「ぴゅう~う…、ぴぃー…(大河ドラマ独眼竜○宗のイントロ)」
風雲急を告げる。
まさに風雲児とはカー・
ラ・ムールのためにある言葉か。
だが、今度のカー・ラ・ムールは幼すぎた。
若干1歳半のカー・ラ・ムールは自力で王都までたどり着き、自らの正当性を説いた。
あの釈迦が七歩歩いて天上天下唯我独尊と言ったといっても、その姿は赤子のままであった。
だが逆に造物主ヤハウェが世界を作るのに、たった七日で仕上げたともいう。
どんな手品を使ったにしても、1歳半で大人になったカー・ラ・ムールなど誰が信じよう。
神霊の声に応じ、精霊たちのざわめきに奮い立たされた兵士たちは、砦を離れ、導かれるように王都へ。
この時代の王都は現代のものマカダキ・ラ・ムールとは場所が違うのだが、
現在のものよりもはるかに大きく、都市としては優れていた。
いうまでもなく、このドラゴン戦争があまりにラ・ムールの国土を痛めつけ、
難民が王都になだれ込んでしまったために、新王都の建設が始まったのである。
最初は難民をこちらに移動させるつもりだったが、金がなければどうしようもなく、
王が難民に代わって移るという、あまりにお粗末な話。
それがこの時代のアルバ、マカダキ・ラ・ムールの前身である。
もっともこれも江戸と東京ぐらいに中心地なども違う別の街というのが正しいのだが。
「王都ラーナ・ラ・ムールを放棄すると?」
「難民を追い出して兵を街に入れることは出来ぬ。」
「ここアルバとて兵を入れる余裕はありません!」
「王の声に応じて集まった兵たちがルミコープ河に溢れております。
このままでは決戦の前に兵は身体を壊してしまいます。」
「難民に乱暴した兵を裁けと!」
「見逃せというのか!?」
「毎日、何人が殺され、何人が乱暴されていると思っている!!」
「この一大事に何をしているのだ。」
仮説執務室には副王カウを中心に、書記官たちが怒鳴り合っている。
育ちのいい神官たちは、すっかり小さくなっているが、しっかりと仕事は続けて貰う。
「おい、クワイエ!ここの数字は!!」
「た、ただいま!」
カウが着き返した書類、肝心な部分の数字が書かれていない。
兵がどこから何人来たのか。彼らに用意する武器や兵糧。
目の回るような数字があちこちに散乱し、書記官たちはぶつぶつと呪文のようにうめきながら机の前で計算を続ける。
「美しい数式が、正しい解答を生む!」
「数字に弱いんだよ、神官どもは!!」
「お前らは字が汚いんだよ書記官!」
「こんな言葉遣いねえよ!!」
「なんだとー!」
それに比べれば兵士たちは気楽なものであった。
「副王がいて、国王がいる。どっちが偉いんだ?」
「ばっか言え。国王が一番さ。」
「でも、あのカー・ラ・ムールはちょっと育ち過ぎてるぜ?」
「そもそも副王って制度なんて聞いたことないし…。」
「今度も信じられないよなぁ。」
言うまでもなく、これはゲオルグが亜人奴隷を操って流した情報操作である。
梟雄は一度の勝利で手を緩めていたが、それでも頭脳の冴えは、未だに衰えていない。
問題は彼の中に、ひょっとしたら神が味方する亜人に勝てるかも知れないという妄想が育っていることだった。
400年、ずっと信じて来たことが揺らぎ始めていた。
歴史上、何にでも初めては存在する。
どうして自分がそうでないと言えないだろうか?
少なくとも歴史上の全ての偉人は、自分が最初の到達者であることを自覚して来たハズではないか。
それでなくともゲオルグの知略は各国に恐れられた。
だが、彼の強さを恐れた者がいるだろうか?
未だ亜人たちは、彼よりも神を信じているし、彼は神に敗れると考えていた。
しかし而して、黒い長角のゲオルグは、今は
イストモスに居た。
当時のイストモスには大帝が坐(おわ)した。
イストモスの大帝(大ハーン)はイストモスの全ての人馬族の族長、ハーンの頂点にあり、
その威光はドラゴンの一部族長に過ぎないゲオルグを遥かに凌いでいる。
ゲオルグは大ハンの謁見に際し、それなりの貢物を携えて馳せ参じた。
理由は、国情が落ち着かず、国境の守りも不確かなラ・ムールを彼に攻撃させるためである。
「恐れながら大ハン。ゲオルグは亜人の敵!」
「それに味方するなど!!」
連日、忠実無比な狗人たちは主人の猟奇に逸る心を諌めようと必死であった。
相手は悪魔の弁舌をもてあそぶ梟雄である。
彼にかかればどんな賢人も毒を飲み、優れた王も暗君となる。
彼の肉体以上に、彼の悪魔の頭脳こそ、ジョージ一族の最強の武器である以上、
それが大ハンに差し向けられることは避けねばならぬ。
これは謁見などではない。
武器を持った盗人が、自分の家の主に刃を突き立てようとしているのと、なんら変わらないのである。
「大ハン!」
「陛下、どうか!どうか臣めらの言葉にお答えくださいますよう!!」
「大帝!大帝陛下!!」
狗人たちの忠告もむなしく、この数日、客人として留め置かれていたゲオルグに、
大帝が御会いになるという聖旨を伝える使者が現れた。
「ゲオルグ公に置かれましては、公より頂戴した宝の見事なること、陛下もお喜びになり。
公の望みをかなえ、御目通りなさるとのお達しであります。」
「それは。この老人の願いを聞き入れてくださるとは。恐悦至極。」
使者である人馬は堂々とした態度でゲオルグの前を辞した。
その使者の態度が、大帝がこの件に関しては前向きであるという証であろう。
「チャールズ君。この借りは…。」
「ははは。公の仰せとあれば、幾らでもお貸ししますよ。」
黄金王。ブラックウォーターの水源。死の大商人。
ドラゴン部族の一派、チャールズ一族の長、黄金の指のチャールズである。
「いや、返すことは出来ぬのだよ。」
老いたドラゴンの返答に、チャールズの顔色が蒼白となる。
「君は少しばかり、稼ぎ過ぎた。」
「御冗談を。」
「君の友人たちが、君は一族を自分だけが儲けるための道具にしておるように思っているのだ。
知らなかったかね?」
「…金なら払う。」
「悪いが、ワシは約束は必ず守ることに決めているのだ。」
様子を遠目で伺っていた
ノームたちが思わず目を背けた。
彼らは黄金の指のチャールズに不満を持つチャールズたちの使用人で、主の命令を受け、見届け人として派遣された。
彼らはチャールズ一族の使用人であり、彼らの主はジョージ一族のように、殺し合いはしない。
それ故に、このような残虐な場面はとても見届けられそうもなかった。
体格はほぼ同じ。
相手の方が若いにもかかわらずゲオルグは、苦も無くチャールズをバラバラにした。
無論、力の勝負ではなく、経験の差だ。これがシンすらも退けた戦いの年季である。
「お前たち。」
見届け人たちを呼びつけたゲオルグは、優しい声色で語るのだった。
「お前たちの主は、お前たちの族長を裏切ったように、いずれは他のドラゴンによって裏切られよう。
チャールズ一族とは、そういう呪われた一族なのだ。心するがいい。」
それは悪魔の声だった。
ノームたちはその考えにすっかりと染め上げられていた。
今の主を裏切って、他の主に取り入らねば!
逃げる様に
クルスベルグまで急ぎ帰るノームたちを見送りながらゲオルグは、やはり神のように微笑んだ。
それは優しく、穏やかで、慈悲すら感じられる。その眼光の冷たさを除いては。
謁見場所は、相手の都合上、屋外と言うことになった。
ゲオルグが入れるような建物は、イストモスにはないのである。
「陛下は面を上げてよい、と仰せです!」
謁見に際し、ゲオルグと大帝は平原の両端まで離れた。
そのために大帝の言葉は狗人の家臣がゲオルグの目の前まで走って伝え、ゲオルグは自分の声で応えた。
その光景にゲオルグの部下たち、一族の宿老たちは口の端を歪めたが、狗人たちにしてみれば必死だった。
何があっても、あの怪物を主人に近づけてはならない。
だが一人、また一人と足がもつれて倒れてしまう。
それでも、なお立ち上がろうとするのでドラゴンたちは我慢できない。
「面白すぎる!」
「こ、これをラ・ムールの連中に見せてやればよい!」
「きっと笑い過ぎて戦にならぬぞぉ!!」
ドラゴンたちの嘲りを見て、狗人たちは真っ赤になった。
握り拳を固め、必死に抑えた。
しかし大帝の堪忍袋も限界に達した。
その言葉を耳にして、狗人は血の気を失った。
だが、主の命令に背くことは絶対に許されないのが狗人というものの本能である。
「ゲオルグ公、陛下が…!」
何人目かの、随分と走り周って汗だくの家臣が、老いたドラゴンの前で震えながら言葉を繋ぐ。
対するゲオルグは、というか最初から大帝の口の動きで、おおよその内容を理解しているので静かなものだ。
「…近こう寄れ、と。」
もう殆ど狗人たちは、勝ち目のない相手に飛びつきそうな形相だった。
だがゲオルグは鎖に繋がれた犬どもを見下ろしながら、翼を広げて見せる。
「宜しいかな?」
ゲオルグが大帝に呼び掛けると、大帝は右手で老いたドラゴンを呼び寄せる様に招いた。
次の瞬間、ゲオルグは空の一部となって、すすっと平原を横断し、大帝の眼前に降り立った。
だが位置が近すぎる。
これには近衛騎士たちさえ、大帝の許しなく、ここまで接近するとは、と混乱した。
顔には出さないものの、大帝も驚いている。
「申し訳ない。どうも亜人の感覚は分かりませんでな。」
ゲオルグはうやうやしい態度だが、完全に亜人をなめきっている。
やはりカー・ラ・ムールを破ったという思い込みが遅効性の毒のように彼に回り始めている。
「ラ・ムールと貴国の衝突地帯、百人隊長平原(プレーン・オブ・センチュリオン)。
力づくで奪い取って。私と陛下で、二つに分けましょうぞ。」
そういうとゲオルグは握り拳を二つ、胸の前で並べ、一方を大帝の方へ突き出し、一方を自分の胸に押し当てた。
これは嘘だ。
ラ・ムールとイストモスの間に所領など要らない。
そんなところにドラゴンたちが住めるハズがない。全ては大帝を本気にする嘘だった。
こちらが何も野心がないように見せれば、かえって不自然に思われる。
あえて手に入れても意味のない土地を欲しがって見せることで、自分を愚物に見せたのだ。
誰しも行動に裏がある。その裏があるように見せること。
行動の裏にある欲望を広げて見せてやることで、大帝の意識を誘導する。
大帝もゲオルグが流浪の民の長と見くびっている。
家もない乞食の盗人集団が、家を求めているというならば、その夢想を叶えてやろうではないか。
後からこの爺を追い出せば、念願かなってラ・ムールの領土を切り取ることも叶う。
「ラ・ムールに攻め入るぞ!!」
大帝の勅命により、イストモスは大軍を編制してラ・ムール攻撃を企てた。
戦費は全てチャールズ一族が貸し付け、まさに上げ膳据え膳でイストモスは出陣した。
「なんという装備!」
恐らく建国以来、ここまで重装騎兵が揃ったことがあったろうか?
「見事な弓!」
弓騎兵たちも、これまでに手にしたことのない素晴らしい弓を与えられた。
「大帝陛下万歳!」
「大帝陛下万歳!」
「大帝陛下万歳!」
万雷の拍手にも似た騎士たちの万歳三唱に、大帝も手を振って答える。
そして近衛騎士長が大帝に代わって騎士たちに号令を発した。
「これより、建国以来の敵である憎きラ・ムールを征誅する。大帝陛下の号令のもと、全ての敵兵を
その蹄鉄の威力をもってにじり潰し、奴らの国家を破壊し、その歴史に痛烈なる一撃を与えるのだ。
…ウラーッ!」
「ウラー!」
「ウラーッ!」
「ウラーッ!!」
「ウーゥラァー!!」
「馬鹿丸出しですな。」
「馬だからな。」
ドラゴンの宿老たちは神のように人馬たちを嘲笑しながら見下ろした。
だが、ゲオルグの眼は笑ってなどいない。ここまで来て酒の酔いが冷めて来た。
実際にイストモス軍の大軍を前にして、これが自分たちを追い回す敵となった場合、どうすればいい?
想像以上の数だ。チャールズ一族に戦費を融通させたのもやり過ぎた。
これは…。
「族長?」
宿老たちのうちの一人が、顔色の変わったゲオルグに気付いた。
「ラ・ムールも全軍を招集したと言ったな?」
「はい。…性懲りもなく本物の王が現れたなどと。」
「なんだと!!」
鋭い曲線を描いてゲオルグの長い尻尾が宿老の首を締め上げて引き寄せる。
その様子に気付いたイストモス騎士たちが指を指して顔を向けたが、見てはならないものを見たように顔を伏せた。
「知らぬぞ。そのような情報は。」
「がぁ。噂ですぅ~!!」
「…倅は何をしておる!!」
ゲオルグの問いに、全員が顔を背ける。
五つ首のジョージから、全く報告が来なくなっているのだ。
「暗い目め、あれも成長したと思っておったが、所詮はバカばかりの我が一族の愚物に過ぎなかったわ!
なにゆえ新王が即位したという情報をワシに伝えなんだ!?」
「そ、その…。」
宿老たちとしては族長が次期族長の五つ首のジョージを低く評価していることを知っている。
今度の失敗も、暗い目のジョージが派遣されたことで上手くいけば、族長に伝えなくてもいいと思ったのだ。
「…真偽は知れぬが、そのような情報でもワシに伝えるのだ。」
「はい、族長。」
イストモス騎士たちは横目でその様子を見ながら、ゲオルグが部下を放したのを見て、ほっとした。
ドラゴンは共食いすると聞いていたからだ。
できれば晴れの出陣式で血を見たくない。
だが胸をなで下ろしていると若い騎士がいう。
「いやぁ、迫力あるなぁ。」
「私、あれと戦いたいなぁ。」
「猫より面白そうだよな。」
暢気な部下たちに、この集団の隊長らしい騎士が小声でがなった。
「お前たち、弁えんか!」
隊長の声に、若い騎士たちは顔を正面に向かて、胸を張った。
「一番槍は俺だからな。」
隊長がニヤリとしながらそういうと、騎士たちはドラゴンには分からないだろうと後ろ足でカツンと石畳を蹴った。
ゲオルグごときの罠にかかり領土欲に釣られて、困難な状況にあるラ・ムールを攻めるなど、あってはならない。
それに加えて、ミズハミシマは先の戦いで大勢がドラゴンに殺されているのだ。
いくら戦略の一部とはいえ、手を組むなど許せるものではない。
しかし同じぐらいに二度とドラゴンと戦いたくないという者も多い。
まして、また他国を救うためにどうして自分たちが血を流す必要があるというのか。
「乙姫は何を考えているのか!援軍は反対だ!!」
「ドラゴンに立ち向かうどころか、ドラゴンと手を結ぶ国など許せない!」
「ミズハミシマは世界の警察ではなーい!」
「無関心は、直接手を出すより卑劣だ。ラ・ムールに手を課そう!」
「戦いたければ龍神様だけでしてくださいよーッ!」
国民の意見は真っ二つだった。
だがここは共和制でも民主制でもない。乙姫が元首であり、彼女が決断するべき問題なのだ。
彼女はイストモス大帝のことを考えた。
彼がどの程度、本気なのかで戦争の激しさは変わるだろう。
そして意見保留のまま、イストモスの兵力を見て愕然となった。
空前絶後の大軍。これがラ・ムールに押し寄せれば、きっと大勢の人が苦しむだろう。
だが、そこに夫である龍神を送り込むことは、果たして正しいのだろうか。
ゲオルグは策略家であり、数々の策謀を操る。
だがドラゴンの戦いは生きるための糧を得ることであり、そこに一部の正義が認められる。
だが大帝に正義はない。
彼にあるのは野心だ。でなければラ・ムールを攻めるなど、決断するはずがない。
こうして再び龍神を乙姫は見送った。
これに従うミズハミシマ軍も、こうなったら意地である。
向こうでは嘘か誠か、新しい王が四苦八苦しながらも大軍を編制し、同じようにイストモスに抗するという。
今度は遠い異国で骸をさらすことになるだろうが、既知世界の明日のため、ドラゴンを討つために、
今再び亜人国家が手を結ばねばならない。
さて、ここで臍(ほぞ)を噛む思いをしていた国があった。
ドニー・ドニーである。彼らはこの戦争に手出しできなかった。
もはや世界経済を牛耳り、金融界を動かすチャールズ一族がジョージ一族と行動を共にする以上、
海運国家である彼らは出資者に従わねばならない。
まず造船は莫大な利益が出るが、船が出来るまでは材料も人手も相当な資金が必要になる。
これを調達するにはチャールズ一族の潤沢な資金から融通して貰うしかない。
次に海運。これも商品が着くまでは倉庫代や船員にも給金がかかる上に、死人が出れば保険金も必要になる。
やはりどうあっても大銀行の融資課長が「土下座してください船長ぉぉぉ!」と言って来る。
もともと資源の無い国が、命を懸けて危険な仕事をやる見返りに大きく稼ぐという方式の国である。
無論、国内にも銀行はあるが、チャールズ一族は世界中の通貨の両替や金塊の貯蓄など、規模が違い過ぎる。
世界企業と一地方の企業では体力が違い過ぎる訳だ。
勿論、チャールズ一族も下らない戦争のために儲け話をふいにはしたくない。
だから面と向かってジョージ一族に敵対するなとは言わない。
「なら、土下座しろぉぉぉぉ!!」
「このスーパー貧乏人がぁぁぁ!!」
「このスーパー金持ちであるチャールズに逆らうとスーパー貧乏人がもっと貧乏になるぞぉぉぉ!!」
「北海で蟹でも獲ってくるか鬼どもぉぉぉ!!」
後に力こそが全て、これを国是してきたはずのドニー・ドニーの国王にも、
金融や経済に強い人物が立ったのも、このためである。
この時代のドニー・ドニーを支配するチャールズ一族の海賊王ガルカド記念銀行の頭取、
地獄の融資課長、ミスター土下座強要鬼、海賊の生き血をすする悪魔龍…、吹き荒ぶ雪風のチャールズである。
「冗談じゃない。払えなかった利子以上のもので、返してもらいますよ…?」
「お前たちは借りた金も返せない最低の豚どもだなぁ!」
「ほー!こんな返済計画が認可されると思ったのかー!?」
「ああ、いいぞ訴えろ。裁判で勝負するか、この豚鼻ぁ!?」
雪風のチャールズはその名の通り、彼を前にした
オークたちも凍り付くような冷酷な守銭奴である。
おまけに頭が12本あって、それぞれが同時に顧客を叩きまくる。
もしクリスマスがあったら三人の精霊に過去とか現在とか未来とか見せられて改心するか、
ここがベニスなら今頃、裁判で大負けして身ぐるみ剥がれて追い出されるところである。
「戦艦ヤーマトでも作るつもりなんですか、この金額はぁ?」
今日も毒舌が炸裂するが、相手は全く動じない。
「貸してください。」
「担保もないようなヤツに貸せるかぁ!?」
相手は若い娘だ。何をトチ狂ったのかとんでもない金額を書き込んでやがる。
そのくせ、使用人の
ゴブリンどもが揉み手をして通して来た。本来の融資課長まで絶対に貸せという。
「頭取、どうかこの方にお金を貸してください。」
「悪いがこんな小娘の話に着き合ってやる時間はない。」
雪風のチャールズの頭の一つがぐぐっと近寄って来てゴブリンたちを威圧する。
「土下座すればいいんでしょ?」
工員たちとチャールズが睨み合っていると、若い娘は椅子から立ち上がってチャールズの前に進み出る。
そして膝をついて、その場で正座した。
「何の真似だぁ?」
「時間の無駄だと言ってるだろぉ!?」
「早くつまみ出せ!」
「このスーパー貧乏人がぁ!スーパー金持ちの私の貴重な時間を無駄にするんじゃない!!」
「社会の貢献しろ、このカス!!」
「××××!!」
いよいよこの頭取室に12本あるチャールズの頭が集合しつつある。
他の頭が伸びていった部屋で応対している客は、次々に帰って話が済んだようだ。
「お前がそうやっている間に、私はお前ら亜人の生涯収入並みの金を稼いでいるんだ!
いいか、お前らのような下等生物にはわから…!!」
「頭取!」
「頭取、ほんの僅かな金額ではありませんか!」
「そ、そうです!ほら、こんな金額…!!」
確かに、自分の稼ぐ金を考えれば、付き合ってやっている時間の方がおしい。
それにしてもこいつらが、この小娘を追い返せばいいだけの話だ。
その気になればこんな連中はドラゴンブレスで一発だが、これでも貴重な部下だ。
育てるのに彼なりに情熱を注ぎ、時間をかけ、金も費やした。
いわば彼らは金では買えない自分の体の一部のようなものだ。
もし海賊たちに迫られれば、12本ある首と交換しても全く惜しくない。
「いいだろう。じゃあ、土下座して貰おうか?」
残酷な笑みを浮かべるチャールズの言葉に従って、若い娘は深々と頭を下した。
その体勢のまま、じっと堪える女。だが、チャールズは一言もない。
「何だ。何を待っているんだ?」
チャールズはそういって、なおも相手を挑発する。
人が見れば咎める場面だが、彼女が借りる金額を考えれば、この程度の嫌がらせは誰もが納得できる金額だった。
「と、頭取…!」
相変わらず青い顔をしたゴブリンたちがしわくちゃの顔を汗で濡らしている。
そうというのも工員たちは知っている。これから何が始まるのか。
「お金を貸してください。」
抑揚のない女の声が返ってくるが、相手の返事はない。
その間に、チャールズの12本の頭は用意が整った。
これも太古のドラゴンが備えた能力のひとつだが、今では数えるほどの者しか扱えない。
普段は身体を動かさないチャールズには似つかわしくない戦闘向けの能力である。
それをこの男は好んでこの部屋で使って来た。
突如、背中に落ちるチャールズの唾液の滴が女を焼く。
驚くべきことに声は出さなかったが、一瞬体が大きく震えた。
ドラゴンの唾液。これは毒蛇のように毒性を与えることができる。
自らの血液と胃の消化液から生成されるこの猛毒は、いかなる方法をもっても解毒不可能である。
まずドラゴンに噛まれるという事態が即死する可能性が極めて高いことを排除する。
その上でこの技は訓練すれば、チャールズのように口から一定量を垂れ流し、
自由に吐き出すことも出来る様になり、井戸に落とせば街一つを穢土と化すこともできる。
何より毒性の強さは勿論、いうまでもなく量が問題で、体内に入れば助かりようはない。
しかしドラゴンの口内で希釈することで、全身をムカデに刺される程度に抑えることも可能だ。
さあ、見る間に女の肌は真っ赤に晴れ上がった。
全身を火で煽られるよりも辛い。しかも癒す薬はない。
「聞こえませんね。」
残り11本の首が、たっぷりと口の中に毒水を溜めこんで待っている。
頭取がこれを何本目まで使うのか、それは気分次第だが、耐え切った者はいない。
「くっくっく。何なら止めますか、土下座?」
「貸してくだ…ッ!!!」
女の返事を待たずにチャールズの毒水が落ちる。
今度の毒水は最初のものより量が少ない。つまり、濃度は高いことを意味する。
しかも強力な出血毒で、血が体中の穴からゆっくりと流れ出て来た。
3本目、4本目、5本目、6本目、7本目、8本目、9本目、10本目、11本目、12本目。
全ての口腹に蓄えられたチャールズの毒水が放れた。
もう部屋の中には、人間が入っているべきではない状態になっている。
気化する気体を吸い込んだだけでも病院入りは確実という段階だ。
「よく堪えた。よく堪えたよ。」
すっかり女は原型を留めていない。
蛇毒はさっき触れたとおり、胃液も交じっている。捕食した相手を食べやすくする工夫だ。
それに胃液であれば、間違って自分が飲みこんでも害は少ない。
だが当然、胃液には肉を溶かし、成分を分解する酵素が含まれている。
そんなものをポタポタと落とされれば、皮膚は爛れ、真皮を貫き、筋肉質まで溶かし崩す。
それでも女は土下座の体勢を保ち続けている。
「お金を貸してください。」
「認可する。」
チャールズの返事よりも早くゴブリンたちは判を着くと、専用の作業服を着たオウガたちに女を運び出させる。
「治療を!」
神に祈るようにゴブリンは主に顔を向けた。
この銀行内で、主の許可なく動くことは許されない。
「…してやれ。」
それだけ答えるとチャールズの11本の頭が、それぞれの穴を潜って、また顧客の待つ部屋へ向かう。
残った首が部下たちを冷たい眼光で睨みつけている。
「神が相手ならゴリ押しでも、融資を認可すると思ったか?」
「いえ。」
そう短く答えると、ゴブリンたちはそそくさと自分の職場に帰っていく。
いつまでも固まっていていいほど、彼らはヒマではない。
残ったチャールズも仕事を黙々と再開する。
全く、あれだけの金を回収できそうもない連中に、またくれてやってしまった。
他の使い方をすれば、もっとこの国をよくすることも出来るのに。
何も意地悪したいばかりに、この短気でお人好しな連中につらく当たっている訳ではない。
だがドニー・ドニーは一部のゴブリンどもを除けば、ほとんどが楽天的に一発稼ごうという者が多い。
おまけに隙あらば踏み倒そうという連中もゴロゴロいる。
自分はドニー・ドニーの住民でもないし、好かれている訳でもない。
こっちもあんな連中は嫌いだし、どうなっても構わない。
ただ自分の仕事に誠実にありたい。それがただの知恵を持った怪物から半歩、自分を進ませている。
それがこのドラゴンの考え方である。
ああ、だが愛すべき馬鹿どもよ。
海賊たちは鉄火場を求めていく。
残した家族に見舞金を振る舞ってしまえば、その後は死出の旅に出ることも散歩のように軽やかに。
「船を出せー!」
「旦那は妹に、妻は弟にでも慰めさせておけ!お前たちは戦争をするのだ!!」
「もう今度はミズハミシマの連中に後れを取るなよ!
奴らが百人隊長平原に上陸する頃にはイストモスの大騎士軍も、ドラゴン共も墓の中!!」
「船長は俺だ~!」
「誰もお前を船長に選んじゃいねえ!!」
ガルカド記念銀行の頭取室の窓からも、イカレた海の男たちの馬鹿騒ぎが見える。
失礼、女もいた。
「お前ら、金返せー!」
チャールズの頭の一つが海賊たちに怒鳴る。
一斉に男たちの罵詈雑言と酒瓶やら鉄砲の弾が銀行の壁に撃ち込まれてくる。
「おい船長、スーパー貧乏人どもの船から遠ざけろ!」
「はい、頭取。」
首を出したチャールズの命令で、3人のオウガの操舵手たちが、自分達より大きな巨大舵を切った。
ゆっくりとドラゴンが乗り込めるほどの超巨大戦列船が、海賊たちのガレー船団から離れていく。
戦列船が離れる前に桟橋を渡ったさっきの土下座女は、包帯だらけで味方の船に乗船した。
流石に息も荒く、足元はおぼつかないが、海の上ならどんな時でも絶好調だ。
「…いいか。お前ら、負けたら承知しねえ。」
「うっす!」
海賊たちの歯切れのいい返事。
「で、たまにはあいつに金を返すんだぞ。」
「…。」
返事なし。
百人隊長平原(プレーン・オブ・センチュリオン)。
イストモスとラ・ムールの国境が接し、ここからクルスベルグの大山脈が途切れ、平野が大きく広がっている。
ご存知の通り今は、すなわち、ここから480年後の現在ではイストモス領となっている。
ただし、そんなものは後、100年もすればどうなっているか知らん。
今の平和が永久に続く保証など、どこにも、誰にも出来ないからだ。
ミズハミシマ軍の援軍を率いる、蛇人(ボアマン)の将軍、ヒヒコのナシマがラ・ムール軍の本陣に姿を見せた。
「うわ!」
あろうことか失礼にも、シンは大声をあげて後ずさった。
爬虫類が好きな女の子はいないというが、あんまりである。
「へ、陛下!」
お調子者の副王カウが額に汗して将軍に詫びようと席を立つが、ナシマが右手を差し出して制する。
仮にも一国の国王が、今は二人いるが、他国の将軍に頭を下げさせてはいけない。
「ヒヒコのナシマと申す。」
ひょろんと伸びた頭がお辞儀をする。
そのままナシマは礼法に乗っ取り、王の許し終えるまで「控え」の体勢を保った。
「どうぞ。」
副王カウの目線を感じ、許しを与えたのは正王であるシンだった。
「国王陛下、副王陛下。両陛下、此度は乙姫様が先の約束を守ると。
ミミナリ島では、我が軍が情けなくも大敗。それで貴国に助勢も出来ず、なんと申し訳が立ちません。」
ナシマは長い首の先の頭をしわくちゃにさせて、怒りに震える唇で言葉を繋いだ。
先の大敗はミズハミシマにとっても痛恨だったのだ。
「そんなことはありません。国家を超えた貴国の友誼。
このカウ、乙姫様にはなんとお礼申し上げてよいか。亜人国家の友情を、ドラゴンたちに見せましょうぞ。」
今のカウの姿をパウをはじめ、死んだ将軍たちが見たら噴飯ものだろう。
すっかり一国の元首としての振る舞いが板についている。
「おお。龍神様も両陛下にお味方するとの由。
されど御封地より、遠く離れた遠国なれば、龍神様は本来のお姿を現しにはなられません。
しかしせめてカー・ラ・ムールに御目も…。」
「ごめん。」
ここでシンがナシマの言葉を遮った。
「御無礼仕った!」
反射的にナシマが頭を下げると、シンは慌てて立ち上がった。
「ご、ごめん!
な、なんていうか。普通にしゃべってよ。良く分からないから!!」
実は歴代カーも皆、酷い訛りの上に半分以上は古典語を話しているので、意思の疎通もできなかった。
幸い頭の良いカーが通訳を務めてくれたが、基本的にカーたちの半数以上が田舎者である。
そんな中で育ったので、シンはとてつもない訛り方をしている。
「さ、左様で?」
ナシマは困ってしまった。
彼にとっては普通にしゃべっているつもりである。
むしろシンの言葉が聞き取れない。
「りゅ、龍神様はシン陛下に挨拶したいっていってますよ。」
ナシマはなんとか下級兵士たちの言い様を思い出しながら、出来る限り砕けた言葉使いで話し始めた。
ようやく合点がいったらしいシンの口から大暴投。
「ごめん。神様とか見えないんだ。」
「ははははは!」
ナシマは爆笑する。
良く分からないが副王カウも追従する。
しばらく笑い続けて、ナシマは真剣に訊ねて来た。
「今のはラ・ムールのジョークではないようですね。」
「そ、その通りです。」
副王カウが青くなりながらナシマに答える。
ナシマはまずいことを聞いたと焦ったが、ともかく話を進めねばと口を開いた。
「此度の戦、我が軍は私が指揮します。
何か事前に作戦があれば伺います。」
「それですが…。」
早速、立ち上がったカウが地図の上の駒を指差して、何やら意見を伝えているが、ナシマは眼を丸くしている。
「それは無理です。」
ナシマがきっぱり言うとカウは真っ青になった。
「そのような攻撃はあり得ません。」
ナシマはカウは将軍だと聞いていた。当然だが、実戦では指揮したことがないことは知らない。
この男、元は未踏破地帯から渡って来た蛮族の末裔で、ミズハミシマでは陸戦を指揮する武人の家系。
よもや自国が海洋国家だからといって、悪い冗談ではと首をかしげる。
「さすれば…。」
今度はナシマが駒を掴むと地図の上で配置を換え、あれこれと作戦を説明する。
カウは数式があれこれと反論するが、戦は数の問題ではないなどと反論されるばかりだ。
「そこはこうだって。」
突然、話に割って入るのはシンである。
実戦はともかく盤上での話であれば歴代カーから訓練済みだ。
シンはその全員と盤上で激しく戦い、意見が別れればリアルファイトで決着を着け、
歴代カーが統治する架空国家を全て撃破して、戦略においての合格を貰ったほどである。
ただ「俺がカーなんちゃらと戦ってる隙に、酷い奴だ。」とか
「カーなんちゃらが同盟を結んでくれないからだ!」とか残ったカー同士で一番弱いカーを決める大会が始まった。
「なんだ、そのざまは!カー・ラ・ムール失格だぁ!」
「貴方がカー・ラ・ムールになったのは間違いだったわね!」
結果、カー・ハグレッキが一番弱いカーと言うことになった。
理由は本人に人気があるせいで嫉妬したカーたちが連合を組んで集中攻撃してくるせいである。
ともかく、シンは授けられた戦術、軍略を地図上に広げて見せる。
「いや、そこは…。」
「で、ここでドーン!」
「ならば…。」
「さらにドーン!!」
ナシマとシンが考えること1時間あまり。
全軍に戦略が示された。
相対するイストモス軍とドラゴンたちが反対側に布陣を開始した。
ゲオルグはその中にいるものの、確実に前線には出てこないつもりだろう。
だが、もうそれでいい。
奴を直接殺せない以上、もはや彼の一族を徹底的に叩き、彼の勢力を削ぎ落とさなければならない。
「大ハン。」
美しい女の人馬たちが戦場に赴く夫、大帝を見送りにやってきた。
大帝は妃たち、一人ひとりと愛おしそうに抱き合うと、言葉を交わし、彼女らを後方へ帰させた。
ドラゴンたちは他にも妻ある者、夫や子供ある人馬たちが出陣の直前まで家族と話すのを見て首を傾げた。
いったいこいつらは何をしてやがる?
「あれはなんだ。」
「あれよ、亜人のつがいよ。」
「亜人どものすることは分からぬ。」
同じように見ていた五つ首のジョージが口を開いた。
「別にあっちのは戦わぬのなら、腹も空いたし食ってやろうか。」
「…。」
族長と宿老たちの目線を気にするドラゴンたちは、目を合わさないように頭を下げた。
五つ首のジョージも父親の無言の圧力を感じたのか、しどろもどろになった。
だが内心では、あれから何日も経っているのに、どうしていつまでも…。
などと全く反省していない。
逆に、この状況に危機感を抱く者、盲目公がただひとりきり。
彼は亜人の軍略など解せぬ。
のちの盲目公ならばともかく、今はまだ若いドラゴン、ブラインド・ジョージに過ぎない。
まして亜人軍などというものを深く洞察したことはない。
だが今日は自分たちだけではない。
イストモス軍も戦うのだ。彼らとの共同を、どうするつもりなのか。
もしや、いざとなれば彼らごとドラゴンブレスで焼き払ってしまうつもりか?
そうなれば、いよいよ亜人たちは手を結んでドラゴンを根絶やしにするだろう。
今日明日にもそれが悲惨な結果にならないとしても、400年後は分からない。
自分が生まれた頃に、祖父はドラゴンが共同して戦うという常識を破る事業を達成した。
自分が死ぬまでには亜人たちがドラゴンを地の果てまで追い回すような事態になっていてもおかしくはない。
そもそもなぜ、イストモスをけしかける必要があった?
そこまで亜人たちに勝つことに拘ってしまったのか、祖父は。
いや、勝てると思ったから始めたのだろう。
神の力を分け与えられた亜人王など、思ったほどのことはなかったのだと。
それが真実であれば良いが。でなければ。
考えにふけっていると、人馬たちが何やら騒がしい。
しきりに蹄で地面を蹴り、自分の槍を、自分の盾に打ち付け、どうやら歌っている。
中には本当に踊っているらしい狗人や、楽器まで持ち出す始末。
さすがにドラゴンたちは笑いごとではない。唖然だ。
ラ・ムール側も同じだろうか。盲目公が目を向けてやると、あっちでも何が始まった。
「あいや、いざ!あいや、いざ!!」
魚人の兵士が弓を片手に踊り始めている。
自分がミズハミシマを攻撃した時は奇襲だったため、あんな踊りはやっていなかった。
何もせずに突っ立ってるのは猫人の兵士とドラゴンたちぐらいで、後は踊ったり歌ったりしている。
なんだこれは。これはゲームか。これは遊びか。
しばらくして、ひとしきりに馬鹿騒ぎが済むと使者が進み出て、互いの勇戦を誓う儀式が始まった。
今回、ドラゴンたちはお呼びがかからなかったため、イストモス軍からのみである。
対する敵軍からはラ・ムール軍とミズハミシマ軍の使者が進み出る。
両者は戦場のほぼ中央で停止すると、互いに口上を述べた。
「カー・ラ・ムールにお伝えください。この剣で存分に戦われよ。」
狗人の従士を引き連れた、凛々しい人馬の騎士が礼法に乗っ取り、剣を差し出す。
「ども。」
ラ・ムール兵の素っ気ない態度に、騎士はむむっとなった。
逆にラ・ムール側の使者も向上を始める。
「よくも攻めてきやがったな、ぶっ飛ばす。とカー・ラ・ムールの仰せだ。」
獅子の猫人はそういうと、一歩下がってミズハミシマの使者に場を譲った。
代わって出て来たミズハミシマ軍の使者は二人いて、なんというかどっちも物凄い格好をしている。
「かーしぃこみー、かぁーしぃこみ申ーす。
やあ、やあ、我こそは…。」
まず鯱鉾張ったイカの魚人が、妙なイントネーションで口上を読み上げるが、異常に長い。
それが済むと次はトカゲの鱗人が出て来て、今度は。
「力こそパワー!正義こそジャスティス!!
ステイツのパワーの前に、ユーたちはダイソウスーン!!
オウ、オトヒメ!!センキュー!!イエア!!」
もう何が何やらわからない。
「ミズ・ハミ・シマ!ミズ・ハミ・シマ!!」
カメやイモリ、トカゲの鱗人や、竜人たちが一定のリズムで自国の名称を連呼している。
ひょっとしたら自国の偉大さを賛美しているのだろうか?
それをさっきからゲオルグはムシケラでも見る様に憮然としている。
だが、そのイストモス軍の大帝は異国の口上に満足気味だ。何が嬉しいんだろう。
盲目公は呆れたものか、亜人たちの文化の多様性に驚くべきかと苦笑いした。
やがてイストモス軍では整列する騎士たちが剣を抜き放って前に突き出す。
すると何人かの将校が、陣の前を早駆けで通り過ぎながら、自分の剣で最前列の騎士たちと剣を撃ち合わせる。
そして全員が、何やら同じ文句を唱え始めた。
「騎士として、栄光ある先祖の列にならばんと欲する兄弟たちよ。
その矛先に大帝陛下の名誉にかけ、建国の父と星神の恩寵のため、共に栄えならん。」
一方、ラ・ムール軍は口汚く罵ってくるばかりで、なんというか集団行動はしてこない。
ミズハミシマ軍は、ずっと自国の名称を連呼し続けている。
またしばらくのち、呪文を唱え終わったのか騎士たちは息を整えた。
そして。
「大帝陛下万歳、三唱!!」
「大帝陛下万歳!」
「大帝陛下万歳!」
「大帝陛下万歳!」
一斉に声をあげる人馬と狗人たち。
それに負けじとラ・ムール軍とミズハミシマ軍も声をあげる。
「神の御名を讃えよ!!」
「出てくる敵は皆、皆、殺せ!出てくる敵は皆、皆、殺せ!!」
蛮声が戦場を駆け巡り、その後でしんと静まり返った。
『付録』
「海賊王ガルカド記念銀行」
この時代に存在したドニー・ドニー最大の海賊団にして、最大の銀行。
保険と為替と両替で財をなし、チャールズ一族の運営する銀行の中でも大きな勢力をなした。
なお本人たちは海賊であるとは認めていない。
船長、というか頭取がドラゴンなので寒いのが苦手という理由から、完全武装の超巨大戦列艦に乗り込んでいる。
他の海賊がバイキングなのに、なんでお前らだけパイレーツなんだよというツッコミ待ち。
「雪風のチャールズ」
地獄の融資課長、ミスター土下座強要鬼、海賊の生き血をすする悪魔龍、吹き荒ぶ雪風のチャールズなどの異名を取る。
12本の頭を持ち、体内で毒液を生成する能力を持つ、数少ないドラゴン。
海賊王ガルカド記念銀行の頭取であり、ドニー・ドニーの海賊たちは船長と呼ぶ。
だが本人は海賊ごっこに着き合うつもりはないといっている。
「エリザベス」
雪風のチャールズに毒水を吐きかけられ、全身に包帯を巻いている謎の女海賊。
「ドラクール」
”ドラゴンの子”という意味になる、ドラゴンの血を飲んだ人間。
言うまでもなくドラゴンの身体を傷つけることが至難であり、その体現者は少ない。
神に最も近い存在といわれたドラゴンの血には、かつて神を傷つけ、血を奪ったと仄めかされる神呪の効能がある。
まず万病を治し、身体能力の向上、変若、いわゆる若返り、長寿などの効能があるとされるが不明。
反面、ドラゴンと同じく精霊の声や姿が見えなくなり、気配なども感知できなくなる。
加えて血を流した元の主とは一種の従属関係が結ばれ、傷つけることは出来なくなるとされる。
- 口上みたいなテンポの良さ。思ってたよりも色んな国が絡んできて頭の中であれこれ並べながら読むのが楽しい -- (名無しさん) 2015-07-26 07:42:58
最終更新:2015年07月26日 07:41