とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 1-434

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匿名ユーザー

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 サーシャ=クロイツェフは現在、上条当麻の部屋に居候している。
 ――断っておくが、上条が強要したわけでも色っぽい事情があるわけでもない。
 正式な滞在場所が決まるまでの間、サーシャは土御門元春の部屋に間借りする予定だったらしい(土御門本人は仕事で一時ロンドンに)。しかし昨晩は、何故かその部屋を土御門の義妹の舞夏が占領してしまったため、他に行く場所もなかった彼女は仕方なく上条の部屋に泊まることになったのだ。
「それならいっそのこと、任務が終わるまでここにいれば?」とインデックスが言い出した時は、初め上条は冗談だと思った。インデックス一人でも手を焼いているというのに、そこに似たようなのがもう一人加わってしまえば、財政的にも社会的にも上条さん家は崩壊する。
 しかし、これまた何故かサーシャがその話に乗ってきた。「連絡の手間が省ける」「拠点は集中させておくべき」「意外に食事が美味しかった」などというのがその理由。最終的には紅白シスターによるステレオ説得が実行され(隣室の舞夏が聞いた「ぎゃあぎゃあかしましかった」とはこのあたり)、「二宗派から与えられた作戦資金から食費くらいは出す」とまで言われてついに上条も折れたという話。
 上条としては、隣の部屋が空くまで、という条件をつけたつもりなのだが、サーシャが彼の部屋にいる限り舞夏が監視を止めることはないため、実は無意味だったりする。知る由もないことではあるけれど、こんなところでも上条当麻は不幸だった。


 さて。
 色々あって、帰り道。夕陽暮れなずむ学園都市を、上条とサーシャは並んで歩いている。
 校門で分かれた吹寄達には「送り狼」がどうとか散々に言われたが、帰る学生寮(おうち)が一緒なのだから仕方ない。もっともそのことをクラスメイトに話せるわけもなく、単に同じ方向だから送っていくだけだと言い訳しておいた。
 サーシャは歩きながら、言祝からもらった自分用の台本を熱心に読んでいた。転ばないのが不思議なくらいの集中っぷりである。なんだかもう、目的と手段が美しいまでに入れ替わってしまってると思うのは上条だけだろうか? 左手に台本を持ち、右手でめくっている彼女は、当然あの手提げ袋は持っていない。
 帆布を張り合わせたような丈夫な手提げ袋は、今は上条が持たされていた。中身の拷問道具は、釘一本に至るまで何らかの魔術的加工が施された霊装であるらしく、右手で持つことは出来ない。利き腕でない方の腕でこれだけの重量を持ち上げるのは大変だった。
「……はぁ」
 しかし、そんな荷物よりも何よりも、今は上条自身の気分の方が重かった。
 思わず漏れたため息に、サーシャが台本から顔を上げて覗き込んでくるが、空笑いを返すことしかできない。
 理由は一つ。そしてその理由に向かって歩いているということでもう一つ。
「……はぁ」
 やがて、学生寮(おうち)が見えてきた。



 夕食後。
「うん。いいんじゃないかな。闇雲に探し回るよりずっと効果的だと思う」
 上条シェフ渾身の一品、ふわふわ卵のオムライスを真っ先に食べ終えたインデックスは、一通りの話を聞いてそう言った。
 一端覧祭の出し物で上条の学校が「シンデレラ」をやること。
 その役者に唐突に上条達二人が抜擢されてしまったこと。
 そして、劇の舞台を利用して「灰姫症候(シンデレラシンドローム)」の捕獲を狙っていること。
 二人の話を聞いた上でのインデックスの反応は、なんというか、あまりにいつも通りだった。
「……どしたのとうま? 私の顔になんかついてる?」
「え? あー、とりあえず口のまわりのケチャップは拭いときなさい」
 “だからこそ”、上条は不安になる。


 大覇星祭では「刺殺杭剣(スタブソード)」だの「使徒十字(クローツェディピエトロ)」だののせいであんまりかまってやれず、彼女を長いこと一人ぼっちにしてしまった。三毛猫だけを抱いて寂しそうにしていたのですよー、と後になって小萌先生に聞かされたりもした。
 だから今度の一端覧祭では、その埋め合わせにはならないかもしれないけれど、できる限りインデックスと一緒にいようと思っていた――のだが、その矢先にこれだ。
 出演者という立場になってしまった以上、祭りを見て回れる時間はかなり削られてしまうだろう。
 しかも――しかもだ。上条だけではない。新しい同居人、新しい友達になったばかりの赤い少女もインデックスを置き去りにしてしまう。
 一つ屋根の下で感じる疎外感というのはどれほどのものだろう。
 ティッシュを三枚も使って口を拭っている様子は、普段と変わらないように見える。“そのように装っているだけなのではないか”というのは上条には判断できない。
 こういう時、上条は月詠小萌という教師をすごいと思う。あの人は生徒の気持ちを敏感に察し、妥協ではなく打開のための策を探し出せる人間だ。人生経験未だ浅い一少年である上条当麻には、遠く及ばない領域である。
 インデックスは使い終わったティッシュをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り込み、
「ふう。それじゃサーシャ。具体的な方法を考えよっか。演劇を見る人が持つ『シンデレラ姫』のイメージを、どれだけ舞台上の『サーシャ=クロイツェフ』に近づけさせるかがポイントだね。まあこれはいい演技をすればいいってことだけど、細かな身振り手振りに魔術的意味を含ませることで若干ながら効果を上げることができる。こういうのは天草式が向いていると思うんだけど……」
 食後の一杯(麦茶)を飲んでいたサーシャは平たい声で、
「私見一。インデックスの知識があっても、一朝一夕に学べるものではないだろう。ロシア式で代用するしかないかと」
「そだね。かと言ってサーシャの霊装を舞台に持ち込むのは難しそうだから――――――だからとうま。そんなにじろじろ見られてると気になって仕方がないかも。今度はマヨネーズでも付いてるっていうの?」
「いや、そういうわけじゃないんだが……」
 上条は逃げるように目をそらした。自分でもわざとらしかったと思うが、まさか面と向かって「お前、無理してないか?」と尋ねられるわけもない。どうにかごまかすことはできないものかと思考を巡らせるのだが、
 しかし。
「……………………………………、」
 こんな時ばかり察しのいい白シスターは、ふっと半目になった。ちなみにこの時点で赤シスターは食後の一杯を再開している。我関せずといった様子だ。
 インデックスは上条の袖を掴み、
「とうま、とうま」
「な、何でしょう?」
「もしかしてとうま、私が一人だけ仲間外れになるからって拗ねるとか思ってた?」
 ドキ、と上条の心臓が凍る。
「い、いや、全然そんなことないぞ?」
 とっさに浮かべた素敵スマイルは、しかし少女の表情を一層険しくし、
「もしかしてとうま、私が一人だけ仲間外れになるからって拗ねるとか思ってた?」
「だから、」
「もしかしてとうま、私が一人だけ仲間外れになるからって拗ねるとか思ってた?」
「あの、」
「もしかしてとうま、私が一人だけ仲間外れになるからって拗ねるとか思ってた?」
「えっと、」
「もしかしてとうま、私が一人だけ仲間外れになるからって拗ねるとか思ってた?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ハイ」
 折れた。



 インデックスは呆れたようにため息をついて、
「とうま。私はそんなに大人気なくないかも。『いちはならんさいー』っていうのが聖誕祭(クリスマス)や復活祭(イースター)みたいに大切なお祭りなら、準備も本番もとても大事で大変なんだってわかるし、そのために当麻が努力するって言うのなら私が怒る理由なんてどこにもないんだよ? サーシャも一緒にっていうのは確かに羨ましいし、寂しいとも思うけど、それ以上に頑張って欲しいって思うもん。……第一、これは『灰姫症候』を捕まえるための作戦でもあるんだから、むしろ当麻はそういう意識も持ってなきゃだめなんだよ」
 シスターのように、シスターらしく、シスターとしてお説教を始めた。
 その顔はどこまでも真剣で、強がりでも投げやりでもなく、本当に本心なのだということが伝わってくる。
 上条は自分の浅はかさに身が縮こまる思いだった。
(う、うう。あのインデックスが、あの暴食シスターがいつの間にかこんなにも立派な考え方をするようになっていたなんて。上条さんは、上条さんは……! ――よし。なら、インデックスのためにもサーシャのためにも、俺は、「シンデレラ」を成功させることに心血を注ぎまくる所存であります!)
 延々と叱られながら、上条当麻は決意を新たにする。どの道『灰姫症候』がらみでは役立たずなのだ。ならばここで全力を使わずにいてどうする。
 おっしゃー、と拳を握り締めた腕を、横から引っ張る手があった。
 首をひねって見ると、サーシャが上条の服の袖を指先でつまんでいた。その仕草に彼は何となく夏の『ミーシャ』を重ねてしまったのだが、頭を振ってそのイメージを払い、
「どうかしたのか? あ、オムライスのおかわりならないぞ」
「…………私見二。それは非常に残念ではあるけれど」
 と言いながらどこか釈然としていないような顔で、サーシャは新聞の折込みチラシのような紙を差し出してきた。一見何の変哲もない紙だが、どっこいここは学園都市。チラシやトイレットペーパー、ティッシュペーパーなどに使われている紙は全て廃材利用の再生紙で、しかも土に埋めておくとインクごと自然分解するというエコロジカルな代物だ。
 が、ここで問題なのはどんな紙かではなく何が書かれているかだ。上条は受け取ったチラシを顔の前に広げてみる。派手な色使いに、隅に押された運営委員の承認印。どうやら一端覧祭関連の宣伝チラシらしい。
「なになに……第七学区三番臨時会場、ってウチの学校だよな。えっと? 『のど自慢大会出場者募集の――』」
「む、とうま。人がお説教してるっていうのに何サーシャとおしゃべりなんかして――――ってうわああああああ!?」
 上条の手元を覗き込んだインデックスがいきなり悲鳴を上げた。
 上条は思わずのけぞったのだが、
「ダ、ダメそれ見ちゃダメなんだよ見るな見ないでとうまのばかぁッ!?」
「うおっ!? な、何だかよくわからないけど落ち着けインデックス!?」
 やや錯乱しながらも、インデックスはのしかかるようにしてチラシを奪い取ろうとしてくる。上条は本能的に腕を伸ばし、シスターの魔の手からチラシを守った。
 しかし、なおも白い少女の勢いは止まらない。
「とうま、とうま! もしそのチラシを私に渡さなかったらゼウスからトラウィスカルパンテクウトリまで古今東西あらゆる神様が貴方に天罰を下すかもー!!」
「えー! 何その大盤振る舞い(オールスター)! 十字教(おめーら)って一神教(ソロシンガー)じゃなかったの!? つ、つか何でのど自慢大会にそんなに過剰反応示してんだよ! まさか参加するわけでもあるめーしー!!」
 上条としては、その場しのぎの、大した考えもなしに放った言葉だったのだが、

 ピタ、と。

 押し倒すような格好になってもまだ暴れていたインデックスが唐突に動きを止めた。
「…………、」
 今にも泣き出しそうな顔になっているインデックスに、上条は嫌な予感を覚えつつ、
「あのー…………………………まさかマジで?」
「う――」
 白シスターは息を吸い、
「ううううううううううううううううううううううううううう!!」
 最後の方はほぼ絶叫。



 インデックスは矛先を真横にいる赤シスターに変更し、
「ひどいよサーシャ! とうまには絶対内緒だって言ったのにどうして教えちゃうのー!」
 対し、サーシャはわりかし平然と、
「解答一。今日トーマの学校に行って分かったのだが、『イチハナランサイ』当日のトーマのスケジュールは主に女性関係で大変なことになってしまう可能性が非常に高い。出演する側になったこともあるし、予定はなるべく早めに決めておいた方がいいのではないかと」
「……うう。いきなりステージに上がってとうまをびっくりさせようと思ってたのに…………でも反論できないかも」
「いやそこは反論してくれ頼むから」
 うめいて、しかし自分でも否定しきれないと思ってしまう辺り本当に駄目そうだった。
 上条は押し倒されるというか押し潰されるというかな体勢からどうにかこうにか身を起こす。同じように改めて座りなおした紅白シスターを見やって、
「えーと……つまり何か? お前は本気でのど自慢大会に出るつもりなのか?」
「うん」
 秘密にしておきたかったことがバレたせいか若干悔しそうに、しかし躊躇うことなくインデックスはうなずき、
「順番に歌を歌って、一番上手だった人が一等賞なんだよね? 私、そういうのはちょっと自信あるかも」
 胸に手を当て、得意げに微笑んだ。
 実際、彼女の声はとても澄んでいて、よく通る。「強制詠唱(スペルインターセプト)」や「魔滅の声(シェオールフィア)」などはその声あっての技だ。普段は大声を上げて噛み付いているか、「お腹へった」と言っているだけなので、分かりにくいのだが。言われてみれば、確かに彼女ならいい線いけるかもしれない――――“出場できたなら”。
 上条は申し訳なさそうにチラシの「募集要項」の部分を指で示し、
「……あのなインデックス。残念だけど、もう募集締め切りは過ぎてるんだ。これ、一週間前のチラシなんだよ。えいくそ、もうちょっとちゃんと部屋を片付けてりゃよかったな。当日、一般客からの飛び込み参加枠もあるにはあるけど、こっちは理事会が発行した入場券代わりのIDカードが絶対」
「うん。知ってるよ」
「必要で……は?」
 上条さんの目がテン。
「そのチラシがあった場所も書いてあった内容も最初から“覚えてたし”。私に限ってそんな初歩的なミスを犯すことはありえないよ」
 一度見たもの、聞いたものは決して忘れない完全記憶能力を持つシスターはスラスラと言ってのけた。彼女の記憶力は今さら疑うべくもない。
「??? ならどうやって出るつもりなんだよ」
「『もうしこみ』とか『あいでぃー』とかは、全部こもえがなんとかしてくれるんだって。相談してみたら『先生にお任せなのですよー』って言ってた」
「……………………なるほど」
 不思議と納得できてしまうのが不思議でないのが不思議な上条だった。
(けど――結局またあの先生に頼ることになっちまったな)
 上条は腕を組み、苦笑する。
 まあ今回はインデックスから言い出したことらしいし、結果はどうなるにせよ、それで彼女が寂しい思いをしなくてすむようになるのなら――――
 って、あれ?
 何かが引っかかった。




「インデックス」
 上条は尋ねる。
「もしかだけど。――――俺らが劇に出るって言っても文句言わなかったのは、もう自分で別のに出ることが決まってたからか?」
「………………………………………………えへ♪」
「可愛く笑ったところで誤魔化せると思うなよお祭り娘! サーシャも巻き込んでアイドルっぽいポーズを決めても駄目! ええい、ちょっとは大人になったのかと感動して損した、のっけから俺たちより一端覧祭を楽しむつもりだったんじゃねーか!!」
 うがー! と上条は怒りとやるせなさとほんのちょっとの安心をこめて叫ぶ。しかしインデックスは乾いた笑顔を貼り付けてぎこちなく視線をそらすのみ。
「あ、あはは。と、という訳なのでサーシャ。お互い頑張ろうね? サーシャのシンデレラ姫、とっても似合うと思うから」
「返答一。ありがとうインデックス。私見だが、貴女の歌も素敵なものになると思う」
 少女達は和やかに(片方は引きつっているが)激励し合っている。
 なんというか、すでに事態は「とある少女の学園ドラマ ~文化祭編~」に一直線って感じだ。
 うわーこんなんでいいのかー、と上条は唸ってみるのだが、
(――どうにも危機感が湧いてこないんだよなぁ。『今のところは無害』って辺りが特に。一応これって、イギリス清教の一番お偉いさんが出張ってくるような事件なんだよな……?)
 それにしては、仕掛ける側の所業も教会側の対応もいい加減な気がする。あるいはそれは「科学側」の人間の上条当麻だから感じる感想で、「魔術側」から見れば十分非常事態体勢と呼べるものなのかもしれない。
(まあ、サーシャの話だと他にも『灰姫症候』を捕らえに学園都市に入っている連中がいるらしいし……そっちに任せてもいいのかな?)
 赤と白の少女達が、存分にお祭りを楽しめるようになるのなら、それでもいいかもしれない、と上条は思った。



 行間 一

 夜が動く。
 月と星と電灯の明かりだけが世界を支配できる時間。「真夜中」という決して壊すことのできない概念が、今かすかに揺らいだ。
 学園都市をぐるりと囲む外壁、その内の三箇所でほぼ時を同じくして。
 一つは滑る様に。
 一つは弾く様に。
 一つは潜む様に。
 三者三様の方法で“侵入”を果たした者達は、三人ともが同じ場所を目指して進みだす。
 ゆっくりと、各々の技で身を隠しながら、しかし確実に。“まるで同じ目的を持っているかのように”。
 そう、もはやどうでもいいことではあるのだが、

 彼らは、決して互いに面識を持たない者達だった。
 彼らは、決して同じ組織に属していない者達だった。
 彼らは、決して協力関係にない者達だった。

 ――そして、真実どうでもいいことであるし、語っても意味のないことでもあるのだが、


 彼らは、決してイギリス清教からもロシア成教からも命を受けてはいない者達だった。

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