曇天の空模様の下、まったくいつもと変わらない道を歩く。
変わらない風景にこそ価値があると言ったのは誰だったか。
まったく、何と無責任な事を言うものか。
そりゃあ季節の移ろいはあるだろうさ。
それにしても、それだけだ。何一つ変わりはしない。
俺は今日も一人で登校する。
学校の名は、私立十津那学園。
地球人と亜人が共に学ぶ総合教育施設だ。
周囲を見渡せば、確かにカップルが目立つ。
十津那がリア充の巣窟と言われる所以だ。
しかし、俺のような独り身も普通にいるのだ。
むしろ主流派なのだ。そういうところを理解して欲しい。
思うそばから俺の隣を、
ケンタウロスの男子とその背に乗る地球人の女子のカップルが通りすぎる。
いいなぁ・・・ああいうの。
そうこうしているうちに正門前へとたどり着いた。
門前にはケンタウロスの風紀委員が何人かいて、身だしなみチェックを入れていた。
十津那学園にはこれと決まった制服があるわけではなく、
基本の制服をその種族の体型などによってカスタマイズしているのが大半だ。
極端な話、学年を表す腕章さえしていれば、あとはどんな格好をしても自由なのだ。
でも俺は学ラン。楽だから。
さて、制服が自由なのに風紀委員が何の身だしなみをチェックしているかと言えば、
まずは危険物の持ち込み制限。
無ぇよ、なんて思った方は文化的所見が狭いとしか言い様がない。
<向こう側>で当たり前と思っていた物が、<こちら側>では危険物。それは十分ありうるのだ。
つい先日も、
ノームのナントカって人が持ち込んだ道具が爆発して研究棟の1室が吹き飛んだし、
鬼族のカントカって人が「先祖代々身につけている故」とか言って日本刀も素足で逃げ出す刀を持ってきてたし
躍字を封じ込めた指輪がウンヌンカンヌンなんて話も聞いたことがある。
ちなみに日本の法律をそのまま亜人に適用するかどうかは、まだ議論が紛糾しているらしい。
亜人差別禁止法も、大枠は国会を通過したものの詳細は定まっていない。
とりあえず銃刀法くらいは守ろうよという気もしないでもないが・・・
こうして列挙してみると無法地帯のようにも思えるが、各位の努力によってバランスは保たれているのだ。
あ、タバコとライター没収されてやんの。ある意味で危険物ではあるな。
次にチェックされるのは服装だ。
学生らしく、だらしない格好をせず、見栄えの良い清潔な服装にせよとの事だ。
「地元じゃ裸で暮らしてるんだけど、やっぱり制服着なきゃダメか?」
なんていう話も無いわけではないけれど、そこは郷に入らば郷に従えっていうね。
性器を露出させていなければOKというウワサもあるが、基準は藪の中だ。
あ、人間のモヒカンは駄目なんだ。厳しいな。鳥人のモヒカンはOKなのにな。
8時半。教室にはほとんどのクラスメートが揃っていた。
あと何人かは今日は休みか、普段通りに遅刻してくるか、サボりだろう。
何気なく周囲を見渡すと、半数ほどは地球人で残りは亜人といった面子が視界に入る。
ちょっと憧れている
ミズハミシマ鱗人の娘がいるが、既に彼氏持ちだと言うウワサだ。チェッ。
「はいー。みんなおはようー」
えらく低くてシブいバリトンボイスを響かせて、男性が一人入室してきた。
我がクラスの担任の土塀隆義(どべいたかよし)先生だ。
やや低めの背ながらも、そのヒゲと若い頃にアメフトで鍛えたという体格の良さもあり、
本当は地球人じゃなくて
クルスベルグの人なんじゃないかという与太話すらある。
「きりーつ」
クラス委員長の小此鬼さんの号令がかかる。
美人で眼鏡でお下げ髪で巨乳だからという理由で男子の猛烈な後押しで委員長になってしまったという娘だ。
関西弁じゃないのが唯一のマイナスポイントだと言うが、そこまでくると俺には理解しがたい。
ちなみにミズハミシマの鬼族である。赤銅色した肌がとてもキレイだ。
「れーえ おはよーございまー ちゃくせーき」
ガゴガゴガゴッと音を立ててイスを出し入れする音が響きわたる。
これ<向こう側>の人に必要性とかちゃんと伝わってんのかな。はなはだ疑問だ。
「はい、おはよう諸君。
さて今日はゼクスント・ドライシヒが休みだという連絡があった。
あとは・・・遅刻か。まったくしょうがない連中だな」
先生はそう言いながらも、てきぱきと出席をとり始めた。
「それでは連絡事項を伝える。
十津那体育祭と学園祭が間近に迫っている事は諸君も承知かと思うが、
各人どの競技に参加するのか、またうちのクラスでどんな出し物をするのかを
今日の6時限目のホームルームで決めたいと思う。
それまでに自分の意見を決めておくように。
それと、風邪がはやっているようだから、諸君も気をつけるように。
ゼクスも風邪をひいたって話だからなぁ。あいつ風邪をひきそうにないのに。
おっと、これは失言だったかな。
灰谷、お前確かゼクスと同じ下宿先だったろう。
今日の授業のノートとか配布物とか、届けてやってくれ。頼んだぞ」
ちなみに灰谷というのは、俺だ。
灰谷福朗(はいたにふくろう)、16歳、男性、地球人です。よろしく。
一体俺は誰に自己紹介をしているのか。
「灰谷ー、聞こえてるのかぁ」
「はい、聞こえてます。けど、女子の方がいいんじゃないですか」
「うん?まあ、それもそうか」
きーんこーんかーん・・・チャイムが鳴り響く。
「それじゃあ、今日は私の授業は無いから、また6時限目にな」
そう言って先生は退出していった。
1時限目は数学の授業だ。
最先端の分野では、
ゲートが開いた日を境にして物理学と共に『敗北』を喫して
学者たちが死に物狂いで研究を進めているという話だけれど、
俺らの勉強するレベルのものなんて、そんなに影響を受けるようなものでは無い。
一言で表すなら、まったく解ける気のしないパズルだ。
1年生のうちからそれでいいのかという思いもあるが、だってわかんねぇんだもん。
とりあえず机の上に教科書とノートは置きはしたが、あとは黒板に書かれた文字を
意味を理解もせずにノートに落とし込む作業をするだけだ。
麗しの鱗人の姫君は予習をしているようだが、俺には教科書を開く気にもならない。
きーんこーんこーん・・・チャイムが鳴る。
たまに思うけど、このチャイムって生音なんだろうか。音程が違う気がするが。
「さあ今日も今日とて二次関数を勉強しようね。
数式は美しい。数式は裏切らない。数式は人を区別しないし差別しない。
実に素晴らしい。さあ授業を始めよう」
なんかヤギみたいな人が入ってきたが、普通に地球人の先生だ。
正直言って数学もさることながら、俺はこの人のキャラクターが苦手だ。
なんというか、世の中を生きていない気がしてならない。
「こんな事を学んでも世間じゃ何の役にも立たない」なんて事を言う気はないが、
この人の理屈で物事を学んでも役立たないのではないかと感じるのだ。
数式が美しいのはわかったから、何故それを美しいと思うのか教えてくれと思うのだ。
まったく伝わってこない。今も独りよがりに授業を進めている。
「なあ、意味わかるか?」
隣の席に座るアグレンフィナに小声で尋ねる。ちなみに彼女は
ドニー・ドニーの
ゴブリンだ。
「数式の意味はわかるさね。それと、先生の教え方がなっちゃいない事もね。
あと、アンタがまったく理解できてない事もよくわかるよ。
なんだいそのノートの取り方は。黒板丸写しじゃないか」
彼女は鉤鼻をヒクつかせてニヤついた。
これで中年すぎたら丸っきり魔女の婆さんな顔立ちになるなぁ
「頼む。あとで詳しく教えてくれ」
「高いよ」
「いくらだ」
「りんごジュース1パック」
「じゃあ頼んだ」
契約成立だ。
「なーにをゴチャゴチャしゃべっとるのかね。
アグレンフィナ君、問3を答え給えー」
「X=-1」
「う・・・うむ」
瞬殺かよ。
こーんきーんこーん・・・チャイムが鳴る。
あと4時限も授業あんのか。かったるいなぁ
窓の外を眺めると、やっぱり空は曇ったままだった。
- 短い台詞と描写でキャラを立てるのが上手い。続きが楽しみ -- (名無しさん) 2012-10-25 08:53:32
- ><向こう側>で当たり前と思っていた物が、<こちら側>では危険物。それは十分ありうるのだ。 当たり前の様に思えて意外と忘れがちな要素だと思うこの一行。爆発はいかんよね爆発は -- (としあき) 2012-10-27 05:11:15
- 亜人好きには聖地でもある学園だが、イチャイチャオーラにあてられつづけるという見方によればヘルでもある場所 -- (名無しさん) 2012-10-30 17:07:49
- カップルを眺めつついいなぁいいなぁと思いながら過ごす青春も悪いもんじゃないぞ -- (としあき) 2012-10-30 22:38:13
- 特別でない平凡な目で見た学園の風景だけに客観的でとても分かりやすいですね。先生の言葉や自然と交流しているのがよかったです -- (名無しさん) 2015-03-29 19:27:31
最終更新:2012年10月25日 00:59