のまなざしでそちらを見る。
 エターナルの拳が、ブロッサムの方へとまっすぐ向けられていく。


「そこまでだ」


 だが、エターナルの拳が、何者かによって横から掴まれ、止められた。
 銀色の腕。
 明らかな異形である、メカニックの腕。
 それは、ゾーンにもない。
 ガロにも、クウガにも、こんな色はなかった。
 それは────


「二回戦はここまで……三回戦だ、エターナル」


 BADANでも仮面ライダーでもない戦士──ゼクロスのものだった。
 肩で息をするエターナルは、彼を睨みつけた。
 その瞬間、何かを感じ── エターナルは内心、今の舞い上がった気持ちを抑え込んだ。
 肩の揺れが小さくなるにつれ、エターナルは妙に冷静にこの敵に対する憎しみと共感が生まれていくのを感じた。



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最終更新:2014年07月22日 16:14