【路地裏庵でのお話】

学園全体が祭で浮ついているのを尻目に、俺は新天地へと足を運んでいた。
理由は一つ。叔父からの手紙だった。
もう10年は顔を会わせていない叔父だったが、何でも異世界で古物商を始めたのだとか。
手紙には、始めて早々にとんでもないお宝が入手できたようなので、鑑定して欲しいとあった。
父は笑ってこれを否定し、あげくに俺に代理を務めてこいと言い出した。
新天地なんて一度合衆国まで行って厳格な審査をパスしないと行けないのだが、
ゲート祭のおかげで淡路島ゲートからでも行けるのだとか。
タイミングがあまりにもできすぎているとも思ったが、旅費は全て経費で落ちるとの事なので、
異世界見学がてらで行くこととした。無論、歴史研究部の活動は一切放置してだ。

「ゆみは・・・し?」
「弓橋祢央。ユミハシネオです。読みにくい名で申し訳ない」
「これは失礼しました。弓橋様、奥の待合にお通り下さい」
淡路島ゲートターミナルに到着して、旅券のチェックを受ける。
いつもながら名前の読み上げで苦労される。そんなに読みにくいのだろうか。
ターミナルは多種多様な種族でごったがえしていた。
どう見ても家族連れ、カップル率高めなのが苛立たしいが仕方ない。
里帰りにも観光にも、これほど適した時期は無いだろうから。
十津那学園生らしき姿も多数みかけた。
ウワサの学園探偵と、妙に有名になったオークの娘とその連れ、あとは・・・
「あれ、弓橋じゃん。何してんのあんた」
大学で同じゼミの引戸在久(ひきどありひさ)だ。
「お前と大差ない理由だよ」
正直言って同じゼミとは言え、さほど接点がある訳ではない。
歴史研究部に入り浸りすぎているからかもしれないが。
「へぇ、じゃあ大延国に行って食い倒れってワケか。案外と俗物なんだなあんた」
引戸はニヤつきながらそう言った。
「お前と一緒にするなよ」
俺がそう言うと、引戸はますますニヤニヤしだした。
「相変わらずお固いねぇ。
 そうそう、我らが史学倉石ゼミきっての才媛、トーナちゃんも来てるぞ。見かけたかいあんた」
トーナちゃんとは、前庭東菜(まえばとうな)の事だろう。
何にせよ、俺にはあまり興味のわく話題でもない。
「あれトーナちゃんにも反応しないの?変わったヤツだねあんた。
 それともウワサ通り、スキュラのなんとかって娘をまだおっかけてんのかいあんた」
「学園から離れた人間をいつまでも追いかける趣味はないよ。
 彼女は彼女の人生を歩み始めたんだ。あとは知らないね」
「おーおー、おカタいねぇ。でも追いかけて新天地に行っちゃったりするんでしょ?あんた」
新天地?
「顔に出てるぜ。図星なんだろう。
 水泳部の連中に、くだんのスキュラ娘が新天地にいるって聞いちゃったんだ。
 ゲート祭期間を使って会いに行っちゃうんだろう。お熱いねぇあんた」
「いいや。まったく初耳だね。
 確かに俺は新天地に行くが、まったく別のくだらない用事だ。
 悪いがそろそろ開門時間だ。先に行かせていただくよ。それじゃあ」
俺は即座にその場を去った。
これ以上あの男の顔など見ていたくもないというのが本音だ。

ゲートが開き、俺は十一門世界新天地へと足を踏み入れた。
はっきり言って、もの凄い緊張感がある。自分の庭のようなミズハミシマとは大違いだ。
ゲートのある街はニシューネンという名だ。
ゲート施設は石造りの強固なもので、まるで映画に出てきた城を思わせるものがあった。
入世界手続所で書類確認、旅券確認を受けたのち、翻訳精霊の加護が与えられる。
そして、青いリボンを手渡された。何でも祭り期間中はこれを所持する決まりなのだとか。
ゲート施設から街へ出ると、そこは人ごみに溢れた大きな祭会場のようであった。
見渡す限りの人、人、人、メインストリートは人と屋台で埋め尽くされていた。
外に出てすぐ左手の両替所で日本円を金貨(本当に金なのだろうか)に替え、
ゲートにて手渡された地図と睨めっこをする。叔父の出したという店は見当たらない。
まずは宿。次に探索。そう決断して宿探しから始める事にした。
「兄さん、兄さん、チキューからの旅行者だろう。だったらオレが案内してやんよ」
急に声をかけられたので顔をあげると、目の前に鳥人の男性が立っていた。
やや小柄で身長は160センチほど。見た目はペンギンというか黒いヒヨコというか。
同年代なのだろうか?若そうに見えるが鳥人の年齢はどうにもわかりにくい。
「どうせボッタクリのたぐいなんだろ。生憎だけど俺は貧乏なんだよ。
 カネが欲しいんならもっと裕福そうなヤツをカモにしなよ」
俺がそう言っても、鳥人はその場から離れようとしなかった。
「まだ何かあるのか?」
「兄さん、きっとチキューで嫌な事でもあったのだろうな。
 安心しなよ。オレぁ『商店連合』専属の観光案内人さ。
 ボッタクルような無粋なマネはしないんよ。
 さあさ、そんなおっかない顔して地図を睨んでないで、行きたい所を教えてくれよ。
 カネが無いんなら、なるべく安いところを案内するからさ」
見た目ペンギンの男は愛想よく笑いながら言った。
「本当に貧乏なんだからな。チップだって払えないんだからな。
 それじゃあ安宿を教えてくれないかな。できれば個室がいい」
俺がそう言うと、ペンギンはペタペタと歩き出した。
ついて来い、という意味なのだろう。
路の左右は延々と食事処や土産物屋で埋め尽くされていた。
その奥には城郭らしき建物も垣間見えるが、詳しくはわからない。
ふと後ろを振り返ると、文字通りの城がそびえたっていた。あれがゲート施設なのか。
「元々はオガラサッタっていう城だったんよ。
 なんの因果か場内にあの光の門ができちまってな。
 城主はおん出されるわ、他街からは狙われるわ、門からはおっかない連中が出てくるわで、
 20年ちょっと前は随分と物騒だったらしいんよね。
 落ち着いたのは、なんとかっていうチキューの大富豪がこの街に来てからなんよ。
 この街ではイルンバッハって名乗ってたけどな。
 路の先に役場があるんだけど、そこが元のイルンバッハの邸宅なんよね」
その後もペンギン男は得意げにイルンバッハという男の昔話を続けた。
曰く、チキューの合衆国の大富豪であった事。
曰く、その唸るほどの資金でニシューネンの街を整備した事。
曰く、ならず者たちを制するために『冒険者』という身分を制定して『ギルド』で管理を始めたという事。
曰く、『冒険者』を満足させるために、わざとらしいゲーム『クエスト』を制定した事。
曰く、『最大のクエスト』として、鉱山都市ニアクルスのさらに奥地にダンジョン『万迷宮(パンラビュリウム)』を建設した事。
曰く、『万迷宮(パンラビュリウム)』が本当に『奈落』へと通じてしまい、開発を指揮した本人が戻ってこない事。
曰く、彼を連れ戻せば史上最大の大富豪になれると聞いて、今も『冒険者』たちが迷宮に挑んでいるという事。
そんな都市伝説まがいの雑話だ。
「兄さんもこれにチャレンジしたいんだったら、冒険者ギルドに登録しなよ。
 冒険野郎<ロードランナ>ってギルドがオススメだよ。
 白銀の盾(ホワイトアウト)、黒牛の首飾り(ブラックオックス)、悪意溢れる踊り人形(ダンシング・アワ)・・・
 ひとつでも見つけりゃあ億万長者さ」
俺は笑ってそれを拒否した。
鳥人が運営しているとか言う運輸業者の前を通り過ぎると、左手には巨大な駅舎が、右手には広場と教会が現れた。
「あれは幌竜車の駅舎なんよ。
 幌竜車は新天地を縦横無尽に走ってるから、兄さんもニシューネン以外の街に行くんならアレに乗るべきなんよね。
 一番の近場で港町のペンポプ。あとはネアクルス鉱山・・・これは用なしか。ミスリル鉱山なんよ。
 ずっと東に行くとディディオーマっていう大都市もあるよ。
 駅舎の隣にゃ最高級の宿もあるけど、兄さんは安宿の方がいいんよね。
 あ、あっちにあるのがニア大星堂ってんで、テミランの星神さんが祭られてんのよね」
「それっておかしくないか?
 確か新天地ってのはレギオンとかいう神が支配しているんじゃなかったのか」
「細かい事はいいんだよってのがレギオン様の考え方なんよね。何せ『いっぱいいらっしゃる』から。
 街の奥に行ったら『甘帝廟』ってのがあるから、あとで案内してあげるよ。
 それはそれで、大延国の金羅さんの亜神を祭った廟だって話なんよね。
 それと、べつにレギオン神さんは支配してるワケじゃないんよね」
神にもいろいろあるって事なのかね。
ペンギン男のあとに続いて広場と商店街らしき店の集まりの間を抜けていくと、周囲はどんどん下町風の区画になってきた。
建物の壁が漆喰塗りからレンガ詰みや石詰みに変わっていっている。
「さあ到着だ。兄さんの希望通りの安宿『旅人の宿 古木亭』だよ。
 コイツは由緒正しい宿で、今から20年前から営業してるのさ」
「意外と新しいな」
「まあまあ。宿賃も安いし個室もあるし、十分なのよね。
 おっと、風呂だけは無いから気を付けて。兄さんニホンジンって奴だろ。風呂が無いと怒り狂うっていう。
 今から風呂の場所と、あとはそうだな。飯の美味い店もついでに教えてあげるんよ」
若干心外な言葉もあるが、おおむね正しいだろう。
ペンギン男は宿のカウンターで手続を勝手にすすめて、俺の荷物を全部個室に放り込んだ。
「1泊ラ・ムール銅貨15枚でいいってさ。それっくらいはあるだろう?」
手元には金貨が20枚ほどある。おそらく余裕で半年は滞在できる額だろう。そんなに滞在する気は毛頭ないが。
「それにしても本当に安いんだな。どうやって利益をあげてるんだか」
「あ、食費は別だから気を付けてな。それと、寝具も貸し出しだから」
「なるほどね。それじゃあますます、食事のとれる店ってのを教えてもらわないと」
ペンギン男はニヤリとして、下町の路地裏に入り込んでいった。
「で、ここがオレのイチオシである『酒場 フタバ亭』だ」
「論外だろ。酒場になんか入れるわけない」
「うん?兄さん下戸なのかい?
 しかしそいつぁ困ったな。サンロクは美味いが割高だ。
 ああ、赤煉瓦通りのカナデ食堂があったか。あそこは美味いからな。
 ついでに銭湯の前も通るから一石二鳥だな。さあついてきてくれ」
ペンギン男はさらに下町の奥へと足を運ぶ。
レンガ作りの家が立ち並んだ不思議な空間だ。まるで迷路か何かに導かれているような。
しばらくすると、足元が赤レンガ敷きになった。ここが赤煉瓦通りなのだろう。
ふと路地裏の店に目をやると、そこには『路地裏庵』の看板が下げられた店があった。看板は、日本語だ。
何という偶然だろうか。俺は随分あっさりと、叔父の店を発見してしまったのだ。
「ちょっと待っていてくれないか。目当ての店を見つけた」
俺がペンギン男にそう告げると、ペンギン男は懐から葉巻を取り出し火をつけた。
「まあ、まだまだ日も高いし焦る話でもないからね。
 そこの古道具屋はなかなか面白いものをそろえているって評判だよ。
 じっくり見ていくのも悪くないんよね」
ぷかあと煙を吐き出しながら言った。

店の中は妙に薄暗かった。
「叔父さん、路次雄叔父さん。いるかい?親父の代理で鑑定に来たんだけど・・・」
叔父である弓橋路次雄の名を呼ぶ。
すると店の奥でゴソゴソと影が動いて、続いてどうにも情けない声で返事がきた。
「おおお、待っていたよ。心機一転異世界に渡って店までかまえたが、どうにも鑑定しきれなくてねぇ。
 おっと助手くん、そっちの箱を持ってきてくれないか」
叔父がそういうと、帽子がもぞもぞと動き出して箱を持ち出してきた。
俺がギョッとしてその帽子を見ると、帽子の下には毛の固まりがもぞもぞと動いている。
大量の毛玉の中には顔があり、ようやくそれが人間だとわかる。
「レプラコーンのアマポーラだよ。仕事が忙しくてバイトで雇ったんだ。
 骨董品店にしたいんだけれども、古道具屋の域を出なくてねぇ
 それで修繕の依頼も多いもんだから、彼女に手伝ってもらっているんだよ」
叔父はギシリと音を立てて、売り物らしきイスに腰をかけた。
その間も助手のレプラコーンは忙しそうに古びたドレスを縫い合わせたりしている。
やれやれ。よもやこの店の稼ぎ、彼女が全部はじき出しているのではあるまいな。
「それで手紙にあった鑑定品というのは?」
持ち出された箱を眺めつつ、俺は言った。
「うん。その箱の中に入っているんだろうけれどもね。
 私の腕じゃあ開けられなかったんだよね。
 日本にもあるじゃないか。こういう箱が鍵になっている仕掛けの。あれ何ていう名前だったかな」
「秘密箱ですね。箱根の寄木のが有名ですけれども。
 そんなに難しいものでもないでしょう。ほら、開きましたよ」
叔父は随分と驚いた表情をしていたが、俺にとっては造作もない事だった。
というか4アクションくらいしか手を加えていないのだから、初歩も初歩だろう。
中に入っていたのは、瑪瑙か那智黒かと思わせる真っ黒い石細工だった。
「・・・牛?」
その石細工は牛の頭部のような彫刻であり、繊細さよりも大胆さを感じさせる彫り上げ方がなされていた。
こんな箱に入れられていたのだから、価値の無いものとも思えないが、異世界の基準はよくわからない。
正直なところ地球感覚でこれに値をつけろと言われても、子供のこづかい程度の値にしかならないだろう。
だが、何というか禍々しいものを感じる。冷や汗が出る。
「で、何か云われのようなものは無いんですか。
 そもそも叔父さんはこれをどこで入手したんです?」
「いやあそれがねぇ。
 ある日フラリと店に来た鳥人がね、これはパンなんとかってところから見つけてきたもので、
 手元に置いておくと禍が降りかかるとか何とか言って売りに来たんだよね。
 でもほらそういうのって大概ウソじゃない。
 だから私もそうですかそうですかと無料で引き取ったってワケさ。
 タダで入荷して高値で売れば大儲け。商売の鉄則だろう?
 助手くん、助手くん。あれ何て言ったっけね。パンなんとか」
叔父が大声で尋ねると、助手のレプラコーンはドレスを縫い上げる手を止めて迷惑そうに返答した。
「万迷宮(パンラビュリウム)ですよ!
 あんな恐ろしいところ、名前だって呼びたくないです。
 その箱もさっさと売ってしまった方がいいんじゃないですか!」
万迷宮・・・どこかで聞いた名前だ。
「何にせよ、これはさっさと安値をつけて売りさばいたほうが身の為じゃあないですかね。
 俺はこっちの世界の事なんてこれっぽっちもわかっちゃいないですけれども、
 地球側で親父に仕込まれてそこそこ古いモンは見てきましたからね。
 コレは手元に置いておいたらダメなものです。
 これは牛の頭の彫刻では無く、牛の生首の彫刻です。
 こんなに嫌なモチーフの置物がまともなはずがない。
 二束三文でかまわないですから、すぐに売った方がいい」
「そんなもんかねぇ。せっかく大儲けできると思ったんだがね。
 まあ、甥っ子がそういうんなら仕方ないか。
 さて、せっかく来たんだ。ゆっくりしていってくれ。
 駄賃がわりにこの店の品を何でも一つ持っていっていいぞ」
叔父は残念そうに言った。
そして、この店にある物で俺が欲しいと思うものなど一つもなかった。
強いて言うなら、助手のレプラコーンの作ったという竜革のバッグがなかなか良かった。
聞いてみると試作品だが持って行ってもいいという事だったので、ありがたく頂戴した。

俺が叔父の店から外に出た時には、もう陽が暮れかかった頃合いだった。
ペンギン男もすっかり待ちくたびれたのか、葉巻の火を消すのも早々に俺に駆け寄ってきた。
「やあ、随分と長かったじゃないかね、兄さん。
 商談でもしてきたってところかね。
 そうそう、カナデ食堂の隣に『酒場ミズハス』ってところがあってね。
 そこがスキュラの美人姉妹がいるってんで評判になってんのよね。
 どうさ、息抜きに行ってみないかい?」
俺はペンギン男にやんわりと断りを入れて、今日はもう宿に戻ると告げた。
酒場に行っていい年齢でもないし、スキュラにかかわりたいとも思わない。
「ピナ姉妹って美人で有名なんだがなぁ・・・もったいない」
ペンギン男はあからさまにしょげ返り何か呟いているようだったが、俺の耳には届かなかった。
骨折り損のなんとやらってヤツなのだろうか。疲労感だけがつのる。いや、腹も減っているな。
「なあペンギンさん。肝心な事を2つ聞き忘れていたよ。
 ひとつはアンタの名前。もう一つは、めちゃくちゃ腹が減ってきたんだ。
 何かこう、どんぶり飯でも食えるような店はないものかな」
ペンギン男はパアっと明るい表情に変わり、待ってましたと言わんばかりに地図を広げた。
そしてこう聞き返してきたのだ。
「どんぶりってのは何だい?」
と。


  • ゲートを出てからの為替や案内の風景を考えると他からやってくるのにすごく利便性がよさそうに感じる。旅の目的を果たした後もついつい居ついてしまうくらいに -- (としあき) 2013-06-25 12:55:52
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最終更新:2014年08月31日 02:06