とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

SS 1-736

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匿名ユーザー

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という訳で。否も応も無く到来した一端覧祭イヴ。
 運営委員達の涙ぐましい努力によって完成した「準備作業人員振り分け表ver.最終決戦」に従い、学生達は八月三十一日と書いて「なつやすみのしゅくだい」と読んだあの日を思い起こさせる勢いで動き回っている。
 招待校の生徒達もそれぞれの出展物を持ち寄り、設営やら何やらを始めている。三角テントの屋台から教室内展示まで出し物は多種多様だ。グランドの真ん中にはとある大学の研究チームが製作した「全長五十メートルの人型ロボットの右掌」が天に向かって五指を広げている。全ての会場校にランダムに配られたパーツを合体させると一体の巨大ロボットが出来上がる、という振れ込みだが、「股間」や「左足首内バランサー」などを引き当ててしまった学校では展示するかどうかいまだに決めかねているらしい。
 さて、そんな祭り当日にも負けないほどの喧騒から取り残された唯一の場所、旧校舎一階の図書室に上条当麻はいた。
 見渡すがぎり本、ほん、HON。上から下まで固そうな革表紙で埋められた本棚の列に挟まれて、上条は生理的な恐怖を感じた。彼は自宅の本棚に漫画しか入れていない人間である。
 だがしかし、そんな上条の手には十数冊の本の題名(タイトル)が記されたメモ用紙が一枚。これら紙束のジャングルからご指名のモノを見つけ出すのが本日の彼の使命だった。
「…………鬱だ。やっぱインデックスに声かけるべきだったか」
 探し物、それも本の類であるならまさに彼女の出番だ。機動少女カナミン全話全台詞暗記なんて無駄なことに使っている完全記憶能力をちっとは有効活用しやがれと言いたい。
 しかし、上条さんちの白シスターことインデックスは現在、小萌先生に連れられて、のどじまん大会の会場を下見に行っている。何故この組み合わせなのかと言うと、ぶっちゃけ小萌先生の名前で申し込んでいるからだった。提出した申し込み用紙の隅には「共演者一名」とこっそり書き添えられているとか。
 ちなみに、インデックスが当たり前のように校内にいることについては、上条はもう気にしないことにしていた。今回に限っては安請け合いした手前もあり、小萌先生が一応の保護者という立場になってあれこれしているらしいが。
「かみやんくーん。進んでるー?」
 ふと聞こえてきた声に振り向くと、上条ともう一人をここに引っ張ってきた張本人、言祝栞が通りががったところだった。両手で古新聞の束を抱えているせいで、鼻の上の眼鏡がずれているのに直せていない。
「これからだこれから。……つーかさ、言祝。俺らってここでこんなことしてる暇あるっけ?」
「開場は他の所の準備が終わってからだし、着替えやお化粧も一時間もあれば十分だし。無理に舞台設営に付き合って怪我でもされたら、そっちのが迷惑なのですよ。どーせ他にやることないんだから、若干遅れ気味な図書委員会主催のフリマの準備を手伝ってくれてもいいでしょー?」
「フリーマーケットとは名ばかりの、利用頻度の低い余剰本の一斉処分だろうが。大体準備が滞ってたのって、お前が監督業にかまけてたからだって聞いたし。それになんだその古新聞。売るのか?」
「うん。一束百円で」
「……需要あるのか?」
「委員の先輩達によると、意外に。スクラップ用とかペットのトイレ用とかで。あと――千枚通しで突き刺しても悲鳴を上げないっていうのが裏の売り口上なんだって」
「準備だけだからな! 絶対売り子はやんねぇぞ!!」
 上条はかなり本気の悲鳴を挙げた。外部からは隔離され得体の知れない実験を日々繰り返している学園都市。ストレスのたまる奴だってそりゃあいるだろうが、千枚通しでストレス解消を図るような人間とスマイル0円したくない。
 言祝はなんでかくすくす笑いを洩らすと、古新聞の束を抱えなおしてこちらに背を向けた。
「それじゃ、しっかりねー。あそうだ。確かそこらへんにヌードフォトの図鑑があったと思うから、作業の妨げにならない程度なら読みふけってもいいよ?」
「やるかッ!」
「とにかく、主演女優も文句言わずに働いてるんだから、かみやんくんも馬車馬らしく働きなー」
 言うだけ言って去っていく監督少女。いったい何しに来たのさ。
 上条はその後しばらくメモ用紙とにらめっこしていたが、ふと言祝の最後の台詞が気になった。
「…………そういやあっちは進んでんのかな?」

 言祝が近くにいないのを確認してから、本棚の間を抜け出す。
 適当に歩き回っていると、目当ての姿は案外簡単に見つかった。
 長机と椅子が複数並べられた閲覧ブースの近く。窓の下に備え付けられた背の低い本棚の並び。ウェーブがかった金髪と赤を基調とした他校の制服は見間違えようがない。
 サーシャ=クロイツェフはそこにいた。
 床にペタリと女の子座りして、何やら背表紙とにらめっこしている。
 じっと。
 じーっと。
 じーーーーーーーーーーーっっと。
 ……………………………………………………。
 作業は進んでないっぽい。
 あまりにもにらめっこが長いので、上条は不思議というか不安になってくる。
(日本語の題名が読めない――ってことはないよな。台本は読めてるし。てことは…………手に取ることも出来ないような本だとか?)
 そんなのあるだろうかと考えて、一秒でエロい方向に思考が飛んだことに罪はないと信じたい。ブンブン頭を振って考えを切り替えようとするが、言祝ならさっきのこともあるし反応(リアクション)見たさにそんな指示を出すこともあるかもなんて思ったり思わなかったり思ったり。
「――いやいやいや、何をためらうことがある。コーコーセーの余裕を見せろ上条当麻!」
 高らかに小声で宣言し、忍び足でサーシャに近づいてゆく。
 よっぽど目の前のものに心奪われているのか、彼女が気付く気配はない。
 残り三歩、二歩、一歩の所でストップ。金髪の頭越しに本棚を覗き込んだ。
 そこには。
「……!? ま、まさかこれは……!?」
 そう、それは日本が誇る名作童話。夏の読書感想文にもピッタリの、
「『桃太郎』じゃねーかっ! ってか今気付いたけどここって絵本・児童書のコーナー!?」
「はっ」
 反射的なツッコミを入れたせいでサーシャに気付かれた。ビクゥッ! と猫のように小さな背中が跳ねる。
 赤シスターは混乱した顔でこちらと本棚を交互に見比べると、
「――――――――!!」
「待て! どこからともなく釘打ち機(ハスタラ・ビスタ)を抜くな! 図書室(こんなところ)で乱射したら蔵書が全部肉抜き加工されちまいますぞ!? ほ、ほら! 入り口横の掲示板にも貼ってあるだろう図書室利用規則第一条『本は大事に扱いましょう』!!」
「第二条。『図書室の中ではお静かに』」
「口封じ!?」
 荒ぶるゴーストバスターの射線から必死に身をそらしつつ平謝りを重ねること約十分。
 諦めたのか疲れたのかはともかくとして、サーシャは何とか釘打ち機を下ろしてくれた。
 上条は長机の下から椅子を引き出し、すがるように座りながら、
「ハァ、ハァ、ハァ……。なあサーシャ。落ち着いた所で聞くけど、お前どうして絵本の本棚見て固まってたんだ?」
「……………………、」
 女の子座りから正座に移ったサーシャはそっぽ向いて答えてくれない。さて心なしか顔が紅潮しているように見えるのは怒りゆえか、それとも。
「……まあ言いたくないのなら、無理にとは」
 重い沈黙に耐え切れず、上条は逃げるようにそう言った。
 しかし沈黙に耐え切れなかったのは彼女も同じだったようで、かすれるほどの小声で、
「……自白、一」
「自白て」
「ならば解答一。………………その、……読んでも、いいのかと」
 は? と上条は予想外の答えにぽかんとする。絵本を読みたがるサーシャというのが全くイメージできていなかった。
 もしかして懐かしいお話でもあったのかしら、と考え直すと、
「んー、まあいいんじゃないか? 仕事に差し支えない程度なら」
「問一。本当に?」
「えーと、たぶん」
 その後、問十八まで繰り返し尋ねられたが、上条が十九回目の許可を出すと一転してサーシャの表情が輝きだした。
「宣言一。では遠慮なく」
 くるりと身を回すと、彼の見る前で本棚に“両手”を伸ばし、

 ごそっ、と。
 一段丸々抜き出した。

「――――多っ!? サーシャお前そんな腕がプルプルするほど頑張らんでも! てゆーかまさかそれ全部読む気か!?」
 読欲少女と化したサーシャには上条の叫びは届かない。ロシア成教秘伝っぽい体さばきで絵本を床の上に縦に積むと、一番上にあった本を引っつかみ広げて読み始めた。ちなみにまた女の子座りになっている。
 何というか、集中力が尋常ではない。一ページ一ページを目に焼き付けるくらいに見つめ、しかし急ぐことなく、余韻を楽しむほどの時間をかけて読み進めていく。
 本職のシスターに対してこう言うのもおかしな話だが――神聖さを感じるほどだった。
 当然、上条はほったらかしである。
「うーむ……」
 居候の赤シスターの意外な一面を知り、感動だか動揺だかよく分からない気持ちでうなる上条。
 家の本棚を埋めている少年漫画にも、インデックスがしきりに勧める機動少女モノにも大した興味は示さなかったのだが。一体これらの絵本のどこが彼女の琴線に触れたのだろうか。
 とにもかくにも、上条がこれまで見てきた「サーシャ=クロイツェフ」という人物像からはかけ離れたことばかりで……………………いや、そうでもないか。
 思いつきはそのまま口をついて出る。
「サーシャ。お前、実は童話とか絵本とか大好きだろ」

 ………………………………………………………………………………………………………………ビキ。

 ロシア人シスターへの効果は抜群だ。おまけに追加症状で凍りついたように動かなくなる。
 そこへ追い討ち。
「考えてみれば当たり前だよな。喜び勇んでシンデレラの役を引き受けるような人間が、童話嫌いなわけがない。確かインデックスもそれっぽいこと言ってたし。『ロシア成教のゴーストバスターとしては一歩引かざるをえないけど、本人は好きそう』とか」
 プルプルと震える手が、ゆっくり床に置かれた鉄塊(くぎうちき)に伸びている。しかし、上条はもう脅えたりしない。
 なぜなら、たぶん、サーシャは、
「だから、最初に灰姫症候(シンデレラシンドローム)の話をした時に“怒って”たんだろ。大好きな童話の物語が悪用されて、危険な魔術の媒介にされていることが許せなくて」
「――――――――――――――――、」
 ピタ、と手が止まる。
 上条は思った。やっぱり、と。
 サーシャと初めて会った日。
 学園都市に潜む危険を語る彼女に感じた何とも言えない違和感。その正体。
 数日とはいえ共同生活をし、演劇という活動を通じてそれなりの関係を作ることが出来た今ならわかる。
 あの時、彼女は静かに怒っていたんだ。
 大好きな童話を利用し、汚して、災いの運び手に貶めたまだ見ぬ敵に対して。
『灰姫症候』と、そんな名で呼ぶことも苦しかったに違いない。
 上条にだって、そういうものはある。奪われたり傷つけられたりしたら、どうしようもないほど腹が立つであろうもの。
 例えば、土御門や青髪ピアスのような悪友。吹寄制理や姫神秋沙のようなクラスメイト。インデックスや御坂美琴のような友人。両親や、これまで知り合ってきた魔術サイドの面々も。
「思い出」のない上条当麻にとって、それらこそが自分を支えてくれる最も確かなものだから。
 きっとサーシャにとってのそういう存在が、絵本だったり童話だったりしたんだろう。
「もしかしたら、言祝にはわかってたのかもな。図書委員の勘で。だから初対面でスカウトとか無茶して――いやまあ無茶苦茶なのはいつものことか。とにかくサーシャが童話好きだって感じて、だからお前も引き受けようって思ったんだろ?」
「回答一。少しだけ、違う」
 サーシャは少し落ち着いた様子で、上条の想像を大筋で認める意味のことを言った。あくまで目を合わそうとはせずに続ける。
「補足一。私が演劇をやってみたいと思った最大の理由は、演目がシンデレラだったから」
「ん? 一番好きなお話だとか?」
「逆に問十九。シンデレラはハッピーエンドで終わる物語か?」
「えー……うん。そりゃあな」
「回答二。だから」
「は?」
 意味はわからなかったが、そう言ったサーシャは上機嫌で、あえて追求するほどのことでもないか、と上条は疑問を胸にしまった。
 再び楽しそうにページをめくり始めた少女を眺めながらボーっとする。窓から差し込む日の光があったかでああ今日はなんて平和なんだろう痛いのとか怖いのとか厄介なのとか痛いのとか面倒なのとかもないし――
 ゴス。
「なにサボってんの」
「……打撃は話しかけた後にすべきだと言い残して上条さんは落ちます」
 後頭部に何やらとっても硬くて重いものによる衝撃を受け、上条の意識は闇に沈んだ。最後にかすむ目に見えたのは、『極厚 ただそれだけのこと』という題名のハードカバー本を装備した無敵の図書委員の姿だった。

 学園都市最強の超能力者(レベル5)を右腕一本で殴り倒した男に本一冊で地べたを舐めさせた暫定学園都市最強の少女は、児童書コーナーに打ち立てられた絵本の塔と、その横で脅えたように首をすくませている金髪少女を捉え、
「ふーん」
 反応が薄いのが逆に怖い。
 これまでの経験上(主に班の男子達が叱られているのを観察していた経験)、ここは素直に謝るしかないとサーシャは判断した。
「……謝罪一。申し訳ない。すぐに片付ける」
「よろしい。あ、でもその前に」
 立ち上がろうとしたサーシャを制し、言祝は絵本の塔からさっと赤い表紙のものを一冊抜き出した。手品師か、あるいはソムリエのような手業である。
 そしてその絵本を赤い少女の胸の辺りに差し出す。
「問二十。これは」
「栞さんオススメの一冊。流石にこれ全部読まれると時間なくなっちゃうからね。今はこれだけで勘弁してくれる?」
「あ……」
 笑みと共に差し出された絵本を、サーシャは見つめた。
「……ありがとう」
「いえいえ。これも図書委員としての勤めなのですよ」
 にこにこしっぱなしの言祝の手ごと、サーシャは絵本を受け取った。
 上条は後頭部をさすさすしながら起き上がると、
「何だろうなーこの扱いの差は。俺っていつの間にか『どれだけ強烈にツッコんでもノープロブレム』なキャラになってないか……?」
 ぶつくさ言いながら女の子達の手元を覗いてみる。
 言祝が選んだのは、大きな赤い枕を抱いて眠る小さな女の子の絵が表紙に書いてある本だった。
『ぬくぬく、ぐうぐう』という題名を頭の中で読んだ時、
 つぶやきを聞いた。


「――――見つけた」


 え? という声が喉から出るよりも早く、
 ダダダダダダッ!! という炸裂音を立てて連続発射された五寸釘が彼らに近い窓を数枚まとめて破壊した。
 釘の一本一本に仕込まれた術式の効果なのだろう、ガラス片は落下するまでの間に粉末状になるまで自動的に粉砕されていく。そのため破壊の範囲に反して生まれた騒音は静かなものだった。
「な――――!」
 硝砂の降る中、上条の悲鳴は声にならない。
 何者の仕業か――そんなのは決まっている。
 何故こんなことを――そんなのは本人に確かめるしかない。
 ようやくまともな思考が出来るようになった時には、すでに遅かった。
 枠だけになった窓から二人の少女が身を乗り出している。
 正確には、金髪の少女がぐったりした黒髪の少女を抱きかかえたまま外に飛び出そうとしている。
「――っ! 待て、サーシャ!」
 叫びより速く、伸ばした腕よりも疾く、金髪の少女は飛び降りてしまう。
 ここは一階。どれだけ運が悪くても足首を捻るくらいだろうが、しかし当然金髪の少女はそんな間抜けなことはせず、人一人抱えているとは思えないほどの速度で走り出す。
 一歩目からトップスピード。二人の背中は見る見る内に遠ざかっていく。
「やばいっ!」
 慌てて上条も窓枠に足をかけた。一息に飛び降り、後を追って駆け出す。
 耳の奥に響いている、あのつぶやき。
 見つけた、と。
 あれは間違いなくサーシャの声だ。
 ならば何を見つけたのかは考えるまでもない。
 絵物語を梯子にし、災いを振り撒く呪いの魔術、『灰姫症候』。
 サーシャ=クロイツェフの本来の任務は、それを見つけ出すことだったのだから。
 偶然言祝の指先と接触し、彼女の中に『灰姫症候』が宿っていることを感じ取ったのだろう。
 魔術師ならば絶対にわかる、と以前インデックスも言っていた。
 シンデレラの物語を知る者なら、誰が宿主になっていてもおかしくない、とも。
 だけど、
 なんで、
 なんで、今日、この時に……!?
「くっそったれぇ!!」
 中庭まで来たところで完全に見失ってしまう。
 サーシャと言祝が初めて出会った場所。一端覧祭当日には休憩所として開放される予定で、準備中の今はベンチが並べられているくらいで誰もいない。
 神様の奇蹟(システム)すら打ち消せる右手を持つ少年、上条当麻は、今という時ほど運命の神(カミサマ)をぶん殴りたくなったことはなかった。

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