時代 ◆gry038wOvE






Where there is light, shadows lurk and fear reigns...
(光あるところに、漆黒の闇ありき。古の時代より、人類は闇を恐れた)



But by the blade of Knights,mankind was given hope...
(しかし、暗黒を断ち切る騎士の剣によって、人類は希望の光を得たのだ…)






 少し前までは平和だったはずの、真昼の街頭。
 悲鳴をあげて逃げ惑う人々たちの群れたち。手を取り合う親子。一人慌てて逃げる男。手を放してしまったカップル。商店街に植えられた灌木たちがざわめく──それは、小鳥たちが逃げ切った形跡だった。
 彼らを追うのは、獰猛な怪物だ。どす黒く焼けただれた焼死体のような怪物たちが、何体にも群がって、人々を食らおうと牙を剥いている。

 ──ただ、その中を、一人、その逃げ行く人波と全く正反対に歩いていく男がいた。
 男は、その身に黒衣を纏い、両手に剣を握っている。誰もが逃げ惑いながら、その男を一瞥した。見覚えがあったからだろう。奇異の瞳が彼を見る。
 彼らの上空を浮遊するモニターにも、丁度その男の顔が映っていた。モニター上で、その男の身体に銀色の狼の鎧が装着される。

 ──男の目に迷いはない。
 目の前の怪物たちを狩るのが、彼の使命だった。両手に握った双剣を回転させて、目の前の怪物たちを威嚇する。

「──俺がいない間に、随分と世界を荒らしまくってくれたようだな、ホラー!」

 彼の名は、銀牙騎士絶狼──涼邑零と言った。
 変身ロワイアルと呼ばれる殺し合いから生還し、自分の帰るべき世界に帰る事ができた男だ。──とはいえ、次幕が始まり、彼はまだ完全には殺し合いを終えていないようだが。

 彼の住む世界では、ベリアル帝国の管理により、殺し合いが実況され、本来、人類の陰の歴史の中にしか存在しない「ホラー」の存在が明かされてしまった。これまでも噂程度に囁かれていたホラーと魔戒騎士の存在に証拠が提示された事になる。
 それゆえか、この世界は、ただ純粋な管理を受ける場ではなくなり、「ホラーの餌の貯蔵庫」、「人間ではなく、ホラーを主体に管理する世界」として、プリズンホラーたちが好きに暴れまわる世界となってしまったのだ。──おそらくは、主催に加担していたあのガルムが取り決めたのだろう。

 つまり、今の人間界は、人間界の皮を被った魔界といっても差し支えはない。
 こうして、昼間の街にもホラーは現れ、気まぐれに人間を食らおうとする。掟破りも甚だしいやり方である。

 無論、番犬所や魔戒騎士の間には激しい動揺が広がり、彼らはこれまで以上に不眠不休でのホラー狩り活動を強いられる事になった。ホラー一体の封印が行われたとしても、すぐにまた次のホラーが陰我のゲートを開き、多勢で結界を破ってくるのだから、魔戒騎士や魔戒法師の手の空く時間は殆どない。
 零もまた、ここに帰ってきてすぐに、休息も罰則も追及もなく、ホラー退治に駆りだされる羽目になってしまったわけだ。
 ──まあ、報酬は持ち帰ったシルヴァを修復してくれるらしいので、零としてはその報酬だけでも充足する部分はあるのだが。

「消えろッ! ハッ!」

 零の双の魔戒剣が、ホラーの身体を二つに斬り裂いていく。深い黒の返り血だけを遺した彼らは、地面に落ちては蒸発したように消えていく。
 これまで、鋼牙が封印してきたホラーたちは、どういうわけかほとんど蘇り、それがまた敵の数に余計な水増しをしている。──今斬りつけたホラーも、もしかすればかつて鋼牙が今日までに斬ったプリズンホラーかもしれない。

 その黄金騎士・鋼牙の不在というのもまた大きな問題である。彼の戦いの軌跡は他の魔戒騎士からすると、一生かけても追いつけないほどの偉業ばかりだ。
 その死がこの世界にあたえる影響は大きかった。こうした大きな騒動が起こった際に黄金騎士を継ぐ者が世界にいないというのは魔戒騎士たちの仕事にとっては大きな痛手となる。──かつて、バラゴが強力な魔戒騎士を狩り続けた時期が、そうであったように。

「──ハァッ!」

 ……とはいえ、だ。
 零も、今はこの「レギュレイス討伐」を終えた時間軸の記憶と肉体を得ている。それはつまり、彼自身も、かつての──暗黒魔戒騎士を倒した頃の鋼牙に匹敵する次元の戦闘能力を有しており、並のホラーならば軽々と封印できるという状態だ。
 ホラーたちの返り血が人々にかからぬよう配慮するのがきつい程度で、今日だけでも三十体以上の討伐に成功しているのであった。

 それに──鋼牙の死だけではなく、バラゴの死にも、勿論影響が生まれていた。

 バラゴによって食われた魔戒騎士たちの内、時期が現代に近い者が黄泉返り、このホラーたちの群れを一掃すべく戦っているらしい。
 残念ながら、それでも、十年近く前に死んでしまった冴島大河はそれが叶わず、零が彼と見える事は出来なかったのだが、かつて暗黒の騎士に襲われ死んだ風雲騎士波怒(バド)などはこの世に再来している。

 それどころか、零が彼に復讐を誓う切欠になった静や道寺も──この世に再来したらしいが、それはまた別の話としておこう。
 バラゴに食わられた歴史がなくなった魔戒騎士たちの他にも、あの白夜騎士の打無(ダン)や、少年時代の鋼牙の修練に立ち会った雷鳴騎士の破狼(バロン)なども駆けつけ、ホラーを着々と駆り、更に強い結界を張る準備も立てている状況であった。

 また一体、ホラーが飛散する。
 零の魔戒剣もこの数日でかなりのホラーの血を吸ってきた事になるが、これだけの魔戒騎士がこぞって戦い合っても、ホラーの数は減っている気がしなかった。

「……で、こいつらを倒しても結局、この管理は終わらないんだよな」
『まったく、俺様もテレビ出演して一躍有名人だぜ』
「……ま、全部終わったら、この世界中の人間から魔戒騎士とホラーの記憶は消してもらうけどな」

 さて、零としては、一刻も早く、この「管理」なる状況を打ち破りたい所なのだが、問題はそこにある。

 番犬所によると、この管理が何故行われ、殺し合いの実況中継が行われているのかも検討がつかず、ベリアル帝国を滅ぼそうにも、魔戒騎士たちの力では無理らしい事がわかった。
 もう一度、殺し合いの他の生存者たちに連絡を取りたいところだが、異世界を超える術のない彼らにはそれも厳しい。──いや、強いて言えば、あそこで出会ったレイジングハートたちの言っていた「時空管理局」なるものの力があれば、出来るかもしれないが、こちらからは無理だ。

 非常に切迫した状況であるが、零は、ただ、明くる日も、ホラーを狩り続けた。
 彼らが生存し、零たちを仲間に引き入れ、管理に向かっていこうとする未来を信じて──。






 折角、殺し合いから帰って来たというのに、零を待っていたのは世界の危機と息もつく間もない連戦だ。やっと休めたという時も、どこかでホラーたちの事を考えてしまう。

 そうして奮闘している彼にとって、安息の場となりえる場所は、ただ一つ──森の奥にある冴島邸だけであった。やはり、あの殺し合いの島の中にあった冴島邸は、ただの模造品で、ここに本当の鋼牙の家があるらしい。

 ……が、ただ一人、そこにいるはずの男が帰ってこなかった。
 冴島鋼牙は、「必ず帰る」と言いながら、結局、そこに帰る事は叶わなかったのである。鋼牙といい、大河といい、道寺といい、魔戒騎士というのは、いつ死ぬ運命にある物なのかわからない物だ。
 結果、こうして主人が帰れないまま家だけが残る。たとえ待っている人がいても、そのまま残っている家や私物があるとしても……。

「零くん……」

 ──傷ついた零を心配そうに呼ぶのは、鋼牙の恋人であった御月カオルだ。
 彼女は魔戒法師ですらない普通の人間であるが、魔界に携わる人間と知り合う事が多く、また、かつてホラーの返り血を浴びた事で数多の戦いに巻き込まれた。
 そして、彼女が画家として描く絵が、ある意味では魔導具のように黄金騎士を助けた事があり、殆ど横槍が入る事もなく、魔界やホラーの記憶を有し続けている存在である。

 彼女と、冴島家に仕える老人・倉橋ゴンザは、この冴島邸を休息の場所として、零たち魔戒騎士や魔戒法師を泊めていた。──流石に、零にもこの状況下では連戦が続いて、休息を必要としたのだろう。今は、この魔戒騎士たちの保養所で体を休めていた。
 見れば、疎らに、屈強な男たちが包帯を巻いたり武装を整えたりしている。
 カオルの零への要件もない呼びかけに対して、ゴンザが横から仲裁するように言った。

「カオルさま。復讐の名を捨てた今の彼の名前は──」
「──いや、いいんだ。ここでの俺の呼び方は、そのままで」

 言い終わる前に、零は言った。ゴンザは、こう言いたかったのだろう。──「復讐の名を捨てた今の彼の名は銀牙」だと。
 零は、この殺し合いで生まれた黄泉返りの現象により、静や道寺は蘇り、彼も新しい「涼邑零」の名前でいる必要はなくなってしまったのである。
 確かに、帰るべき場所がある以上は、彼は「銀牙」に戻るのかもしれない。だから、そう思って、ゴンザは止めたのだが、零は零で、こうして冴島鋼牙と共に戦った頃の事も一つの思い出にしている。
 それを直接言うのは照れ臭いが、零の名前を捨てる事はどうも鋼牙との戦いの記憶に背くようで嫌だった。

「……その名前を捨てちまうと、その名前しか知らない鋼牙が困るからな」

 それに、涼邑零の名前しか知らない人間が、今も多くいる。
 たとえば、あの殺し合いで出会った人々も、彼が「銀牙」という名であった事は知らず、「零」としての彼としか戦っていない。……ならば、まだしばらくは、「銀牙」と「涼邑零」を使い分けようと思っていた。
 強いて言えば、本来の家族と共にいられる時の名前が「銀牙」。そうでない時の名前が、「零」としておくのが良いだろう。

『確かにな。銀牙だと、馬と同じ名前になっちまうぜ』

 魔導輪ザルバの言葉だ。しかし、零はそれを無視した。
 彼は帰った後は、冴島家でまたしばらく眠りにつくつもりだったが、この状況では休んでいるどころではない。ホラー退治に協力的に働いていた。

「……いずれ、この世界が落ち着いたら、黄金騎士を追悼する為にサバックを開こうかっていう話になってる。その時でなくとも、もし、俺がサバックで優勝したら、鋼牙をまた呼ぶ予定だ。少なくとも、その時までは、俺は涼邑零でいい」

 この世界には、サバックという魔戒騎士同士の剣術の大会があった。それは、ごくまれに開かれ、「黄金騎士を讃える」という名目で行われる。
 そこでは、ソウルメタルではない武装で戦い、優勝した者には、「死者と一日だけ会う事が出来る」という権利が与えられる。勿論、静や道寺という選択肢がない今、零が一日だけ現世に呼びたいのは、冴島鋼牙である。

 ……まあ、結城丈二などのあの殺し合いの知り合いや、鋼牙より強いと言われる冴島大河も良いが、カオルたちにいずれ、一日だけでも鋼牙と会わせたい気持ちがあった。結局、突然ふといなくなって、突然死んでしまったというのはあんまりだ。
 そもそも、このサバック自体が黄金騎士の死を発端に、「追悼」の意で始まるのだから、そこに呼んでやらないのは鋼牙に失礼だともいえる。
 と、そんな風に鋼牙の事を考えていた矢先である。

「ん……、なんだ?」
「外が騒がしいようでございますね」

 何やら冴島邸の魔戒騎士たちの間に奇妙なざわめきが聞こえ始めた。大事が起きたというほどでもなく、大きな声でうわさ話をするようなざわめきであったが、それを気にせずにはいられない気持ちが逸る。
 ここにいる魔戒騎士たちには、大柄で声のでかい者も多い。人間界でいうなら、プロレスラーや柔術家のようなタイプも多いのである。彼らのうわさ話は声が大きく、しかも気になる気分を煽る資質に満ちている。
 何事だろうか、と零、カオル、ゴンザ、ザルバはそれを気にして廊下に出た。

「──……へえ、ここが昔の父さんの家か。未来と結構違うなぁ」

 見れば、何やら、この屋敷の廊下を、一人の不審な男が徘徊しているらしかった。それが魔戒騎士たちの注目を浴びている。
 部屋から外に出て、その男を目にした四人も、そんな“彼”の姿に思わず目を丸くした。

「なあ、あいつは……?」
「いえ。私も存じ上げません。ここに来ている魔戒騎士や魔戒法師の名前は全て把握しているはずなのですが。……それに、あの服、あの剣は……代々冴島家にしか伝わっていないものです」

 ゴンザが言う。
 ──なんと、その男は、あの冴島鋼牙と同じ白い魔法衣を身に着け、冴島鋼牙と同じ赤い鞘の魔戒剣を手に持っているのである。
 どこかに鋼牙の面影さえ覚えるが、その顔立ちは、鋼牙より柔和で若々しい。
 零は、彼の事を怪訝そうに見つめ、強い警戒を示した。そして、その風格になかなか近づけずいる魔戒騎士たちに代わり、零が前に出て彼に訊いた。

「なんなんだ、お前……? 一体、誰だ?」

 ホラーではなさそうだが、ゴンザの言う通り、彼は本来、冴島家の人間しか許されないはずの恰好をしている。
 それは、複製されたコスチュームではなく、確かに彼と同じく唯一無二の受け継がれた物だった。冴島大河、冴島鋼牙とその魔法衣もまた同じデザインである。
 しかし、どんな魔戒騎士であっても、殺し合いの場に置き去られたそれを持っているというのは、些か不審だ。

「あ。あなたは、零さん。お久しぶりです。……いや、まだ初めましてかな」
「……お前、どうしてここに入って来た。だいたい、その魔法衣。お前一体、誰だ?」

 何故、零の名前を知っているのかと思ったが、考えてみれば、零の名は世界中に割れているのだった。──厄介な話であるが、とにかく、零を知っている素振りを見せるのは仕方がない話だとしよう。
 露骨に不審がる零の指で、ザルバが言う。

『銀牙。こいつからは、邪悪な意志は感じない。その代わり、とてつもない素質を感じるぜ』
「……じゃあ、試してみるか?」

 零は、まだ警戒したまま──しかし、刀を鞘から抜かずに、謎の男に接近する。
 ──そして、相手の実力を試すべく、何発か刀を打ち込んでみた。狭い廊下で大男が多い為、激しい動きは出来ないが、零本来の実力の何割かは発揮できる。
 相手が強いか弱いか知るには、それだけでも充分であった。

「はっ……! せやぁっ!」

 ──だが、謎の男は、零の攻撃をさらりとかわし、自身の魔戒剣の鞘を盾にして、何なくそれを防いでいく。金属音が耳元で鳴る。
 これまでの敵のように動体視力が良いというよりは、まるで、零の太刀を完全に予見しているようだった。何度目かまでの打ち込み方までは、完全に目を瞑ってもタイミングや位置を予知されているかのようだった。
 しかし、ある段階から、動体視力だけで零の剣を捉え始めたため、違和感を持ちつつも、零は少し豪快になった。

「はっ……!」

 その後で、この男は、自分が劣性になる前に、鞘にしまったままの魔戒剣を突き出し、零の鼻先の手前を掠めて見せた。零の動きが止まる。少しでも動けば、突きを見舞うという事になる。
 零も手詰まりで動けず、負けの状態であるように見える。
 が、彼らは、お互いに少し、油断ならない笑みで笑った。

「──やっぱり、この時代の零さんも強いですね」

 そう言う彼は、零の左手の魔戒剣が自らの腹に向かっていたのを確かに気づいていたようだった。──真下を見ていないが、自分が零の左の剣を避けられなかった事には気づいていた。

 零の鼻先に彼の剣。彼の腹部に零の剣。

 即ち、今のは──一見すると、謎の男の勝ちだが、実は零と彼との相打ちだ。
 全く無駄のない動きに、周囲の魔戒騎士から感嘆の声が広がるが、それよりも、零には今の彼の動きに、見覚えがあるのを感じた。
 それが、ただ純粋な笑みではなく、驚き混じりの油断知らずな笑みを片付くっていたのだろう。──零は、突如として真剣な面持ちになった。

「──この太刀筋、確かに鋼牙の」
『それだけじゃない。零、お前の癖も少し混じってるぜ』

 そう、それは、鋼牙と零の、それぞれの太刀筋の癖だ。
 特に、黄金騎士の系譜の癖と、どの系譜にもない零の独特の癖が綺麗に混じり合っている。だが、一子相伝の前者と、唯一無二の後者の癖が相容れるはずがない。──そもそも、零の剣を使えるのはこの世で零だけなのだ。

 今の僅かな組手だけでも、零とザルバはその矛盾をすぐに理解した。
 敵であれば確実な脅威だが、味方であればそれはそれで、不思議な事である。
 目の前の男は、零が不思議そうにしているのを少し笑い、それからすぐに、零たちの方を見て、その答えを告げた。

「──そりゃあ、冴島鋼牙は俺の父さんですし、零さんは俺の師匠ですから」

 ──と、彼の言葉で、その場の時間が一瞬、止まる。
 その謎の男だけがニコニコと笑みを向けたまま、零、カオル、ゴンザ、それからザルバたちの顔が崩れていく。
 真剣だった零の顔も、一見するとかなり面白い所まで変わっていった。



「鋼牙さま」
「の息子」
『で、零の』
「弟子……」



『「「「────はぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」』



 そんな声が出たのは、その直後だった。
 鋼牙が父──つまり、彼は鋼牙の息子。いや、だが、だとすると、鋼牙の隠し子という事になる。今のところ、鋼牙の隠し子を産んだと考えられるのは、カオルだ。
 カオルに一斉に全員の視線が集まる。だが、カオルはカオルで、そんな彼らの視線が集中している中でも、全く心当たりを持っていない。

『カオル、お前いつの間にっ!?』
「えっ、知らない知らない!! まさか、えっ……別の人……!」
「しかし、鋼牙さまにはカオル様以外の女性との交際は特には……第一、あの性格ですし。……というか、鋼牙さまのお子様にしては、少々、年齢の方がその……」
「俺も鋼牙の息子に剣を教えた覚えなんて……! 第一、これまで俺の剣なんて誰にも教えてないし……!」

 一同は、混乱し始めているようである。
 その上、ここで休んでいた魔戒騎士たちも、まさか次代の冴島家──つまり、黄金騎士の素質を持つ者がこんな所で突然現れた事には驚きを隠せない模様だ。
 冴島家をよく知るゴンザやザルバまでもがこうして混乱しているくらいなので、事情を一切知らない魔戒騎士たちは野次馬気分で、更にひそひそと話し始める。
 立ち振る舞いからすれば、それは確かに黄金騎士の資質があっても全くおかしくない者だというのは誰にでもわかった。だが、隠し子だとすればそれはそれでまた、随分と面白い話になる。

 当の「鋼牙の息子」は、苦笑いしながら、やれやれ、と肩を竦めた。
 どうやら、将来的に付き合いのある人間たちの過去の姿を見つけて、悪戯っぽい気持ちになっているらしかった。
 だが、彼の口から出てくる言葉はまぎれもない真実ばかりだ。

「うん。僕の母さんは間違いなくあなたです、カオルさん。それから、相変わらずだね、ゴンザにザルバ。……零さんも、改めて、お久しぶりです」
「母さん!? ……って、えっ!?」

 カオルが母であるのは間違いないようだが、カオルにしてみれば、息子なんて生んだ覚えがないし、そこに至る色々もまだない。それに、この男の年齢はカオルともそう変わらないくらいだ。そんな息子がいるはずはない。
 零の他に、ゴンザやザルバの名前も彼はよく知っているようで、彼は親しみを込めてその名前を呼んでくる。
 ──全くわけがわからなかった。

「俺は冴島雷牙。将来生まれるはずの、新しい黄金騎士です。……今より少し未来から、この時代に救援に来ました」

 男は──いや、雷牙は、混乱を鎮める為に、そう告げた。
 信じがたいが、当人の語るところによると、彼は未来の世界から来たのだという。
 その場にいる全員がきょとんとしているのは、単純にその事実が突拍子もないからというわけではなく、よりにもよって「未来に生まれる、鋼牙の息子」であるという点のせいだろう。

「──だとすると、また新たな疑問が出るぜ。……どうして、お前は鋼牙とカオルちゃんの息子なのか」
「そう言われても……俺が生まれるのは、もう少し未来の話ですから」
「でも鋼牙は死んじまったんだぜ……」

 何せ、鋼牙はあの殺し合いで死んでいる。
 零は、カオルのお腹を見て、もう一度カオルの顔を見てみた。彼女は、ふるふると首を真横に振っている。既に宿っているという事はないと確認した。

「……確かにそうみたいですが、歴史には俺たちにはわからない色々な理屈があるみたいです。──……そうですね。強いて言うなら、ここはパラレルワールドの過去の時代なのかもしれないって」

 雷牙は真顔でそう言う。──仮にも父が死んだという話には不快感があるようだ。
 とにかく、必ずしも未来はこの世界と直結しているわけではない、という話である。
 しかし、そうなると、やはり信頼値はガクンと下がる。これだと、鋼牙が将来息子を産む原理さえも不明なのだ。せめてその理屈があればまだ納得できたかもしれないが、雷牙自身がその理屈を全く知らない。

「信じられん……。──いや、だが、考えてみると、ヴィヴィオの件もあるか」

 高町ヴィヴィオの場合、同じく参加者としてやって来ていた高町なのはやフェイト・テスタロッサとの間に大きな時間軸の差があり、それでも、同一世界の記憶を有する出身者として成立していた。
 一応、ヴィヴィオはなのはとフェイトの子供らしいが、バトルロワイアルによって先になのはやフェイトが死んだ事により、一方のヴィヴィオの運命まで変わってしまうような事はなかった。

『……もう何でもアリだな。でも、ひとまずこいつを信じるか?』

 物知りのザルバでさえ、今回の話には匙を投げた。後のこの男の対処は零に丸投げするつもりらしい。あの殺し合いの最中もそうだが、これほどまでにイレギュラーな事態が起きてしまうと、あまり知識の面で役には立たないかもしれない。
 ともかく、雷牙を信じるには、ひとまずは慎重にならなければならないようだった。──慎重なのは零だけではない。
 ゴンザも眼鏡の奥で目を輝かせ、カオルもじっと雷牙の表情を観察していた。多少の失礼は承知での態度のようであるが、彼らも真剣だ。

「失礼ですが、あの大河さまの孫で、あの鋼牙さまの息子にはとても見えません……」
「鋼牙の子にしては、ちょっと表情豊かで優しそうよねぇ……?」
「──それは、多分、母さんの血かな……」

 悠々と、どこか嬉しそうに雷牙が言う。ゴンザや零との再会よりも少し嬉しそうである。
 二人はかなり疑わしく思っているようだが、零は、疑いながらも、一つの証拠のせいで、どうも彼の言っている事をそのまま飲み込むしかないように感じていた。

「でも、あれは確かに俺たちの太刀筋だったしな……。簡単には真似できないぜ。ただ、俺自身、弟子を取った事も、これから弟子を取る気もないが、鋼牙の息子ってなると、その“例外”になる事もありえる……」

 零は原則として弟子を取らない主義だ。閑岱で出会った魔戒騎士見習いの暁(アカツキ)なども、かつて突っ返した記憶がある。
 そんな零の太刀筋を、弟子でもなくここまで技に取り入れられる魔戒騎士が早々いるはずもないのだが、もし彼が未来から来た鋼牙の息子ともなると、その例外ともなりえる。
 将来、鋼牙に息子を鍛えろと頼まれたら、零はもしかすると、それを承諾するかもしれない。──ただ、勿論、それは「鋼牙が自分で息子を鍛える事ができない事情」がある場合に限られるはずだが。
 ……もしかすると、彼のいた時代も、鋼牙は何らかの事情でいなかったのだろうか。
 訊きたかったが、雷牙は話を続けてしまった。

「……あ、そうだ。じゃあ、絵とか描いてみれば信じてもらえますか? 腕前も母さんに近いと思いますし──」
「あたしの絵……? それも受け継いでるの? ……鋼牙だって、ほとんどの絵には興味ないのに」
「ええ。あとは映画や演劇、漫画も、結構好きかな……全部、母さん譲りです」

 そう雷牙に言われて、彼らは一斉に顔を見合わせた。確かに、太刀筋に限らず、それはカオルの血を持つ人間特有の物かもしれないが……いやはや、冴島家の跡取りがそんな文化的なはずがない。
 しかし、試しに、彼にも一応、画用紙で簡単な絵を描いてもらう事にした。

 ──そして、この後、ゴンザが変なポーズで絵を描かされた時、彼らは本格的に雷牙を信じる事になった(ただし、画風というか、方向性はカオルと随分異なり、腕前は、筆舌に尽くしがたいが……)。






「つまり、この時代の荒れ方の原因は、全てベリアル──それから、あのガルムの仕業だって事か?」
「はい。だから、ひとまず、ガルムを零さんと一緒にそれを倒すのが、俺のこの場所に来ての使命です」

 零は、紅茶を飲みながら、雷牙の持つ情報を受け取っていた。紅茶を飲むスピードは、どちらかといえば雷牙の方が早い。未来と変わらぬゴンザの紅茶の味に、雷牙も強い安心感も覚えているようだ。
 とにかく、雷牙によれば、この世界における「管理」は全て、ベリアルの力による物であり、もう一つの「食糧庫」としての扱いはガルムの意向による物だという。

 あのガルムと、その息子のコダマはなかなかに強い。
 かつては、コダマに苦戦し、彼を葬るには心滅獣身が使われる事になったほどだ。
 ──あれはまさしく、バトルロワイアルの最中での零と鋼牙の立場がそのまま逆になったような出来事だと言えよう。零もあの戦いの中では、バラゴを前に一度心滅を考えたが、鋼牙によって止められる事になってしまった。
 あの出来事を経験した上での言葉だと思うと、また別の感情が零にも出てくる。

『……で、そこまで手伝ってくれるのに、ベリアルの方には協力してくれないのか?』
「俺には無理です。だって、ベリアルは、零さんたち──あの殺し合いの生還者しか倒す事ができませんから」

 雷牙は、紅茶を飲みほして言った。何やら、慎重に角度を決めてカップをソーサーの上に置いているらしく、彼は鋼牙やカオルに比べても几帳面な性格のようだ。
 ……などというのを気にしている場合ではない。

「……それはどういう事だ?」
「……。……ベリアルの世界には、零さんたちしか立ち入れないんです」
「俺たちだけ……ザルバは?」
「それは可能です。行けるのは、参加者として戦ってあの世界への耐性がある者と、その道具や着衣、体と一体となっている魂や鎧……。だとすると、ザルバは共に持ち込めます」
『できれば、あんな奴と戦うのは御免だがな。……仕方ない』

 雷牙や他の魔戒騎士が来てくれれば心強いのだが、あの世界に立ち入る事ができず、ベリアル討伐には協力できないらしい。──いや、もしかすると、元々、鋼牙や零やバラゴまで監禁している時点で、あそこで共に戦うのは、難しいだろうか。
 何にせよ、結局はわらわらと湧いて来る管理エネルギーに対抗し、この世界を根本から救う事ができるのは、数多の魔戒騎士の中でも零だけという事だ。
 厄介な役回りだと、零は頭を掻く。ここでホラー狩りでもしていた方がずっと楽だ。

「──とにかく、まずは、この世界の人間界へのホラーの侵攻を止める為に、ガルムを止めなきゃならない」

 ひとまず、零はそう言った。ベリアルの管理が根本の原因だが、まずは対症療法でしかないとしても、ガルムの侵攻を食い止め、この世界の人間たちを脅威から守らなければならない。
 それが魔戒騎士の務めであり、そんな人たちが今、ここで命を削ってホラーたちと戦っているのだ。

 このまま放っておけば、この世界にもたくさんの死人が出て、静香や道寺もまた何度でも脅威に直面する事になってしまう。
 ベリアルの話をするのは、今この世界で人々が襲われている原因となるガルムを倒してからでも遅くはないだろう。

 ──そういえば、事前に零たちが昏睡させられていた一週間は、この世界はまだ管理しかされておらず、ゲームが終わって、零たちが脱出し、ガルムたちもあそこから離脱した後に、僅か三日の間に、この世界はホラーによって浸食された。
 言われてみれば、ガルムを倒せばこの世界の浸食を越えられるというのは、間違いない話だと思える。
 零としても、雷牙の情報を信頼し、先にガルムを倒さなければならないという方針は定まって来た。

「……ただ、今、ガルムの根城は彼女の息子・コダマに守られています」
「っていう事は、ベリアルを倒す前に、またあのコダマを倒さなきゃならないのか……」

 ふと、零は、コダマという敵を思い出す。
 それはあくまで、零の記憶上にしか存在しないが、邪美を一撃で葬り、鋼牙が力を正面から戦っても全く倒せないような強敵だ。
 普段は執事のような服装をしており、常に三神官に従っていたあの男だが、結局は彼もホラーの味方だった。あの白い手袋での徒手拳と、無口ながらもコトダマを使って戦うやり方、そして魔戒剣さえ通らない両腕のガードがなかなかに強い。
 更に、彼自身はホラーではないが、魔獣の装甲を纏い、更に強くなるという厄介な変身形態が存在する。
 厄介な敵ではあるが、やはり今は、ベリアルの力で死者蘇生が起こり、この世界で立ちふさがる形になっているらしい。

「気を付けろよ、雷牙。コダマは強い。かつて、あの鋼牙が苦戦したくらいだ。俺の仲間も呼ぶ……それで、準備が整ったら一緒にガルムも倒しに行こう」

 雷牙は、零の忠告と提案に頷いた。

 あの鋼牙が心滅獣身を用いてようやく倒したような強敵だ。
 確かに、ガルムやメシア、レギュレイスを倒した後の鋼牙や零からすれば、コダマとの実力差も縮まっているだろう。
 とはいえ、まだ緊張が解けない相手だ。
 雷牙、零、翼の三人の魔戒騎士が揃えば、おそらく、ようやく倒せるような──。






 ──それから数時間が経過した。

「はぁァっ! ハッ、ハァッ! せやっ!」

 ガルムの根城のビルは、目の前にそびえたっている。根城というが、普通のビルにしか見えなかった。かつて戦った時と同じだ。人間の住処だった廃ビルを利用しているのだろう。かえって人目に紛れると思っているのだろうか。

 彼らは、まさしく、そのビルの外を守ろうとしていた従者・コダマとの戦闘の真っ只中であった。
 零が呼んだ仲間──それは山刀翼であったのだが、コダマとの戦闘は、実際のところ、零と翼が手伝う暇もなかった。彼らは、コダマの周囲のホラーを狩りながら、コダマと雷牙との戦闘を横目で見ている。
 目の前に現れる素体ホラーを狩りながら、翼は一つの質問を零にぶつけた。

「なあ、零。一つ訊いていいか!? ……こうまでして俺を呼ぶ必要があったか!?」
「……悪い! 俺も、ちょっとあいつを甘く見てたッ!」
『鋼牙に、零に……一体、あいつを、どんな鍛え方したんだ!?』

 彼らの目の前で繰り広げられている光景──それは、雷牙が魔戒剣と鞘の二刀流で、一方的にコダマを追い詰めている姿だった。それもまた零から覚えた戦い方であると察する事ができた。
 ……しかし、それにしてもあのコダマが、まるで雷牙に遊ばれているようにしか見えなかったのである。

 かつて、コダマと戦った鋼牙は、怒りに任せて彼と戦ったがゆえに、逆にコダマに翻弄されていた。──今は逆だ。
 あの無感情なコダマが、雷牙の振る舞いに顔を顰め、肩で息をしている。
 一方、雷牙は非常に落ち着いた太刀でコダマを狙い、何度も彼に向けて剣を叩きつけており、いまだコダマに二発ほどしか徒手拳の攻撃を受けていないのである。
 当初、コダマが戦いの前に行う、「礼」に「礼」を返した時は、その雷牙の態度に、「油断大敵」のことわざを浮かべたくらいだが、こうして雷牙は実際にコダマを打ちのめしているのだ。

「アッー!」

 コダマが青白いコトダマの光を口から掃き出し、両手にその力を蓄え、雷牙に投げつける。
 コダマの放ったコトダマの攻撃を、雷牙は魔戒剣を盾にして打ち返す。
 数発放たれ、返された事で地面へと叩きつけられたコトダマは、左右の地面で爆発するが、雷牙に一切ダメージはない。
 零も、ホラーの攻撃を防ぎ、蹴とばし、それから両手で剣を回転させながら、その光景を目の当りにしていた。

「……ザルバ、もしかしてあれは、カオルちゃんの血でも混じった結果かな?」
『わからん。……ただ、もうあいつ一人でいいんじゃないか?』
「まっ、そうとも限らないだろっ! 俺たちも少しはサポートしないとな。ハッ!」

 軽口を叩いている零も、ホラー狩りくらいならばまだまだ余裕であった。
 ただ、あのコダマの体力は無尽蔵で、人並外れているので、雷牙が心配でもある。
 実際、雷牙も、追い詰めていながら、まだコダマを仕留めるという段階には至らなかった。──それは、単純にコダマの耐久性が人間離れしているせいもあるだろう。
 その時、遂に逆境で追い詰められたコダマが、叫び出した。

「ウワァァァァァァァ!!!!!!!」

 このコトダマを使った時、青白い光が無数に彼の周囲に散らばる。──そして、それはコダマの元に収束していった。
 彼もまた、魔戒騎士たち同様、光の輪を頭上に発生させ、異世界から装甲を呼び出すのである。しかし、呼ぶのは鎧ではない。

「キシャァァァァァ」

 魔獣装甲──彼を獣にする装甲であった。
 ホラーにも酷似した装甲を纏ったコダマは、ホラーのように呻く。

 警戒し、コダマから一歩離れていた雷牙も、その魔獣の姿にぎょっとする。
 魔獣装甲は、ある意味では魔戒騎士と同じ技だ。──確かにホラーではないが、しかし、それは人間でも魔戒騎士でもない。
 そんなコダマを相手に、雷牙は脳内で対処法を練ろうとした。これまでの相手の定石では、もしかすると打ち破られる可能性もある。
 そんな考えを巡らせた雷牙の動きが止まり、コダマはチャンスとばかりに、コトダマをその手に現れた剣に向けて込めていった。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」

 剣の力を増幅させ、その剣の勢いを雷牙に叩きつけようとするコダマ。
 回避しようとするが、雷牙も咄嗟に魔戒剣を盾にするしかできなかった。彼にしてみても、これまで会った事のないタイプの敵に、隙ができてしまったのだろう。

「──!?」

 雷牙であろうとも、装甲を纏ったコダマのパワーには流石に力負けをする。
 鎧を召喚せねばならないが、だんだんと押されてくる上に、雷牙は魔戒剣を盾にしている為、鎧を召喚する事が出来ない。──思い切って、一度だけ力を籠めて跳ね返さなければ反撃は無理だ。

「シャッ……!?」

 と、雷牙が苦渋の表情をし始めたところで、不意に、コダマの動きが止まった。
 その直後、コダマの力が極端に弱くなったのである。まるで全身から力がなくなったかのようだった。

「シャ……ガッ……」

 右手の力を失って剣を落とし、腹部を抑え、真後ろを見ようとするコダマ。
 勿論、そこにあったのは、涼邑零の姿である。──両腕だけに鎧を纏い、双剣で真後ろからコダマの腹を貫いている。
 この相手に鎧を完全に装着するのは勿体ないとでも思ったのだろう。

「──もしかして、お前も、俺たちを数に入れてなかったのか?」

 雷牙ばかりに気を取られていた為、コダマの意識は、完全に零と翼を無視していたようである。彼からすれば、銀牙騎士や白夜騎士も所詮は無名の魔戒騎士──相手にするまでもないと思っていたのかもしれない。

 だが、零は既にバトルロワイアルと、閑岱の戦いまでの記憶と技量で、コダマとの実力差を縮めてやって来ている──。それは、コダマの想定を遥かに超えた実力を零に与えていた。
 彼も、将来の弟子とやらには負けていられないので意地もある。

「消えろッ!」
「──ッ!?」

 コダマの腹から剣を抜くと、コダマの姿がばらばらに爆ぜる。
 零は一歩下がり、その跳ね返り粒が自らに降りかかってくるのを防いだ。

「一丁上がりってとこかな」

 ──ソウルメタルの重さは勿論、鎧の強さというのは当人の気によって変わってくる。
 かつて、コダマと戦った記憶に比べ、そこに繋がってくる魂の成長により、その剣の力もコダマの身体を爆ぜさせるほどに上がっていたのだ。
 零自身も、それだけ力量が上がっていた事には、少しばかり驚いている。──魔戒騎士としては、修行の経験もなしに記憶だけで精神力を上げてしまうのは少々反則的にも思えたが、確かに今、零の力はかつてより上がっていた。
 ともかく、両腕の鎧を解除したところで、雷牙が駆け寄って来た。

「ありがとうございます、助かりました……零さん」
「お前も、最後の最後でちょっとツメが甘いみたいだな。油断してたってわけじゃないが……まだまだ修行が足りない部分もあるって事か」
『零……お前が、奴の変身の事を教えなかった事にも責任があるぞ』

 師匠面をしてみる零だが、ザルバがそう口を挟んだ事で、その威厳が崩れる。
 まだ顎髭もなく、顔立ちも幼い零は、雷牙の方に笑顔を向けた。

「悪い、悪い。でも、あの鋼牙の息子ってのは確かに今の戦いを見て、確信したぜ」

 見れば、本当に太刀筋がほとんど黄金騎士のそれである他、格闘の仕方までも鋼牙そっくりだ。時折、わざわざ鞘まで使って二刀流を使うのは、零の戦法を似せているようにさえ思える。
 零たちとそう変わらない年齢であるにも関わらずあそこまで戦えるというのは信じがたいのだが、鋼牙の遺した血というのは相当の物らしい。
 既に同じ年の頃の鋼牙を遥かに超越しており、はっきり言って、零の知る鋼牙よりも戦闘能力は高かった。
 ──……その上、性格で言えば、おそらく不愛想な鋼牙よりは、マシだ。

「……おい、零。周囲のホラーは全部倒したぞ」
「おう、サンキュー」

 翼が声をかけた。彼も実力者だ。零の倒す分も全て、彼が仕留めてくれたらしい。
 城前のホラーは全て潰し、零も翼も、少しだけ安心する事が出来た。──が、それも束の間で、またすぐに城に突入し、ホラーを狩らねばならない。

「……零さん。一つお願いがあります」

 雷牙は、その時、不意にそう、少し深刻な顔で言った。
 もしかすると、コダマに不覚を取ったのを少し気にしているのかもしれないと思い、訊き返す。

「なんだ?」
「──この世界にはもう父さんはいないかもしれませんが、もし、この世界にちゃんと俺が生まれて、俺が十歳になったら……その時もまた、俺を鍛えてくれませんか?」

 雷牙が何故、こんな事を言い出すのか、零にはわからなかった。鋼牙がいないこの世界でも、雷牙は生まれるのだろうか。……普通に考えれば否である。
 ただ、弟子を取らない主義の零も、今の雷牙の戦いを見ていると、将来、雷牙のような魔戒騎士を育ててみたい気持ちにもなった。
 ──それに、この雷牙の成長も、少しは楽しみに思う気持ちがある。
 実力は零より上である物の、確かに彼は、零が教えればまだまだ成長できる余地があるだろう。

「突然どうした? ……まあ、別に構わないぜ。もし、そうしないと、どうやらお前の二刀流とかも身に着かないみたいだしな」

 零は、そう言って軽く笑ったが、雷牙がどこか深刻そうで、どこかこの時代の父や母や師に対して思う所があるように見えた。
 カオルや零と相対する時の彼の顔は、まるで、いなくなってしまった人間を見るようだ。






 途中に立ちはだかるホラーたちは彼らの敵ではなかった。
 零が驚くべきは、雷牙と翼の二人のサポートがあれば、零が動かなくとも二人がホラーを倒してくれるほど、彼らの実力が高まっている事だ。
 当の零も、一体でも多くのホラーを狩る事で、更に実力を上げようと画策している。──零にしてみれば、ここはこの争いのゴールではなく、あくまで通過点。下手をすると、折り返し地点となるかもしれない場所だ。
 エモノは雷牙や翼にも極力渡さないようにした。実質、敵のようなものである。
 そして、その調子でホラーや番人たちを次々に狩り、彼らは城の頂上まで辿り着いた。

「ここは……!」

 辿り着いたそこは、広いホールになっていた。暗闇の中であったが、彼らがドアを開けた事で、少し光が漏れていた。
 零には、この場に見覚えがあった。
 あの殺し合いの始まりの広間に、非常によく似ていたのだ。──ここが本当にあの場所なのか、それとも、ぞれに似た偽りの場なのかはわからない。元々、あの場の事を細かく観察できる状況ではなかったし、零もよく覚えてはいなかった。
 しかし、こんな場に来ると、湧き立つ怒りを抑えがたかった。

 全ての始まりの地。
 あの場で起きた全ての悲しみと、この今の世界の惨状に繋がる全ての出来事を、潰せなかった自分への怒り。
 まだ黄金騎士への復讐などに燃えていた自分の未熟さを呪う。

『どうかしたのか、零』
「あの殺し合いの始まりの場にそっくりだ……」

 雷牙たちがここに現れたのを確認したのか、その広間に再び──かつてのようにスポットライトが放たれる。かつてを思い出し、零は両手の魔戒剣を握りしめた。
 スポットライトの当てられた中央に、烏の羽根のドレスに身を包んだ女性の姿があった。
 以前もその女を見た事がある。──そう、ガルムだ。
 かつては加頭順がそこに立ち、殺し合いの始まりを告げたのだが、今度はこの番犬所の神官が、ここでの戦いの始まりを告げる。

「貴様ら……待っていたぞ……!」

 ガルムの様子は、怒り心頭である。
 このビルでの全ての情報は彼女も監視していたらしく、コダマの死を目の当りに舌らしい。

「一度ならず、二度までも……私のコダマを!」

 コダマはこのガルムという女の息子だ。一見するとコダマより若い女性の姿をしているが、それは彼女たちが若い女の身体を乗っ取り、憑代としているからでしかない。実際には何百年も生きる老女である。
 そして、彼女はホラーではなく、かつては人間であった──つまりコダマも人間である──が、魔界に魅入られ、ホラーたちを現世に呼び出そうと試みたのだ。
 そんなガルムに対しての同情など、魔戒騎士たちの中にはない。

「懲りずに何度も自分の息子を野望の道具にするアンタの方に原因があるんだぜ……!」
「今まで、貴様が幾つの親たちを悲しませてきたと思っているッ!」
「──その通りだ。……本当の親子の絆、俺がお前に突きつける!」

 三人の騎士がそれぞれの武器を構え、ぎらりと輝く瞳で、ガルムを前に立ちふさがろうとした。
 それを見て、ガルムが手で合図すると、広間にある幾つかのドアが開き、そこからわらわらと素体ホラーたちが湧いて来る。

 どうやら、素体ホラーたちが彼女の従える最大の武器らしい。あまり個性の強いホラーたちをまとめ上げるよりはやりやすいのだろう。
 しかし、素体ホラーたちの攻撃は単調だ。──盾や時間稼ぎくらいにしかなるまい。

「涼邑零、山刀翼──そして、黄金騎士の紛い物の魔戒騎士! 貴様らを地獄に落としてやる!」

 ガルムはスポットライトの当たるステージの上で、高みの見物というわけだ。
 しかし、ガルムもここまでの彼らの動向を知っているはずである。──この程度の妨害に三人の魔戒騎士たちがひるまない事は承知済。
 やはり、これは何かを成す為の時間稼ぎだ。

 それを察知した三人は、中央の零を見て、一斉に頷いた。

「雷牙を鋼牙の紛い物だと思ってるのか? だとしたら、見当はずれだぜ」
『見てな、ガルム! もう一度地獄に帰ってもらうぜ!』

 雷牙の魔戒剣、零の魔戒剣、翼の魔戒槍が、頭上に四つの新円を描く。零の描いた二つのゲートは一つに重なり合い、やがて円は三つとなった。
 そこから繋がる「魔界」からそれぞれの元に鎧が召喚される。

 雷牙のもとに、金色に輝く鎧が──。
 零のもとに、銀色に輝く鎧が──。
 翼のもとに、白夜を彩る鎧が──。

 ──覆いかぶさり、ガルムの目の前で、三人の魔戒騎士が99.9秒しか戦う事の出来ない、人々を守りし戦士たちを作りだす。

 黄金騎士・牙狼。
 銀牙騎士・絶狼。
 白夜騎士・打無。

 この世界で現在、最強である三人の魔戒騎士だ。

「何っ! 黄金騎士だと!? 貴様、何者だ……!?」

 ステージ上で、青い瞳の黄金騎士の姿に驚いているガルム。
 彼女は未来の魔戒騎士の事など知る由もない。──死んだはずの冴島鋼牙の鎧が、何故今、このようにして現世で再装着されているのだろう。
 全くわけもわからない状態のガルムに向けて、牙狼が叫ぶ。

「俺は冴島雷牙! 未来からやって来た、冴島鋼牙の息子だっ!」
「なんだとっ……!?」

 戦闘を駆け出した牙狼が緑の魔導火を灯した黄金剣を振りかざすと、ガルムとの間を阻んだ素体ホラーたちは一斉に消滅していった。
 この素体ホラーたちの壁など、全て無駄だ。それでもまだ入射角の問題で生き残った素体ホラーたちを、絶狼と打無がそれぞれの武器を使って斬っていく。

「驚いたか……鋼牙の意志は死んじゃいない! お前たちホラーを狩る為に、いつまでも消えずにその鎧を纏い続ける……ッ!!」
『この黄金の輝きは、消えはしないぜッ! さっさとケリをつけさせて貰うッ!』

 絶狼とザルバの前のホラーたちもまた、彼の二刀流を前に消え去っていく。
 絶狼が十体ほど倒してしまい、力尽きていく素体ホラーたちの数は、残り僅かになっていった。

「ガルム、時間稼ぎなど無駄だ……! 貴様の野望は一体何だ!? 貴様が何を企んでいようとも、全て、俺たち魔戒騎士が打ち砕く!」

 打無が、残り僅かだったホラーを、得意の槍術で打ち砕いた。
 全てのホラーの爆発の飛沫も消え、僅か三秒の内に、その場にいたホラーは全滅し、残るはガルムだけとなる。
 ここは魔界ではない。いずれにせよ、鎧の装着時間には限度があるので、こうして雷牙が最初に多くを片づけてくれたのは良い策だった。

「「「ハァッ!!」」」

 三人の魔戒騎士が同時に放った炎が、ガルムの周囲を三角形に焦がした。
 彼女の周囲は一斉に取り囲まれ、逃げ場はない。──時間稼ぎのつもりだったが、全て、時間稼ぎにもならなかったという事である。

「くっ……!」

 ガルムは、苦渋を嘗めた表情で、その場で回転する。──すると、彼女の姿もまたおぞましい外見の怪物へと変化した。
 両肩と頭に、地獄の番犬の頭部を象った女型の装甲。
 ──獣化ガルムである。
 彼女もまた、コダマのように、魔戒騎士やホラーでないながら、人間体から変身する力を持っていた。しかし、ホラーに匹敵する邪悪な気配を持ち、既にそれは人の姿でありながら人ではない物になっていた。
 魔獣の匂いがその場に充満する。

「はっ!」

 獣化したガルムの元に、白夜騎士打無が真っ先に駆け出し、魔戒槍が変形した白夜槍を振りかざす。
 その槍術を、華麗なジャンプで回避した彼女は、武器となるフープをどこからともなく取りだし、槍に引っかけ、それを弾いた。白夜槍が打無の手を離れ、何メートルか先に転がっていく。
 槍をなくした打無を次に襲ったのは、獣化ガルムの回し蹴りである。
 先走った打無は、顔面を叩きつけられ、ガルムの予想外の強さに、何メートルも吹き飛び、白夜槍のもとで倒れこんだ。

「くっ……!」

 獣化により魔導火への耐性が出来たのか、彼女はそれを横切ってステージを降り、歩きだした。
 そんな彼女のもとに、どこからともなくスポットライトは当たる。──彼女を照らす為にスポットライトがあるかのようだった。

『やっぱり、奴は強い……!』
「ああ。……だが、雷牙と俺の敵じゃない!」

 絶狼が、二つの剣を三日月の型に構える。その背中の後ろには、黄金の輝きがあった。──牙狼が垂直に黄金剣を構えているのである。
 暗闇の中で背中を合わせる金と銀の光──その輝きは、まさしく黄金騎士と銀牙騎士が背中を合わせた絵によく似ていた。

「父さんや零さんやたくさんの人を巻き込んだ殺し合い……それを仕組んだ者たちの一人、ガルム! ──貴様の陰我、俺が断ち切るッ!」

 二匹の狼はそれぞれ大剣を携えたまま、ガルムを睨む。
 ──ガルムが、二人を目掛けて走りだした。

「行くぞ、雷牙! 守りし者として!」
「──はい、零さん!」

 二人もまた、剣を構えたまま、ガルムに向けて走りだす。
 別世界の話とはいえ、目の前のガルムは父の仇に違いない。
 だが、彼は復讐に呑まれる事なく走りだす。大した心意気だ。──いや、また、それも零が教えた事なのかもしれない。
 絶狼は、牙狼に比べて一歩早かった。銀色の背中が雷牙の視界に映る。──かつて、子供のころに見たきりの、師の頼もしさ。

「はぁっ!」

 ──絶狼が駆け抜ける。
 絶狼の双の魔戒剣が、先に、ガルムの右脇から首と腰を斬り抜けていく。
 すれ違い様、ガルムも攻撃をしようとしたが、絶狼の剣がガルムを斬り裂く方が一瞬早かった。──ガルムの攻撃は、絶狼にかすりもしない。

「ぐっ……! な、何故だ……零、お前の実力はもっと──」

 ガルムの身体から烏の羽根が舞い、首がびくびくと震え、足をついた。
 次の瞬間、ガルムの獣化が解け、彼女は無力化される。
 ──絶狼の強さは、確かにかつて獣化ガルムと戦った時よりも超越されていたのだ。
 あまりに一瞬の出来事に、ガルムは驚くしかなかった。

「ぐあっ……! 私にはまだ野望が……」

 絶狼に気を取られていたが、まだ彼女への攻撃は前方からやって来る。
 次に駆ける牙狼の姿だ。──彼女はそれに気づいたが、人間のままではまともな反撃ができないのである。
 その牙狼の黄金剣が、女の姿をしたガルムの胸を容赦なく突き刺した。

「黄金騎士……っ! 貴様も……!」

 ──ガルムの胸に滴る、人間のものとは思えないどす黒い血液。既にそれは血も涙もない魔物のそれと化していた。
 彼女は、もがくように、右腕を前に突き出し、今、この場で叶えようとした──かつて叶わなかった悲願を叫ぶ。

「ぐっ……──メシア様ァッッ!!」

 ガルムの身体は、次の瞬間、無数の烏の羽根だけを残して消滅した。
 もはや、かつての敵など、雷牙や零の敵ではない。ガルムの戦法を知らなかった翼は先に苦戦したようだが、頭一つ抜けて強い雷牙や、かつてガルムと戦った零からすれば、最早、苦戦を強いられるような敵ではないのである。
 彼女自身も全く知らなかったであろう未来の魔戒騎士と、歴史修正による零の成長が直接的な敗因となり、コダマとガルムは敗れてしまったのである。

「……やっぱり目的はメシアだったか」
『とは言うものの、結局は奴を人間界に出現させる野望は儚い夢だったな』

 メシアの再臨は、既に一度阻止された話である。──まあ、鋼牙の死によって、メシアも復活したのかもしれないが、ホラーたちと違い、そう簡単に人間界に呼び出せる存在ではない。
 ガルムにとっても、メシアをまた人間界に現出する夢は蘇っても尚叶えたいものだったのかもしれないが、メシアを呼ぶゲートを作る準備時間など、元々そうないはずだ。
 何にせよ、メシアは人間界にはやって来られない運命らしい。

「零さん……」

 鎧を解除した雷牙が、絶狼を見つめた。
 そんな雷牙の視界で、絶狼の鎧もまた、魔界へと返還される。

 ──それを見て、雷牙は、鋼牙そっくりのお辞儀を零に向けた。

『おいおい』
「……実はそっくりかもな、この親子も」

 零は半ば呆れるようにして雷牙を見たが、雷牙はそんな零に微笑みかけていた。
 言葉もなく礼をして終えるところなど、全く持って、冴島家のそれである。
 兎にも角にも、未来には頼もしい奴がいるらしいと、零は思った。


【コダマ@牙狼 死亡】
【ガルム@牙狼 死亡】






 外には、確かに青空と平和が広がっていた。
 ホラーのゲートは、かつてより限られ、そう簡単には人間界を侵攻できないようになっている。──ようやく、ホラーの活動範囲は元に戻ったわけだ。
 この人間界の騒動を収束させ、記憶を削除するのは魔戒法師たちに一任する事にしよう。
 ……いや、その前に、あのモニターが存在する以上、零がベリアルを倒し、管理を終えなければならないか。

『しかし、奴らも随分あっけなかったな』
「俺たちの成長に、奴はついていけなかったんだな」
『コダマとガルムは、あれでも一応、相当な実力者なんだぜ? あの雷牙って奴の素質は桁外れだ。流石は鋼牙の息子ってところだな』
「……おいおい、俺もちゃんと活躍したのに雷牙ばっかり褒めるなよ」

 魔戒騎士は、その想いや精神力によってソウルメタルを操り、戦う。
 ゆえに、その時のパワーはそれぞれの置かれている状況などによって大きく変わってくる物なのである。成長してやって来た絶狼や、未来からやって来たサラブレッドの牙狼からすれば、敵の内に入らないような相手だったわけである。
 零も、自分自身では、この世界に帰って来ただけであそこまで強くなっていたのは全く予想もつかない話だったが、ガルムはかつても一度倒した記憶のある相手だ──。
 それより後の零はもっと強くなっている。彼女が簡単に勝てる相手ではないという事だ。

「……ただ、ベリアルって奴は、今のところ、誰も知らない敵だからな。コダマやガルムのように俺たちを甘く見てはくれないだろう」
『ここまでの敵のようにはいかないっていうわけか。……もしかすると、奴は最初からそれを狙って、自分を知らない人間ばっかり集めたってのか?』
「おそらくな。自分の事を全く知らない奴らばっかり殺し合いに呼んだって事だ。あるいは、奴には相対する敵がいなかったか……」

 ホラーや暗黒騎士ならまだ何とかなるが、相手が異世界の怪物ではデータもなく、どうしようもない。
 殺し合いの映像の続きを見た限りでは、ウルトラマンやダークザギに近いと思ったが、今の零の情報では、それが何者なのかはわからぬままだった。
 そんな考え事をしていた時、彼らの目の前に山刀翼が現れた。

「雷牙、零。どうやら、奴の目的は人間界でのメシアの再臨だったらしい。思ったよりも早く俺たちが来てしまった為に、叶わなかったようだが」

 ガルムのいたビルの痕をまだ気にして調査していたのは翼だ。
 ビルにはもうホラーの陰はなかったが、かつてメシアを呼び出す為に使われたゲートが存在した。──ただ、生贄の女やバラゴの存在がなかった為、それは叶わず、別のエネルギーによってそれを実現しようとしていたらしい。

 果たして、一体、どんなエネルギーを代替に使おうとしていたのだろうか……?
 零や翼には、その事はまだ謎だったが、それがあの殺し合いの主催をする事で得られるエネルギーだったであろう事は想像に難くない。もしかすると、異世界から抽出したエネルギーか何かだろうか?
 確かに、魔戒騎士も驚くような変身機構が幾つも存在していたが、もしかすると異世界の魔法や科学が関わっている可能性もあるかもしれない。……が、残念ながら零の専門ではなさそうだ。

「──ただ、零。この世界の殆どは、また管理影響下に入ってしまう。いずれ、ベリアルを倒さなければ、人間は管理から逃れられない」
「零さんも一刻も早く、ベリアルを倒さなければなりませんね──」

 と、雷牙がそう言った時、彼の身体が突然、ぼやけた。
 彼の言葉が途切れるように余韻をなくし、彼の手から光の粒子が溢れていく。

「「──!?」」

 零と翼は、そんな雷牙の姿を見てぎょっとする。──雷牙自身も、自分の手を見て、少しばかり驚いているようであった。
 いや、少しではない。かなり予想外の出来事が起きたというような様子である。

「そんな……まだもう少し、この時代にいられるはず……!」
「……まさか……今になって、鋼牙の死が彼の存在に影響を与えているのか!?」

 翼が慌て、そんな事を言った。零が翼の方を睨むような目つきで見つめた。
 ──だが、ふと思った。確かに、翼の言う通りかもしれない。
 もしかすると、鋼牙は本来の時間軸では彼のような息子を作るはずで、それが、あのバトルロワイアルによって叶わなかったのだとすると……。

 そう、零も、あの殺し合いに参加した時点で、別の時間軸が生まれるはずだが、歴史の統合を受けて、あるはずのない記憶を有してここにいる。
 だとすれば、もしかすると──雷牙も、その影響を遅れて喰らってしまったのではないか。
 そう思った零は、眉を顰めて雷牙の方を見た。

「まさか……俺が、もう消えるっていうのか……?」
「もう……? まさか、お前、知ってて……!」
「──っ! すみません、零さん。……そうです……俺は、異世界の未来から来たわけじゃない。……この世界で本来生まれるはずだった、冴島雷牙の思念です……。だけど、俺にはまだ、元の歴史に帰らなきゃいけない理由が……!」

 雷牙自身も、その現象には怯えているようだ。
 未来への返還ではなく、これが消滅を意味しているとすれば……それを防ぐ方法は一つしかない。
 雷牙が将来、また再び生まれ、零に修行を付けてもらう方法は、零の中にもある。

「──……大丈夫だ、雷牙っ!」

 彼は、冷静に、怯える雷牙を見据え、そう言った。
 雷牙は、まだ安心感こそ覚えなかったが、零の方を見て呆然としている。零は、ただ現状を理解していないというわけでも、雷牙がどうでもいいというわけでもないらしいというのは、雷牙にもわかった。
 少なくとも、雷牙の知る零はそんな男ではなかった。

「……約束は約束だ! お前はこの世界のお前なんだろ? じゃあ、俺は必ず、ベリアルを倒し、その後、この世界に生まれるお前が十歳になったら、修行をつける!」

 腕まで消滅していた雷牙を見る零の目は、真剣そのものであった。
 何か、とてつもない意志の込められた瞳──その輝きは、未来も今も決して変わらない。
 優しく強い師匠のそれだっただろう。

 ……実は、雷牙の生まれるはずだった本来の時間軸において、雷牙の生きていた「今日」に、冴島鋼牙と冴島カオルと涼邑零の三人の姿は既にない。
 死んだわけではないが、ある敵の力により、鋼牙とカオルが異空間に呑まれ、零はそれを追って旅立ってしまったのである。
 その為、雷牙に両親の記憶は、六歳より前の物しかない。零もまた、十歳までしか雷牙の前にいなかった。
 だから、過去で起きた時空を乱す一事件を知り、強い思念でこの世界に旅立ち、カオルや零と再会した時、雷牙の中には懐かしさと嬉しさが過ったのである。
 ……それも全部、やがて消えてしまう。

「──だから、俺を信じて待ってろ、雷牙!」

 だが、そんな恐怖に怯える雷牙の前に、父のように頼もしい声が聞こえた。
 ──零のその言葉が、雷牙の中にあった消滅への不安を拭わせる。

 彼は約束を果たし、また雷牙と出会う──そんな気がした。
 雷牙には、未来で必ず倒さなければならない敵がいるし、彼には彼で寄り添い合う仲間たちがいる。そこで待っているたくさんの人間が──だから、消えるわけにはいかない。
 その一念は、零に託す事にした。
 雷牙は恐怖を脱し、零に強い瞳を向ける。

「……はい。……じゃあ、零さん。ベリアルを必ず倒してください! お願いします」

 師の暖かさに、雷牙は、少しだけ怯えを消した柔和な声で、お辞儀をした。
 すると、雷牙の身体は零と翼の目の前で完全に消滅していく。
 今、共に戦った黄金騎士の姿は完全に、空に溶け込んで消えてしまった。──翼がぎょっとしたまま、零を見た。

「……ああ」

 零は、誰もいないそこに、そんな返事だけ返した。まるで、今まで共に戦った青い瞳の黄金騎士は幻だったかのようだ。
 零と翼だけがその場に残る。──そんな時、零の前で、美しい空の果てで、奇妙な光が見えた。
 だが、それを気にした零の後ろから、翼の声がかかる。

「……零、一つだけ訊きたい」
「なんだ? 翼」
「お前は、この殺し合いで、本当の幸せを得る事はなかったよな? 今の鋼牙の息子のような犠牲者も生まれた、この“改変”で……」

 翼の問いは、ふと、零の胸に突き刺さった。

「お前の家族……つまり、静香や道寺は蘇った。バラゴやガルム、コダマも葬られた以上、彼らが死ぬ心配はこの先、薄い」

 確かに、バラゴが時系列を越えて呼ばれたせいで、どういうわけか、彼に殺された零の家族が復活している。──いくらホラーが湧いているからとはいえ、一瞬だけ、幸せを感じたのも嘘ではない。
 考えてみれば、バラゴの死により蘇った魔戒騎士や人々が何人もいる。
 冴島大河のように、あまりに古すぎた場合、修復が不可能であったようだが、現実に、静香や道寺が復活した事で、零の中に嬉しさが芽生えていたのは事実だ。
 しかし、彼らと冴島鋼牙やあの殺し合いで死んだ人々を比べるというのは、あまりにも酷な話ではないか。

「ああ。確かに、あいつらのお陰で静香や父さんは蘇った。だが、俺が守るべき者はそれだけじゃない……いくつもの大事な物が失われた。今も、鋼牙の息子の雷牙が消えた!」

 零の言葉は激昂に溢れている。
 しかし、同時に、彼が果たすべき使命の声でもあった。

「俺の目的は、決して、静香や父さんを甦らせる事じゃない。人間の脅威を狩り、今そこにいる人間を守る。……それが、魔戒騎士の使命だ!」






 ──どうやら、零が先ほど見た光の正体は、今になってわかったようだ。
 はたまた信じがたい話だが、冴島邸に帰ると、その森の中に巨大な未確認飛行物体がやって来ていたのである。

 その名はアースラ。レイジングハートたちの言っていた時空管理局の船だ。
 何をしに来たのかと思えば、丁度零の悩んでいた「異世界の渡航」への手伝いらしい。
 そういうわけで、零はそそくさと準備を済ませて、その世界へ向かう事にした。
 未来から来た鋼牙の息子の思念というのも凄い話だが、今度は超科学の産物である。いちいち突っ込むのも億劫になり、ザルバも「もう何も言う気はないぜ」と言っている。

「あの……雷牙くんは?」

 零にそう訊いたのは、カオルだった。
 見れば、彼女の手には、真っ白な画用紙が握られている。──おそらくは、それは雷牙がゴンザを簡単に描く時に使った画用紙だ。
 だが、そこには、もう雷牙の痕跡は残っていない。
 彼がこの世界で遺したのは、漠然とした記憶と、その魂のみだ。それを知らないカオルは、その画用紙に厭な予感を覚えたのだろう。

「──ああ、先に未来に帰っちまった。母さんにお別れが言えなくて、残念だってさ」

 カオルも、雷牙の母だ。こうして雷牙が目の前から姿を消してしまった事が、余程心配なのだろう。
 しかし、そんなカオルを安心させる為、零はにこやかな笑顔で言った。
 まさか、消えたなどと言えない。──それに、今は消えたとしても、零は必ず、もう一度雷牙と会おうという意志を確かに持っていた。

「大丈夫。いつか、未来で会えるよ。だって、あいつは鋼牙とカオルちゃんの子だからな」

 そう言われて、カオルは少し悩んだが……また、笑顔でウンと頷いた。
 それを見て誰より安心したのは、零である。彼は、その手の指輪に向けて告げる。

「──じゃあ、行こうか、ザルバ」

 今はまだ、零の相棒として魔導輪をやっていてもらう。
 シルヴァが修復させるまでだ。──そう、ほんのそれまで。
 この最後の戦いでも、大河、鋼牙、雷牙の三世代に渡る冴島家の忘れ形見として、共に戦わせてもらおうと思う。
 きっと、この指輪がどこかで覚えているはずの「黄金騎士」たちの魂は、きっと何度でも零の背中を追うだろう。

(……またあの場に行くのか……それに、あいつらとまた会う事になる)

 零は、それから、レイジングハートやあそこで出来た仲間たちの事も、ふと考えてみた。──もう零は孤独ではないが、レイジングハートは、ダークアクセルとの戦闘前に話したあの事は、考えてくれただろうか。
 いや、そんな事を今考えている場合ではない。

 とにかく、彼は叫んだ。



「お前を倒し、俺は約束を守りに行く。──だから、ベリアル……貴様の陰我、俺たちが断ち切るぜッ!」



【涼邑零@牙狼 GAME Re;START】



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最終更新:2015年09月07日 19:59