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【金沙通りでお買いもの】

暑さにうなされながら目を覚ます。

地球から持ち込んだ腕時計を確認すると、時刻はまだ6時を少しすぎたばかり。

もったいない。せっかく異世界に異動になってから初めての連休だというのに。

しかし、本当にもったいないのだろうか。

地球でも仕事ばかりの毎日で、連休があったところで使い潰すばかりだったというのに。

どうせこっちでも使い潰すのだろう。

そう思うと気が抜けて、寝汗で気持ち悪いと思いつつも二度寝した。

次に目を覚ましたのは11時を過ぎた頃だった。

ほら、結局はこうやってダラダラと使い潰すんだ。

手元にあった毛織布で乱雑に汗を拭きあげ、部屋のカーテンを開ける。

ミズハミシマの空は、清々しいほどに雨だった。

ほぼ毎日雨が降り続けているのだ。もう見慣れてしまった。

まずは着替える。モンメンの木の皮で作ったという植物染めのシャツに袖を通す。

やや肌触りがゴツゴツとしているが、風通しが良いのが助かる。

ミズハミシマは梅雨がずっと続いているような多湿の気候なのだ。

階下の食堂に顔を出してみたが、同じ下宿の者とは顔を会わせなかった。

鱗人を中心に10人は住んでいるはずなのだが、せいぜい挨拶程度の付き合いだ。

異世界とはいえ、人間関係などその程度のものなのかもしれない。

食堂奥の台所にてティーポットを拝借してお湯を沸かす。

ドワーフが作ったとかいう半機械式のヒーターがあるのでありがたい。

精霊を呼ぶなどという高等な芸は持ちあわせていないからだ。

大延国から輸入したという茶葉にてお茶を煎れる。

地球ではまったく嗅いだことのない茶の香りだ。

強いて言うならシナモンが近いようにも思う。

これでこのお茶も使い切った。

そうだ。午後は買い物に出かけよう。

ダラダラと茶を飲んだ後で、金沙通りへ買い物に出かける。

ここの茶房楼という店に茶葉を買いに行くのだ。

下宿から徒歩で15分も行けば、金沙通りに着く。

日本のどこにでもある商店街と同じような規模だ。

取り立てて特徴があるわけでもない。

地方都市近郊に大型店舗が出店する以前には、日本の各地にこういった商店街があったのだろう。

知りもしない歴史だが、きっとそうに違いない。

もっとも、並んでいる商品を見ると明治か大正かといった具合だが。

商店街の入り口近くの書店で、見慣れた人影を発見する。

ぬるりとして、でっぱりもへこみも少ないその外見は間違いなくアユさんのものだ。

声をかけるとあらあらあらあらと1分ほど繰り返してからようやく、今日はお休みでは、と問われる。

休みだから出かけているのだと返すと、私も休みです、と返答される。

それはそうだ。今日は支店が休みなのだから。

それにしても、連休で閉める旅行代理店とは一体どういうつもりなのだろうか。

それでいて、そこそこ成果を上げているのがまったく理解できない。

ドニー・ドニーのギーラガ盃ツアーが当たったのが大きかったようだが。

アユさんは料理の本と占いの本を小脇に抱えていた。

占いとはいかにも女性らしいと思ったが、どうも本格的な精霊占いの本のようだ。

意外と私の占いは当たるんですよ、とアユさんが言うので、占ってもらう事にした。

道の真ん中では周りに迷惑がかかるので、向いの甘味屋へ行く。

甘露水と北瓜粉焼(ぽろかやき)を2人前注文してから、アユさんの占いが始まった。

アユさんは懐から48枚組のカードを出してシャッフルしはじめた。

ドニー・ドニーでは極めてメジャーな船札と呼ばれるものだ。

彼の地ではこれを賭け事に使用するのだが、アユさんは船札で占いをしようというつもりらしい。

タロットカードやトランプ占いのようなものなのだろう。

「水鏡は未来を映すとミズハでは言います。

 それは無数の水滴ひとつぶひとつぶに運命の言葉が刻まれているからです。

 水は言葉です。寄り合えば巨大な海となり、世界を包む龍となります。

 龍は世界。我も世界。心安らかに龍我喃神の声を聞いてくださいませ」

十二枚抜き出されたカードが順番に開かれていく。

虚空に立ち向かう鋼鉄の騎士、巨大な門、流浪の旅人、嵐を進む船、大騒ぎする酒場、屈強な右腕に握られた斧

晴天を進む帆船、港に停泊する2隻の船、積み荷を扱う船、空を覆う竜、落雷、天に向かう光の柱

上下逆さまだったり真横に倒れたりしているが、絵柄はざっとこういったところだ。

正確に何を意味するのかはよくわからない。

アユさんはしばし考え込み、何度か何かを言おうとして言葉を飲み込んだ。

そして、何枚かあまり良くない札が出たけれど、良い札も出ているから心配ないと何度も言った。

「チキュージンって・・・運の悪い人が多いのかしらね」

札を片付ける時に、アユさんがそうボソリと呟いたのだけは聞こえてしまった。

店を出てアユさんと別れ、茶房楼にて茶葉を買い込む。

下宿へ帰る前に本屋に立ち寄ろうと店先から店内を覗き込むと、ロブデ・コルテ女史の姿が見えた。

歴史本が置いてあるコーナーで、身の丈ほどに本を積み重ねているのが見える。

面倒事にならぬうちに、部屋に帰る事にする。

それにしても狭い街だ。



  • 小物と街の様子が楽しいな。カード占いが真に迫っていたのが予想外 -- (としあき) 2013-08-30 22:53:30
  • 占い師か巫女か何かのオーラをアユに感じた。それとなくでもいいから結果教えておかないと業務に差し支えるんじゃない? -- (とっしー) 2013-09-14 21:38:53
  • このシリーズは自然体のなんてことない日常の空気で異世界暮らしを書いてくれるのが楽しいですね。衣食住を異世界で得ながらの生活感が出ているのはありそうで意外と少なく隣人同僚とも近い社会性もいい雰囲気だと思います -- (名無しさん) 2017-03-05 20:13:13
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最終更新:2013年08月29日 02:37