戦月、一年の多くを雪と氷で覆われる極北のドニーの大地に短い夏が訪れ、この短い夏を謳歌するように木や草花は雪に埋もれ氷に閉じ込められても耐え忍んだ生命力を爆発させるこの時期、ドニーに暮らす人々にとってもこの短い夏は特別な時期となる。
「見ろ!大母海賊団のパドス号が帰ってきたぞ!」
沖に姿を現したドニー七大海賊団の一つでありドニーオークの頂点に君臨する大海賊団の母船の登場に港の方々から声が上がる。
ドニーの首都テクレンは建国戦争以前から栄えるドニーでも最大の港湾都市であり、その港はこの戦月の時期には世界中の海での航海を終えて戻ってきた大小様々な船で埋め尽くされる。
「何ボサッとしとる!さっさと6番ドックに入港させる準備をせんか!あんなデカい船を湾の入り口で立ち往生させたら事だぞ!」
ドニーの数ある巨大船の中でも五指に入る巨大海賊船の威容に、思わず作業の手を止めてしまった港湾作業員に激を飛ばすのは一人の
ドワーフ。
トロルを筆頭として
オーガや
オークそして鬼人など大柄な体格を有する者が多数派を占めるドニーの港ではそのドワーフは極めて小さく映るが、誰もその言葉に異を唱えようとはせず中断した作業を慌てて再開する。
「フン!毎年おんなじように見惚れおって!」
老人というほどでもないが、それ相応に年を重ねているということを示す額から頭頂部にかけて禿げ上がった白いものの交じった赤毛と、同じく白いものが交じった赤い髭を蓄えたドワーフは、手にした自らの身長と同じほどの長い柄のついたハンマーを地面に下ろし周囲で作業を再開した者を見て愚痴を零す。
「……まぁ、ワシが造った船だから見事なのは当然だがな」
曳航船に先導されてこちらへと近づいてくる船を見ながらそのドワーフ、ドニーの船大工の顔役であるハイン・トゥン・ヘイルの『大工長」ガス・コーネルは蓄えた口髭の下でニヤリと笑った。
かつて、極北のドニーの地に巨大船の設計図を携え渡ってきた
クルスベルグの職人と技術者が居た。
彼らはドニーへと渡った後、この地に生い茂るドニー杉の素晴らしい性質に着目し、これを材料としてそれまでの歴史に類を見ない巨大な船を造りだした。
後に城郭級と種別されることとなるその巨大船を生み出したドワーフ達は、その後もドニーの地に根付きその腕を振い技術を練磨発展させてドニーのその後の発展に大きく尽力することとなった。
そして、現在でもドニーにおいて造船はそうしたドニーへと移り住んだドワーフ達の領分であり、そのドワーフ達を中心とした職人組織ハイン・トゥン・ヘイル(鋸と金槌)はドニーでは七大海賊団に比肩する発言力を有する組織として扱われている。
「親方ぁ、6番ドッグへの収容準備できたんだなぁ」
周りの職人や作業員にアレコレと大声で指示を飛ばすガスの立っている場所に突然影が出来、どこかのんびりとした声が彼の遥か上から降ってくる。
「おう!ヤンソン!ノロマのお前にしちゃぁ上出来じゃねぇか!」
「がんばったんだなぁ、ほかの皆も準備万端なんだなぁ」
ヤンソンとガスに言われたのはドワーフである彼が見上げるほかないほど巨大な体躯をしたトロルで、夏毛で短く生え換わった真っ白な体毛の奥に優しげで円らな瞳が覗いている。
「よしよし!それじゃ魚人の水夫連中が牽引綱をパドスに繋いだら一気に収容だ」
「がんばるんだな!」
ヤンソンはトロル的には真剣な顔と声でそうやる気を表現するが、それは中々にほかの種族にはニュアンスの伝わりにくいものだった。
「引けーーーーーッ!!」
ガスのその体格のどこから出ているのか不思議に思うほどの大声は、彼の周囲に集められた風精霊によってさらに大きなものへと拡声され、その広大な空間全体に響き渡る。
その場を指揮するガスの号令のもと、その場に集められたトロルの作業員達や土精霊に岩石の肉体を与えて生み出されたゴーレムが巨大な綱を曳き始める。
「もっとだ!もっと気合い入れろッ!」
ガスの掛け声と彼の横に陣取ったオーガの打ち鳴らす巨大な太鼓の音色、そして綱を引く作業員が自らを鼓舞する声が響く中、彼らが曳く綱の先にある巨大船バドス号がゆっくりと彼らの居る巨大な収容ドックへと動き始める。
沖から曳航船に誘導されてやってきたパドス号はそこで牽引綱に繋がれ、多数の収容作業員によって城郭級巨大船専用の巨大収容ドックへと約1時間かけて収容された。
「ガス、相変わらず声がデカいねぇあンたは」
収容作業が終わり、昇降用の櫓が取り付けられたパドス号からは何人もの屈強なオークを引き連れて一人のオークが降りてくる。
「お前は相変わらず体がデカいな、本当に女か?」
「まったく口が悪いねこのチビ助は、あたしの若い頃は知ってるだろ?」
それは周囲の屈強なオークよりさらに一回り大きなオーク、まるでオーガかと錯覚するような体躯をしたオークの女だった。
ドニー・ドニーに暮らすオークを束ねる大母海賊団の船長『大母』マム、荒くれの多いオーク海賊団を長年に渡って纏め上げる女傑である。
「お前は航海から帰ってくる度にデカくなるからな。俺の思い出の中のマムは今のお前とは似ても似つかぬ華奢で愛らしい娘だったはずだがな」
「女は母親になると強くなるんだよ!うちはどうしょうもないバカで可愛い息子達がたくさんいるからね、あたしがしっかりしてないとダメなのさ」
「母は強し、という奴か?」
「そういうことだね、それじゃあたしはラウダフルに呼ばれてるから行くよ、あンたもパーレィには遅れずに来るんだよ?」
「俺はただの船大工だ。海賊連中の話し合いになぞ別に行かんでも問題なかろう」
ガスは毎度のごとくそう言って興味のない素振りをする。
「あら、そりゃ残念だね。今年は大延から最高の老酒を持って帰ってきたから、それを皆に振る舞うつもりなんだけど」
「よし、行こう」
ドワーフは無類の酒好きであり、ガスもまたその例に漏れることはなく、大延でも高級酒として知られ、黒砂糖と果実をふんだんに使い、長年かけて熟成させたその香り高さと艶のある黒檀色から香黒酒とも呼ばれる高級酒の名を出されれば前言を撤回するのは当然のことである。
「ワッハッハッハッハッ!さぁ皆!まずは皆の無事の帰港を祝い乾杯だッ!」
ビリビリとまるで雷鳴のように辺りを震わせる陽気だが傍迷惑な笑い声を響かせて、隻眼隻脚で全身に様々な海の怪物を記号化した刺青を施した巨漢オーガが酒樽ひとつをそのまま杯代わりにして突き出すし、声をひときわ大きく張り上げる。
彼の名はラウダフル、ドニー独立の英雄ガルカドから受け継がれ、現在のドニーの王である者の称号『大船長』を冠し、伝説的な海の怪物である《船喰い》に立ち向かい、討ち取ることこそできなかったものの一矢報いて生き残った伝説的な海の勇者である。
彼が長を勤める海賊団グリオ・テガ・ヴァント(勝利の雄叫び)はドニー最大の海賊船ラウラハヴ号を擁し、その収益の多くは海上交易の護衛と捕鯨によって得られている。
「ラウダフル殿、久方ぶりの酒宴に浮かれる気持ちはわかるが少し声を落とされよ、せっかくの酒がその声で波立って零れてしまう」
その横に座って朱塗りの杯にほんのりと桜色をした酒を注ぎ入れているのはラウダフルの海賊団グリオ・テガ・ヴァントと深い同盟関係を結び、主にドニーでの開拓事業を中心に幅広い事業を行い収入源としている鬼刃海賊団の長イツクシモ姫。
赤銅色の肌に初霜のような白く艶のある長い髪をし、天頂からは一本の角が生えている。
しかし、彼女の姿で最も一目を集めるのはその身に纏った着衣だろう。地球で言うところのゴシックロリータによく似た白を基調としたデザインのドレス、それを背が高く鬼人族として当然のように引き締まった体躯の身で着こなしているのは中々に印象深い。
「そう、だ。酒は、騒がしく、呑む、もんじゃ、ない」
その独特のイントネーションで発せられるしゃがれ声は決して大きなものではなかったが、その場に居る者全ての耳にはっきりと聞こえる不思議な存在感があり、その声の元には小柄な人影が静かに、しかし強烈な存在感を発しながら静かに鎮座していた。
『光喰い』のオルチ、ドニーの海賊団の中でも最も危険な集団と言われる魚人海賊団トゥオーレ・テガ・トーレ(海の兄弟達)の長であり、魚人ではなく鳥人でありながら荒くれの魚人をその圧倒的な力とカリスマで従える存在。
「あらぁ、オルチィがこんな冒頭に、しかも自分から喋るなんて珍しいわねぇ」
隣に座った
ゴブリンの男にしなだれかかるようにして体を預けながら、すでに緋色の酒に口をつけているスキュラの女が、珍しいものでも見るような表情と甘ったるい声でその特異な声の主に声をかける。
「パルジェリラ、お前も、な。この席に、顔を出すのは、久しぶりだ、な?」
「ん~~~~……。ネモチー、私がここに来るのって何年ぶりかしらぁ?」
オルチにパルジェリラと呼ばれた女はわずかに考えるような仕草をしたかと思えば、あっさりそれを諦め、しなだれかかるように上半身を預けるゴブリンの男に尋ねる。
「3年ぶりだと思うぜパルジェリラ」
傍目にもこの女を得意としていないとわかる、やや困ったような表情をしつつ、ネモチーと呼ばれたゴブリンは彼女の問いに的確に答える。
エレーカ・ネモチー、この場に集う海賊団の中では最も新参の海賊団でありながら、今やドニーにおける保険や金融の多くをその手中に収めるドニーでも屈指の大富豪、彼が旗揚げした黄金の杯は、彼と古くからのビジネスパートナーでもあるパルジェリラの推薦を受け、折よく七大海賊の一角が様々な理由から解散することとなったことで入れ替わるようにその座につくこととなった。
それからおよそ10年、この集まりの中ではやや毛色が異なる物の、その集団としてのドニーにおける存在感も、それらを動かす長であるネモチーの手腕とカリスマ性はこの場に集まった者なら誰しもが認めるところであった。
「だ、そうよぉ?」
どこか人を小馬鹿にしてるとさえ思える口調でそうネモチーの言葉を継いだ彼女は実に美しかった。しかし、その美しさはあくまでも上半身だけの話であり、上半身と同じく気だるげに力の抜けたその下半身はタコの足を思わせる8本の触腕を備え、そのうちの何本かは隣に座ったネモチーをまるで逃がさないようにするかのように彼の肩や腰に絡められている。
『毒婦』パルジェリラ、様々な種族の女だけで構成された八首海賊団の長であり、毒の体液をもつ
エリスタリアのダークエルフでさえ一針で絶命させる猛毒から女を狂わせる媚毒まで、多種多様な毒を自らの体の中で生み出すことのできる能力を持ったこのスキュラは、この場に集まった者たちの中でも最も長くこの選ばれた者達しか参加することを許されぬ酒宴に足を運んでいるということは、この場に集う皆が知っていることだ。
「パル!あンたはあいかわらず行儀が悪いね!ラウダフルが乾杯の音頭を取ってるんだから、ここは形だけでも大船長の顔を立てるのが筋ってもんだろうに」
そう言ってパルジェリラの反対側に座ったこの場に集まった者の中でラウダフルに次いで巨大な体躯をしたオークの女性、ドニーにおいてその一部の例外を除いてオークだけで構成され、海運と航路開拓を収入源とする大母海賊団の長である『大母」マムがまるで行事の悪い子供を叱るような声で向かい合うパルジェリラに声を飛ばす。
「はぁ~い、ごめんなさいマム母さん」
パルジェリラは悪戯を叱られた女児のようにマムの言葉に謝意の言葉を返す。しかし、その次には手にした杯の中の緋酒に口をつけていることから彼女がなんら反省していないことは誰の目にも明らかだった。
「まったく……」
マムも彼女が自分の言葉を受けてもなんら思っていないことはわかっていたが、それ以上何かを言うということはしない。
見た目だけであればパルジェリラはマムより若く見える。しかし、彼女はこの30年余りその容姿が変わっておらず、その実年齢はマムより上であるということはその場にいる者なら誰もが知っていることだった。
パーレィ、それはドニー・ドニーの代表的な七つの海賊団とドニーの王である海賊王が一堂に会する一年に一度の特別な会議である。
一年の間に起きた様々な問題についての各海賊団の対応や意見集約が行われる場であり、また稀な出来事ではあるが七大海賊の交代劇の舞台ともなる。
現状、この場に集まることが許されているのは以下の通り。
『大船長』ラウダフル率いる海賊団『グリオ・テガ・ヴァント』
イツクシモ姫率いる海賊団『鬼刃海賊団』
『光喰い』オルチ率いる海賊団『トゥオーレ・テガ・トーレ』
エレーカ・ネモリー率いる海賊団『黄金の杯』
『毒婦』パルジェリラ率いる海賊団『八首海賊団』
『大母』マム率いる海賊団『大母海賊団』
七大海賊団と呼ばれながらも現状6つの海賊団しかその枠を埋められていないことについての理由は様々なものがあるが、これについてはまたの機会に触れることとしよう。
そして、最後に番外の組織としてガス・コーネルが率いる職人組織ハイン・トゥン・ヘイルが加わりパーレィは開始される。
この船長会議という名の酒宴は一昼夜に渡って会場の出入り口を封鎖する形で行われ、これに参加できるのは各勢力の代表と幹部数名と最低限度の護衛のみ、酒を酌み交わし、議論を交わし、また酒を飲みかわすということをひたすら寝ずに繰り返すのである。
その起源はドニー・ドニーがまだ国家となる以前の話、ドニーの各地を勝手気ままに根城として海を荒らしまわっていた海賊団が、当時の列強国家によって結成された連合海軍の攻撃に晒され壊滅させられていった頃にまでさかのぼる。
それを最初に提案したのは、やがてドニーの最初の王となり『海賊王』と呼ばれることになるドニーの英雄ガルカドの終生無二の友であり、ドニー建国戦争の立役者であるナゼフだと言われている。
元来身内以外の者は全て敵か利用するだけのカモとしか思っていない海賊たちが腹を割って本音を話し、それによって列強の連合軍に対抗する海賊艦隊を結成するには本音を語るしかない場所を作るしかないとナゼフはガルカドに提案した。
友であるナゼフの提案を受けてガルカドは生き残った七つの海賊団の船長達を集め、話し合いが終わるまでは誰一人その場から出られぬようにしたのだという。
その結果、閉じ込められることとなった船長達は本音を話さなければ出られぬ状況に、最初は半ばやけくそで酒を煽り、やがて酔いが回れば拳で殴りあうようなことを繰り返した。
三日三晩それを繰り返したことで彼らは初めて身内以外で自らの本音を語り、それによって彼らは誰もが不可能と思った列強に対抗する海賊艦隊を作り出すことに成功した。というのがパーレィの始まりの物語である。
その後ドニーが建国された後もパーレィは残り、建国戦争で戦った海賊団が様々な理由で消えては新しい海賊団がその座につくこととなってもその風習は受け継がれていくこととなった。
現在では三日三晩というのは一昼夜に短縮されたが、外に出ることができない状況で酒を飲み本音で語るという趣旨は変わってはいない。
「ワッハッハッハッハッハッ!ネモチー!このビールという酒は実に美味いなッ!美味い酒というのは水のようにいくらでも飲めるというがまさにその通りッ!しかし、ちと酒精が弱過ぎるのぉ……」
「ラウダフル、その酒はアンタにとってはまさに水と変わらないさ、アンタにはこっちのほうが良いと思うね」
相変わらずパルジェリラに肘置きか背もたれのように扱われながら、ネモチーは彼が開拓したコネを使って地球から仕入れてこの場へ持ち込んだ様々な酒をラウダフルに勧めている。
「ビールは飲みやすい酒だが酒精は弱い、ドニーじゃ子供が飲んでも酔わないくらいなもんさ。そんなもんをアンタがトリポス湾ほど飲んでも酔えないことを俺が保障する」
ネモチーが言ったトリポス湾とはテクレンの目の前に広がる巨大な湾のことである。周りは険しい山という天然の城壁に囲まれ、湾へと流れ込む海流の影響で冬季でも湾の海水は凍ることのない難攻不落の要塞港、それが建国以前からのテクレンの変わらぬ呼び名であり、建国戦争の列強同盟海軍への逆襲もこのテクレンから打って出ることで始まったのはドニーの民ならそれこそ耳にタコができるほど聞かされる話だ。
「なんだい?あンたはここでもその豆酒かい?」
大延国からこの日の振る舞い酒として持ち帰った老酒の入った酒瓶を抱えてマムは目の前で静かに酒を飲む男に声をかける。
「人の、勝手だ。お前に、とやかく言われる、筋合いは、ない」
トロリとクリーム色をした粘度の高い
オルニトの濁り酒をオルチは一人静かに口に運んでいる。
「食わず嫌い飲まず嫌いは人生損するよ?延の老酒なんてたまにはどうだい?」
マムはそんなオルチの言葉も半ば無視してドカリと彼の前に座り込むと、酌をする仕草をして見せる。
「余計な、お世話、だ」
オルチはそう言って一気に豆酒を飲み干し、マムの前に空になった杯を差し出す。
「だが、パーレィの掟は、守らなければ、ならん」
「あンたもつくづく律儀な男だねぇ」
マムはそんなオルチに苦笑を浮かべながら差し出された杯に老酒の入った酒瓶を傾ける。
パーレィの掟には酒を勧められればどれだけ酔っていようとそれを断ってはならぬというものがある。オルチはその掟に従いマムの手にした酒瓶からトロリトした強く甘い匂いを放つ酒を杯に受け入れる。
「そういえば、この前あンたにもらった酒蔵の酒、ありゃあ本当に良い酒だったよ。半分はうちのバカ息子達が事あるごとに何かと言い訳作っては飲んじまったけど、残り半分は新しい航路開拓に役立たせてもらったよ」
マムが言っているのは、しばらく前にオルチの海賊団の下っ端が引き起こした揉め事に絡んだ話だ。それを手打ちにする見返りとしてオルチがマムに一級品の酒がぎっしりと収められた酒蔵を丸ごと引き渡し、マムはその酒蔵の酒を使っていくつかの航路を新規開拓に大きな成果を上げていた。
「礼は、いらん」
マムによって注がれた老酒の入った杯に嘴の端をつけながらオルチは短く言う。
「まぁ、アンタならそう言うと分かっていたけどね、あンたにあンたなりの流儀があるように、あたしにもあたしなりの曲げられないものがあるのさ」
お互いに理解する必要もないが七大海賊と呼ばれまでに至るまでになった二人の傑物は、その信念と流儀に従ってそれぞれの杯に酒を注ぎ飲み進める。
トポトポトポトポトポトポ……
酒瓶から酒を杯に注ぎ入れ、それを飲み干す。
他に何かを考えてはいけない、平静を保つこと、そのことだけを第一に彼女は酒を注ぎ、それを飲み干す作業に没頭する。
トポトポトポトポトポトポ……
酒瓶から酒を杯に注ぎ入れ、それを飲み干す。
彼女は無心でその単純な作業を続ける。
普段であれば彼女がこんなに心もとない心境になることはない、普段通りであるならば先代からの腹心であるザザ・パーントゥがイツクシモが頭を悩ますようなことは問題ないように取りなしてくれる。
しかし、今日に限ってはそのザザが原因不明の腹痛によって倒れ、彼女は一人この場に居なくてはならなくなってしまった。
それでもあの怪物さえこの場にいなければどうとでも切り抜けることは容易だっただろう、しかし現実は残酷で、あの怪物はずっとこちらを見ているのだ。
「イツクシモちゃ~ん」
「ヒッ!?」
必死に平静を保とうとする彼女の努力は不意にピタリと背中に張り付いた感触によってあっけないほど簡単にかき乱され、イツクシモ姫は悲鳴を上げ、飲み干したばかりの朱塗りの杯を取り落としてしまう。
「あらぁ?なんでそんなに驚くのかしらぉ?もしかしてイツクシモちゃん、私のことが怖いのぉ?」
そのまま後ろに逃れようとするイツクシモの脚に灰色の触腕が絡みつき、彼女の上に覆いかぶさるように彼女がこの場で最も恐れる怪物、パルジェリラの上半身が近づいてくる。
「こ、これはパルジェリラ嬢、お、お久しぶりでございます。こ、怖がってなど、い、いませんよ?」
精一杯取り繕おうとするイツクシモ、しかし、そう言う彼女の表情は強張り目の端にはうっすらと涙さえ浮かべている。
「そうなのぉ?なんだかイツクシモちゃん怯えてるみたいだけどぉ、私の気のせいかしらぁ?」
「そ、そうです!お、怯えてなぞおりません!」
その言葉とは裏腹にイツクシモの体はプルプルと小刻みに震えている、今彼女の頭の中では3年前のトラウマが猛烈な勢いで再生される。
3年前のパーレィは病によってお役目を果たせなくなった先代に代わって新たにイツクシモの名を襲名した彼女の最初の試練の年だった。
そして、見事に彼女はパルジェリラの餌食にされ、麻痺毒で体の自由を奪われパーレィの間中ずっと彼女の抱き枕のような扱いを受けるという恐怖体験を味わうことになった。
「そぉなの?じゃあ、今年も一緒に飲みましょうか」
パルジェリラはそう言ってイツクシモが手から取り落とした朱塗りの杯を触腕で拾い上げ、その杯に緋酒を注ぎ入れ笑顔を浮かべてイツクシモへと差し出す。
「あ……え……その……」
イツクシモは言葉に窮し、なんとかこの状況を脱することができないかと視線を周囲に漂わせる。
何かと自分に声をかけてくれるマムはオルチと酒を酌み交わしこちらには気がついていない。
ラウダフルも今はネモチーのすすめる酒に意識が向いていてこちら気を配る余裕はない。
ふとラウダフルに酒をすすめるネモチーと一瞬視線が交わるが、普段の彼からすると信じられないほど素早くそして冷淡に助けを乞うイツクシモの視線から視線を反らす。
「!?……そういうことか」
その瞬間、自分がすでに罠の中に囚われていることにイツクシモは気がつく。
「なぁに?どうしたのかしらぁ?」
緋酒の注がれた杯を手に、パルジェリラはスルスルとイツクシモの体にその触腕を絡みつかせていく。
「全て、貴方が仕組んだことだったのだな……」
イツクシモは喉の奥から絞り出すように声を出す。それがこの恐ろしい怪物に今の自分が唯一できるささやかな抵抗だと信じて。
「何のことかしらぁ?でも、暇そうなのは私とあなただけみたいだしぃ、3年前みたいによろしくお願いしようかしらぁ♪」
パルジェリラはイツクシモの言葉などまったく堪える素振りも見せず、イツクシモの朱塗りの杯に縁に口を付け注いだ緋酒を口に含むと、既に触腕に絡め取られて身動きの取れないイツクシモの唇に自らの唇を重ねる。
「~~~~~~~~~ッ!?」
こうして若きイツクシモは老獪なパルジェリラの一晩の玩具として新たなトラウマを植えつけられることになるわけだが、それはまた別のお話。
- メインどこも面白いけど七大以外の海賊にも興味がわくねぇ -- (名無しさん) 2013-12-27 22:15:39
- 不自然に協力共生の馴れ合いじゃない緊張感を持ったバランスがあるからこそ海賊がまとまっていけてんのかな -- (名無しさん) 2015-11-06 22:22:23
最終更新:2013年12月27日 22:15