あたしは今、人生で最も緊張している。
巨木の上に立てられた小屋の前で、あたしは若木にでもなったかのように固まっていた。
そこに辿り着くまでは心躍る気分だったが、いざ扉の前になるとプレッシャーで中に入るのを躊躇してしまう。
その理由は簡単だ。
何故なら……あたしが今いるのは、ウッド
エルフの巫女の家だからだ。
事の発端は、年の初めに届いた1通の手紙だった。
いつものように暖房の効いたオフィスであたしがソファでゴロゴロしていると、これまたいつものようにクーリエが扉を開けて入ってきた。
「サツキ様、封書が届きました」
「う~ん、めんどいなぁ~」
「私も毎朝郵便物を取りに行くのが面倒です。つべこべ言わずに受け取ってください」
朝にも関わらず眠気全開なあたしは、クーリエが差し出した封書を奪い取った。
中の手紙を取り出し、その内容を目を追って確認すると──
「…………えっ、巫女様に会って来い?」
そこであたしは固まった。
内容はこうだ。要するに差出人である氏族の長が、あたしが今まで収めた『成果』を巫女に捧げてみたらどうだ。というものだ。
改めて封書の中身を探ると、巫女への紹介状と道順を記した地図が出てきた。
あたしはそれらを握り締めたまま全身を震わせた。その横で、クーリエが呟く。
「なるほど。年中多種族とまぐわいまくっているサツキ様にお似合いの仕事ですね」
「いや、まぁ……嬉しいちゃ嬉しいんだけどさ……」
「何か?」
「まさか巫女様に会えるなんて、思ってもみなかったから……」
「……口元、緩んでいますよ」
そうクーリエに指摘されたあたしは顔を紅潮させ、そのままソファに沈む。
その後もクーリエが何か言っていたのが聞こえたが、興奮と緊張のあまり意識が飛ぼうとしているあたしには聞き取る事ができなかった。
ともあれ、あたしは巫女と会う為、異世界にある故郷:
エリスタリアに戻ってきたのだ。
あの後すぐに準備を進め、2日後にはポートアイランドを出発。
日本からイギリス、イギルスから
ゲート、更にそこから巫女が住むという森まで、実に1日以上に及ぶ移動だった。
ちなみに今回はクーリエは同行していない。
スラヴィア以外の
異世界国家では、日中の陽の光で消滅してしまう為、地球で待ってもらう事にしたのだ。
今はあたしの友人の家に泊めてもらっているが、クーリエ曰く
「まぁ、問題ないでしょう。同性相手ですが数をこなせば何とかなりますし」
が激しく引っかかるものがあるが……。
「さて、どうしよう……」
扉の前で未だに硬直している自分のバカバカしさを自覚しながら、ポツリと呟く。
木々のざわめきや、そこから漏れ出す陽光に懐かしさを感じる余裕は今のあたしにはなく、ただ時が過ぎるのを待つ事しかできない。
刹那。
封印が解かれたかのように扉が開き、
「あなたがサツキ様ですね。ようこそいらっしゃいました」
現れたのは、黄緑色の長髪に身を包んだ少女──巫女だった。
巫女に導かれるがまま家の中に入ったあたしは、ぎこちない仕草で椅子に座り、対面にいる巫女の姿を見やった。
あたしと似たような背丈─エルフとは寿命が違うのであたしより結構年上なのだろう─だが、どこか落ち着いていて、それでいて眩しい。
まるで天使でも見ているかのような気分だが、それ故にあたしの緊張は更に高まった。
「こ、今回はこのような機会を恵んでくださって感謝の極みを、えぇと……」
「ふふっ」
なんとか声を振り絞って話そうとしたが、そこで巫女はクスクス笑い出した。
「そんなに固くならなくていいですよ、サツキ様。まずは深呼吸しましょう」
まるで幼子でもあやすかのように巫女が言うと、あたしは恥ずかしがりながら大きく息を吸い、長く吐き出した。
あらかじめ焚いていたであろうお香の香りと森の空気が、あたしの気分を落ち着かせてくれる。
「いや、でも、あたしなんかが巫女様と2人っきりだって思うと……その」
「ジュリア、で構いませんよサツキ様。そうだ、何かお話してくれませんか?」
「お話って、何を……?」
「そうですね……地球での出来事とかが聞きたいですね」
にこやかに話す巫女もといジュリアに言われるがまま、あたしはこれまで地球で起きた事を話した。
異種族間の交わりについて調べるべく十津那学園に留学した事。
そこで様々な女の子達と知り合い、多くの関わりを持った事。
そして──クーリエと出会い、一緒に暮らすようになった事。
どれも興味深げに聞き入っているジュリアの姿に見惚れ、徐々にあたしも饒舌になっていく。
(あぁ、ひょっとしてあたしの事気遣ってくれてたのかな……?)
実際はどうだかわからないが、事実、出会った直後と比べて気分的には楽ではある。
その後もあたしは話を続け、気づけば夕食時となっていた。。
窓の向こうが闇に覆われていた所でようやく話が止まり、ジュリアは満足気な表情であたしを見つめた。
「とてもいいお話でした、サツキ様」
「あはは……でもこんな長時間話し込んじゃって、なんか申し訳ないっていうか……」
「でも、気楽にはなれたでしょう?どのお話も面白くて、楽しかったです」
「あ、ありがとうございますっ!!」
ジュリアからお褒めの言葉を頂き、照れながら答えるあたし。
と、ジュリアは椅子から立つとあたしの前まで詰め寄り、にこやかに話す。
「では、気分も良くなった事ですし、夕食の後はいよいよ情報交換です」
「……あっ!?」
ここで今更目的を思い出したあたし。
話に夢中になるあまり、すっかり忘れてしまっていたのだ。
しかしいざジュリアの方から告げられると、また緊張が走ってくる。
「心配しなくても大丈夫ですよサツキ様。大丈夫、気持ち良くなってしまえばあっという間ですから」
そんなあたしに構わず、両膝を付いてあたしの手を握るジュリア。
彼女の握るその手はとても暖かく、あたしの気分は高揚していく。
ここまで来たら、もうあたしの返事はひとつしかなかった。
「……よし、やろう!」
今日最も力強い声音で、あたしは叫んだ。
気付けば、もう夜明けだった。
あの後夕食を済ませ、それからはずっとお互いの情報を交換しあった。
あたしにとって至福の時だったのは言うまでもなく、それ故に、このままの状態が続けばいいのにとさえ考えた。
「もう行ってしまうんですね」
名残惜しそうに、それでも笑みを保ったままジュリアが呟く。
「うん。あたしも、まだしなきゃいけない事があるからね……」
あたしも何とか笑顔を作りながら答えるも、その声はどこか震えるような感じで、度々息を飲み込んでいた。
それほどまでに、ジュリアとの一時が楽しかったからだろうか。
「それに、待たせてる子もいるから。でも……」
一呼吸置いてからあたしが言おうとする前に、ジュリアの口が開く。
「私には巫女としての役目があるので付いてはいけませんが、何時でも待っていますよ」
「……ホントに!?」
「本当ですよ。その時はまた、色々とよろしくお願いしますね」
「よ~し、じゃあ次も絶対来るからね! 絶対に!」
認められたという事なのだろう。
そう思わずにはいられなかったあたしは、先程よりも声を張り上げて、再会の誓いを告げた。
その直後、突然ジュリアが詰め寄ってきて口付けの不意打ちを受け、あまりの嬉しさに倒れるという醜態を晒してしまったが……。
- 今までとはまたちょっと変わった本格的な道中でシリーズの発展性を感じた。軽めに世界観を見せてくれるのも面白い。しかしサツキ君って男の子な性格ですね -- (名無しさん) 2014-01-14 22:42:29
- 地味に自然体で交友関係かなーり広いよね? -- (名無しさん) 2014-01-15 23:30:38
- 純真なのか小悪魔なのか二面性の見えるサツキ。経験回数に反比例してリアクションの可愛らしさが魅力なんだろうか。ところで巫女の役目って何なんですかね -- (名無しさん) 2014-01-28 22:35:30
最終更新:2014年01月13日 00:46