『お前もかッ!!』
声の大きさは意思の大きさでもある。 私の声はさぞ大きいのだろう。
しかし周囲の空気は微塵とも揺れず、足元の小鳥はこちらを見上げて囀っている。
どうしたことか?目覚めてから記憶が端から霧散していくような感覚を防ぐことができない。
まるで寝起きすぐに夢を思い出そうとしても無理な状況の様。
加速していく今に頭の中が焼き尽くされたかのように、抵抗する間もなく全てを失った。
途方に暮れたまま空を見上げ一歩二歩前に進んだがどうにも足が重い。いや、歩調が狭いのか?
疲れ果てているのだろう、口惜しいが今は休むしかない。
歪な木々をすり抜け進むと清涼たゆたう小さな湖が現れる。
せせらぎに誘われるようにして水面を覗いた ── その瞬間
『これはなんだ?!』
写っているのはよく知っているモノだ。顔の一部分である、【鼻】だ。
しかしそれしか写っていない。鼻だけが水面を覗き込んでいる。それが他でもない私なのだ。
鼻より細く短く伸びた腕のようなものが自分の意図したように動いている。紛れもない…自分なのだ。
声などない。それはそのはずだ。口などないのだから。
目もない。しかし現実を直視したためか大きな目眩に見舞われる。
虚無と混乱に思考が侵されるとそのままふらふらと水中に落下した。
「私の力添えにより先代も先々代も王になれたのだ! 今代の王も私が推してやろうというのだぞ!? くっ!何をする貴様らーーっ!」
「貴方の権力が強いのは誰もが知っておりまする」
「貴方の尽力により神殿の権威が高まっているのは事実でございまする」
「しかし【王になる身】の代を先延ばしにする例外はもう無理なのでする」
「ここ数ヶ月の風神の荒れ様はまさにその例外に起因するのではないかというのが我らの結でありまする」
「私は次代で【神の血】を受けましょう。 今代は貴方が受ける代なのです」
「ぐっおっおぉおおおぁああ! 私は知っているぞ!王になるという意味を!これ以上の権力などいらぬ!私は今のままでよいのだ!!」
「「「「お覚悟なされまする」」」」
私は浮いていた。
川岸に引っ掛かっている。
夢は一瞬に現実に掻き消され曖昧な感覚だけが残る。
しかしその曖昧は己の内で黒い雲となって大きくなる。打ち消したい掻き消したい!
『あぁ!私はこの身で何を成せばよいのだ!?』
しかしそれも声にはならず、泳ぐ魚は足元を悠然と過ぎ去っていく。
「貴方が最近噂の鼻の人ですか。 確かに見事なまでの鼻ですね」
鼻が農具を持って畑を耕す。 別の畑には多くの作物が実っている。
『何だお前は? …と言ったところで声のない』
「分かりますよ。 同胞に【読心】を得意とする者がおりまして。少し力を分けてもらっています」
畑にはまばらであるが同じように農作業に勤しむ様々な種族の人がいる。
「
新天地にやってきてもまだ人生を踏み外し世に流され絶望するしかない者もしっかりと働いている…素晴らしいですね」
『知らん。こいつらは勝手にやってきて勝手に動いているだけだ。 私の仕事の邪魔をしないので黙認しているだけのこと』
一瞬間 ──
「どうやら貴方はまだ自身の【力】にお気づきになってないようですね」
『?』
清潔感漂う白手袋が丸々と実った野菜を撫でる。
「そもそも何故作物を育てようとお思いになったのですか?」
『作物は裏切らないからな。 手をかければそれに応え実る。それが何よりも安らぐ』
「畑はどのようにして用意されたのですか? 農具はどこから調達したのですか?」
『歩いていると畑があった。足元を見ると捨てられた農具があった。 それだけだ』
「そして同じ志を持った者達が集まったと… 何かお気付きになりませんか?」
『回りくどいな』
紳士は仰々しく咳払いをした後に両手を大きく広げる。
「貴方には貴方が必要とするモノだけが集まってくるのですよ! 貴方が思い求めるモノが現実になるのですよ!
その【力】、まさに神となる我々が必要とするものなのです! さぁ、我ら神を目指す神の器、【
レギオン】の同胞になりましょう!」
ざくっ。 鍬は相変わらず同じペースで土を掘り耕す。
『言うに事欠いて神とはな。今出会った大言壮語吐くお前の同胞になれと言われてなる者がいると思うか?』
「言ったでしょう?貴方には貴方が求めるモノだけが集まると。
今我らの同胞になればこの
クルスベルグでも名高い鉄工ギルド特製のメタル鍬を進呈しましょう!」
『む。今使っている鍬の調子が悪くなってきたところだが…』
「さらに今ならもう一品、
エリスタリアの森林維持に大活躍の琥珀製の刃を持つ鎌も進呈しましょう! 畑の雑草も根こそぎ消滅です」
『よかろう。 で、同胞になるというのは何をすればよいのか?』
かくして新天地の南部、
オルニト寄りの大森林の近くで一つの村が誕生した。
「貴方は貴方のやり方で所領を拡大して下さい。 貴方の力を以ってすれば容易いことでしょうが、それは我々にとって大きな力の源泉となるでしょう」
【鼻の人】と呼ばれる鼻そのものが耕す地は豊穣が約束されるという噂を聞いた者達が続々とやってくる。
決して安全ではない地帯の中にあるその村は何故か危険な生物に襲われることなく豊かに大きくなっていく。
『畑は裏切らない。 ではその畑に集まってきた者達はどうだろうか?もしあの紳士の言うとおりであればこの村は私を裏切らない国へとなるかも知れない』
鼻は今日も畑を耕す。 その一振り一振りが土地そのものを豊かにしていくのだった。
「上手く納得させはしたが、まさか無意識の内に因果律を組み替えてしまう身になっているとは思うまい。
風神
ハピカトルの力を受けて生き延びた者の可能性…素晴らしいものですね」
- 神の力が入っているとしてもけっこうチートスペックじゃありませんかいね鼻だけど -- (名無しさん) 2015-08-20 23:54:53
- 体レギオンは農業好きなのか -- (名無しさん) 2015-08-21 23:44:41
- 部位レギオンが全員集まると一つの大きな~とかは一切なさそうだけど美味しい野菜ができるのは確実か -- (名無しさん) 2015-09-08 23:01:05
- レギオンって人間味あるよねって思う。鼻だけど -- (名無しさん) 2016-12-23 22:17:17
最終更新:2015年08月20日 00:55