【とっしー旅行記:鏡谷】

 猫商人サバーニャさんと共に、クルスベルグに行くためラ・ムールを横断中の俺。
 先だってついに砂漠を超え、クルスベルグとの国境沿いにまでやってきた。
 今現在、サバーニャさんが少し離れた所にある関門で色々と話を取り付けてくれている最中である。
 門の向こうには悠々とそびえる山々が広がっており、今まで見てきた砂漠とは異なる自然のあり方を見せる。

「いやー長かったなぁ。肌もいつの間にかこんがり小麦色だし。日本を出た時とはエライ違いだぞ俺」

 そんな事をつぶやいていると、サバーニャさんが小走りで関門から馬車へ戻ってきた。

「行っていいそうにゃ。という訳で近くのミラバルベルグまでささっと馬車で移動にゃ」
「山道みたいだけど大丈夫か俺?」
「山越えをする訳じゃないから大丈夫にゃ。もっとも馬車じゃ山沿いを行くのが精一杯だけどにゃ」

 つまりクルスベルグを馬車で回るのは困難ということか。山あり谷ありの道を馬に行かせるのは確かにキツイ。
 そういえばクルスベルグは北側のイストモスにも通じているが、あちらにはケンタウロスがいたはず。
 彼らはどうやってクルスベルグを回るのだろうか。

「イストモスの奴らは、自分トコの狗人に買いに行かせたりするんにゃよ。まぁ地形的に無理もないけどにゃ」
「道は整備されてないのか俺?」
「クルスベルグは山をくり抜いて通路が張り巡らされたりしてるから、外回りの道はあまりだにゃ。
 内側の通路は馬車で行くには狭かったり暗かったりで適さないにゃ。
 大荷物を運搬するときは、飛空艇とかを借りたりして運んでもらうのが一番だにゃ。金かかるケド」

 国が変われば人も変わる、当然だが生活や移動手段、仕事なども大きく変わる。
 クルスベルグは確か、ドワーフノームといった種族が鍛冶などをしていると聞いた。
 管理人さんが所望するお土産は、果たして見つかるだろうか。ちなみに所望品は包丁である。
 確か血糊がべったり付いた包丁を見せられながら、新品でよく切れて刃こぼれしにくい物をと頼まれた。
 ……あの血糊は、魚とか肉とかを切って付いたのだろう。うん、そういう事にしておこう。凄い量だったけど。

「とっしー大丈夫かにゃ? 何か顔が青ざめてるにゃよ」
「な、何でもないぞ俺。ちょっと考え事みたいなことをしてただけだぞ俺」
「そうかにゃ。まぁミラバルベルグに着くまでに顔色を直しておくといいにゃ」
「ミラバルベルグってどんな所?」
「寂れてはいないけど、賑わってるわけでも所だにゃ。ほそぼそとした所にゃ。
 でも見どころはちゃんとあるから安心するにゃ。……ちょっと遅いけど」

 最後の一言が気になるが、とりあえず馬車に揺られミラバルベルグへ向かう。
 上りと下りの連続移動は中々大変なもので、そりゃ山に穴開けて道も通すわと納得する。考えれば地球もそうだ。
 こうして道中苦労する傍ら、それなりに整備された山道を下る途中で不思議な乗り物を目にした。
 山道を高速で駆け上がってくる自動二輪車……地球でいう所のバイクに類似した何かとすれ違った。

(異世界にそんな機械技術ってあったっけなぁ……でもクルスベルグならあるのかも)

 すれ違いざまに見た限りでは、地球人とオークらしき人物が乗っていたように思うが定かでは無い。

「何だろうかにゃーアレ?」
「あれ? サバーニャさんも知らない物なの?」
「初めて見るにゃ。気になるから追ってみたいけど、追いつく気がしないにゃ。
 異邦人が乗ってたから、とっしーはもしかすると知ってたりするかにゃ?」
「似たようなものは知っているけど、合ってるかどうか自信ないぞ俺」

 少なくとも燃料の問題や持ち込み方法と言った理由で、バイクを異世界に持ってくるのは困難かつ手間が多い。
 そう考えると、あれは類似した別の物と考えた方が良さそうだ。動力とかどうなってるんだろうか。
 とりあえず、サバーニャさんには簡単にバイクの説明をしておいた。

「ほーう。仕組みは良く分からないけど、とりあえず便利そうにゃ。
 とっしー、それ異邦から持ってきたり出来ないかにゃ? クルスベルグで高く売れそうにゃ」
「許してくれそうな神様はいるかなー……というかやっぱり売るんですね」
「そりゃそうだにゃ。異邦の物を仕入れるのは手間が掛かるから敬遠してたけど、ちょっと考えてみようかにゃー」

 個人的な意見を言うのであれば、やったところで神様ストッパーで止められるに一票である。
 そんな話をしながら、繰り返される上下移動の末にミラバルベルグへと到着した。

 谷の両岸に建てられたこの街は、数多くの橋が張り巡らされている。
 街の奥には円状の崖があり、そこから流れ落ちる滝が街の間にある谷底に流れ込んで川となっている。
 この川がうねりうねってラ・ムールに届いていたりするのだろうか。
 さっそく入口に差し掛かると、この街に住んでいると思われるドワーフのおっちゃんに声をかけられた。

「おう、異邦人とは珍しい。だがちぃとばかしタイミングが悪かったな。鏡祭りならこの間終わっちまったぞ」
「あ、ど、どうも。……鏡祭りって何ですか?」
「何だ、祭りを見に来たんじゃないのか? 珍しいヤツも居るもんだ。
 この街に来るヤツなんて大抵祭りを見に来るか、あるいは道に迷ったかくらいのモンだぞ。ヌハハハハ」

 来る途中にサバーニャさんが言っていた「ちょっと遅い」ってこういうことか。
 豪快な笑い方が何ともドワーフらしいという印象を受けるが、祭りがあったというのは気になるぞ俺。
 はてさて鏡祭りとは一体何だろうか?

「このミラバルベルグでは鏡の元になる鉱石が取れるんにゃ。なので色々な鏡が売ってるんにゃよ。
 鏡祭りは鏡職人が集って、作品を展示したり売ったりするお祭りにゃ」

 なるほど、つまり即売会か。いやこの例えは正直どうなんだ俺。何かもっと良い例えがあるだろう。

「さーて。ちょっとその辺の店を見てくるから、いったん別行動といこうにゃ。
 待ち合わせは奥にある大鏡の橋にしようにゃ。分かりやすいし」
「了解だぞ俺。どうせなので俺もお土産用に何かないか見てみるぞ俺」

 そう言ってサバーニャさんは街の中へ駆けだした。
 なるほど、さては祭りの売れ残りを安値で仕入れるつもりなのだろう。あるいは始めからそれが狙いか。
 本来の目的は包丁なのだが、鏡もお土産には良いなと思うので俺も散策することにするぞ俺。



 素人目に良品を選び出すのは困難であると悟ったぞ俺。これは大人しくサバーニャさんを待とう。
 待ち合わせの場所は、たしか奥にある大鏡という場所だったような。
 街に来たときには、奥には崖と滝があったと思ったがそれの事だろうか。
 水鏡という言葉があるし、滝の事を指して大鏡と言っているのだろう。何というか粋っぽく感じる。
 谷に架けられた橋を行ったり来たりしながら、街の奥へと進んでいく。……ロープウェイとかが欲しくなるな。

 やっとこさ奥まで来ると、これまた壮大な滝が流れていた。
 円状の崖から流れ落ちる滝と、その滝の間にある僅かな隙間を縫って円の中心を通るように架けられた橋。
 何とも難しい事をやってのけるものである。これもひとえに職人魂というものだろうか。
 橋の真ん中に立てば、滝と言う名の鏡が自分を取り囲んで大自然を映し出してくれる。
 地球だとナイアガラの滝が近いだろうか? しかしここまで接近できるのは異世界ならではだろう。
 垂れ流しにされた大量のマイナスイオンを一身に受け、気分は何とも爽やかである。

「……!」
「うん?」

 ふと誰かに呼ばれたような気がして辺りを見回すと、サバーニャさんが手を振りながらこちらに歩いてくる。
 異世界であっても、やっぱり滝の音はデカいものである。近くまで来たのだが、何を言ってるかサッパリだ。
 とりあえず滝を後にし、適当な店の中に入って話をする。

「大鏡と言われるだけあって凄い滝だったぞ俺」
「いやー本当はあの滝の裏に大鏡があるんだけどにゃ。まぁ知らなきゃそう思うのも無理ないにゃ」
「え? 滝の事を大鏡って言うんじゃないの?」
「違うにゃよ。あの崖そのものが一つのでっかい鏡なんにゃ。あの崖の鉱物が、鏡の元になる鉱物なんにゃよ。
 滝の裏側には昔の職人達が崖そのものを加工して作った巨大な鏡があるんにゃ。
 それを大鏡っていうんだけど、よりによって滝の裏だから基本的に見えないのにゃ」

 何という前衛的な作品。滝の裏にあるんじゃ見えないのも当然だ。
 というか、見る方法とかあるのだろうか。滝に向かってバンジーとかそういうのは勘弁だぞ俺。

「定期整備の時と鏡祭りの最中だけ、滝の流れを迂回させるから見えるようになるんにゃ。
 つまりちょっと遅かったってことだにゃ」

 来る途中にサバーニャさんが言っていた「ちょっと遅い」ってこういうことか……。
 ラ・ムールで大分時間を使ったから、その余波がここに来て出てきた感じだろうか。
 ちょっと心残りだが、見れない物は仕方ない。

「ところでとっしー、ちょっと話があるにゃ」
「何でしょうか?」
「当初の目的地であるクルスベルグまで来たけど、自分はここから東に向かうつもりにゃ。
 とっしーはこれからどうするのにゃ」
「俺は包丁を買ってきて欲しいと頼まれているので、それが買えそうな所に行くつもりだぞ俺」
「となると、山を挟んで北側にあるスパルテンベルグあたりが距離的には良さそうだにゃ。
 あそこはイストモス御用達の街だから、武器関連も質が良いにゃ」

 決して武器を買いに行くわけではないのだが、ダガーとかナイフ位なら包丁として使えるだろうか。
 問題は帰国時にそれらが包丁として認められるのかという部分だが、考えても分からないから放っておこう。
 しかしこうなると、サバーニャさんとはこの街でお別れという事になる。

「今日中に山越えをするのは厳しいから、とりあえず今日はこの街で休むことを勧めるにゃ」
「そうだな……とりあえず今日はゆっくり休むことにするぞ俺」

 滝が見える場所にある宿を借り一息をつく。思えばサバーニャさんと出会ったのは港だったか。
 クルスベルグに到着はしたが、ここまでの旅路が平坦であったのもサバーニャさんのお陰だ。
 意味不明な喋る船に乗ってラ・ムールに来たのが懐かしくさえ思える。あの船は今どうしているのだろうか。

「長いような短いような旅だったにゃー」
「サバーニャさんには本当にお世話になったぞ俺」
「こっちも普段は一人旅だからにゃ。自分も色々楽しかったにゃよ。
 また旅するときに案内が必要になったら虫の知らせでも使って呼んでくれにゃ」
「虫の知らせ……ですか。こっちの世界の人はそういうのが使えるんですねぇ……」

 地球人には無い第六感、あるいは第七感なのだろうか。異世界の人たちならそういうのが使えても不思議ではない。

「とっしーだって使えるにゃよ? マセ・バズークのプロエスティマ族がやってるサービスのことにゃ。
 彼らが持ってる特殊なネットワークを使った伝言サービスを虫の知らせっていうにゃ。
 世界中どこにいても彼らを介して情報交換が出来るという便利なものにゃ」

 異世界風のメールサービスって所だろうか。媒体が携帯電話とかパソコンじゃなく蟲人というのが特徴的だ。
 蟲人は確か、ディルカカという共通領域を使ったやり取りが出来ると聞く。一つの集合意識というものだろうか。
 それを使うことで同じ種族なら世界中で通信できるということか。まるで攻殻機動隊のタチコマのようだ。
 何か入用なときはこれでサバーニャさん宛てにメッセージを送ればよいのだろう。
 虫の知らせ、もとい蟲便の事を教えてもらいつつ、サバーニャさんと旅路を振り返りながら夜は明けていった。



 翌朝、目を覚ますとサバーニャさんが居ない。部屋を見ると置き手紙があった。

ドニー・ドニーの方で何か面白いものが見つかったとかいう情報が入ったので、朝一で出るにゃ。
 見送りが出来ず申し訳ないにゃ。とっしーの旅にラーの加護がある事を祈るにゃ』

 出来ることなら自分もサバーニャさんの見送りをしたかったが仕方が無い。
 手紙をたたんでバッグにしまい、街中で手ごろな食品を購入して北の出口へ向かう。
 これから一足飛びに山を越えて反対に行くのは難しそうだが、まぁ何とかなるだろう。
 そう思って出口に差し掛かったところで、来たときに出会ったドワーフのおっちゃんに声を掛けられた。

「おう異邦の兄ちゃん。猫人の商人から話は聞いたがスパルテンベルグまで行くらしいな。
 なら山を越えるより坑道を通った方が早く着くぞ」
「坑道って通れるものなんですか? 危険というか、なんというか……」
「もう鉱石が取れなさそうな使い古した坑道は、そのまま隣の街とかに繋げちまうのさ。
 そうすりゃ街まで近くなるし、荷物運んだりするのだって楽だろ?
 坑道を通る際にちぃとばかし金が必要になるが、山超えるのに比べりゃ楽だぞ。トロッコ使えばもっと早い」

 なるほど坑道か。そういう考えは無かった。
 ドワーフのおっちゃんに連れられて坑道の入り口に着くと、管理者と思われるノームの女性が居た。

「坑道通るなら銅貨10枚。トロッコ使うなら追加で銀貨1枚頂くけど、どうする?」
「えーと、じゃあトロッコ使います」
「はい、毎度あり~。ちなみにトロッコの使い方は知ってるのかい異人さん?」
「いや、初めて乗るぞ俺」
「……まぁフィーリングで何とかなるよ。頑張って~」

 すでにお金は支払った後のなので引くに引けない。絶大な不安を抱きつつ坑道へと足を踏み入れる。
 そこにあったのは、なんとも古めかしい手動式トロッコだった。操作方法は簡単。レバーを上下するだけ。
 しかしまさか上下移動の代わりに上下運動をすることになるとは。これはクルスベルグ式のギャグだろうか?



 管理人さん。お土産買うまであとちょっとです。あえて用途は聞きません。
 そしてここまで様々な配慮をしてくれたサバーニャさんの心遣いに感謝したい。
 いつかまた異世界に来たとき、蟲便でメッセージを送ろうと思う。出来ればバイク持ってきます。



  おしまい



【登場人物】

とっしー
 「とっしー」としか呼ばれない本名不明の男性。
 今回をもってサバーニャさんとはお別れである。今度来るときはバイクを持ってこれるのだろうか。
 <免許はあるから大丈夫だぞ俺!


サバーニャさん
 ドニー・ドニーで何かあったらしいので朝一で出て行ってしまった猫商人。
 とっしーとの旅を皮切りに異邦の産物で商売を始める日は近いかもしれない。
 <とっしー。バイクまだかにゃー?


虫の知らせ
 通称、蟲便(ちゅうびん)屋さん。留守番伝言預かりサービスと言えば分かりやすい。
 プロエスティマ族的にはディルカカを開放する代わりに繁栄の場所を多岐に設けようという算段がある。
 計画は順調であり、蟲便サービスは物理配達こそ出来ないものの重宝されている……らしい。


  • じっくり異世界を見渡してみると地球と似たようなサービスがいっぱいある?同行者がサバーニャだけあって買い物が魅力的な旅風景 -- (としあき) 2013-07-05 23:13:55
  • バイクに乗っていたのはハネムーン中のあの二人?壮大な風景の仕掛けも面白いです。サバーニャと分かれた旅人の次の出会いはなんでしょうか? -- (名無しさん) 2014-06-08 17:46:47
  • このシリーズは地形描写がさらっと想像させて上手いね。異世界での擦れ違い出会いそして別れを和気藹々と本の少しの哀愁で見せる上手い。サバーニャの元にバイクが届くのはいつの日か。異世界ならではのサービスはナイスアイデア -- (名無しさん) 2014-08-01 22:09:04
  • 滝の裏に鏡を造るというのがなんとも粋に感じた。異世界各地のお祭りスケジュールブックとかありそうだ -- (名無しさん) 2015-08-04 22:40:42
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

d
+ タグ編集
  • タグ:
  • d
最終更新:2013年07月05日 23:11