【クマ出版発行・異世界珍説集より抜粋『蜻蛉』】

ここにマセ・バズークの蟲人に関する奇妙な記録がある。

その昔、マセ・バズークを席巻していた種族はトンボの一族であったという。
彼らは今の人間サイズのトンボ族とは違い、全長数十メトルはある恐ろしい程の巨体で轟音を響かせながら空を駆ける巨蟲で、その巨体を維持するために日々多くの蟲人たちが犠牲になっていた。
しかもそれでは飽きたらず、ある日マセ・バズークを飛び出し各地でその猛威を振るい始め、ヒトどころか竜や巨人すら餌食にする有様だった。

もちろん、その当時あった国家はそれに抵抗し、軍事大国オルニト、(まだ小さかった)大延国にエリスタリア、狗人を奴隷とし隆盛を極めたラ・ムール、恐ろしい技術力を持つクルスベルグ、交易都市国家群スラフなどが先手を打ってマセ・バズークに攻め入ったが、どの国もマセ・バズークの蟲人軍によって撤退を余儀なくされた。
そして武闘派で知られたラ・ムール王やオルニト王などが、当時外から来て僻地に居座る劣った虫共の国だと思われていたマセ・バズークの蟲人達にことごとく痛手を負って退けられた事は世界を大きく震わせ、深い絶望を与えることとなる。

各国は急遽壊滅的な打撃を受けた軍を立て直し、自国の防衛につかなければならなくなり人々の不安は高まった。

そんなある日、スラフ南方民の魚人や竜人の装束に似た服を着た奇妙な虻人がトンボ族の襲来に怯える寂れた街にひょっこりと訪れたのだ。
布に包まれた長い棒のような物を担いだシオヤと名乗るその蟲人は兄弟の仇打ちのためにトンボを狩って回っていると住人たちに言い、この街で一番高い屋根の上を貸して欲しいと頼んだ。
当然ながら、住人たちはこの事態を引き起こした憎きマセ・バズークの蟲人の言うことは聞かず追い払おうする。
しかし、物見櫓から聞こえてきた甲高い鐘の音を聞いて街人たちは一目散に街で一番頑丈で大きい首長の家に逃げ込むことになる。

すぐに物見櫓が倒れる音がし、それが悠々と飛んできた。
巨大なトンボはその大きなアゴで物見役の二人の街人を齧りながら軽く街の上空を飛んだ…たったそれだけで街の周りの壁が崩れ落ち、家々の屋根が吹き飛んだ。
そして逃げ遅れて家に隠れていた者はそこであの恐ろしい六本の足で掴み上げられてドラゴンをも噛み砕く強力な大アゴで貪り食われることになった。

それでもまだ食べ足りないのか巨大なトンボは、多くの生き物の気配がする街の首長の家を目がけて突進した。
もう住人たちには抱き合いそれぞれの神の名を呼んで祈るしか無かった。

その時、ひょいっと首長の家の屋根に飛び乗る者がいた。
シオヤと名乗った虻人だ。
虻人は担いでいたその長い棒状の物に巻きつけた布を解くとソレを構える。
ソレは、刃渡り40サンチ以上はあろうかという長い直穂の付いた長大な槍であった。
その長い刃に奇妙なルーンのようなものが彫られた槍を構えたシオヤは、突進する恐蟲を恐れる事無く見つめ構えた槍を大きく振り上げ……神速の速さで振り下ろす!!

それは奇跡だったと後に住民たちは他の地域の者たちに語った。
普通より長いとはいえ、たった40サンチほどの刃で数十メトルはあろうかという巨大なトンボをその小柄な虻人は一息で叩き斬ったのだ。

そして、まるで吸い込まれるがの如く刃に突進し、真っ二つに両断されたトンボは首長の家の両側に堕ち、中身を晒してしばらくは蠢いていたという。

事が終わった後、住人たちは虻人に助けてくれたことの御礼と非礼への謝罪、そしてどうやってあのトンボを倒したのかという質問をした。
シオヤは非礼は特に気にしておらず、単に自分がやらなければならないことをやっただけであると返し、トンボを倒せたのはこの槍のおかげだと答えた。

その奇妙なルーンが彫られた長槍は、兄弟の仇を打つために異世界の鹿の角持つ武神から賜ったトンボを殺すための武器なのだという。
住人たちの質問に答えた後、彼はこれから各地で猛威を振るうトンボを倒すのだと言い残し街を出立した。

それからシオヤという虻人と彼の持つトンボ殺しの槍の行方はようとして知れない。
しかし、その後あれほど猛威を振るった恐蟲たちが絶滅したことと、石神・ディルカカが特使を出して各国と融和政策を図った事を見れば、彼がやり遂げたのだと言うことだけは確かであろう。


  • トンボって大型のものは生肉かじるんでしたっけ。蟲人は個々の性能格差が顕著で強さのピラミッドには逆らえないとかなっていそう -- (としあき) 2012-09-04 21:10:36
  • 戦国の武が異世界で…! 大物に槍一本で立ち向かう様はマサイの戦士などを彷彿させる -- (名無しさん) 2012-09-05 21:10:25
  • 兄弟の敵討ちという動機を見る限り虻人にはしっかりした心が根付いているのを感じた -- (としあき) 2012-09-08 20:02:20
  • 蜻蛉斬りがそのまんま対蜻蛉武器に?!オニヤンマとか肉食であれが巨大になったらと考えると確かに凶暴強大な空の悪魔 -- (名無しさん) 2013-07-17 06:35:04
  • 蜻蛉切り(槍)でというのが渋い。異世界の蜻蛉は巨大で飛行する肉食獣みたいなもん? -- (名無しさん) 2013-11-23 01:53:40
  • 地球でも情念を込めて作られた武具などは異世界で特殊な力を持ちそうですね。単純明快なヒーローものとして地球でも受けそうなシオヤの戦いの人生 -- (名無しさん) 2015-01-04 20:22:34
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最終更新:2013年03月28日 18:57