とある魔術の禁書目録 Index SSまとめ

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匿名ユーザー

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「どういう事か。説明してもらおうか」

とあるマンションの空き部屋に、やや怒気を含んだ少年の声が響く。相手はテレビ画面の向こうにいる男性とも女性とも囚人とも聖人ともとれる人物だ。
どういう理屈なのか、テレビには電源コンセントしか入れていないはずなのに音声も映像も鮮明である。

『どういう事か…と私に言われても困るな』
画面の人間は笑いさえ含んだふざけた口調で静かに答える。
「ふざけるな!お前が何もしないで奴が動くものか!」
対して少年は刺すような怒号を叩きつける。が、画面の人間は眉一つ動かさない。
「確証はないが、あの膨大な魔力量と特殊すぎる質…『魔神』で間違いないだろう。お前、奴に何をした?」
『正確には「なり損なった」だがな』
画面の人間は嘲るが、少年の表情を見て流石に思うところがあったのか、事の顛末を話し始める。
『まぁ端的に言えば奴の忠告を無視したまでだ』
「何の忠告だ」
少年は間髪入れずに質問を繰り出す。
『原石さ』
画面の男もあっさりと答える。
その言葉を聞いて少年はわずかに眉をひそめた。

現在『外』で『原石』と呼ばれる人間の争奪戦が行われているのは知っている。
なんでも、学園都市に対抗すべくアメリカとロシアが中心となって天然モノの能力者を確保、分析して日本の学園都市に追いつけ追い越せなんていう事をしているらしい。
もっとも、超能力が何たるかを本質的に理解していない連中が『原石』を入手したところで「なんて不思議な能力なんだ」で終わるのは目に見えている。
学園都市でさえ完全に解明できていない『原石』の正体を『外』の連中が解明できるはずがないのだ。
そんな無駄な行為をあの人間が見逃すはずがない。自身の目的の為には手段を選ばないあの悪魔ならば。

「なるほど…。お前は獲物を外のカラスどもにつつかれない内に確保したかったというわけか。もっとも、ただのカラスではない者もいたわけだが」
『そう言うな。これも「プラン」に必要な事なのだよ』
「それは結構な事だが、それで『魔神』を敵に回しては元も子もないな。奴はこれまでの魔術師とは全く別次元の存在だ。俺のような一介の魔術師はおろか、聖人だって相手にもならないだろう。一体どうやって収拾をつけるつもりだ?」
『ふむ…。確かにこれまで通りにはいかないだろうな。「ヒューズ=カザキリ」もまだまだ調整段階だからな。困ったものだ』
画面の人間はそう言ってはいるが、その表情には薄い笑いのようなものが浮かんでいるように見える。
「また『幻想殺し』でも使うつもりか?」
少年は静かに問う。しかしその言葉はこれまでのどの言葉よりも鋭さのある口調だった。
『いや、今回は彼には少し休んでもらうつもりだ。「アレ」を消し飛ばされても困るしな』
画面の人間のその言葉に少年はわずかに安堵する。
「まったく…これなら二十億のローマ教徒が一気に攻め込んで来てくれた方がまだマシだったぞ。どういう策を巡らせているかは知らんが今回ばかりは俺の手には負えない。奴は特定の宗派に属していない分、学園都市をストレートに潰すという意味なら『右方』よりも厄介だぞ」
『心配しなくてもいい。私が何とかしよう』
「どうだかな。いずれにしても、俺の友人達を無関係に巻き込むのであれば容赦はしないぞ!」
少年の通告に『わかっているさ』という一言を返して通信は途絶えた。


男性とも女性とも囚人とも聖人ともとれる人物は、通信の切れた画面から別の画面に視線を向ける。
『まったく…どうにも思い通りにはいかないものだな』
溜め息を含んだような言い方だったが、その声から明確な感情を察知する事はできない。
その声の主の視線の先にある画面には2人の人間が映し出されていた。

『さて、どうしたものかな』



「―――と、まぁこんな感じなわけです。じつに下らないでしょう?」
特久池は楽しげな笑顔でこれまでのいきさつを話した。
「全くだな。テメエらで生かしておいて、制御できないと踏んだら処分か。滑稽なもんだな」
垣根は哀れみを含んだ笑みで吐き捨てる。
「連中は今後学園都市が外部から受けるであろう攻撃に向けて垣根さんのような貴重な能力者を失いたくなかったようですね。本来なら助けた義理として学園都市側に完全に取り込んでしまおうとしたかったようですが…」
「俺がそんなに義理堅い人間だとでも思っていたのかね」
さぁ、と特久池は笑いながら首を傾げると、
「ところで垣根さん。肝心の今回私があなたに近づいた件なんですけどね…」
そう言うと特久池は両手を広げる。
垣根は早く話せ、とばかりに特久池から視線を外している。


「あなたを抹消する為に来たのですよ」


その瞬間、ドゴォォォォォォ!!と強烈な爆発音が炸裂した。
原因はライターと車だ。
特久池は窓から見えていた車をテレポートで部屋に移動、同時に持っていたライターを着火させた状態でガソリンタンクの中にテレポートさせた。
これによって起こる現象は単純明快。
凄まじい爆音と共に、部屋は一瞬にして灼熱の炎と黒々とした煙に包まれた。

特久池は爆発の瞬間にビルの屋上にテレポートしていた。その表情は優れない。
奇襲には成功したが、学園都市第二位があの程度で倒れるはずがない。
そんな特久池の考えに答えるように屋上のアスファルトの一部が凄まじい音と共にぶち抜かれる。
「あーあー。びっくりした。お前、人に向かって花火をしてはいけませんって教わらなかったのか?」
不敵な笑みを浮かべて現れる学園都市第二位。その体には傷はおろか、煤の一つもついていない。何やら白い光のような膜が彼の体全体を覆っている。
特久池の表情は変わらない。この程度は予想通り、といった感じだ。
対し、垣根は眉間に少し皺を寄せて質問する。
「とりあえず一つだけ聞いておきたい。お前、まさか俺に勝てるなんて本気で思ってないよな?」
「どうでしょうね?少なくとも死ぬ予定はありませんけど?」
「よーしよし。細胞一つ残らず消し飛ばしてやるよ」


それが合図。

言い終わるなり、垣根は両足に光の膜を集約。その瞬間凄まじいスピードで特久池に突っこんでいった。
対して特久池は垣根から間合いを取るようにテレポート。百メートル程後方にテレポートすると、手元に金属製のプレートのようなものを引き出した。
垣根はそんな様子も構わずに、今度は左手に光を集約させ、特久池に向けると、
「そんな物で俺の未元物質を防げると思うなよ」
ドバァァッ!と光の直線が文字通り光速に近いスピードで特久池を貫こうとする。
「―――っ!!」
特久池の数メートル手前にあった金属製のプレートは未元物質によって一瞬にして貫かれ、その奥にいる特久池目がけて突っこんでくる。
特久池は何とか身を翻してこれを回避する。それはほとんど勘と偶然の回避だった。袖口には回避しきれずに当たってしまった部分が消失している。その周りには残滓と見られる白い粉末状の光が漂っている。
「(解析率二十七パーセント、シンクロ率十六パーセント、複製レベル2――、まだ足りないか!)」
ギリギリで回避しながら舌打ちを打つ特久池の眼前には笑みを浮かべた垣根が既に次の攻撃を繰り出そうとしていた。
「中々素早いじゃねえか。これは避けられるかな?」
すると、垣根の体を覆っていた白い光の膜が垣根の体を離れ、特久池の前でシャボン玉を半分にしたような形に変化する。そしてその縁が波立つように蠢くとその波は光の矢に変質し数十本の塊となって特久池を襲う。
「くっ!」
特久池は即座にテレポート。今度は垣根の二十メートル程後方に移動する。しかしその程度の距離は垣根相手では気休めにもならない。
標的を見失った光の矢は再び一つに集約され球体に形を変えると、その球体から膨大な光が発せられる。その光は特久池の視界を瞬間的に奪うだけのものだった。
しかし、この次元の戦闘において一瞬でも視界を奪われる事は致命的な瞬間になる。そして垣根がその瞬間を逃す筈が無い。
垣根は右手で新たな光の物質を生み出すと、それを円盤状に変形させ、その表面から直径2センチほどの無数のレーザー光線を光に向けて射出した。
レーザー光線が光を通過すると、あるレーザー光線は光に反応し爆散、あるレーザー光線は光を膨張させ全く別の物質となりどこかへと飛散していく。
それぞれのレーザー光線が全く違う反応を示し、その様はこの地球上の物理法則では絶対に有り得ない反応だった。科学者がこの光景を見たら間違いなく卒倒していた事だろう。

ありとあらゆる反応を見せた無数の光はやがて消え、辺りの視界を鮮明にしていく。
そこに特久池の姿はなかった。
そこにあったのは光に侵食され歪められた空間と超然としている学園都市第二位の男だけだった。



「まぁ…こんなもんか」
垣根は義手をつけた右手を何度も握り直しながら一人呟いていた。
『羽』を使用しなかったのは、義手をつけての本格的な戦闘が初めてだったので意図的に力をセーブしていたのだが、使い心地は上々のようだった。
(これといった暴走も違和感も無かった。演算や制御も特別支障は無かったし、『羽』を使ってもまぁ問題ないだろ。念のため後で調整は必要だろうが…)
右手に握り拳を作り前方を見る。
「ところで――」
何も無い前方へ。

「かくれんぼはもう終わりにしていいかな?」

「――っ!?」

言い終わると同時に強烈な閃光が広がった。
標的は三百メートル前方にあったマンションの屋上。正確には貯水タンクの裏側だ。
閃光の一部から猛スピードで射出された光の剣のような物質は貯水タンクを傷つける事なく貫通し、その裏側にいる標的を正確に貫こうとしていた。
音もなく貯水タンクを貫いた光の剣は標的を瞬殺したはずだったが…、
ヒュン!という空気を切り裂く音と同時に垣根の死角から特久池は手刀を放つ。
その手刀は垣根の首筋を的確に捉ようとしていた。しかし、
垣根が咄嗟に身を屈め手刀をかわすと、地面に左手をつけ、左手を支点にぐるりと体を回すと同時に右足で特久池の足を払う。
標的の思わぬ回避と反撃に呆気に取られた特久池は垣根の足払いに対応できるはずもなく、無防備な体が宙に晒される。
その絶好の好機を垣根が逃すはずもなく。起き上がりざまの反動をつけた左拳を特久池の鳩尾に叩き込んだ。
「ごぶぅぅ―――!!!」
特久池は肺の空気を全て吐き出しながら十メートル後方へと壁を破壊しながら吹っ飛んでいった。
垣根は特久池が吹っ飛んだ方向に向き直り、薄笑いを浮かべながら楽しそうに言う。
「はん。能力で敵わないとわかったら肉弾戦ってか」
ガラガラ、と瓦礫から特久池が苦悶の表情をしながら出てくる。
「まぁテメエがそう望むなら合わせてやるよ。ただ俺はどっかのモヤシみたいに能力に頼りきってはいねえからな。肉弾戦でもそれなりに楽しめると思うぜ?」
悠々と見下ろすように宣言する。
「(解析率83パーセント、シンクロ率65パーセント、複製レベル6―――その気になれば使えるが…)」
特久池は立ち上がるが、その足取りは明らかにフラついている。
対して垣根は握手でも求めるように警戒心の欠片もなく歩み寄ってくる。
「おいおい、一発でKO寸前かよ。興醒めさせんな。もっと楽しませろよ?」
射程圏内に入るなり、左拳を振り下ろす。
ビュォッ!という空気を切り裂くような速度で左拳が繰り出される。
「―――くっ!」
特久池はバックステップし何とかかわすが、フラついた足で無理にステップしたせいか着地と同時に体勢を崩してしまう。
「チェックメイトだな」
「――っ!」
その言葉と同時に垣根は蹴りを繰り出していた。いくら生身の蹴りとはいえ、先の左拳の一発であれだけのダメージを負ってしまった。この蹴りをまともにもらえば行動不能になる可能性は極めて高い。

ドスッ!!と鈍い音が第七学区に木霊した。


10

「ここね」
結標淡希は『管理部長室』を出ると最上階にある大会議室にいた。
この研究所は十七階建ての建物で『管理部長室』は十二階にあった。普通に行けばセキュリティや機械兵器の相手をしなければならなかったのだが、結標の『座標移動』で一秒とかからず辿り着いていた。
「やはり『座標移動』は便利ですね。私一人だったらここまでスムーズにはいきませんよ」
海原光貴は壁に沿って歩いていた。それは結標から壁に何か仕掛けがあるはずよ、と言われたからなのだが…。
「あなたの思ってる程便利ではないのよ?いくら私がトラウマを克服したとはいっても十一次元上の演算は複雑なのに違いないし、私の能力の特性上、演算負荷そのものが大きいんだから」
結標は机に悠々と腰掛けている。私がここまで運んだのだから後はよろしくね?と言わんばかりの態度だ。
「(…よくよく考えると僕は手伝っている立場だったと思ったのですがね)」
海原はどこか釈然としないものを感じていたのだが、それを口に出したりはしなかった。どこぞの黒髪ツンツン頭の少年と違いレディの扱いの基本を理解している海原はここは文句を言わずに黙々と仕事をこなす所、と割り切っていた。
すると海原は壁に這わせていた指先から一ミリ程の小さな突起物のような異常を感じ取った。
この部屋は一面白一色の壁に囲まれている。その表面は本来なら突起物はもちろん、コンクリート壁にありがちな凹凸すら確認できない。
それどころか、電子顕微鏡で観察してもわずかな凹凸も確認する事はできないだろう。それほどの精度で構築されている壁だからこそ、海原はこの微々たる突起物にすぐに違和感を感じ取った。
「どうやらヒットしたみたいですよ」
海原が報告すると結標は机から立ち上がり海原が違和感を感じた壁まで歩いてきた。
「情報通りだけど、見た所何の変哲もない壁ね。まさかそこを押したら隠し部屋がある…なんていうありがちな展開じゃないでしょうね?」
「まさか。ここは紛れもなくただの壁ですよ。ほら、その証拠に――」
海原は壁をコツコツと叩いた。その音はこの奥が空洞ではないと証明するような音だった。
「だったらその突起物は何なの?」
「さぁ。いずれにしてもここに『残骸』があるとは思えませんけどね」

「それは当然ですよ」

「!!」
「っ!!」
結標と海原は背後から突然かかった声に全神経を向ける。
そこにいたのは白いニットのワンピースを着た少女、髪は茶色で全体的に少し内側にカールしている。右手には五センチ四方の白い箱のような物を持っている。
「それにしても超派手にドンパチやってくれましたね。まぁお陰様で私の『回収』の手間が色々省けたので超感謝してますけど」
「そう?感謝する必要なんてないわよ。むしろ感謝すべきは私達の方。だって貴女が例のモノをわざわざ渡しに現れてくれたんですもの」
結標は含みのある笑みを浮かべるが、絹旗の方も不敵な笑みを浮かべている。
「別に渡しに来たわけではないですよ。そこにある『キー』がないと開かないのでここに来ただけです」
『キー』とはあの突起物の事を言っているのだろう、と海原は瞬時に結論づける。
一方、結標はその言葉を聞いてわずかに眉をひそめる。
「あら、それは残念。じゃあ力ずくにでも奪わないといけないという事かしら?」
「それは超愚問ですね。あなたの『座標移動』ならそんな回りくどい事しなくても強奪できると思いますけど?『グループ』の結標淡希さん」
「貴女…!知ってたのね」
「そりゃあ知ってるに決まってますよ。『レベル5』に限りなく近く、その上裏社会に入り込んだとなればね。こっちの世界では超有名だと思いますけど」
「それは光栄ね。で、その箱を渡してくれるの?くれないの?私としてはできれば穏便に済ませたいのだけれど…」
「安心してください。ここであなた達とやりあうつもりはありません。もっとも、やりあったところで私が勝つ事なんて超有り得ないですけど」
勝てない、と自分でわかっていてもなお絹旗の表情には余裕のようなものが感じられる。
すると絹旗は右手で持っていた白い箱をおもむろに顔の近くまで上げると、

「ちょっと私と手を組みません?」
絹旗はあっけらかんと、そんな提案をしてきた。


11

第七学区に二つの影がある。
一つは学園都市第二位の能力者『未元物質』垣根帝督。
一つはその垣根の命を狙う少年・特久池栄光。
二つの影が交差してから何秒経っただろうか。
やがて一つの影がぐらり、と揺れる。

「テ…メエ…!何をしやがった?」

揺れたのは学園都市第二位の方だった。垣根の左脇腹には鈍い光を放つ矢が刺さっている。
垣根が矢を引き抜くと、傷口からの出血が一気に増えた。シャツに赤の侵食が広がっていく。
その様を忌々しく見ると垣根は矢を投げ捨て特久池に向き直る。
特久池も同じく垣根と正対する。垣根に確かなダメージを与えた精神的影響だろうか。さっきと比べると地に足がついている印象を受ける。
「何をした…ですか。やり返した、としか言えないですけどね?」
特久池は笑いながら返したが、垣根にとっては挑発のようにも捉えられた。
垣根は沸騰しかけた頭で冷静に思考を巡らせる。
「(何らかの方法で俺のAIM拡散力場に干渉して暴発させたのか?いや、俺はあの時能力を完全に切ってたはずだ。あそこまでの暴発が起こるはずがねえ。だったら――)」

「『能力同調(スキルチューニング)』」

垣根の思考を裂くように特久池が一言だけ告げた。
「あなたのような能力者のAIM拡散力場に干渉、解析、同調する事によって他人の能力を一時的に複製できる能力ですよ」
得意気に彼は続ける。
「あなたは私の事を『空間移動能力者』と言いましたけど、それは間違いです。あれも天然の『空間移動能力者』のAIM拡散力場から拝借したものですよ」
そもそも、と付け加えて、
「ただの『空間移動能力者』が、あなた程の大物に喧嘩を売ると思いますか?」
言いながら、ドバッ!と、無数の光の矢を生み出し垣根に向かって射出した。
「チッ!」
垣根は右に飛びこれを避けるが、飛んだ瞬間にズキッ!という鋭い痛みを感じた。
追撃はすぐにやってきた。
痛みでほんの一瞬動きが鈍った垣根との間合いを一気に詰めると、続けざまに光弾を地面に叩き付けた。
アスファルトは光弾で粉々に砕かれ、凄まじいスピードで破片が飛び散っていく。その一部は当然の如く垣根に襲い掛かる。
垣根は瞬時に未元物質の膜でこれをガード。特久池の放った光の矢もろとも叩き落していく。


「(これは…)」
「考え事をしている場合ですか?」
特久地は防戦一方になっていた垣根との間合いをダッシュでゼロにしていた。
懐に入った直後、特久池の右手が強烈な光を放つ。光を携えた右拳を垣根の左脇腹に捻じ込む。が、これも左肘でガードする。
バシィィ!!という皮膚で皮膚をぶつような音が炸裂する。
「(やはり…な)」 
特久池はガードされてもおかまいなしに、右のダブルを打ち込もうとしたが、
ガシィ!と垣根にその拳を受け止められてしまった。
「見えたぜ。テメエの能力がよ」
垣根は歪な笑みを浮かべる。特久池はギクリ、と表情を強張らせる。
「複製とは良く言ったもんだ。確かに俺の『未元物質』をよく再現できている。だがそれだけだ」
拳を受け止めた左手に力を込める。ギリギリという音と共に特久池の表情が僅かに歪む。
「上っ面は確かに『未元物質』ではあるが、中身はとんだパチもんだ。赤点なんてレベルじゃねぇ。そもそもこれが『本物』だとすればこんな簡単にガードできるはずがねえ。そんなにヤワな能力じゃねぇからな」
空いた右拳で特久池の鳩尾をしゃくり上げる。
「ごはぁっ!!?」
鳩尾を打たれた衝撃を利用して何とか垣根と距離を取るが、それも大した意味を成さないのは承知の上だった。それでも特久地は後ろに下がらざるを得なかった。
「AIM拡散力場からは複製できたようだが、『自分だけの現実』は複製できなかったようだな。そりゃそうだよな。そんな簡単に複製されちゃ俺の立場がないわ」
垣根は追わない。既に底が見えた獲物は慌てて狩る必要はない。ゆっくり嬲り殺そうが、一撃で粉々に砕こうが、全て自分の自由だと言わんばかりの余裕だった。
「それにテメエは同時に複数の能力を使用する事はできないようだな。まぁそんな超高精度な演算なんざできるわけがねえし、仮にできたらテメエは世界初の『多重能力者』だ」
言いながら垣根はレーザー光線のような光の線を放つ。その光の線は二つに分裂すると特久池の両肩を貫き、そのまま壁に縫い付けるような形になった。
「がっ――!!」
特久池は苦痛に顔を歪める。
確かに特久池は垣根の能力を複製してからは一度も『空間移動』を使っていない。いや、使えないのだ。もう一度使おうとするのなら別の『空間移動能力者』のAIM拡散力場から複製し直さなければならない。
もちろん特久池はそんな事は不可能だという事を理解していた。だからこそ特久池は短期決戦でしか勝ち目がない事を覚悟の上で特攻を仕掛けた。
だが、ここまで短時間で能力の真意と弱点を看破されるとは思っていなかった。薄れゆく意識の中で絶対的な壁を感じ自分の無力さを痛感する。
「最後に二、三聞いておきたい事がある」
垣根はそんな特久池を見下ろす。その目はゴミを見るような、何の感情も無いような目だった。
「…」
「テメエのその特異すぎる能力から察するに『原石』なんだろうが、なんで『原石』であるテメエが学園都市にいる?」
「さぁ…何ででしょうね?」
「……。バックについているのは誰だ?なぜわざわざ一人で俺と戦う事を選んだ?」
「そんな事を…あなたに教える義理は……ありませんね…」
「そうか、わかった。じゃあ最後の質問だ。苦しんで死ぬか、一瞬で死ぬか、好きな方を選べ」
「私を…殺しますか………。別に構いませんが……、後で必ず後悔しますよ…」
「ほざけ」

その言葉を最後に決着はついた。


行間 二

自分が強いという自信がある。
自分が特別だという自負がある。
自分が護るべき立場にある者だという自覚がある。

それは自分が幼い頃から夢見ていたヒーローの姿であり、『それ』が自分に中にあったと気付いた時は言葉では言い表せない程の喜びを感じた。

しかし『それ』は世界の法則を完全に崩壊させる程の『破壊の力』でしかなかった。
その日から少年はヒーローではなくなった。
その日から少年は世界の敵となった。
しかし敵などいなかった。
自分が何かを思う前に、敵は既に消えていた。
少年は『それ』が何なのかわからなくなっていた。
人を護りたいと思っていた自分が、なぜ人を傷つけているのか。
少年は絶望した。
何故こんなものが自分の中に宿っているのか。
誰か自分を殺してくれ。
しかし、そんな願いは誰も聞き入れてはくれなかった。
誰も自分を殺せない。
自分は誰でも殺せる。
そんなあまりにも理不尽な地獄にも似た世界を少年はたった一人で生きてきた。


「――――っ!」
小高い丘の上に立つ一本の木の下。その地方にしては珍しく雪のない草原に一人の男がいた。

「夢……か。いつの間に眠っていたのか…」
体を起こし、覚醒を促す為に右手を頭に添えながら頭を軽く振る。
(随分と懐かしい夢だったな……もう忘れたと思ったが――)

「珍しいものが見れたのである」

後ろからいきなり声がかかった。
しかし、男は振り返らずに応えた。
「後方…いや、今はウィリアムと呼ぶべきか?」
ザッ、という重く草を踏み締める音と共に屈強な男は、木の下に佇む男のもとに近づいた。
「こんな所で何をしている?」
「その言葉、そのままそっくりお前に返すよ。『右方』はもう退けたんだろ?もうロシアには用はないはずだが?」
「退けはしたが、首を取ったわけではない。奴は必ず次の一手を打ってくるはずである。それは――」
「俺。というわけだ」
ウィリアムの言葉を待たずに男は答える。
「奴は禁書目録を狙っていた。しかしそれは失敗した。ならば禁書目録に限りなく近い知識量、それも実用可能としている貴様のもとに現れると考えるのは当然の推測」
「それでわざわざ護衛に来てくれた…という事か」
男は言い終わると自嘲気味に笑う。
「有難い話だが余計なお世話だよ。『右方』が完全でない以上、俺の敵ではないさ。それに俺が『右方』の首を取ってはお前が納得しないだろう?」
「……。誰が首を取るかなど問題ではない。結果として奴を止める事ができればそれでいい」
「それがお前の本心かどうかは別としても、『右方』を正面から止められる奴なんて俺以外じゃお前くらいしかいないだろう?見たところ力も戻ってるみたいだしな」
男は立ち上がって伸びをすると天を仰ぎながら告げる。
「それに、今の俺にとって『右方』などどうでもいい。俺にはもっと大事な、やらなければならない事がある」
「……学園都市か」
ウィリアムは少し眉間に力を入れる。
「余計なお世話のついでに、一つ忠告しておくのである。学園都市を甘く見ない方がいい。何しろあそこは奴の居城だからな。それ以外にも――」
「その忠告、有難く受け取っておくよ」
男はウィリアムの言葉を遮り、そう告げると闇の中へと消えていった。

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