【ニシューネンという街のフタバ亭という店】
新天地にニシューネンという街がある。
新天地最大の港湾都市ペンポブほどではないが、大型の交易船も入港できる港を有し、内陸にあるネア鉱山を抱える鉱山町ネアクルスとの交易路線をもつ独立以前から栄える新天地でも指折りの都市。
さらに近年では神々の戯れの産物である
ゲートが出現し、チキュウという異世界のアメリカガッシュウコクと呼ばれる国家とつながり、その直後、暴風龍ナーグジャハトがそのゲートを超えて向こう側でひとしきり暴れて再び戻ってきたという事件もあった。
そんなニジューネン中心の大通りをツドーヴァ広場沿いに東に歩き、ネア鉱山を発見しネアクルスとニシューネンの発展に大きく寄与したことで知られる、星職者ネアの名にちなんで建立されたネア大星堂を越え、元冒険者の主人が営む装具屋「クルスの槌」の角を曲がった表通りから少し入った裏路地の一角にその店、フタバ亭はある。
元は交易船の船料理人だったという
オーガの主人シメイが、ドニーの古語で「芽吹き」を意味するフタァバから名付けたという店。
店のメニューは「今日の料理」と「今日の酒」これだけ。なんとも素っ気ない。
店の主人がその日仕入れた食材で作れる物を作って提供し、来る客はほとんどが顔なじみの常連かわけありの一見客
少し前までは主人の奥さんが接客や配膳などをしていたが、最近身籠ったとかで店には出てきていない。
店の主人は開店から閉店までずっと厨房に籠って滅多に客前に出てくることはない。
接客はネア大星堂が運営する孤児院で暮らしながらフタバ亭で働くシィという鬼人の少女と、身籠った主人の奥さんの代わりとして雇われたラニという新入りの
ノームの二人が接客をしている。
夜になればどういう経緯かは知らないがこの店の地下の酒樽置き場に住み着いている屍人の女が出てきて接客に加わる、たまに歌や音楽を披露することもあるが本当にたまにだ。
さて、そんな話をしてたらフタバ亭に到着だ。
それじゃ約束通り今日はお前の驕りだからな?
【妖狐の墓参り】
「大延の緑狸公って知ってるか、ラニちゃん」
「えっと、悪い女皇帝に味方して国をめちゃくちゃにしたから、皇帝が変わったときに馬割きになった宰相だっけ」
「大体あってるな。で、そのバラされた緑狸公の墓っていうのが大延のあちこちにあるんだがな。この前、その一つを話の種にお参りしようとしたら、宿のやつが引き止めるんだよ。今夜はやめとけってな」
「古狸が化けて出るの?」
「いいや、今夜は先客があるはずだからやめとけと言うんだ。先客って誰だと尋ねると、物の怪だとか抜かしやがる」
「物の怪がお参りに?」
「おう。俺も無鉄砲なたちだから、物の怪の一匹や二匹退治してやらあって言い放ったらよ、そっとしとけって言うのよ」
「…そんなに強いの?」
「俺もそう訊いたんだが、宿のやつは言葉を濁してな…とにかくやめとけの一点張りさ。そう言われりゃあ気になるのが人情ってもんでな、その夜こっそり墓までいってみたんだよ」
「ど、どうなったの!?」
「たしかにいたよ、薄汚れた白い毛皮に赤々とした炎を纏った痩せ狐の物の怪がな。金羅様の分神なら金色の炎のはずだし、見るからにみすぼらしいんでな、一目で物の怪ってのはこいつのことだとわかったよ」
「なんか、ものすっごい弱そう…」
「まあそう思うよな。俺も思ったからよ、軽く調伏してやろうかと得物に手を伸ばそうとしたんだ。そしたらよ…そいつ、緑狸公の墓に頭を垂れて、物凄く哀しそうな声で啼いてやがるのよ」
「…知り合い、だったのかな」
「わかんねぇ。まあ、そんなの見せられちゃとても延べ金でがつんって気分にはなれねぇわな。気づかれないよう、そっとその場を離れたよ」
「そっとしとけってそういうことだったんだ…」
「あちこちうろついて噂を聞いてまわるうちに知ったんだけどよ、その物の怪ってのはどうも定期的に緑狸公の墓を全部まわってるらしいんだよ。そんだけあちこち行ってるなら有名な物の怪だろうによ、訊こうとしたらほとんどみんな“そっとしとけ”でな…まあ、気持ちはわかるけどよ」
「…ぐすっ」
【刀の行方】
「最近駅でミズハのお侍さまをよく見るんだよねー」
「お、知らねーのかラニちゃんよぉ」
「なになに?何かあったの?」
「風の噂に聞いたんだがな、何でもこの辺りで大太の変体刀が見つかった んだそうだ」
「デーダラのヘンタイトー?何それ?」
「昔な、ミズハで鬼と鱗人どもの戦争があったんだと。
んでその時に鬼連中が使ったとされる十二振りのすげー刀らし い」
「うーん、いまいちあやふやじゃない?」
「そりゃあそうさ、変体刀の存在はつい最近までミズハのエラいさん方が隠匿してたって言うじゃねーか。
しかも世に名前が出る切欠ってのがそれまでのミズハの歴史をひっくり返すわ異世界人との軋轢にもなるわでな。
ま、要するにミズハとしちゃあ都合が悪いんだそうだ」
「ふーん、いろいろあるんだねぇ。あ、でもそんな危なっかしいものなら誰も寄ってこないんじゃないの?」
「ところがだ。どうもエラいさんの中に変体刀にご執心なヤツがいるらしくてな、莫大な懸賞金を掛けてるって話さ」
「へーえ、賞金かぁ…わたしが割ったお皿の弁償代になるかな」
「いんや、きっと皿どころかこの店全部そっくりそのまま買える額に違いねぇさ」
「うんうん!それならお侍さまがいっぱいやってくるのも納得だね!」
ガタッ
「その言葉、取り消してもらおうか」
奥の席にいた鱗人がやおら立ち上がる
「確かに大太の刀に懸賞金が掛かっているのは事実。それを目当てとする者もいるのもまた事実。
…しかし!我らとそのような輩を一緒にされるは甚だ心外。
我らの目的はあくまで
ミズハミシマの末永き平穏と、変体刀の所有者にして鱗人の天下を覆さんとした大罪人、ダテイシ・テツヒトの首。
そのところ努々忘れないで頂こうか…」
「あ、ああ。悪かったよ、すまなかっ た。なあラニちゃん?」
「う、うん!怒らせちゃってごめんなさ い!」
「なれば良し。娘、勘定を」
「ふぅ、すげー殺気だったな。肝が冷えたぜ…」
「もう手が汗でベトベトだよー。でもあんな人たちがいっぱいいてもどうにもならないなんて」
「ああ、変体刀には手を出さないのが吉、だな」
「うんうん…わたしの弁償も諦めますか」
「俺のツケも諦めるのもやむなし、ってか」
店長「おまえら、ちょっとこっちこいや」
【マッシュルーム マッシュルーム】
「まあ色々云われてはいるけどな、マセバも行ってみれば案外楽しいとこだぜ。特にあれだ、巣っつうかコロニーの連中が使ってる石神様のおつむの一部だっけ? あれと繋がれるきのこだか粘菌だかを植え付けるか植え付けないかで随分違わあ」
「き、きのこ…? それって大丈夫なの、ほっといたら冬虫夏草みたいになっちゃわない?」
「心配いらねえよ…っても、あいつらが年寄り使って拡げてる“中継器”のイメージが強すぎるわな。俺もちゃんと知ってるわけじゃないんだが、あれと旅行者に植え付けるのとは品種が違うとかで、外来者用はネット接続に必要なだけ育ったら不活性化、まあ要は眠っちまうらしいから大丈夫なんだと。必要なくなったら取り除くのも簡単らしいしな」
「そうなんだ。うー、でもやっぱりなんか…ね」
「まあなあ、脳みそに直接ってわけじゃなくてもカラダにきのこ生やすとか抵抗あるよなあ。便利は便利なんだけどな」
「便利って?」
「まず、圏内であればナビ…まあ、蟲人の連中が普段から使ってる道案内ってえか道しるべみたいなもんが使える。連中の巣の中ってのは似たような景色ばっかで慣れないとすぐ迷っちまうんだが、ナビさんの言う通り歩いてりゃ目的地まで一直線って寸法だ」
「へー、私この街にいてもよく道を間違うから助かりそう」
「ここは入り組んだ路地が多いしなあ。んで、もう一つは蟲人の連中の“ついーと”…まあ、世間話が聞けるようになる」
「へ? 世間話って…」
「忘れちゃいけねえんだが、連中で俺達のように声を出して喋れるやつってのは、外から来るやつと喋る必要のあるほんの一握りなんだ。ほとんどの連中が“うらてる”っつうのか? そこの巣のネットワークん中で“ついーと”で喋ってるから、声なんか出す必要ねえんだと。だからネットに繋がってねえと道行くやつらみぃんなだんまりで、ちょっと不気味なんだよな」
「それは…たしかに不気味かも」
「ところが、ネットに繋いでみりゃあ途端にどいつもこいつもバカみてえにお喋りでな。人によっちゃ『うるさすぎて繋がない方がよかった』と泣きが入ることだってあるらしいぜ。俺ぁ賑やかなほうが好きなタイプだけどな」
「へー、たしかに楽しそうだね」
「あー、でも気をつけたほうがいいこともあるぜ。巣の外の連中の“ついーと”も聞きたいからってネット接続をそのままにしてうかうかしてると、それを蜘蛛人どもに利用されて脳みそいじられちまうこともあるからな」
「うげっ…」
「そういや、きのこくっつけたまま
ラ・ムールのディセト・カリマに行った若いのが、他のやつには見えない幻の女を追っかけていって行方不明になったって噂も聞いたことあるな。嘘かホントか知らんが、その後別のやつが幻の女を目撃した時にはその若いのの特徴によく似た男が一緒にいたとかで、目撃したそいつは見なかったことにして事なきを得たそうだ。連れてかれちまったんだろうなあ、かわいそうに」
「…きのここわい」
「今日の日替わり、きのこ料理なんだが…」
「よし、シィちゃん頼んだ」
「こらこらこら」
【危険なロマンより・・・】
「ラニちゃん、万迷宮って行ったことあるかい?」
「ないよ?お客さんはあるの?」
「この前仕事で行ってきたぜ。と言っても中層までだがね」
「へー、おじさんのお仕事って何?もしかして冒険者!?」
「ただの運び屋さ、いろいろ必要な物を必要な奴のところまで運ぶ仕事、若い頃は危ないブツも運んだが今はそんな度胸ないがね」
「度胸はないけど万迷宮の中層までは行けちゃうんだ!」
「依頼人がその辺りを住処にしてるから仕方なくな」
「万迷宮ってすっごく危ない迷宮だよね?そんな場所のわりと深いところに住んでる人がいるの?」
「それがいるのさ。迷宮って行ってももう10年以上大勢で探索してる場所だからな、よほどのことが無ければどうってことはない安全な道も開拓されてるのさ」
「なんだか想像してたのと違う・・・」
「と言ってもそういう開拓がされてるのは中層まででな、そっから先は何が待ち構えてるかわかったもんじゃない。そしてお宝の多くも中層より下にあるってわけだ」
「宝探し!ロマンだよねッ!」
「俺からすれば馬鹿馬鹿しい話だがな、すごいお宝見つけたって持って帰る前にくたばったら何の意味もない」
「おじさんはロマンがない人だなぁ・・・」
「年を食うとロマンより今日と明日の飯と酒とタバコ代が大事になるのさ、そういう奴は俺だけじゃなく万迷宮の中にも山といるぜ」
「さっき行ってた万迷宮に住んでるっていう人とか?」
「あぁ、万迷宮の中にはいくつかの階層ごとに迷宮探索に来た連中向けの宿営地があってな、そこで探索者向けに高い料金でいろいろ商売をしてるわけさ」
「たっくまし~」
「危険なロマンを追いかけるより地道に商売するほうが勝ちってことさ」
- 挿話と挿絵で綴る形式いいね。スレ設定とか他のSSのエピソードも別視点で描写できる -- (名無しさん) 2013-06-12 15:18:28
- 名前や言葉に意味を持たせているのが面白い。想像するだけでわくわくする -- (とっしー) 2013-06-21 20:49:50
- がっちり一つの場所として完成しているんだコレ。新天地なのかは分からないけど話のバラエティが盛りだ盛り -- (名無しさん) 2014-05-13 22:46:17
- 一年前というのが信じられないくらい時の経つのも早いもんで。ラニが聞いた話も増えたのかな -- (名無しさん) 2014-05-30 23:29:17
- 思ってたよりも色んなジャンルが入ってて面白かった。墓参りがちょい沁みで好き -- (名無しさん) 2014-07-17 22:15:39
- 酒場ならではの語り口調とラニの合いの手が新鮮。どれも客のちょっとしたヨタ話や噂や体験談とそこからどうした?と次が気になるのもあったり -- (名無しさん) 2014-08-15 03:20:48
- 思ったよりも具体的な描写が多くて店内外まで風景が浮かぶ。色々なキャラとスレネタを絡めて短くまとめているので読みやすい -- (名無しさん) 2014-11-20 23:38:52
- ラニは店の中にいてもこんな話を聞くごとにどんどん旅したくなっていくのかなーと -- (名無しさん) 2015-04-23 23:18:34
- 思ってたよりも人なつっこいというかボキャブラリ豊富なラニちゃん。もし自分が旅人だったら思わず話しをしたくなるかも。マッシュルームがとりわけ印象に残った -- (名無しさん) 2016-02-26 23:12:21
- どんな世界でも酒場は情報の発信基地になるか。そこで働く人がどういう風に成長していくのか興味深い -- (名無しさん) 2017-01-17 19:18:41
最終更新:2013年06月21日 04:39