百獣のカイドウという男について、光月おでんが知る事は実の所そう多くない。
 カイドウが見習いとして所属していた絶対悪の海賊団はおでんが海に出た頃には既に過去の産物となっていたし。
 ワノ国に凱旋するまでの間…かの怪物について見聞きした覚えもほぼほぼ無かった。
 実際に相見えそしてその手で浮世を去るまでの僅かな時間で抱いた印象が、単なる外道であったならまだ単純だった。
 しかし今おでんの目前で瓢箪を傾け酒を呑む海賊は――宛ら賽の目のように幾つもの顔を持っていた。
 外道の顔。
 武人の顔。
 悪政者の顔。
 そしてらしくない生真面目な顔。
 こうまで多くの顔を持つ人間と、おでんは未だかつて出逢った試しがなかった。
 その性質はおでんが最期に見た時から二十年以上もの年月が経過しているにも関わらず、一切変動している様子はない。
“顔が見えねえ”
 しかし彼の巨躯に横溢する怖気が立つ程の強さは網膜を焼く程燦然とした存在感を放っている。
 ロジャーとその右腕。
 白ひげにビッグ・マム。
 数年間の航海の中で、見上げなければ桁も分からないような強者はごまんと見てきたが。
 彼らにはいずれも分かりやすい顔があった。
 カイドウにはそれがない。
 いや…全てが全て彼の本当の顔なのか。
 放つ覇気の桁と怪物然とした強さ、その両方とてんで似つかないある種の繊細さ。
 愚かしいとは思わない。
 むしろおでんにとってはそれがひどく得体の知れないものに感じられて、恐ろしかった。
「ガキの戯言は届かなかったようだな」
 最後の一滴を喉奥に流し込んだカイドウが言う。
 おでんにもその事は伝わっていた。
 アシュレイ・ホライゾン峰津院大和との交渉にどうやら失敗したらしい事。
 大気を通じて伝わってくる激震と轟く威圧感が、言語などなくともそれを理解させてくる。
「まァ…ライダーには悪いけどよ、予想はしてた。
 全くの戯れ言って訳じゃねェのは知ってたが、ヤマトを揺るがすには時間が足りなすぎる」
 光月おでんは一度峰津院大和と相対している。
 大山のようなガキだとそう思った。
 その癖下手なサーヴァントよりも明らかに強い。
 アイツは伊達でも酔狂でもなく本気で、あの馬鹿げた理想を追い求めているのだと。
 おでんは理解していた。
 理解したその上で、誰かがブッ飛ばしてやらねばならないと考えている。
 あんな才能に溢れた若人が…あんな窮屈な世界を目指してひた走る等間違っていると何度だって断言出来るから。
「此処でおれを止める気か?」
 先に鯉口を切ったのはおでんだった。
 それを見てカイドウが言う。
 霊地を舞台にして果たし合う腹積もりだったが、おでんにその気は無いらしい。
「お前が霊地を抑えれば必ずや惨事になる。そんな万一の危険を抱えながら戦いたくはない」
「ウォロロロロ…道理だな。じゃあ始めるか?」
「おう、始めようぜ。元よりこれはおれ達の因縁だ」
 今、此処に――ワノ国を舞台にした因縁は結実を迎える。
 本来であれば再び巡り会う事など無い筈だった豪傑二人。
 最強の侍と最強の生物が互いの全てを懸けて果たし合う。
 二十年越しの宿命が火蓋となって落ちたその時。
 港区が、揺れた。

    ◆ ◆ ◆

「覇ァッ!」
 カイドウが咆哮する。
 それに合わせて全身から放たれる覇気。
 光月おでん、そして女王リンリンも彼と同じ覇王色の覇気の使い手であるが――それでもこれ程卓越してはいない。
 もはやそれは、カイドウという名の人型の爆弾が爆ぜたのに等しかった。
 物理的な破壊力をすら伴った覇王色の発散が只それだけで増上寺を瓦礫の山に変える。
 爆風にも似た圧力と風圧の前におでんでさえ気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうになる。
 歯を砕けんばかりに食い縛りながら何とか踏み止まるおでんは、猛り狂う明王の姿を睥睨して。
“この野郎…何だそりゃ。鍛え直したにしても程があんだろうが……!”
 改めて二十年の年月を実感する。
 二十年前のカイドウも十分に怪物だったが。
 しかし今の彼は、真の意味でその名を背負うに相応しい存在と化していた。
 信じたくない話だったが、かつておでんが斬ったワノ国の龍王にはまだまだ計り知れない次元の伸び代が残されていたらしい。
「ウォロロロロ…興醒めさせんじゃねェぞ、おでん!」
「お前に言われる事じゃねェんだよ……!」
 天羽々斬、そして閻魔。
 二振りの相棒を包む布を跳ね除け、妖刀と恐れられたその刀身を露わにする。
 地面に鋒を突き立てて身を支え…覇気の奔流が止むと共にそれを抜き、カイドウの顔面へと向けた。
 面食らいはしたが決して恐れはしない。
 臆する事などありはしない、光月おでんの歩みはいつだとて不退転。
 死して尚宿敵と巡り合ったこの運命(さだめ)、自分が過去に成し遂げられなかった討ち入りの再演を天が所望しているものと心得た。
「斬るぜカイドウ。今度こそお前の素っ首落とす」
「来い、おでん。お前という未練を今此処に清算してやる」


 振り上げられる金棒。
 天から落ちてくる轟撃からおでんも逃げない。
 黒い稲妻が天と地の双方から走りせめぎ合う。
 ビリビリと大気を揺らしながらの衝突は、当たり前のように"触れてない"。
 物理接触を介する事すらなく力と力を比べ合う、覇王の器だけに許される極限の戦闘。
 最初に飛び退いたのはおでんの方だった。
 たった一合打ち合っただけで腕が悲鳴をあげている。
 何たる規格外、何たる悪夢。
 直接の戦闘力に限って言うならば――白ひげやロジャーにすら勝るだろうと確信する。
 そうせざるを得ないだけの説得力を、歓喜を暴威に代えて荒れ狂う鬼神は当たり前のように有していた。
「おおおぉおぉォォッ!!」
「ち、…!」
 巨躯は鈍重である。
 そんな常識はこの男には通じない。
 全挙動がおでんのそれより遥かに速いのだ。
 そして速さとはすなわち重さ。
 異次元の速度に破格の膂力を載せて振るわれる一撃は、掠めただけでも容易に意識を刈り取る凶悪な絶技と化している。
「龍には化けねェのか、カイドウ!」
「ウォロロロ! それはあの時にも見せたろうが。おれがしてェのは続きなんだよ、おでん!」
 おでんが避け切った一撃が石畳に叩き込まれる。 
 同時に生じる衝撃波が周囲の地面を軒並み巻き上げた。
 その出鱈目にいちいち驚いてはいられない。
 避けるばかりではなく、おでんも本気でこの怪物を討ち取るべく刃を構える。
 そして息を吸い込む。
 この世界で会得した、カイドウでさえ知る由のない新たなる技術。
「"おでんの呼吸 参ノ具材"――」
 耳慣れない呼吸音にカイドウの眉が動く。
 その時には既におでんは駆け出していた。
 平地と化した増上寺境内を縦横無尽に駆け回りながら、桜舞うように斬撃を繰り出すおでん。
「"逐倭武(ちくわぶ)"!」
 交差した刃の軌跡そのままに放つ黒き斬撃。
 覇王色を纏わせた剣戟は剣豪のそれと呼ぶに相応しい域である。
 しかしカイドウは金棒を振り被るや否や、斬撃に向け叩き付けた。
 単なる力押し。
 されど生半な使い手では決して真似る事の能わない無茶苦茶。
 それで以っておでんの斬撃を紙切れのように突破し、逆にカイドウが加速した。
「――"雷鳴八卦"!!」
「ッ…!? うおわァ~~~ッ!!」
 加速。
 まさに雷そのものに変じたかのような、いやそれ以上の速度での突撃。
 其処から繰り出される殴打の一撃に打ち据えられる事だけはどうにか避けた。
 受け止める動作が追い付いたからだ。
「がはッ…! 馬鹿力が……!」
 しかしそれでもおでんの体は軽々宙を舞い、刀から伝わった衝撃だけで内臓が傷付いたのか口からは血が溢れ出した。
 力が強い者は強い。
 動きの速い者は強い。
 体の巨躯(デカ)い奴は強い。 
 そんな"当たり前"を限界まで極め尽くした怪物。
 カイドウ――自分の挑むものの大きさを改めて理解しながらおでんは空を駆けるようにしてカイドウへ押し迫る。
「"伍の具材 桃源白滝"!」
「妙な…そして聞き覚えのある呼吸だ。そうかお前、自分のサーヴァントから学びやがったのか」
 山の神と畏れられる巨大猪をすら一閃の許に両断した剛剣。
 まともに当たれば目前の明王からさえ鮮血を噴き出させられるとおでんは確信していた。
 威力も切れ味も決して不足はない筈。
 後は己の腕前一つ…ワノ国が九里大名、バカ殿の腕の見せ所だとおでんは奮起する。
 虚空を走る鍋奉行の大一閃。
 それに相対するのは雷鳴八卦、ではない。
 むしろおでんにとってはもっと最悪の返し手だった。
「イイぜ――マネしてやるよ」
 カイドウが極めている覇気は全種類だ。
 武装色、覇王色……そして必然最後の一種、見聞色の覇気も極め終えている。
 見聞色を極め抜いた者は限定的な未来視をすら可能とする。
 それ程までに鍛え抜かれた観察力はおでんの用いる"呼吸"も"技"も、その両方を瞬時にして貪欲に学び取った。
 コォォォ…という独特な呼吸音。
 おでんは戦慄する。
 その音はまさに、自分が継国縁壱から伝授された全集中の呼吸そのものだったからだ。
「"盗人上戸"!!」
「ッ…! お、おおおおおォオオオオオオオ――!!」
 桃源白滝。
 おでん二刀流の技の一つが完璧に模倣され彼を襲う。
 編み出した本人だからこそその再現度には舌を巻く他なかった。
 十割だ。本物と寸分違わない再現度で以って、カイドウはおでんの技を"呼吸"も含め真似てのけた。
 おでんも裂帛の気合を込めてカイドウとの力比べに挑む。
 だがこれ程結果の見えている勝負も他にあるまい。
 吹き飛ばされたのは当然のようにおでん。
 力負けした侍は地に落ち、ゴロゴロと数メートルも地面を転がりようやく止まった。
「…フン、おれには無用の技術だな。おれの体じゃ大した見返りは得られなそうだ」
「ハァ…ハァ……。そりゃ、そうだろうな…! そいつはよ、おれの友達曰く鬼を討つ為に造った技術なんだとよ」
「ほう。そりゃまた皮肉が利いてるな。おれに微笑む道理はねェって事か」
 人間が人智を超えた怪物に…悪鬼に立ち向かう為の力。
 それさえも真似てのける見聞色の練度は、完全におでんの予想を超えていた。
 改めておでんは兜の緒を締め直し、自分の挑む相手の大きさを見直す。
 格上だ――今の己と宿敵の間にある力の差は天と地にも等しい。
 生半な覚悟では届かない。
 命を懸けて刺し違える程の覚悟ですらまだ足りない。
 骨の髄から細胞の一片一片に至るまで、使える全てを使い尽くしてそれで漸く勝負になる。それ程の相手だ。
 その認識は間違っていなかったし、むしろ光月おでんはこれでも幸運の女神に愛されている方だった。
「"金剛鏑"!」
 金棒に込める覇気。
 得物が破裂するのではないかという程にチャージされた覇気を、そのままカイドウは放出する。
 飛ぶ斬撃ならぬ飛ぶ打撃。
 その礫からおでんは逃げない。
 迫る脅威へ真っ直ぐ踏み出して息をする。
「"おでんの呼吸 捌ノ具材"……!」
 次の瞬間、光月おでんの二刀が金剛鏑の覇気塊を両断。
 一時にして千里をも駆けるおでんの健脚は彼を再びカイドウの目前へ届かせた。
「"仙境草那藝(せんきょうくさなぎ)"!!」
 間近で振るわれる黒刀の三連撃。
 カイドウは先の焼き直しのように金棒で止める。
 一撃目を食い止めたが、二発目はさしもの彼も上手くは行かなかった。
 ぐらりと押し退けられる得物。
 三発目の斬撃がカイドウの胸を一閃、切り裂かんとする。
 だが――
「そうだ――それでこそ、お前だ」
 カイドウは不敵に笑う。
 歓迎するような笑顔におでんの背筋がぶわりと粟立った。
 その刹那、おでんは怖気の正体が自身の見聞により垣間見た未来であったのだと理解する。
 鬼が鍛え抜かれた右足を振り上げ、力任せに地面を踏み抜いたのだ。
 おでんも十分にむくつけき豪傑だが、その彼でさえ地に足を着け続ける事は叶わなかった。
「うお、ッ…!?」
「"修羅震脚"」
 踏み鳴らしの衝撃を利用しておでんを上空へ打ち上げた。
 体勢を大きく崩してしまったおでんの三閃目…本命の一太刀は不発に終わり。
 空で何とか防御姿勢を取ろうとする彼の真上に跳び上がるはカイドウ。
 ヤバい、とおでんはこの再戦が始まって最大の戦慄に身を凍らせた。
 カイドウが金棒を両手で掴み、天高く振り上げている。
 デカいのが来る。それも途方もなく危(ヤバ)いのが来る――!
 悟るも、付け焼き刃の防御ではカイドウの本気を阻めない。
 阻める筈などない!
 彼はかの"白ひげ"に並び、生物としての"個"の強さでならば上回ると言わしめた――"海の皇帝"なのだから!
「"降三世"ェ――"引奈落"ッ!!」
「ごが、ァッ――!!?」
 武装色と覇王色、二色の覇気の相乗り。
 黒き稲妻を纏わせた金棒での一閃。
 文字通り天から奈落へ引きずり下ろす天墜の一撃。
 それを受けたおでんは、背中から地面に叩き付けられ。
 白目を剥いて、血を吐いた。
 意識が飛びかける。
 舌を噛むのが少しでも遅れていたならば、光月おでんは敗者として無様に横たわる醜態を晒していたに違いない。
 何とか意識を引き戻しよろよろと立ち上がるおでん。
 だがその姿は、誰がどう見ても分かる満身創痍だった。


「…何だそのザマは」
 それを見たカイドウは不服げに吐き捨てる。
 未だ鬼は無傷。
 ワノ国を衰退させ、民を苦しめた悪竜は健在だ。
 にも関わらずかつて彼を斬った侍は今にも崩れ落ちそうな有様。
 その事が、カイドウには酷く不満であるらしい。
「言った筈だぜ。興醒めさせるんじゃねェとよ」
「ゼェ…ゼェ……」
「たかだか骨肉を砕かれた程度だろうが。おれの知る光月おでんは、殺しても喉笛に喰らいついてくるようなイカれた気骨の男だったぜ」
「おう、よ…その通り。おれァ情けなくも志半ばに、妻子と家臣を残して死に果てたバカ殿だ。
 それがバカの一つ覚えみたいな意地すら張れねえボンクラに成り下がっちまったらよ、いよいよ以って光月おでんもお終いさ……!」
 ――人間の身でサーヴァントと渡り合う事は、本来至難の業である。
 まして相手が神獣神霊の類と並ぶだけの力を持つ怪物カイドウであるのだから尚更だ。
 先刻おでんが相対した神才・峰津院大和でさえ…この怪物の相手は手に余るだろう。
 にも関わらずおでんは今、戦果こそ芳しくないもののカイドウ相手に切った張ったの大立ち回りを演じる事が出来ていた。
 その理由はたった一つ。
 侍・光月おでんは……四皇・カイドウにとって、人の肉体を捨て去っても尚拭い去れない後悔(トラウマ)であるからに他ならない。
「殺せんのか? おれを」
「あぁ。おれはお前を討つ」
「勝てんのか? おれに」
「おう。おれはお前に勝つ」
 サーヴァントは生前の逸話に左右される不自由な存在だ。
 だからこそ一度カイドウを負かし、以後彼の心を縛り続けた光月おでんという侍は彼に対し他の誰よりも強く出られる。
 その剣は龍の体を切り裂けるし、その体は鬼の膂力と張り合える。
 この界聖杯においておでん以上にカイドウへ有利を取れる男は存在しない。
 そのおでんが本気を出して挑んで…それでもこの有様。
 おでんがカイドウに刻んだ"呪い"は、二十年の年月を経て彼の許に返ってきた。
 ――これぞ最強生物。
 ――これぞ、海の皇帝。
 ワノ国を恐怖で支配し、搾取と暴力で蝕み続けた明王カイドウ。
 光月おでんという切り札を以ってしても牙城を崩す事の能わない超越者。
 それでも、おでんはカイドウから目を逸らさない。
 自分が挑み乗り越えるべき"宿敵"を確と見据えて覇を吐く。
「その為に此処に立っている。お前を討つのは…侍(おれ)の役目だ!」
 口元の血を拭って、二本の足で地を踏みしめ立つその長身に震えはない。
 この戦場に喝采はない。
 だが喝采など元より武士(おとこ)の戦には無用とおでんは心得ている。


「…おれがお前を処刑してから二十年後の事だ。おれの前に、一人の男が立った」
 カイドウがポツリと言葉を零す。
 そこにはある種の…少なくともこれまでおでんに向けていたそれとは別種の感情が籠もっているように思えた。
「そりゃあウチの侍か?」
「違う。海の彼方からやって来た、麦わら帽子を被ったルーキーさ」
「……麦わら帽子」
 その言葉におでんは一瞬、思う所のあるような表情を見せたが。
 カイドウはそんな事などお構いなしに言葉を重ねていく。
「三度おれの前で倒れておきながら、そいつは止まる事なく立ち上がって来やがった。
 お陰でおれの計画も鍛えた軍も無茶苦茶になっちまった…折角長年の夢を叶えに行ける所だったってのによ」
「成程な。そいつか、お前を倒したのは」
「あぁ、そうさ。おれァ敗けた」
 今も覚えている。
 麦わら帽子の超新星。
 白き髪に変じてカイドウの前に四度立ち塞がった"自由な男"。
 その拳の前にカイドウは、とうとう玉座を追われた。
 地の底へと沈む今際に見た走馬灯は果たして何であったか。
「"ジョイボーイ"はおれの前に現れたのさ。そしてそれは、お前でもお前の残した侍共でもなかった」
「はは…そうかよ。そりゃ救われた気分だぜ」
 おでんはニッと笑顔を浮かべた。
 救われた気分だというのは決して嘘じゃない。
「実際に成し遂げた人間は違うかもしれねェが…あいつら、ちゃんとやったんだな」
 ワノ国は、救われたのだ。
 自分が最期に未来を託した赤鞘達は…主命を立派に果たしてくれた。
 宿敵の口から聞いたその事実におでんは笑う。
 これが笑わずにいられるか、そんな気分でさえあった。
 酒の残りとおでんの一皿でもあったならば完璧だったのだが。
「ジョイボーイは…"麦わら"はやり遂げた。
 赤鞘の侍がワノ国に連れてきた超新星がおれを蹴落とした。 
 だがどうだ? おれはこうして蘇り、奇しくもあの国によく似た"和の国"に君臨している」
 聖杯戦争における最強の一角として。
 一人のマスターが使役するには過剰すぎる戦力を携えて。
「お前は、ジョイボーイになれるのか?」
 カイドウはおでんへ問うた。
 自分を討ち果たす事が出来るのかという意味合いの問いは、形式だけ見れば先に投げかけたのと同じであるが。
 しかし其処に宿る重みは明らかに違う。
 それに対しおでんは、否定も肯定もしなかった。
「生憎だったな、おれはジョイボーイじゃねェよ。
 お前は知らなかったか? おれはロジャーと一緒に、あの島――ラフテルに行ってんだ」
「阿呆が。今の時代、そんな事はルーキーでも知ってる」
「マジかよ。…まぁいい、なら話が早いな。
 おれはジョイボーイの意味を知っている。
 だからお前の問いにはこう答えるぜ、"人違いだ"ってな」
 海賊王によって笑い話(Laugh Tale)と名付けられたかの島で。
 おでんは、全てを知った。
 大声で笑い飛ばすしかないような馬鹿げた真実を知った。
 そしてカイドウはそれを知らない。
 ジョイボーイとは何なのか。
 ひとつなぎの大秘宝とは何なのか。
 見聞を極めたその観察力でも、脳髄の中までは測れない。
「だが、おれはお前に討つしお前に勝つ。おれは嘘は吐かん」
 おでんが構える。
 それに応じるようにカイドウも構えた。
 先程までの大破壊が嘘のような静寂がしんと張り詰める。
 もはや言葉は不要だった。
 カイドウも、おでんの揺るぎない宣言に更に問いを重ねるのがどれ程の無粋であるかは理解していたから。
 静寂を最初に破るのはおでん。
 白い歯を見せ、何処か冗談めかして言う。
「今やお前も死人だろ。"ひとつなぎの大秘宝"…それが何か教えてやろうか」
「要らねェよ」
 それをカイドウはにべもなく切り捨てて。
 彼もまたおでんに対し返すように、不敵に笑った。
「――いつか自分で獲りに行くさ」
「行かせるかよ、馬鹿野郎が」
 覇気と覇気とが爆ぜる。
 互いの覇気が真っ向からぶつかり合って。
 戦いは第二幕へと踏み入った。


「"雷鳴八卦"!!」
「だッ、からよぉ…! 見えねェんだよそれ! 速すぎんだろ!?」
 容赦のない加速、からのすれ違いざまの一撃。
 相変わらず目ですら追えないが、今度は先刻より上手く止められた。
 金棒を押し返して逆に踏み込む。
 因縁という名の祝福に後押しされて、おでんという"地"はカイドウという"天"へ挑む。
“ありがとよ縁壱! お前のお陰で――おれはこの死人の体で、また強くなれた!”
 呼吸と共に全身へ力を漲らせる。
 鬼狩りの始祖の編み出した技術。
 それを、この鬼神を討つ為に駆使する。
 悪鬼の首魁は既にこの地から消し去られて久しいが。
 まだ鬼は生きているのだ、此処にこうして。
 であれば全集中の呼吸、その粋が発揮されない道理はない…!
「全集中――おでんの呼吸! 肆ノ具材、混・不間鬼(コン・ブマキ)!!」
 回転しながら斬撃を放つ様はまさに竜巻。
「ウォロロロロ…! おれに竜巻を向けやがったのはお前で二人目だぜ、おでんッ!!」
 その挑発に応えるとばかりにカイドウの体が変化する。
 龍へ。ワノ国を脅かし続けた怪物の象徴たるその姿へ。
 そしてカイドウが繰り出すのもまた、竜巻だった。
 龍体が蜷局を巻くように、自ら回転し始める。
 それに伴い撒き散らされる暴風。
 そして龍の開かれたそのあぎとからは、触れれば骨まで切り裂く鎌鼬が無数に溢れ出し――
「"龍巻壊風"……!」
 昨日、雷霆の彼と戦った際に見せた技よりも更に上。
 龍巻と壊風を合一させた天変地異が吹き荒れた。
 その中でおでんも廻る、止まらない。
 むしろカイドウの風を切り裂きながら距離を詰め、そして遂には龍巻の全てを切り裂くに至った。
 地を蹴り空へと跳躍する。
 迫る鎌鼬は二刀で強引に切り落としていく。
 こればかりは手数に優れる二刀流ならではの芸当だった。
 天変地異如きでは、ワノ国にその人ありと謳われた九里大名光月おでんは止められない!
「――道を開けろォッ!」
 剛剣一閃。
 遂に風は分かたれて、おでんを龍の喉笛まで導く足場に成り下がる。
 カイドウは炎を吐きおでんを迎撃するが、これは彼も散々見せられた技だ。
 これはまさしくあの時の再演。
 あの時も光月おでんは龍に化けたカイドウへ挑み、こうして立ち回っていた。
 とはいえ決して同じではない。
 龍体が繰り出す炎の出力もまた、おでんの知るそれとは数段異なっている。
「何処まで真面目なんだお前は。海賊向いてないんじゃねェのか!」
「言われた通り鍛え直してやったのさ。まさか死人に借りを返せる僥倖が降って湧くとは思ってなかったがな…!!」
 炎の連打を時に避け、時に斬り。
 進むおでんの肌は少なからず焼けている。
 その苦悶はしかし足を止める理由にはなり得ない。
 あの時もそうだった。
 ならばたかだか相手が強くなっている程度の理由で、どうして弱音が吐けようか。
 どうして――この足が止められようか!


「…おい。カイドウ――気付いてるか?」
「忘れもしねェさ。同じだな」
 光月おでん、躍動。
 カイドウはそれを只見据える。
 取る構えはやはりあの時と同じだった。
 そしてそれは、奇しくも最適解。
 生前の不覚を再現するという行為は、サーヴァントを相手取る上で間違いなく大正解だ。
 その点、おでんが選ぶ技を"これ"にしたのは実に理に適っていた。
 あの討ち入りの日。
 最強の怪物を斬り、地に臥させた光月おでんの剣の極致。
「"おでんの呼吸 拾ノ具材"――!!」
 天駆ける龍に向けて。
 おでんが放つ剣戟。
 その名は、その名は――!


「――桃・源・十・拳(とうげんとつか)ァァァァァ~~~~ッ!!!」


 光月おでん渾身の斬撃。
 それはあの時と全く同じに、カイドウの肉体を切り裂いた。
 あの日負わせた傷をなぞるように。
 閉じていた傷口から血を噴き出させ、無敵の龍に苦悶を浮かび上がらせた。
「ガフ…ッ!」
 カイドウがこの地で初めて負った手傷らしい手傷。
 そのまま龍が地に落ち、粉塵を巻き上げる。
 おでんはしかし逃さない。
 油断などしない。
 今度こそ決着を着けるべく、止めとなる剣を放つべくカイドウへ追い縋る。
「――終わりだ、カイドウ!」
 確固たる勝利を確信し。
 それでも、やはり微塵たりとて慢心はないままに。
 何があっても対応の利く構えを維持し…おでんは龍の喉笛を狙う。
 やがて粉塵が晴れ。
 おでんの前に姿を現したカイドウは、その胸板からドロドロと血を流しており。
 そして笑みを浮かべていた。
 その姿に――おでんは瞠目する。
「オイ…何だ、その姿は……」
「何度も言ってんだろ。お前に言われた通り、強くなったんだよ」
 青い鱗に覆われた、肌。
 先程までは無かった筈の六本角。
 龍尾が揺れ、只でさえ鋼のようであった筋肉は更に硬く引き締まっていた。
 引き絞られ完全化されたその肉体に隙は微塵とてなく。
 新宿を消し飛ばした小競り合いの折にすら晒される事のなかったカイドウの本気の形態(すがた)がおでんの前に現れる。
“人獣化…動物系の、"覚醒"……!”
 ……ウオウオの実幻獣種、モデル"青龍"。
 それがカイドウの食べた悪魔の実だ。
 後に同じ皇帝として盟を結ぶ女傑リンリンから授けられた禁忌の力だ。
 カイドウは当然その力をも極めている。
 悪魔の実を覚醒させ、人としての肉体と獣としての肉体を合一化させられる領域にまで踏み入っている。
 それがこの姿だ。
 人龍一体の最強形態。
 青き龍人はゆらりと金棒を構えて――おでんも迎え撃つべく構えを取るが。
 光月おでんが次に見たのは、地上の波乱など素知らぬ顔で星々を一面に湛えた夜空であった。



「――――"大威徳雷鳴八卦"」
 おでんは凌ぐ事すら出来なかった。
 その一撃を受け、彼は宙を舞い…そして墜ちた。
 大の字で地に倒れた彼は完全に白目を剥いている。
 今度は舌を噛む事もままならなかったらしい。
 いや、それどころか。
 彼の心臓の脈動は今――完全に停止していた。
「おい、おでん。起きろ」
 返事はない。
 カイドウの一撃はおでんの意識を刈り取り、生命すら絶やすに余りあるものだった。
 その沈黙にカイドウは無言を貫き。
 それから只一言、小さく呟いた。
「…幕が下りたか。長ェ舞台だったぜ」
 ――光月おでんは斃れた。
 二十年を経て再度邂逅した宿敵の前に敗れ去った。
 敗残者として空を見上げ停止しているのがその証。
 海賊カイドウの悲願は、今この瞬間遂に達成されたのだ。
 だというのにカイドウの胸には、不思議と歓びはなかった。
 今度は誰の横槍も入る事なく…純粋に自分の力でおでんに勝てたというのに。
 その心は彼自身ですら驚く程に、空虚だった。
「大和の野郎、龍脈を既に使ったか?
 だとすれば腹立たしいが…まァいい。いざとなれば魂ごと喰って奪い取るまでだ」
 カイドウが踵を返す。
 そして地を蹴ろうとして……最後に一度だけ振り向いた。
 意味もなく振り返った先で、光月おでんはやはり動かぬままで。
 それを確認して、怪物は今度こそ目的地へと向かうべく歩み出すのであった。

【港区・増上寺→移動開始/二日目・早朝】

【ライダー(カイドウ)@ONE PIECE】
[状態]:人獣化、胴体に斬傷(大)、首筋に切り傷、虚無感
[装備]:金棒
[道具]:
[所持金]:
[思考・状況]
基本方針:『戦争』に勝利し、世界樹を頂く。
0:幕は下りた。さらばだ、"侍"。
1:峰津院の霊地(東京タワーとスカイツリー地下)を強奪ないし破壊する。
2:組んでしまった物は仕方ない。だけど本当に話聞けよババア!! あと人の真名をバラすな馬鹿!
3:鬼ヶ島の顕現に向けて動く。
4:『鬼ヶ島』の浮上が可能になるまでは基本は籠城、気まぐれに暴れる。
5:リップは面白い。優秀な戦力を得られて上機嫌。てめェ戻って来なかったらブチ殺すからな
6:リンボには警戒。部下として働くならいいが、不穏な兆候があれば奴だけでも殺す。
7:アーチャー(ガンヴォルト)に高評価。自分の部下にしたい。
8:峰津院大和は大物だ。性格さえ従順ならな……
9:ランサー(ベルゼバブ)テメェ覚えてろよ
10:"ガキども"? ……下らねェ
[備考]
※鬼ヶ島の6割が崩壊しました。復興に時間が掛かるかもしれません







 光月おでんは斃れた。
 宿敵が立ち去る背中を追い掛ける事もなく。
 心臓の鼓動を止めたその死に体で、ただ天を仰いでいる。
 これからカイドウは東京タワーへと向かう。
 それは最早止められない。
 峰津院大和が龍脈の龍を従えて君臨する霊地にあの怪物が乱入する事は最早避けられない。
 死にゆくおでんには、止められない。
 …だが。
 おでんの肉体は普通の人間のそれとは一線を画している。
 強度でも、その生命力でも。
 上弦の壱に山程切り刻まれた傷が現時点でほぼほぼ塞がっているのがその証拠だ。
 そんなおでんの体には、実の所まだ少しだけ猶予が残されている。
 黄泉路へ向かい直すその道筋を引き返せる余地が残っている。
 ワノ国の侍、光月おでん。
 彼の肉体が息を吹き返すのか。
 それともこのまま敗者として朽ち果てるのか。
 その答えは、天の神すら未だ知らぬまま。
 武者の心臓は変わらず無音を貫いていた。

【光月おでん@ONE PIECE】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(極大)、心停止
[令呪]:残り二画
[装備]:なし
[道具]:二刀『天羽々斬』『閻魔』(いずれも布で包んで隠している)
[所持金]:数万円程度(手伝いや日雇いを繰り返してそれなりに稼いでいる)
[思考・状況]
基本方針:界聖杯―――その全貌、見極めさせてもらう。
0:………。
1:他の主従と接触し、その在り方を確かめたい。戦う意思を持つ相手ならば応じる。
2:界聖杯へと辿り着く術を探す。が――
3:カイドウを討つ。それがおれの現界の意味と確信した。
4:何なんだあのセイバー(武蔵)! とんでもねェ女だな!!
5:あの変態野郎(クロサワ)は今度会った時にぶちのめしてやる!
6:あさひ坊のことが心配。頃合を見て戻りたい
[備考]
古手梨花&セイバー宮本武蔵)の主従から、ライダー(アシュレイ・ホライゾン)の計画について軽く聞きました。
※「青い龍の目撃情報」からカイドウの存在を直感しました。
※アヴェンジャー(デッドプール)の電話番号を知りました。
※廃屋に神戸あさひに向けた書き置きを残してきました。
※全集中の呼吸を習得してました。
※仮死状態です。これから息を吹き返すかどうかは、外的要因が無い限りはおでんの気概次第になります。


※増上寺は全壊しました。


時系列順


投下順


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133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) 光月おでん 141:シルエット
133:地平聖杯戦線 ─RED LINE─(1) ライダー(カイドウ) 140:Heaven`s falling down(前編)

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最終更新:2023年01月12日 23:37