【異世界で電気を使うということ】

ルミコープ運河と双頭貿易都市を巧みに使い、半ば王都から離れ商人の力による自治の元にその規模その影響力を増大させてきた異世界中の香辛料取引の最大大手とも言われる都市【メッチャ・カーラー】。
その都市の実質上の統括者である大豪商カルアイノ・クイターニャ氏は若い頃より数々の試練を乗り越えてきた猛者、試練越者、【可能性の猫人】とまで称され敬虔な太陽神の信徒でもある。
彼が国政をも動かす財を成すまでに信条のようにも傍から見える【香辛料への傾倒】。本人曰く、「あのカレーのため」というのだ。
バイタリティ溢れるカルアイノ氏であるがそれは大ゲート開放直後から目を見張るものであった。
ゲート開放に備えてあったかの様に即座に王宮に派遣を訴えたのが交流使節団である。
当時、湾岸戦争処理中であり異世界交流は二の次にされていた中東在国連軍の前に堂々と現れて交渉を始めたのがカルアイノ使節団。翻訳加護の効果もあってか表立たない水面下での協議が幾度と無く行われることとなる。
非公式の記録ではあるが、2000年前後から行き場を失いかけて浮いていた中東のオイルマネーの画期的な投資先として異世界、ラ・ムールを強く推し紹介したのもカルアイノ氏が中心であったと記されている。
商人として都市の代表として多忙ながらも地球へ赴き見聞と友好と商交を深めたカルアイノ氏が遂に動き出す。それは自身の【夢】のために。
まずカルアイノ氏は都市の各区域の担当を召集し一大都市改造計画とも呼べる大々規模な全容を包み隠さず打ち明け説明した。担当の商人達はその計画を知ると心根にある商魂を刺激されたのか諸手を挙げて賛成したという。
巨大な観客席を有する競技場。と、ここまでなら異世界でもある場所にはあるものであるが、ここから先が異世界でも革命と言える規模になる。
ラ・ムールのみならず異世界中より集められた選りすぐりの精霊交渉士達。その稼動人数はおよそ日に千人。その運用費用は一日分で町一つの建造費とも同等と言われている。
何故この様な類を見ない規模の精霊交渉士団が必要になったのか?確実堅牢な競技場とそれに連なる施設群の建造のためか?工期中の天候調整のためか?都市人口が倍増するとも言われた人員確保による生活安定のためか?
真はそこに在らず、目的なるは【異世界での電気製品の運用】のためである。
計画了承から中東ゲートを越えてラ・ムールに運び込まれた大小電気製品から分解された発電機構、燃料そして大量の技術者整備士。
異世界での文明実施という名目で最も多くのオイルマネーが投じられたのもこの部分である。
異世界で電気機器は使われなかったのか?と言われるとそうではなく、大ゲート開放より異世界に入った人間により生活家電から軍事機器までそれらの運用は実行されてきたのだ。
が、それらのほとんどは満足な結果を出さずに仕舞われたのが現実であった。
原因は【精霊による機器干渉】である。電気の流れから部品の動き、果ては自然の事象すら操る精霊達は物珍しさもあってか電気製品を取り出すだけで寄って来て、いざスイッチをONするや否やしっちゃかめっちゃかにしてしまうのだ。
その様な電気機器を安定しかつ競技場内で運用するためには入念で万全なる精霊への交渉と根回しは必須なのである。万が一にも事故など起こさぬために。
天邪鬼奔放で好奇心旺盛な光精霊をまとめるために名立たる大精霊をも複数人がかりで招聘するなどもされた。
太陽すらも眩かせると言われた夜明けの告鳥、【 太陽鳳 】(ゾンニクス)。かつて月夜に降りた月神の追撃から太陽神ラーを守り自ら輝き囮となった【 天光球 】(ホフォル)
共に強い影響力で光精霊を安定させ都市一帯における電力使用を可能にした。
合わせて異世界式の調理施設も充実させていった。冷暗室や闇壷などの冷蔵施設を運用するためにラ・ムールでは存在が稀と言われる闇精霊も各地より集め運んだ。
料理にふんだんに使われるであろう水も土精霊による地下水路建造と、水精霊による運河と地下水の誘引により用意した。合わせて水精霊を多く都市に顕現させることで水棲種族の滞在にも補助を行った。
いよいよ発電設備が組み上がると風精霊を一定の空中回廊を通過させることにより風力発電を実行に移した。
計画初期は地球より運搬した燃料による発電機運用を検討していたが、気紛れな風精霊達に一定の風力で受風羽を抜けるコースを飛ばし続けるという無理難題も
東イストモスより平原楽団にやってきた風の大精霊【 碧の帯 】(ルゥクン)による風精霊の統制により風力発電中心へと移行されることとなった。
しかし、大精霊含む風精霊の維持に関しては精霊交渉とはまた違う労力が必要となった。
平原楽団の他に異世界各国から集められた計六つの大楽団。それらの中から二つが交互に演奏し、二つが様々な旋律の組み合わせを思考錯誤し、残った二つが休むというローテーションを組んだのである。
会場に設置された電気機器の運用試験と平行し各地より集められた食材の保管、名器と名高い調理器具の整備が進められ着実にカルアイノ氏の構想が現実のものになっていくのである。
開催も一月前ともなると運営側の人材も広くより集い始める。
異世界にてカレーを名物料理として評判を広めたオルニトのハーピーの宿の大女将。大商人組合より香辛料を広く扱う大頭目。地球と交流広くあらゆる文化の入り混じる新天地より飲食業界に最前線で活躍する者達。
大延国より大食祭にて審査を務めた美食家、そして神である金羅にも仙人郷を介し文を送ったという。
カルアイノ氏はこのカレーコンテストを己の夢を叶えるためではなく世界同士の交流の大きな一歩と位置づけ、異世界のみならず地球にも多くの来賓に招待状を送ったのであった。

コンテスト準備期間中のカルアイノ氏率いる商会の利益は数割増しとなったが、都市改造とコンテスト準備により使われたカルアイノ氏の財産は半分、それ以上とも言われており地球側から投資された資金は数兆円とも言われている。
異世界における電気使用の実現は未だ実用範囲にあるとは言えないが、一つの現実例を見せるに至ったのである。
そしていよいよカレーコンテスト開催まで数日、大ゲート祭の始まりを告げる朝陽が昇る。香辛料都市はいよいよ熱気と音楽と香りに包まれるのであった。


だがしかし、全てが万全上手く進んだかのように見えたが一つどうしても実現できなかったことがある。それは、【電子レンジの使用】であった。
光精霊の安定化から電気製品の使用は実現したのだが、電子レンジを使用した際に大放電爆発が発生したのである。
原因は電子レンジ使用による電子振動が精霊に著しい変調をきたすのである。それにより精霊に数倍の力を発揮させたり激しく運動させたりするのだ。
数度の実験が行われたがどれも失敗。結論として電子レンジの使用は禁止されることとなったのである。


異世界で電気製品を使うには…とても大きなコストがかかってしまうのだろうと想像して一本

  • 家電とか思ってる以上に繊細だし精霊が面白がって寄ってくるだけで故障しちゃうとなると大変だな -- (名無しさん) 2016-06-23 23:26:00
  • わざわざ異世界で地球と同じことしなくてもいいよねと実感するコスト説明だった -- (名無しさん) 2016-06-23 23:56:11
  • カルアイノ氏の資産は国家予算レベルなのか。地球の富裕層の異世界移住計画とかありそう -- (名無しさん) 2016-06-24 22:10:34
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最終更新:2016年06月23日 07:33