クルスベルク
ラ・ムールより北に登り山を越えてクルスベルクに至る。
クルスベルクは硬質で寒々とした空気に満ちている、
しかし洞穴と一体化したような家屋の重厚な扉をキイと開けると、暖炉がじわじわとあたたかい。
まさしく住人の気質と同じであり、卵と鶏のどちらが先だろうかと思うものの、そんなことより酒が呑みたい。
囲炉裏じみた炎に大きな鉄釜がぐつぐつとあぶくを立てその中に、酒の入った金桶が吊されている。
ドワーフはそこに狭そうにより集まり、柄杓ですくっては杯にそそぎ呑んでいる。
この熱燗の大雑把にごくりごくり、というのがなんとも「酒を呑んでいる」らしくて胸にしみる。
ビール・エールのたぐいは、なにがなくともそれだけで呑めるのだが、
ついでとばかりに蒸かされている芋に、むしゃぶりつくのが実に旨い。
イストモス
クルスベルクよりさらに北へ行き地平線に臨んで
イストモスに至る。
客人の歓待にと、黒羊を一匹ほふって肉を出してくれた。
「わざわざいいのかい」と聞いたら「理由付けがないと中々出来ないから助かるよ」と返された。
獣臭の羊肉を、甘ったるくした羊乳のタレをつけて食う。そこに酸味の強い馬乳酒がよく合うんだ。
馬乳酒は度数が弱く、子供がごくごくと呑んでいるようなもので、まぁたまには休肝日と私もごくごくと呑んだ。
と思ったら、これぞ酒とばかりに馬の乳酒の蒸留酒が出てきたのだ。
ミルクの風味が柔らかく呑みやすく、しかしこれぞ酒だとばかりに度が強い。
一瞬諦めたからこそ私は飛びついて、鯨飲馬食とばかり呑んで食ったが、
腹をパンパンに苦しんでる私の横で、同じくらいに呑んで食っていた
ケンタウロスがケロリとしていて、
やはり本職には敵わないなと思ったものだった。
スラヴィア
イストモスより南東に海を渡り
スラヴィアに至る。
初め思い込んでいたのとは違い、昼のスラヴィアはひたすら牧歌的であった。
ごちそうになったエールは素朴で、どこか甘みを残してあった。
つまみのトマトもよく締まっていて、美味い。
夜分になって領主の館によばれたが、既にべろんべろんであり、千鳥足で館へと向かっていったような気がする。
館の人物はそれぞれ世にも恐ろしげな姿をしていて、素面なら小便漏らしつつ震えたとおもうが、
酔っていた私には変なジョークとしか感じられずバカ笑いをしていた。
そこで出された酒は、青・桃色・緑と色鮮やかで、香りもまた様々。
器の壮麗さと合わせて楽しげであった。
あいにくと食事はなかったが、なんやかやの芸やら競い事が十分に肴となって酒を美味しくさせた。
昼からの酒尽くしにこれ以上なく泥酔していたので、これ以降はよく覚えてはいないが。
「野球拳が饗宴の演目に加わりましたよ」とのことが次の日に伝えられ、どんな恥を晒したのか少し怖くなり、
しかし酒を呑めばどうでもよくなるかと酒を呑んだ。
ドニー・ドニー
スラヴィアより北東に海を渡り
ドニー・ドニーに至る。
ここで旨いものといったら、肥沃な北洋の魚たちであり、その中でもやはり鯨だろう。
鯨は、魚よりもしっかりしていて、しかし獣よりスルスルと食え、酒の肴によく似合う。
鯨の脂だけを煮たものも、雪のように真っ白で、とろけるように旨かった。
鯨だけでなく、ひたすらに塩漬けたなにがしかも、酒がすすんでよろしい。
ドサッと塩を付けるか、はたまた白焼きかという単純さなのに、
これほどにどれも豊かな味をしているのは、海が滋味にあふれているからなのだろう。
旨いモノは酒をよくすすませる。
外に放っぽられキンと冷えた酒も、暖炉の熱で暑苦しい室内でのむと旨くてしかたがない。
ドニーの酒はキンと冷えているが、呑むとカッと熱くなる。
その熱にやられて鬼たちがボコボコと殴り合いをはじめたのに面食らったが、
大事も起こりそうになく周りのもゲラゲラと笑っていたので、私も笑いながら喧嘩を肴に酒を呑んだ。
- 食事風景だけじゃなく自然に長くなりすぎずプラスαを紹介する上手さに感動した -- (としあき) 2012-09-29 21:08:11
- 時計回りに異世界一周してるんだな…しかし酒が飲みたくなる話だな -- (名無しさん) 2012-09-29 21:45:27
- 下戸なので酒以外の飲料に惹かれる -- (名無しさん) 2012-09-29 22:25:54
- なんて涎の出てくるSSなんだ…! -- (とっしー) 2012-09-30 19:22:30
- 酒と肴と会話がしっかり国の色になっているのが本当に楽しいですね。「理由付けがないと~のくだりは食生活や家庭の風景まで浮かんできて思わず膝を叩きました -- (名無しさん) 2015-02-23 17:08:51
最終更新:2012年09月30日 20:27