支店長は意気込んでいたが、ウマハレ観光ツアーは不発だった。
蛇言教の寺院は確かに立派なものだったが、別にウマハレにしか無いものでもなかったのが致命的だった。
というかこの蛇神
ルガナンを祀った寺院は世界中に点在しているらしい。
日本で言うなら、その街で一番古臭い○○寺や○○神社程度のものだったという事だ。
それなら雨龍で!と支店長が言えば、雨龍は各地の入江を巡回している。それこそ巣は多数ある。と即座に否定された。
事務兼経理の
ゴブリン、ロブデ・コルテ女史の知識の豊富さには驚かされてばかりだ。
魚人の受付嬢であるアユさんと一緒に塩からいお茶をすするしか出来ない。
「いっその事、シオナンベからの定期便で行ける
ドニー・ドニーの街を開拓した方がいいのかもしれんね」
支店長があふれ出る汗をふき取りつつ言った。
「ここからですと、ギーラガ、ヴァンツ、ペークーシュの3つの港町へと定期便が出てますの。
でも、どこも普通の港町ですわよ?あ!ペークーシュの酒場にイケメン魚人バーテンダーがいますわ」
お茶を飲みながらふわふわした口調でアユさんが言う。
「ギーラガはかつて鬼族連合艦隊が拠点とした港町。海上要塞跡地もある。
ヴァンツはドニー・ドニーが国としてまとまる前からある古い貿易都市。
他の二つと比べる意味もないほどの巨大都市で、観光も盛んよ。
逆に言えば、大手の隙間を狙うんなら絶対避けた方がいい。
ペークーシュは確かに酒場や歓楽街が多めだけど治安もその分悪い。
開拓するならギーラガにすべきです」
ロブデ・コルテ女史は淡々と3つの港町を解説したが不安も残る。
まさかとは思うがこのゴブリン、ただの歴史好きな女子いわゆる歴女というやつでは無かろうか。
ギーラガの海上要塞跡地とやらが気になっているだけではないのか。
「うん。うん。面白そうじゃないか。
それでは企画課長、さっそくだがギーラガに行って観光資源の調査をお願いするよ」
ニコニコとしながら支店長が言った。
企画課長だと?
慌てて否定しようとしたところ、ロブデ・コルテ女史がそれを遮った。
「この人だけでは不安しか無いので私も同行します」
「おお、それは頼もしいねぇ。それじゃよろしく」
支店長はそう言うと、明日が娘の誕生日だとかで有給休暇を取ったと言いつつ早退していった。
事務所には3人だけが残された。
「とりあえずお茶にしましょうか」
アユさんが飛んでいるハエもとまりそうなほどノンビリとした口調で言った。
数分後、本日2杯目の塩からいお茶を飲みながら、茶菓子を食べる。
茶菓子はシオナンベの老舗『白鬣鵬(しろたてがみのおおとり)』の糖菓子だ。
どんな食材を使ってこれを作っているのかは考えたくも無い。
甘ければそれでいいのだ。
「相変わらず美味しくないわね」
ロブデ・コルテ女史が苦々しく言い捨てているが、味の違いなどちっともわからない。
アユさんがニコニコとしながらロブデ・コルテ女史に追加の糖菓子を出すという酷い嫌がらせをしたが、
ロブデ・コルテ女史はやはり苦々しい表情でそれを食べた。
好きなんじゃないのか。本当は。
「何よその顔。いいことチキュージン。よっく聞きなさい。
『自分の商品は大きな声で褒め称え、他人の商品は小声でけなせ』これはゴブリン商人の鉄則よ。
どんなに大好きなものでも、それが他人の商品ならけして人前では褒めたり喜んだりしないの。わかった?」
そう大声で主張したロブデ・コルテ女史の目の前に、アユさんから3つめの糖菓子が差し出された。
言うまでも無く、ロブデ・コルテ女史は苦々しい表情でそれを食べ尽くした。
こんな甘ったるいものを口にして、よくもまあ顔に出さないものだと妙に感心した。
さて、行先はギーラガ。観光名所になりそうなものは何か。
アユさんが隣の部屋の書棚に収めてあった綴じ書をテーブルの上に山ほど積み上げたので、片っ端から中を読み解く。
ドニー・ドニーである以上は、『海賊』は避けて通れない話題だ。
実際、ギーラガは鬼族連合艦隊とやらの拠点だったというではないか。しかし、今はどうなのだろう。
ドニー・ドニーの七大海賊団を調べみる。ドニー王ラウダフル、イツクシモ姫率いる和鬼海賊団、
大母率いる
オーク海賊団、富豪ゴブリンエレーカ・ネモチー率いる「栄光の杯」海賊団、オルチ率いる魚人海賊団・・・
やはり鬼族連合艦隊など欠片もその名は記されていない。
「七大海賊団とは理屈が全然違うの。
ドニー・ドニーに点在する大小様々な鬼族海賊団が、国の有事に終結するときの旗印が『鬼族連合艦隊』
そんな風にとらえておけば十分ね。実際には違うわよ。政治的調停者として今の時代も機能はしているし。
その割に、暗殺者まがいの実働部隊も所持しているって話」
当初の重苦しい雰囲気が多少は緩和されたか、ロブデ・コルテ女史が軽快な口調で語る。
ならば、ギーラガが拠点となっていた時代には、ドニー・ドニーは戦乱のまっただ中だったという事なのだろうか。
「あらー、これって何かしらね」
アユさんが示した書には、宝玉が散りばめられた盃の図が記されていた。
ロブデ・コルテ女史は綴じ書をひったくると、片眼鏡をずらしながら真剣な表情で読み解いていった。
「かつてギーラガに献上された宝盃のようね。
由来はあっても実物がどこにあるかの記載が無いわ。
いえ、ここに、うん?失われた?回船は波にさらわれ、積み荷は岬へと漂着した・・・
嵐が去ったのちに街の人次々と岬へ向かうも盃の行方は知れず・・・か」
ロブデ・コルテ女史の表情がみるみる険しくなる。
よくわからないが、お宝は残念ながら喪失されたって事か。
残念だけれども、観光ツアーに使えそうなネタじゃないな。
「これよ。これをツアーの目玉にする。
さあ、今から準備すれば今夜の最終便に間に合うわ。さっさと仕度なさい企画課長。
それと、アナタは無能なので今回も私が同行します」
ロブデ・コルテ女史がそう宣言すると同時に、アユさんがドニー・ドニー行きの船便申込み書にもの凄い勢いで記入をし、
伝書連絡用のイセカイリョコウバト(和名)の足に伝書筒を括り付けて空に放った。
なし崩し的にドニー・ドニー行きが決定してしまった。
それから3時間ほどして、月が頭上にて煌々と海を照らす頃、船はドニー・ドニーへ向けて大海原を悠々と突き進んでいた。
シオナンベ発の船など、どうせ小さくて酷い船だと思っていたのだが、予想は外れた。
確かに地球のフェリーと比べたら随分とチャチなものに違いは無いのだが、それでもかつてどこかで見た帆船ほどの大きさはある。
帆は無い。船の胴体から櫂が無数に突き出していて、それがリズミカルに動いて推進力になっている。
よもや奴隷でも船底に押し込めているのではなかろうかとおっかなびっくり様子を見に行くと、
そこでは多数の
オーガやオークたちが、談笑しながら軽々とオールを漕いでいたので安心した。
話を聞くと、何でも現代社会での操船術は高度になって完全に専門職の出番となり、奴隷を使うと逆に効率が悪いのだそうだ。
ただし、
ラ・ムールには奴隷階級で操船専門職の連中はいるけどな、という事だ。
3等船室に戻ると、大広間の奥で精霊の光に照らされてロブデ・コルテ女史が本を読んでいた。
チキューの本もなかなか面白いと言いつつ内容を解説したがっていたが、タイトルに明治維新の~とあったので遠慮した。
歴女決定だ。
あくる朝、無事にドニー・ドニーのギーラガ港に到着する。
海賊の襲撃だの悪天候によるピンチだの何だのと想像していた割にはあっさりとしたものだ。
「昨夜の甲板デスマッチはなかなか凄惨だったな。
オークのガルムとかいうヤツの殴りがなかなか良かった。
なんだ、見てなかったのかチキュージン。だらしない奴だな」
小さな拳をシュッシュッとパンチするように動かしながらロブデ・コルテ女史が言った。
どうやら知らないうちに船内は、あまりあっさりしてなかったようだった。
まあ、無事に到着したので今さらどうでもいい話ではある。
「じゃあ観光名所の確認に行くか。まずは情報収集。アンタも来るのよチキュージン」
港町に到着するやいなやロブデ・コルテ女史が宣言しスタスタと酒場に入っていってしまう。
ドニー・ドニーの酒場に迂闊に入り込むなんて命知らずすぎる。
ここで死ぬなどまったくもって御免なので、腹が空いていた事もあり手近な食堂へ足を運ぶ。
店内は凶悪な顔つきのオークやオーガばかりだったが、ドニーなので当たり前の光景なのだろう。
適当に見繕ってもらうと、バスケットに想像を超えた量で積み上げられたパンらしき食べ物と、
何かの肉の炙り焼きしたもの、味の方向性は辛さだけと主張するスープ、よくわからない発酵食品が出てきた。
肉にかぶりついていると、一人のオークが忌々しそうに話しかけてきた。
あまりに喧嘩腰だったのできっと腹が空いているのだろうと彼の分も肉を注文したら、面食らった表情になり大人しくなった。
「お前バカじゃねーのか」と言いつつも肉を食べだした彼の身の上を聞くと、なかなかに悲惨な話だった。
何でも
ミズハミシマ出身の彼は、郷里にて惚れ込んでいた幼馴染のオークの女性を地球人に奪われてしまったらしい。
(オークの女性と結婚したがる男など、地球人に存在するのだろうか?)
心機一転ドニー・ドニーで新たな人生を歩もうとするも、ヴァンツにてカジノ店に行ったのが運の尽き。
地球人の小僧っこにコテンパンにのされて有り金全てを失ってしまったのだそうだ。
それ以来、地球人だけは絶対に許すことができないのだ、と肉をたらふく食いながら彼は言った。
あまりに辛くて2口目から先に進まないスープも彼に譲りながら、随分と罪つくりな地球人も居たものだとぼんやり考える。
ところでまったく話は変わるが、と前置きしてから、ギーラガの宝玉が散りばめられた盃の事を尋ねてみる。
「お前、俺の話を何も聞いちゃいなかったのかよ。俺はお前らチキュージンなんかに協力する気なんざ無ぇんだよ」
ありがたい事に、彼は何か知っているんだぞと丁寧に教えてくれた。
ロブデ・コルテ女史という妙齢の女性とギーラガの盃について調べに来た旨をあらためて伝えると、彼の目の色が少し変わった。
「その人、美人なのかい?」と、辛くて食えたものじゃないスープを飲みながら彼は言った。
ステキな女性だ、とだけ伝えると彼はテーブルの上にあった食べ物を全て胃袋におさめて立ち上がった。
案内しろとでも言うのだろう。とりあえず店の外に出ると、不貞腐れた表情のロブデ・コルテ女史が居た。
酒場での収穫は無かったのだろう。
「おい、もしやあのゴブリンの女性なのか?」と、オークはやや興奮気味に言う。
そうだ。と端的に伝えると、オークは素早くロブデ・コルテ女史に駆け寄った。
「本日はお日柄もよく貴女様も大変に麗しゅうございますな。
申し遅れましたがわたくしオークオーク・セントラ・ダイオダイオと申します。ダイオとお呼びくださいませ。
さて、貴女様がかのギーラガの盃をお探しとの事を、そこの貧層で無能そうなチキュージンより聞きましてございます。
それならばわたくしめにお任せ下さいませ」
と言うと、どこにしまっていたのか巨大な地図を広げ、くだんの岬と思われる場所を何か所か赤墨で丸をつけていく。
「こう見えてドニー・ドニーは各地を巡った身であります。
失われたギーラガの盃の噂話は何度も耳にしてございますよ」
鼻を鳴らして胸を張るダイオだが、ロブデ・コルテ女史の意識は地図にしか向いていない。
「なるほど。この地図、買い上げる。銅貨3枚でいかが?」
パタパタと地図を畳みながら、ロブデ・コルテ女史はどこかつまらなそうに言う。
「売るだなんてとんでも無い。それより、わたくしめに案内させていただけませんか」
「それならタダでいただくわ。それに案内も不要。
地図を見ながら馬を進めるのは、我が社のとーーーーーーーーーーっても優秀なチキュウジンの社員がおりますので。
さあ行くわよ。グズグズしないで竜馬なり何なり手配なさいな」
やはりつまらないそうな表情で、ロブデ・コルテ女史は言った。
あっけにとられたダイオを路地に置き去りにして、貸し竜馬屋へと向かった。
きっと彼が恨む地球人はこれで通算3人になった事だろう。
陸式亀竜(リクシキキリュウ)を借りて、赤丸のつけられた一点へ向かう。コルテ女史の指示だ。
体感速度的には時速20キロ程度なのだろうか。
乗用車と比べると当然遅いのだが、異世界でこの速度ともなれば十分に思う。
それにしても、まさかとは思うがこれから宝探しでも始めるつもりなのだろうか。
この赤丸のついた地図だって、しょせんは噂話を元にしたものだ。見つかる確率なんてどれほどのものだろうか。
そんな事を考えているうちにくだんの岬に到着してしまう。
積み荷が漂着した、なんていうからどれほどの断崖かと想像していたが、いっそ海水浴場でもした方が良さそうなロケーションだった。
「素晴らしい。ここでいい。
これで観光ツアーの企画が成り立つ」
コルテ女史が随分と楽しそうな様子で呟いているが、まったくその真意が理解できない。
「まだわからないのか。いいかい。ここに『幻のお宝であるギーラガの盃』が漂着したんだぞ。
これを観光名所にしてツアーにするには、キミは企画課長として何をすればいいんだ」
といっても肝心の盃が無いんじゃ話にならないんじゃなかろうか。
ああ、そうか。そういう事か。別に無くてもいいのか。客に探させればいいのか。
<幻の財宝を探せ!ギーラガ探検ツアー>でいいのか。
そう言うと、コルテ女史は満面の笑みを浮かべた。
「正解」
そうひとこと、楽しそうに言った。
ギーラガの盃はいまだ、人々の心のなかを漂っている。
- 短くまとめているのに地域地名の様子が想像できるのが上手い。キャラの味も濃いのではっきり覚えてしまう -- (とっしー) 2013-08-23 21:30:17
- 社員構成見る限りだとしっかり現地リサーチして人間の目線で整理したらツアーは成功しそうなんだけどなぁ…頑張れ! -- (としあき) 2013-08-30 22:40:59
- 異世界の観光地となるとやはりメインターゲットは地球の人ということになるのだろうか。しかし伝承や伝説などは多くの種族が住まう異世界では注目や興味の的として大きいのではないかと感じた話でした -- (名無しさん) 2017-03-05 19:36:34
最終更新:2014年08月31日 02:12