様々な場所を見た末に、アルスが見つけたのは自分の家だった。
煙突からは、母さんの焼いた魚と、アンチョビを塩漬けにした時の匂いが流れてくる。
臭いとか、香ばしいとかではなく、どこか心を落ち着かせてくれる匂いだ。


ここに家族がいて、マリベルがいる。
ずっと好きで、これからも好きでありたい場所だ。
ギイと少しきしむ木の扉を開けて、家の中に入る。


「良い家ね。」
「うん。世界を旅して、ここより良い家を見たけど、やっぱりこの家が一番好きだな。」

「ただいま、母さん。」
どういうわけか、アルスの母マーレの姿はなかった。
まあ、買い物でも行っているんだろうと考える。
そこに、魚が火にかけっぱなしなのに気付いた。
このままじゃ魚は焦げるし、火事になる可能性もあるので、火を消す。


料理をそのままにしておき、梯子を上り、2階へ上がる。
ベッドを見ると、アルスの瞼は一層重くなった。


アルスとマリベルは、1つのベッドで眠りに落ちようとする。
暖かい、幸せな少年と少女が1つになる瞬間。
それは大して、特別な景色でもない。
特別では無いが、それゆえにアルスは優しく、穏やかな笑顔を浮かべていた。























(…………………………………………………違う!!!!!!!!!!!!!!)


「どうしたの?アルス、一緒に寝ようよ。私、アルスのこと好きよ。」
違う。絶対に違う。
何が違うのか分からないが、違うという事だけは分かった。


「お前は誰だ!!」
アルスはマリベルに怒鳴りつける。
「変なことを聞くのね。あたしはあんたの知ってるマリベルよ。アミットの家に生まれて、フィッシュベルで育った……。」
「その口を開くな!!」

今になって、アルスは気づいた。
本物のマリベルならば、絶対に自分に対して好きとは言わないと。
横っ面をはたいてくるのがマリベルなのだと。


「アアアアあああるるるルルルルルススススススすすすすすす」
マリベルの顔が、次いで全身が漆黒に包まれ、スライムの様に形を変えて行く。
それが再び形を作られていくと、目の前にはザントの姿があった。


「宴は楽しんでもらえたかな?幸せな日々を取り戻せて、良かったかな?」
「うるさい!!僕を元の世界に戻せ!!」
アルスはザントに目掛けて言い放つ。
「元の世界?戯言も大概にするがよい。」

ザントが指を鳴らすと、アルスの胸に激痛が走った。

「既に心の臓を刺され、死した今、元の世界に居場所があるとでも?」
「!!」
胸に手を当てる。
傷こそは無かったが、その奥にあるはずのそれは、動いていなかった。


「諦めろ。あの幻影に気付いたのは予想外だが、もうどうにもならぬ。全てを影に委ねれば良かろう。
それとも、影の世界でもう1度死んでみるか?」

ザントの両手に、真っ黒な魔力が溜まる。
(本当に、本当に何も出来ないのか?)


その時だった。
何処からともなく現れた黒い糸の様なものが、ザントの全身に絡み付く。

(!?)
闇に紛れて非常に見え辛いため、それが髪の毛だということに気付くのに僅かながら時を要した。

「な、何だ?」
ザント自身も驚く。
しかし、驚いている暇も無く、髪の毛はどんどん増えていく。
その能力から考えて、山岸由花子がいたのかと思ったが、髪の先にいたのは似ても似つかぬ、黒髪の巨漢だった。


「君は?」
「俺の名はブラフォード。君が持っている剣のかつての持ち主、と言えば良いか。」
本来ならば、決して起こりえぬはずの奇跡だった。
既に死したはずの剣の持ち主が、次の持ち主に語り掛けてくるなど。


「悪に挑みし勇気ある少年よ。時間はあまりない。だが、名前だけ聞かせてくれ。」
「アルス……。」
「そうか、アルスよ。俺の髪が指してある方向に向かえ!!」
「離せ……離せええ!!」

ピョンピョンと猿の様に暴れるが、いっそう髪は強く絡み付き、ザントを拘束し続ける。
だが、一房だけザントを縛っておらず、別の方向を指した髪があった。

「ありがとう!!」
アルスはその方向に向かって走って行く。

「俺もかつて愛した女を失った事実に耐え切れず、悪に身を委ねた。異なる世界の友人よ、お前の瞳から俺を救った勇者と同じものを感じる。
だから、行け!!振り返るな!!俺のようになるな!!」


初めて出会った剣士の声が、アルスの背中を押す。
段々声援が小さくなると、その先にいたのは、マリベルだった。


「ようやく気付いた?あんたって本ッッ当にドンくさいんだからねえ!!」
この強気な口の聞き方、間違いない。本物のマリベルだ。
「あらあら、何泣いてるのよ。まだやることがあるんじゃないの?」
「ごめん……マリベル。」
「謝るなら、自分のやることを全てやってからにすれば?このマリベル様がそれさえも待てないぐらい気が短い女だと思っていた?」
「思ってないよ。」


そして、マリベルはアルスの手を強く握った。


「そうだ。1つ言い忘れていたことがあったわ。」
「何?」
「前、あたし言ったわね?『死が必ずしもその人の価値をなくしちゃうとは限らないわよ。もしアルスが死んでもあたしはきっとアルスのこと忘れないもの』って。
その通りだったでしょ?」

フォロッドで、人の死をこれまでより目の当たりにしてきた僕にかけてきた言葉だった。

その時、アルスが思い出した、彼が冒険で一番印象に残った言葉はそれだった。
初めて彼は、『冒険のこれからのこと』を考えるきっかけになった言葉だから。
どれほど世界を変えられるのか、結局変えられぬままなのか、その果てで何かを喪うのか。
その言葉は本当にその通りだった。
マリベルはこんな場所でも、アルスの言葉を覚えていた。
彼女との思い出を確かめられて、それだけでよかった。


きっと、元の世界に戻っても、残りの命はほんのわずかだ。
だけれど、自分のことを知ってくれる人がいる、無駄じゃ無いってことが分かっただけで戦い続けられる。
命が残り僅かならば、閃光のようにその僅かな時間だけ輝くだけだ。


「行ってらっしゃい!!アルス!!」
「行ってきます!!」


影に覆われた世界を走って行く。
身体の痛みが戻って来る。
刺された心臓が、凍傷が、火傷が、切り傷が、全ての痛みが新鮮になって来る。
だが、それは光の世界に戻ってきているということだ。


「うおおおおおおおあああああああ!!」
雄たけびを上げ、痛みに抗い続ける。


(勝つ!!)
(ザントじゃない!!)
(オルゴ・デミーラじゃない!!)
(ガノンドロフにでもない!!)



(自分に勝つ!!!!!!)


そして、痛みが最高潮になる中で、アルスの両の眼に、知っている景色が飛び込んできた。
早速、ガノンドロフの胸に斬撃を見舞う。
その一撃は浅く、とどめを刺すには至らなかった。
だが、ガノンドロフに衝撃を与えるには十分すぎる瞬間だった。


「みんな……ごめん。」
「な……なぜ……。」

ガノンドロフは、驚愕のあまり目を見開いた。
最も、リンクもルビカンテも反応は大して変わりはなかった。
嘘のような出来事だ。
だが、影の虜になったアルスが元に戻ったフリをしているとか、そういった嘘ではないことは分かった。


影の剣に操られていた時と違い、両の目は決意を秘めた人間の目をしていたからだ。


アルスの右手の痣が輝く。
その瞬間、胸に刺さっていたままの剣は、光に包まれる。その剣を胸から抜いて、投げ捨てた。
忘れるなかれ。
彼はトライフォースに選ばれた勇者では無いが、水の精霊に選ばれしエデンの戦士なのだ。


「ど、どういうことだ……。」
影の剣を消すなど、今ガノンドロフが持っている聖剣の力が無ければ出来ない筈だ。

「色んな人が、影に飲まれそうな僕を助けてくれた……。」
死の寸前とは思えないほどの力で、異なる世界の友人の剣を握りしめる。
アルスは、勇気ある人間などではない。
世界を取り戻す冒険に出るたびに、失うものが怖くて仕方が無かった。
でも、その恐怖はもうない。
喪っても、失ってもその相手を覚えていられるし、自分のことを覚えてくれる相手がいると分かったからだ。


「僕は、お前を許さない!!」
右手のブラフォードの剣に、雷が宿る。

「ギガ、スラーーーーッシュ!!」
「ぬぐおおおおお!!!」
勇者の雷が剣に集まり、ガノンドロフの右肩から脇腹までを斬り裂く。
本来なら最早ギガスラッシュを放つ魔力は切れていた。
しかし、影の剣が齎した魔力が、皮肉なことにアルスの魔力を復活させたのだ。

「俺も忘れるな。」
リンクは大きく隙が出来たことを見つけ、前転を繰り返して敵の目の前に突っ込む。
一度剣を鞘に納める。


―――伍の奥義、居合い

さらに、魔王の傷を増やす。


その瞬間を見て、ルビカンテは涙を流した。
どういう理屈かは分からぬが、あの少年は自らが終ぞ乗り越えられなかった闇を、乗り越えたのだと、自ずと伝わった。

初めて、彼は正義の心を持つ人間を認めた瞬間だった。



「その程度で勝ったと思うな!!勇者共!!」
ガノンドロフは全身を血で汚しながらも、敵意を飛ばす。
魔法の剣で地面を引っ掻き、氷の力を秘めた衝撃波が襲い来る。


「ファイガ!!」
しかしその壁は、炎の力で撃ち飛ばされた。


「隼斬り!!」
文字通り隼のように鋭く速く放たれた攻撃を、一発は受け止め、もう一発は後方に退くことで無力化させる。

―――参の奥義 背面斬り

その退いた背を、リンクが斬りつける。

「急所突き!!」
心臓に目掛けて放たれた一撃を、魔王は即死だけを免れるために最低限の動きで回避する。
その剣は心臓スレスレを傷付けるが、死ぬことは無い。


そのまま左手の拳で、アルスを突き飛ばす。
そして、リンクの放った回転斬りを跳躍して躱す。
魔王は逆転の一撃を狙い、まずはリンク目掛けて魔法の剣を振り下ろす。

後方にいたルビカンテは、もう間に合わない。
だが、アルスはリンクを突き飛ばしたため、事なきを得る。

その代償でアルスは大きく肩から腿にかけて切り裂かれるが、既に死しているアルスにとっては大したダメージではない。


「これで終わりだ!!魔人斬り!!」
渾身の力を込めた一撃を放つ。
本来なら命中率が著しく低いが、この至近距離なら外さない筈。


「くっ……」
だが、その一撃は当たらなかった。
攻撃は最大の防御と言わんばかりに、ガノンドロフはアルスを蹴とばし、自分も後退してさらに距離を離す。


「行くぞ!!」
「勿論だ!!」

距離を離されても、2人の緑の勇者は剣を再び構え、ガノンドロフに斬りかかる。


「ギガ……スラッシュ!!」
「でええやあああああ!!」

しかし、ガノンドロフの周囲に三角の結界が現れ、二人の攻撃を食い止めようとする。
この勢いならば、2人は止まらず結界に激突する。
魔王はそう思っていた。


「「うおおおおおおおお!!」」
アルスは勇気の雷を纏った剣で、結界を破ろうとし始めた

(ま、まさか!?)

ギガスラッシュだけではない。
リンクの正宗もまた、結界を破ろうとしていた。
1本の剣は勇者の雷を浴びて黄金に輝き、もう1本の剣は炎を浴びて紅蓮に輝く。


魔法剣を使えないリンクは、この世界で魔法剣をマスターしたのだろうか。
答えは否である。

「行けえええ!!!」
「助かる!!」
ルビカンテがファイガを、リンクの正宗に纏わせる。


「ぬおおおおおおおおお!!!」
魔王は必死で結界を守ろうとする。
2つの力を秘めた剣が、魔王の結界を破ろうとする。
それはまさに、2つのギガスラッシュ。
いや、ギガ・クロススラッシュと言うべきか。


「「ぶち抜けえええええええええええええ!!!!!」」

魔力の壁が二人を襲おうと、凍結の力が二人を凍らせようとしても、2人の心の炎は消えることは無い。
赤と黄金で造られた十字架が、氷と光の結界を破り、ついに魔王を貫いた。
2つの斬撃は、魔王がかつて処刑された時の傷を中心に交わる。

「これで終わりなのか?我は。」

腹に大きな十字の傷を浮かべたガノンドロフは、疑問符の付いた言葉を発しながらも、どこかその結果を受け入れている様だった。

「ああ。」
リンクは短く答えた。

「そうか……。だがこれで全てが終わったと思うなよ。我と緑の勇者が再び相まみえるその時まで、せいぜい足掻き続けて見せよ。」
それは、魔王ガノンドロフが浮かべた最後の笑みだった。
魔王は、後悔も懺悔も無く、笑みを張り付け、立ったまま事切れた。


この瞬間、勇気の剣士と力の魔王の物語が、1つ幕を閉じた。



「やった……。」
小さく呟いた後、言葉にならない雄たけびを上げた。
勝利の喜びか、失ったものに対する悲しみか、それは分からない。


これまでリンクが培ったものが、彼の脳裏に止めどなく流れていく。
咽喉が枯れるまで叫ぶと、少年の地面に倒れこむ音が聞こえた。よく見れば、彼が持った剣も折れている。


「君!!しっかりしろ!!」
名前も知らない、僅かな間だけの戦友を呼びかける。
けれど、既に鼓動の音は聞こえなかった。
既にアルスは戦いで猪の牙を刺された時、死んでいた。
一度蘇り、戦いに参加していただけでも奇跡でしかないのだ。


「アルス……だよ。僕の名前……。」
「アルス!!しっかりしてくれ!!魔王を倒した!!ありがとう、君のおかげだ。」
リンクは叫び、ザックを開けて何か助けられそうな物を探す。
しかし、彼の死はどうしようもなく不可避の事実だった。
イリアを、姫を、そして戦友を助けられなかったリンクは、アルスの顔に雫を零す。

「回復魔法ではどうにも出来ん。」
ルビカンテはただそれだけ呟いた。

「最後に……お願いがある……。僕の仲間、メルビン……さんと、アイラと……友達になって欲しい……。」
「最後とか言うな!!まだ君は目的を果たせてないだろ!!」
必死で揺さぶり、意識を取り戻そうとする。


「マリベル……僕は君のこと、好きだよ。」
最後に、恋人の名前を呟き、言葉を話さなくなる。

「ガノンを倒せたのはアルスのおかげだ。だから、お前のことを忘れない。
必ずデミーラを倒すよ。」

別れの言葉を告げた後、涙にぬれた瞳で、ルビカンテを見る。

「ルビカンテ。」
「良いのか。」
「ああ。」

魔力を切れかけたルビカンテが、最後の魔法を唱える。
冷たくなったアルスの遺体を炎が包み込む。
それは彼の放った魔法の中で、一番優しい炎だった。








【キングブルボー@ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス 死亡】
【ガノンドロフ@ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス 死亡】
【アルス@ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち  死亡】


【残り 32名】






【B-3と4の境目/草原/一日目 昼】

【リンク@ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス】
[状態]:ハート1/15 肋骨一本損傷 服に裂け目 所々に火傷 凍傷 疲労(特大) 死霊使い(佐々木ユウカ)に対する怒り(大)
[装備]:正宗@FF4 トルナードの盾@DQ7
[道具]:基本支給品 ランダム支給品0~2  水中爆弾×5@ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス アルスのランダム支給品1~2 (武器ではない)
[思考・状況]
基本行動方針:主催を倒す
1.イリアを操っているはずの死霊使いを殺すか。
2.ピンクのツインテールの少女(彼女が殺し合いに乗っているかは半信半疑)から、可能ならば死霊使いの情報を聞く
3.アルスの想いを継いで、仲間を探し、デミーラを必ず倒す

※参戦時期は少なくともザントを倒した後です。
※地図・名簿の確認は済みました。
※奥義は全種類習得してます



【ルビカンテ@Final Fantasy IV】
[状態]:HP 1/20 魔力0 疲労(特大)
[装備]:炎の爪@ドラゴンクエストVII フラワーセツヤク@ペーパーマリオRPG 
[道具]:基本支給品 
[思考・状況]
基本行動方針:この殺し合いを終わらせて受けた屈辱を晴らし、生き延びた者と闘う
1.とりあえず休む


※少なくとも1度はセシルたちに敗れた後です。



【アイスナグーリ@ペーパーマリオRPG】
ガノンドロフに支給された、青白いハンマーの姿をしたバッジ。
これを使うことで、体力や魔力と引き換えに敵をダメージと共に氷漬けに出来る「アイスナグーリ」を使える。
原作ではFPを使うが、誰が付けたかによって体力だったりMPを消費したりする。
また、ハンマーによる攻撃だけではなく、剣や槍などでも追加効果がある。


※ガノンドロフ、アルスの周囲には、折れたブラフォードの剣@ジョジョの奇妙な冒険、柊ナナのスマホ@無能なナナ  マスターソード@ゼルダの伝説トワイライトプリンセス 火縄銃@新世界より ガイアーラの鎧@ドラゴンクエスト7、美夜子の剣@ドラえもん のび太の魔界大冒険、アイスナグーリ@ペーパーマリオRPGが落ちています。



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066:愛する人へ 時系列順 075:見えざる刃
投下順 068:切望のフリージア(前編)
058:炎の裏で思考する者達 ルビカンテ 083:影濃くなれども
リンク
053:おんぼろ アルス GAME OVER
066:ジジ抜きで警戒するカード ガノンドロフ
最終更新:2022年07月10日 10:18