異動して半年。異世界観光は、そこそこの繁盛をみせていた。
どんなに時代が移り変わろうとも、日本人はしょせん日本人。
結局どこに行くにもツアーが一番安心というわけだ。
ミズハミシマの中でも主流の海中都市を外してあえてニッチな陸地を選び、
なおかつ
ドニー・ドニーとの定期航路を利用したツアーはそこそこの人気のようだ。
ミズハ住民の中からアルバイトで雇用されたツアーガイドもボチボチ増えてきた。
そして支店長からは、そろそろ新しい企画を立ち上げろというプレッシャーがかかってきた。
企画課長という肩書の、平社員としては荷が重い話だ。
企画の案を練ると言い、息抜きに一人旅に出る。
乗船場に行き、一番早い便を見るとドニー・ドニー行きの船だった。
1時間後には船は沖へと出ていた。
エグニヤッキ級という帆船だ。やや小ぶりながらも一般的によく使われる。
エグニヤという極めて丈夫な木材を用いたのが由来だという。
地球で言えばチーク材に似ているだろうか。
晴天で波も荒れず、穏やかな旅の始まりだった。
風がそんなに出てもないのに、船は凄い速度で航海を続けている。
水夫に聞くと、帆に描かれたルーン文字めがけて、風精霊が集まっているのだという。
竜骨にも文字が描かれており、水精霊が船を滑らせているのだそうだ。
下手すれば、地球のそこらの客船よりよほど速いのではなかろうかと思わされた。
明日の午後にはドニー・ドニーに着くのだという。
ドニー・ドニーと言うと、もっと波が荒れて吹雪いて寒くて恐ろしいという印象だったが
実際に行き来してみると、そこまででも無いな、と言わざるを得ない。
恐ろしいことにかわりは無いが。主に鬼が。
夕飯時。乾焼餅にかぶりつきつつ、干し肉と塩菜、ワカメ茶をいただく。
塩分多めだが仕方ない。
食堂室を見渡すと、地球人の姿は少なく、鱗人と魚人ばかりだった。
あとはミズハミシマで商売を終えたのだろう
ゴブリンが数名と、出稼ぎっぽい
オークが数名。
それと、いかにもカタギではありませんといった様相の連中がチラホラ。
おそらく傭兵や用心棒のたぐいだろう。
真っ黒い着物のような服を着た狗人が一人と、厚手の革ジャケットを着た猫人が一人。
それと、巨大な甲冑。飾り物かと思ったが動いたので人なのだろう。
狗人と目が合ってしまい、思わず会釈をしてしまう。
しまったと思うがやってしまったので仕方ない。
狗人は(おそらく)ニンマリと笑って片手をひょいと掲げた。
案外いい人かもしれない。
手持ちの干し肉と塩菜を持って彼らの席へ行く。
それらを譲りながら自己紹介をすると、彼らは少々面食らった様子だったが、すぐに打ち解けた。
「俺はオーディガンツ。傭兵だ。そっちの猫人は
ラ・ムール生まれの傭兵でドラクロ・ザバ。
で、このデカブツがフーガフラン。
スラヴィアの動甲冑だ。
ミズハの仕事が片付いたんでな。ドニーの本拠地に帰るってワケさ」
そう言うとオーディガンツを名乗った狗人はグハハと笑った。
翌日、下船の時刻には例の傭兵たちの姿は無かった。
いち早く本拠地とやらに帰ったのだろう。
乗船場で適当に船券を買ったので、実はここがどこかを知らないでいたが、看板を見るとパスビアとなっていた。
ドニー・ドニー南部にあり、水産業が盛んで、魚の水揚げとそれの運搬、製品加工で成り立っている街だ。
何でもつい最近になってドニー・ドニーでは空前の缶詰ブームが到来したとのことで、
ここパスビアでも伝統の干し魚や瓶詰だけではなく、地球からの技術者を招聘しての缶詰制作に乗り出したのだという。
まだまだ軌道には乗ってないので、当面は干し魚が主流のままだろう。
見渡せば、そこらに干し魚の加工場がある。
しばらく歩き回って、良さそうなホテルを見つける。
旅行の時はビジネスホテルを使うのがクセとして馴染んでしまっているが、今回もそうだ。
異世界ゆえに、ビジネスホテルという概念ではないのだろうが、機能や規模はまさにそれだ。
表の看板には『冒険者の宿』と書かれているらしい。
思わずRPGかとツッコんでしまいそうになったが、企画クエストをしている身では文句も言えない。
エントランスからホールに抜けるとすぐに受付カウンターがあった。
ゴブリンの受付に数泊ほどしたいと告げると、無言で受付用紙を手渡され、カギを1本渡された。
荷物だけ部屋に置き、すぐに街の中を散策する。
潮の匂いがする。
ニャアニャアという鳴き声が聞こえたので海猫だと思ったが、視線の先には翼の生えた猫らしき生き物がいた。
久々に異世界を感じた。居るんだ、あんなの。
美味しそうな匂いが路地裏からただよってきたので覗いてみると、そこには屋台が並んでいた。
子供の身の丈ほどもある魚の切り身に、なにやら醤油のような真っ黒な調味料をダバダバとかけながら炭火で焼く料理をみつけ
絶対大味だろうなと思いつつも食べてみたら案外と美味しかった。気に入ったので3皿ほど食べる。
屋台で飲み食いし、しばらく歩くと港に出た。
船が停泊していたのと反対側の埠頭だ。
乗ってきた船のほかに、もう一隻大きな船が見えた。
夕暮れ時も過ぎ、暗くて見えにくいが何人か釣り人らしき人影が見える。
地球も異世界もツリキチのやる事は変わらないな、そう思いつつ埠頭へと足を運んだ。
「釣れますか」
そう声をかけてみてから気づいた。猫人傭兵のドラクロ・ザバだった。
「いや」
ドラクロは一言だけボソリと呟いた。
たしかに彼の隣に置いてあるバケツ(地球で言えば、だが)には魚は1匹も入っていなかった。
「到着してからずっと魚釣りを?」
「そう」
「釣れないのに粘っているんですか」
そう言うと、ドラクロはニヤニヤとしながら言った。
「俺たちの仕事は常に完璧を求められる。死と隣り合わせの仕事だから。
だったら、趣味の時間は無駄に過ごしたいじゃあにゃいか。
というよりも、無駄にして過ごすのが俺の掟だ」
ヒゲをヒクヒクと振るわせながら、ドラクロは言った。
次の瞬間、糸がひいた。
「よしきた今日の最初の獲物!」
ドラクロが竿を思いっきりあげると、どう見てもマグロ異世界版といった具合の巨大な魚が釣りあがった。
これ、さっき屋台で食べた魚だろうか。
「釣れた方が嬉しいのは否定しない」
ドラクロは妙にバツが悪そうに言った。
二人で笑いあった。
パスビアで、優しい掟に出会った。
お題【ビジネスホテル、猫傭兵、魚釣り】
- 緩やかな船旅と港町の様子が和やかに描かれていて楽しい。 -- (名無しさん) 2013-09-05 01:15:07
- 港でマグロが釣れるのには笑った -- (上の続き) 2013-09-05 01:15:40
- ツアー下調べにしてもフットワーク軽くて馴染みやすいバイタリティ。実を求めない休暇は説得力ある -- (としあき) 2013-09-06 00:38:47
- 今と昔のドニーの様子は変わっているのかも知れないけどもこの何とも言えない渋さは昭和の漁村みたいだ -- (とっしー) 2013-09-14 21:18:31
- ラストの雰囲気が好き。ポリシー語った直後によしきた最初の獲物!人間味あふれるドラクロ氏 -- (名無しさん) 2013-10-09 01:49:48
- スレネタが散りばめられた普通の目線からみたありのままの異世界という雰囲気がいいですね。需要と供給から行きやすいやすいツアーが確立されれば異世界交流もさらに進んでいくんでしょうね -- (名無しさん) 2017-04-09 18:35:21
最終更新:2014年08月31日 02:13