【あこがれのあんちゃん】


 それは、巨大にして荘厳、深緑の飛翔体。
 彼の飛翔体が目指す先には、天地を貫かんばかりに雄々しく聳え立つ大樹。 
 深緑の飛翔体は、植物でありながら、幾対もの翼を持ち、自らの力で空を舞い、人語では形容しがたい咆哮を上げる。
 世の人は知らぬが、その姿、その力は、東大陸の大半を占める『緑龍の咢』とも呼ばれる大森林、帰還不能大森林《ケンバリ・ヴォイマーツ》の奥地に住まう存在に酷似している。

「一体何なんじゃ、あれは!? 各個の熟練の差こそあれ、グライフリッターが小隊規模で全力攻撃を仕掛けているというに、一向に効いとる様子がないぞ!」
「ふむ・・・見たところ、我々グライフリッター小隊だけでなく、浮遊樹に乗り直援に回ってくれているエルフ弓兵隊の方々が攻撃して与える傷を補って余りあるほどの、莫大な生命力を有しているようです」
「莫大な生命力、とな?」
「ええ、何せ今は陽月。 樹国に連なるあらゆる生命にとって最大の恵みとなる陽光が最も強く照り輝く頃合ですから」
「んなアホな・・・ラ・ムールならいざ知らず、ここはエリスタリア上空、それも世界樹にも程近かろうという場じゃぞ? あの忌々しい試練がこんな所にまで影響するというのか!?」
 元々はエリスタリアくんだりまで愛騎たるグライフのための妙薬を求めてきたグライフリッター小隊。
 未知の領域よりエリスタリアへ飛翔する深緑の飛翔体に危険性ありとみて先鋒を買って出た小隊であったが、老将と若き参謀は次の攻め手を決めあぐねていた。
 そこに、老兵がひとり、戦列から一時離れて翔けてくる。
「まったく、下の祭ではいい感じに酒も入って騒いでおるというに、妙なもんに巡りおうてしまったの・・・のう大将、坊、下のエルフ達と連携して、火精の力で燃やしてしまうというのはどうじゃ?」
「いえ、火攻めは出来るだけ避けたいのです」
「あんなナリとはいえ、究極的に言えば相手は樹獣じゃろ? 燃やしてしまえば早いではないか」
 老兵の提案は尤もではあるのだが、反論する参謀と沈黙を守る老将は共に渋面を隠しきれず、「それは出来ない」と返答するのみ。
「確かに樹獣と言ってしまえば身も蓋も無し、焼いてしまうのが殲滅には楽なのですが・・・あれだけの巨大な物体が、果たして地表に墜落するまでに燃え尽きるでしょうか?」
「もし燃え尽きずに地表に落下すれば・・・地上の民や世界樹に多大な被害が出ることは避けられん。 火攻めは海上まで追いやってからじゃ!」
 老将と参謀は異口同音に、現状での火攻めの愚を諭そうとする。 だが老兵も筋金入りのドワオ*1で古強者、そうやすやすと諭される訳がない。
「だが儂らもグライフも、いつまでも持つわけではない! こちらが一方的に疲弊するだけの消耗戦など、戦術としては下の下じゃ!」
「ならば、地表で祭を謳歌する民や樹神の御身を犠牲にしても良いと申しますか!」
「大言だけは立派か、坊!」
「静まれぃ! 今は内輪揉めに体力を消耗する時ではない!」
「いやはや全く、その通りで」
「「「・・・誰じゃ!?」」」

 突如として場にそぐわぬ程涼やかな声音で割り入ってきたのは、砂漠の国で良く使われる掌紋を据えた眼帯を左目に当てた、猫人の青年。
 だがしかし、彼はグライフにも浮遊樹にも、ワイヴァーンを始めとする飛行可能な生物に乗っているわけでも、オルニトの鳥人らのように自らの翼で飛んでいるわけでもない。
 足場のない宙に、立つように浮いているではないか。
「いやね、とりあえずマカダキの様子だけ見て王墓に引きこもってようかなーとも思ったんだけどさぁ。 そしたらこっちの方から物騒な面倒事の匂いがするじゃん? で、来てみたらコレよ」
 状況にそぐわぬ軽口を叩く猫人青年に、血気に逸る老兵は声を荒げて迫る。
「猫人がなぜ浮いとる!? 何しに来た!?」
「なぜ浮いてるかっつったら・・・そりゃまぁ試練の賜物ってやつだな、悔しい事に。 で、何しに来たかっつーと」
「というと?」
「世のため人のため、クソ太陽と腹黒神霊の野望を打ち砕きにきた、ってとこかな。 この日輪の輝きを恐れぬのなら、かかって来い!ってなもんだ」
「もういい、我らの戦を茶化すのが目的ならば、疾く去れぃ!」
 我慢の限界を迎えた老兵は得物の雷鎚を威嚇の意を込め振り下ろすが、猫人青年は軽やかにそれをかわし、深緑の飛翔体に迫る。
「勇ましいのも結構だが、アレは貴殿一人でどうこう出来るものではない! 御助力頂けるなら有難いが、功名に逸るだけなら手出し無用に願う!」
 老将は尚も深緑の飛翔体へ迫る猫人青年を諌めるが、彼は聞く耳を持たないばかりか、
「守護樹龍《ガルディオ・ナガス》との戦闘経験なら、一度や二度でもないんで。 アレが世に出て一般人と矛を交えるには、まだ早すぎるんよ」
 と言い返し、深緑の飛翔体の前へ躍り出る。


 猫人青年の独断専行と入れ違いに、グライフリッター小隊は戦術立て直しのため、老将・参謀・老兵の下に集う。
「一体なんじゃ、あの若造は?」
「アレを一人で何とかしよう、とな。 笑わせてくれるなぁ?」
 道化のおかげで小休止と言わんばかりに、猫人青年に罵声を浴びせつつ、グライフリッター小隊は僅かでも疲労回復に勤しもうとする。
 その中で一人、参謀だけはやや神妙な面持ちを見せていた。
「どうした、何ぞ気になることでもあるのか」
「いえ・・・彼の眼帯が少し、気になりまして」
「どうせヤンチャの盛りなだけじゃろうて」
「・・・そうでしょうね。 何せ年が合わない」
「年? 何の事じゃ?」
「彼はどう見積もっても20代を下回ることはないでしょう。 『門開王』と称されたラ・ムール先王が崩御されてから、まだ10年少々しか経っていません」
「まさか、あの自信過剰な若造がラ・ムール王だと? それこそ笑い話ではないか」
「ええ・・・それに、もし王だとしても、あの軽薄な雰囲気からは王の持つべき威風は感じられない」
 老将と参謀は、冷ややかな目で、事の次第を見つめていた。

「畜生・・・聞こえてねぇと思って好き放題言いやがって・・・変に風評被害が拡大する前に、ちゃっちゃと済ますか」
 猫人青年は意を決し、右の掌を天に、左の掌を地にかざす。 かつて見た異界の書に登場する、暗黒の魔界を制し地上をも手中にせんとした覇王のそれを模した構えを取り、神気を充実させていく。
「さて・・・狙うべきは一打必中、魂込めた気迫全開の一発を、ヤツのどてっぱらに直撃させるのみ、ってところか」
 両の手より発する輝きで日輪を描き、 
「観客はあのオッサンどもだけか・・・ま、ドワオの応援なんざ貰っても嬉しくないし、クソッタレな神どもの祝福なんざこっちから願い下げだわな」
 日輪の輝きを胸前に集め、
「後々のためにも、運良く一発で決まるよう、努力はしますかね」
 溢れるばかりの光と熱を両掌の内でさらに圧縮、
「さぁ・・・刮目せよ!」
 頭上の太陽より尚眩しく輝く、覚醒した左の眼で深緑の飛翔体に狙いを定め、
「虎神王流が最終奥義、極 光 陽 爆 覇 ァ!」
 極限まで圧縮された、『地上の太陽《アフド・クラジニー》』を思わせるほどの極光の塊が、彗星の如き速度で深緑の飛翔体に向けて撃ち出される!
「なんじゃアレはぁ!?」
 驚嘆の声を上げるグライフリッター小隊の眼前で、先の猫人青年が撃ち出した光球は一瞬にして深緑の飛翔体に命中、苛烈なまでの光と炎の牢獄を形成しつつ、聞くに堪えない程の壮絶な音声で悲鳴を上げる深緑の飛翔体をさらに上空へと押し上げる!
「虎神王流の奥義・・・ですって・・・!?」
「知っているのか坊!」
「ええ・・・延国の書物に遺された記述を読んだことがあります」
【虎神王流・最終奥義 極光陽爆覇】

ラ・ムールでは『虎神王』、大延国では『神虎』と讃えられる
剣聖皇帝シキョウの朋友の一人、セオフィ=カー・ラ・ムールが
修行行脚を通じて編み出した光と熱の仙気を活用した四足
『虎神王流』において秘中の秘とされる、両の手で圧縮した
超高熱の仙気玉を対象に撃ち放ち、焼殺せしめる大技。
その威力は、南蛮随一の堅牢な装甲を持つ破滅獣すらも
表皮装甲の一片も残さず昇華させるほど、と言われている。

繰り出す際の構えやその威力等から、この技の伝承が何かしら
世界の境界を越え、日本の物語に登場する某野菜人や機動戦士、
三機合体三段変形式鉄巨人の技に影響を与えたのでは、などと
大仰に語られることもあるが、その真相は未だ定かではない。

大延演義活版文庫社 監修 鈴民明書房 刊
『これでバッチリ!清霞追風録 完全副読本 下巻追補版』より
「そんな御大層な技を、あんな若造がぶっ放した、と言うのか!?」
「彼が騙っているだけかもしれませんが、少なくともその威力は伝承通り、としか・・・!」
 慄くばかりの参謀の言と、業火の獄に強大な存在が囚われているという眼前の光景に、二の句を失うグライフリッター小隊を尻目に、
「さて、もいっちょ行きますか・・・ねっ!」
 猫人青年はその手に、何処から出したか巨大にも程がある穂先を持つ巨鎗を携え、
「こいつはオマケだ、とっときな!」
 全身のバネを利用して、光熱の牢獄に囚われた深緑の飛翔体へ向けて投擲、
「覇砂王流、蹴鎗撃通貫!」
 空を蹴り飛翔、その勢いのまま蹴撃の体勢に移行、先行する巨鎗に追い付き、柄尻を蹴り押しさらに加速、
「ぶ ち ぬ け ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 深緑の飛翔体を頭頂部から尻尾の先端まで、光熱の牢獄ごと撃ち貫く!

 その勢いのまま現場を飛び去る猫人青年の背後で、深緑の飛翔体は閃光放ち爆裂四散。
 光熱の牢獄がもたらす膨大な熱量が葉の一枚も漏らさず燃やし尽くし、炸裂音と極光の輝きが収まると共に、天空の戦場は平穏を取り戻す。
「終わった、のか・・・?」
「そのよう、ですね・・・」
「一体、何だったんだ、あの若造は?」
「そればかりは、何とも・・・とりあえず終わったことには違いありません」
「そうじゃな! 何はともあれ、ワシ等も帰投しようかの! ようやく薬を貰って酒が呑めるというものじゃワイ!」
 天空に残されたグライフリッター小隊は、下方のエルフ弓兵隊に合流し、地上の祭の最中へと向かう。

「訳も無く無尽蔵に肥料が集まってくるので、守護樹龍を借りて父祖の御許を耕そうかと思っていたのですが・・・燃えてしまったのでは仕方ありませんね」
「んぁ~~~・・・ミンちゃんどうしたの~~~?」


「・・・とまぁ、こんなことがあったりしたわけだよ」
「あんちゃんはすげぇな!」
「他にも、ドニー近海でこの村くらいにでっけぇ魚が沸いて出たからラウ爺とつるんで一発ブチかましたり、東の海の向こうにあるニシューネンっつー町に行ったり」
「ほうほう、それから?」
「何の因果かスラヴィアンタッグと自分が連戦することになってな。 1戦目のイチャコラどもは下したものの、2戦目のアンバランス親子に負ける俺を観戦してきたわ」
「・・・え? どゆこと」
 ここはラ・ムールの大砂漠の東端程近くにあるドネインド村。 目だった特産物もない、典型的なラ・ムールの田舎である。
 そんな田舎村をわざわざ訪れたという猫人青年の旅人は、異界の旅人に気軽に一宿一飯を提供することと村一番の悪たれ小僧がいることを村中誰もが知っている、ヘサー宅へお邪魔していた。

「すいませんなぁ、こんな悪ガキの相手なんざしてもらっちまって」
「いえいえ親父殿、一宿一飯の御恩返しならばこの程度。 どうぞ御構い無く」
 家の主人は、奥方に用意させた酒と肴を手に、客人と楽しげに会話していた息子を足蹴にしてスペースを作った座に着き、豪快に呑み始める。 「いてぇぞ親父!」という息子の文句なんざ聞き入れる余地はない。
「御客人も、一杯どうかね?」
「普段はあまり呑まないのですが・・・親父殿に勧められては、久方ぶりの杯も吝かではないですな」
 旅人は主人から杯を拝借し、まずはぐいと一杯飲み干す。 旅人にとっては16になる少し前以来となるプライベートでの飲酒だが、オフィシャルでそれなりに呑み慣れたこともあり、もう卒倒することもない。
「ん、どうした? いろんなとこの酒を飲み歩いて酸いも甘いも知り尽くした御客人にゃ、こんな田舎の庶民酒じゃ物足りんかね?」
「・・・いえ、俺は・・・自分の親父とこうして差し向かいで酒を呑むなんてこと、終ぞしませんでしたから。 親父と差し向かいで呑んで語り合う、ってのはこういうことなんかなぁ、と」
「そうかいそうかい! んじゃ、今晩だけは俺がお前さんの親父だ! わぁっはっはぁ!」
 上機嫌で呑み始める主人と客人の許に、追加の肴を持参してきた奥方は、
「お父さん、あんまり呑ませちゃ駄目ですよ。 お客さんには、夜明け前には家を出てもらわなきゃいけないんですからね」
 と、いつもよりハイペースで呑み続ける主人を諌めるものの、
「な~に心配ねぇって。 ラ・ムール男児たるもの、ルァが過ぎても陽月に夜明かし出来ないようじゃ務まらん、ってな! そうだろ御客人?」
 すっかり出来上がって応答する主人と
「いやはや御尤もで」
 主人に迎合する客人の態度に、やれやれこれだから男ってもんはと言わずもがなに肩をすくめ、さっさと奥に引っ込んでしまう。


 ハイペースが祟り夜半過ぎには高鼾で眠りこけてしまった主人に黙して一礼。
 客人は静かに座を立ち、ヘサー宅を後にすべく、大して持ち合わせていない荷物を身に着け直す。
「あんちゃん、もう行っちゃうのか?」
 いざヘサー宅を後にしようとしたところで、主人の息子が話しかけてくる。
「まだ起きてたか」
「おうともさ! 陽月に夜更かしできなきゃラ・ムール男児は務まらん、ってね」
「そうだな坊主」
 客人は主人の息子の頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
「さて・・・ちょいと陽が出るまで軽く歩こうか」
「うん!」
 宅から出た客人と主人の息子は、そのまま夜明け前の清とした空気の中、ドネインド村の境界へ向けて歩いてゆく。


「いいか坊主、これからあんちゃんが言う事を・・・必要になるときには間違いなく覚えちゃいないだろうが、とりあえず聞いてくれ」
 「なんだい、あんちゃん?」
「あと半年もしないうちに、変なババァがお前に絡んでくるから、ぶん殴ってでも全力で逃げろ。 ババァだからと手加減すんな、殴るときは全力でだぞ。 俺が許す」
 「え? あ、うん・・・」
「もし逃げ切れなかったら・・・しばらく理不尽でクソッタレなことが続くから、とにかく耐えて抗い家に帰る事だけを考えろ」
 「おう」
「屁理屈捏ねて妙に坊主の耳をモフりたがる変な娘に会ったら、適度に全力でかまってやれ。 将来、その時の苦労に見合うばかりか余りある、莫大なリターンがあるからな」
 「モフる、って何だ?」
「それはその時が来れば分かる。 で、船の上で戦神に会ったら、命を棄てる覚悟の見せ所だと理解しろ」
 「こんな砂漠の外れじゃ、船も戦神もありゃしないよ」
「まぁいいから聞け坊主。 異界の、特に日本の漫画ってやつはいい教練教材になるから、数日寝ずに読み込んで、そこに載ってる技をいくつか会得しとけ」
 「漫画ってのは、武王討魔伝とどっちが面白い?」
「甲乙つけがたいな。 日本の漫画は俺たちの常識外の技術や発想に溢れてるから、楽しみにしとけ」
 「わかった!」
「次は・・・そうだな、最後の切り札が、その左目になる時が来る。 その時は臆せず前に出ろ」
 「この目は生まれてすぐに病気で潰れちゃったんだよ。 あんちゃんも似たようなもんだろ?」
「まぁその辺はおいおい分かる。 あとな、パンダとかぶちのめした後にキッツイ感じの狐っ娘と道中共にすることになるけどな、あまり邪見にするなよ」 
 「パンダって何だ?」
「パンダってのは、白黒ツートンカラーで、アホみたいにデカくてクソ凶暴な生き物だ。 亜種として、ナリは普通だが異様に態度がデカくてムカつく事この上ないのもいるぞ」
 「そんなのがいるのかー」
「次は・・・アホみたいにメシを食う金髪の狐に二度ほど会う機会があるが、二度目の延国山中で会ったら手持ちの食糧全部を全力でぶん投げて、金色夜叉ばりに蹴飛ばしてでも引き剥がせ。 ロクな目に合わんぞ」
 「メシ捨てるのはもったいないぞ、あんちゃん。 つか、こんじきやしゃって何?」
「男にはな、多少の空腹と引き換えにしてでも、守らねばならん一線、ちゅーもんがあると知れ」
 「ふ~ん・・・よくわっかんねぇけど」
「それから、どうしようもないカタブツに出会った時に物を言うのは、相手と同じ土俵に立とうとしないことと、利を説く余裕を忘れないことだ。 あとお茶漬けって食いもんは旨いぞ」
 「またわけわかんねぇ事言うなぁ、あんちゃんは」
「まだあるぞ。 奇跡の力を発現させるのに必要なのも、その左目だ。 その使い方と奇跡の担い手については、その時が来れば自然と分かる」
 「いやだから、左目は無いんだって」
「大丈夫だ、問題ない。 んで、重要な事だが、家にいる時は親孝行することが肝要だ。 坊主にも両親のありがたみが身に染みて分かる日が来る」
 「ふ~ん・・・親父は殺しても死ななそうだけど」
「そうだなぁ・・・ああ、そうだな・・・坊主のその後の人生の為に割と重要なことだが、家に帰ってきたら村長さんとこの娘さんには良くしとけ。 あとどんなに鍛えてもアイツの蹴りは絶対躱せないから、無駄なあがきは止すんだ」
 「メイレに? なんで?」
「まぁそれは今は言えん。 あとは、とりあえずいろいろ考えてみたものの、作戦名は『壱発逆転』に限る、ってことくらいか?」
 「いっぱつぎゃくてん?」
「ああそうだ。 グダグダやっても仕方がない、決める時は全戦力を以てたった一度で勝ちに行く姿勢と、全軍を背中で引っ張る力と度胸と漢気で魅せることだ」
 「そっかぁ・・・難しいことはよくわかんないけど、そういうもんなのか」
「今すぐ分かる必要はない。 最後に・・・世に在って忘れられやすくも美しくかつ欠くべからざるは、天に星、地に花、人に愛。 心に愛が無けりゃ英雄じゃない、ってこった」
 「あんちゃんの言ってることは、難しいのとわけわかんねぇことばっかりだよ・・・」
「難しい事ばっか言っちまってすまんな、坊主。 さ、そろそろクソッタレな太陽《ラー》の野郎が顔を出すころだ。 試練の精霊に捕まる前に、とっとと家に帰って目張りしな」
 「わかったよあんちゃん。 また来てくれよなぁ!」
「そうだな、運が良ければまた行くさ」

 ぶんぶか手を振り見送る主人の息子に背を向け、客人は間も無く朝白もうとする砂漠に、一人歩き出すのであった。

「・・・まぁ、無駄だったわけだが。 ああは言ったものの、覚えてなかったしな」
 煌々と照りつける太陽に照らされる中、陽炎を潜り抜けた客人が砂漠の只中に現れる。
 愛すべき家族、絶対の信頼を置く朋友達、それに多くの臣下と民が待つ、我が家に帰ろう。
 客人はひとり、今いるここが自分が居るべき時だと確信し、砂漠の中央にそびえる輝ける都を目指す。


  • 成長に合わせて試練のスケールもどんどんビッグになるディエル。ネタの小技が利いている以上にバックトゥザフューチャーがしっかりできあがっているのに感服 -- (名無しさん) 2015-06-17 00:58:00
  • 一年で一気に成長した感のあるディエルだから来年はどうなるか -- (名無しさん) 2015-06-19 22:57:34
  • 冒険と戦いの日々の中で強くなればなるほど己の命の実感が軽くなっていくような強さによる自信と心の麻痺みたいなのをちょっと感じた -- (名無しさん) 2016-12-23 22:22:48
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最終更新:2015年06月14日 22:46

*1 ドワーフのオヤジ