霧子にとって、この急転した状況はすべて飲み込めるようなものではなかった。
ハクジャとその仲間、ミズキの登場。己を勧誘する彼等と、自分を守るように言葉を交わす小さな少女。
そして、その少女が謳う、この世界からの脱出。
怒涛の情報量と織りなされる議論に、本来なら当人であったはずの霧子は置いていかれていて。
けれど、その中で――霧子の見過ごせない事実も、確かにあった。
それは、梨花の提案した脱出プラン――ではなく。

「………何かしら、霧子ちゃん」

目の前で固い微笑を湛えている、彼女たちのこと。
脱出プランそのものは、確かに、霧子としても望むものではあった。
自分の為に誰かを殺すとか、蹴落とすとか、そういうつもりは元からない。かといって、アンティーカの仲間と別れることを安易に良しとできるような強さを持ち合わせてもいない。
だから、その選択自体は、彼女の望むものであって。
けれど、それだけでは駄目なのだと、同時に分かった。

「……生まれてきたから、そう生きるとかじゃ、ない………」

――この世界は、残酷なものなのだろう、と。
界聖杯という機構を指して、霧子はやはりそう思った。
幽谷霧子を称して、可能性の器だと指した、かの聖杯。
それはきっと恵まれたものであれど――その実態が、可能性を持たぬものは、ただ無遠慮に削除するものであったから。

「あのね……」

可能性の器は、聖杯を手に入れることで生き残れる。――そうでない器は、切り捨てられる。
だから最初は、せめてそれに逆らおうと思った。
彼等がもし切り捨てられるような結末を迎えてしまったとして、それでも、聖杯に願った想いまで無駄になることがないように。
咲耶もそうだし、今となっては梨花もそう。皮下ですら、願いそのものはもしかしたらただ純粋に祈りを尽くす価値があるだけのものなのかもしれない。
自分一人では限界があるのは、最初から分かっているけれど、それでも自分に聞こえる限り、その願いだけは聞き届けたい。

「生きたいって思えるだけで…………生きてていいの………」

――ああ、それだけではなかったのだ。

目を、向けたいと思ったのだ。
「切り捨てられる」ものは、もっと広くて。もっと多くて。
今目の前にいる、「界聖杯の中に生きている人々」という存在は。
可能性の器ですらない、未来に何の影響も及ぼさないと断じられる者たちは――元より籠の中の鳥で、生きることすら許されない。
わたしは、それでも、生きることを許されたけれど。
彼等は、そもそも、命すら彼等のものではなかった。

「……過去は……大切で、わたしたちのそばに、ずっとあって……」

……過去に縛られるだけなら、いい。
過去として入力された記憶に基づく行動方針は、確かに指針であるのだろう。
それは否定されるべきものではない。
だから、皮下を裏切れというのも、彼等が恩義を感じているからこそというのも、わかるのだ。
――けれど、その結果として。
命すら彼女たちのものじゃないと感じてしまっている、そのことが、とても哀しい。

「……でも、それは……いなくなっていい理由には、ならないから……」

――はは、霧子もパン、もらっていいんだ。
――もし、なんにもつくれなかったとしても。

だって。
パンをもらうべきじゃない人なんて、この世界にはいないのだと、あの人はいつか言ったではないか。

ただ生きることに、その人生を享受することに、誰の許しもいらなくて。
まして、自分が自分に生きることを許していけないということなんて、どこにもなくて。
そういったものを伝えようと、アイドルとしての幽谷霧子はそうであろうと、思ったから。
誰かにパンをあげられるアイドルに、なりたいから。

誰かが抱く、聖杯に対する願い。咲耶のように死した人の無念。
そして、何より――一度「生きたい」と願ってしまった、可能性を保たないという烙印。
全部を抱きかかえるのなんて無理だ。幽谷霧子は偶像であっても、全てを救えるような救世主じゃないから。
だから、手の届く限り。できることは、掬い上げられるのは、唄えるのはたったそれだけ。
……それだけしか、できなくて。

「……わたしは、もう、知ってるから……ハクジャさんたちが、生きたいって思ってること……」

……それだけのものを、見過ごせない。
命として生まれ出でたと感じて、消えたくないと――生きたいと、願い始めているのであれば。
その想いに、未だ帰る場所がないというのであれば。

「だから……ハクジャさんも……アイさんも、ミズキさんだって……ただ……ただいまって……言えるように……」

――ああ、だから、せめて。
帰る場所が、あるように。
可能性が喪失して、泡沫と化してどこにもいけず、ただ無に戻るだけで終わらないように。
彼等が生きて、ここがあるべき場所だったんだと、言えるように。

「記憶を、覚えてて……今のことを、大事に思えるなら……いいの……」

そのあるべき場所が、あるいは皮下真なのかもしれない。
それならそれでいいと、霧子は思っていた。
だが――皮下真は、彼等を顧みることはない。
命は平等(かる)くて犠牲は尊(しかたな)い。安心していろ、結果を使ってやるから忘れない。
かの男がそういう人間であることを、霧子自身は知らなくとも――今ここにいるアイが、ミズキが、ハクジャが、『生きて帰る』べき場所ではないというのは、分かった。
そうであるのなら、もっと笑って、運命すらも飲み込んでいる筈だ。実際に、そういう生き方を選んだ器足りえぬ者――割れた子供や、悪の救世主の心酔者もいるのだから。
そうなっていない時点で、皮下は義理を通すべき相手であっても――彼等の安息には、なりえていなくて。

「でも、そうじゃないなら……心が、どこにも帰れないなら……」

それなら、帰る場所を作りたいと思った。
聖杯戦争の参加者と同じように、彼等の思いと願いが帰る場所。
ただ、思いを引き継ぐだけでなく――生還という形で真に生きる場所を与えられるというのであれば、尚更に。

「過去だけじゃなくて……未来のことだって、思っていいんだって……」

だってこんなにも、目の前の命は生きているから。
生きているのなら、生きたいと、欲しいものを願っていいのだから。

「……未来に、帰る場所を、作れるんだって……」

……その願いが、生まれているなら。
そこにはきっともう、可能性がある。

「帰って、いいの……」

それはまるで、雨の先で虹が出るように。
それはまるで、種を残す花が咲くように。

「生きたいって思える場所に、帰りたいって思っても、いいの……!」

世界は、過去の記憶という蓋で閉ざされてなんていなくて。
未来が、可能性が、輝きがあって。
それを、誰しもが掴んでいいはずなんだからって。
あまりにも優しすぎるその歌のような声で、幽谷霧子は伝えていた。

「あ――――――」

だから。
真っ先に、ひとつの声が上がって。
その優しさを見て、一番最初に生きたいと願った、獣耳の少女は。
アイという、『まだ子供にしかすぎない自我を与えられてしまった少女』は。
植え付けられた記憶と相応に、生への渇望を与えられてしまった、彼女は。
己の居場所の喪失への恐怖と、それを掬い上げてくれる目の前の偶像に、確かに救われて――ただ、膝を折って泣き崩れた。
それを傍らで見ていたミズキは、ただ嘆息することしかできない。
ああ、これだから――子供の態度というのは分かりやすくて。

「……みー。改めて、提案するのです」

そう考えれば、彼女のこの老獪さは、やはり子供染みてはいない。
今この瞬間を逃すまいと――希望が芽生えて手を伸ばしたその瞬間を必死に掴み取らんと、まっすぐにこちらの目を見据えるのは、百年の魔女。
――百年を生きてなお、帰る場所を見失いたくなかっただけの、少女。

「……あなた達が生きることを望むなら、わたし達はあなた達と一緒に、外の世界に一緒に抜け出したいのです」

それすらも、可能かもしれない。
カケラの先に思いを残し、仲間を信じて未来を、そんな奇跡を、この手で掴んだように。

「それが運命だからと、死ぬことを諦める前に。生きる為に、手を伸ばしたいと思うなら」

もしも、「生き残りたい」と、願うようになったのあれば。
彼等がそれを望むのであれば――ただ純粋に、生き残り、ただ消える未来に飲み込まれることへ抗うというのであれば、古手梨花は。

「私は、生き残れる道を示すのです。それが、あなた達が真に生きる為になるのなら」

誰かに手を伸ばすことを、選びたいと思った。

「……だから、自分たちの意見も聞いてくれ、と?」
「みー。そこはギブ&テイクというやつなのです。実際、損はしないと思うのですよ?互いに攻撃されないまま、こっちは逃げたい人だけで逃げられて、そっちはライバルが減るのですから」

……もちろん、打算もありき、だ。
見ず知らずの人間にそこまで無遠慮に信を置けるほど、梨花も馬鹿ではない。
けれど、それでも。
互いにとっての解が目に見えているのなら、それを信じたい――そう、梨花は感じていた。
だからこそ伸ばした彼女の手に、ミズキは傍らのアイを一目見ながら逡巡し。
両者の間に、僅かな静寂が流れ。

「……ミズキさん」

不意に声がしたと思って男の側が振り向けば、どこか爽やかに笑うのは長髪の少女。
幽谷霧子に付き従っていた彼女からしても、こうなることは予想できなかったのだろう。
自分たちが皮下に感じている恩義自体は本物だ。こうしなければ生きられなかった、いや、この世界で自分というものを真の意味で認識する――生まれてくることすらできなかったのだろうから。

その上で。
だから死んでもいいと――死ななければならない運命なのだ思っている自分たちに、彼女は希望を示してみせた。
この世界で息づいた、いずれ消えるものでさえ、生きる価値があるのだと言ってみせた。

「……あなたにとっては、この展開は想像していたのですか?それとも――」
「予想なんて、していなかったわ。彼女たちを殺す気も十分にあった。
 ……ただ、私も――あとほんの少しだったとしても、生きたくなってしまった」

そう呟く彼女に、ミズキは嘆息で返す。
仮にも皮下のサポートを行った側の人間として、ミズキは彼女の生い立ちを知っている。たとえそれが偽りであったとしても、彼女の記憶には鮮明に刻み込まれているのだろう。

「……ずっと、生きたいと願っていた。だから、手段はどうあれ生き延びようとし続けた。
 だからかしら。生きたいって思う心が、私はどうしても切れないみたい」

……朝の太陽という希望を唄う、そんな誰かに生かされた。
たとえ偽りであっても、そんな記憶を持つ彼女に、どれだけこの少女の輝きが刺さったことか。
暖かな日差しと生きる道行の希望をもう一度示してくれたことは、彼女にとってはきっと、それこそ命を救われたに等しいことだから。

(……私はといえば、そこまで執着することもないでしょうに)

事実として。
太陽の輝きに魅せられた少女たちに比べれば、ミズキは二人ほど感傷に浸ってはいない。
生そのものに価値を見出しているのかといえば、そこまでという訳でもない。ただ、皮下という男が自分たちに居場所を用意してくれた以上、その恩義には報いるべきであると感じただけ。
そして、それと同時に――皮下の無情さについても、理解はしている。気まぐれで人を殺すような外道である彼の下で生きる以上、自分たちが虹花としての存在価値を担保し続けなければいけないというのも分かっている。
だからこそ、最悪の場合、アイが処断されないように、全てをハクジャに押し付けて彼らを敵だと認定することも、勿論選択肢として残してはある。
そうすれば、アイが「裏切り者」として皮下に消される可能性もなくなるだろう。自分たちも、聖杯戦争が終わるまで虹花として生き残れる可能性はまだ幾らかはある。

けれど、ミズキには元より疑念があった。
今後の聖杯戦争において、ただ虹花としての利用価値を活かすだけでは、自分たちは生き残れない可能性がある。
百獣海賊団としての戦力は、自分たち虹花をして優に凌駕している。魔力消費のことを加味しても、この身がサーヴァントには到底敵わぬ以上、今後の激戦化において自分たちが戦場に出るメリットは下がる一方だろう。
だとすれば、合理的な選択として――自分たち虹花は、ただ付き従っているだけでもいずれ彼らの「電池」として使われる可能性もある。
重ねて言うが、自分は良いのだ。それで死んでも、元より行き場のないこの身に悔いはない。
だが。

――アイさん、消えたくないなぁ……

それでも結局、皮下がただ勝利するだけでは、彼女が泡沫と消えてしまうのならば。
それを回避する手段が、あってしまうというのであれば。
我が子と重ねた彼女が、どうか救われてほしいと願ってしまうのは、本来可能性を持たない木偶が持つにはどうしようもなく愚かしい願い。

正直なところをいえば、本当にアイを助ける理由があるのか、と自問自答することもある。
彼女を重ねている娘の記憶も、所詮作り物なのだからと囁く声も、内心にはあるのだ。
だが、それは同時に皮下に救われた事実も嘘であるということになり――それこそ、自分が今こうして皮下の手先として動いている理由も失われる。
どうせどちらも受け入れてしまうのなら、今この瞬間に自分が救いたいと思うものが矛盾せず生き残れる可能性というものを信じてみたい。

ああ、全く。
もしも彼女達の言葉全てが狂言であったなら、自分たちはただの舞台装置であるにも関わらず不義理を働いただけの存在に成り下がる。
愚かな木偶人形が失敗作ともなれば、最早誇れるものなどない。籠の中で夢を見て藻掻き、結局は羽をもがれた鳥として、ただ可能性のない存在であることを突き付けられるだけだろう。
ただ――それでも。

「いいでしょう。あくまでも私たちは、ですが、あなた達の結論を飲もうと思います」

今、この瞬間。
0%にも等しかった自分たちの命という可能性を、1%にベットするという選択に――彼等は、乗った。
生きる為の選択を、選び抜いた。


「その上で、皮下を説得できるか――それは保証できません。というより、できないと考えるべきでしょう」

そして、ならばこそここからは現実との戦いだ。
1%をモノとする為に、その可能性を潰えずに持ち続ける為に、どのように歩むべきか。
自分たちが真の意味で生きるために――まずはそれこそを、考えなくてはならない。

「私たちは、確かに皮下さんを最後までサポートしながら、それでも生きる為にあなた達に従うという可能性はあるわ。
 ただ、皮下さん本人は違う。どちらにせよ聖杯を獲れば帰れる以上、あなた達を信じる上でのメリットがない」

その目の前にある最大の関門は、彼らの主たる皮下に他ならない。
彼にとっては、この交渉は決して頷けるものではない。
わざわざ相手に対して徒に魔力を無駄遣いせず、また一部の戦闘では共闘もできるというのはなるほどマスターとしてはメリットだ。
だが、なまじ彼のサーヴァントが強すぎるからこそ、それらのメリットの為に「徒党を組んで襲われる」というデメリットの可能性を切り捨てるのでは天秤が合わない。

「幸い、あなた達からすれば皮下から283プロへの追求については、どちらにせよ弱まるでしょう。我々の陣営としても、この大災害を起こすきっかけのサーヴァントを撃滅することが恐らく目下の問題となるでしょうから」

峰津院――彼等が攻めてきた以上、皮下含むカイドウ陣営としてもそちらへの対応に追われている。
何しろ損害らしい損害を与えられていないということなのだ。アジトが露見すればまた襲われかねないし、それまでに一刻でも早く自陣を盤石なものにする必要がある。
283プロがどこまで育っているかは分からないが――少なくとも現時点で『弱いものいじめ』をしている状態ではない、というのは皮下も考えているだろう。

「でも、そこから先――生還を目指したり、そのために不可侵でいたい、という意見については私たちも保証できない。それに――彼に利用価値がないと判断された時点で、私たちは見限られるでしょうから、こちらから助け船も出せないわ」

要するに、今語った同盟を皮下に通すのであれば、虹花の協力もなく真っ向から話さなければならない、ということだ。
皮下自身から283への攻撃意思を奪うなら、それ以上の策も必要だろう。

「……わかったのです。ちょっと霧子とも相談するのです」


「……なんとか、話は着いた、ということなのです」

そうして、改めて梨花は霧子と対面する。
彼女の目に、自分はどう映っているのだろう。最初のように年相応の少女として映っているか、それともこうして言葉を交わしていたことを得体の知れない少女として見ているのだろうか。
ただ、どのように見られていたとしても――彼女には、言わなければいけないことが、残っている。

「あの……梨花ちゃん……」
「……ちゃんと、話したいと思ってたのですよ、霧子」

不安気にこちらを除く彼女の目に、真っ向から向き合う。
状況の不安を取り除くとか、信用を勝ち取るとか、きっと優先するべきは他にあるのだろう。
だが、その信用を得るという意味でも――何より、梨花自身が言いたいという意味でも、真っ先に梨花はそれを伝えることにした。

「……私は、咲耶に会っているのです」
「……………!」

瞬時に、霧子の目が大きく見開かれ――頽れるように、梨花の手を掴む。
先程見せた優しさも、何処か超然とした雰囲気も捨てて、ただ梨花の言葉に縋るように。

「あの……梨花ちゃん……!咲耶さんは……!」

何かを言おうとして、しかし何から話せばいいのか分からず、ただ必死に問いかけるような。
そんな表情を、彼女もするのだな、と思った。
友を、心配する目。かけがえのない運命を共にした誰かを、真に想い、そして案じる、そんな普通の顔。
梨花にとっても見覚えのあるその顔を、優しく包み込むように、あの高潔な少女からもらった言葉を返す。

「咲耶は、脱出するための相談をする為に、私たちに接触してきたのです。
 ……そして、その相談に乗れなかった私に、最後にこう言ってくれたのです」

――最後に一つ。約束してもいいかな?
――どうか…生きてほしい。これからもきっと、辛い事はあるかもしれない。
――だけど、私は…白瀬咲耶は、梨花。君が生きて元の世界に帰れることを祈っているから。

それは確かに、咲耶が梨花へと向けてくれた、祈りの言葉。

「……そう……なんだ……」

それを、聞いて。
朝露が花からこぼれるように、はらりと一滴の水が落ちる。

「……………そっか……………」

流れた涙を、優しく拭う。
運命を共にしたかけがえのない仲間を喪う気持ちに、せめて少しでも寄り添いたくて。
わなわなと震えるその手と身体を、今はただ、しっかりと握っていた。

「うん……」

しばらくそうしていた後、霧子は懐から何かを取り出した。
一瞬ただの白い紙に見えたそれは、封筒に入った一通の手紙で――なんとなく、その中に入っているものには検討がついた。

「梨花ちゃんにも……これ……」

差し出されるそれを、おずおずと受け取る。
取り出してめくって見れば、そこに書いてあったのはやはり――疑いようもなく、彼女の言葉。
直に対面したからこそ、分かる。偽物などではない、彼女自身が彼女の想いを込めて書いた、あまりにも優しい、許しと願い。

「咲耶さんの……想い……そこに、あるから……
 こうして、伝えられれば……咲耶さんが、ずっとそこにいてくれるから……」

白瀬咲耶の、ありったけの想い。
あれほど優しい少女が、彼女の信じる者たちへ残した、最期の言葉。
……それを、自分にも託してくれるということを、心苦しく思う。
結果的にとはいえ、私は彼女の手を取れず、ともすれば見殺しにしたのかもしれないのだから。

「……伝えられて、いたのね。あなたの、仲間に。そして、私にも……」

……それでも。
白瀬咲耶のあの優しさを、今はただ、抱き締めていたかった。
自分たちの信じる道を進む、その勇気を、彼女の言葉から繋ぐ為に。

「……ありがとう、なのです」
「……うん……」

今は、ただ。
白瀬咲耶という一人の人間が生きたその証を、願いごと抱き締めて歩いていく。
それがきっと、彼女という存在を未来にも届かせる為に、唯一できることだから。

「……それで、その。霧子は正直、よく分かってないことも多いと思うのですよ。それに、霧子にお願いしたいこともあるのです」

――と、いつまでも感傷に浸ってはいられない。
ミズキたちをいつまでも待たせるわけにはいかないし、何より打開策を考えなくてはならない。
それにそもそも、霧子は偶然居合わせただけで、正味どこまで冷静に事態を把握しているかは怪しいところだろう。

「だから――」


そして。
それらを全て傍から聞き届けるだけだった剣豪ふたりは、互いにその剣気を諌めつつ相対し続けていた。
張り詰めた空気を通しつつも相方の案が上手くいったことを察した武蔵は、ここを幸いに、と剣の切っ先を揺らす。

「結局、私たちは蚊帳の外で決着がついたようね。折角ならそっちもここは顔を立ててくれると嬉しいんだけどなー」

そうして均衡を和らげようとしてみても、やはり気を抜かず此方を睨み着けるのみ。

「……下らん……貴様を主諸共斬り捨てることも……」
「そうなったら結局、アイツらに狙われるだけね。まあ町自体が一個吹き飛んだからどこまで行き届いてるかは知らないけど、『こういう世界』で監視から逃れる手に本気で自信がないならオススメはできないかなぁ」

尚も剣気を収めない鬼の言葉を、嘆息しながら叩き切る。
事実、武蔵のそれは経験談によるものだった。かのオリュンポスにおける主神の監視とまではいかないが、この世界も少し気を抜けばどこに目があるか分からない都市。もし皮下たちがそれに何らかの形でアクセスできるというのなら、追われる可能性は十分にある。
徹底的な閉鎖世界であることや、先程ミズキが語ったような「おびき出し」に弱いというのも逆風だ。向こうからすれば、手を打つ可能性は大いにあるだろう。

「で、実際どうなの?貴女から見て、あのマスターは」

そして、そんな「おびき出し」に釣られてしまうようなマスターとこの鬼が主従関係を結んでいる――というのは、武蔵から見れば奇妙に映るものだった。
端的に言えば、不釣り合い。殺戮を主とし、剣にのみ生き様を求めるサーヴァントと、あのマスターはどうにも噛み合わない。
彼女の持つ優しさ、それ自体は本物だ。泡沫の消える存在にまで思いを馳せ、手を伸ばそうと足掻いて悩んでいた存在を間近で見たからこそ、同じものを掲げる彼女の強さは理解できる。
だが、その優しさのあまり律しきれていないのか。少なくとも、あの立ち辻を放置してしまったことは失策だっただろう。
もちろん、『それだけ』で決まるものではないことも知っている。
梨花と自分の縁だって、世界のカケラを旅するという傍目にはわからない共通項で結ばれた縁。そうした内面の繋がりあってこそ、ということも考えられる。
だからこそ、この二人にもそうした縁があるのかとも思ったが。

「……下らん。脆弱で戦う意志も持たない、弱き存在……」

それらの疑問に対し、黒死牟は無情に一蹴した。
そこに見えるのは、苛立ちと怒り。己の主として定めるには、やはり本意ではないと言わんばかりの歪んだ表情。

「仮に、奴等が代わる主になるならば……今すぐにでも…」

そう告げる黒死牟の目は、ミズキたちに向けられている。
実際、目の前の鬼がその選択をする可能性まで考えていた故に一切の油断をしていなかった武蔵ではあるが、やはり既に見極め自体は終わっていたらしい。

そう――NPCでは、可能性の器と同等の英霊の受け皿とはなり得ない。契約に縛られるサーヴァントであるからこそ、その事実は両者共に認識していた。
界聖杯の管理する情報量自体は同じであろうと、あくまでマスター権限を保持しなければサーヴァントとの契約は不可能なのだ。
それがなければ、今すぐにでも霧子を殺し、『やる気』のあの三人の誰かを次なる主として選んだ方が黒死牟にとっては好都合。
主が霧子のままであれば、ひとえに霧子という首輪が自分のウィークポイントとなったままではあっただろう。彼ら部下のうち誰かであれば、ある程度は自由に剣を振るうこともできただろう、と。
なるほど、理に適ってはいる。力を求め、斬り合いを求める剣鬼ならば、その道を求めるもありだろう。

「理に適ってはいる。だけど、そうであっては引っかかる部分もあるのよね」

――ならば、なぜ。
『戦う機会がなくなる』ことになる、梨花の脱出案を聞いて、彼は何もしなかった?
自分とて同じ人でなしだから、その求道を理解はできる。まして自分よりも血に飢え、戦を求める目の前の鬼ならば、「戦えなくなる」という道には強く反発して然るべき。
ならば、梨花の案に対して動かなかったのは何故か。相対していた武蔵には、その理由が理解できた。
自分と相対していたから、言葉を発する余裕もなかったとか、そういった理由では断じてない。
彼女が交渉をしている最中、彼の注意は彼等ではなく、己がマスターに向いていたのだ。
今は下らないと斬り捨てたばかりのあのマスターの、柔らかな微笑みを見て。
その剣を、殺気を、煩悶によって一瞬でも途切れさせていたのだ。

「だから、一つだけ質問。貴方、聖杯に何を願うの?」

それは、ある種の本質を捉える問。
武蔵の見立てが正しいならば、あるいは――これで、はっきりする。
黒死牟が、真に剣の鬼たりうるものなのか。それとも、やはり彼の本質は――

「無論……強さのみ。聖杯に強さを願い、我が剣技を今度こそ最強に至らしめんが為……」

その一言で――武蔵は、理解する。
この鬼の強さの、本質の一端。

「……そう。そうですか。そういうこと」

ああ、そうだ。そう言うのであれば間違いない。
ひとりの剣鬼として、武蔵は黒死牟の存在を見極めた。
この鬼は、厳密には――『剣』の鬼では、ない。
確かに、外道に墜ちてでも力を求める姿勢は理解できる。
だが、そのひとでなし足る所以、求める力の在り様は既に剣を高めるという点にはあらじ。より純粋に、特化した、何かへの妄念を打ち払うための『強さ』でしかない。
      ・・・・・・・・・・・・・・・・
でなければ、己が修練の機会を聖杯ごときに譲りなどするものか。
術理を食らう、刃を交える、どちらも魅力的だと感じていながら、その実彼が求めるのはただ勝利と強さのみ。
――極論、『剣の道の奥を垣間見えたなら死んでもいい』とか、『己が認める剣に斬られるなら本望』などとは思っていないのだ、この鬼は。その点においては、嘗て相対したかの至高天(エンピレオ)の方がまだ上等だ。

(……多分、『それが分かっていても自分では気付けない』のね。考えてみればその通りでした。あの御前ですらああなっては気付けないのですから)

宿業の埋め込み――業(カルマ)の肥大とは言ってしまえばそういうものだ。
己が妄執、世界への祈りが九を占めていたとしても、残りの一を破滅的なまでに拡張する所業。
己が無念を認識しても、その哀切で剣を止めること能わず。いやむしろ、認識してしまうからこそ無念は否定の呪詛と化して一層破滅を加速させる。
いっそ英霊剣豪との相対のように宿業ごと両断してしまえば或いは解放に至れるのかもしれないが、その為には恐らく此方も先を更に越える決死を以て挑まねばならないだろう。そして、そうしたところで結局主人である少女が訳も分からず投げ出されるだけ。
口惜しいが、所詮は多少まともなだけの剣鬼に過ぎない宮本武蔵が出来ることといえば斬ることただ一つに絞られる。
まして彼を――人を妄執より救うなどという行動、まさしく分不相応。
そういうのは、あのまっすぐなライダーや今は彼方にいる嘗ての主。そして――その主と同様に、「消えるべき世界でもなお生きたいと願った誰かを見過ごせない」と謳った、剣鬼の主その人こそが見せるべき優しさだ。

「ええ。ですが、あえて言わせてもらいます」

だからこそ。
その優しさを持つ少女に、僅かでも意識が向いているのならば――まだそこに余地があるのならば。
それこそが、この二人を繋いだ縁だというのなら。

「――貴方もいっぱしの人斬り包丁を名乗るなら、戻るべき鞘くらいは見つけておきなさい。野晒しのままの剣は、ただ錆びていくだけでしょう?」
「……黙れ………!」

ずお、と音を立てて巡る殺気。
いよいよ以て何かの地雷を踏んだか、と身構えつつも、しかしここで引き下がれない。
こうしなければ、

「セイバー」
「………セイバーさん」

その張り詰めた空気を、互いの主が咎めなければ。
瞬時にぎらついた黒死牟の剣が、二人すら射貫いたその瞬間に――武蔵はあえてその剣を収めてみせた。
しかし、位置取りは油断なくマスター二人と黒死牟の中間点。しかも刀の柄には手を添えたまま。
居合の構え
そのまま、数秒の沈黙が流れたかと思えば――

「……ま、そういうことで。少しは貴方の主と話すべきだと感じたけどね。その後――あなたが真に剣の道を賭けて戦うというのであれば、私も改めてお相手しましょう」

軽くそうあっけらかんと言い残すと、彼女はひと時のうちに梨花を抱えて虹花のいる方へと飛び退っていた。
苛立ちに身を任せて追い縋ろうとする黒死牟に、彼女は一言短く告げる。

「……剣鬼を名乗るモノよ。この私に剣を誇るのであれば、その迷い、これ以上見せるな」

侍として、剣を誇る矜持の言葉。
それで一瞬足を止めた彼を、最後に一瞥して――梨花たちは、最早廃墟と化したカフェを後にしたのだった。


『……随分と、剣呑だったのです。大丈夫だったのですか?』
『色々ギリギリだったけど、まあ十分ね。できれば放置もしたくなかったけど釘も刺したし…あとは、アレを引いたのがあの子だったという事実を信じたいわね』

皮下へのアジトへ向かう道。
その道中で、梨花と武蔵は念話を交わしていた。
向こうも念話していることは百も承知だろうが、かといって内容を詮索しても無意味なことくらいは分かっているのか歩みを止める素振りもない。
というか、子供の方に至ってはうとうとし始めていた。レナが見ていたら「お持ち帰り」は間違いないだろうな、と苦笑する。……自分の右側から似たような気配が感じられることは無視しておこう。

『ともあれ、こちらもこちらで一旦正念場になることは間違いないわね。もちろん全部赤裸々にするつもりはないんでしょ?』
『はいなのです。だから、一回あの人たちとも連絡をしないといけなかったのです』

身を守るためとはいえ、ここまである程度赤裸々にしてしまった以上、少なくともアッシュたちとのある程度の合意形成が必要だ。
梨花たちも今はまだ一度言葉を交わしただけで、同乗といえど連携が密とは言えない。ひとつの陣営と共闘でき得るというメリットも持ち込めたとはいえ、独自判断でこれだけのことをやってしまった以上報告だけでもしておかなければならない。
かといって、この場で二人とも向かわなければ皮下は成果がなかったハクジャたちを処分する可能性もあるとなれば、少なくともどちらかは出向かなければならない。
だからこそ、そちらは自分たちが担うしかなかった。
ここで「だから霧子を一人で向かわせた」となれば、自分は283プロの面々から信用されないだろう。それに、283プロの誰と話を通せばよいのかも、自分より霧子の方が詳しい。
更に言えば、敵陣から逃げる最後の手段である令呪を既に一画失っていることや、サーヴァントとの連携が取れていないことも含め――虎穴に飛び込むのは、自分たちの方が都合が良かった。

『283との交戦か、そうでなくても警戒か……緩めてくれればいいんだけどねえ』

――それでも283を追う、と皮下陣営が動くのであれば、是非もなし。
令呪による離脱と逃避行で、なんとか凌ぐしかない。
もちろん、ただ逃げるだけではその後に追い付かれる可能性もあるが――そこに関しても、考えはある。

『なんとなれば――おでんとも協力して、戦うのです』

既に、彼に向けた言付けを霧子に託した。光月おでんという男へのコンタクトと、その内実。
古手梨花とセイバーが七草にちか擁するライダーとの同盟を正式に結んだことと、皮下という医者がマスターである――『黒』の可能性が高めの――主従に会ってくること。
上手くいけば逃げた先で合流したい、と幾つかの合流ポイントも示しておいた。互いに連絡手段を持っていないのが苦しいが、それでも賭けるには値する程に協力な助っ人だ。

『風来坊って本人も言ってたし、会えるかどうかが問題かなー。流石にさっきのアレで死ぬ人ではないでしょうけど』
『一応、住んでいるらしい場所は教えたのです。……いるかどうかは運なのです』

日ももうじき沈む頃だ。
これまでの新宿での大災害が例外であっただけで、聖杯戦争の本番になるだろう深夜に、何等かのアクションを起こしていても不思議ではない。
夜だからとねぐらに戻ったり、その近辺にいてくれれば最高なのだが、果たして。

ともあれ。
彼等が霧子の助けによって合流することができれば、皮下陣営からの離脱後も格段にやりやすくなるだろう。
あの義人が残留と離脱のどちらを選ぶかは分からないが、途中で誰かを見捨てるような人間ではないことは伝わってきた。脱出までは確実に自分たちの力となってくれる筈だ。
彼等と、そしてアッシュたちと力を合わせれば――

(……井の中の蛙。それだけじゃ、ない。井戸の中から、生きたいと願う誰もを救いだせるような……)

そんな可能性は、きっとここから。




その居城に住まう敵が、光月おでんの仇敵であること、未だ知らず。
おでんと幽谷霧子の従える二人の侍が血を分けた兄弟であること、未だ知らず。
皮下と同盟を結んだ北条沙都子が、聖杯を獲るべく暗躍していること、未だ知らず。
沙都子に付き従う人理の影法師が、嘗て武蔵が相対した美しき肉食獣であること、未だ知らず。

さあ――是より向かうは、因縁渦巻く伏魔殿。
其処には、龍が待っている。


【新宿区・皮下のアジトまでの道中/一日目・夜間】

【古手梨花@ひぐらしのなく頃に業】
[状態]:疲労(小)、焦り
[令呪]:残り3画
[装備]:なし
[道具]:なし
[所持金]:数万円程度
[思考・状況]
基本方針:生還を目指す。もし無ければ…
0:皮下の陣地へ。283にどれ程の矛先を向けているか確認、新宿区の大戦の趨勢によっては協力。
1:白瀬咲耶との最後の約束を果たす。
2:ライダー(アシュレイ・ホライゾン)達と組む。
3:咲耶を襲ったかもしれない主従を警戒、もし好戦的な相手なら打倒しておきたい。
4:彼女のいた事務所に足を運んで見ようかしら…話せる事なんて無いけど。
5:櫻木真乃とアーチャーについては保留。現状では同盟を組むことはできない。
6:戦う事を、恐れはしないわ。


【セイバー(宮本武蔵)@Fate/Grand Order】
[状態]:全身に複数の切り傷(いずれも浅い)
[装備]:計5振りの刀
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:マスターである古手梨花の意向を優先。強い奴を見たら鯉口チャキチャキ
0:梨花と共に皮下の陣地へ出向き、動向を見定める。……それはそうとどんなサーヴァントなんだろなー!あとアイちゃんかわいいなー!
1:おでんのサーヴァント(継国縁壱)に対しての非常に強い興味。
2:アシュレイ・ホライゾンの中にいるヘリオスの存在を認識しました。
武蔵ちゃん「アレ斬りたいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。でもアレだしたらダメな奴なのでは????」
3:櫻木真乃とアーチャーについては保留。現状では同盟を組むことはできない。
4:あの鬼侍殿の宿業、はてさてどうしてくれようか。




今した話を伝えるというのも含めて、一度にちかと連絡を取ってほしい――というのが、梨花の提示した答えであった。
正直に言えば、状況が掴み切れていない霧子にとっては渡りに舟の提案ではあった。そこを否定するつもりはなかったし、283の皆と連絡を取れることも含めて断る理由もない。
だが、その話の内容を聞いているうちに、霧子の中では僅かな引っかかりが産まれていた。

(……にちかちゃんの、番号……)

霧子が梨花から渡されたのは、にちかに渡されたという電話番号。
それ自体は、歪な部分は何もなかった。
だが、『夕方に新宿区で会った』という言葉が、どうにも引っかかった。
霧子がにちかと会ったのは、摩美々と会った昼頃。そこから移動した、というのであれば辻褄は合うが、しかしそこから新宿区まで移動して人と会って、を全てこなしたのだろうか?
しかも、聞けば新宿区での待ち合わせはにちかの側が待っていたとのことで――彼女の行動経路が、ひいてはそれらを繋ぎそうなひとつの違和感が、霧子の頭に引っかかっていた。

――やっぱり……283プロが……ざわざわしてる……

何かが、違う。
聖杯戦争だけではなく、もっと根深いところで、自分の知らない何かがあるような、そんな気がした。
だからこそ、まずは摩美々と、にちかと、連絡を取って。
その後、梨花に言われたように、おでんという人物に会えないかどうか試して。
そして改めて、脱出に向けて歩き出そうと、霧子が意を決して――それと、同時に。

「……セイバーさん……」

先程の、梨花のセイバーと話し合ってから押し黙っている自らのサーヴァントに、目を向けた。

「……セイバーさんは、何を……」

何を、聞こうとしたのだろう。
あのセイバーが告げた、迷いについてか。その前、立ち辻を行っていたらしいことか。それとも、もっと別のことか。
霧子がその答えを出す前に――黒死牟は、霧子に詰め寄り、その胸倉を掴んでいた。

「貴様が……何を……知ろうというのだ……」

憎々し気に。
今すぐにでも両足を斬って、死なないまでも自由に行動をできないようにしてやろうかとも言わんばかりの形相で。
黒死牟は、霧子を睨みつけていた。
武蔵の指摘。霧子の言葉。何もかもが腹を据えかねる。
己の剣の在処など、聖杯を求める理由など、強くなる以外の何者でもなく。それ故に、この少女の優しさなど全て邪魔でしかなくて。

「私は……」

なのに。

「色んなものを、知りました……」

目の前で、染みわたるようなこの声を発する少女の言葉は。

「皮下さん……は、まだわからないけど……ハクジャさんに、ミズキさん……それに、アイさんに……梨花ちゃん……そして、咲耶さん………」

――武蔵が黒死牟に向けたような、哀れみの声ではない。
哀れみであれば、きっと今よりも早く斬っていた。自分の百分の一にも及ばぬ強さの幼い少女に哀れまれることなど、あってはならない。
ただ、そう。彼女が求めているものは――きっと、ずっと最初から。

「だから……セイバーさん……黒死牟さんのことも……」

――あなたにとって、辿り着きたい場所はどこですか。
――あなたにとって、暖かい場所は、どこですか。

「暗いだけじゃ……帰り道も、わからないから……って……」

暗いのならば、寒いのならば、暖かい場所に一緒に往こう。
焼かれる炎が熱いとしても、想いが呪いと化していても――その想いには、根源があるはずだ。
その願いの根源こそを、霧子は知りたくて。
知った上で、彼が帰るべき場所に、一緒に歩いていきたくて。

「黒死牟さんが、帰れるように……」

きっとそこで、彼の安息を共に見たいのだと。
霧子は、ずっと謳っていた。
暫しの静寂の後――突き放すように、黒死牟は握っていた手を放り出した。
少し力を入れるだけで、飛んでしまう小さな少女を見下しながら吐き捨てる。

「……………………………………必要、ない」

帰る場所。温かい陽だまり。自分にとっての安寧の地。
  ・・・・・・・ ・・・・・
――あってたまるか、そんなもの。

「……………………帰る場所など、ない………!」

全て。
全て、捨てたのだ。
何もかもを捨てた。帰る場所も、
それほどまでに求めて、飛び込んだ場所は焼かれる焔の中だ。
暖かい?ああ、この身が焦がれる程に熱いとも。今のこの身は、心は、きっといつまでも焼かれている。
その炎を鎮めることでしか、真の安息はない。

「……それでも……」

そう言って背を向け、霊体化した黒死牟の背中をじっと見つめながら、ひとり残された霧子は呟く。
影に隠れるように去った彼が抱いているはずの、記憶のこと。

「お日さまは、きっと、待ってるから…………」

――太陽があるからこそ輝ける、月面が照らすまっさらな反射光(リフレクト・サイン)を。
太陽は今もきっと、待っているはずだと、そう信じたかった。

「黒死牟さんの、お月さまが………お日さまに、光をあげる日のこと………」

だって。
天に浮かぶ上弦の月が、陽が落ちる前も尚、青い空で見下ろしてくれているように。
これ程までに焦がれる太陽の輝きを放ってなお――その太陽もまた、月の傍で佇んでいたはずなのだから。



【新宿区・喫茶店(ほぼ崩壊)付近/一日目・夜間】

【幽谷霧子@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[状態]:健康、お日さま
[令呪]:残り二画
[装備]:包帯
[道具]:咲耶の遺書
[所持金]:アイドルとしての蓄えあり。TVにも出る機会の多い売れっ子なのでそこそこある。
[思考・状況]
基本方針:もういない人と、まだ生きている人と、『生きたい人』の願いに向き合いながら、生き残る。
0:おでんさんと……摩美々ちゃんたちに……色んなお話、伝えなきゃ……
1:色んな世界のお話を、セイバーさんに聞かせたいな……。
2:病院のお手伝いも、できる時にしなきゃ……
3:包帯の下にプロデューサーさんの名前が書いてあるの……ばれちゃったかな……?
4:摩美々ちゃんと一緒に、咲耶さんのことを……恋鐘ちゃんや結華ちゃんに伝えてあげたいな……
5:にちかちゃんと……283プロのみんな……何か変……?
[備考]
※皮下医院の病院寮で暮らしています。
※"SHHisがW.I.N.G.に優勝した世界"からの参戦です。いわゆる公式に近い。
 はづきさんは健在ですし、プロデューサーも現役です。


【セイバー(黒死牟)@鬼滅の刃】
[状態]:苛立ち(特大)、動揺(特大)
[装備]:虚哭神去
[道具]:
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:強き敵と戦い、より強き力を。
0:誰も………彼も………!
1:鬼の時間は訪れた。しかし──
2:セイバー(宮本武蔵)と決着をつけたい、が……?
3:上弦の鬼がいる可能性。もし無惨様であったなら……
4:あの娘………………………………………
[備考]
※鬼同士の情報共有の要領でマスターと感覚を共有できます。交感には互いの同意が必要です。
 記憶・精神の共有は黒死牟の方から拒否しています。




時系列順


投下順


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075:で、どうする?(前編) 古手梨花 102:械翼のエクスマキナ/Air-raid
セイバー(宮本武蔵)
幽谷霧子 092:Hello, world! ~第一幕~
セイバー(黒死牟) 97:新月譚・火之神

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最終更新:2022年03月22日 21:10