【ドニーでシノギのニオイ】

年を通してほぼ暑くなることのないドニー・ドニー。
シベリア海と結ばれる大ゲートのあるデジマも涼風を運ぶ風精霊の通り道である。
「オーゥ、これが異世界、ドニー・ドニーですかー。噂通りの凄い潮風、海の香り」「元は異世界の海海で名を轟かせた海賊国家だと。ノルウェーの様なものかな?」「あれ?人数これで全員?」
ロシア自ら主導し拡張ヘリポートを建設した海上プラットホーム。想定通りなのか、ここ数か月で盛んになったロシア発ドニー行きの異世界ツアー。
だが、危険物類の通過を遮る大ゲートの性質上、病気や感染症にかかっている者は地球に返されてしまうのである。


「ふわぁ、いっぱい人間さんがやってきます」
それなりの建物で形を整えたドニーゲート入国館から並び出てくる人間の列。
人間がそう珍しくはなくなったとは言え、大がかりな旅行装備の大人数の列は何かと目を引くものである。
「最近はこの様な感じでドニーに訪れる波が耐えなくてね。受付を増やして対応には問題はないんだが…」
巨漢、海賊帽で背に二刀を携えるオーク、バルバンクールはデジマと橋で結ばれた港の先を指差して見せる。
船着き場と人の道を辛うじて確保し、それ以外を埋め尽くす屋台だの小幕だの客引きだの。
「なるほど~。人間さん目当てでいっぱいお店が出てるんですね。それでバルバンクールさんも忙しい、と」
むくつけき水夫で溢れる港には不釣り合いの給仕服、ノームのラニは鼻頭を掻く巨漢を見上げて言う。
朝夕に加えて昼にも治安巡回を増やしたドニー警備隊に「何やらシノギの気配を感じます!」ということで半ば強引に同行するラニ。
散会した警備隊が早速店のいくつかを摘発している。
「宿が増えてますよね?」
記憶では倉庫街であったはずだが、人の列は続々とその中へ入っていく。
「やたら増えた旅行客の受け皿を増やしている真っ最中なのさ。人間には海上の船宿があまり評判が良くなくてな、倉庫を整理して手頃なとこから宿に改装していってるんだよ」
「成程~。それでデジマ橋に近い大通りの倉庫から順繰りに宿にしていってるんですね」
ラニがニヤっと笑顔で言うと、長い鷲鼻の下を半月に吊り上げニヤリとして返すゴブリン海賊団の長にして異世界でも有数の大商人でもあるネモチー。
「大ゲートが出来るまでは旅行客相手の商売なんざ二も三も次だったからなぁ。 そこで、だ、ラニ嬢。そんな俺達海賊連中が手っ取り早く客商売の土台を作るにはどうすりゃ良い?」
「手っ取り早くでよね?じゃあ他所で成功しているトコにお願いして、出来るならドニーに来てもらって指揮してもらう。ですかね~」
問いかけの答えに言葉ではなく笑みで返すネモチー。
「お話中のところすみません団長様。倉の改装のことで少しよろしいですか?」
建築図面を持って歩み寄って来たのは、天然であろうかパーマがかった頭髪から捻じれた二本角を伸ばす黒鬼人。
「水周りの部分で追加をしたいのですが、資金面で…」
「構わんよ。当代の最善と思うように指示してくれ。現場の面々にも従うように言ってあるからな」
「その人が?」
「ああ。ミズハミシマで使った宿の中で最も快適だった“大蔵”の大旦那さ。 利便性なら俺の領分だが、客の快適性はちょっとな。そこで餅は餅屋ということで一時雇って来てもらっているわけさ」
「当代、というのは?」
「これはこれは、団長様のお客様ですか? そうですね、我が“蔵元一族”はかつての戦神との約定から名を変えずに継ぎ続けているのです。ですから、私は当代ということでして」
「成程~。って戦神との約定って大丈夫だったんですか?!」
異世界に広く戦いの神として強さも狂暴さも知られているウルサであるだけに、それと約定があると言いながら思わず五体満足で立っている本人を前にして驚くラニであった。
「ははは。宿の主であるとは別に日頃から鍛えているつもりなのですが、どうやら戦神の御眼鏡には適わないようで“鍛え直して来い”と一蹴されてしまいました。お恥ずかしい限りです」

ラニが見せてもらった建築図は、客の長期滞在を念頭に置いた構造のものでただ泊まるだけの部屋から数ランク上のフロア全体も考慮したものであった。
異世界に進出した日本の旅行社などとも提携したところから多くの建築に関する技術や技術者を紹介してもらい、宿そのものの進化を果たしている大蔵。
「でもそんなに長期滞在の客が増えるなんて、噂で聞いた“地球が住みづらくなっている”というのは本当なのかも…」
「そういやドニー周辺の郊外で土地の購入しようとする層も増えたって聞いたな」
「むむっ!何やらシノギのニオイがする!」
「おいおい嬢ちゃん。流石に金だけじゃドニーの土地をどうこうできんぜ?」
「ふふん。ドニーではどうこうできなくても新天地ではどうでしょうかね?」
嬉々と目を光らせるラニは早速走り出す。残された男達はやれやれと顔を向かい合わせた。
「宿の次…宅地か。“アリ”かも知れないな。 まぁ性急に進めなくとも地球の動向を見てからでもいいだろう」
寒風が吹くドニー・ドニーではあるが、ふつふつと熱がこもりだしているのは間違いない。


コロナ蔓延から異世界に疎開というのを想像して一本
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最終更新:2020年04月19日 20:21