「やあ、シャーリー!久しぶりだね。卒業して以来だから4年ぶりくらいかな?」
久しぶりに母校に顔を見せた元生徒を中年の史学科教授であるドナルドが出迎える。
「ええ、ドナルド教授もおかわりなく…」
長く美しい栗毛を後ろで綺麗に纏めたシャーリーが、両手を広げて大仰に出迎えてくれた教授に優しく微笑む。
「史学科の才女でおっとりしていた君が卒業後、軍に入ったとか
ゲートを超えて異世界の方へ言ってしまったとかいう無責任な噂を聞いたから心配したよ。本当は卒業してからは何をしていたんだい?」
ミズーリ州の某大学で異界歴史学の教授をするドナルド・バーキンは元生徒に質問する。
「内緒です。でも、元気でやっていますよ。」
唇に人差し指を当てて悪戯っぽく笑いながら、シャーリーが答える。
「むむ!!秘密なのかい?気になるなぁ…」
しばらくの間、昔話に花を咲かせるドナルドとシャーリー、その途中でふと思い出したようにシャーリーがドナルドに質問を投げかけた。
「そう言えばドナルド教授は最近、新しい論文を執筆されていると伺いましたが…」
「ああ、古い教会から良い資料が見つかってね…
イコンの一種だが、どうも異世界側のモノらしい生物や物体が描かれていて、今までの異世界史を根底から覆す証拠になるかもしれないんだ」
少し声を落とし、内緒だよ?と付け足しておどけるドナルド。
「卒業して史学からは離れてしまいましたが、そこまで言われると興味が湧いてきますね。
もし宜しければ、そのイコンを見せてはいけないでしょうか?」
シャーリーに可愛らしく軽く手を組んで小首をかしげてお願いされたドナルドは、ちょっともったいぶるような感じで
「うーむ、あのイコンの存在はトップシークレットだからね。普通はダメなんだが……君は私の可愛い元生徒だから、君がもし今晩、リストランテで私に卒業後の秘密の話を聞かせてくれるなら、
優秀なキュレーターが異界のイコンを紹介してくれるかもしれないよ?」
「まあ!楽しそう。ぜひお願い致しますわ」
ドナルドの申し出にニコニコとした表情で肯定を返すシャーリー。
「では、善は急げだ!」
彼女との食事の後のことを思い浮かべたようで鼻の下を伸ばすドナルドは、デスクの引き出しから鍵取り出すとすぐに彼女を連れて校内の倉庫に移動を始めた。
かび臭いような甘いような奇妙な古い物の匂いが立ち込める倉庫の奥にそれはあった。
「これが我ら史学科探検隊が求める異界のイコンさ!」
気取った感じでドナルドがそう言いながら大人の背丈以上ある大きな四角い板状物体にかかった白いカバーを剥いでいく。
「これが…」
それはいくつもの小さな正方形の絵が縁の周りに描かれており、中心に顔を灰色に塗られて両手を胸に当てている聖人か神のような人物が大きめに描かれた絵で、
よく見てみると小さな正方形の絵は描かれている内容から12種類に分けられるようだ。
エルフらしき生き物を実らせる大樹、死んだ少女を抱き髑髏の上でむせび泣く黒い影、稲穂の如き金色に燃える九尾の狐、仲睦まじく互いに寄り添う龍と女性、輝く星雲を手のひらに載せたモノ、
荒れ狂い全てを飲み込む単眼の嵐、オパール色の後光を纏う天を穿つような巨石、太陽を背にして玉座に座るモノ、自身が焼けることも厭わず業火の中で大鎚を振るう鍛冶師、
戦斧を振るい敵を打ち倒す古強者、異界のヒトらしきモノを助ける多数のモノ、そして…全面を灰色に塗られた奇妙な枠。
「これを見た時は言葉が出なかったよ…
今までの異世界史では、忘れもしない1991年の1月16日…クェートに侵攻したイラクへの多国籍軍による空爆前夜に世界各国で11の大ゲートが開かれ、侵攻したイラク軍が撃退されたその日まで、
異界も神も認知されていなかった事になっている。
しかし、この絵はどうだ?
これは18世紀頃に描かれたイコンだが、明らかに異界における11の大神の特徴が描かれている…しかも、これは教会から正式にイコン画家として認められた作者の作品だ。つまり…」
先を続けようとするドナルドをシャーリーが遮る。
「つまり、向こう側との交流が昔にもあったと?
でも、これ1つっきりでしたら小ゲートを通ってこちらに流れてきた物かもしれませんし、もしかしたらそれを真似て描かれた作品かも…」
「これ1つだけならね…」
そう言いながらドナルドは横に置いてある棚の中から巻物を取り出す。
「こちらは私が、数年前に中国の骨董市で買ったマンダラという仏教画の一種だ」
描き手や手法は違っても、こちらも先ほどのイコンと似たような11のモノが描かれており、やはり中央の仏は顔が灰色に塗られている。
「このマンダラも18世紀頃のもので、イコンを発見するまでは現代の誰かが描いたフェイクだと思っていたよ」
「…でもそれは、あの粗悪なコピー製品で有名な中国で買われた物なんですよね?
これだけでは決定的な証拠とは…」
なおも信用ができないという風に返すシャーリーにドナルドは微笑みを返しながら
「シャーリー・ベル、そろそろ本当の事を言ってくれないかな?」
シャーリーの目をじっと見つめてそう言った。
「私は君が、我が国の軍に所属した事も『除隊せず』に異世界は
新天地に向かった事も、『軍の知り合い』から聞いて知っているんだ…」
ドナルドは懐から護身用の電気銃を取り出し彼女に向けながら問い詰める。
「わ…私はただ、恩師であるドナルド教授に会いに来ただけで」
「帰国検査も受けずにかい?
それに私の友人である歴史学者のアンソニー君が、君と会った一昨日から姿が見えないらしいけど、彼はどうしたのだろうね?」
そう軽く言いながら引き金を絞っていく。
「…」
「おや、だんまりかい?まあ、いい。私にもそれなりの支援者がいる。ここで君に眠ってもらって彼らに君の情報を聴きだしてもらおうか」
うつむいて口を閉ざしたシャーリーに銃を向けながらニヤリと笑うドナルド。
「あなたの支援者はもうおられませんよ」
すっと顔を上げたシャーリーがそう一言告げる。
「…どういう事かな?お嬢さん」
「皆さんがお仕事で少しお疲れのようでしたから、僕から皆さんへ少しお休みを差し上げただけですよ」
その言葉を聞くと同時、ドナルドは彼女に向かって引き金を引く!
…しかし、電気銃の端子は彼女に向けて発射されることは無かった。
なぜなら彼の銃は、シャーリーの手に現れた西部劇に出てくるような古めかしい大型リボルバーの弾で一瞬のうちに弾き飛ばされたからだ。
「悪い夢を見ていたようですね教授。お疲れでしょう?ゆっくりおやすみ下さい…」
「ま、まt…ッ」
制止しようとした教授の額に拳銃から発射された弾が潜り込んでいく。
「大丈夫、起きた時には他の皆さんと同じく、悪い夢は全て忘れて元気な姿になっていますよ」
優しそうにそういうシャーリーの顔を見たのを最後に教授の意識が暗転していく…
「やあ、病み上がりの初仕事はどうだったね?」
公園のベンチで待っていた老紳士が、纏めていた髪を解いたシャーリーに席を譲りながら仕事の首尾について聞く。
「まあまあですよ。恩師や元同僚が相手なので割と心が痛むし、軍の命令を無視した上に敵対したわけですから、これで本当の無法者(アウトロー)ですけどね」
「…君には苦労をかけっぱなしだな」
老紳士がすまなそうにそう返す様を見てくすりとシャーリーが笑う。
「…新しい体の調子はどうかね?」
「ええ、レスポンスはまだ悪いですが、なかなか便利ですよ」
ぐにゃり、と手から先ほどの人の背丈以上もあるイコンやマンダラ、その他異世界の痕跡やデータを取り出して老紳士に手渡す。
老紳士はその大量の物件をヒョイッと懐に入れながら
「ありがとう。これはまだこちらには早すぎるモノなのだよ…
しかし、君には恐れ入るよ。
クルスベルグで君が試作型のタイタンと戦ったのは、天から与えられた試練かもしれないな…」
と、おどけて言う。
「貴方がたがそれを言いますか?」
呆れたように返すシャーリーに老紳士は
「我ら…いや、我らだけでなく他の10柱の神と呼ばれる者たちも、君たち人が思うほどに全知全能なものではないのだよ。
むしろ我らには、君たち『人』や我らが世界の『ヒト』の方がよほどバイタリティに溢れた全知全能の力を持っているように見えるよ」
そう自嘲気味に答えた。
「…1つだけいいですか?」
「?」
「あの灰色の部分には一体何が描かれていたんです?」
老紳士はその質問を聞くと目を伏せて簡素な言葉を返した。
「そこには今は何も『無い』のだよ」
「……」
「そう言えば、あの炉で創った銃に名前をつけたんです」
ヒョイと手から大型リボルバー銃を出してくるくると回して見せるシャーリー。
「ほう…何と?」
興味深げに聞く老紳士。
「Sabaothです。この子達にぴったりでしょう?」
名前を呼ばれて、まるで生きているかの様にリボルバー銃が怪しく脈打つ。
「…君達はきっと大物になるよ。さて、早速次の依頼なのだが…」
やや呆れた様子で老紳士がそう返し、シャーリーに次の依頼を説明し始める。
聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の神なる主。
かつておられ、今おられ、やがて来られる方。
神なき世界と神在る世界の均衡は生糸で綱渡りをするように危うい。
しかし、それでも2つを繋ぐ扉から人(ヒト)は流れ物(モノ)は流れ、新しい世界を創り上げていく。
この素晴らしい流れを止めることは誰にもできないだろう。例え、全知全能なる12番目の神がいたとしても…
蛇足
ふと思いついて書いたはいいけど、書いた自分ごと消されそうな作品です。
独自設定の塊のような作品ですので引用される場合はご注意下さい。
- 初シャーリーだったのでクールビューティー職業軍人というイメージがついてしまった一本。 レギオンから新たな身体を与えられたということで色々な能力も持っていそうで楽しみだ -- (名無しさん) 2012-04-05 02:01:24
- 過去の地球と異世界の関わりは興味がわきますね。ゲートが開いたことでいままでの仮説や想像止まりだった研究が新しい展開をみせたりなど…。シャーリーはこれまでの人生や人間である身すら捨てて何を目指すのでしょうか -- (名無しさん) 2013-05-31 17:22:31
- ちゃんとした過去があるんだなシャーリー。まだ人間だったころの話もそのうちに? -- (名無しさん) 2014-02-25 23:14:11
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最終更新:2013年03月28日 09:55