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【住めば都の十津那荘⑦~さよならコックリさん(後篇)~】

 【住めば都の十津那荘】


「ママー! パパー! どこー!? ママー!!」
 幼い少女はたった一人でこの島に居た。
 物心ついてすぐ仙人の素質を見抜かれた少女は延の何処かにあると言う仙人達の修行場『金鰲島』に連れてこられたのだ。
「どうして私にはママもパパも居ないの?どうして他の子と一緒に遊んじゃいけないの?」
「それはね、ウキツが仙人だからだよ」
「私センニンじゃないよー、だからママとパパに会いたいーうわーーー」
「お前は仙人だよ。仙人だからここで修行しなくちゃいけないんだ。解ったね?」
「ヤダー! 私センニンなんかやだー! ママに会いたい! パパに会いたいよー! うわーーーん わーーーん」
 金鰲島は崑崙山と並ぶ仙人の修行場。しかしその目的は全く対となる存在である。
 島の教主は悪の心を持った金羅の分神。そう、ここはさらって来た仙人を悪仙に養成する為の場所なのだ。

パァンッ!!

 乾いた音が響き渡った。
 目を丸くし頬を赤く腫らした少女が床に倒れる。
 一瞬何が起こったか訳が分からず驚き、やがて頬の痛みに涙が込み上げ、最後に血走った目で迫る師匠の恐怖に固まった。
「聞き分けのない子だ。いいから黙って修行を続けるんだ。ほら。ほら。ほらぁ」
「止めて! いや! やだよぉ! 嫌だぁ!」
 髪を掴まれ引きずられる様にして修行場へと戻されてゆく少女は、非力な細腕で必死に抵抗したが大人に敵う筈も無く、ただどうにもならない絶望と恐怖と虚しさだけが募っていった。

パンッ!

 続いてもう一撃。
 抵抗する少女に腹を立てた師匠が再び頬を叩く音が聞こえた。興奮したように発せられる怒号には、恫喝と強要だけが込められている。
 更なる痛みと恐怖にとうとう少女は耐え切れなくなり泣き出してしまった。
「仙人の修行をするんだ! 早く!」
「わぁーーーーーーーーーん!!」
 その場に座り込み泣く少女。
 幼子の泣き声は許しを請う必死の叫びだった。だがそれはこの師匠にとって全く意味のない、ただ苛立たせるだけの行為だった。

パン! パン! パァン!

 立て続けに音が三回。完全にただのストレス発散の為の行為だった。
 幼い少女を相手に、受けたストレスをそのまま相手にぶつけたのだ。
 ここ金鰲島は悪の仙人を養成する場所。自分の欲望の為に仙人の力を使う事を良しとする者達の島。悪が正であり善が偽となる。
 この島において、少女を助けてくれる者は一人も居なかった。
「あぁーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!」
「叩かれたくなければ修行しろ! しなければ一生ママにもパパにも会わせてやらんぞ! それでも良いのか? ん?」
「やだぁーーーーーーーー!!」
「修行しろぉ!!」
 無理やりだった。
 いつも無理やりに強要されていた。
 何一つ楽しくなかった子供時代。少女――ウキツは大きくなり力をつけると、真っ先に自分を苛め抜いた師匠を……。

「……」
 ここでウキツは目を覚ました。
 夢を見ていたのだ。幼い頃の夢を。
「誰も……愛してくれなかた……」
 何度も繰り返し見る夢……この悪夢を消し去ろうと、ウキツは地球に来て哲学と心理学を学んだ。
 どうすれば自分のトラウマを消せるのか。
「ユージ、初めて愛してくれたヒト……スキ」
 隣に眠るユージはベッドに鎖で縛られ衰弱した様子だった。
 ウキツが抱きついてもそれくらいでは目を覚まさない。それ程肉体も精神も衰弱していたのだから。
「愛されねば生きてゆけないヨ……愛してくれねば……イヤ……」
 愛されたいと願う、救われたいと願う少女の心は、最愛の人を手に入れた今も何故か癒される事が無かった。
 その理由が解らなかった。
 何故なら愛された事のない彼女は、愛し方など知らなかったのだから。


 ~第七話 さよならこっくりさん(後篇)~


「ユージが学校に来ない」
 放課後、ウツホは珍しく202号室のユッコの部屋に来ていた。
 用件は四日前から家に帰っていないユージの行方を探す為だ。
「それどころか最近ユージの姿を誰も見てないのよ」
「へー、最近はまるゲームとか何か出たっけ?」
「ユッコさんと一緒にしないで!」
 ユッコの部屋には親友のみよっちこと葛西美代も来ていた。玄関には丁度通りがかった201号室の住人シルキー=ブランネルも立っている。
「とにかく、一緒に探して欲しいんです! 何か変な事件に巻き込まれてるかもしれないし」
「心配なんだぁ、青春ねぇ」
「せ、青春とか関係なくっ! とにかく何か変なんです、お願いします」
 確かにユージの姿をここ四日ほど見た者は居なかった。学年は違えど学校で会う確率の高いユッコにしてもそれは同じだった。
 行方不明、失踪、蒸発、言い方は様々あるが大変な事である。人生初の彼女が出来て幸せの絶頂だった筈がおかしい。何かの事件を疑うのは当然であった。
「仕方ないなー、このユッコ様が迷える子羊を助けてやろう」
「何だかんだでユッコも心配なんだよねー」
「違っ、私はあくまで先輩としてだなー」
「はいはい」
 みよっちがユッコをからかいながら立ち上がる。ユッコも立ち上がって玄関へと向かった。
「じゃあ私はぁ、警察に捜索届けを出した後ぉ、歓楽街の方を探しに行くわねぇ」
「ありがとうございますシルキーさん。じゃあ、出発」
 玄関に立っていたシルキーも廊下に出て一同が勢ぞろいする。大下勇次捜索隊が、今ここに結成されたのだ。
(一体何やってるのよバカユージ……もうっ!)
 それぞれが思い当たる場所の捜索や聞き込みを開始すべく散開する中、ウツホは気が気ではなかった。
 異世界の日本に来て手違いから同居する事になった地球人の男の子。ぶつかり合う事も多かったが、共に過ごす日々を重ねる内に絆が芽生えていた。
 ユージは運命の男の子ではないかもしれないけれど、今は全力で助けたいと心から思うウツホだった。


「あれ、ウツホちゃん?」
「あっ、ナイアちゃん」
 商店街で聞き込みを始めて暫く、ウツホはバイト帰りのナイアと出会った。
「どうしたの、そんなに息切らせて?」
「うん、実は……」
 ナイアは独り身の為学校に行けず日々を働いて過ごしている。だからウツホ達が学校から帰ってきた時は殆ど会う事はないのだが、今こうして会ったのは幸運だろう。
 ウツホは早速ナイアにも事情を話し協力を請う事にした。
「大変じゃない! 私も手伝わせて? ちょうどバイト終わった所なの」
「ありがとうナイアちゃん。じゃあ私はあっち探すからナイアちゃんは――」
「ちょっと待って。ウツホちゃん何か大下くんの匂いが残ってる物持ってない?」
「匂い?」
「犬人程じゃないけど猫人もそれなりに鼻が利くから、もしかしたら……」
 猫は人間の数万倍の嗅覚を持つと言うが、猫人もそれ程では無いが地球人よりはるかに優れた嗅覚を持つ。
 その嗅覚を持って思い当たる場所を当たって行けば、臭いの強さで最近まで居た場所がわかるかも知れないと言う訳だ。ウツホとナイアは早速203号室に戻ってユージの臭いを追った。


「嘘……」
「でも今ここからすごく大下くの臭いがするよ……?」
 今二人が居るのは元ウツホとユージの部屋である203号室の前だった。今はウキツとユージの部屋になっている。
「それはここがユージの居た部屋だからじゃないの?」
「そうかもしれないけど、この臭いの新鮮さは……」
 元々ユージが居た部屋だから、そう考えるのは当然の事だろう。臭いが強く残っているのも当然だ。だが今ナイアが感じている臭いは新鮮な臭いだった。これを数日前の残り香と考えるには無理がある程の……。
「確かにあいつはウキツさんと付き合ってたし、一番怪しいとは思うけど、でも」
「私だって信じたくないよ。ウキツさんが嘘ついてるなんて」
 そう、ウツホもウキツの事を疑わなかった訳ではなかった。だが同じ荘の住人だし、そんな事を考えるのは自分の嫌な心の現われのようでスルーしていたのだ。
 だがこうして疑いが深まった今、再びスルーして帰るわけには行かない。ウツホは全力でユージを助けると心に決めていたのだから。
「はーい」
 ドアをノックして声をかけるウツホ。するとウキツは驚くほどあっさりと、何食わぬ顔で出てきたのだ。
「あれ? 二人ともどうしたネ。何か用アルか?」
「あの、ユージどうしてるかなと思って」
 そう言う間にもウキツの陰から部屋の中を除き見る二人。後ろには見慣れた構成の部屋と延チックな家具や雑貨が見えるだけで、何かおかしな様子は見受けられない。
「ユージとは最近会てないネ……私、振られちゃたみたいヨ」
「あ、すいません。私知らなくて」
「別にいーヨ。私、気にしてないアル」
 加えてウキツの様子も何かを隠していそうな、演じていそうな感じは無く、ウツホは少し安心しながらユージの事を聞こうとした。すると――。
「あ、それでですね。実は――」
「ウキツさんどうもすみませんでした。また勉強教えて下さいね」
「うん。待てるヨ、ナイア」
 ナイアは突然会話を切って203号室を後にしてしまった。その真意が読めず疑問符を浮かべるウツホの耳元にナイアはそっと囁いた。
「……怪しいよ」
「え、どこが?」
 ナイアは真剣な表情で203号室の方を見やった。
「部屋の中見たけど、あれきっと幻だよ」
「幻?」
 部屋の中は何も怪しい所はなかった。だがそれが幻だったとしたら?ウキツが犯人である可能性は限りなく高くなる。
 実際ユージを監禁しているのはウキツだが、それを隠す完璧な幻術は流石仙人と言った所だろう。何れにせよ二人の疑いはこれで一気に確信へと近づいたのであった。
「前に試練で体験した事あるの。真実を隠す為の幻。匂いで分かるんだ」
「じゃあ、ウキツさんは何か隠してるって事?」
「残念だけど多分……」
 こうなっては最早強硬手段に訴えるしかない。ウキツはああまでして隠そうとしているのだ。素直にユージを返す訳がない。
 まして監禁するような人が一体何をしでかすか分かったものではない。一刻の猶予も無いと感じた二人は顔を見合わせ頷き合った。
『入ろう!』
 ドアは案の定鍵がかかっていた。それを見るやナイアが躊躇い無くドア蹴破る。
 ベニヤと木で出来たドアはナイアの一撃で穴が開き、そこから手を入れて内側から鍵を開ける。
 そして入った先、部屋には戻った筈のウキツの姿が――無い! ナイアの見解は正しかった!
「誰もいない!?」
「やっぱり、これは結界なんだ! ウツホちゃん、手伝って!」
「分かったわ!」
 ナイアが部屋の四隅に置かれた狐の置物を取って見せた。それと全く同じ物が他の角にも置かれている。
「あった!」
「こっちも発見!」
 それを二人で集めたがまだ幻は解けない。
 仙人はエリスタリアのハイエルフやスラヴィアの貴族と同じで神力を持った存在だ。精霊が居なくても奇跡の力を使う事が出来る。
 ただし地球では世界法則が違う為かその力も限定されるようだが、それでも異世界の力の宿ったアイテムを併用する事で幾らかの奇跡が行使できるのだ。
 仙人が使うその道具を宝貝と言う。
「これが結界の要石……」
「これを壊せば結界が解けると思う」
「じゃあ行くよ」
「うん、せーーーの――」
 二人が同時に狐の置物を床に叩きつけて割った。するとどうだろう、今度こそ幻の結界が解け本当の部屋が、ベッドに鎖で縛り付けられ、その上に跨るウキツの姿が現れたのだった。
「ウキツさん!?」
「ユージ!」
 ウキツがふらりとベッドから降りる。
 細い目を見開き灰色の瞳が2人を映した。その目にはハッキリと狂気の色が見て取れる。
「アイヤー、見つかてしまたカ」
「何をしてるんですかウキツさん!」
「これって犯罪ですよ!?」
「違うヨ。これは純粋な愛ネ」
 そう言うとウキツは目を覚まさないユージの頬にキスをした。目は再び閉じられ表情はいつもの笑顔に戻っている。
 この時2人は理解してのだ。ウキツの笑顔は明るさの笑顔では無かったのだと。感情を読ませない為の、張り付いたフェイクの表情だったのだと。
 だがここで引き下がる訳には行かない。高まるプレッシャーを受けながら、ウツホは慄然としながらも必死で踏みとどまった。
「愛って……」
「それでも、こんな事許されません!」
「だから見つかりたくなかたのに……見られたからには、二人とも生かして返せないネ」

 ――ゾクッ――

 ウキツの顔から笑顔が消えた。足を開き腰を低く下げ掌を上に向けた独特の構えを取る。その姿にウツホのような素人にも一目で分かった。延の拳法の構えだと。
「く、来るよナイアちゃん!?」
「ウツホちゃんは下がってて! ハァッ!」
 ナイアが跳躍しウキツに飛び蹴りを浴びせ掛ける。
 延には古くから拳法が存在するが、ラ・ムールにも徒手空拳による戦闘術は存在する。猫人の優れた身体能力を活かした闘法である。
 常に試練の危機に晒されるラ・ムールの人々が編み出したこの闘法。取り分け女性であるナイアは、脚力は腕力の五倍ある事に目をつけ女性でも一撃で男性をKO出来る足技を主体として闘う。
 その蹴りの威力と素早さは凄まじいが――。
「っ!? 幻影? ッニャア!?」
「ナイアちゃん!」
 蹴りが届いたと思った瞬間、ウキツの姿が掻き消えたのだ。そして間髪居れず側部からの掌底打。ナイアは強烈な打撃に壁まで弾き飛ばされる。
 こちらも女性の非力さを補う闘法だ。腕を伸ばし体全体で突きを放つ掌底。全体重が乗る掌底打は人一人くらい簡単に吹き飛ばす。ナイアは壁に激突し崩れ落ちた。
「山河風月陣は幻を見せる宝貝アル。ナイア、あなたじゃ私に勝てないヨ」
「幻覚なら匂いで――」
「それも無駄ヨ!」
 ウキツはそう言うと何か灰のような物をばら撒いた。それを嗅いだナイアは鼻に強烈な刺激を感じ顔を背ける。嗅覚を封じられたのだ。
「どうしてウキツさん!? 私、あなたの事尊敬してたのに!」
「女なら何よりも愛を選ぶアル! 当然の事ヨ!」
「ウキツさん!! っかはッ!?」
 再びウキツの姿が掻き消えたと思ったら今度は背後から手刀による突きの攻撃が飛んできた。クロスガードによって前面を守ったナイアの背中にザクリと音がしそうな手刀が入る。
 本来背中は筋肉に覆われ防御力は高い筈だが、ウキツの手刀は筋肉のガードを避けた肋骨付近を狙ってくる。ナイアは激痛に体を仰け反らせた。
「あわわ……い、今の内にユージを――キャア!」
「ウツホはそこで黙てみてるヨロシ」
 その隙を突きユージを助けようとしたウツホだが、すぐにウキツの掌底打によって部屋の反対側へ吹き飛ばされてしまう。
(どうしよう、何か私に出来る事は……何か……あっ!)
 素人のウツホに2人の戦いに付け入る余地などない。だがそんなウツホにもまだ出来る事はある。ウツホは気付かれないよう背後に隠しながら、素早くSOSのメールを2人に飛ばした。
(お願い、早く来てー!)
 シルキーとエローラなら、あの2人なら何とかしてくれると信じて……。


「待たせたな!」
「シルキーさん! 助かっ――違ぇ!?」
 メールを飛ばして2分ほどで助けはやって来た。
 ユッコだった。
「助けに来てやったぞ!」
「お前じゃねぇ座ってろ!」
「何をー! 先輩だぞー!? 偉いんだぞー!」
「終わった……何もかもが……」
 どうやらシルキーとエローラ2人にメールを飛ばしたつもりがユッコにメールしてしまったようだ。後ろ向きだったし仕方ないよね。
 ウツホを軽い眩暈が襲った。
「フムフム、犯人はウキツさんだったか。にしても幻術使いとは厄介だな」
「そうなんです。匂いも封じられて出口も隠されて、もう打つ手が……」
「嘘!? 出口隠されてるの!? あっ、ホントだ! 私まで空間宝貝に閉じ込められた!」
 格好付けてはみた物の自分のおかれた状況をいまいち理解していなかったユッコが驚き焦りウツホに抱きつく。
「どーして入る前に言ってくれなかったんだよー!」
「言う前に突入してきたんじゃないですかー!」
 ナイアとウキツの激しいバトルの横でポカポカと低レベルな争いを始める二人。
 一しきり無益な争いを続けた後、2人はやっと冷静さを取り戻した。
「ハァ、ハァ、ハァ……げ、幻術使いと言えば昨今の漫画では最強能力の一角。だがまだ手が無いわけじゃない」
「え? それってどんな?」
「フッ、まぁ見ておけ」
 ユッコが立ち上がって構えを取る。
 足を開き腰を低くし、両手をゆったりと星座の軌跡に動かしながらガシリとポーズを決める。そして目を閉じて言った。
「目に頼れなければこうして心眼に頼れば良いだけの事。目覚めろ! 私の中の小宇宙!」
「ゆ、ユッコさん!?」
 ユッコの周りの空間が歪んだ(ように見えた)。これは何かすごい技が見られるのかもしれない。
 ひょっとしてひょっとするかも、何てウツホが期待した瞬間。
「フハハハハ! 見えた! 水の一しず――ぎゃわん!!」
 後頭部を蹴り飛ばされてユッコは一撃でノックアウトされた。
「はらほろひれはれ~……」
「な~む~」
 目をグルグルと回して伸びるユッコに手を合わせながら、ウツホは無力な自分に歯がみした。
(やっぱりユッコさんじゃ頼りにならなかった……もう、もう本当に手は無いの? このまま私達始末されちゃうの?)
「まだあの人にも出逢えてないのに……」
 そう思った時、どこからとも無く美しい音色が聞こえてきたのだ。

 ~~~♪

「これは……」
「音楽?」
 その音は美しい旋律と共にウキツとナイアの戦いを止めた。そしてそれはただの音楽ではない。人間の可聴域を越えた神経に訴えかける音程も含んでいたのである。
「何アルかこの音は……急に眩暈が」
「あっ、幻が解ける!」
 それは狐人にだけ作用する音程。人魚や猫人には作用しない。三半規管の神経を刺激しバランス感覚を狂わせ気分を悪くする。
 そして幻が解けた先に居たのは――。
「シルキーさん!」
「ごめんねぇ、遅くなったわぁ」
 シルキーが操るのは無数の弦が交錯する複雑な楽器『百弦琴』。その琴の旋律によってシルキーはあらゆる音を作り出せるのだ。
「シルキー=ブランネル……精霊がいないこの世界で何故アル」
「これはぁ奇跡でも魔法でもなくぅ磨き上げた技術なのよぉ」
 異世界においては精霊に訴えかける手段に使われるこの楽器だが、熟練者が使用すればこのような事もできる。
 仙術の行使には高い集中力を要する。これでウキツの幻術宝貝『山河風月陣』はこれで封じられた。
「さぁ、ここじゃぁこれが精一杯よぉ」
「ありがとうシルキーさん!」
 膝を付き頭を振るウキツだがその隙を見逃すようなナイアではない。すかさず跳躍し体を回転させながら薙ぎ払うような重い一撃を放つ。
「ラ・ムール流交殺法――武零弩!」
「あいやーーー!?」
 ナイア必殺の一撃を受けたウキツは防御ごと蹴り飛ばされ壁に叩きつけられる。女達の戦いはこうして幕を閉じたのであった。


「大丈夫よぉ。衰弱してるけどぉ命に別状ないわぁ」
「良かった……ユージ」
 体に目立った外傷も無く無事救出されたユージ。目の下に酷いクマが出来いまだ目を覚まさないものの、一先ず無事である事を知ってウツホは心底安堵していた。
 ユージの手をギュウっと握り祈るように大事に抱えたその姿を見て、ナイアは黙って視線を逸らす。
「ウキツさん、何故こんな事をしたんですか? 優しくて真面目なあなたが、どうして」
「……」
 気持ちを切り替えウキツに質問するナイア。だがウキツはその細い目の端に涙を浮かべ、ユージとウツホの2人を見たまま答えない。
 やり方は歪んでいたが気持ちだけは本物だったんだ、と。何も言わずナイアはウキツの不器用な気持ちを理解していた。
「地球での宝貝の悪用はぁ異種族間法で違法行為よぉ? このままじゃぁ、残念だけどぉ」
 そんな中、一同の気持ちを現実に引き戻す言葉をシルキーが言った。
 地球と異世界を結ぶゲートが開き20余年。多くの人種や文化の違いを埋める為、様々な交流や法整備が進められてきた。
 その中で問題となったのがやはり、お互いの知らない技術や魔術による犯罪行為をどう抑制し取り締まるかについてである。
 一概には言えない為この場での言及は避けるが、神力を持った種族による力の悪用についてもその限りではない。
「そんな! それじゃウキツさんは」
「悪仙としてぇ逮捕ぉ……強制送還されてぇ延で裁かれる事になるわねぇ」
『……』
 そう、これが現実。ウキツはそれだけの罪を犯してしまったのだ。
 誰かからの通報、或いは被害者であるユージからの被害届が出されればその罪は確定する。だがそうなればウキツはもう二度と『十津那荘』には戻って来れなくなるだろう。
 ナイアはユージ達と出会って密かに勉強を始めていた。そして解らない所をウキツは親切に教えてくれた。他にも、目立たなかったがいつも親切だったウキツの思い出が蘇る。
 その記憶を思う程、ナイアもウツホもこの悲しい結末に胸が締め付けられるのだ。
「ち、違うんだ……」
「ユージ!?」
「まだ起きちゃ駄目だよ大下くん!」
 場を重苦しい空気が支配する中、ユージはやっと目を覚ました。
「全部俺が悪いんだ……俺が勘違いさせるような事を……言ったから……」
 ユージはウキツに監禁される中、ウキツの悲しい過去を話されていた。だからこそ精神的に追い詰められてしまったのだ。
 だが今やこうなった以上黙ってはいられない。男であり全ての原因を作ってしまった者として、けじめをつけなければならないと考えていた。
「ホントは全部……わかてたヨ……ユージの好きな人、私じゃないて」
「ウキツさん」
 そんなユージに呼応するかのように、今まで黙っていたウキツが初めて口を開いた。
「でも私……恐くて……愛されてないて言われるの……失いたく……なかたから……」
 ウキツの細い目から大粒の涙がこぼれる。今まで口を閉ざしていたのは、泣きそうなのを我慢していたからだった。気持ちが漏れるのを我慢していたからだったのだ。
「初めて……スキて……言われたから……」
『……』
 こんな事を言われて責められる女は居ないだろう。確かに方法は悪かった。許されない事をした。だが気持ちだけは、その純粋な想いだけは誰も否定できないのだから。
「大下くぅん、この娘の事ぉ……警察に言う?」
 シルキーがユージに訊ねる。
 女達の気持ちは決まっていた。後はユージ本人の意思次第だ。
「言いません……絶対に」
 ユージは硬く言い切った。
「じゃあぁ、この事件はぁこれでお終いねぇ」
「シルキーさんっ」
 思わずシルキーに抱きつくナイア。その頭を撫でながら、シルキーもそっと涙を隠すように目を閉じる。
「それで良いの? ユージ……」
「あぁ……これで良いんだ。これで……」
 握られたウツホの手を空いた手で握り返し、ユージはウキツに謝るように頭を俯けるのだった。


「おーい、見舞いに来てやったぞ~」
「ユッコさん」
 翌日、病院で検査入院をする事になったユージの元に多くの友人が訪ねてきた。
「二日で退院できるのに、大げさだなぁみんな」
「な、何よ! 私だってねぇ、大した事ないって分かってたら最初からこなかったんだからね」
「私は見舞いのフルーツを貰いに来ただけだ。おいユージフルーツバスケットはどこだ?」
「そんなもんねーよ! 寝てただけのくせに!」
「何をー!」
 怒るユッコを羽交い締めにして止めるみよっち。一同が笑い病室が明るい空気に包まれる。
「アハハ、みんな大下くんの事が心配で来たんだよ」
「ナイアもありがとな。来てくれて」
「わ、私は……うん」
 バイトを推して来たナイアはユージの謝辞に何故か顔を赤くする。だがその様子を見ていた者は誰も居ない。
 ユッコとウツホがじゃれている中、みよっちがベッドの脇に置かれた白いレースのかかったバスケット見つけた。
「あれ? それ誰が持ってきてくれたの?」
 ついさっき病室に入ってきた時は無かったような。奇妙に思い一同に声をかけてみる。しかし……。
「私じゃないぞ?」
「私も違うわよ」
「あれ? 誰も持って来てないの?」
 その回答に疑問を抱き、みよっちはバスケットのレースをどかしてみる。すると中には色とりどりのフルーツが入っており、一通の手紙が添えられていた。
「フルーツバスケットだ!」
 異世界の珍しい果実の数々に抱きついて喜ぶユッコさん。
 だが地球の果物など見慣れたみよっちとユージにとって、気になるのは手紙の方だった。ユージは手紙を渡され中を覗いた。
「拝啓大下ユージ様 本当にすいませんでした。どう謝って良いか、合わせる顔が無いのでお見舞いだけ置いて行きます」
『ウキツさんだ』
 ユージが読み上げた文面を聞いて、ウツホとナイアが声を重ねる。
 あれからウキツの姿を見た者は居ない。一体どこに行ってしまったのか心配していたのだ。そんな矢先、彼女からの手紙が届いたのである。
 二人はユージに早く手紙の続きを読むよう急かした。
「こんな事をして許されると思っていませんが、一度延に戻って反省してこようと思います」
『えっ!?』
 それは別れを告げる手紙だった。延に戻る――それを予想していなかった訳では無いが、こんなお別れ悲しいからと誰もが避けていた想像だ。
 だが現実は非情だった。あれだけの事をして平気で荘に居座れる程ウキツは図々しくなかった。居た堪れなくなった彼女がこうする事は自然の成り行きだったのだろう。
「今までありがとうございました。何も言わずに旅立つ事を許して下さい。皆さんお元気で……そんな」
『……』
 そしてこの手紙はユージにだけ宛てて書かれたものではない。十津那荘全員に宛てて書かれたものだった。
 先程までの明るい空気は一転、暗く陰鬱な空気へと変貌する。
 ウキツが、住人が一人居なくなる……今まで仲良くやって来た十津那荘の日常が壊れるようで、ユージ、ウツホ、ナイア、ユッコの四人は悲しみに暮れた。
「ん? この手紙2枚目がある」
「何て書いてあるの?」
「えぇ~っと」
 と、そこに手紙の二枚目に気付いたユージが声をあげる。
 お別れの言葉で終わった一枚目の手紙、その続きには一体何が書いてあるのか?
 一同はウキツが帰ってくるような、悲しみを吹き飛ばす内容を期待した。
「帰ってきた時、例え嫌われていても改めて謝りに行きます。それまで待っていてくれますか?」
(嫌いになんかならないよ……ウキツさん)
 帰ってくる。
 その言葉を聞いただけで安心した、救われた気持ちになった。
 十津那荘は悲しみで終わるんじゃない。ハッピーエンドが待っているんだと。
 そしてそのハッピーエンドの先にもまだまだ未来が待っている事を。
 明るい表情になったみんなの顔を見渡してから、ユージは手紙の続きを読んだ
「ウキツはいつまでもあなたが好きです。いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも いつまでも ――」
 手紙の残りにはいつまでもが詰まっていた。
『い、いやぁぁぁぁぁああああああああ!!!!』
 こんなおバカな十津那荘はいつまでも続きます。


 ―終わり―

  • 部屋によってシリアスというか危険の温度差がすごいっすね荘 -- (名無しさん) 2014-08-07 02:35:02
  • 重いけど空気はエンジョイ。ユージの一挙一動に注目してしまった。もうこうなったら全てを受け入れるしかないね -- (名無しさん) 2014-08-07 23:25:59
  • うおおおおお!ようやく続きキターーーー! -- (名無しさん) 2014-08-08 19:11:43
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最終更新:2014年08月06日 22:22