とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

その5

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「はぁー、食べた食べたぁ。カミジョーさん的にはもう、大、満、足、ですー」
 上嬢はそう言うと、レジャーシートの上に手足を大きく広げてごろんと仰向けに寝転んだ。
 その際、短いスカートの中が見えそうになって一同騒然としたのだが、そこはインデックスが対エリス戦時のような素早さで立ちふさがった為事無きを得た。
 そんな上嬢の隣には空になった重箱や弁当箱やバスケットケースが置いてある。
 これらは全て上嬢がデートのスペシャルブッキングの罰として食べる事を命じられた愛情たっぷりのお弁当たちである。
 当の上嬢のお弁当の方は、図らずも誰にも渡すものかとインデックスが1人で食べてしまったので、上嬢はこのお弁当たちに集中して食べ進んだ。
 そして、その結果が先程の台詞に繋がると言う訳だ。
 上嬢は暫く眼を瞑ってめいっぱい詰め込んだお腹をゆっくりとさすりながら、苦しいと幸せの中間をゆっくりと漂っていた。
 遠く微かに女の子たちの楽しそうな声やら、吹寄の「こら上嬢。貴様、食べて直に寝たら太るわよ」と言う叱責の声を聞きながら微かに吹く夜風を楽しんでいた。
 すると突然、今までそよそよと吹くか吹かないか程度の夜風が一瞬だけ強く吹いた。
 上嬢の前髪をなぶり、桜の木の枝が微かに擦れる――そして何かが上嬢の鼻先をくすぐった。
 その感触にふと目を開けた上嬢の鼻先に一枚の桜の花びら、そして目に映ったのは満開の桜の隙間から差し込む淡い月の光と、月光に照らし出されて闇夜に舞い散る桜吹雪だった。
 上嬢の頬に朱が走る。

「うおーっ!! すっげーなこりゃ」
 感嘆の声を上げる上嬢に皆が一斉に振り返る。
 特にインデックス越しに上嬢の手足をジタバタさせる姿を見ていた吹寄の眉間に深い皺が寄る。
 周りの目はともかく、彼女自身はどちらかといえば『静』を愛するのだ。

「こら上嬢。貴様、今度は一体何の騒ぎよ? まさか天から女の子でも降ってきたんじゃないでしょうね」
 吹寄は上嬢に言ったのだが、何故かその一言に上嬢の傍らにいたインデックスの肩がビクッと跳ねた。
 そんな事はさて置き、上嬢は急にむっくり起き上がり半眼で辺りを見回した後、緩慢に体位を変えて四つん這いの姿勢になった。
 その顔は桜の色が移ったかのようにほんのりと赤く、まるで何かに酔っているかのようだ。
 そんないつも以上に様子のおかしい上嬢に一斉に奇異の視線が集中する中、

「んだぁ吹寄ぇ、何お馬鹿な事言ってんだー?」
「な!? 何だと貴様! あ、あたしの何処が馬鹿だって――――」
 吹寄は上嬢の一言に眉尻を上げていきり立つ。
 そして腕まくりをして立ち上がろうとした瞬間――。

「それよりほらっ、お前も、寝、て、見、ろ、よっ!」
 上嬢はあろう事か吹寄の腰の辺りにタックルのように抱き付いたのだ。

「きゃ!?」
 咄嗟の事で何の対処も出来なかった吹寄は簡単に上嬢に組み敷かれてしまった。
 唖然として見上げる吹寄の顔を、上嬢が悪戯っぽい笑みを浮かべて覗き込む。
 そんな2人の間に暫しの沈黙が流れた後、上嬢の下で吹寄は頬を真っ赤にしながら微かに身じろぎすると、

「やだ……、みんながいる前で……」
 先程の怒りの表情とは打って変わって非常にご満悦な様子だった。
 上嬢は、そんな潤んだ流し目を送ってくる吹寄に笑顔のまま、

「ん、何言ってんだ吹寄? 上だよ上。ほら――――」
 そう言って上嬢が見上げる先を目で追った吹寄ははっと息を呑んだ。


「きれい……」
「なっ。やっぱすげーよなぁーこの桜」
 吹寄の感嘆の声に合わせる様に上嬢はしみじみと桜を見上げながら言う。
 上嬢の少ない思い出に新たに加えられた、この素晴らしい情景。
 それをみんなと共有したかった上嬢は更に、

「オイ、みんなも上見てみろよ桜がすげぇ……、ん?」
 言いかけて周りの状況にキョトンとした。
 みんなが怖い顔をしてこっちを睨んでいる。
 あの姫神でさえ眉間に深い皺を刻んでいるのだからちょっとただ事ではない。
 御坂妹だけが、相変わらずの無表情で「押し倒される為のルーチンは……」などと小さく呟いていた。
 本来ならここで上嬢の土下座パフォーマンスが始まる所だが、今日の上嬢は何かが違っていた。
 上嬢は怯むどころか、間近にいた姫神ににぃーっとこれ以上ないくらい悪戯っぽい笑みを見せた。
 その笑顔に姫神が一瞬怯んだ瞬間を上嬢は見逃さない。

「ほぉら。姫神も寝転べぇー!」
「あっ」
 軽い身のこなしでひょいと膝立ちになった上嬢は姫神を抱き寄せると、あっと言う間に吹寄の横に頭を並べるような格好に引き倒した。
 さらに、

「ひぃめがぁみちゃーん。うにうにうにぃ―――――♪」
「!?」
 上嬢は姫神の頬に頬をすり寄せた。

(な。何が一体君に? しかし。柔らかい)
 全く抵抗される事なくひとしきり姫神を堪能した上嬢は、

「うふっ。うふふふふふふふ……」
 何だかとってもいっちゃった様な笑い声を発していた。
 そんな上嬢の様子に、寝転んだままの吹寄と姫神は困惑したような表情を浮かべて見詰め合う。
 吹寄と姫神の困惑は周りでまだ餌食になっていない女の子たちにも伝染していた。
 一体何が起きているのだろうと視線を交し合う一同の中、そんな場の空気など全く読まない上嬢は、

「なぁんかぁ……、楽しくなって、キタァ――――――――――――――――――――!!」
 上嬢が歓喜の雄叫びを上げる。
 その姿はまさにたちの悪い酔っ払い――今回はアルコール無しの筈なのに一体何に酔ったのだろうか?
 そんな馬鹿騒ぎをする上嬢を果敢にも止めようと立ち上がる者がいた――上嬢の同居人のインデックスである。
 今日は何かと面白くない事ばかり発生していた彼女は私怨を胸に文字通り上嬢に噛み付こうと立ち上がろうとした。

「とうまっ! 悪ふざけも大概に――――」
 ところが一瞬の隙を突いて上嬢がインデックスの腰にすがりついた。

「きゃ!?」
 足元がふわっとしたかと思った時には目の前に上嬢の笑顔のドアップがあった。
 頬をくすぐる上嬢の長い髪に、同じシャンプーを使っている筈なのに甘い香を感じてインデックスは顔を真っ赤にした。
 普段取っ組み合いやらなにやらしている2人だが、こんな優しい触れ合いは久しぶりであった。

(何? し、心臓がバクバクして、私おかしくなっちゃくかも!?)
 ぴったっと身動きを止めたインデックスの頭を撫でながら、上嬢は次の獲物を探して頭を巡らせる。
 そして次に上嬢の目に止まったのは、先程から状況が読めていないのかいつも通りの御坂妹――いや、上嬢と目が合った瞬間、微かに頬を赤らめながら遠慮気味に手を開いて……、それはまさに「かかって来なさい」のポーズなのか?

「ふふ。逃げずに受け止めようと言うのかね?」
 上嬢もどうやらそう解釈したようだ。
 そうして上嬢が飛び付いて来ると、待っていましたとばかりに御坂妹は上嬢の体に腕を回して密着した。


「図らずも押し倒されました、とミサカはワザとらしくあなたを立てながらもどさくさに紛れて抱きしめました」
 ごろんと転がると、上手く体をずらして上嬢の胸に頬擦りする。
 胸元に鼻先を埋めてにおいを嗅ぐと、何だか甘い香がした気がして御坂妹を幸せにさせた。
 ところで思わぬ反撃を受けた上嬢は、

「うは!? く、くすぐったい」
 これは流石に今の上嬢でもたまらなかったのか、御坂妹からは早々に退散すると、今度のターゲットとして白井をじっと見つめた。

「どうぞいらして下さいな上嬢さん。覚悟は出来ておりますわよ」
 挑発的に右掌を上に向けて指先だけでおいでおいでする白井に、

「にぁー♪」
「「猫!?」」
 上嬢の猫まねに白井のみならず、今のところ無事な美琴まで唖然とさせた。
 そして白井の気が一瞬それたのを見逃さない上嬢は、今までの犠牲者と同じように白井も押し倒した。

「白井ぃ……」
「あ、あの。上嬢さん?」
 白井の心臓が早鐘を打つ。
 目の前にはある大チャンスここは慎重にと考えていた白井だったが、

「大サービス♪」
 そう言うと上嬢は、目の前にあったつんと上を向いた白井の鼻先をぺろりと舐めた。

「ぐは!?」
 白井の全身から力が抜けた。
 美琴からは白井の口から何か白いものが立ち昇ったような気がした。

「くふふふ……、残るは御坂1人ですよん。覚悟はよろしいでせうか?」
 そう言われると生来の勝気な正確が全面に押し出されるのが美琴の性分。
 みるみる眉が持ち上がると、

「くっ。ド、ドンと来なさいよ、ドンとっ!!」
 そう胸を叩いて上嬢を挑発したつもりの美琴だったのだが、

「アンタなんかに押し倒される美こ――――」
「どーん♪」
「きゃん!?」
 簡単に上嬢に押し倒されてしまった。

「口ほどにもないなぁ御坂センセーは。先程のビッグマウスは如何いたしたのでしょうか?」
「くっ! タマにはアンタに花を持たせてやろうとした私の心憎いまでの演出が判らないなんて、アンタも相当な鈍感よねー」
 美琴は、上嬢のからかう様な調子に翻弄されて、置かれた立場も忘れて猛然と食って掛かる。
 そんな様子を楽しそうに見下ろしながら、

「あれあれ? 美琴っちはそんな事申し上げちゃうわけですか? あらあら、そうなんですね。まぁまぁ、どうしましょうかしら」
「な、何よ? い、一段と気持ち悪いわね今日のアンタは」
 上嬢の言葉に、改めて自分の置かれた立場に気が付いて幾分トーンを押さえつつも毒づいた美琴だったが、

「そうなんだよ。今日の私は変だから――みこっチャンにチユーだってしちゃうのですよー」
「!?」
 抵抗する暇もなく唇を奪われた。


「ア、アンタ……、ふにゃぁ……」
 現実を受け止めきれなかった美琴が、精神の許容量を超えてメルトダウンした。
 そうして見事にレジャーシートの上に横たわる犠牲者たちを見て上嬢はすっかりご満悦の様子で、

「わっはっはっはっはっ、花見って楽しいなぁ――――――――――!! ここにはまたみんなで来ようぜっ! その次も、その次も、ずうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅと一緒になっ!!」
 すると上嬢の陽気な声に誘われるように、また夜風がさっと枝を揺らして桜の花びらを降らせた。
 そんな幻想的な情景に誰と無くほっと溜息を漏らす。

「とうこがそう言うならみんな一緒でも構わないかも」
「ま、まあアンタがどうしてもって言うなら付き合ってあげてもいいけど?」
「上嬢さんとお姉様がいらっしゃるのでしたら何処までも着いてゆきますわ」
「私はあなたの願いを必ず遂行します、とミサカは熱い思いを胸にそう断言します」
「ふん。上嬢当子の癖に綺麗に締めようなんて生意気だわね」
「ふふ。君らしい答え」
 そんな彼女たちの言葉に、上嬢は満足そうにうんうんと頷いた。
 しかし、

「でも。多分。次はまた。ライバルが増えていそうな予感」
「ん?」
「前の一件もそうだけど、アンタ少し尻が軽すぎんのよ」
「へ?」
「確かに何時誰にぺろりと行かれてもおかしくないのでくれぐれも気をつけて欲しいと思います、とミサカは将来を憂いながら問題点を指摘しました」
「はぁ?」
「そうだよとうこ! 私がどんなにとうこを心配しているのか判っているのかな?」
「お前が心配しているのは私じゃなくて食事のこ――――」
 上嬢が思わずそう呟こうとしたが最後まで言う事は出来なかった。
 一同の耳に漫画のようないい音が聞こえた。

「イ、インデックスさおわあああああああああああああ!!」
 上嬢は頭にインデックスをつけたまま右へごろごろ左へごろごろとのた打ち回る。

「こ、こらチビガキ!? 一々噛み付いてんじゃないわよ!! アンタも何されるがままになってんのよ!! は、な、れ、な、さ、いぃぃぃ―――――!!」
「ごああ!? こ、これを見てお前はそんな事言うのおおおおおおおおおおお!!」
 更に上嬢とインデックスを引き離そうと、美琴が参戦して騒動は沈静するどころか大きくなるばかり。
 そんな騒動を遠巻きに眺めながら吹寄は溜息をついて、

「あーあ。結局貴様は最後まで格好よく行かない訳ね」
 そう言う吹寄の顔は何だか楽しそうだ。

「ま。それが上嬢さんだから」
 のんびりと姫神はそう言い切った。

「痛だだだだだだだだだだだだああああああア゛ア゛――――――――――。もぉ、不幸だぁ――――――――――――!!」


END


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