深い理由などない。晴れたから飛んでいる。
そう言うと、まるで自分が飛行能力を有する種族かのように誤解されるかもしれないが、それは違う。
俺はただの日本人で、ただあてなく旅するバックパッカーだ。
<門の向こう側>に来たのは、自衛官である父の助言ゆえだ。
航空自衛隊所属、元F-15乗り<イーグルドライバー>、ただの1機も撃墜することなく、
ただの1回も撃墜される事なく職務を全うした、エース中のエースだ。
空自の笛野といえば、知る人は皆知っているといったところか。
とはいえ実情はただの中年公務員。息子の視点ではただのカタブツでしかない。
そんな父が異世界訪問に俺を連れ立ったのは、一体何年前が最初だったろう。
ミズハミシマという国から船で海路を巡り、
ドニー・ドニーという国でしばらくすごした。
父はどうも当時の俺を惰弱な男だと評価していたようで、男として鍛えるために連れ立ったのだと後に聞いた。
ドニー・ドニーは子供だった俺にとって、刺激と恐怖で溢れかえっていた。
見渡す限りの荒くれ者の集まり。酒、暴力、酒、酒、暴力。当時は理解してはいなかったが、当然女に薬もあったろう。
父が出向していた十一門対策自衛隊の任務でドニーの国際基地へと足を運んでいる間、
俺は街中を探検しつくそうと奔走していた。その時だ。陳腐な表現だが、運命の出会いが待っていたのは。
カラーヒヨコ、というものを知っているだろうか。
大昔、祭りの縁日にて様々な色に染められたヒヨコが売られていたのだという。
当然ながら色は落ち、ニワトリになる頃にはまったく色を染めた意味をなさない。そんなものだ。
似たようなものはドニー・ドニーにもあった。
俺がたまたま裏路地を歩いていた時、露天商の猫人が声をかけてきて売りつけてきたのが、『幸運の卵』だった。
より正確に言えば、猫人(フーティンという一族らしい)が最初に声をかけたのは
エルフの少年だった。
短髪でまるで芝生のようなサクサクとした緑髪の、小柄なエルフだった。
旅をしているというそのエルフの少年は、旅に幸運をもたらすというその七色に輝く『幸運の卵』に魅入られていた。
言うまでもなく地球のイースターよろしく殻に絵の具で模様を描きこんだだけの、ただの卵だ。
ただ、俺もエルフの少年も、当時はそんな事を思いつきもしなかった。
その卵を買えば路銀が底をつく。しかし卵のもたらすであろう幸運は何ものにも代え難い。
エルフの少年の葛藤を見た俺は、後先考えずに自分の小遣いも足してその卵を購入した。
それから数日、俺は毎日のようにエルフの少年の滞留する宿に足を運んでは、『幸運の卵』を眺めみたものだった。
エルフの少年は、最初こそ俺への対応に困っていたようだが、いつしか俺の話す地球の話を楽しみにするようになった。
彼が言うには、彼はエルフの中でも毛色の異なる旅エルフという一族なのだという。
エリスタリアに留まらずに世界中に旅してまわり、その旅先でエルフの血を残すのが役目なのだとか。
血を残す意味が理解できなかったものの、彼が壮大な旅路の中にいる事だけはなんとなく理解していた。
そして、おそらく彼と同年代であろう(見た目で判断した)自分には、そんな決意など望めないほど子供だという事も。
10日ほどして、思いがけない事が起こった。孵化したのだ。
それを最初に見たのは俺だった。大慌てで「それ」が何かをドニー・ドニーの図鑑をひっくり返して調べた。
父に「それ」の読み方と意味を教えてもらった時、心底ワクワクしたのを覚えている。
飛竜(ワイバーン)。
名の通り、空を飛ぶ竜だ。成獣となれば大人2人くらいなら乗せて飛行する事も出来るのだという。
今でも道険しい山岳地帯では旅客目的で飼育されているし、かつては航空戦力として戦争にも使われたのだという。
俺たちは大人に黙って「それ」の飼育を始めた。言うまでもなく「乗れたら楽しそう」だからだ。
もっとも、すぐにこの愉快なひと時は露見してしまう。
「飼いきれるものではない」そうバッサリと切り捨てられて、ワイバーンはドニー・ドニーの業者へと引き取られていった。
翻訳の加護の影響なのか、元々その男が訛っていたのかはわからないが、彼は最後まで「ワナヴァン」と言い続けた。
俺とエルフの少年は別れを惜しみ、二人で夜通し泣き続けた。
そんな思い出だ。
あれから何年経ったのかもわからないが、俺はそれ以後毎週のようにドニー・ドニーを訪れている。
言うまでもなく、ワナヴァンに会うためだ。
くだんの業者は酷くいい加減だったようで、引き取り賃だけ受け取ってワナヴァンを捨てたらしい。
それから最初の数ヶ月、ワナヴァンは野生で生き延びていたようだ。
生まれて最初に見た俺の事は忘れていなかったようで、翌年俺が町外れの海沿いを歩いていると、
すぐに見つけて目の前に降り立ったのだ。すっかり見違えて大きくなっていたのに、俺も彼女がワナヴァンだとすぐにわかった。
さらに翌年、見よう見まねで中古の鞍や手綱をつけて、俺はワナヴァンに騎乗した。
ロクに才能のない俺だが、唯一持ち得たのは飛竜に乗る才能のようだった。ほとんど苦労する事なく技術を習得した。
深い理由などなく、晴れた日はワナヴァンと一緒に飛ぶ。
それが俺の日常となった。
風が強くなってきた。嵐が近い。
俺はそう判断すると、手綱を引いてワナヴァンに陸地に向かうよう指示を出す。
キロリと丸い眼をこちらに向け、ワナヴァンは飛行進路を島に向けた。
「メノーの言うことは、本当に何でも聞くんだね」
俺の腰に掴まりながら一緒に空を飛んでいたイスズが感心している。
メノーというのは俺の名前だ。笛野瑪瑙(ふえのめのう)。8月生まれだから誕生石と一緒にした、という雑な名前のつけられ方だ。
「当たり前だろ!俺はドラゴンドライバーだぜ!」
そんなものは有りはしない。だが俺は父のかつての栄誉を思い、ドラゴンドライバーを名乗っている。
「そうじゃなくてさぁ、ワナヴァンは賢いねって話!」
陸地に向かって降下し始めた影響もあり、風切り音が大きくなる中、イスズが大声で話しかけてくる。
「そりゃあそうだ!俺の自慢の『娘』だからなぁ!」
あれから何年も月日が経ち、俺はワナヴァンと色んなところへ旅に出た。
陸地をほとんど歩くことなく旅をしたのに、地球の友人には「バックパッカーをしている」と言い切ったものだ。
その旅に同行していたのが、旅エルフのイスズ・サレンスカ。言うまでもなく、あの日出会ったエルフだ。
「イスズ、また何日かワナヴァンの世話を頼む!俺、明日から大学なんだ」
グイと後ろを振り向きながら俺は言った。だがイスズは困った顔をしていた。
「それ無理ー!ボクだって明日からダイガクだよ!
ボクの旅の行き先、そろそろ決めないといけないから!十津邦学園大学っていうんだ!」
イスズの一言は俺を驚かせるのに十分すぎる内容だった。
「お前、いつ受験してたんだよ!同じ大学じゃないか!」
「2週間、チキュウに行ってた時あったじゃないか。観光だけで行ったワケじゃないよぅ」
「しょうがねぇなぁ!まあいいさ、今回も裏技使うぞ。
ゴブリンのギョーシャのヤツを脅して、格安価格でワナヴァンの面倒を見させよう!
毎週末に飛びに帰ってくればいいかぁ!」
俺は手綱を引き、ワナヴァンに着陸を促した。
世界は広い。想像以上に広大だ。
何せ、あれからどれだけの距離を飛んだかもわからないくらいなのに、まだドニーの半分も飛びきれてない。
まして十一の国々など、ミズハミシマを多少知る程度しか飛んでいないのだ。
これで<地球側>にもワナヴァンを連れていければ、さぞ面白いだろうに。
そう何度か夢想してみたものの、現行の法制下ではまずもって無理だろう、と醒めた自分もいる。
そもそも、地球の空ではおそらくワナヴァンは飛べないだろう。そういう翼なのだ。
「入学手続き云々が終わったら、次はセントライ島に行ってみるか。
ドニーの秘宝が眠っているってウワサの遺跡があるんだってさ」
地球から持ち込んだゴーグルを外しながら、俺は言った。
「ボクはダイガクってのをゆっくり楽しんでみたいんだけどなぁ。
リアジューバクハツシロとか、そういうのがいっぱいあるんだってさ」
ワナヴァンの鼻面をゆっくりと撫でながら、イスズはニコリと笑って言った。
- 戦争も目的に据えた職に就いていたが戦争を知らずに職を退いてその後に異世界で戦争を知ったら…と考えさせられた -- (としあき) 2013-05-14 00:46:55
- 違う種族同士だけど通じ合っている様子が楽しい。この後も気になるけど…待つよ! -- (名無しさん) 2013-05-14 23:50:55
- 読んでて一瞬息子のいる父が異世界で不倫と早とちりしてしまった恥ずかしい -- (とっしー) 2013-05-15 12:55:56
- 感情や都度都度の場面の描写が丁寧で元気な一本だった。親の育成方針に感謝極まりない瑪瑙と確かに作中ではドラゴンとも爬虫類とも書かれていないワナヴァンの今に至る鳩ぽっぽに吹いた -- (名無しさん) 2014-08-04 23:18:51
- スレで話題になることの多いイスズとメノーと珍獣ワナヴァンのいきさつがしっとりと少し甘酸っぱく描かれていてほっこりしました。根っからの冒険者である瑪瑙といまだに真実を心に秘めたイスズと二人を見守るワナヴァンの今後は注目ですね -- (名無しさん) 2016-08-28 17:45:56
最終更新:2013年05月16日 01:45