貴族(きぞく)とは、
大和朝廷以来、
天皇を中心とする国家において、政治・文化・宗教を担った支配階層を指す。現在においては、権威性が失墜した存在である。
概要
貴族は、血統・家格・職掌によって区分され、律令国家から武家政権の時代を通じても、
宮中の伝統と権威を体現する存在であり続けた。
大和朝廷期、地方豪族の中から天皇に奉仕する一族が選ばれ、宮中の祭祀・記録・軍事に従事した。これが貴族の原初的形態である。
平安時代(800年代~1100年代)以降は、
桐谷家を筆頭とする摂関家による
摂関政治が全盛を誇った。だが、1100年代以降に
宮家が台頭したことで勢力が衰えを見せる。貴族の中には、皇室に輿入りすることで皇統に連なる貴族も存在した。
- 祭祀貴族:神祇を司る
- 文官貴族:律令・記録・法制に通じ、官僚機構を運営
- 武門貴族:衛府や近衛として軍事・警護を担う
役割
政治的役割
- 大和朝廷・・・実務官僚として全国支配を制度化
- 平安時代(800年代~)・・・天皇を神格化する儀礼体系を支え、政治の正統性を保証
- 平安後期(1100年代~)・・・宮家の勢力が急拡大し、皇統に連なる貴族のみが生き残る時代へ
- 武家定書(1400年代~)・・・征夷大将軍が軍事を担い、貴族が主に法制・外交・儀礼を担う時代へ
- 日本宣言(1610年)・・・国号「日本」が定まると、貴族は「朝廷文化」の象徴的存在として存続
文化的役割
貴族は政治権力と並行して文化的権威をも体現した
- 文学・・・和歌・漢詩・物語文学を保護し、宮廷文化の基盤を形成
- 学問・・・儒学・国学・考証学を伝承し、学派を形成。桐谷家は「文献学派」、桂院家は「儀礼学派」と称された
- 芸能・・・舞楽・能楽・雅楽を庇護
最終更新:2025年08月23日 12:30