【異世界竜図鑑・まえがき】
我々地球に住む者にとって、竜という言葉はどのようなイメージをもたらすだろうか?
鱗に覆われた体を持ち、口からは火を噴く巨大な怪物。あるいはただ、神話上の生物とだけ返ってくるかもしれない。
異世界における実際の竜というものは、我々の想像するよりもはるかに多種多様な姿として存在する。
ある竜は鳥のようであり、ある竜は四足獣のようであり、ある竜は魚のようであり……。
それらを竜をいう分類でひとまとめにしたのは、喉元に「逆鱗」と呼ばれる鱗が、種族共通の証として認められるからである。
そして、普通の生き物ではありえないほどの圧倒的な生命力を誇っている、という点でも共通している。
もはや超自然的ですらある彼らの生態は異世界においても特別であり、竜にまつわる話の類については、耳に入れる機会に事欠かない。
この図鑑は筆者が異世界の現地に渡り記録をまとめ、また実際に自分の目で見た竜の生態について書き記したものだが、少しでも竜という存在への理解の助けになれれば幸いである。
《古代竜アレックスより》
おお異世界の小さきモノよ、そんなに驚くでない。鱗あるものの祖にして悠久を生きる、偉大なるアレックス様の前で畏まるのは仕方のないことだが────
ええい、やめだ。七面倒くさい。とにかく、海を流れていた粗末なゴミのようなものを拾い上げてみればお前だったというだけの事だ。あれはお前の種族のならわしか?
船が嵐に遭って沈んだと。ふむ、まあそんなところだろうな。
それよりお前の持っているその本の事だ。そう、それだ。なかなかに興味深い内容であることはわかるが、俺からすれば豆粒のようで読みづらくてかなわん。
だからお前が読み上げろ。
なに、悪い話じゃないだろう? 俺の耳に聞かせた言葉はアダマントの碑文に刻むより永く残るし、他ならぬ俺の口から注釈を加えてやろう。
鱗あるものの祖というのは嘘ではない。現に俺は、俺の血を継がせるべくありとあらゆるものを嫁に娶った。お前の及びもつかないようなとびきりの雌ともだ!
よって、俺ののろけは歴史家や生物学者にとっては何よりの褒美というわけだな。自分はただの旅人だって? 知るか。
どこの種族の皇帝だろうが俺より嫁を囲った奴はいないだろうよ。つまり種族の垣根を超えて、俺は雄として大大大先輩というわけだな。
わかったら、さっさと読め。お前の目が覚めるまで退屈で仕方なかったんだ。
===鳥竜===
【異世界竜図鑑】
新天地を棲家にする鳥竜は異世界における最もポピュラーな竜族の一種で、同時に新天地において最も巨大な生物である。
見た目は羽毛で毛深いダチョウというふうであるが、足は身体の比率を鑑みても恐ろしく太く強靭で、また硬い鱗に覆われており、実際にはその体躯とも合わせて「鳥」というより「恐竜」という表現がふさわしいだろう。
草食であるため家畜を襲うことはないが、草地をあっという間に食い尽くしては移動するため、その通り道に道路があれば踏み荒らすし、家があれば踏み潰す。
しかも気まぐれであるため移動の予測がつかず、この鳥竜が闊歩していた当初の新天地では、鉢合わせた馬車がばらばらに壊されるという事故が多発したという。
鳥竜の天敵となったのは当時
オルニトから移住してきた鳥人達である。鳥竜のによる被害を腹に据えかねた彼らは奴隷開放戦争の名残であった物資を使い、とうとう大規模な鳥竜狩りを企画した。
最も活用されたというのが刺敷罠というもので、比較的柔らかい足裏が鉄の針を踏むように罠を仕掛ける。この刺にはかえしがついているので鳥竜はうまく暴れられず、伏せていた傭兵達がわっと飛びかかり胴体や首に刃を突き立てる、という形で退治は行われていたらしい。
また馬車や村を囲む塀などに罠の設置を徹底し、人工物にちょっかいをかけると痛い目を見る、ということを覚えた鳥竜はその生活圏を狭くしていった。
その後は鳥人が新天地の開拓を進めたため、端に端にと追いやられた鳥竜達の姿を、新天地東端の「鳥竜谷」以外で見ることは現在殆どなくなっている。
《アレックス》
あの大地はいつ見渡しても荒野、どこを見渡しても荒野だ。それは何万年経とうが変わらんね。
禿だらけの大地には余裕のない生物が棲むもんで、ぎゃあぎゃあとよく鳴くうるさい鳥がいてな。頭は良くないしいつだって砂まみれで、少なくとも優雅とはいえなかった。
しかしだ、雌としてはともかく、母としてはとても美しかった。卵を守るため、この俺を気丈にも威嚇した時に眩しいものを見た気がしてな。
羽毛ってのはいいぞ。覆いかぶさると暖かく、穏やかな気持ちになる。そりゃもう、俺の失われた幼年期を取り戻すためだ。存分に甘えた。
しかし多産の種だとすぐに血が薄れるから困る。生態系の王者とも言える地位を得て少しは動作にも落ち着きが出ると思ったら、もっと元気に走り回るようになってしまった。
あれでもしばらくは俺の血統らしく聡明だったんだぞ? 仕方がないから再度血を濃くしておいたがな。
もちろん、二度目の婚姻も同じく卵を守る母を相手に。……何か問題でも? 合意の上だぞ、合意の。
===飛竜===
【異世界竜図鑑】
飛竜はマセ・バズーク~新天地間でその存在を確認できる。これは広範囲に生息しているという訳ではなく、彼らの翼にとっては一つの大陸程度なら小さな庭に過ぎないということだ。
その姿を見かける場合空を飛んでいる事が殆どという所から、主にオルニトに住む翼人の間で語られる事が多い。
外見は「ワイバーン」を想像すると分かりやすいだろうか? 飛竜の名前に相応しい巨大な翼に比べると、身体は蛇のように細身で、飛ぶために必要でないものは全て削り落としたという印象を受ける。また、腕は翼と一体化している。
飛竜の特徴として、食事をするときも決して地上に足をつけることはない。飛びながらに鳥を捕食し、地上の獲物を襲う場合は地面すれすれを滑空してそのままの速度で噛み付き、死体を空にさらっていく。まるで泳ぐのを止めたら死ぬマグロのようでもある。
飛竜が飛ぶ速度というのは音が遅れて聞こえてくるほどであり、それが襲いかかってくるとなればまず避けられるものではない。
さらに飛竜は飛行のために辺りの風精を根こそぎ自分の翼に吸収してしまう。このおかげでかなりの広範囲に風の乱れを発生させ、空中では濃い雷雲が多数生まれるという現象が起こる。
空こそが交通路である翼人にとって突然の雲というのは障害物に等しく、それは天候を読む職業がオルニトではそれなりの高位として扱われている事からも察せられるだろう。
しかし翼人は飛竜をどうにかするという気はないらしく、空の王者は今もオルニトの空を自由に飛び回っている。
《アレックス》
元は翼もない蛇だったか。花嫁は俺に心を捧げ、俺は花嫁に祝福を与える。いかにも正当な取引だ。
しかしあまりにも飛ぶことにこだわりすぎていたな。俺の与えたものの殆どをわざと取りこぼし、あれもいらない、これもいらないと翼のほかは全て土の上に置き去りにした。
空というのはそこまで憧れるものかね? お前も翼のない身だろう、やはり飛びたくなるものか?
なんにせよ、花嫁は初めてとは思えないほどに手際よく地表から離れていった。
そして、初めてとは思えないほどに手際よく俺から離れていった。
正直焦ったぞ。肝心な部分がまだだったからな。血を交わらせるために俺が空中でした苦労の内容は察してくれ。
花嫁は竜の知性もいらないものに分別してしまっていたが、俺はそれにいたく感銘を受けてな。確かに竜ほど無敵の存在ともなると頭を使う機会が極端に少ない。
ということで俺は花嫁に習い、たまには知性を捨て去って無意味に暴れてみたりするわけだ。川をせき止めて盆地を湖にしたりな。全くの無意味だ。
俺はこれがなかなか楽しいことに気付いた。俺の血脈の血が薄れる時は揃いも揃って頭から駄目になるが、その理由もわかるね。
しかし俺には血を残すという知的で有意義な目的があるから、残念ながら完全にアホになるのはまだまだ先になりそうだ。
……なんだお前、そのいかにも何か言いたそうな目は。無意味に暴れるぞ。ギャオー!
===魚竜===
【異世界竜図鑑】
魚竜はミズハスシマ~
ドニー・ドニーの海で広く見かけられ、遭遇回数も多いため、ポピュラーな海の怪物の座をほしいままにしている。
見た目はひたすら大きなウミヘビといった所で、体長は小さな個体でもゆうに100mを超える。独特のぬめりに覆われていて、周期は不明だが脱皮をするらしい。
深海で脱皮を果たした後は海上に昇り、大気にその身を晒す。この動作の中で深い群青をたたえる鱗が光沢を強くする過程が伺える。どうやら完璧に脱皮を終えるには、このメカニズムが不可欠のようだ。
出逢えば並の船などひとたまりもないようなサイズだが、深海魚としての性質があるのか、魚竜はかなり目が悪い。動いてるものしか餌と認識しない上に、少し顔から距離をとるだけですぐに目標を見失う。
なので帆をたたんでじっとしていればよほど運が悪くない限り襲われる事はないし、ミズハスシマの水棲人種は視界に入らない胴体部分に張り付き鱗剥ぎまでするという。
この鱗には強い水精霊の力が込められており、これを加工した鎧は水中でも動きを阻害することがないと、ミズハスシマの戦士には好まれている。
この鱗を求めてドニー・ドニーの捕鯨艦隊が何度か海上からの魚竜討伐を試みているが、まともに相手をして無事だったという話は今のところない。
《アレックス》
昔、海底のぬめりをうっかり踏みつけてしまった事があってな。生きとし生けるものが皆そうであるように、竜にだって転びかけて焦ることくらいある。
その時足裏に走った快感がもう例えようもなくてな、あまりに驚いて目の前の島を丸焼きにしてしまったくらいだ。
その経験が忘れられずに海に潜っては溜息を吐く日々を繰り返していたわけだが、そんな俺の前に天使が現れた。
その後はもうくんずほぐれつだったな。俺からすればこれ以上ない熱心な求愛だったが、非紳士的に襲い掛かられたあちらからすれば宣戦布告も同然だったろう。
俺の天使はなかなかの手管の持ち主でな、獲物を縛り上げる俊敏さときたら捕食者の誉れとも呼ぶべきものだったよ。ふふふ。
いや、失礼。しかしぬめりというのは満足な生活を送る上で重要な要素だとは思わないか? 潤いとも呼べるな。おっと、これはドラゴニックジョークだ。
===蹄竜===
【異世界竜図鑑】
蹄竜は
イストモスで見られる4足歩行をする獣に似た竜で、外見は牛に似ている。ただし牛だとすれば体躯も気性も明らかに猛牛であり、角や蹄は鋼のようで、足の付け根は筋肉で瘤のように盛り上がっている。
大きな身体に見合わず少食であり、縄張りと決めた草地の草を食み、狭い範囲を守るようにうろつく習性がある。
蹄竜の縄張りには何か恩恵のようなものがあるらしく、草はより深くなり、イストモスには珍しい巨木も生えるようになる。その成長速度も尋常ではないので、草原の真ん中に緑の小山が現れるというなんとも奇妙な光景が出来上がることになる。
この緑は内部の生殖系の神秘さから「聖域」と呼ばれ、聖域が拡大するとともに蹄竜の縄張りも広がっていくことから、蹄竜はそのまま聖域の守護者という名を冠している。
遠巻きにすれば無害そのものである蹄竜だが、ひとたび縄張りに足を踏み入れると烈火のように怒り狂い、侵入者を八つ裂きにするまでその怒りは収まらない。
しかし聖域の内部には死者をも蘇らせると云われるほどの薬効がある反魂草(地球のハンゴンソウとは別種)ほか、数多の貴重な薬草の存在が確認されているので、無謀な採取に挑む冒険者は尽きることがない。
聖域の繁茂が
ケンタウロスの生息圏と被った場合にはケンタウロス側が住居の移動をするのが慣習だが、聖域の拡大がどこまで続くのかは未だ不明である。
蹄竜同士の縄張りが接触した場合、2匹の蹄竜のどちらかが降参するまでぶつかり合い、勝った側が負けた側の聖域を吸収するという事が確認されている。
《アレックス》
ぶつかり合うというのは熱を高める上でいいものだぞ。俺も愛を囁くよりは襲いかかるほうが好きだ。
突進を受けきりがっぷり四つ、蹄は大地をめくり上げ、俺はみっともなく中腰になった。渾身の力比べで勝った方が上だ。最も、俺には肉食獣の狡猾さがあったが。
力を逃して余計に走らせてやると花嫁はだんだんと疲れていき、そして最後には熱と興奮が一つに溶け合う。実に燃えるな。
しかし聖域なんて大げさじゃないか? 縄張りに足を踏み入れるというのは求婚の合図だぞ。仮に目的が何であろうとも、雌の欲求に火をつけたなら全力で応えてやるのが礼儀だと思うがね。
===甲竜===
【異世界竜図鑑】
マセ・バズークに生息している甲竜は殆ど移動をせず、普段はわずかに呼吸が確認できる程度にしか動かない。
外観は虫の甲殻のようなものが体表を多い、ドーム状を形成している。その佇まいはまるで要塞のようであり、生物とは思えないかもしれない。
本体とは逆に甲竜の身体を忙しなく動き回るのがビットと呼ばれる共生虫で、甲竜が傷を受けた場合に甲殻の修復をする治療ビット、兵隊の役目を持つ攻撃ビット、ビット達と甲竜の栄養を仲介する補給ビットなどに分類が分けられる。
補給ビットは甲竜の老廃物や排泄物からビットの餌を作り、ビットの死骸から甲竜の餌を作るが、甲竜の大きさからすれば補給ビットの作る餌は主食ではないと見られている。
では何を食べるのかというと、甲竜は情報を食べるのだそうだ。
マセ・バズークには虫人のネットワークの網が張り巡らされており、それはフェロモンや微弱な電波で形成されているのだが、甲竜はそこを流れている雑多な情報を、明らかに集積しているのだという。
当然虫人からすれば電波妨害を受けたようなもので、一時は甲竜の近くを避けてネットワークを形成していたのだが、電波塔の役割を果たすビットが作られたせいで、より広範囲のネットワークに穴を開けられることとなった。
そこで虫人が考案したのが、受信者のいない迷子電波やノイズのような無意味な情報を優先して甲竜に食わせる事だった。
これ以降虫人と甲竜は共生関係に入る。マセ・バズークには生きた掃除屋とも呼ばれるガベージコレクタという種があるが、甲竜はネットワークにおけるその役目を担ったという見方もできる。
なお、甲竜が竜と確認されたのはその死骸からであり、機能を失ってがらんどうになったドームの中に、ビットに分解された本体の残骸だけが残されていた。
面白いことにこの残骸の内容は未成熟な器官となっており、ドームの中身では虫の「変態」のような羽化のための準備がされていたと考えられる。
《アレックス》
あー? うーん? あー?
共生という言葉も変態という言葉も、生まれながらにして完璧である竜の血統には似つかわしくない言葉だな。
俺の血統も幅広いものだし中にはそんな奴がいてもいいが、ひとつ思い当たることがある。
虫が相手だと血が混ざらない事が多くてな、失敗の経験も数多い。
その中の一つに、俺がとあるコロニーの雄を全滅させて女王虫にコナをかけたことがあったがな。最初うまくいったように見えたが、卵から出てきたものが、
……なんだ、竜のようには見えないが、その種族のものでもなかった。
正直俺はそんなものかと思って気にも留めなかったが、あれは今どうしてるかね。
俺は女王虫に祝福と血を与えた。設計図と言い換えてもいいな。もし、話に出てきたビットとやらがその設計図を握っているとすれば、ドームとやらが工場であるとすれば。
そこで作られていたのはもしかすると、瓜二つの俺か? おお、こわ。
===黒竜===
【異世界竜図鑑】
クルスベルグには数えきれないほどの鉱脈があるが、この恩恵が
ドワーフや
ノームだけのものでないことは、黒竜が証明している。
黒竜の見た目はカラスと蜥蜴のあいの子のようだが、翼は空を飛べなくなるほどに退化しており、代わりに土を掘るための筋肉と鉤爪が発達している。
何よりも貴金属や宝石などの光り物を好み、そのため資源の豊富な鉱山に洞窟を作る。
漆黒の身体を金銀や宝石でごてごてと飾り付ける姿は悪趣味なように見えるが、これには土精霊に対する働きかけを強くするという側面もある。
黒竜は土をこねて様々な形の依代を作り、これに土精霊を宿らせて、自分の巣穴で様々な仕事をさせる。
鉱床採掘、金属加工、巣穴の拡張はもとより、狡猾な黒竜は自分の持つ宝がドワーフらにも貴重なものであることを知っているため、罠や迷路を作らせる。
このため黒竜の巣穴というのは巨大な迷宮のようになっているのが常である。なんとか迷宮の奥にまで辿り着くことができれば、動く土塊が忙しなく働く、小さな町のような風景を見ることができるだろう。
なお、上記の特徴は雌のものであり、黒竜の雄は雌より幾回りも小さい。そして巣穴の外で食料を探しては何度も雌に運ぶため、雌よりもだいぶくたびれているのが常である。
《アレックス》
この種族は元は雄が鮮やかな模様の飾り羽を持っていて、美しいほど雌にモテるという馬鹿馬鹿しい習慣を採用していてだな。
しかし馬鹿馬鹿しいなりにこういう無駄はなぜか品性がよく見えるもので、何より雌に選ばれるというのがなかなか面白そうだったからな。雄としての箔付けのために男ぶりを晒してみたわけだ。
自前の金の鱗だけでも太陽が沈むのをためらう美しさというのはもちろんだが、宝玉も磨き上げられてより輝くというものだ。
よって、金銀細工でさらに飾り立ててみた。……当時の雄鳥の顔をお前に見せてやりたいね。同じ顔をしていたぞ。
やりすぎというくらいの方が雌にはウケる。ま、贅沢もドラゴンの特権というやつだな。
こうして俺はささやかなハーレムを築いたわけだが、次第に違和感を覚えるようになる。
どうも俺ではなく、俺の身体を飾っているもののほうに愛が向けられている気がしてな……俺は円満に解決したさ。そういうことにしておけ。
雄の飾り羽はあくまで雌の気を引くものだった。しかしもっと綺麗な宝物が見つかってからは、雄という財産は誰かに見せびらかすにはあまりいい代物じゃなくなったわけだ。
だから今じゃあ雌は財宝をベッドに地下でふてぶてしく眠り、雄は雌の顔もまともに見ないほどこき使われている。
これは雄としての器の問題ってやつだが、それにしてもいい教訓になると思わないか? なあ?
===氷竜===
【異世界竜図鑑】
過去に氷竜が目撃された範囲は非常に狭く、ドニー・ドニーの大こぶ山脈、それも標高の高い所にしか出没しないという。
大こぶ山脈には万年氷と呼ばれる特殊な氷塊が点在しており、この氷はどれだけ暑い場所に持ち運んでも解けることがない。
ドニー・ドニーの輸出品としても主要なものであるため、寒さの和らぐ暖季にこの万年氷を切り出す専門の氷掘師がいる。
その氷掘師達の間にある堅い掟のひとつに「必要以上に氷を採らない」というものがあるが、この掟は氷竜が欲深い氷掘師に罰を与える存在だと考えられているからだ。
ある年、算盤弾きの
ゴブリンが氷屈師を一団にまとめ上げ、万年氷を組織的に採掘してこれを独占しようと考えた。
目論見通りに大きな氷塊をいくつも運ぶ帰り道の途中、一団は寒期でもありえないような猛烈なブリザードに襲われた。
すると吹雪の向こうに雪の色と同じ純白の身体がゆらめき、四足で首の長い竜脚類のような姿が浮かび上がる。
静かに光る青い瞳が一団を見つめると、糸が切れたようにぱたり、ぱたりと熱を失って倒れていく。
とうとう最後の一人になった氷掘師が万年氷を放り出して氷竜に慈悲を乞い、火酒を飲んでひたすら吹雪に耐えた。
すると氷竜はそっぽを向いて歩き去り、それと共に吹雪も収まった。荷物は全て残されたままだったが、一命をとりとめた氷掘師はそれには手を付けず、そのまま山を降りた。
以上がドニー・ドニーに伝わる氷竜の伝説のあらましである。
氷竜にまつわる話というのは民話のような形で語られることが多く、実在するかどうかが定かではない。
出没したという噂があっても、その痕跡は全て雪が消し去ってしまうため、氷竜の足取りを追うことは難しいようだ。
しかし、大こぶ山脈では時折、山に詳しい氷掘師でさえも説明のつかない、突然の大吹雪が吹くことがあるというのは間違いないようだ。
《アレックス》
つがいのいない一人寂しい夜には、どこからか無謀な挑戦に挑む勇気が湧いてくるよな? お前も雄なら絶対に経験があるはずだ。
今回のテーマは涼だと思い立った俺は、その日のうちに銀を冠する山脈のてっぺんへと降り立った。
思い返せば絶好のロケーションだったな。見渡す限りの銀世界というのは時間すら止まって見える。あたりは大変静謐で、俺はやる気に満ち満ちていた。
雪に埋めた下腹部がとてもひんやりして気持ちよかったとだけ言っておこう。その後のことは知らん。
===古代龍===
【異世界竜図鑑】
「翼の生えた大蜥蜴」という地球で想像されるような一般的な竜の姿は、そのまま異世界に実在していたらしい。
それが「古代竜」と呼ばれる種で、異世界の精霊の力を借り、本当に空を飛び火も吹くと言われているのだが、残念ながら現在その姿を見る機会は殆ど無い。
オルニトの口伝には翼人の職人をさらい細工物を作らせたとされる話が、ドニー・ドニーの
ウルサ戦記には、ウルサ神を相手に15日にわたる決闘を続けたとされる話が残っている。
《アレックス》
おい、記述はこれだけか? 確かにここ最近俺も同胞も含めてろくに表舞台に顔を出していないのは間違いないが、それにしたってもう少し何かあるだろう。
ああ、そりゃ同胞くらいいるさ。俺ほどではないがハンサムだったぞ。ブラウンにカーマイン、あー、名前を忘れた。もう少しいたのは間違いないが、野郎ばかりだったからな。
とにかく口伝にも戦記にも心当たりがないから、俺以外の誰かがやったんだろう。今ごろはどこかでくたばっているのかもしれないし、寝転がっているだけかもしれん。
俺は竜という種族に勝るものはないと思っているが、それでも俺以外の竜ならそろそろ寿命でもおかしくない。俺か? 俺はなぁ。
この世界の大気が精霊よりももっと大いなるもので満たされていたときに、俺と俺の同胞とあとばかでかい巨人やら何やらは、この世界をオシャレにする仕事に精を出していた。
山をカッチョイイ形に削ったり爪で川をひいたり、そういった事をしぶしぶやっていたわけだが、中でも海に塩を入れ忘れて腐ったから全部飲み干せとかいう無茶な命令が最悪だったな。
今の海より一つ前の海だ。そういった諸々をひいこらこなした俺とその他は寿命を大きく縮められ、あとは使い終わった道具として世界の果てに転がされ、朽ち果てる運命だった。
ところがどういう理由か、大いなるものはどこかに流れ去っていき、ざまぁみろ。寿命の使い道というものを手に入れたわけだ。
カーマインなんかこの世界を隅々まで破壊し尽くしてやると息まいていたし、俺も消極的賛成の立場だった。
しかし────今のお前らのような小さきモノよりももっとシンプルで可愛い奴らが、俺たちのことを覚えていてくれた。神様とすら思い込んでいたな。
こうして俺たちの心の傷は癒され、当時誰よりも懸命に働いていた俺は真っ先にくたばり……虚弱だったからじゃないぞ。驚いたことに、本物の半神半竜に転生したというわけだ。
よって俺は雌好きの竜としての側面と、あと一応、せっせと血を配って土台固めに走る神としての側面がある。それがアレックスという竜だ。
最も、俺が神だどうだというのは単なる不幸ないきさつの結果であって、さして重要なことじゃない。もちろん特権は有効活用してるがな。
そんなことより俺は、これからお前を驚かせないように今ものすごーく苦心している。まず、お前は死んでいる。
海の底から死の淵にまで流れ着いてそのまま土左衛門になったお前は、どういうわけだか俺のプライベートスペースにまで漂流してきやがった。
ここは本来、霊的な存在しか立ち入れない場所なんだからな。俺の寝姿を発見する登山家が永久に出ない理由もこれだ。
まー俺は寛大であるからして、小さきモノであるお前に慈悲をかけて、あと図鑑の礼として、魂身体付きで生ける世界へ送り返してやろうってわけだ。ありがたく思えよ。
ただ、お前の身体は血が足りなかったんで……その、然るべき手段をとった。冗談半分で。俺もまさか通用するとは思わなかったからびっくりだ、あー、ゲフンゲフン。
そういうわけだ! お前は目を覚ますと適当な港に立っている! 今までの身体と新たな血と、出来たての親を持って!
なにかあれば俺に祈れ! そしてできれば普段は竜として敬え! あとはアレックスという名を守り適当に頑張ってくれたまえ!
伴侶を持て! 子を増やせ! 正直責任はとれないが! 達者で暮らせよ! ……新たなる朋友!
光が満ちていく。そして景色が遠く、遠く────
- 異世界で言うところの竜が畏怖の存在や人智を越えた力を持つものの代名詞な地域や種族があってもおかしくないな -- (名無しさん) 2014-12-11 23:31:52
- 万年越える人生おくれるって何かと関わり続けるかまったくもってじっとして生きているかのどっちかなんじゃないって。アレックス竜大全とか出版したらきっと売れる -- (名無しさん) 2014-12-12 21:29:57
最終更新:2014年12月11日 04:20