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【良薬は口に甘し】

「あ~この高熱と発疹。完全に『水兵熱』だにゃ。」
「ずびばぜん・・・」

猫人の船医さん(年齢不詳)は私のベロとまぶたの裏を見て、すっぱりと診断を下した。

ここはラ・ムールの交易船『にわとり号』の医務室のベッドの上。
『にわとり号』は薬草や香木(それから怪しげなクスリの原料)を仕入れるために、定期的にラ・ムールとエリスタリアを往復している。
現在、エリスタリア春の国の新都エリューシンの外港に接舷し、これからいよいよ上陸というところだったのだが…

「完治するまで上陸は不許可にゃ。もうじきこの病気の『特効薬』がこの船に来るから、それまで安静にしとくにゃ。」
「ふぁひ・・・」

なんたる不覚。ここまで来て病気で寝込むとは。
私はこちらの世界の薬学、薬草学を研究するために地球から来た大学の研究生。化粧っ気は全く無いが一応、女である。
日本からゲートを通ってミズハミシマに渡り、ラ・ムールでこの『にわとり号』に乗船させて貰って遥々『世界樹』のお膝元、妖精郷エリスタリアまでやってきたのだ。
ちなみに『水兵熱』とは水兵や船乗り特有の病気で、水の精霊の影響を長期間受けることにより内分泌系のバランスが崩れホルモンが過剰分泌される病気らしい。
1か月程度の航海で発症したのは体質がこの世界の気候風土に合わないのか…資金も時間も電源も残り心許無いというのに、病気なんかしてる場合じゃないのに…
自分の不甲斐無さ、運の無さ、決して明るくない先の見通しを鬱々と考えていたところに、ほとんど聴き取れないくらい微かなノックの音がした。

「お、『特効薬』が来たにゃ。」

船医さんが開けたドアの向こうに立っていたのは、一人の樹人だった。

性別は(あるとすれば、多分)女性。
中性的な美形、黒目がちな瞳。無表情。ふぅん、クールビューティって奴か。
身長は猫人の船医さんと同じくらいで私の肩までしか無い。つややかな硬質の光沢を放つ肌は淡い碧。表面にうっすらと葉脈のような模様が見える。
両手両脚は末端にいくにつれて徐々に茶色が濃くなっていき、指先や爪先は樹皮の様なザラザラとした質感で黒く鋭い棘が生えている。
髪の毛(?)はやや蒼味がかった碧。先端は薄紫色に変化して、ラッパ型の花びらのように広がっている。
初めて見る本物の樹人に、礼儀も忘れてまじまじと観察してしまった。

「それじゃ、早速始めるにゃ。」

せっかちな船医さんに促され、樹人さんが私のベッドの傍の椅子に腰を掛ける。
私にクールな一瞥をくれた後、おもむろにベッドに横になっている私に覆い被さってきた。

視界いっぱいに樹人さんの綺麗な顔が広がる。
ほんのり甘い香水のような香り。
長い睫毛が頬に影を落とす。

次の瞬間、ひんやりと甘く柔らかいものが私の唇を包んだ。
なめらかな唇の感触に、頭の芯が痺れていく。
触れ合う唇から甘い蜜が流れ込んでくる。
気が遠くなる。

たっぷり30秒近くキスし続けてから、樹人さんは、ゆっくりと唇を離した。
完全な不意打ちだった。頭がぼうっとして、何が起きたのか脳みそが理解するのを拒否している。

「…つまり、この病気の『特効薬』はダチュラ系樹人の体液、『蜜』なんだにゃ。
 『蜜』に含まれるアルカロイドが内分泌系の過剰活動を抑制してだにゃ…」

放心状態の私を尻目に、アトロピンがどうの抗コリン作用が何だの船医さんが何やら専門的な事を説明しているみたいだが、まったく頭に入らない。
余計な考えは全部吹っ飛んで、頭の中はキレイさっぱり真っ白だ。多分、顔の方はゆでダコみたいに真っ赤になってるだろう。
なぜならば。
なぜならば。

「ありゃ、もしかしてファースト・チッスだったんかにゃ?」

ご明察です、船医さん。まったく余計なところで勘がいい。
船医さんが新しいおもちゃを見つけた子供の顔になった。

「あちゃ~これはいけないにゃ~。勝手に人のファースト・チッス頂いちゃうとは責任問題だにゃ~。
 でも、種族違うし治療のためだし女同士だし、ノーカンという考え方もあるにゃ~。
 ちなみに今日のこれは応急処置なんだにゃ~。完治まであと一週間は『投薬』を続ける必要があるんだにゃ~。」

船医さんは困った振りをしつつ、笑いを噛み殺しつつ、しれっととんでもないことを言う。
私の反応を楽しんでる様子に腹が立つ。なに身悶えしながらニヤニヤしてるんですか船医さん。
一方、当の樹人さんは私の動揺などどこ吹く風、クールな表情のまま優雅な動作で椅子から立ち上がった。

「私は、これで、失礼します。
 また、明日、治療にきます。
 それでは、どうぞ、お大事に。」

初めて聞く樹人さんの声は、風鈴の様な、風鳴りの様な不思議な響きだった。
妙に名残り惜しいような、照れ臭くて一刻も早く別れたいような、複雑な心境のままベッドの中からもごもごお礼を言って樹人さんを見送ろうとした、その矢先。

ドアの前で一瞬立ち止まった後、樹人さんが意を決したようにこちらに向き直った。
相変わらず無表情のままだが、ガチガチに緊張している(ように見える)。

「あ、あなた、あちらの世界の方でしょ?
 治ったら、私の家に、招待しても、良いかな?
 私たち、あまり、外界の人と、お話する機会が、無いの。
 あなたの世界のお話を、聞かせて?」

一瞬ぽかんとした後、私は馬鹿みたいな呆け顔でぶんぶん首を縦に振った。
ニヤニヤ顔の船医さんと無表情のまま顔を真っ赤(?)にした樹人さんが出て行った後、私はベッドに横になって天井を見つめながら『治療』の感触を反芻していた。
何か判らないけど、沸々と元気が湧いてくる。
頭がぐるぐると猛回転を始める。

早くこの病気治さなきゃ。やらなきゃいけない事は山積みなんだから。
フィールドワークやって、データを取って、試料を集めて、論文書いて。ああPCの電源持つかしら。
そうだ、樹人さんに世界樹の森を案内して貰おう。きっと珍しい樹木や草花が一杯見つかるだろうな。
あ、地球人を世界樹の処まで連れて行くのは流石にマズイかな?まあ、そこら辺も樹人さんに相談してみよう。
休日は、樹人さんとお茶しながら、ミズハミシマやラ・ムールのお話、もちろん地球のお話しもして。
そもそも樹人さんはお茶とか飲んだりするのかしら?治療のお礼はまさか菓子折りって訳にもいかないわよねえ。
そう言えば名前聞くの忘れちゃった。船医さんも紹介くらいしてくれればいいのに。

訳も分からず元気が出てきた私は、一刻も早く妖精郷の森を、樹人さんの住居を訪問したくて
ベッドの中で子供みたいに足をぱたぱたさせているのだった。


end










●あとがき
 お読み頂きましてありがとうございましたー
 百合です。ちゅーもあります。自分にはこれが限界です。こういうの好きじゃない方はスルーしてください。済みません…
 でも地球人の研究生さんと樹人さんと船医さんの続編は、ネタができたらまた書いてみたいです。(名前決めないとな…)
 勢い任せの拙い作品ですが、ちびっとでも楽しんで頂けたら幸いです!

●以下、余談。
 ・交易船『にわとり号』の名前の元ネタは、J・メイスフィールドの『ニワトリ号一番乗り』から。
 ・『樹人さん』はダチュラ(チョウセンアサガオ)系樹人で、体液に微量のアルカロイド成分を含んでます。つまり薬草であり、毒草です。
  アルカロイドには分泌腺の抑制作用がありますが、過剰摂取すると言語障害、意識混濁、記憶喪失、昏睡などが発症します。
  つまり樹人さんと過剰チュッチュすると大変ヤバいということです。
 ・『船医さん』は地球人換算で三十代前半くらい。ふくふくとした外見の女医さんです。恋バナが大好きです。
 ・PC電源問題はどうなるんでしょう…

  • 改行うっとい。百合あんま好きじゃない。そこそこおもしろい -- (名無しさん) 2012-03-27 03:53:17
  • 海外旅行と同じ様に異世界旅行にも病気だのはつきものというのは自然。 しかし、その治療法は異世界流というのがよく分かる一本。 それにしても百合ップルの多い十一門 -- (名無しさん) 2012-03-27 06:03:32
  • ご指摘踏まえて改行を修正してみました。少しは読みやすくなったかな? -- (書きあき) 2012-03-27 09:56:07
  • きっかけは精霊だけど人体科学で水兵熱を解説されているのがとても真実味がありました。特攻役の意外性に思わずドッキリしました -- (ROM) 2013-02-18 18:01:36
  • 樹人さんが病室出た後の主人公の高速思考に病の特効薬は恋愛だと納得した -- (名無しさん) 2013-03-09 20:04:30
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最終更新:2013年03月30日 13:12