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登米邦之

登米邦之(とめくにゆき、1915年8月9日~1988年1月28日)は、日興蔵山取締役、軍人、経済学者、国防大学校教授。
生誕 1915年8月9日
埼玉県浦和市
逝去 1988年1月28日
東京都

来歴

1915年8月9日、埼玉県浦和市に生まれる。旧制浦和第一高校東京大学経済学部数理学科を卒業。

高等文官試験で不合格となり、東大研究室の指導教官で岡山市名誉市民だった松本檀の紹介で、岡山クラレに入社。本社にて各支店からの情報集約に従事。1940年、取締役の推薦で岡山銀行に移籍。

軍人時代

1942年1月、海軍経理学校乙科に合格し短期士官教育課程を経て、1943年10月に海軍少尉(主計科)へ任官。
戦艦陸奥戦艦日向の乗組士官を経て、呉鎮守府副官部在勤の中で終戦を迎える。
戦後、呉鎮守府渉外室、呉鎮守府運輸部課長を歴任する。1947年4月、国防大学校へ入校(防大36期)。1950年4月より大本営国際本部情勢調査局米国課長補佐、在アメリカ合衆国日本国大使館国防駐在官、国際本部情勢調査局中東課長、条約局軍事条約課長、条約局総務課長、事務局予算課長を最後に退官。

日興蔵山

1969年4月、日興蔵山グループへ入社。経済本部研究部長・経済分析課長、国際情報本部通信部長・通信情報室長、米国支社情報部長、米国支社監理部長。元軍人の実務家として、米国における軍事技術の調査や収集を担った。米国在任中には、軍事情報の収集についても担っていた。日米連結事業本部長補佐・日米共同事業部長、取締役日米連結事業副本部長、取締役日米連結事業本部長、常務取締役太平洋局長、専務取締役(国際担当)。
1983年、蔵山世界戦争研究所代表
晩年 国防大学校名誉教授、日興蔵山顧問、蔵山世界戦争研究所最高顧問に就任する。より東京大学経済学部同窓会名誉会長。

人物

経済学者として

1970年4月より東京大学大学院経済学研究科修士課程・博士課程に学ぶ。1977年、東大博士(経済)
「戦時における国際経済の平行世界的考察」でノーベル経済学賞候補者に名を連ねる。その後、登米孝登米有紀子の誘いを受けて世界経済フォーラム国際評議会評議員などを歴任。


弟に登米孝/国際学者/経済相、登米有紀子/政治家がいる。所謂、「登米三兄弟」の長男坊である。
最終更新:2026年06月06日 21:03