【ハクテン御一行、準備する】

時折肌を氷撫でる潮風が吹くドニードニーを出港してから波を越え越え、凍った肉もそのまま運べる零度に覆われたスラヴィア北端港に立ち寄る。
港に並ぶ中ではそう大きくはない船から大きな布包みを担いで降りてくる黒鬼人の青年ガイコク。
「ほれガイコクこっちじゃこっちじゃ。そいつの目利きをするのじゃ」
左右で角の長さの違う見た目は少女、中身は飲兵衛婆の白鬼人ハクテンが手招く。
目的地へ向かう途中、行き掛けの駄賃にと屈強な海獣の新鮮骸を売ろうというのである。
剛腕一撃からの脳神経遮断、青鬼秘伝の麻痺毒による心肺呼吸停止、全身血抜きという手順を素早く行うことで体組織の劣化を極力抑えるという一級品。
「これは保存状態も素材としても素晴らしいものですね。これくらいでどうでしょうか?」
鼬人が肩に載せている黒い布のふくらみからの声。次いで鼬人が金子袋より取り出し提示すると、ハクテンは二つ頷いて了承した。
「ハクテン様、あの黒い布は何なのでしょうか?…」
ふよふよと浮かぶ小さな何かを傍にハクテンの後ろでおずおずとしている白鬼人の細見の少女トクリが前髪から覗く左目で、鼬人と黒布を視線を行ったり来たり。
「トクリは島の外にあまり出ないからのぅ。あの布は“闇布”という陽光をすっぱり通さないものでのぅ、中には頭だけのスラヴィアンがおるのじゃ。ヴェルル領の鑑定官じゃぞ」
「頭…だけなのですか?」
「スラヴィアンは特異じゃからのぅ、頭だけでも本人が問題なければ問題ないのじゃ」
まだ陽が空にある午後。スラヴィアンは日除けなしでは外に出ることができない。
「ハクテン様ー、防寒具買ってきましたよー」
両肩に何着もの毛皮服を担いでやってきたのは白鬼人には珍しい丈夫で立派な体の女性 ──
「めっメルカさん!はっはは早かったですね!」
着物の下の筋肉胸板に備わる二つの豊かな丘の揺れるのを見て興奮するガイコクが思わず声を出す。
「何を買おうか迷ってたら親切な人に教えてもらいまして」
「いえいえ、私もラケル品の店がスラヴィア北端の領にも出ているのを見つけたので驚いてたところです」
メルカの隣で二回り、いや三回りほど小さいノームの少女がにこやかに答える。
「ラケル肉の販路を作ろうと何度目かのスラヴィア入りなのですけども、この国の商業進歩は意欲的で素晴らしいですね。
あ、すみません一人で喋りすぎちゃいまして。私、ラニと言います。ドニー・ドニーだけでなく新天地のニシューネン市にもフタバ亭は御座いますので是非お立ち寄りを」
「ん?んん?そういえばデジマの酒場で見かけた様な顔じゃの?」
小首を傾げたハクテンに対し、ラニはにっこり微笑み手を取り何やら券を渡す。
「泡酒の割引券です。今後とも御贔屓に」


「わぁ…温かいです」
マフラーを巻いてふかふかのコートを着たトクリが感激で笑顔になる。その周囲を回る浮遊物体も心なしか喜んでいるようだ。
「これから向かう島は年中寒いからのぅ。今の時期だとまだ雪が積もってると思うぞい」
まるで毛皮に沈んでいるようなハクテンが甲板より目的地の方角を指差す。
異世界各国を比べても寒い方であるドニー・ドニーで暮らす面々であるが、今から向かうのは更に寒いという。
年中を通して山に白い冠を被り、季節によっては周辺海域も凍結するという“氷凍島”“雪かぶり島”と呼ばれる島。
「さてさて!今年の凍樹の実はどれ程の甘さなのか楽しみじゃのぅ!」
だらしなくじゅるりと涎を垂らしたハクテンの口をメルカが呆れ顔で拭き拭きする。
「トクリちゃんも酒造の勉強になると思うわよ。ひょっとしたら歳の近いお友達も出来るかも?」
「えっ?…」

船はゆっくり進みだす。
目指すはミズハミシマ。寒さの中で鬼人達が凍樹を育てているという島を目指して。

いざ氷の島へ。
ハクテン里の面々は薄異本を参照しました。

  • ラニちゃんは覚えているのにハクテンばっちゃんは…飲んでる時の記憶力が低くなる疑惑 -- (名無しさん) 2018-04-20 09:36:04
  • 己が欲のままに生きてるようで威厳がまったく感じられないハクテン様! -- (名無しさん) 2018-04-20 18:19:23
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最終更新:2018年04月20日 02:41