【異世界巡って】

ミズハ

  異世界のミズハの海中街に辿り着き、さて何をしようかと思い、まず酒を探すことにした。
  水の中でいかに酒を飲むのか気になったのだ。
  現物を見るまではきっと酒樽をぶち割って、その街の一角を酒気に染め上げているのではと夢想し、
  ぜひともそのおこぼれに預かろうと思っていたのだが、そういうことではなかったようだ。
  ミズハの酒は丸くてころころとしていた。舌触りの比喩でなく、まさしく丸くてころころとしているのだ。
  酒をぷにぷにとした某かに包んでるさまは少し奇妙でもあり、酒と肴が一体となってることを思えばいかにも便利である。
  つまみ始めると、いくらでもつまめる心地がし、反転なにか物足りないような心地もする。
  そんなときに朝焼けだかが、この浅瀬の海中街にさっと差し、まわりの海が赤葡萄酒を思わせる色に染まる。
  まさしく酒に溺れているなと、私は満足を得て手を止めた。
  ミズハの酒は、朝か夕べに飲むといい。

  ミズハから南西に下って延に至る。
  ここ延は食い倒れの国であり、来たからにはもちろん食い倒れるつもりである。
  適当な店に入って適当に頼むと、豚に鳥に麺に某にと、油と火をふんだんに使ったものが次々に運び込まれていく。
  四分の一も食わないうちに腹が満ちていき、腹が満ちれば強い酒が欲しくなる。
  頼んでみれば、朱塗りの平たくアホみたいに大きな杯に、並々と白い酒が揺れていて、
  私はそれを見てなんだかひどく笑っていたのだが、今となってみれば何が可笑しかったのはわからない。
  なんにせよ料理は美味く、美味いのなら酒の肴になって、肴があれば酒も進み、酒を飲めば飯が進む。
  そんなこんなで飲んで食って飲んで食ってるうちに、気づいたら一緒に狸人と飲んでいた。
  そいつが誰で、何を話したかはさっぱり覚えていないが、
  ふくふくと膨れた腹を、腹太鼓だ!と私がゲラゲラと笑いながら叩くと、
  ゲロゲロとひどいことになってしまったようなことが頭の隅に引っかかっている。

エリス

  延より船に乗り北へと渡りエリスタリアに至る。
  春夏秋冬・四つの領国があり、私は安芸国のホビット庄に行くことに決めた。
  エルフたちは、酒に対する熱心さに欠けているように思えたからだ。
  ホビットの酒は、やたら澄んでいて清水のように舌にしみわたる。
  秋晴れの、わずかに流れる雲を肴に、だらだらと杯を傾ける。
  杯にゆれる酒をボンヤリと眺め、小川のさらさらと流れる音をボンヤリと聞き、
  ふと思うことがあってふらふらと立ち上がって進む。
  流れる小川をみて得心する。ホビット庄を流れる川は、この酒と同じ色をしていると。
  なんとなく愉快になって、ひょうたんの酒をすべて川にこぼし、勢いよく飛び込み、溺れた。
  私を助け出したホビットの、秋の小川よりなお冷ややかな瞳が印象的だった。

ラ・ムール

  エリスタリアよりまた北へ向け船に乗りラ・ムールに至る。
  日がギラギラあたりを照らし、これは酒がなきゃやってられんと私は酒を呑むことに決めた。
  働きづめの肝臓を慮りそろそろ禁酒をしようと思っていたが仕方がない、これも試練である。
  大河をのんびりと進む遊覧船の上で、杯にそそぐ。
  ラ・ムールの酒はツンと香ってヒリリと辛い。なるほどこれは試練だと、メロンにも似たなめらかな果肉をつまむ。
  するとこってりとした甘さが舌を覆って、辛い酒を呑みたくなる。
  そして酒を呑めば果肉が欲しくなり、果肉をつまむと酒を呑みたくなるんだ。
  止まらない。これも試練か。



  • およそ食事を行う種族が住む国で酒かそれに近い飲み物が無いわけがない。 共通素材にはもってこいだ -- (名無しさん) 2012-09-28 15:46:48
  • クルスベルグは倍のコラム量になりそうだけどドニードニーは三倍以上いきそう -- (としあき) 2012-09-28 20:58:46
  • ミズハの酒は海葡萄風説あったなあ。実際劇中に出て来るとなんかうれしいな -- (名無しさん) 2012-09-29 00:53:17
  • この主人公は人生を満喫してるね -- (名無しさん) 2012-10-30 20:07:02
  • 見事に国ごとの文化色と酒の色が出てる -- (名無しさん) 2014-08-26 02:47:45
  • 水中の酒は面白くもあり実用的ですね。国の色が見える酒宴が面白いと思いながらもハメは外しすぎてはいけないと思いました -- (名無しさん) 2015-02-08 17:51:50
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最終更新:2012年09月29日 20:48