7
出発は結局一日延期されることになった。昼時を過ぎたらさっさとフィアンマの居場所を捜しに
この孤児院から三人で出て行く予定だったが、打ち止めが「もっと皆と一緒にいたい!」と子供臭い
駄々をこね、梃子でも動かない程の強情を見せた上、オッレルスが「ほんの少量だけ打ち止めの
演算能力を削り、『始動キー』の浸食速度を停滞させてみる」と至極重要な作業に入った為、
旅の再開は明日の朝までおあずけになってしまった。そんなわけで今現在は仄暗い夜である。
学園都市における暗夜の静けさとは体感がまるで異なり、声を出す事すら忍ばれる暮夜だ。
実際、深夜に入るとロシア側の索敵から逃れるために騒音は立てないようにと(魔術による
防壁は展開してあるらしいが)オッレルスに釘を刺された。
一番砲声の発信源になりそうな孤児達はもう寝静まり、打ち止めも休養を取るべきだと察したのか
昨夜と同じ部屋でベッドに収まっている。従って、今この孤児院で活動しているのは三人だけだ。
出発は結局一日延期されることになった。昼時を過ぎたらさっさとフィアンマの居場所を捜しに
この孤児院から三人で出て行く予定だったが、打ち止めが「もっと皆と一緒にいたい!」と子供臭い
駄々をこね、梃子でも動かない程の強情を見せた上、オッレルスが「ほんの少量だけ打ち止めの
演算能力を削り、『始動キー』の浸食速度を停滞させてみる」と至極重要な作業に入った為、
旅の再開は明日の朝までおあずけになってしまった。そんなわけで今現在は仄暗い夜である。
学園都市における暗夜の静けさとは体感がまるで異なり、声を出す事すら忍ばれる暮夜だ。
実際、深夜に入るとロシア側の索敵から逃れるために騒音は立てないようにと(魔術による
防壁は展開してあるらしいが)オッレルスに釘を刺された。
一番砲声の発信源になりそうな孤児達はもう寝静まり、打ち止めも休養を取るべきだと察したのか
昨夜と同じ部屋でベッドに収まっている。従って、今この孤児院で活動しているのは三人だけだ。
一人はオッレルス。打ち止めの調整も終わり、一人で部屋に閉じこもっている。
一人は一方通行。現在彼は踞り、割り振られた部屋の隅で最も無防備な状態でいる。
チョーカー型電極の充電中だった。一方通行の言語機能と計算能力を補助するこのツールは
平常時では四十八時間、能力使用モードでは三十分しか稼働しない。そのため制限時間が
切れるまでに専用のアダプタと変電機を接続し、バッテリーを溜め直さなければならない。
その上ロシアと日本では差込プラグの仕様と電圧に違いがあるため、さらに変換プラグと
対応した変圧器まで機構に導入する必要がある。ただそれらの機器はこれまでの路次で何とか調達出来た。
そのように周囲を電気器具で囲まれた一方通行は警戒を怠らなかった。この間は全く動けないからだ。
『反射』の膜を張りながら充電可能ならばまだ安全だろうが、そうすると充電量とバッテリー消費量が
合致してしまい、結局プラスマイナスゼロになってしまう。だから通常モードを維持するしかなかった。
この状態で敵に襲撃されればアウトだ。そのため学園都市にいた頃は充電するポイントを
複数用意し、『グループ』の所属員はもちろん、『電話の声』を含む上層部にも知られないよう
二重三重の防衛策を取っていた。しかし今は充電する時間と場所を確保するだけでも一苦労なのだが。
そんな経緯もあって本人と電極の開発者であるカエル顔の医師以外は誰も一方通行の充電過程を知らない。
一人は一方通行。現在彼は踞り、割り振られた部屋の隅で最も無防備な状態でいる。
チョーカー型電極の充電中だった。一方通行の言語機能と計算能力を補助するこのツールは
平常時では四十八時間、能力使用モードでは三十分しか稼働しない。そのため制限時間が
切れるまでに専用のアダプタと変電機を接続し、バッテリーを溜め直さなければならない。
その上ロシアと日本では差込プラグの仕様と電圧に違いがあるため、さらに変換プラグと
対応した変圧器まで機構に導入する必要がある。ただそれらの機器はこれまでの路次で何とか調達出来た。
そのように周囲を電気器具で囲まれた一方通行は警戒を怠らなかった。この間は全く動けないからだ。
『反射』の膜を張りながら充電可能ならばまだ安全だろうが、そうすると充電量とバッテリー消費量が
合致してしまい、結局プラスマイナスゼロになってしまう。だから通常モードを維持するしかなかった。
この状態で敵に襲撃されればアウトだ。そのため学園都市にいた頃は充電するポイントを
複数用意し、『グループ』の所属員はもちろん、『電話の声』を含む上層部にも知られないよう
二重三重の防衛策を取っていた。しかし今は充電する時間と場所を確保するだけでも一苦労なのだが。
そんな経緯もあって本人と電極の開発者であるカエル顔の医師以外は誰も一方通行の充電過程を知らない。
「ほうほう!まるで抵抗を知らない子羊みたいだね。触ってもいい?」
……はず、だった。
……はず、だった。
もう一人、この番外個体がこの部屋に突然乱入してくる瞬間までは。
「……オマエ、人の感情を逆撫でする天才か?」
「いやいや、悪気は無いからあくまで偶然だよ」
ここまで白々しいと絶対故意にやってるだろ、と直接突っ込む気も失せる。
「偶然を引き寄せるのも、才能の一つなンだって事を承知してねェならやっぱりただの迂愚か」
皮肉を込めても曲解しそうな奴なので、やっぱり直接馬鹿にする事にした。だが番外個体は動じず、
こちらが眉間に皺と青白い血管を寄せているのに気付かない素振りをしつつニヤニヤしている。
「いい?どれだけ偉そうに凄んでも、今のあなたは砂の入ってないサンドバックにすぎないんだよ?
つ・ま・り」
「……オマエ、人の感情を逆撫でする天才か?」
「いやいや、悪気は無いからあくまで偶然だよ」
ここまで白々しいと絶対故意にやってるだろ、と直接突っ込む気も失せる。
「偶然を引き寄せるのも、才能の一つなンだって事を承知してねェならやっぱりただの迂愚か」
皮肉を込めても曲解しそうな奴なので、やっぱり直接馬鹿にする事にした。だが番外個体は動じず、
こちらが眉間に皺と青白い血管を寄せているのに気付かない素振りをしつつニヤニヤしている。
「いい?どれだけ偉そうに凄んでも、今のあなたは砂の入ってないサンドバックにすぎないんだよ?
つ・ま・り」
いきなり番外個体の眼光が獣のそれに近似していく。呼吸が荒くなり欲望が口から溢れてくるかのようだ。
これは、マズい。番外個体がこの先取るであろう行動が、未来視せずともわかってしまう。
「ミサカが第一位を好きに弄べるということなのだー!!」
「結局そォいう結論かよ!うざってェから飛びかかってくンな変態野郎がァ!!」
番外個体の四肢が一方通行の体に纏わりつき、耳を優しく咬んでくる。
心底苛ついたので電極のスイッチに何とか触り、一瞬だけ能力を発動させ、
ベクトル操作で番外個体を弾き飛ばした。そこまで力を込めた自覚は無かったが、
番外個体はそれなりの勢いで飛ばされ壁に激突し、その衝撃で生じたホコリに埋まった。
「おがっ!……ううう、そんなに痛くはないけど全身ホコリ塗れで気持ち悪いよ……」
番外個体がゴホゴホ咳き込み、体の汚れを取ろうと手でホコリを振り払っているが、
これでは一回水で流さないと取りきれないだろう。やりすぎたか、と
一方通行はほんの少しだけ反省、いや、妹達の一人を傷つけてしまったのか?と胸中ではかなり動揺しつつ
「さっさと隣の流し場で洗ってこい。どォせ産まれてから風呂なンざ一度も入浴した覚えもねェンだろォ?
イイのかなァー?仮にもオマエは女なのにソイツはどォなんだァ?」
と、憎まれ口をあえて叩いて提案してみる。本音はここから離れて欲しいだけなのだが、
「はっ!確かにミサカは可憐な乙女にも関わらず、水浴び体験はゼロ!このままじゃムサい、臭い、汚い
でとても人前に出られないよ!ううー、第一位でもっと遊びたいけどしょうがなく風呂場に直行する!」
とまんまと思惑通りにドアを抜けていった。また一方通行は重い溜息をついた。馬鹿の相手は疲れる。
ドタドタと古い床に亀裂を生じさせそうな重々しい足音が響き、番外個体が隣の部屋に辿り着いた気配を
感じた。「おお!これが巷で話題のロシア風呂!って期待してたのにぶっちゃけ普通の風呂だよ!」とか
何やら聞こえるが、全て無視した。したかったのだが、
これは、マズい。番外個体がこの先取るであろう行動が、未来視せずともわかってしまう。
「ミサカが第一位を好きに弄べるということなのだー!!」
「結局そォいう結論かよ!うざってェから飛びかかってくンな変態野郎がァ!!」
番外個体の四肢が一方通行の体に纏わりつき、耳を優しく咬んでくる。
心底苛ついたので電極のスイッチに何とか触り、一瞬だけ能力を発動させ、
ベクトル操作で番外個体を弾き飛ばした。そこまで力を込めた自覚は無かったが、
番外個体はそれなりの勢いで飛ばされ壁に激突し、その衝撃で生じたホコリに埋まった。
「おがっ!……ううう、そんなに痛くはないけど全身ホコリ塗れで気持ち悪いよ……」
番外個体がゴホゴホ咳き込み、体の汚れを取ろうと手でホコリを振り払っているが、
これでは一回水で流さないと取りきれないだろう。やりすぎたか、と
一方通行はほんの少しだけ反省、いや、妹達の一人を傷つけてしまったのか?と胸中ではかなり動揺しつつ
「さっさと隣の流し場で洗ってこい。どォせ産まれてから風呂なンざ一度も入浴した覚えもねェンだろォ?
イイのかなァー?仮にもオマエは女なのにソイツはどォなんだァ?」
と、憎まれ口をあえて叩いて提案してみる。本音はここから離れて欲しいだけなのだが、
「はっ!確かにミサカは可憐な乙女にも関わらず、水浴び体験はゼロ!このままじゃムサい、臭い、汚い
でとても人前に出られないよ!ううー、第一位でもっと遊びたいけどしょうがなく風呂場に直行する!」
とまんまと思惑通りにドアを抜けていった。また一方通行は重い溜息をついた。馬鹿の相手は疲れる。
ドタドタと古い床に亀裂を生じさせそうな重々しい足音が響き、番外個体が隣の部屋に辿り着いた気配を
感じた。「おお!これが巷で話題のロシア風呂!って期待してたのにぶっちゃけ普通の風呂だよ!」とか
何やら聞こえるが、全て無視した。したかったのだが、
彼女が口ずさむ鼻唄や衣服が擦れる様な音が壁沿いにうっすら耳に入り込んできて、心中穏やかでない。
……黄泉川や芳川の着替えに遭遇した時は何ら下賎な感情は浮かばなかったのに、
何故今更、自分はこんなくだらない事に反応しているのだろうか、
と一方通行は自己嫌悪に陥る。今度こそ冷静さを取り戻し、
煌めく水音や番外個体の甘みがかった吐息とかを全て意識下から遮断するのに成功した。
(水道も電気も滞り無く通ってるこの孤児院は一体どォなってンだ?『置き去り』の収容所なンざとは
比べ物にならねェ程、快適になってンぞ?)
そうして全く別の思案に身を任せ、充電が完了するのを健気に待った。
何故今更、自分はこんなくだらない事に反応しているのだろうか、
と一方通行は自己嫌悪に陥る。今度こそ冷静さを取り戻し、
煌めく水音や番外個体の甘みがかった吐息とかを全て意識下から遮断するのに成功した。
(水道も電気も滞り無く通ってるこの孤児院は一体どォなってンだ?『置き去り』の収容所なンざとは
比べ物にならねェ程、快適になってンぞ?)
そうして全く別の思案に身を任せ、充電が完了するのを健気に待った。
……暫く時間が経過した後、ようやく一方通行は充電という呪縛から解放された。バッテリーは最大まで
蓄電され、これで最大限能力を行使出来る。手が楽になった彼は、懐から多少『改造』した銃を押退けて
もう一つの鍵とも言える物を取り出し、ベッドに一枚一枚規則正しく並べ始めた。
ロシア兵から強奪した羊皮紙の束だ。初遭遇時には朧げにしか重要性を解釈出来なかったブツだが
オッレルスから魔術の教導を受けた今ならば、これが何たるかは自ずと理解が進んでいく。
本来ならオッレルスに直接提出して鑑定してもらえば、羊皮紙の正体はスムーズに判明するだろうが、
一方通行はあえてその手を使わなかった。理由は魔術の法則を独力で暴く手段を修得したかったからだ。
ヴォジャノーイ達が放った水の槍に『反射』を発動しても不完全な結果に終わった過去を振り返って、
一つの仮説が頭に浮かんだ。一方通行の超能力はあくまで物理法則に則ったベクトルを感知し、
制御下におくだけだ。つまり、物理法則を伴わない魔術攻撃には単純に『反射』が効かないのではないか?
魔術にも火や水、といった自然界に存在する物を介する術式なら、まだ科学的視点への置き換えが
可能だろうが、全く未知の法則を有する技であったらその法則を見極めなければ『反射』どころか
防御も出来ない。要は魔術と争闘するのなら毎回戦闘時に相手の術式を見破らなければならないのだろう。
その足慣らしとして、この羊皮紙が内蔵する魔術法則を一人で解読しようとしているわけだ。
蓄電され、これで最大限能力を行使出来る。手が楽になった彼は、懐から多少『改造』した銃を押退けて
もう一つの鍵とも言える物を取り出し、ベッドに一枚一枚規則正しく並べ始めた。
ロシア兵から強奪した羊皮紙の束だ。初遭遇時には朧げにしか重要性を解釈出来なかったブツだが
オッレルスから魔術の教導を受けた今ならば、これが何たるかは自ずと理解が進んでいく。
本来ならオッレルスに直接提出して鑑定してもらえば、羊皮紙の正体はスムーズに判明するだろうが、
一方通行はあえてその手を使わなかった。理由は魔術の法則を独力で暴く手段を修得したかったからだ。
ヴォジャノーイ達が放った水の槍に『反射』を発動しても不完全な結果に終わった過去を振り返って、
一つの仮説が頭に浮かんだ。一方通行の超能力はあくまで物理法則に則ったベクトルを感知し、
制御下におくだけだ。つまり、物理法則を伴わない魔術攻撃には単純に『反射』が効かないのではないか?
魔術にも火や水、といった自然界に存在する物を介する術式なら、まだ科学的視点への置き換えが
可能だろうが、全く未知の法則を有する技であったらその法則を見極めなければ『反射』どころか
防御も出来ない。要は魔術と争闘するのなら毎回戦闘時に相手の術式を見破らなければならないのだろう。
その足慣らしとして、この羊皮紙が内蔵する魔術法則を一人で解読しようとしているわけだ。
しかし、それは今までオカルトとは無縁の道を歩んでいた一方通行にとっては難儀な作業だった。
呪文と魔法陣の羅列からは胸への圧迫感しか感じない。それらを綴るのに使われたインクや
紙の繊維などから羊皮紙が作成された年代は予測出来たが、肝心の内容まで知識が届かない。
(……どォしても考えがまとまらねェ。暗号に近似したモンと解釈するまでが限界か。
これが一冊の本だと無理矢理改竄すれば全体のイメージは漠然とわかるが、
どォ『出力』するかが不明。こいつを魔術として蠢動出来ねェと完全に理解したとは言えねェな)
ヒントを求め、無意識に周囲に目を泳がせると部屋の隅に佇んでいる本棚に意識が向いた。
杖を突き直し、何冊か手に取ってみる。もしかしたら魔術に関連した書物が混在しているかもしれない。
案の定、普段ならば無下に扱っていたであろう、有益な情報が綴られている本を収穫出来た。
表紙は悪趣味な黒で、綴じられているページの紙が相当痛んでいる。それでも読めなくはない。
……オッレルスが予め置いておいたのだとしたら、一方通行の悪足掻きが丸わかりだったとも言える。
それでも一方通行は羊皮紙に掩蔽された意味をどうにか自己視点で汲取れる一歩手前まで来た。
だが、それを魔術としてどう発動させるか、その『手段』だけはまだ煙に巻かれたままだ。
呪文でも唱えてみるか?そんな下らない解決手段が意外と正解だったかもしれないが、
呪文と魔法陣の羅列からは胸への圧迫感しか感じない。それらを綴るのに使われたインクや
紙の繊維などから羊皮紙が作成された年代は予測出来たが、肝心の内容まで知識が届かない。
(……どォしても考えがまとまらねェ。暗号に近似したモンと解釈するまでが限界か。
これが一冊の本だと無理矢理改竄すれば全体のイメージは漠然とわかるが、
どォ『出力』するかが不明。こいつを魔術として蠢動出来ねェと完全に理解したとは言えねェな)
ヒントを求め、無意識に周囲に目を泳がせると部屋の隅に佇んでいる本棚に意識が向いた。
杖を突き直し、何冊か手に取ってみる。もしかしたら魔術に関連した書物が混在しているかもしれない。
案の定、普段ならば無下に扱っていたであろう、有益な情報が綴られている本を収穫出来た。
表紙は悪趣味な黒で、綴じられているページの紙が相当痛んでいる。それでも読めなくはない。
……オッレルスが予め置いておいたのだとしたら、一方通行の悪足掻きが丸わかりだったとも言える。
それでも一方通行は羊皮紙に掩蔽された意味をどうにか自己視点で汲取れる一歩手前まで来た。
だが、それを魔術としてどう発動させるか、その『手段』だけはまだ煙に巻かれたままだ。
呪文でも唱えてみるか?そんな下らない解決手段が意外と正解だったかもしれないが、
「ふぅ。風呂で温もると気分が一新されるね。よぉし第一位!ゲーム再開だよ!」
ドアが無駄に躍動して開かれた場所に立っていたのは、風呂上がりの番外個体。
集中力と堪忍袋の緒が切れた一方通行は文句を張ろうと口を開けたが、その口の用途は絶句に変わった。
ドアが無駄に躍動して開かれた場所に立っていたのは、風呂上がりの番外個体。
集中力と堪忍袋の緒が切れた一方通行は文句を張ろうと口を開けたが、その口の用途は絶句に変わった。
髪。湿りが茶色の毛に流動的な光彩を与え、大人びた潤いが蠱惑さを讃えていた。
肌。清潔な汗が熱気を帯びた肢体を流れ、少女独特の清楚さと淑女が秘める妖艶さが同居している。
瞳。曇りの無い純粋な水晶玉の様に月の光を反射し、背負う陰が取払われた輝きが目を引く。
胸。スーツによって締め付けられていたのか、普段よりも、柔らかい乳房の膨らみが強調されている。
顔。適度に赤みがかり男の劣情を誘いかねない危うい清純さを兼ね備えており、緋色の麗花のようだった。
「どうしたの?何時のあなたなら猪みたいに突っかかってきそうなのに」
自分でわかってるのか、今の自分の姿を。一方通行の現実への直視に対する抵抗が究極に接近していった。
番外個体が、産まれたままの姿で、そこにいた。
肌。清潔な汗が熱気を帯びた肢体を流れ、少女独特の清楚さと淑女が秘める妖艶さが同居している。
瞳。曇りの無い純粋な水晶玉の様に月の光を反射し、背負う陰が取払われた輝きが目を引く。
胸。スーツによって締め付けられていたのか、普段よりも、柔らかい乳房の膨らみが強調されている。
顔。適度に赤みがかり男の劣情を誘いかねない危うい清純さを兼ね備えており、緋色の麗花のようだった。
「どうしたの?何時のあなたなら猪みたいに突っかかってきそうなのに」
自分でわかってるのか、今の自分の姿を。一方通行の現実への直視に対する抵抗が究極に接近していった。
番外個体が、産まれたままの姿で、そこにいた。
8
たじろぐ理由は無い。だが後ずさる動きの原因が止まらない。恐怖というよりも、醜い自分が彼女に
触れる事で、今まで保ってきた緊張の糸が途切れてしまうのではないか、そんな憂慮が頭を過った。
一方通行は自分を、もっと硬派な人間だと信憑していた。けれどもその前提はここで覆された。
「あれあれ?あなたの頬がどんどん赤くなってるよ。変だなぁ第一位は」
番外個体が胴を折って前屈みになり、上目遣いでこちらをあどけなく拝顔してくる。
羞恥心も警戒心も一切見受けられないその無防備さが、整った端麗な顔と
細身だが女性らしいラインを持つ裸身の嫋やかな魅力を際立たせていた。
「……あ、あのなァ、イイから今すぐ速攻で服を着ろ。体が冷えるだろォが」
愚挙な発言なのは重々承知の上だが、なるべく冷静さを維持していたい。
何故狼狽してるかは何となく悟れている。上条との一戦後に決めた覚悟のせいだ。
あれで自分の心に正直になると思い詰めたから、感情のコントロールが甘くなっているんだ。
そう自分に言い聞かせる。決して、こいつの姿に反応しているからではない。
その思いと裏腹に手に汗が浮かび、杖の柄が濡れていく。その結果、
手が滑り、ずぽっと杖から手が抜け、体のバランスを崩してその場に倒れかかった。
たじろぐ理由は無い。だが後ずさる動きの原因が止まらない。恐怖というよりも、醜い自分が彼女に
触れる事で、今まで保ってきた緊張の糸が途切れてしまうのではないか、そんな憂慮が頭を過った。
一方通行は自分を、もっと硬派な人間だと信憑していた。けれどもその前提はここで覆された。
「あれあれ?あなたの頬がどんどん赤くなってるよ。変だなぁ第一位は」
番外個体が胴を折って前屈みになり、上目遣いでこちらをあどけなく拝顔してくる。
羞恥心も警戒心も一切見受けられないその無防備さが、整った端麗な顔と
細身だが女性らしいラインを持つ裸身の嫋やかな魅力を際立たせていた。
「……あ、あのなァ、イイから今すぐ速攻で服を着ろ。体が冷えるだろォが」
愚挙な発言なのは重々承知の上だが、なるべく冷静さを維持していたい。
何故狼狽してるかは何となく悟れている。上条との一戦後に決めた覚悟のせいだ。
あれで自分の心に正直になると思い詰めたから、感情のコントロールが甘くなっているんだ。
そう自分に言い聞かせる。決して、こいつの姿に反応しているからではない。
その思いと裏腹に手に汗が浮かび、杖の柄が濡れていく。その結果、
手が滑り、ずぽっと杖から手が抜け、体のバランスを崩してその場に倒れかかった。
形の上では、一方通行が番外個体を押し倒した、ようにも取れる。
一方通行と番外個体の顔が接近する。吐息の遣り取りが可能なまでに。
光悦とした番外個体の表情が戸惑いに変わっていく。
そして、目を静かに閉じる。何かを待っている、何かを期待してるかのように。
一方通行もその仕草に目を囚われた。彼女の紅唇が蜜よりも甘く、叙情的に見える。
時間の一端が永遠にも思えた。心臓の鼓動が瞬時に加速していく錯覚が確かにあった。
一方通行も自然と瞼を閉じていた。だが、その瞬間、彼の頭に悍しい既視感が走り抜ける。
昔、こうやって、少女を、『屈服』させた、事が、なかった、か?
もっと、単純な行為で。例えば、
光悦とした番外個体の表情が戸惑いに変わっていく。
そして、目を静かに閉じる。何かを待っている、何かを期待してるかのように。
一方通行もその仕草に目を囚われた。彼女の紅唇が蜜よりも甘く、叙情的に見える。
時間の一端が永遠にも思えた。心臓の鼓動が瞬時に加速していく錯覚が確かにあった。
一方通行も自然と瞼を閉じていた。だが、その瞬間、彼の頭に悍しい既視感が走り抜ける。
昔、こうやって、少女を、『屈服』させた、事が、なかった、か?
もっと、単純な行為で。例えば、
実験と表して、一万体もの少女の屍を日常的に積み上げてこなかったか?
そう連想した一方通行の暗闇がかった視界に、過去の情景が截然と浮かび上がった。
赤黒い液体が流れ、朱肉に亀裂が入り、瞳から生気が失われていく妹達の亡骸達が。
薬物中毒患者のフラッシュバックの様に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、
自分が仕出かした惨憺たる所業のワンシーンが連続して映し出されていった。
赤黒い液体が流れ、朱肉に亀裂が入り、瞳から生気が失われていく妹達の亡骸達が。
薬物中毒患者のフラッシュバックの様に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、
自分が仕出かした惨憺たる所業のワンシーンが連続して映し出されていった。
「……くだらねェ」
その一言で切り捨てた。番外個体に獣性を発揮しようとした愚かな自分を。
一方通行は自力で起き上がり、現代的なデザインの杖を掴んでベッドに戻った。
番外個体もそれに気付いた。自分が期待していた結果とは真逆の展開にしばし呆然としていたが、
目を開き、胸に手を当て、自分が懸想した感情を再確認した。
一方通行へと抱いた思いの名を番外個体は知らなかった。
幼く、無垢で、現実とは『自分だけの現実』だとしか理解していない番外個体には
あまりにもその慕情は未経験で、未知数で、不可解な物だった。
一方通行の顔を思い描くだけでコクン、と心が妙な音を立てる。
一方通行の声を聞くだけで動悸が狂う。
一方通行の体に触れるだけで思考の制御が不可能になる。
(ミサカは……ミサカは……)
どんどん熱気が冷めていく体に反して、その心情は心地よい暖かさに満ちていった。
一方通行は自力で起き上がり、現代的なデザインの杖を掴んでベッドに戻った。
番外個体もそれに気付いた。自分が期待していた結果とは真逆の展開にしばし呆然としていたが、
目を開き、胸に手を当て、自分が懸想した感情を再確認した。
一方通行へと抱いた思いの名を番外個体は知らなかった。
幼く、無垢で、現実とは『自分だけの現実』だとしか理解していない番外個体には
あまりにもその慕情は未経験で、未知数で、不可解な物だった。
一方通行の顔を思い描くだけでコクン、と心が妙な音を立てる。
一方通行の声を聞くだけで動悸が狂う。
一方通行の体に触れるだけで思考の制御が不可能になる。
(ミサカは……ミサカは……)
どんどん熱気が冷めていく体に反して、その心情は心地よい暖かさに満ちていった。
9
一方通行はベッドの上で羊皮紙の解読作業を進め、番外個体は服を着直し、横で毛布に包まっていた。
…………沈黙。どこか居心地の悪い静謐さがこの狭い部屋の空間を支配していた。
この二人が揃えばどんな時でも騒がしく、戯けた空気が拡散していくはずだったが、
二人の関係が変動したがためか、どこまでも粛然としていた。
一方通行はその方が都合が良いと思い、羊皮紙と参考書に没頭し続けたが新たな収穫は無かった。
どうすると魔術を発動するのかがわからない。その一点につきる。無理もなかった。科学との関連性が
ごっそり削がれた分野では一方通行はその学園都市の頂点にある頭脳を正常に活用出来ない。
脳に靄が掛かったかのようだった。どうしようもなく、目を羊皮紙から一旦逸らすと、
番外個体がこっちを見つめているのに気付いた。
「……なンだよ」
しかし改めて彼女の視線を追うと、番外個体も羊皮紙を眺めているのだとわかった。
「……これってなんなの?」
一方通行ですら全貌が把握しきれないのに番外個体が答えを聞いてくる。仕方なく答えることにした。
「いいか、まずこいつを記述するのに使われた言語はエノク語だ。伝承じゃ天使が喋ったモンだと
されている。現実じゃ16世紀後半にジョン・ディーとか言う奴が日誌に書き殴ったデマだがな。
とにかくそいつで原初の人間が万物に名を冠した。だからこの言語は森羅万象を表現出来る
統一語とも言える。で、そのディーは霊媒者のエドワード・ケリーに出会い、『神の如き者』から
ご信託を受けたンだとさ。でこの羊皮紙に書かれてる魔法陣が『偉大なる四方点の円』に
酷似していて……って聞いてンのかオマエ!」
暖かい毛布に蹂躙されている番外個体はうつらうつらして今にも眠りにつきそうだった。
目を擦って番外個体が返答すると、
「……う~ん、子守唄が聞こえるよぉ……」
「もはやお休みモードってかァ……?」
駄目だこりゃ。完全に寝ぼけている。自分でも半信半疑で、それでも意味を何とか抽出して
解読してるのにそれが無下にされて、熱弁していた自分が恥ずかしくなったが、
そこで引っかかりを感じた。突破口となる糸口に感づいた。
唄、歌だ。
エノク語に没頭したとある魔術師が『天使』の召喚にその言語による歌を用いたと本の端にあった。
それを録音したテープが残っているだとか。
要は、羊皮紙の解釈を歌に『出力』すれば、魔術として認識され、発動するのでは?
……全てが仮説。確証も無いし、軽薄な推論でしかない。
だが、歌とは一方通行にとっては意味ある言葉だった。生涯で唯一、科学とは違う魔術に触れた
儚い記憶にある歌。温かい光の中にあるような詠唱。打ち止めを救った物だ。
一方通行はベッドの上で羊皮紙の解読作業を進め、番外個体は服を着直し、横で毛布に包まっていた。
…………沈黙。どこか居心地の悪い静謐さがこの狭い部屋の空間を支配していた。
この二人が揃えばどんな時でも騒がしく、戯けた空気が拡散していくはずだったが、
二人の関係が変動したがためか、どこまでも粛然としていた。
一方通行はその方が都合が良いと思い、羊皮紙と参考書に没頭し続けたが新たな収穫は無かった。
どうすると魔術を発動するのかがわからない。その一点につきる。無理もなかった。科学との関連性が
ごっそり削がれた分野では一方通行はその学園都市の頂点にある頭脳を正常に活用出来ない。
脳に靄が掛かったかのようだった。どうしようもなく、目を羊皮紙から一旦逸らすと、
番外個体がこっちを見つめているのに気付いた。
「……なンだよ」
しかし改めて彼女の視線を追うと、番外個体も羊皮紙を眺めているのだとわかった。
「……これってなんなの?」
一方通行ですら全貌が把握しきれないのに番外個体が答えを聞いてくる。仕方なく答えることにした。
「いいか、まずこいつを記述するのに使われた言語はエノク語だ。伝承じゃ天使が喋ったモンだと
されている。現実じゃ16世紀後半にジョン・ディーとか言う奴が日誌に書き殴ったデマだがな。
とにかくそいつで原初の人間が万物に名を冠した。だからこの言語は森羅万象を表現出来る
統一語とも言える。で、そのディーは霊媒者のエドワード・ケリーに出会い、『神の如き者』から
ご信託を受けたンだとさ。でこの羊皮紙に書かれてる魔法陣が『偉大なる四方点の円』に
酷似していて……って聞いてンのかオマエ!」
暖かい毛布に蹂躙されている番外個体はうつらうつらして今にも眠りにつきそうだった。
目を擦って番外個体が返答すると、
「……う~ん、子守唄が聞こえるよぉ……」
「もはやお休みモードってかァ……?」
駄目だこりゃ。完全に寝ぼけている。自分でも半信半疑で、それでも意味を何とか抽出して
解読してるのにそれが無下にされて、熱弁していた自分が恥ずかしくなったが、
そこで引っかかりを感じた。突破口となる糸口に感づいた。
唄、歌だ。
エノク語に没頭したとある魔術師が『天使』の召喚にその言語による歌を用いたと本の端にあった。
それを録音したテープが残っているだとか。
要は、羊皮紙の解釈を歌に『出力』すれば、魔術として認識され、発動するのでは?
……全てが仮説。確証も無いし、軽薄な推論でしかない。
だが、歌とは一方通行にとっては意味ある言葉だった。生涯で唯一、科学とは違う魔術に触れた
儚い記憶にある歌。温かい光の中にあるような詠唱。打ち止めを救った物だ。
いつの間にか静かな部屋に音が流れていた。
掠れた喉で、錆びた機械音の様な声で、不器用な歌が紡がれていた。
内容は番外個体には理解出来ない。だがどこかぎこちなくとも、親しみが持てる歌だった。
一方通行は思う。滑稽だと。こんな辺境まで追いやられた自分が暢気に歌など口ずさんでいていいのかと。
すると確かな変化が起きた。羊皮紙に記された文字や魔法陣に、赤みがかった光が煌々と輝き始めたのだ。
番外個体が予想外の現象に驚き、毛布を跳ね飛ばした。
だが一方通行はそれらに気付かない。追憶に浸っていたからだ。学園都市に『天使』が降臨し、
ウィルスに蝕まれた打ち止めを救う為に歌を詠唱していたのは誰だった?まさかそいつはーー
掠れた喉で、錆びた機械音の様な声で、不器用な歌が紡がれていた。
内容は番外個体には理解出来ない。だがどこかぎこちなくとも、親しみが持てる歌だった。
一方通行は思う。滑稽だと。こんな辺境まで追いやられた自分が暢気に歌など口ずさんでいていいのかと。
すると確かな変化が起きた。羊皮紙に記された文字や魔法陣に、赤みがかった光が煌々と輝き始めたのだ。
番外個体が予想外の現象に驚き、毛布を跳ね飛ばした。
だが一方通行はそれらに気付かない。追憶に浸っていたからだ。学園都市に『天使』が降臨し、
ウィルスに蝕まれた打ち止めを救う為に歌を詠唱していたのは誰だった?まさかそいつはーー
が、ここで思考は強制的に途切れる。一方通行の体に過負荷が突如かかったからだ。
胸への重圧がより一層烈しい物へと変貌し、一方通行に牙を剥く。
二人により詳しい魔術と超能力への理解があれば理由は自ずと分かっただろう。
超能力者が魔術を手なずけると、身体に悪影響を及ぼし、最悪の場合には死に至らしめると。
「が……ァ、ぐォォォァァァあああああああああああアアアアアアアアアッ!!!」
一方通行の絶叫が響き渡る。あまりにも激烈な苦痛。血管が切断されるのとは違う、
血液そのものがマグマと化し、体内から全身を獄炎で焼き払っているかのようだった。
その場を転げ落ち、耐え難い激痛に全神経が救済を求めてさらに痛みを助長させ、
一方通行は床を掻きむしった。いつ血流が体を突き破ってもおかしくない。
番外個体はその光景に当惑するしかなかった。一方通行の歌とこの阿鼻叫喚の因果関係がわからない。
その間にも悲鳴は途切れる事無く続く。さらに浸食が広まり、一方通行の爪先から鉄臭い液が分泌される。
危険な状態なのは一目瞭然だが、非力な少女には何一つ手出し出来ない。狂った頭で最善手を考えたら
オッレルスに助けを求めるしか無いとわかった。彼ならこの窮地に最も有効な打開策を示してくれる。と
番外個体は震える両足でドアに駆けたが、ドアノブに手を掛けた時、ここで一つ、何かを思いついた。
一方通行の悲惨な姿から目を離す事で、冷静さが一瞬で再覚醒し、必要な思考が整頓されていく。
一方通行を蝕んでいるのは明らかに魔術の発動による副作用ではないか?
魔術が超能力と同じく脳によって制御されると仮定すれば、その演算を中断させる事でこの痛みを
取り除けるのではないか?あまりにも確実性に欠けた緊急避難法だが、事態は一刻を争う。
この一手に賭ける。その儚く弱々しい決意を持って一方通行に向き合い直す。そして、
胸への重圧がより一層烈しい物へと変貌し、一方通行に牙を剥く。
二人により詳しい魔術と超能力への理解があれば理由は自ずと分かっただろう。
超能力者が魔術を手なずけると、身体に悪影響を及ぼし、最悪の場合には死に至らしめると。
「が……ァ、ぐォォォァァァあああああああああああアアアアアアアアアッ!!!」
一方通行の絶叫が響き渡る。あまりにも激烈な苦痛。血管が切断されるのとは違う、
血液そのものがマグマと化し、体内から全身を獄炎で焼き払っているかのようだった。
その場を転げ落ち、耐え難い激痛に全神経が救済を求めてさらに痛みを助長させ、
一方通行は床を掻きむしった。いつ血流が体を突き破ってもおかしくない。
番外個体はその光景に当惑するしかなかった。一方通行の歌とこの阿鼻叫喚の因果関係がわからない。
その間にも悲鳴は途切れる事無く続く。さらに浸食が広まり、一方通行の爪先から鉄臭い液が分泌される。
危険な状態なのは一目瞭然だが、非力な少女には何一つ手出し出来ない。狂った頭で最善手を考えたら
オッレルスに助けを求めるしか無いとわかった。彼ならこの窮地に最も有効な打開策を示してくれる。と
番外個体は震える両足でドアに駆けたが、ドアノブに手を掛けた時、ここで一つ、何かを思いついた。
一方通行の悲惨な姿から目を離す事で、冷静さが一瞬で再覚醒し、必要な思考が整頓されていく。
一方通行を蝕んでいるのは明らかに魔術の発動による副作用ではないか?
魔術が超能力と同じく脳によって制御されると仮定すれば、その演算を中断させる事でこの痛みを
取り除けるのではないか?あまりにも確実性に欠けた緊急避難法だが、事態は一刻を争う。
この一手に賭ける。その儚く弱々しい決意を持って一方通行に向き合い直す。そして、
体内に残留した『シート』によって、一方通行の電極に備われた演算補助ツールに干渉する。
番外個体の働き掛けによって電極がか細い電子音を鳴らし、電源が切られた。
その瞬間、激痛に食い破られていた一方通行の動きが止まった。
荒れ狂う喀血が正常に戻り、苦痛が取り除かれ、魔術による浸食は完全に落ち着いたようだ。
そのまま一方通行は意識を失ったが、番外個体は逆に意識が高ぶっている。
こんな自分でも役に立てた。本来ならば彼の命を刈り取る立場にあったのに。
あの時の恩返しが果たせた。そんな実感が番外個体という、一人の少女に嘗て無い安堵感を与えた。
ゆっくりと少女は少年に近づく。血を拭い、その手を自分の顔に当てる。
先刻の懸想がまた番外個体の全身を駆け巡る。体温が上がり、胸が締め付けられ、
呼吸のリズムが早くなり、心が、耐え難くも穏やかで、心地よい切なさに満ち満ちてゆく。
何故、こんな感情が沸き起こったのか、その答えも知れぬまま、
番外個体の働き掛けによって電極がか細い電子音を鳴らし、電源が切られた。
その瞬間、激痛に食い破られていた一方通行の動きが止まった。
荒れ狂う喀血が正常に戻り、苦痛が取り除かれ、魔術による浸食は完全に落ち着いたようだ。
そのまま一方通行は意識を失ったが、番外個体は逆に意識が高ぶっている。
こんな自分でも役に立てた。本来ならば彼の命を刈り取る立場にあったのに。
あの時の恩返しが果たせた。そんな実感が番外個体という、一人の少女に嘗て無い安堵感を与えた。
ゆっくりと少女は少年に近づく。血を拭い、その手を自分の顔に当てる。
先刻の懸想がまた番外個体の全身を駆け巡る。体温が上がり、胸が締め付けられ、
呼吸のリズムが早くなり、心が、耐え難くも穏やかで、心地よい切なさに満ち満ちてゆく。
何故、こんな感情が沸き起こったのか、その答えも知れぬまま、
唇と唇が触れ合った。
9.5
瑞々しい音が、幽暗に人知れず奏でられる。美しいものではない。感動を呼ぶものでもない。
もっと不純で、生々しくて、醜悪な不快音だった。
瑞々しい音が、幽暗に人知れず奏でられる。美しいものではない。感動を呼ぶものでもない。
もっと不純で、生々しくて、醜悪な不快音だった。
現代的なデザインの杖を突いた白い少年が、目の前に繰り広げられる慄然な光景に戦慄していた。
血と錆の世界。廃墟に近似した街角で黒い少年が只管、死体を生産している。
一人につき3.5リットルの血液が爛れ、鮮血の池が水たまりの様に歪みに澱み、周囲に幾つも発生している。
不純物が一切混在していない深紅の湖。それを、千切れた人間の手足や肉体の欠損部位が取り囲んでいる。
血と錆の世界。廃墟に近似した街角で黒い少年が只管、死体を生産している。
一人につき3.5リットルの血液が爛れ、鮮血の池が水たまりの様に歪みに澱み、周囲に幾つも発生している。
不純物が一切混在していない深紅の湖。それを、千切れた人間の手足や肉体の欠損部位が取り囲んでいる。
その中心に佇む黒い少年は、それを覗く白い少年と背反しているが、同時に同一の存在でもあった。
昔と今。時間の経過が与えた差異しか、二人の間には存在しない。
悲壮感を全く背負っていない乾いた笑い声が轟く。項垂れ、もう止めてくれと悲痛な涙声が響く。
どちらの声もお互いには届かない。
昔と今。時間の経過が与えた差異しか、二人の間には存在しない。
悲壮感を全く背負っていない乾いた笑い声が轟く。項垂れ、もう止めてくれと悲痛な涙声が響く。
どちらの声もお互いには届かない。
白い少年が自分の首元に触れる。しかし、そこにあるはずの物は掻き消えていた。
自分が庇護したかった人々との繋がりが断たれていた。
思考が切断され、少年は全身の力が抜け、その場に無様に倒れ伏せる。
「……あ、な、た、の、せ、い、だ」
すぐ横に蝋人形の様に硬直し、ただ一つの表現のみを追求した表情が張り付いた顔があった。
悪意。
一万三十一もの、憎悪という死刃が自分に刺傷するのが分かった。
残りの九九七一の、冷笑が耳に突き刺さるのも分かった。
自分が庇護したかった人々との繋がりが断たれていた。
思考が切断され、少年は全身の力が抜け、その場に無様に倒れ伏せる。
「……あ、な、た、の、せ、い、だ」
すぐ横に蝋人形の様に硬直し、ただ一つの表現のみを追求した表情が張り付いた顔があった。
悪意。
一万三十一もの、憎悪という死刃が自分に刺傷するのが分かった。
残りの九九七一の、冷笑が耳に突き刺さるのも分かった。
結局、過去にも、現在にも、未来にも、この悪夢の中ですらも、
悪魔の様な自分の、身勝手な贖罪に、許しを召してくれる少女は、一人も、いない。
悪魔の様な自分の、身勝手な贖罪に、許しを召してくれる少女は、一人も、いない。
10
朝日が自然に差し込んでいた。乾きと温暖が一方通行の顔に現実の再来を叩き付けていた。
目を抉じ開けると、自分が壁に倒れ伏せているのに気付いた。毛布が被せてあるのも認知した。
あのまま、寝てしまったのか。乾燥した血液が指先に絵の具の様に付着しているのが視界に入った後、
昨夜の魔術の解読に思いを馳せた。あの苦痛は何だったのか。ぼんやりとした頭で考えを纏めようとしたが
途中で中断した。もうここに来て三日目。もうそろそろ学園都市も一方通行達の同行を把握する頃だ。
打ち止めの治療法を知った。自分の目的も判明した。
朝日が自然に差し込んでいた。乾きと温暖が一方通行の顔に現実の再来を叩き付けていた。
目を抉じ開けると、自分が壁に倒れ伏せているのに気付いた。毛布が被せてあるのも認知した。
あのまま、寝てしまったのか。乾燥した血液が指先に絵の具の様に付着しているのが視界に入った後、
昨夜の魔術の解読に思いを馳せた。あの苦痛は何だったのか。ぼんやりとした頭で考えを纏めようとしたが
途中で中断した。もうここに来て三日目。もうそろそろ学園都市も一方通行達の同行を把握する頃だ。
打ち止めの治療法を知った。自分の目的も判明した。
もう、ここにはいられない。
魔術的障壁が一方通行達を守り抜いても、強固な殻に閉じこもっている間に、
打ち止めはいずれ崩壊してしまう。それを防ぐには一刻も早く右方のフィアンマを屠殺し、
禁書目録を解放するしかない。その為にはこの孤児院から足を洗い、またロシアを放浪する必要がある。
一方通行は自分の頬を叩き、杖を引っ提げて、荷物をまとめ、準備を整えてから部屋を早足で出て行った。
「はぁはぁ、もっと、もっと……」
同室で一人怪しげな寝言を洩らしつつ、甘美な眠りに夢中になっている番外個体を引きづりながら。
魔術的障壁が一方通行達を守り抜いても、強固な殻に閉じこもっている間に、
打ち止めはいずれ崩壊してしまう。それを防ぐには一刻も早く右方のフィアンマを屠殺し、
禁書目録を解放するしかない。その為にはこの孤児院から足を洗い、またロシアを放浪する必要がある。
一方通行は自分の頬を叩き、杖を引っ提げて、荷物をまとめ、準備を整えてから部屋を早足で出て行った。
「はぁはぁ、もっと、もっと……」
同室で一人怪しげな寝言を洩らしつつ、甘美な眠りに夢中になっている番外個体を引きづりながら。
二三、廊下の角を曲がって廊下を歩いていくと、打ち止めが寝かされている寝室に辿り着いた。
不要な物音を立てずにドアを開け、ずかずかと打ち止めのベッドに接近した。
今回はまだ寝たままで、鼾をかいていた。頭のアホ毛も萎びている。
薄い胸の上下運動が毛布にも影響を与え、呼吸が視覚でも感知出来る。
さすがに夜は寒かったからか、毛布が乱れておらず、打ち止めは蓑虫の様に丸まっている。
天使というより、ただのガキの生意気な寝顔だった。それには向っ腹が立つが、
久々に打ち止めの安らかな寝顔を見た気がする。今まではエイワスの影響によって、
安眠など有り得なかったからだ。このまま叩き起こすのも悪いが、目前の利益に囚われていては駄目だ。
それでも優しく頬を撫でると、打ち止めは静かに起きた。
「う……ん、もう朝なの?気候が違うと、起床時間にも狂いがでるもんだね、
ってミサカはミサカは日本とロシアの時差について適当な見解を出してみる」
「早く顔洗って、朝飯を腹に入れてこい。三十分経ったら出発すンぞ」
「え!?もうここから出てくの!?友達と今日も遊ぶ約束してたんだよ!
ってミサカはミサカは日本伝統のかまくらをロシアの子供達と堪能する予定を述べてみたり!」
こいつ、自分が死にかけてるのに随分気楽だな、と一方通行は冗談半分で絶句し、
オッレルスの治療が別の意味で良好なのかとも思ったが、打ち止めの尻を叩いて(あくまで比喩表現)
さっさと洗面台に行くよう急かした。
「ふ~ふふふふ。やっぱり第一位も男の子なんだね……ってミサカはあなたのあそ」
番外個体の尻も蹴って(今度は文字通り)覚醒を促した。
不要な物音を立てずにドアを開け、ずかずかと打ち止めのベッドに接近した。
今回はまだ寝たままで、鼾をかいていた。頭のアホ毛も萎びている。
薄い胸の上下運動が毛布にも影響を与え、呼吸が視覚でも感知出来る。
さすがに夜は寒かったからか、毛布が乱れておらず、打ち止めは蓑虫の様に丸まっている。
天使というより、ただのガキの生意気な寝顔だった。それには向っ腹が立つが、
久々に打ち止めの安らかな寝顔を見た気がする。今まではエイワスの影響によって、
安眠など有り得なかったからだ。このまま叩き起こすのも悪いが、目前の利益に囚われていては駄目だ。
それでも優しく頬を撫でると、打ち止めは静かに起きた。
「う……ん、もう朝なの?気候が違うと、起床時間にも狂いがでるもんだね、
ってミサカはミサカは日本とロシアの時差について適当な見解を出してみる」
「早く顔洗って、朝飯を腹に入れてこい。三十分経ったら出発すンぞ」
「え!?もうここから出てくの!?友達と今日も遊ぶ約束してたんだよ!
ってミサカはミサカは日本伝統のかまくらをロシアの子供達と堪能する予定を述べてみたり!」
こいつ、自分が死にかけてるのに随分気楽だな、と一方通行は冗談半分で絶句し、
オッレルスの治療が別の意味で良好なのかとも思ったが、打ち止めの尻を叩いて(あくまで比喩表現)
さっさと洗面台に行くよう急かした。
「ふ~ふふふふ。やっぱり第一位も男の子なんだね……ってミサカはあなたのあそ」
番外個体の尻も蹴って(今度は文字通り)覚醒を促した。
「で、本当にもう出向くのかい?」
玄関を出て、外壁の出入り口でオッレルスは一方通行一行を送ろうと外に出ていた。
周りには孤児達も並んでおり、打ち止めとの別れを惜しんでいた。
「フィアンマって奴の場所はオマエでも究明できねェンだろォ?だったら俺が直にこの足で
突き止めるしかねェ。戦争の現場まで出向けば、首謀者の動向も掴める可能性がある。
……さすがにこの二人をここに預けておくのは危険すぎるからな。世話になった」
オッレルスはこの孤児院から離れられない。したがって、外界の情報を集めるのにも
限界があるのだろう。こんな辺境では秒単位で移り変わる戦況を完全に知り得るのは無理が有る。
よって一方通行は自分でフィアンマを探す事にした。そいつの目的もこの戦争を引き起こした理由も、
推測しか出来ないが、おそらく世界大戦自体は隠れ蓑であり、過激な陽動とも言える。
また違った計画が裏にあると、あまりにも闇に触れすぎた一方通行はフィアンマの真意を読み取っていた。
「……そうだな。君には君にしか成し得ない事もある。もしかしたら、君もあの少年の様に
この大戦を終結させる切り札になるかもしれないな。何の力にもなれなくて済まない」
あの少年、といったらやっぱりアイツなンだろォな、と一方通行は見当をつけて呆れつつ言及する。
「ハッ、打ち止めの病状を和らげて、俺に魔術と禁書目録の概略を授けてくれやがった奴が
吐くセリフじゃあねェな。まぁフィアンマとかいう雑魚ぐらいなら俺と上条が挑めば、なンとでも……」
玄関を出て、外壁の出入り口でオッレルスは一方通行一行を送ろうと外に出ていた。
周りには孤児達も並んでおり、打ち止めとの別れを惜しんでいた。
「フィアンマって奴の場所はオマエでも究明できねェンだろォ?だったら俺が直にこの足で
突き止めるしかねェ。戦争の現場まで出向けば、首謀者の動向も掴める可能性がある。
……さすがにこの二人をここに預けておくのは危険すぎるからな。世話になった」
オッレルスはこの孤児院から離れられない。したがって、外界の情報を集めるのにも
限界があるのだろう。こんな辺境では秒単位で移り変わる戦況を完全に知り得るのは無理が有る。
よって一方通行は自分でフィアンマを探す事にした。そいつの目的もこの戦争を引き起こした理由も、
推測しか出来ないが、おそらく世界大戦自体は隠れ蓑であり、過激な陽動とも言える。
また違った計画が裏にあると、あまりにも闇に触れすぎた一方通行はフィアンマの真意を読み取っていた。
「……そうだな。君には君にしか成し得ない事もある。もしかしたら、君もあの少年の様に
この大戦を終結させる切り札になるかもしれないな。何の力にもなれなくて済まない」
あの少年、といったらやっぱりアイツなンだろォな、と一方通行は見当をつけて呆れつつ言及する。
「ハッ、打ち止めの病状を和らげて、俺に魔術と禁書目録の概略を授けてくれやがった奴が
吐くセリフじゃあねェな。まぁフィアンマとかいう雑魚ぐらいなら俺と上条が挑めば、なンとでも……」
その瞬間、一方通行とオッレルスは一点に振り向き、ベクトル操作で外壁を強引に引き詰めて
盾を拵え、そして『説明のできない力』で衝撃を最低限まで軽減した。
轟!と大砲が暴発したかの爆発音が孤児院に衝突する。しかし、孤児院どころか、子供達、
妹達には傷一つすら付かない。あまりにも広範囲で殺傷力に長けた攻撃だったが、
科学の頂点に立つ怪物と、魔術の限界に最も近づいた化物の前には、ガキの振り上げる拳にも満たない。
奇襲だ。
「遂に」
「来たってワケか」
一方通行はゴキ、と運動不足の首を斜めに曲げて鈍い骨の音を鳴らし、今の攻撃の発射点を観測する。
ベクトルの解析によって導かれた答えは一つ。これは学園都市による進撃ではない。
攻撃で生じた衝撃によって巻き起こった風を『反射』しきれなかった。
つまりは魔術。その証拠に、五十メートル先には深い青の布を纏った異様な集団が
血を滴らせた白っぽい槍を携え、こちらに目を向けている。
「……ロシア成教の回し者だな。魔術の形式からしてエノク魔術の使い手か」
オッレルスもまた魔術的な視点で敵を分析する。
「エノク語には通常の英語では発音出来ない音声的特徴が有る。
その性質を抽出して、『音』による物理的干渉を変異させてこの威力を構成しているようだ」
一方通行には半分程しか魔術的仕組みが分からないが、とにかく『音』、即ち空気の振動を激盪させ、
物質にも振動を伝達することによってこの破壊力を実現しているらしい。超音波の強化版といった所か。
相手は二十人位。懐に潜り込めば一撃で殲滅できる人数だが、
こちらは妹達や孤児達と戦力外の者達を抱えている。明らかに不利だ。
「二手に分かれよう」
オッレルスが最も合理的な案を出す。
「奴らを迎撃する一人を残して、もう一人はこの子達を連れて離れる。敵の目的が誰かはわからないが、
どっちみち自分達を攻撃してくる者を振り切ってまで弱者を確保し人質を取ろうだなんて考えはしない。
少ない手数で広範囲に反撃を続ければ問題ない。ここは俺がーー」
「待て、それは俺がやる」
一方通行が口を挟む。
「俺のチカラじゃガキ共を守りきれねェ。向こうも二手に分かれるか、
もしくは別働隊を控えてさせてンだろォな。そうじゃねェならこんな奇襲は使ってこない筈だ。
この一隊が全ての戦力ですよ全力で真正面から戦いますよ、って印象づけるための罠だ。
足止めは重要だが、その役割はオマエじゃ勤まらねェよ」
一方通行は自分一人なら無傷でこの襲撃を撃退出来る。魔術が『反射』しきれないとしても
竜巻で一気に薙ぎ払うか、五指で血管を破裂させ続ければ殺られる前に封殺出来る。
逆に自分以外は守り難い。可能なのはせいぜい、打ち止め一人を抱えて逃げるぐらいだろう。
だったら自分が残る。そう方針を決めかねている間にも、魔術師達は距離を詰めてくる。
「オマエの戦力は知らねェ。だが子供のためなら十二分の力を発揮するのがオマエじゃねェのか?
だから任せる。こいつらを、頼む」
盾を拵え、そして『説明のできない力』で衝撃を最低限まで軽減した。
轟!と大砲が暴発したかの爆発音が孤児院に衝突する。しかし、孤児院どころか、子供達、
妹達には傷一つすら付かない。あまりにも広範囲で殺傷力に長けた攻撃だったが、
科学の頂点に立つ怪物と、魔術の限界に最も近づいた化物の前には、ガキの振り上げる拳にも満たない。
奇襲だ。
「遂に」
「来たってワケか」
一方通行はゴキ、と運動不足の首を斜めに曲げて鈍い骨の音を鳴らし、今の攻撃の発射点を観測する。
ベクトルの解析によって導かれた答えは一つ。これは学園都市による進撃ではない。
攻撃で生じた衝撃によって巻き起こった風を『反射』しきれなかった。
つまりは魔術。その証拠に、五十メートル先には深い青の布を纏った異様な集団が
血を滴らせた白っぽい槍を携え、こちらに目を向けている。
「……ロシア成教の回し者だな。魔術の形式からしてエノク魔術の使い手か」
オッレルスもまた魔術的な視点で敵を分析する。
「エノク語には通常の英語では発音出来ない音声的特徴が有る。
その性質を抽出して、『音』による物理的干渉を変異させてこの威力を構成しているようだ」
一方通行には半分程しか魔術的仕組みが分からないが、とにかく『音』、即ち空気の振動を激盪させ、
物質にも振動を伝達することによってこの破壊力を実現しているらしい。超音波の強化版といった所か。
相手は二十人位。懐に潜り込めば一撃で殲滅できる人数だが、
こちらは妹達や孤児達と戦力外の者達を抱えている。明らかに不利だ。
「二手に分かれよう」
オッレルスが最も合理的な案を出す。
「奴らを迎撃する一人を残して、もう一人はこの子達を連れて離れる。敵の目的が誰かはわからないが、
どっちみち自分達を攻撃してくる者を振り切ってまで弱者を確保し人質を取ろうだなんて考えはしない。
少ない手数で広範囲に反撃を続ければ問題ない。ここは俺がーー」
「待て、それは俺がやる」
一方通行が口を挟む。
「俺のチカラじゃガキ共を守りきれねェ。向こうも二手に分かれるか、
もしくは別働隊を控えてさせてンだろォな。そうじゃねェならこんな奇襲は使ってこない筈だ。
この一隊が全ての戦力ですよ全力で真正面から戦いますよ、って印象づけるための罠だ。
足止めは重要だが、その役割はオマエじゃ勤まらねェよ」
一方通行は自分一人なら無傷でこの襲撃を撃退出来る。魔術が『反射』しきれないとしても
竜巻で一気に薙ぎ払うか、五指で血管を破裂させ続ければ殺られる前に封殺出来る。
逆に自分以外は守り難い。可能なのはせいぜい、打ち止め一人を抱えて逃げるぐらいだろう。
だったら自分が残る。そう方針を決めかねている間にも、魔術師達は距離を詰めてくる。
「オマエの戦力は知らねェ。だが子供のためなら十二分の力を発揮するのがオマエじゃねェのか?
だから任せる。こいつらを、頼む」
単に戦場から邪魔者を排斥したいだけだった。結局一方通行は自分のみにしか矛も盾も使えない。
だから、打ち止めや、番外個体も邪魔だ。
この二人をこれ以上、害悪に曝したくなかった。
その意思を汲み取ったのか、オッレルスが頷く。わかったとだけいい、子供達と打ち止めを連れて行く為に
魔術で視界を遮って、孤児院前から逃避していった。
打ち止めの瞳が自分に向けられているのは、背中で分かった。だが、しかし、だとしても、
「……必ず、戻ってくるよね?ってミサカはミサカは尋ねてみる」
「ああ、必ずだ」
それだけで、闘う理由は十分だった。
だから、打ち止めや、番外個体も邪魔だ。
この二人をこれ以上、害悪に曝したくなかった。
その意思を汲み取ったのか、オッレルスが頷く。わかったとだけいい、子供達と打ち止めを連れて行く為に
魔術で視界を遮って、孤児院前から逃避していった。
打ち止めの瞳が自分に向けられているのは、背中で分かった。だが、しかし、だとしても、
「……必ず、戻ってくるよね?ってミサカはミサカは尋ねてみる」
「ああ、必ずだ」
それだけで、闘う理由は十分だった。
戦場に残る一方通行。久々の感覚だ。神経が余計な雑音まで察知し、
ただ殺し合いに特質した力と意思だけが浮き彫りになる。気の弛み、体の痒みといった
日常では当たり前の細事までもが勝敗に関与する。電極のスイッチは既に入っており、
学園都市最強の超能力者が、獲物の動きを舌舐めずりして伺う。
「で、何でオマエがここにいンだァ?」
と、横を振り返るともう一人、この戦いに入り込んでいた。
番外個体。『欠陥電気』の大能力者。
「やっほう、ミサカも力添えしたいと思って残ったワケだよ。第一位。
お姉様程の出力は無理だけど、大能力者程度でも暗部で働いてる人もいるし、
ミサカももしかしたらこの迎撃戦のキーパーソンになっちゃうかもよ?」
一方通行はもう溜息とかそういう文句は吐かない事にした。
こいつには驚かされたり、呆れさせたり、自我を崩壊させられたりしたが、今回だけは許した。
「……言っとくが、あいつらがどんな手を控えてンのかは不明だからな。
もしかしたら、俺より強い奴だっているかもしれねェぞ?」
『グループ』の所属員にも感じなかった連帯感があった。
「ははは、あなたより強い人なんて異星人でも無い限りいないと思うよ。
ミサカは宇宙人なんて信じてないけどね」
守りたい者と、共に戦いたい者との境にある殻が割れた気がした。
「来るぞ」
一方通行が身構える。それに応じ、番外個体は背中から顔全体を覆うゴーグルのスペアを取り出し、
再び装着する。決闘に来訪する覚悟を表したかのようだった。
「足手纏いにはなるなよ」
「もしそうなっても、あなたがミサカを守ってくれるんでしょ?」
もう間もなく、二団はぶつかり合う。魔術と科学の交差が全てである戦闘の火蓋が、切って落とされる。
ただ殺し合いに特質した力と意思だけが浮き彫りになる。気の弛み、体の痒みといった
日常では当たり前の細事までもが勝敗に関与する。電極のスイッチは既に入っており、
学園都市最強の超能力者が、獲物の動きを舌舐めずりして伺う。
「で、何でオマエがここにいンだァ?」
と、横を振り返るともう一人、この戦いに入り込んでいた。
番外個体。『欠陥電気』の大能力者。
「やっほう、ミサカも力添えしたいと思って残ったワケだよ。第一位。
お姉様程の出力は無理だけど、大能力者程度でも暗部で働いてる人もいるし、
ミサカももしかしたらこの迎撃戦のキーパーソンになっちゃうかもよ?」
一方通行はもう溜息とかそういう文句は吐かない事にした。
こいつには驚かされたり、呆れさせたり、自我を崩壊させられたりしたが、今回だけは許した。
「……言っとくが、あいつらがどんな手を控えてンのかは不明だからな。
もしかしたら、俺より強い奴だっているかもしれねェぞ?」
『グループ』の所属員にも感じなかった連帯感があった。
「ははは、あなたより強い人なんて異星人でも無い限りいないと思うよ。
ミサカは宇宙人なんて信じてないけどね」
守りたい者と、共に戦いたい者との境にある殻が割れた気がした。
「来るぞ」
一方通行が身構える。それに応じ、番外個体は背中から顔全体を覆うゴーグルのスペアを取り出し、
再び装着する。決闘に来訪する覚悟を表したかのようだった。
「足手纏いにはなるなよ」
「もしそうなっても、あなたがミサカを守ってくれるんでしょ?」
もう間もなく、二団はぶつかり合う。魔術と科学の交差が全てである戦闘の火蓋が、切って落とされる。