孤独も罪も(前編) ◆gry038wOvE



 光が二人を包んでいく。
 翠屋から、鳴海探偵事務所まで、マップの端から端までの距離を一瞬で縮める、その不思議な光は、二人の体を少し温めた。

 ──二つの場所を結ぶ転移システム・時空魔法陣。

 それは、次の瞬間には、結城丈二と涼邑零の体を鳴海探偵事務所まで移動させていた。
 目の前の景色が変わる。何もない田舎の村の土まみれのアスファルトから、真新しいアスガルトを街灯が照らす街の物へと。──一瞬、ただ景色が小綺麗に変わっただけかと思った。
 人がいなければ、田舎も都会も、結局は同じという事か。
 彼らがいるのは、その建物の真上。ソルテッカマンの巨体が、鳴海探偵事務所を内包する建物の上でどしんと音を立てて着地する。

「……すげえな、本当に全然違う場所に来ちまった」

 ソルテッカマンから声が聞こえた。
 この中には零が入っている。こう言いつつも、零はあまり凄いと関心している様子はなかった。魔戒騎士にとっては、結界を使った移動は日常茶飯事。仕事として日常に取り入れているものの一つである。出自が違うだけで、同じような原理を使っているのだろう……と、あっさり受け入れる事ができる。
 結城も殆ど同じような──ありきたりな感想しか抱かなかった。次の瞬間には、全く別の事に興味を向ける。

「ここが、鳴海探偵事務所か」

 どうやら自分たちは鳴海探偵事務所の上にいるらしい。探偵事務所というのは、一つの建物がまるまる探偵事務所として建てられている場合は殆どなく、だいたいの場合は大家に借りて、建物の一部を探偵事務所として使っている。
 見下ろして、看板を見てみると、そこには「かもめビリヤード場」と書かれていた。かもめの形をした愛らしい風車が回っている。この探偵事務所は、大人のアミューズメントと複合しているらしい。

「涼邑、ソルテッカマンの装着を解除しろ」
「ああ」

 この装備のままでは、満足に鳴海探偵事務所の中に入る事もできないだろう。結城はそう言った。零は、言われてすぐにソルテッカマンの装着を解除して、身軽に一飛びしながら、その中から現れた。いちいちそんな一挙一動に驚く事はなかった。零の身体能力が極めて高いのは既知の話だ。

「さて、とりあえず、中に入ってみよう」

 結城は、促すようにそう言った。






 ソルテッカマンはそのまま屋上に置いて、零と結城は真下に飛び降りた。二階ほどの高さしかないので、二人は身軽にそこを飛び下りる事ができた。鳴海探偵事務所は、まさしく二階にあるのだが、入り口は当然下にある。
 いやでも最初に目につくのは、探偵事務所へと繋がるドアではなかった。

「とりあえず、バイクは見っけたな」

 探偵事務所の外には、三台のバイクと自転車が停められている。駐輪場なのかどうかは知らないが、屋根の下に上手く三台駐車されていた。バイクをのぞきこんでみたが、しっかりと鍵もついているようだ。零も結城もバイクならば心得があるので、上手に乗り回す事ができるだろう。

 ──ハードボイルダー。
 ──ディアブロッサ。
 ──スカルボイルダー。
 ──ふうとくんバイシクル。

 それが個々のバイクの名前だった。風都の三人の仮面ライダー、全員のバイクがそこに停められていた(ついでに変な物もあるが気にしてはいけない)。後部にある巨大ユニット・リボルギャリーで換装する事で、更なる強化が図れるマシンだ(一つは明らかに違う)。

 ……ただ、欲しいのはこれだけじゃない。勿論、ハードボイルダーがあれば便利だが、それ以上に、換装ユニットを必要とする。それがあって、初めてこのマシンでの行動範囲は広がるのだ。ただの移動手段ならば村エリアでも充分に利用する事ができる。

「なかなか良いマシンだが、今は停めたままにしておこう」
「ああ。どうせ後で使うんだけどな」

 まあ、ここを出る時は移動手段として使われるだろう。道幅の広い道路が設けられているが、おそらくそれが装甲車の通り道、本島への架け橋となる。そこを通ればすぐに本島への道に辿り着くはずだ。
 まずは探偵事務所の方を探す事にしよう。バイクを視界から外すと、今度見えるのはいくつかのドアだった。このドアのうちのいずれかが探偵事務所に繋がっている。

「……これはビリヤード場のドアか」

 探偵事務所があるのはビリヤード場の一角に過ぎないらしく、零が開けたドアにはビリヤード台が並んでいる薄暗い部屋があった。
 薄暗く、家族で入るには抵抗のいる店だろう。

「一つやっていくか、結城さん」
「やらない」

 結城は、冷ややかにそう言って、零の冗談を無視した。スルーされて肩をすくめて苦笑しながら、零が結城の方へ歩いて行く。彼が見ていたのは、鳴海探偵事務所の看板であった。
 かもめビリヤード場の看板に比べると小さい。木の札に派手な装飾をしたファンシーな看板に、妙なボール紙が画鋲で突き刺されていた。更にその上から、変な文字が書かれた緑のスリッパが張り付けられている。

「……あらゆる事件、ハードボイルドに解決します。だって」
「この看板の煽りが既にハードボイルドとは程遠い気がするが」
「……これもここのオーナーの冗談だろ。真剣に受け取るなよ、結城さん」

 最近の店の看板には、ちょっとした遊び心や冗談っ気を交えているものが多い。特に、個人経営の店などは、飲食店にしろ美容室にしろ、看板にこんな冗談を交えているのだ。あまり本気に受け取るべきではない。……まあ、実際のところこの事務所の探偵は、本気で言っているのだが、誰もそう信じなかった。

「さて、じゃあそのハードボイルドな探偵事務所に入れてもらうか」

 先に歩き出した結城の背中を、零は追う事にした。
 結城は入口の階段を上り、探偵事務所の前までたどり着いた。彼は、ノブを捻り、鳴海探偵事務所の中へと入っていった。






「確かに随分と洒落た内装だな……」

 零は、壁にかけられたWIND SCALEのソフト帽子を手に取る。気に入っているのだろうか。同じブランドの帽子の色違いがいくつもある。内装をより上品にするためかもしれない。内装は妙に拘られている。

「いかなる事件もハードボイルドに解決する、鳴海探偵事務所か。……形から入っのたか、確かにハードボイルド映画にでも出てきそうな部屋だ」

 本棚を見てみると、そこにはレイモンド・チャンドラーの小説が何編か飾られており、中にはチャンドラーの小説を原作にした映画のDVDまで揃えられている。なるほど、ハードボイルドの代名詞となった小説も役立てているわけか。
 机には、今時誰も使わないような欧文タイプライターが置いてある。
 帽子も、ハンフリー・ボガートに触発されたような中折れ帽子ばかりである。ビリヤードやダーツ、バスケットゴールのような大人の遊びも、この部屋だけで充実しているようで、確かに事務所の内装だけはハードボイルドと言えよう。

 しかし──

「……なんだ、この調査資料は」

 結城がデスクの横の緑の梯子を上り、奥のダンボールを物色していた。そこで得た捜査資料は、この事務所の人間のイメージを損なうものだった。タイプライターで打ち出したらしい文章、報告書がそこにある。
 ……これが驚くべき事に、ローマ字で打ってあるのだ。欧文タイプライターは見栄だったのだろうか。読みにくいうえにシュールで、失笑を買うような文面だ。
 これだけではなく、他にも過去の事件の資料らしく物が次々と見つかった。しっかりとした正式な報告書もあれば、前述のようにタイプライターでローマ字打ちされた怪文もある。

「……犬探し、猫探し、亀探し……そんなのばっかりだな」
「だが、その中にたまにだが不可解な事件のデータが混ざっている。……ガイアメモリ犯罪か」

 二人が物色したデータからは、やはりガイアメモリの存在が消えなかった。
 ガイアメモリに関する調査報告書だけでも結構な数があり、数年分は溜まっている。
 一時はそんな事件ばかりだが、ある時からペット探しの依頼は急に増えたようだ。零が手にしているのは、その時期以降の報告書だろう。

「風都の探偵か……。各ガイアメモリ犯罪者の対策や、実際の使われ方についても一定のデータは記されているようだな」
「何これ、まさか全部に目を通すのか……?」
「ああ」
「おいおい……」
「すぐ終わる」

 結城はそう言いつつ、流し読みをしているようには思えない目つきで一つ一つの資料に目を通していく。しかし、手の動きと目の動きはそれなりに早い。
 調査報告書ごと持って行ってしまえば良いと思うのだが、極力は暗記して頭にとどめておきたいそうだ。当初、未確認生命体に関する資料を得た時も同様の理由で、資料を手元に置いてはいない。
 しばらくつまらなくなりそうなので、零はそこにあるダーツやビリヤードを適当にいじっては、高いスコアを出して遊んでいた。

「……なるほど」

 零は、数十分経って、ようやくその一言を訊く事ができた。零は退屈すぎて、背を向けたままダーツをしていた。それでもブルズアイに当てる事ができる。
 結城は資料を全て数十分程度で読み終えたらしい。必要分のデータしか頭に入れていないようだ。明らかにガイアメモリとは無関係な動物探しの依頼は全て無視していた。充分に早く読み終えたといえよう。
 結城は資料を纏めて、ダンボール箱の中に戻す。

「もう読み終わったのか?」
「ああ。少し読みにくかったがな」

 ローマ字で書かれた日記のような報告書は、やや読みにくかった。ただ、依頼者に明かされていない部分も含めて、少々役立つ話だ。

 左翔太郎。それがこの事務所で現在働いている探偵である事。
 園咲、風都、ガイアメモリ、ガイアドライバー、地球の本棚──それらが全て彼らの世界の産物であり、特にダブルドライバーの持ち主は「左翔太郎」である事。
 泉京水から獲得したデータは全く間違っていない事。

 全てを彼らは把握する事ができた。もともと、予感はしていたが、今後会いに行く相手はこれで確実に決まったようだ。
 しかし、その前に確認しておきたい事もある。そう、まずはこの施設に来た大本の理由である「リボルギャリー」だ。

「さて、リボルギャリーがあるというガレージはどこだ?」

 結城は見渡すが、この事務所の中にそんな物の様子はない。
 ただの探偵事務所ではないか。依頼内容を見た限りでは、ただの探偵というわけではないようだが、この一室だけ見ると、そんなガレージがどこにあるのかわからない。

「結城さん、こっちこっち」

 先にそのガレージを見つけ出したのは、零だった。ソフト帽子がいくつもかかったドアをいじっていたのは彼だ。結城が資料に目を通している間、零はビリヤードをしたりダーツをしたりして遊んでいたが、ガレージはとうに見つけ出していた。
 零がそのドアノブを捻る。……ドアが押されると、帽子が少し揺れた。

「ここから先が秘密基地、というやつか」

 ドアの向こうには、巨大なガレージが広がっている。
 ただの探偵事務所ではない……それは本当だったらしい。
 螺旋階段の下には、だだっ広い無数のホワイトボードが残されていた。






「……さて、どう動かせばいいのかね」

 彼らがいる場所は、本当にただのガレージに過ぎない。
 バイクを置いておくにも使えそうだが、装甲車などが置いてある雰囲気は殆どないのだ。
 あるのは何も書かれていないホワイトボードだけ。灯りは不気味に彼らのもとへと降り注いでいた。

「弱ったな……特殊な計器もない。管理システムがある前提でここに来たんだが」
「探してみようぜ、あるかもしれないだろ」

 結城は頷いた。
 ガレージの壁を叩いてみたり、さすってみたりするが、装甲車リボルギャリーを発進させるための計器に繋がるものはない。
 そもそもリボルギャリー自体がどこにあるのか、これでは全くわからないほどだ。

 結局、見つけられず仕舞という事になる。

「……と思ったけど、どこを探してもないみたいだな」
「仕方がない。この状況ではどうしようもないしな……諦めるか」
「確かにな。目当ての物がないんじゃ仕方がないか」

 少し時間をかけてしまっただけだったらしい。すぐに結城と零はそこを出る準備をする事にした。結城は、ともかく街エリアの方へと再度向かう事にした。警察署や中学校といった施設が気になるが、まずは警察署に行ってみる。
 今や二人は禁止エリアの影響も受けないような状態だ。首輪がないので、禁止エリアを突っ切って、すぐに中学校へと出向く事もできる。
 ソルテッカマンは置いていくが、おそらく現状でソルテッカマンを使用方法も知らずに利用できる人間はいないだろう。
 ……まずは、置いてあったバイクで警察署に向かう事にした。






 ──およそ一時間後。

 ……二台のバイクが、巨大な道幅の道路を走っていく。
 ヘルメットに顔は隠れて見えないだろうか。一人は結城丈二、もう一人は涼邑零。二人とも、バイクの技術は一流だった。
 二人は殆ど同系で、カラーリングだけが微かに違うようなバイクを選んだ。
 ハードボイルダーとスカルボイルダー。二台のバイクが夜を駆ける。

(……やはりこの道路はまだひと気がないようだな)

 先ほどまでなかったような道だ。当然、誰も通っていない。この付近にいた人間が気づいて寄ってくる可能性もあったが、そうした様子もなかった。
 時刻から考えても、日付が変わるまであと二時間を要さないような現状だ。

 メーターの数字に目をやる。二人とも高速道路のようなスピードを出している。
 夜の街を並走する二人は、運転技術には自信があった。この人通りのない道で突然に誰かが飛び出してきても、それを回避する事ができるだろう。

 やがて、二台のバイクは本島と探偵事務所を繋ぐ道路を渡り終えた。
 二人は何も言わずにバイクのスピードを緩めた。60km程度のスピードだが、周囲には人影は見当たらない。
 エンジン音だけがこの都会に木霊する。街灯だけが二人を照らしている。

(うん……?)

 結城と零は、前方に人影を感じて、バイクを減速させ、止めた。ほとんど同時だ。
 バイクは前輪の位置も殆ど同じに止まっている。二人同時に、その人影を見つけていた。警戒したのか、不意に後ろに下がったが、その人影は幻だったのか現実だったのかを改めて確認するために、零は訊いた。

「今、誰かいたよな……?」
「ああ。三人いた」

 ライトを切り替え、結城と零は降車してヘルメットを脱ぐ。
 ライトは、前方の三人の人影を照らした。幻ではなかったらしい。三人は眩しそうに顔を隠したが、指の隙間からそっとこちらを向いた。
 そのうち誰かが、意を決して、帽子で顔を隠しながらこちらへ向かってくる。結城と零は、ライトをまた切り替え、相手の目を気遣った。

「……おい、お前ら何者だ? どうしてそれを使ってんだ」

 先に声をかけてきたのは相手方。ソフト帽子を被った、カジュアルな服装の男性だ。結城はその男の名前に心当たりがあった。間違いない。
 ──左翔太郎だろう。
 隣にいる残りの二人の男女は誰だかわからないが、探偵事務所の主としての彼の姿勢は結城も好感を持っている。おそらくは殺し合いに乗っていないのだろうお。

「君は左翔太郎くんか。私は結城丈二という者だ」
「ゆ、結城丈二……って事は、沖さんの先輩……ライダーマンか!?」

 どうやら、左翔太郎はこの時間内に沖一也との合流をしたらしい。
 結城は頷いた。いかにも、自分こそが結城丈二である。知っているのなら話は早かった。

「そして、彼は涼邑零──」

 結城が真横にいる零を紹介しようとしていた。
 ……が、そこに涼邑零の姿はなかった。零の姿を探す。見れば、彼は既に十メートルほど歩いており、目の前の三人組のうち、背の低い女性の真ん前まで来ていた。
 彼女の至近距離、彼女の目を見て、僅かな微笑を浮かべながら訊く。

「俺は涼邑零。君の名前は?」
「って、おいおい……」

 結城も呆れる。女性に対してのこの行動力は、年代を問わないらしい。
 この男は徹底的に人懐っこく、妙に人を引き寄せる。自らが他人に対して近づいていくそぶりもある。到底、復讐を果たそうとしていた男とは思えないだろう。
 だが、実は、そんな態度の裏に、満たせない寂しさがあるのかもしれない。

「なんだよ、あんた……」

 少女は、引き気味ながらも強気な表情で言う。

「だ・か・ら、涼邑零だって」
「そうじゃなくてさ……」

 と、そんな零の襟をつかんで、結城が引き寄せた。
 かなり近づいていた零と杏子の顔の距離が引き離されていく。
 零の足は宙を泳ぐ。結城丈二は、成人男性ひとりの体をこんなにも軽々と持ち上げているのだ。持ち方を工夫すれば簡単な事だが、それでもある程度の体重を支える力は必要である。

「結城さん、冗談だって……」
「俺に冗談は通用しない。科学者だからな」
「それが一番意味わからねえよ……!」

 零は、あっという間に適度な距離にまで引き離された。
 翔太郎たちはその様子に茫然とする。結城のこの力の使い方は、まさしく沖一也の先輩たる姿だ。──いや、仮面ライダーの先輩という意味では、翔太郎の先輩でもあるわけか。
 その大人の落ち着きも、熟練された戦士のように見えた。

「で、今度は真面目に訊くが、君たちは?」
「あ、ああ……。あたしは佐倉杏子」

 安心したのか、彼女はすぐに質問に答えた。名前を出し渋る理由はない。
 あの零という男には戸惑ったが、結城ならば少し落ち着ける。

「僕はフィリップ。参加者ではありませんが、つい先ほどこの場に呼ばれました。……それより、僕としてはお二人に訊きたい事が。その首元が少しばかり気になるんですが、もしかして、解除したんですか?」

 フィリップは、気障に零の首元を指さした。結城を指さす事ができなかったのは、この結城の奇妙な威圧感に、フィリップでさえ指をさすのを躊躇ったからだろうか。
 全員の視線が、結城と零の首元に注ぐ。

「ほんとだ……首輪がねえ!」

 翔太郎も二人の姿に違和感を抱いていたが、その正体がつかめなかった。仲間の中でも、杏子は首輪をしていないが、それは首輪がソウルジェムに取り付けられているからで、その条件は魔法少女である事だった。目の前の二人が魔法少女という事はあるまい。
 零は、誇らしそうに首を、二、三度、掌で叩いた。

「……結城さんが解体したんだ。俺たちは晴れて自由ってわけさ」
「その通りだ。勿論、我々の手で、君たちもいずれ自由にする。俺たちの目的はこの殺し合いの打破、脱出、そして、この殺し合いを主催した悪魔たちを滅ぼす事だ。……君たちとも協力する事になるだろう」

 結城が、饒舌に言った。情報を提供する事に対しては、一切惜しみはない。できれば、自分たちと同じ志を持つ参加者がいるのなら、その首輪を外していきたいほどだ。
 翔太郎とフィリップに対して、若干の不審を飲み込み切れなかったが、彼は黙っていた。

「マジかよ……! それなら早速、あいつらに知らせて……俺たちの首輪も解除を……」
「……ただし」

 慌てる翔太郎に対して、結城が一言、強い言葉で制止する。
 翔太郎は、思わずその一言に圧されて、ほんのひと時ばかり言葉を失った。

「そのための条件、と言っては何だが……少し君たちからも訊きたい事がある。一つや二つではないが、構わないか?」

 結城は、そう言った。条件をつけるつもりはないのだろう。あくまで、情報を引き出しておきたいわけだ。

「何でもお答えしましょう」

 結城の一言に、フィリップは冷静にそう答えた。少しだが、フィリップは悪戯じみた笑みを浮かべていた。現状、まだチームメイトが誰も解除できていない首輪を、結城は解除しているのだ。そこに興味が湧いているのは、フィリップらしいと言える。
 自分の持つ本棚からは引き出せない情報を引き出せる相手だと、フィリップは勘付いていた。

「まず、前提として訊いておきたい。君たちは『ダブルドライバー』の持ち主で間違いないな?」
「はい」

 ダブルドライバーの持ち主、という言葉はここしばらく、結城たちの考察上で必ずといっていいほど出てくる言葉であった。そのダブルドライバーというものが果たして何なのかは誰も知らなかったが、

「なら……君──フィリップの『地球の本棚』というものが21時より拡張されたらしい、という事は知っているか?」
「既に知っています」

 フィリップは、むしろ何故そんな事を知っているのか、結城に尋ねたかったが、あえて今は結城の質問を優先する事にした。

「そうか。……それなら訊きたい。一体、『地球の本棚』とは何だ? それがあれば、今後俺たちが何かを考えるうえで、役に立つらしいんだが……」

 その単語も何度も出てきた。調査報告書の中にも、時折『地球の本棚』の話題は挙がっていた。しかし、それが何なのかまでは、はっきりとは記されていない。そのため、結城たちはそれが何なのか、まだよく知らないのだ。

「僕の精神が入り込める特殊空間、それが『地球の本棚』です。これまで地球で起こった全ての情報──『地球の記憶』がその無限の本棚の中に所蔵されています。僕はその中から必要な情報を検索していく事で情報を引き出す事ができる……それで、おそらく僕が役に立つと言われているのでしょう」

 地球の本棚というのは、少しばかり説明の難しい物だ。精神世界の話をいきなりされてもすぐに飲み込める人間は少ない。しかし、結城も零も、そういう人間だったのは幸いだろうか。彼らの世界では、実際に精神体や精神世界の存在が現れているのだ。

「なるほど……アカシックレコードのようなものか」
「その通り。……今現在は、過去に引き出せなかった異世界の情報も検索する事が可能な状態にまで拡張されています」

 それから、既に結城は鳴海探偵事務所で調査報告書を読んでいた。あらゆる事件の依頼において、その『地球の本棚』が役立った事は言うまでもないようだ。すぐに飲み込めるどころか、フィリップを信じる事も容易かった。

「よくわかった。今後、使わせてもらう事になるかもしれないが、構わないか?」
「ええ。いつでも」

 フィリップの返事は、いつもとは打って変わって、快諾という感じの返事をした。翔太郎も意外そうに見つめたが、相手を見つめて、フィリップの興味関心がそそられる相手であるのは無理もないだろうと思った。
 ただ、どうしてこうも自分の周りの「仮面ライダー」は総じて頭が良いのか、少し劣等感みたいなものも湧いてくる。仮面ライダーエターナルとなった響良牙の存在が少し、翔太郎の中で救いになりつつあった。

「それから、君たちに渡しておきたい物もある」
「……渡しておきたい物?」

 結城は、ポケットの中から二本のガイアメモリを取り出した。零も、結城がそうして行動したのを見て、乱雑にポケットにしまわれていたガイアメモリを取り出した。それは、いずれもT2ガイアメモリであった。

「マキシマムドライブ専用のガイアメモリらしい。ドーパントへの変身はできない」
「……おい、マジかよ」

 翔太郎が、真横からそれを見ていた。フィリップが、二つの掌の上に乗せられた四本のガイアメモリを丁寧に取り上げた。フィリップは即座に、そのスイッチを押したが、音声は鳴らず、誰がドーパントになる事もなかった。
 状況が整わなければ使用不可能なのだろう。

「確かに受け取りました。アクセル、クイーン、ロケット、ユニコーンですね」

 フィリップは、ダブルドライバーの持ち主の一人として、それの受け取りを確認する。

「アクセル、か……」

 翔太郎は、T2アクセルメモリを見た時、思わずそう口に出した。
 アクセル──それは、照井竜が変身に使うメモリ。T2ではなかったが、そのメモリを見た時、仮面ライダーアクセルの姿を少し思い出した。

「それから、まだ話したい事はある。……君たちは、リボルギャリーを知っているな?」
「ええ……」
「我々は先ほど、鳴海探偵事務所に行った。リボルギャリーという装甲車があると聞いてそこに向かったんだが、それらしい物は置いていなかった」

 そう聞いた時、フィリップが眉を顰めた。

「……リボルギャリーを発車する方法を教えろ、という事ですか?」
「その通りだ」

 結城がそう告げると、フィリップは顎を指で触れた。何かを考え込んでいる様子がわかった。翔太郎自身も、あまり簡単に全てを話す気にはなれなくなっていた。
 おかしい。
 探偵の勘が、この状況が不自然だと伝えている気がする。

 地球の本棚の拡張について、彼らはどういうルートで知ったのか。
 彼らはどうして、突然現れた施設の方から現れたのか。
 何故、彼らはリボルギャリーの発車方法について訊きたがるのか。

 不自然なまでに詳しい。──そして、逆に肝心なデータを落としていて、それを聞きたがっている。

「おい、フィリップ。……なんか詳しすぎねえか? なんでこの人たちは、こんなに何でも知ってるんだ?」
「ああ。確かに、詳しすぎる。……失礼ですが、あなた方は本当に、翔太郎たちと同じ『参加者』なのですか?」

 翔太郎とフィリップは、同じ事を考えていた。
 そう、二人が考察した内容──『参加者』対『主催者』の構図。それが近づいているという可能性。それは、もう目の前に来ているのかもしれない、という事だ。

 目の前の二人は、首輪もしておらず、フィリップたちの事について妙に詳しい。
 それだけではなく、新たにできたはずの施設に現れたり、沖のレーダーハンドの目を掻い潜って現れたり、フィリップたちから情報を引き出そうとしたりしている。
 却って怪しい存在なのだ。

「まさか……」

 ──そう、目の前の二人は、主催者側に取り入れられているのかもしれない。

「おい、どういう事だよ……」
「杏子、ちょっとこいつらから離れろ。……なんか少しヤバい。警戒した方がいいかもしれねえ」

 翔太郎は、ダブルドライバーを左手に構えた。
 翔太郎とフィリップと杏子に直接的な面識がない結城と零の名前を騙っているが、果たして彼らが本当にそうなのか──いや、仮に面識があったとしても、怪しいものだ。
 杏子は、翔太郎によって、少し後ろに下げられた。

「おいおい、どういう事だって訊きたいのはこっちだぜ」

 零は、その状況に少し困惑しつつも、敵が何か仕掛けてくるなら、と双剣を出し、構えた。
 翔太郎と杏子は、ごくりと息を飲む。まさか、剣を持っているとは思わなかった。──零は剣を構えている。それなら、相手は、すぐに斬りかかる様子はないが、いつでも三人を斬り殺せる準備をしているのだ。
 刃は二つ。一瞬で二人を切り裂き、次の一瞬で残りの一人の息の根を止める事ができるだろう。

「結城さん、こいつら、俺たちの事を少し誤解しているみたいだけど、どうするよ」

 零は、隣の結城丈二にそれを訊いた。結城は頑とした表情で答えた。
 どうやら、何かの意を決したらしい。

「……零、お前は下がっていろ。……丁度良い。肩慣らしに少し、戦わせてもらおうか」
「戦うって……本気か?」
「話し合いで解決するのも良いが、この方がかえって都合が良い事もある。誤解したままならば、敵さんも本気で戦ってくれる事だろう」

 結城の声は少しばかり冷徹だった。何か一つの考えがあるといった様子だった。
 何故、結城丈二は話し合いなどせずに戦おうとしているのか──零はそれを少し考えた。
 勿論、結城は殺し合いに乗っていないし、主催に仇なす者同士で殺し合うなど、言語道断だろう。それを、結城はあえてやろうとしているのだ。

「何か考えがあるみたいだな。……じゃあ、俺は見物する事にするよ」

 零は、結城にも何か考えがあるのだろうと思って、数歩下がり、ビルの前の段差に座り込んだ。
 結城は、何も言わずにその手でライダーマンヘルメットを掴み、頭上に掲げた。

「ヤァッ!!」

 ──結城丈二は、このマスクをつける事によってライダーマンとなり、手術した腕が電導し、アタッチメントを操る事ができるのである。

「ライダーマン!!」

 結城丈二は、ヘルメットを装着すると、強化服に身を包み、ライダーマンへと姿を変えていた。ライダーマン、彼は仮面ライダー4号の称号を得た正義の闘士であった。

「さあ、かかって来い、仮面ライダーダブル……俺たちが貴様の敵だと思うのなら、全力でそれを排除しろ」

 ライダーマンの真っ赤な両目が暗闇の中で光る。
 その右手はアタッチメントを取り換え、ロープアームを装着していた。

「君……いや、君たちの実力を、あえてここで試させてもらう!」

 ライダーマンの唇が、そう告げた。
 唇や鼻、人間の表情を少しでも見せている仮面ライダーの姿に、流石に翔太郎も少し驚いた様子だった。

「……く、口が出た仮面ライダー?」
「侮ってはいけない。あれがライダーマンの姿だ……。戦闘用スーツに強化ヘルメット……他の仮面ライダーたちとは違い、改造されているのは右腕のみ。アタッチメントを付け替えながら戦う戦士だ……僕たちと同じく、イレギュラーな戦い方をするかもしれない」

 ライダーマンの事は検索済らしく、フィリップはその情報を告げた。
 一見するとライダーマンは貧弱そうに見えるが、その立ち振る舞いは剛健。いささか自信に満ちた口元が少しばかり恐ろしかった。

「……でもあいつも仮面ライダーなんだろ!?」
「勿論、彼は仮面ライダーだ。しかし、僕のデータによれば、結城丈二という男は、ある時まで悪の組織デストロンの科学者として高い地位を築いていた。デストロンの殺戮規模を考えれば、彼の研究成果が何百……いや、何万という人を殺していた可能性がある」
「ほんとかよ……。どうして、そんな奴が仮面ライダーなんて……」

 仮面ライダーの称号を持つライダーマンと出会えたと思っていた翔太郎は、その事にいささかショックを受ける。

「彼はライダーマンとなってからも、自分を失墜させたヨロイ元帥への復讐を目的に戦っていた。その為ならば、たとえ味方の仮面ライダーであろうとも攻撃したという。……後に、心を入れ替えて、自らの命を賭してプルトンロケットの爆発を食い止める事になり、その時に仮面ライダーの称号を得る事になったが……果たして本当に彼が心を入れ替えているのか、その時より後のライダーマンであるかは、僕たちにはわからない。……そもそも、主催側の変装という事だってあり得る」
「そんな……じゃあ、もしかしたら俺たちは、本当は仮面ライダーになれたかもしれない男と戦うかもしれないってのか?」

 フィリップは頷いた。
 ここに来た時期が、もしも結城丈二が危険な人間であった時期ならば、迂闊に信用する事はできないのである。結城の姿を見ていると、彼を信じる事が難しくなっていった。
 ともかく、相手がその気ならば、こちらも変身するのみだ。そうしなければ、誰も守る事はできない。

「……翔太郎。怪我をしているだろう。……今回は、久々に僕が変身するよ」

 翔太郎は、一応胸部に怪我をしていた。一日中戦っていた翔太郎に対して、フィリップなりの配慮だろうか。翔太郎も、その意見には乗る事にした。
 どうやら、フィリップの方がやる気らしい。

「……くっ。仕方ねえ。わかった。いくぞ、フィリップ」

 あまり浮かない顔をしているが、翔太郎はダブルドライバーを装着する事にした。翔太郎が腰にダブルドライバーを当てると、コネクションベルトリングが伸長し、彼の腰をベルトが巻き付けた。続けて、フィリップの腰にもダブルドライバーが発現する。

「……じゃあ杏子ちゃん。悪いけど、翔太郎をよろしく」
「え?」

 フィリップの一言に、杏子は疑問符を浮かべた。翔太郎がライダーマンを見たまま、ゆっくりと後退していく。

「さて。準備は良いよ、翔太郎」
「ああ……」

 物陰から小型恐竜ファングメモリが現れ、駆け出し、フィリップの手元へと飛んだ。
 恐竜型のガイアメモリは、フィリップの手の中で姿を変形させる。ガイアメモリとなっている部分を露出させ、フィリップはそれをベルトのスロットに挿し込んだ。
 ファングが慟哭する。闇夜に鳴く獣の姿は、まさしく風流ともいえた。

──FANG!!──
──JOKER!!──

 ファングメモリの鳴き声とともに、ガイダンスボイスが響いた。

「「変身!!」」

──FANG!!──
──JOKER!!──

 フィリップの体は、仮面ライダーダブルの形態のひとつ、ファングジョーカーへと姿を変えた。白と黒の二色──そして、杏子が知らなかったのは、その全身凶器の鋭利な腕や肩、足。凶暴なボディは、全身に牙を剥いているようだった。
 それは杏子がこれまで見てきた仮面ライダーダブルの姿とは違った。もっとなめらかなボディをしていたのがこれまでの仮面ライダーダブルの姿だった。

「お……おい、兄ちゃん……どうした!? 大丈夫か!?」

 そして、翔太郎の体が、魂が抜けたように地面に倒れている──。呼び起こそうとしても返事がない。変身した途端、突然翔太郎の体がこうなったのだ。杏子は、ダブルの変身で、一方が倒れるのを初めて見たので、驚いている。

『杏子、俺はここだ。それじゃ、俺の体をよろしくな!』

 そんな杏子に対して、そう言ったのは、ダブルだった。左目が点灯している。
 翔太郎の声だった。杏子が、地面に倒れている翔太郎を見やる。そこからは声が出そうもない。
 そういえば、ダブルはこれまでも右目を点灯させながらフィリップの声を発していた。あれは、フィリップの意思をダブルの中に宿していたからなのだ。

「え!? お、おい……変身してない方はこうなるのかよ……。これ狙われたらどうすんだ」

 杏子は、翔太郎の体を何とか抱き起そうとする。
 杏子が翔太郎の体を任されるのはこれで二度目だ。一度は、翔太郎が傷を負った時におぶるあのドウコク戦の時。──今度は、まさか魂の抜け殻を持つ事になるとは。
 厄介事に巻き込まれた気分だが、杏子は翔太郎の体を抱えながら、ダブルの戦いを観戦する事にした。
 ライダーマンは、そんなダブルの様子を黙って見ていた。

「「……さあ、お前の罪を数えろ!!」」

 ダブルは、ライダーマンに向けて、いつもの台詞を投げかけ、右手で指をさした。
 罪。──その言葉を訊いて、ライダーマンは少し空を見つめた。

「……数えるさ、この命がある限り……何度でも、いつまでもな」

 ライダーマンは、自分自身に告げるようにそう呟くと、ロープアームをしっかり構えた。その声はダブルの耳には届かなかった。
 仮面ライダーダブルとライダーマン、二人の仮面ライダーの争いが開戦する。

「ロープアーム!!」

 ロープアームは、ライダーマンの腕から伸びて、ファングジョーカーの左腕の小さな刃へと引っかかる。引っかかった時点で、吊り上げる。ダブルは、己の体が浮き上がるのを感じた。

「やぁっ!!」

 ダブルの体をそのまま、ライダーマンは宙へと放った。ダブルは放物線を描くように吊り上げられ、地面に叩き付けられる。轟音とともに、砂埃が舞う。アスファルトに大きな亀裂が生まれ、衝撃分の穴ぼこが空く。その中央にダブルが倒れた。左腕から叩き付けられたダブルは、真横を向いていた。

「くっ……!」

 いきなりの大打撃。ライダーマンのアームの強力さである。
 見た目以上の強さを持っているのがライダーマンだ。ライダーマンの周囲の仮面ライダーたちの中では、さほど強くないかもしれないが、彼の戦闘経験はダブル以上。アタッチメントの使い方も充分に慣れている。

『フィリップ、こいつはなかなか……』
「はぁ……ああ、強敵だ……。思った以上だよ」

 ダブルは、自身のダメージを認識したうえで起き上がる。アスファルトの滓がダブルの体から雪崩れ落ちていく。
 立ち止まる暇はない。ファングメモリのレバーを一度引いた。

「アームファング!!」

 ダブルの右半身で、腕の刃が一つ、巨大で鋭利な形状に変わる。これがアームファングだ。
 巨大化した刃にエネルギーを溜めながら、ダブルは一瞬でライダーマンの元まで、獣のように駆ける。フィリップと翔太郎の視界は、目くるめく速さでライダーマンとの距離をゼロにした。
 ──そのまま、すれ違うようにして、ダブルの右半身の刃がライダーマンの左半身を斬りつける。

「ぐっ……!!」

 ライダーマンは耐え抜く声をあげた。
 ライダーマンの体を左側面から斬りぬけていくダブル。左半身から右半身への横一閃を狙っていた。
 しかし、右半身を斬りぬけようとしたところで、ダブルの持つ感触に違和感が生じた。

「何っ……!?」

 ダブルのアームファングがそのままライダーマンの体を斬り、勢いづいて空を斬る事はなかった。アームファングはライダーマンの体の何かがせき止めていたのだ。
 アームファングが斬りぬけるのをせき止めていた障害物──それは、ライダーマンの右腕だ。ライダーマンはアタッチメントを交換して、別のアタッチメントで、腹部に向けられた一撃を受け止めていたのである。

 三日月を象った刃を持つアタッチメントアーム──

「パワーアーム!!」

 そのアタッチメントは、パワーアームといった。
 パワーアームはその絶大な力で、アームファングの一撃をようやく空に返した。ダブルの右腕が後方に向けて跳ね返され、そのまま体もライダーマンの元から遠ざかった。足が自然と後ろに退く。そこに、ライダーマンはそのまま勢いでダブルの体に向けて斬りつけるようにパワーアームを振るった。
 パワーアームの刃が、ダブルの腰部を叩き付ける。

「ぐあっ……!!」

 ダブルの固い体表もライダーマンのパワーアームの一撃に切り崩された。
 しかし、それでもダブルは諦めない。数歩下がって、距離を取る。

「ライダーマンの力を、限界以上に使っている……なかなかだ」

 敵ながら、賛辞を贈るべき対象だろう。ファングの力を耐え抜き、その痛みを堪えて次の一手につないだ。なかなかの戦法だ。

「……くっ。ダブル、なかなかやるな」

 一方、ライダーマンは、先ほどのダメージを感じて、一瞬左わき腹を少し押さえた。それほど深手であるように見えなかった。ライダーマンの戦闘スーツは抉られ、傷ついていたが、その目はダブルの方を睨んでいた。
 あまり痛めているようには見えない。ダブルが息を飲む。

『……フィリップ、無理するんじゃねえぞ』
「了解している」

 翔太郎が投げかけた言葉に、肩で息をしながら答えるフィリップ。
 ダブルは、敵の方を見つめながら、次の攻撃に警戒した。

「ネットアーム!!」

 次の動作を行ったのもライダーマンだった。
 ライダーマンは早くもアタッチメントを交換して、ダブルの動きを封じるネットアームを射出。ダブルの体をネットアームが包み込んだ。
 ダブルは、更にもう二回、ファングメモリのレバーを弾く。

「ショルダーファング!!」

 ダブルの右肩部分から白い刃、ショルダーファングが現れる。
 これは敵に直接近づいて仕留める武器ではない。敵に向けて投げるブーメランカッターであった。ダブルは、すぐにそれを掴みとり、自分の周囲に張り巡らされたネットを切り裂く。糸は解け、ダブルの体の上に糸滓だけを残した。
 そして、自分が捕獲されなかった事に安心したうえで、そのままショルダーファングをライダーマンめがけて投げつけた。
 ライダーマンもそれを認識して、アタッチメントを付け替える。ショルダーファングのカッターは眼前まで迫っていた。

「ふん……マシンガンアーム!!」

 ライダーマンは右腕を巨大なマシンガンへと変形させた。マシンガンはショルダーファングの赤い閃光へと向けられる。マシンガンアームの右腕を、左腕で支え、同じく左腕で引き金を引く。

「はぁっ!!」

 ぱららららららっ。
 マシンガンアームから無数の弾丸が連射される。いくつかの弾丸がショルダーファングへと命中し、流れ弾は前方のビルの壁にめり込んでいった。
 ショルダーファングはその弾丸を逆に切り返して、何事も無いかのようにライダーマンへと進行していく。ライダーマンは、咄嗟に顔の前にマシンガンアームを構え、その銃身でショルダーファングを受ける。

「ぐぬっ……!!」

 ショルダーファングのエネルギーを吸収しきれず、ライダーマンは悲鳴とともに数歩後退し、耐え切れずに数メートル吹き飛ばされた。しかし、吹き飛ばされながらも、ライダーマンは倒れなかった。
 ライダーマンは、ショルダーファングの刃が進行をやめるまで、立つ事だけはやめなかったのである。彼の足腰はその一撃に耐え抜いていた。倒れず、バランスを崩す事もなく、そのままアタッチメントを交換する。

「……ドリルアーム!!」

 鋭利な刃には、同じく近接的な凶器で仕留める。
 ライダーマンは、右腕の巨大なドリルアームを支えながら前進──。先端が激しく回転する。何もかもを貫く一撃がダブルに近づいていく。

「ドリルアームか……。実に厄介だな。喰らったら一たまりもなさそうだ」
『いいからさっさと回避しろって……!』
「わかっている……!」

 翔太郎の焦りとは裏腹に、フィリップは冷静だった。
 自分の身に近づいていくドリルアームを確認し、距離が縮まるのを待つ。
 そして、おおよそ確実な距離を認識し、ファングのレバーを素早く三度弾く。

──Fang Maximum Drive!!──

 ファングのマキシマムドライブを発動するために、構えた。
 充分に待ち、ライダーマンを引き寄せる。

「「ファングストライザー!!」」

 ドリルアームが体表を抉る直前でダブルは飛び上がる。
 ファングジョーカーの回転蹴り、ファングストライザー。二人の掛け声は見事に揃っていた。
 しかし、ドリルアームが咄嗟に上部へと向けられる。その動作は素早かった。ファングストライザーを出し渋ったのは、偏に敵の攻撃を引き寄せ、直前で飛び上がる事で回避しながら、相手の隙を狙う事だった。作戦は失敗らしい。

「何!? ……僕たちのキックに対応した!?」

 フィリップでさえ、その早さに度肝を抜かれた。

「ライダーキックのタイミングには慣れている……!!」

 ライダーマンの答えは簡単だった。キックを武器とする仮面ライダーたちと共に戦っている彼は、その初動やタイミングを既に把握しているのだ。ダブルは見たことがない相手とはいえ、戦法をおおよそ理解していたライダーマンには効かない。

 そのまま、ファングストライザーとドリルアーム──二つの技と武器が拮抗した。
 回転蹴りのファングストライザーは、その刃をドリルアームに狙われる。

「はああああああああああああっ!!」

 足に生まれた巨大な刃が、ドリルアームを引き裂いていく。
 ドリルアームが、その刃を削っていく。
 二つの凶器がぶつかり合い、そのまま爆ぜ、二人は爆心地から放り出された。ライダーマン、ダブルの両名が数メートル吹っ飛ばされた。

「「ぐああああああっ!!」」

 二人の仮面ライダーの叫び声は似通っていた。
 二人は相反する方向へと転がる。アスファルトの上を、何度かバウンドし、体の中身を激しく揺らしながら、自然に止まるまで、横になって転がり続けた。


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最終更新:2015年12月27日 23:07