【3分ですって。披露します】

異世界へと渡って何か月過ぎただろうか。

まったく意識していなかったし、そんな風習まで共通するとは思ってもみなかった事態に遭遇した。

年末進行である。

思えば支店長が今月に入り急に「師走」などと口に出したあたりで気が付くべきだったのだが、

その時は地球側はもう12月なんだな程度にしか考えが及ばなかった。

年末年始は異世界の国ミズハミシマにも存在したのだ。

それはつまるところ、仕事納めという概念も存在する事を意味するのだ。

「支店長、書類決裁をお願いします。

 旅程計画の案件が3と、渾月の金銭まとめがこちらです。

 アユさん。七番書庫からウマハレ旅程の資料を持ってきて。

 チキュージン!手が動いてない!その程度の仕事に時間かけすぎ。

 あ!アユさん。それ終わったら八番書庫から行事一覧綴じ書を。

 支店長、先日おっしゃっていました業務助手はまだですの?」

年末年始に休みたければ、それまでに仕事を全て終えねばならない。

仕事納めというヤツだ。

そうして今、ロブデ・コルテ女史はまるで嵐のように猛烈に仕事をこなし続けている。

しかもウマハレ初日の出ツアーまで立ち上げようというのだ。

異世界にも初日の出を眺める習慣があったのかと尋ねてみると、

ラ・ムールでは太陽神自ら元日に太陽を掲げて顕現するのだという。

そこでは大勢の人々が集まり、神に向かって攻撃を仕掛ける祭りが開催されるのだとか。

物騒すぎる。

「もう少し穏やかな初日の出があってもいいでしょ?」

ロブデ・コルテ女史はクスリと笑ってそう言った。

そこで同意したのが良くなかった。

お陰で、ただでさえ忙しい年末に仕事を一つ増やしてしまった。

「いやぁ、これでは大掃除まで手が回らないねぇ」

書類の山と格闘しながら支店長が言う。

その時、玄関ドアに取り付けた鐘がカラコロと音を鳴らした。

「失礼しますです。えぇと、ドリームジャーニー社ですよね?

 シオナンベ冒険者ギルドから派遣されてきましたです」

玄関からひょいと顔を出したのは、まだ10代前半くらいの少女だった。

特徴的なしっぽや皮膚のウロコから、鱗人なのは間違いない。

『冒険者ギルド』とは、ミズハミシマ行政府と提携して各町に置かれた窓口で、

ハローワークに有償ボランティア受付と観光案内所がくっついたような組織だと思えばほぼ正解だ。

彼女もおそらく1日銅貨10枚くらいの『クエスト』を受けてきたのだろう。

「おお、よく来てくれました。

 私がここの責任者のカツラギです。

 さっそくだけれども、事務所の掃除をお願いしようかな。

 アユさ~~ん。ちょっとこの娘に更衣室の場所とか教えてあげて~

 あとお茶をお願いします。熱いのを」

アユさんが奥の部屋からパタパタと書類を抱えてきて、娘の手をひいてパタパタと行ってしまった。

「はいチキュージン、また手が止まってる。

 大掃除はあの娘にまかせて、こっちはこっちの仕事。

 ウマハレツアーの募集要項とチキュー側への案内発送よろしく」

ロブデ・コルテ女史の手により、ドスンバタンと綴じ書が目の前に積まれる。

ああ、タバコを吸いたい。

しかし大切に吸わないと無くなってしまう。

地球産のものは何でも高すぎる。

15分ほど経っただろうか。

アユさんが鱗人の娘を連れて戻ってきた。

「おお、いいじゃない。それじゃあ、お掃除よろしくね」

支店長は笑顔で褒めていたが、こちらは絶句するしかなかった。

何故メイド服を着ているのか。というか何故ある。

確かに掃除するとなれば、この服装は問題ないかもしれない。

にしても異世界に何故この服があるのか。

「どうした。見たことがないのか?

 元々はチキューの奉公人が着る服じゃないか。

 こちらでも10年ほど前にスラヴィアから爆発的に広まったんだ。

 ミズハでもスラヴ式の王道形式と、ツキヤマ式の2種類があるな。

 そもそもミズハミシマでは・・・」

ロブデ・コルテ女史がミズハミシマの奉公人の歴史を得意げに話す。

もう完全に歴女決定だ。

半分聞き流しながら書類仕事を進める。

2時間ほど経ったろうか。

書類は全て終わり、つかの間の休憩時間。

屋上で地球産のタバコをふかす。

残数が少なくなってきており、若干心もとない。

伝書連絡用のイセカイリョコウバト(和名)のグルルルという鳴き声が響く。

そうだ。ここも掃除してやらなければ可哀想だな。

そう思っていると(タバコの方が優先順位が高い。慌てる事などない)、

メイド姿の鱗人娘がバケツとモップを持って屋上に上がってきた。

屋上の掃除に気づくとは優秀じゃないか。

「お疲れ様です。ここも掃除して問題ないんです?

 あ、ハトさんです。いつもお手紙ご苦労さまです」

鱗人娘は伝書鳩にも深々とお辞儀をした。

邪魔になっちゃあマズいな。

携帯灰皿にタバコを押し込んで立ち去ろうとすると、鱗人娘に話しかけられた。

「あの・・・ちょっとだけお話してもいいです?。

 実は私、チキューに渡って暮らすのが夢なんです。

 親戚がチキューのトツクニってところに住んでいましてですね。

 私もそこに行ってみたいなぁって」

鱗人娘は目をキラキさせながら語った。

ここで、腐ったドブのような場所だと伝える必要もないだろう。

夢は夢のままでいたほうが幸せだ。

それに十津那学園に行けば知る事でもあるだろう。

この鱗人娘が入学できるかどうかまでは、わかりはしないが。

2本目のタバコに火をつける。

いや。

逆に、こちらの世界を腐ったドブだと思う者もいるのだろうな。

タバコの値段がクソ高い事だけは許せないものな。

鱗人娘が不思議そうにこちらを見るので、楽しいところだよ、とだけ伝えた。

休憩から戻ると、支店長もちょうど事務所に戻ってきたところだった。

「やあ皆、お疲れ様。お昼ご飯はまだだったろう。

 今日は凄いご馳走を持ってきたよ。

 ちょっと早いが、年越しソバといこうじゃないか」

支店長はそう言うと、紙袋からいくつかの容器を取り出した。

それは紛れもなく『カップそば』だった。

何という事だろうか。

異世界で買えば1個で軽く1週間分の食費が吹っ飛ぶ値段のソレが目の前にある。

しかも関東版の濃い口醤油味ではないか。

個人的には博多とんこつ味のラーメンが良かったが、それは贅沢と言うものだ。

ロブデ・コルテ女史は怪訝そうな顔をしているし、アユさんはキョトンとしているが、

彼女たちにこの感動は理解できまい。

「支店長、これは一体?食事をいただけるものと思っていましたが・・・」

ロブデ・コルテ女史はカップそばを手に取ってジロジロと眺めている。

「アユさん。お湯を沸かしてきてください。

 さあ皆さんお待ちかね。

 なんとたったの3分でお蕎麦を作ってしまうワザを披露しようじゃないか」

支店長はそう言うと、パッケージのビニール包装を破りはじめた。

鼻歌を歌いながらかやくの袋を切り、容器の中に丁寧に入れる。

ロブデ・コルテ女史も鱗人娘も、沸いたお湯を持ってきたアユさんも何も言えないでいる。

支店長はこちらを見ると、くちに人差し指をあててシーと言った。

インスタント麺の魔法の秘密は語ってはならぬようだ。

それにしてもお湯が沸くの早くないか?

そう思ってアユさんの方を見ると、彼女もそれに気づいたようで、

「火精霊に助けてもらいました」とだけ言った。

アユさんがお湯を入れて3分。いい匂いがカップからにじみ出てくる。

ちなみに時間は地球から持ち込んだ砂時計で測った。

腕時計よりも原始的な分、持ち込みに関しては審査が甘いのだ。

「よーし出来たぞ。ほら皆で食べよう。

 ロブデさんもアユさんも、キミもだ。

 はい、トビハミさん。お掃除お疲れ様。これは地球の食べ物だよ」

支店長がそう言って鱗人娘のトビハミさんにソバを渡すと、彼女は酷く困った顔になった。

「あの・・・こんな高価なものはいただけませんです。

 だって、今日はお掃除しただけですよ」

まさか彼女もこれが地球では貧乏学生の常食するものとも思うまい。

異世界では高額なのは間違いないのだが。

「心配しなくても大丈夫だよ。これ、タダでもらったものだから」

タダ・・・まさか。

容器をひっくり返して製造年月日と消費期限を確認する。

今日が期限だ。

「門自の知り合いから糧食を廃棄すると聞いてね。

 本来ならば期間内に食べない事そのものが問題になるところで、極秘裏に処分する予定だったようだよ。

 それをまあ、某門自出向陸将補にムニャムニャムニャってワケだ。

 これ以上は他言無用だよ。いいね」

支店長はニヤリと笑ってそう囁いた。

「いただきまーす」

こちらの事はまるで無視して、アユさんが真っ先にハシをつける。

続いてロブデ・コルテ女史が。そしてトビハミさんが。

「おいしーい」「何だこの塩辛い食べ物は。汁も真っ黒でゲテモノすぎる!」「美味しいです」

二人が笑って、一人が眉間にしわを寄せながら食べている。

久々のカップソバをずずずとすする。

ああ・・・なんだか安心する味わいだ。

「食べ終わったらもう一仕事。皆で頑張ろうじゃないか!」

異世界に来て初の年末に、年越しそばを食べた。


お題:「仕事納め」「メイド」「年越しそば」「(火精霊)」




  • 面白いくらいに異世界テイストだけどどこにでもある小会社風景。のんびりとした空気が和む。事務員がいなくて挨拶客の応対に追われている身としてはアユさんやコルデさんがまぶしく見えるほしい -- (名無しさん) 2014-01-03 20:38:48
  • これでもかというくらいのコッテコテ会社の年末風景に物品の価値というテイストがしっかり効いてて面白い。日本食品の賞味期限はオーバーしたって大丈夫ですよと異世界で啓蒙したい -- (名無しさん) 2014-01-07 23:23:53
  • 楽しそう!でも本当に普通に会社として営業しているね -- (名無しさん) 2014-01-24 23:36:35
  • 異世界らしさと会社が混ざりあって面白い。ゴブリンはスーパー事務員 -- (名無しさん) 2015-04-21 21:30:34
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最終更新:2014年08月31日 02:17