異世界の軍事力を研究する入り口として勧められるのが
クルスベルグ。
「彼らは物を物として感情を切り離し、はっきりと分けて考える事ができる」
「異世界の中に於いて、彼らの欲求と探究心は人間に最も近く思える」
「目指す場所へと至るのであれば、理性すらも素材の一つとして窯にくべる」
クルスベルグの歩んだ道は、人間の目にはとても理解し易いとされている。
その様なクルスベルグ軍事歴の中で、“堅実・確実”を旨とする彼らの思想とは一線を隔す1ページがある。
─ 不協和音の次に湖面がうねる
やがてうねりは収まるが、そこに広がるのは私が幼少の頃に慣れ親しんだ湖では無いと認識した。
精気を失った湖を前に、周囲は実験成功だと歓喜の声を上げた。
まだ今なら引き返せる。
しかし、私は ──
ルーン精製開発房“石の花” ある
ノームの房員の日記より ─
ドニー・ドニーの建国独立宣言より始まった戦いに於いて、旗色の悪い海戦を打破すべく投じられた兵器。
戦局が先見の明を閉じさせたのかは分からないが、その“異質”は歴史の中で確かに存在する。
“領域破壊” “ブランクルーン” “不確定爆雷(バルンアムマイン)”
今回語るのは、クルスベルグの勝利のために生み出されるも、失敗作、汚点として過去に閉じられた戦士の意地である。
─ 戦闘提督、起つ ─
ドニー・ドニー建国独立戦争(以後、建国独立戦争)にて、必勝と思われた初戦の敗退より数戦、
勝利は幾つかあったものの、それが“相手がお膳立てした勝利”なのだと理解する者は
クルスベルグにはまだ少なかった。
「ドニーは疑い様の無い強敵であり、我々は之を全力全霊を以って撃破すべし」
第二次討伐遠征の敗戦から撤退の最中、夜襲を受けて全滅かと思われていた連合艦隊を
その戦略頭脳と実行力、人心牽引力にて幾許か生還させた
ドワーフが戦後処理会談で開口一番発した言である。
内乱状態から国力を支えていたヌダ炉の封印と続き、衰退を加速させていたクルスベルグにて
“ドワーフによるドワーフの国”を掲げ、比類無き国粋精神により国内外で戦果を上げていた
“戦闘提督”と称されし苛烈なる軍人、“ブラッグ=ゴズマール”が討伐艦隊の指揮権を求めた。
クルスベルグ軍本部は、その戦績と遠征にて戦況を把握したという事実から速やかに要求を承認する。
しかし、この判断が“勝利のための戦争”を一層進める事になった。
─ 海を倒せ ─
ブラッグは冷静に戦局を分析した。
「ドニーの有する船舶はドニーでしか生産出来ない素材と構造である。
海上にてあれらを追うのは徒労であり愚策。 ではどうすれば良いのか?」
当時、連合艦隊の根幹を成すクルスベルグ艦隊は長距離航海と遠征を主軸にした大型艦が多数を占めており、
海戦に於いてもその強大で堅牢な海軍力にて圧倒するのが常であった。
艦載兵器も投擲など大型機構を有するものが多く、更にそれらの艦隊運用を確実に行うため大人員の漕ぎ手が搭乗する事になる。
しかし、大きな単純戦力を持つ反面、艦の動きは小回りが利かなくなり
小型高機動船舶で編成されたドニー艦隊を捉えきれずにいた。
「何も相手に合わせる事は無い。
幸いに戦場は海という一所であり、場を我々に有利な状況へと変えれば良いのである」
かつて南東洋にて東方大陸を目指した折、水精の荒れ場に遭遇した経験を思い出す。
原因は不明だが、その海域には
マセ・バズークの蟲人の思考網を形成する素体が大量に沈んでいた。
その生命が終わったにも関わらず、それらは微弱ながらも多様な波長を発しているのが分かった。
主が費えたため、その波長は本来の目的とは違った内容になっている可能性が高く、
更に微弱とは言え大量に重なり混ざり合う事で波長は強烈な影響を、その領域に与え続ける。
精霊を狂わせるのだ。
海水は酷く重くなり櫂を掴み、折る
海流は常にその身を捩り、変化させる
波は海面に突き出し、強健な樹木となる
艦隊の中で小型、中型船は海域に潰される様にして尽く沈没したのだ。
そんな中で海域を抜け出し生還したのは自然事象を動力源としない人力だけで航海する大型艦だけであった。
「北海を奴らの墓場にせよ!」
余りにも危険な思考により始まった“海への打撃”を実行するための作戦。
クルスベルグに於いて、鉄巨人、人工精霊、大型兵器、巨大乗用物、大量生産武具に連なり国力を成した一つ“ルーン式”を用い、
クルスベルグで造られるも、その在り様はクルスベルグの色とは異なる産物の研究が始まる。
─ 不確定 ─
それは予想以上の早さで試作完成までに至ったと言う。
それもその筈、本来ならば明確な目標を目指し進む製造過程を無視したコンセプトであったからである。
兎に角、狂った波長を広く長く強く発生させれば良い
彼らはそれまでの整然脈脈とした製造作業に鬱憤が溜まっていたのか、それを吐き出すかの様に研鑽を行った結果である。
通常では混ぜない素材
基本には無い式構成
未完成こそ求められる形
試験結果は軍の求める以上のものを見せ、それらはすぐに海戦へと投じられる。
大局の勝利に勢いづき、島より離れた洋上まで攻め上がって来たドニー海軍。
その時に記されたドニー海軍録にはこうある
相手は大型艦ばかり。 カモである。 勝利を確信せり。
しかし、それは一瞬で覆った。
突如様相を変貌させた海により、船は停まり風も失せた。
見計らったように連合艦隊より降り注ぐ岩に船は砕かれ
狂った海をものともしない巨大艦により蹂躙され藻屑となった。
連合艦隊の圧倒的戦果。
これにより連合艦隊の先陣はドニー本陣島の前まで迫ったという。
己の力による進軍。
精霊も事象も意に介さず、有用であれば利用し、障害であれば打破する。
しかし、クルスベルグの取る行動は異世界に於いてはかなり危ういものであると言う事は
この先で起こる戦いの結果が如実に物語る。
─ 戦争に求めるものの違い ─
ブラッグは性急とも思える程、ルーン兵器の製造を進めた。
恐らくは、彼の中には機を逃す事を何としても避けたかったという点があったのだろう。
しかし、そこで問題が発生する。
この戦争によって大規模な生産原料確保を目指すクルスベルグ上層と
勝利のために戦い、勝利を得るために何事も厭わない提督の間にて、
戦争終了後とそれに至るまでのコスト面と利の相違が生まれていたのだ。
実際、広範な海域を全て優位な場にするためには相当数のルーン兵器が必要であった。
当時、まだまだルーンの製造には素材面などでコストがかかり、安定安全面でも不安が残るものだった。
革命的ルーン兵器ではあったが、生産記録では実に二割以上が不具合や事故などで損失している。
生産製造過剰から国内原料事情が困窮していたクルスベルグにとって、
それらの結果は見過ごせないものであった。
結局、一人戦果のためにとルーン兵器運用を主張したブラッグ以外は上層の意向に従い
海を狂わせるルーンの開発と製造は終わったのである。
戦史には直接記されてはいないが、クルスベルグ上層に
ミズハミシマや大延国の商会などが、精霊の扱いなどで具申したとも言われている。
─ 散りて終わる ─
“製造は中止せり 我が房の作りし全てを提督へ”
ブラッグを納得させるために上層は大規模艦隊の進軍を許可した。
国を第一とし、そのための勝利に邁進するブラッグの姿に賛同する者は多く、
彼らと最終生産分までの全てのルーン兵器を艦載し、ドニーを討つべく進軍を開始した。
この後、連合艦隊の主力である“三首艦”の出撃を決定付けた敗退が起こる。
周囲に苛烈、それ以上に己に苛烈であり山高く勝利を積み上げた軍人たる軍人。
彼の敗北であった。
ルーン兵器の発動には専門の知識も必要であり、クルスベルグ軍自らそれらの運用を行っていた。
狂わせた海を進むために足の遅い大型艦で編成された艦隊からルーン兵器を使用しなければならないため、
自ずと艦隊が前線へと進む事になり、使用のタイミングも戦闘開始直前になる。
ブラッグは限られた量のルーン兵器ではあるが、それらでドニー本陣島を囲む海域を破壊できると踏み、
兵器を積んだ艦を本隊の中に配していた。
そんな背水の陣で臨むブラッグ艦隊を目指したのはドニー海軍の中でも変わり種であったはぐれ
エルフ
“三千メトルのヴァーシリアン”であった。
精霊に広く通じる彼が出陣したのは、海に住む精霊の訴えによる処であり
荒ぶる風精霊達と共にブラッグ艦隊の前に立ちはだかった。
しかし、その距離およそ三千メトル。
途方も無い距離、艦隊の影も見えない霧海、幾重にも艦で防護されたルーン兵器積載艦。
不可能可能を論じるまでも無いその有り得ない状況にて彼が放った一矢。
ブラッグ艦隊の生還者による証言が残っている
思えば空も大地も海にも精霊は満ちていて
我々はそれらに酷い仕打ちを行った
それは彼らの意思であり
我々の愚行に対する罰だったのだろう
嵐がまるで矢の様に迫ってくる
他の艦に目もくれず
一直線にルーン艦まで
自身の力を過信した
自身の利だけを求めた我々への
精霊の強大なる加護を纏った矢に射抜かれた艦は積載していたルーン兵器の全てを空高く舞い上げ爆散させた。
その後、水の精霊も加勢したドニー海軍の猛攻に遭ったブラッグ艦隊は全滅した。
軍事力の求める処、存在意義、生み出す結果。
異質の辿った道は研究にも、これからの世界を考えさせる上でも意味のあるものだと
私は確信する。
作中の内容はあくまて仮定であり、一つの考察として見て貰えれば幸いです。
- 便利なものほど裏があるというか…異世界で精霊を蔑ろにしたしっぺ返しは大きいな -- (とっしー) 2012-12-16 17:57:25
- 人が技術を突き詰めていくと平和と戦争が同程度に膨らんでいく気がしますね。異世界で自然が狂うとどうなるか?というのを実感する描写は人と世界のバランスについて考えてしまいます -- (名無しさん) 2015-07-26 19:43:12
最終更新:2013年03月26日 00:04