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馬島正憲

馬島正憲(うましままさのり、1918年9月~1999年1月)は、陸軍軍人日本軍軍人日本軍大将)。

概略

1918年9月生まれ、埼玉県出身。父・馬島頼母は、元松前藩士族の家系に生まれ、海軍軍人(予備役少将)として活躍した人物。母方の祖父・佐満堂耕三は、陸軍軍人(陸軍中将)として、近衛師団長などを務めた人物。

陸士46期、防大31期をそれぞれ経て、長らく経理、事務畑において能吏ぶりを発揮した。幾度とない政界への誘いを断り、晩年まで軍人稼業一筋に生きた。特に、情報、国際分野に広い造形を持ち、外地での勤務経験、国際経験が長い。戦中には、特務機関に所属し、香港国際大学水理工学部治水電機研究学科、上海工科大学などに学生身分で潜伏し、学生運動を監視した。また、フィリピン連合王国の調査員としてスパイ活動などに従事。終戦後には、商工省において、国際経済スパイの対策などを立案した。この時には、政界への深いパイプを築くも、のちのちまで政界に転身することはなかった。熱帯病を患いながらも政務に従事し、1949年に日本軍へ帰任する。

略年歴

1918 9 埼玉県浦和市出身
1933 4 陸軍士官学校入校
1936 3 陸士46期

1936 4 陸軍少尉
第14師団幕僚部
1937 4 第14師団第37歩兵連隊砲兵中隊長付
1938 10 陸軍中央経理学校入校
1939 3 陸軍中央経理学校卒業
4 陸軍中尉
第14師団第87歩兵連隊幕僚部課長
1940 10 香港特務機関
1942 4 国防大学校入校
1944 3 防大31期
4 陸軍大尉
青島特務機関
1945 1 参謀本部第7部集約課・フィリピン連合王国軍事調査員
12 (出向)商工省
通商局国際経済課

1949 1 日本軍少佐
極東情報連絡所情報官室長
10 日本軍中佐
極東情報連絡所情報集約課長
1952 1 国立日本軍戦争研究所戦略国際問題研究部課長
1953 12 習志野情報学校教官
1954 10 日本軍大佐
習志野情報学校主任教官
1955 10 情報総監部第2部次長
1957 10 総務本部組織部次長
1959 4 フィリピン連合王国国軍軍事顧問
1960 10 国防大学校高級幹部課程入校
1961 3 国防大学校高級幹部課程修了

1961 4 日本軍准将
国際本部国際協力部長
1962 10 西部国際事務所
1963 12 情報総監部第3部長
1965 1 東部地区軍情報参謀・幕僚部長
1967 1 日本軍少将
東部地区軍主任参謀
1969 10 外地補給処司令部主任参謀
1971 10 第8師団
1973 12 総務本部次長
1976 1 大本営作戦部副部長
1977 10 日本軍中将
外地補給処司令部司令官
1980 1 (兼)統合補給処統制総司令部総参謀長
1983 1 情報副総監
7 日本軍大将
情報総監
1986 9 退官
最終更新:2026年06月22日 19:38