Eにさよなら/仮面ライダー!あなたたちを忘れません!! ◆gry038wOvE



 ──ゼクロスとエターナルが最初に会ったのは、この殺し合いが開始されて数分が経った時のことである。
 すなわち、今から数えれば十二時間ほど前の話となる。


『ハッ……生きてる癖に、死人みたいな面してやがる』


 大道克己は、名も無い男にそう言った。
 あの時の時点で、その男には何かが引っかかっていたのだろう。
 鋼牙と克己の会話で、彼が特殊な存在であることを知り、その時のわだかまりを、村雨良は払拭した。


 そして、今再び対戦相手としてこうして互いの姿を目に宿すことになる。
 エターナルを前に、ゼクロスが口を開いた。


「お前は、不死身の怪物か……道理でな……」

「……どういう意味だ?」


 全てを死人に変えるという言葉。
 エターナルゲーム。
 キュアブロッサムに襲いかかった姿。
 全てを、ゼクロスは新たなメモリーに焼き付けていた。

 NEVER──ネクロオーバー。
 大道克己の姿を使い、悪しき心の赴くままに行動する悪の戦士だ。


「命の重みも、人の痛みも知らない。そういう化物の考えそうな事だ」

「貴様に、何が分かる……!」

「分かるさ……俺にも、似たような時期があったからな」


 BADANに利用されて、何も考えないままに人を殺していた村雨には、克己の気持ちもわかった。
 誰かに自分と感覚を共有してほしいと思う気持ちも、自分の存在を焼き付けたいと思う気持ちも……人の痛みを知らず、命の重みさえ知ることも無く、ただ暴れまわる罪人。
 BADANに属していたゼクロスは、まさにそんな存在だった。


「心を失ったとはいえ、多くの罪を重ねすぎた。だからこそ、お前はこの俺が止めてやる……!!」


 自分に似ているからこそ、倒さねばならない相手だった。
 自分の鏡だからこそ、わかる。
 こいつは倒されなければならない。
 こいつを作った組織──おそらくBADANたちも掃討しなければならない。
 そう、こいつを倒し、罪の連鎖を止めることこそ、大道克己が救われる手段であり──村雨良が救われる手段でもあった。


「……なるほどな! 俺もお前に出会った時から、因縁めいたものを感じていてなぁ」


 エターナルも言う。
 一目見ればわかる。
 エターナルメモリと運命を感じ合った時のような感覚とはまた違うが、この男には自分に近い何かがあった。


「お前も生きちゃいない! 死人と同じだ!!」

「……かもな」


 ここでゼクロスとして立つ男には、村雨良としての記憶もなかったし、BADANや仮面ライダーに対する怒りや憎しみしかなかった。
 親友・三影英介を“奪った”もの。
 自分の記憶を、人生を“奪った”もの。
 それに対する感情によって生きており、ゼクロスには何の目標もなかった。



 だが、何故だろうか。
 村雨良は、放送で三影英介と本郷猛の名前を聞いたときに奮い立ち、五代雄介の死には心を痛めた。
 痛みや悲しみ、あらゆるデータが更新されていく中で、彼には新たなメモリーが生まれ始めていたのである。


「……そして、同じ特性の人間が惹かれあうように」

「お前とはまた会える気がしていた」


 エターナルの手は地面に落ちている黒いナイフを拾い上げた。
 エターナルエッジ。先ほど、ゾーンドーパントを相手に投擲したものだった。
 彼はそれを拾うと、構えた。
 戦闘が開始する、という合図だった。

 だが、ゼクロスはまた口を開く。


「……最後にもう一つだけ問おう。仮面ライダーエターナル、お前にとって、カメンライダーとは何だ?」

「は? ……おいおい、そんなこと聞いてどうするんだよ!!」

「答えろ」

「……そうだな。もとは、風都を守っていた『この街の希望』とやらの名前らしいな。……俺も同じだ、俺は風都、そしてこの殺し合いの新しい希望となる仮面ライダーだ!!」


 エターナルの回答を、ゼクロスははっきりと聞き取った。
 街の希望。それが、彼らの世界の仮面ライダーの定義だった。
 ゼクロスは、そこに納得はしなかったが、彼の回答をメモリーに記憶し、また自分なりの定義を考えた。


「そうか、なるほど……わかった」


 ゼクロスは、これまで刻んだ記憶を引き出す。


「ある男が言った。俺はいずれ、人類の自由と平和を守る戦士・仮面ライダーになると」


 結城丈二は、この殺し合いで出会った時、確かにそう言った。
 彼の言う仮面ライダーの定義もまた、ゼクロスには考えがたいものだっただろう。
 しかし、これもメモリーに焼き付いている。


「ある男は言った。仮面ライダーは人を救う使命があると」


 五代雄介は、死に際に「さやかやまどかを助けてほしい」と、そう言った。
 死ぬその瞬間さえも、誰かを助けるための言葉を放つことに使った。
 これも確かに、メモリーに焼き付いていた。


 そう、その名前には幾つもの意味がある。
 それぞれが別の意味でその名前を名乗っている。
 仇の名前であるゆえ、ゼクロスは名乗るのを拒んだが──


「ならば、俺は魂を受け継ぐ者として名乗ろう────俺は仮面ライダーゼクロスだ!」


 三影、五代、本郷、さやか、スバル……。
 あらゆる者たちのSPIRITSを受け継ぎ、後に伝導する者。
 彼らの事をメモリーに焼き付け、彼らの願いを叶え、無念を晴らす者。
 彼らの思いを忘れず、この殺し合いを止め、誰かが何かを奪うことを止める者。
 その名前こそ、ゼクロスにとっての「仮面ライダー」だった。

 皮肉にも、その名前の定義を見つけたのは、エターナルの回答だった。
 それぞれ、仮面ライダーを名乗る意味は違う。
 ならば、結城丈二の望み通りに、この名前を名乗ってやろう。
 両手を右に大きく伸ばし、彼は「仮面ライダーゼクロス」のポーズを取った。


「エターナルゲーム、三回戦開始だ!」


 エターナルとゼクロスは真っ直ぐに走り、互いの拳を敵に送り込む。
 腕と腕を絡めることで回避しては、次の一撃を送り込む……。
 早くも熾烈な戦いが始まった。



「はぁっ!」


 エターナルエッジがゼクロスの頬を掠める。


「ふんっ!」


 電磁ナイフがエターナルの首元を掠める。


 ナイフとナイフ。
 短い刃を持った者同士が戦い合う。
 ブレードを起こし、エターナルの右手に電流を伝わせる。
 高速でありながら、力強いバトルが開始した。



☆ ★ ★ ★ ★ ☆



「良……!」


 その様子を、四人の男女が見つめていた。
 無論、一条薫、冴島鋼牙、響良牙、花咲つぼみであった。
 エターナルの強さをよく知る者たちであったが、その戦いに手を出す気はなかった。


「……受け継ぐ、か」


 一条が呟く。
 一条薫は、五代雄介からアークルを受け継ぎ、仮面ライダークウガとして戦う決意をした。


「受け継がれた力は、更に強くなる。父から子へと受け継がれた、この剣のように……」


 鋼牙が呟く。
 冴島鋼牙は、代々黄金騎士牙狼の称号を受け継いできた。父や英霊たちの力に、何度救われてきたことだろう。


「……当たり前だ。秘伝の技は、時代が変わるごとに改良が重ねられる」


 良牙が呟く。
 響良牙が使う獅子咆哮弾や爆砕点欠といった技は、すべて昔から伝えられてきた技である。


「私がプリキュアの名前を受け継いだように、あの人も……」


 つぼみが呟く。
 花咲つぼみは、キュアアンジェやキュアフラワーといったプリキュアたちがやって来たことを受け継ぎ、こころの大樹を守ろうとしていた。


「……仮面ライダー、絶対に克己さんを止めてください!!」


 つぼみが激励する。
 大道克己の境遇にも同情的で、優しかった。
 そして、何より……彼女はある大事なことを知っている。


 先ほど、つぼみはエターナルに向けてプリキュア・ピンクフォルテウェイブを放ったが、その瞬間、光の向こうに何かが見えた。
 エターナルの仮面の下にある「こころ」。
 彼の「こころの花」が一瞬だけ、ブロッサムには見えた気がしたのである。
 残念ながら、彼のこころの花は枯れかけていたのだが、まだ完全に枯れたわけではなかった。
 その花は、かつてキュアブロッサムが出会ったある人物と同じものだった。


(……あの人にはまだ、心が少しだけ残ってる……だから……)


 つぼみは手を組んで、目を瞑り、必死に願う。



(完全にこころの花が消える前に……仮面ライダーゼクロス)


 タイガーロイドを葬った仮面ライダー2号がいた。
 だが、その記憶は、ずっと彼女にとっては悲しい記憶となっていた。
 あの行いによって、三影英介も、一文字隼人も、救われることはなかったのだから。
 だから、せめて……仮面ライダーゼクロスには、エターナルを救ってほしかった。



☆ ★ ★ ★ ★ ☆



「ゼクロスパンチ!」


 ゼクロスのストレートがエターナルの顔面に叩き込まれる。
 エターナルは苦汁を舐めながら、敵の顔面にカウンターパンチを叩き込む。
 ……が、そこにあったゼクロスの顔は既に幻だ。虚像投影装置によって、ゼクロスは幻覚を作り出し、エターナルに殴らせたのである。


「電磁ナイフ!」


 ゼクロスが回ったのはエターナルの背後だ。
 その刃で、エターナルの背中を深く斬りつける。
 斬るというよりは、抉り取ると言うに相応しい攻撃だった。
 そのうえ、電撃がエターナルの全身を麻痺させるというオマケ付だ。


「あありゃぁぁっ!!」


 エターナルは、その痛みと痺れを感じながらも、背後のゼクロスに向けて回し蹴りを放つ。しかし、ゼクロスもバク転を繰り返して後方へと避け、そこからまた身体の武器を使う。


「マイクロチェーン!!」


 ゼクロスの腕から射出されたマイクロチェーンが、エターナルの腕へと延びる。
 だが、エターナルはエターナルエッジを使って、自分の手に向かってくるチェーンを切り裂いていった。


「衝撃集中爆弾!」


 ゼクロスが爆弾を投げるが、全てはまたエターナルエッジによって弾かれる。
 エターナルが過ぎ去ったあとの虚空で爆弾が爆破されていき、ゼクロスの眼前までエターナルが迫っていた。


──Eternal Maximum Drive──


 駆けながら、エターナルはマキシマムドライブを発動する。
 エターナルレイクエムを放ち、青い炎は螺旋を描く。
 その足はゼクロスの身体へと吸い込まれていくように近づいていくが、ゼクロスは両手をクロスして身体への致命的なダメージを避けた。


「……はぁっ!!」


 ゼクロスの左腕が飛ぶ。
 左腕の間接から先が、エターナルレクイエムによって吹き飛ばされ、地面に転がる。
 見ていた人間からは悲鳴もあがり、驚愕の声も聞こえる。
 しかし、当のゼクロスは人間ほど大きな痛みを感じてはいなかった。
 左腕があった場所からは、肉体組織にも似た配列で機械やコードが飛び出している。
 パーフェクトサイボーグのゼクロスにとっては、その程度の痛みはもはや慣れたものだった。


「十字手裏剣!!」


 吹き飛ぶ左腕からも、精製された十字手裏剣を取り出し、エターナルの胸元を狙って投げつける。
 そこに到達した十字手裏剣は、ゼクロスが望んだタイミングで爆発する。
 エターナルの胸の装甲が火花を散らし、彼の身体に強い衝撃がかかった。


「はぁっ!!」


 左腕のないゼクロスは、唯一残った右腕でエターナルの腹部にパンチを叩き込んだ。
 一方、エターナルはゼクロスの腹部めがけてキックを叩き込む。
 二つの身体が互いのベルトを狙って一撃与え、エネルギーを爆発させる。


「「……クッ」」


 後ろに転がっていった二人は、大道克己と村雨良の姿をしていた。
 互いの身体をボロボロにしながら、二人はパーフェクトサイボーグらしからぬ……あるいは、NEVERらしからぬ姿をしていた。
 ──二人は肩で息をしていたのだ。
 本来感じるはずのない疲労や痛み。あらゆる身体への負荷が、互いの身体を完膚なきまでに破壊していった。


「おりゃあっ!!」

「はああっ!!」


 と叫びながら、生身で殴り合う二人は、生身でありながら、まるで変身した者同士の戦いのように見えた。



☆ ★ ★ ★ ★ ☆



「!? ……やっぱり、やめさせるんだ!」


 一条がそう言ったのは、彼らが生身で殴り合い始めてからだった。
 既に、つぼみにはショックが大きい映像であったゆえに、彼女は戦いを見ないように目を伏せながら泣いていた。
 だが、それでも彼女は止めることができなかった。
 そんなつぼみの姿を見るうちに、あるいは彼らの生身の戦いを見るうちに、一条は止めようと決意するに至った。


「やめさせる必要はない」


 そんな一条に対して、良牙が言う。
 生身同士の戦いというのは、良牙には慣れきった世界である。殴り合い、技の掛け合い、果し合い、全て良牙にとっては日常だったが、他の三人にはないものだった。


「駄目だ!! このままじゃ死んでしまうぞ……」


 一条は良牙に止められても、戦闘が行われている現場に向かおうとしていた。
 彼にはクウガの力はない。NEVERやパーフェクトサイボーグの戦いに乱入するなど、無茶同然だった。
 死ににいくのと同じようなものであった。


「待て!」


 良牙の声が聞こえた瞬間、一条の腕を誰かが掴む。
 良牙だと思ったが、その手は鋼牙のものだった。
 彼もまた、この戦いを止めようとはしないのだ。


「……止めるな。あれは、確かに殺し合いだ」

「なら……」

「……だが、二人はあれによって初めて生かされているんだ」


 死人と呼ばれた二人の男は、戦いによって自分の存在を証明していた。
 その気持ちは、魔戒騎士として生まれ、人の世から隔絶されたような世界で生きる鋼牙にもわかった。
 魔戒騎士である鋼牙は、ホラーを狩ることでしか自分の存在を証明できなかったのだ。


「痛み、悲しみ、怒り、そして喜び……あらゆる物が、あの二人には無かった」


 鋼牙は続ける。


「だが、二人とも、同じ力を持つものに己の力をぶつけ合うことで、それを見いだせる」

「そうだ。あいつらは、戦いながらしか生きられないんだ……だから、あいつらが生きて存在を刻み続けるのを、俺たちには止められないし、邪魔ができねえ……!」


 一条は二人の言葉に返すことができなかった。
 警察としては彼らを止めたいが、改造人間や死人は管轄外だった。
 だから、彼らを止める方法などわからない。
 どうしても止めたくても、彼はここで見ているしかなかったのだ。



☆ ★ ★ ★ ★ ☆



 村雨良のパンチが克己の首を折る。
 彼の首はありえない方向に折れ曲がっていたが、彼がその程度で死ぬこと──あるいはダメージを受けることはなかった。
 しかし、直す暇がないので、大道克己は良の顔面を叩き潰す。
 彼の歯が何本か折れて飛び散るが、彼はそれを意に介さない。


「……そうだ、これだ!! この感覚だ!!」


 克己は少しずつ、痛みのようなものを感じ始めていた。
 疲労と痛み。
 NEVERである彼が感じ得ないはずのものが、同じようにそれが欠如したパーフェクトサイボーグとの戦いで感じられ始めていた。


「死が隣にあるから、全ての生物は生きている……!!」


 有能な死人を集め、NEVERの仲間を増やして傭兵活動をした事。
 全ての人間をNEVERに変え、彼が自分と同じ身体に凝った事。
 全て、自分と同じ感覚を共有する人間を欲していたからなのだ。
 死人は、死への恐怖がない。痛みもない。苦しみもない。感情もない。
 だが、万が一、それを感じた時があったとしたら……彼が唯一生きられるのはその瞬間なのだ。


「死が無い人間なんてのは、死人と同じだ……!!」


 死が隣にあるスリルが、戦いの中で芽生えてくる。
 死の恐怖を失った彼は、死ぬことさえも恐れなかった。
 だから、それこそが彼にとっての死だった。
 生きている限り、死とは恐れられるものであるべきなのだ。それを感じないのは、死んでいるのと同じなのだ。


「生きるのを諦めた……明日を諦めた人間も、死人と同じだ……!!」


 克己は良に一撃食らわせ、良は克己に一撃食らわせる。
 そのたびに人間ならば致命的であろう身体の欠損が生まれる。そして、敵にその致命的な欠損を与える。
 その繰り返しでありながら、一撃一撃に喜びがあった。


「これが俺の……唯一生きられる瞬間だ!!」


 村雨良の身体が後方へと吹き飛ばされる。
 だが、彼は上手い具合に着地し、仮面ライダーゼクロスに姿を変える。
 しかし、それと同時に彼の身体に深刻な負荷がかかり、全身に強いダメージが加えられる。
 長い間BADANのメンテナンスを受けなかったために、彼の再生機能や変身機能がダメージを受け始めていたのである。
 この戦いにおける変身時間はおそらく数十秒。
 全身の神経がそれを教えている。


──Eternal──


 一方、ゼクロスから距離を置いたところで、克己もまた、首の形を直して、エターナルメモリの音声を鳴らす。
 そして、それをロストドライバーに装填すると、克己の姿がエターナルのものへと変わる。


「……エターナルエッジ」

「電磁ナイフ!」


 それぞれの刃を手に取って、対峙したまま、互いがいる場所に向かって駆け出した。


「……ならば、教えてやろう! 人の死を!」

「ハハハハハハハ!! そんなものはとっくの昔に経験済だ!!」


 エターナルとゼクロスの二人は、空へと高く飛び上がり、それぞれの刃を突き出し、互いの身体へと触れさせる。
 エターナルエッジはゼクロスの首を、電磁ナイフはエターナルの胸元を狙い、空中で一直線に、刺し、凪いだ。


「「ゲームセットだ!!」」


 それが当たっているのか、そして、どれだけのダメージを与えられたのかは当人だけしかわからない。
 もしそれが食い込んでいれば、それはあまりに重いダメージとなったに違いない。
 傍観していた者たちは、空中で起きた出来事の勝者が、日の光と重なってはっきり見ることができなかった。



★ ★ ★ ★ ★ ☆



(そうか……)


 村雨の視界の先に、いつもの女が現れた。
 美しく、懐かしい女。
 誰だかはわからないが、その女は泣いてはいなかった。


(これで、俺は、“俺”を止められたんだな……)


 ゼクロスが、仮面ライダーとしての最初の使命を果たしたことを、女は祝福していた。



★ ★ ★ ★ ★ ☆



 がくり、と膝をついた者がいた。
 上空で刃を交えあった後、ゼクロスが強い負荷と共に足をつき、顔の変身が解除される。


「良!!」


 良牙が叫び、彼のもとに駆け寄った。
 続けて、つぼみも、一条も、鋼牙もそこへ駆け寄った。
 良の首の左側面には、先ほどまでなかった深い裂傷があり、それがエターナルの一撃がゼクロスに到達していたことを証明していた。


「ハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」


 エターナルが嗤う。
 高笑いする。
 これまで聞いたことのない、喝采。
 両手を広げ、まるで典型的な悪役のような高笑いとともに彼は良の方を見た。
 その瞬間、エターナルの変身もまた解けたが、大道克己はそれを意に介す様子はなかった。


「ハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」


 良の方を見るということは、彼ら全員に顔を向けるということだった。
 だが、誰も大道克己の顔を見ようとはしていない。
 何故なら、もっと気になる箇所があった。
 そう、胸だ。
 ゼクロスが電磁ナイフで突けた傷が、かなり深々と残っていた。
 避けた胸元が溝となって、そこから上の身体が前のめりになっていた。
 あまりにグロテスクな姿であるが、血のようなものは一切でていなかった。


「……克己さん!」


 つぼみが叫ぶ。目を覆いたい光景だったが、彼女は目を覆わなかった。
 克己の身体が消え始めていた。
 あまりのダメージに、NEVERの身体を維持できなくなった克己は、人の形から崩れ始める。


「……行け、仮面ライダー、それにプリキュア! 財団Xの加頭どもが開いたこの殺し合い……潰したいなら、早い方がいい!」


 その顔は不気味な笑みに引きつっていた。
 死ぬことへの恐怖を失った彼は、死ぬ瞬間に笑うのだ。


「……駄目です! 消えないでください! 克己さん! あなたも一緒に、この戦いを止めるんです!!」


 つぼみは、消えゆく克己を前に叫んだ。
 その叫びに、克己は表情を変えた。不敵に笑うのを、あまりにも突然にやめた。
 驚いたような表情をして、何もないところを見つめる猫のようにつぼみを凝視し始めた。
 つぼみは、それでも必死に、克己に向かって何かを叫んだ。
 克己の足は消えかかっていた。



★ ★ ★ ★ ★ ★



 ──ドクッ、と心臓の鼓音のようなものが克己の中で響いた。

 もはや、心臓が動くはずがない克己が、何故心臓の鼓音を感じたのだろうか。そんな疑問が浮かび上がるよりも前に、つぼみの姿が、誰かと重なった。
 それはあの時──キュアブロッサムの攻撃を受けた瞬間に感じた、あの感覚と同じだった。


 克己は、あの時見えていた者を思い出す。
 記憶が鮮明になっていく。
 それは少女だった────ヴィレッジで会った、ミーナという超能力兵士の少女だったのである。
 だから、彼女は必死に止めた。
 彼が仮面ライダーだったことを知っている彼女が、克己を止めようとしたのである。
 その少女こそが、克己にとって良心の象徴だった。
 それがまだ、心のどこかに残っていたのだ。
 だが、克己はそれを振り払った。


(ミーナ……出てくるなよ……)


 しかし、今度重なり始めた姿は、ミーナではない。
 あの時には断片的にしか見えず、「何かが変わった」としか捉えられなかった姿が、いまははっきりと見え始めた。
 つぼみの髪が黒く見え、もっと背の高い女性のものへと変わる。
 ミーナよりも、皺がある。そして、懐かしい。


(!?)


 克己はただ驚くしかなかった。
 そこにあった女性の姿が、何度も何度もつぼみになったり、その女性になったりを繰り返す。
 心配そうな顔で見つめるつぼみ。
 笑顔を見せる女性。
 交互に、一瞬ずつ、何かが変わっていく。


 そして、克己はその女性の正体を思い出す。


(そうか……)


 母だった。
 大道マリアだった。


(昔の俺には……あんたが、そんな風に見えてたんだな……)


 そこに見えた母の表情は、大道克己が人間であった時にしか見せなかった表情である。
 今までの克己には、どちらも同じにしか見えなかった。
 生前の克己と、死後の克己。どちらも、母の顔など同じだと思っていた。
 だが、違う。
 克己の幸せを願う母。克己にただ生きていることだけを望み、どんなワガママも聞いてしまう母。
 どちらも、違うものなのだ。


(懐かしい、音だ……俺が俺でなくなるくらいに……)


 どこからか聞こえ始めた不思議な音色とともに、あまりに長い一瞬が克己を衝撃させた。
 克己の身体は、斬りつけられた胸元まで消滅していた。
 ロストドライバーとエターナルメモリが、地面に落下していた。



★ ★ ★ ★ ★ ★



 克己の身体が消えていく。
 それでも消えゆく克己を止めたいつぼみが、必死に叫んでいる。
 さやかの時もそうだった。
 本当はわかりあえるはずの人たちが、戦い合って、消えて行ってしまう。
 その感覚が、つぼみにはあまりにも悲しかった。
 救いたかった。
 一緒に、戦いたかった。
 さやかが、魔法少女として共に戦ってくれたら、心強かっただろう。
 エターナルが、仮面ライダーとして共に戦ってくれたら、心強いだろう。
 そう思いながら、克己の身体が消えていくのを、涙を流しながら……見送る。
 喉が枯れるほどに叫ぶことしかできず、その消滅を止める術はない。


「……克己さん!」


 つぼみが、克己の身体を追いかける。
 克己は逃げたりはしていないが、そう表現するのが適切だった。
 どこかへ行ってしまいそうな男の姿を、つぼみは救おうとした。
 今度は誰も止めなかったし、誰もがつぼみを暗い顔で見送っていた。
 克己は救うことができない。それどころか、許すことができない者もいるだろう。
 しかし、つぼみは必死で救おうと、手を差し伸べようとしている。
 たとえ1パーセントでも可能性があるのなら、……いや、たとえ可能性がゼロだと言われても、つぼみは克己を救おうとする。


「やめろ、プリキュア……いや、キュアブロッサム!」

「なんでですか!?」


「地獄が俺の故郷……俺はそこに帰るだけだ……」


 それが人間の克己の口から発されたものなのか、それとも地獄に住まう死神の口から発されたものなのかはわからない。
 ただ、どちらにせよ彼はつぼみに危害を加える気はなかったし、むしろ、NEVERにしてはあまりにも安らかな目でブロッサムを見つめているようだった。


「……ははは……久しぶりだな、……死ぬのは……あと、もう少し、……もう少しだけこの音を聞きたかったが……はははははは……」


 つぼみは克己に触れようとした瞬間、克己の身体は完全にこの世から姿を消した。
 つぼみは虚空を抱く形になってしまい、思わず膝から崩れる。不思議と、そこから先涙は出なかった。
 つぼみは人が死んだ場所に座っている。……そして、その死人のことを思い出す。
 つい数秒前まで、彼はここで喋っていたのに、それは遠い昔の話のようだった。
 つぼみの足に、金具が当たった。
 そこには、彼の持っていたロストドライバーとガイアメモリがあった。
 ここで大道克己が生きていた証だった。


「……克己さん、あなたのこころの花はカーネーション。花言葉は、『母への愛』、です……」


 つぼみが、克己が生きていたその場所で、悲しげに呟いた。
 彼が最後に、死から遠ざかりたいと願う、生きている人間らしい感情を取り戻したのは、あまりにも皮肉なことだった。



【大道克己@仮面ライダーW 死亡】
【残り 32名】



★ ★ ★ ★ ★



 つぼみは、克己を見送った後、すぐに村雨良のもとへ駆け出した。


「村雨さん!」


 村雨良の身体もまた、深刻なダメージを受けていた。
 その重い体重を今の彼の両足で支えることができず、良牙と一条が肩を貸すことで何とか立っていた。
 そのうえ、実際問題、彼の左腕は吹き飛んだため、左肩を担当する一条はなかなか辛い体勢だった。彼が左側に回ったのは、一定の対電機能を有するライダースーツを着ていたからである。
 謎のコードがむき出しになっている彼の左腕に触れるのは、常人では避けるべきだった。


「……クッ……」


 村雨は、やはり少し心の痛みを感じていた。
 自分に似た何かを消す感覚は、耐え難かった。
 この感覚──何かを思い出す。
 そうだ、仮面ライダー1号が言っていた言葉だ。


『苦しいか……お前はまるで……俺だ』


 彼は決して、嬉々として何かを奪っていたわけではなかった。


『もし脳改造を施されていたなら……俺も……お前のように……』


 むしろ、苦悩とともに戦っていた。
 彼が敵の命を奪うのは、敵の苦しみを止めるためでもあったのだ。


『だから、お前のその掻きむしるような苦しみ……俺が止めてやろう!!』


 ゼクロスはそのために彼らに攻撃された。
 三影英介はそのために彼らに殺された。
 それは、彼らがゼクロスとタイガーロイドを救おうとした証。
 今、ゼクロスは初めて彼らの気持ちがわかった。
 同じ境遇の者たちを殺す不快感。まるで吐きそうになるほどの痛みと苦しみ。


「……そうか。エターナル……いや大道克己、奴は最後に何かを掴めたか……」


 だが、村雨良には最後に何かを悟ったように散っていった男が羨ましかった。
 何か、彼に訴えかけつづけた音色とともに消えたことが。
 死への抵抗を取り戻しながら死んでいったことが、うらやましかった。
 そして、自分たちが彼にそれを与えられたことが誇らしかった。



「なあ、俺も奴も同じだった……だから、奴が恨まれるのは、俺にとっても……」


 村雨は、そこにいる全員に語りかけるように言った。
 その先の言葉が出てこない。
 村雨良にとって、大道克己が恨まれるのは何なのか。
 どういう感情なのか……それがはっきりとわからなかった。


「……だから、奴を恨まないでやってくれ……頼む」


 彼の視線は、どこを向いてるのかわからなかった。
 目のハイライトが消え、視覚がおかしくなったのだ。
 目で見えている景色が変わる。視界がおかしくなる。……それは彼なりの涙なのかもしれない。


「……おい、何言ってるんだよ、良。何でそんな言い方するんだよ」


 右肩を背にして歩こうとする良牙は、彼の身体が少しずつ重くなっていくのを感じた。
 そう、彼の身体からは少しずつ力が抜けているのだ。
 先ほどまでは不器用ながらも歩こうとしていた村雨良の身体は、だんだんと歩くことを忘れ、引きずられ始めていた。


「……おい! 嫌だぜ、良。乱馬の野郎に続いて、お前まで……そんなの!」

「……私もだ! 五代に続いて、君まで死んだら……彼の意思は、君も一緒に継ぐんじゃないのか!」


 良牙と一条は肩で言う。
 村雨の方を見ても、彼の視点はだんだんと下がっていった。


「五代、か……」


 村雨良が共に戦った仮面ライダーの名前を思い出す。
 五代雄介、仮面ライダークウガ。
 彼は、一条薫に対し、言った。


『………みんなの、笑顔を、守って……』


 みんなの笑顔を守れ、と。
 それが引っかかっていた。
 その「みんな」の中には、笑顔というものを忘れた村雨良も含まれているのだろうか。
 守る以前に、村雨良には笑顔というものが欠如しているのだ。
 歪んでいるか否かはともかくとして、大道克己でさえ、あんなに高らかに笑えたというのに。
 だが、ある一つの感情だけは、村雨に残っていた。


「……俺には笑顔なんていうものがなかったが……」


 その感情を、村雨良は、最後に、誰かに伝えたかった。


「…………俺は……お前たちといられて、楽しかっ、た……」


 良牙は、自分の右肩に回されている村雨良の拳が、親指を立てていることに気が付いた。
 地に突き立てているものではない。
 天に突き立てているその親指は、サムズアップというものを作り上げていた。


「良……」


 良牙は、寂しさを感じながらも、良の視界の先でそれと同じものを作った。
 良の目にはぼやけて見えないが、また誰かが指で同じ形を作った。
 四つ。
 四つの肌色が、良の視界にぼやけて映り、ようやくそれに焦点を合わせ始めた。


 サムズアップ。
 偉大なことをした人間に贈られる賛美の証であった。
 辛く過酷な仮面ライダーの使命を果たした者に、それが贈られるのは当然だった。
 あるいは、どんな逆境においても、生きることに必死だった人間にも、当然送られるものだった。
 あらゆる意味を込めて、四人はそれを村雨良に贈った。


「……何が……『俺には笑顔なんてない』、だ……」


 一条が、村雨良の横顔を見て言う。


「──……ちゃんと、笑えているじゃないか」


 だが、その言葉を聞くと同時に、村雨良の身体は崩れ落ちていった。
 良牙と一条の身体にもたれる力さえ失った彼は、もはや意思さえあるのかわからなかった。
 ただ、この時に意思があったとしても、意思がないとしても、彼は最後にこれを想って力尽きただろう。


(そうか、これが『笑顔』か……)


 無情に言えば、それは『機能停止』だった。
 しかし、ここにいる誰も、彼が機能を停止したなどとは思わなかった。
 これは、『生物の死』だ。
 必死で生きようとした人間が、何かを掴んで息絶えた姿だった。


「……また、受け継ぐものが増えてしまったな」


 鋼牙が、そう言う。


「仮面ライダー……あなたたちを忘れません!!」


 つぼみがそう言うまでもなく、二人の仮面ライダーの生と死は彼らの心に残った。
 彼らが生きている限り、二人の男の魂は胸に残り続ける。
 SPIRITSを伝える。
 仮面ライダー、プリキュア、魔戒騎士、人間……それぞれの、立場から──。



【村雨良@仮面ライダーSPIRITS 死亡】
【残り 31名】




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最終更新:2014年07月22日 16:17