雷鳴が轟く中で二人の歪な人影が揺れ動く。
「いい出来だね。流石、全世界一の天才と自分で言うだけのことはある…
じゃあ段取りは付けるから手はず通りに頼むよ」
「ウククク…お褒めに預かり光栄至極!我が君よ、私の研究成果をとくとご覧あれ!!!」
青空の下たくさんの狗人や
ケンタウロスが畑を耕している。
地球でも見られる鋤鍬を握った狗人や体に耕起用の刃のついた車を綱で縛り猛然と引くケンタウロスなど多種多様な姿が面白い。
柄の長い鍬を立ててその柄に手と顎を置き小休止しながら彼女は懐かしくも新鮮なその光景を見ていた。
「銃士殿!ここに居られたのか」
声に振り向くとあぜ道をこちらへと走ってくるケンタウロスの少女騎士が見えた。
「おや、ルイゼットさん。どうしたんですか?」
腰に幅広の長剣を佩き、鋲で補強された革鎧を着け、美しいブルネットの髪を後ろで一括りにした
イストモス貴族の少女はルイゼット・ギョティーヌ。
数日前にこの地に商談に来たガンマンの案内役を努めている。
「ああ、会議で銃士殿が提案した幾つかの農業書や農機具の購入が決まった。
ついては商品の発注と値段の交渉をしたいので城までお出で頂きたい」
「お買い上げありがとうございます。では、すぐに向かわせて頂きます…すいませーん!これ、お返ししまーす!」
ガンマンは持っていた鍬を畑の横の木に立てかけて叫んだ。
「おう!異人さん、手伝ってくれてありがとうな!後でウチでとれた野菜持ってってやるよー」
狗人の農夫が元気よく返してくれた。
ファンタズマール公国。
かつて、スラフ島戦史に残る三人の姫騎士が率いたイストモス義勇騎兵団 がいた小国…
スラフ戦役後、帰らぬ人となった姫達の母はそのショックから衰弱し跡継ぎの無いままこの世を去る。
しかも夫であるファンタズマール公は既に亡く、このままでは他の領土に吸収される事になるというお家断絶の危機となっていた
その為、残された重臣達が知恵を絞り、亡骸を
スラヴィアのパーバルディア侯から返還されたゼラ姫以外、デュラ姫とミラ姫は実はスラヴィアで生存しており、いつか屍徒共に侵略されたスラフを開放し
我らが国に凱旋してくるという事を偽造した証拠もつけ、その時まで臣下達が公国の運営をし守り抜く事を王妃から委任されていると公式な見解として対外に示したのだ。
もちろんそのような戯言を信じる国は無かったが、スラヴ開放のための不在という大義があり、小国でありながら武に優れ、領土も比較的豊かで地力があるこの小国に積極的に手を出そうとする者は少なかった。
かくして、今日までファンタズマール公国はイストモスの西部で領主不在の自治国家として存在している。
「…無茶苦茶に値切られましたよ。
うちのボスに何と言えばいいのやら…」
商談が終わり、苦虫を噛み潰した様な顔をしたガンマンと笑いを堪えながら付き添うルイゼットが中庭のテーブルでお茶を飲んでいた。
「くく……銃士殿は商談が苦手なのか?完全に丸め込まれていたぞ?
我が公国の偉大な大老(ケイローン)達は政だけでなく商談も得意だからな。
今度は商談に強い相方を連れてきた方がいいだろう」
「ご忠告ありがとうございます…」
ガンマンは未だ納得のいかないような声で返事をした後、こちらのお茶(紅茶によく似た蒼い発酵茶)を煽って苦い顔をする。その様子がおかしいのか、いつもは武張った態度を取るルイゼットが
年頃の少女らしくまたくすくすと笑う。
そうして笑うルイゼットと他愛のない話をし、お茶でスッとした爽やかな芳香が喉を潤すのを感じながら、ガンマンがゴンザレス社長にどう言い訳をしたらよいかと思案していたその時…
カッカッと上品にこちらへ向かってくる蹄の音が聞こえた。
「ヘイ!ルイゼットちゃん。ここにいたのか!…あ、先輩!ちーっす」
中庭への入り口から現れたのは金髪を三つ編みにし肩から前に垂らし、ルイゼットに似た革鎧を着た可憐な美少女のケンタウロスとその背に乗った黒いコートにキャトルマンハットを被った
彫りは深いが東洋系の顔立ちをした大男だ。
「マドレーヌ!またその厄介な馬鹿を連れてきたのか…しかも嫁入り前の貴族の娘が若い男を背に乗せるなぞ…」
ルイゼットは厳しくマドレーヌを叱責する。
しかし、当のマドレーヌは入ってきた時からの柔らかな笑顔を崩さず
「んだども、リンゴ君はようウチの畑仕事さ手伝ってくれとるからなぁ…これ位は…」
「そういう事を言ってるんじゃない!貴族の娘たるものもっと貞淑に…あと、その小作人の言葉遣いも直しなさい!」
ガミガミとマドレーヌに怒り続ける。
マドレーヌは困ったような顔をして
「オラんちは三流の名ばかり貴族もいいとこだっぺ。武功も殆ど無いし、大戦の時もずっと畑さ耕しとったし…しかし、ルイゼットはウチのかっちゃかねえちゃみたいに口うるさいだなや」
「マ・ド・レー・ヌ?」
「は、ハイ!」
ルイゼットがいつもの様にクドクドとマドレーヌにお小言を言い続けるのをガンマンとカウボーイは椅子に座って静かに眺める。
二人とも助け舟を出さない。なぜなら、助け舟を出せば確実に自分にもルイゼットのお小言がふりかかるのがここ何日かで分かっているからだ。
半時間ほど経ってルイゼットが落ち着いてきた頃
「んで、ルイゼットちゃんそろそろ俺のお誘い考えてくれた?」
どこから取り出したのか自分のマイカップにお茶を入れてすすりながら黒いカウボーイ・天橋院臨悟が彼女に問いかける。
「何度も言っているがお断りだ。
落ちぶれたとはいえ、栄えある我が公国の近衛騎士の裔であり現・騎士団員の私が他者の…しかも男の乗騎になるなど」
ルイゼットははっきりと臨悟にそう答える。
臨悟はそれを聞き、大きく肩を落として返す。
「ええー!そりゃ無いよ。
この辺りじゃアンタが一番速くてイカした馬なんだから…カウボーイにイカした馬がいなかったらカッコつかないだろう?」
そう言いながらため息をつく、すると…
「…私は、ファンタズマール公国の騎士(シュヴァリエ)だ!!勝手に乗騎扱いするな!!!!」
臨悟の言葉にルイゼットが声を張り上げる。
その大声にびっくりしたマドレーヌが隅っこでビクッと頭を抱え、言われた当人の臨悟はきょとんとした。
「…まあまあ、皆さん。今日は気持ちのいい日です。とりあえず一緒にお茶でも飲みませんか?益体のない話はそれからでもいいでしょう?」
緊迫する場の中で、
新天地から商売に来たガンマンは新しいカップにゆっくりとお茶を入れて剣呑な雰囲気になった場を取り成そうとした。
「…済まない。気分が優れないようだ。私はお先に失礼する」
疲れたような申し訳なさそうな顔をしたルイゼットはそう言い、その場を離れた。
「あっはっはっ…いやー!すんませんゴチになります先輩!」
臨悟がドカりと来客用の椅子に腰掛ける。
「ありがとうなぁ異人さん。あ、オラんとこの干しいちじく食うべさ」
隅で丸まっていたマドレーヌもいそいそとテーブルにつきポシェットからドライフルーツをお茶うけに取り出す。
「…で、君は何でそんなに彼女に拘るんです?
馬なら別に地球から輸入してもいいし、こちらにも馬によく似た生物はたくさんいますが」
傾けていたカップをテーブルに置いてガンマンはそう問うてみた。
それに対してカウボーイは
「はは!こっちでカウボーイやろうって言うんだからこっちで馬を探すのは当たり前じゃないですか!それにケンタウロスは俺が見てきた中で一番、早くて強くて乗り心地の良い種族ですよ?
ケンタウロスこそ俺と両世界の№1を目指すのに相応しい存在ですよ!」
そう力説する。
「オラ達にとっては微妙な褒め言葉だべ…特にルイゼットにゃ」
臨悟の言葉に困ったような顔をしてそう呟くマドレーヌ。
「臨悟君が空気読めないのは置いといて…彼女はどうして騎士や血統に拘るんでしょうね?」
ここに来るまで多くのケンタウロスに会ったが、ケンタウロスは狗人によって発展を助けられている部分が大きいのでマドレーヌのように支配階級であることに拘らず異邦人を面白がって背に乗せてくれる者も多く、
ルイゼットのような厳格に階級を重んじる者はかなり上の階級の者や血筋が古く貴い者ぐらいしか知らなかったのである。
「ルイゼットんちはご先祖が元々、近衛頭だったかんなぁ…」
複雑そうな顔をしてそう話し始める。
ルイゼットのギョティーヌ家は元来ファンタズマールの王族を守る近衛の一族であったという。
しかし、スラフ島戦役で旧友を助けるため義勇軍として出陣した王女たちは帰らぬ人となった。
その後の対外的な公式の見解はともかくとして、お家断絶となったファンタズマールの新米近衛兵であったルイゼットの先祖は、病床にあった今は亡き女王からの公国を守って欲しいという最後の願いを頑なに守り続け、
多くの功績を上げてついには近衛隊長まで登りつめ、この公国で国政を担う存在である大老達と肩を並べる程の力を得るほどになった。
だが、彼女の一族はその融通の利かなさと蛮勇とも取れる勇敢さのせいでだんだんと一族の数を減らしていった。
そして、ついに10年前に彼女の父親が近隣の領主との小競り合いで死亡してからは嫡男もなく、まだ幼いルイゼットが騎士見習いの従士として騎士団に所属することで、やっとお家断絶を間逃れたのだ。
彼女はその後、庇護者無しで風当たり強く辛い従士時代を送り、二年ほど前にやっと下級騎士として認められ、マドレーヌと一緒に領内や城の警護や来客の対応に当たっている。
だから彼女は人一倍自身が騎士であることにこだわるのだという。
「おお!彼女苦労人なんすね。これは精神面でも期待できるなぁ!」
話を聞いて無邪気にそういう臨悟に二人は微妙な表情を浮かべる。
「…君はちょっと人の気持ちを斟酌するのが不得意そうですね」
ガンマンが少し遠慮がちな表現でそう言うと彼は
「いやぁ~よく分かりますね先輩!俺、向こうでもこの性格でサジ投げられたんですよー。
でもその代わり、こっちの腕は折り紙つきですよ!!」
彼はそう言いながら腰の特注らしいガンベルトに差している馬鹿でかいリボルバーをバシバシと叩いた。
同じ地球から来たガンマンはそれを見たことがあった。拳銃と呼べるのかも怪しい有名なゲテモノ銃だ。
「……そんな化物銃とケンタウロスの騎士でカウボーイになる気なんですか?本当に?」
「あっはっはっはっ………鋭い!!俺、実はこの世界に天下取りに来たんっすよ!!これね、他の人には内緒ですよー?」
彼はいつもの如くゲラゲラと笑いながらガンマンにそう軽く返したが、彼のその目だけは笑っていなかった。
星天の下ではないどこか…卓の周りに幾つかの影が踊る。
「それで…本当に上手くやれるんだろうな?」「この件については我々も危険を犯している」「そちらの上から我々の身の保障と後処理はすると言う言葉は貰っているが…失敗すればお前たちに手を貸した我々にも類が及ぶのだ」
「クケクク…ええ、もちろん。しかしみなさん、心配性ですなぁ~立派な体を持っている割に気はお小さいご様子で…」
「なっ!!」「貴様、我々を愚弄する気か!?」「下賎な屍風情が!!」
「アッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!!その死体風情に遠征軍が尽く敗北したのは何処の国でしたっけねぇ!?あまつさえ資源豊富な隣の小さな領が欲しいけどソレすら攻めあぐねて死体の国と手を組むなんてねぇ~
…大戦で負けはしたが大戦果を上げたうえに自分達の領を守りきってるとことエライ違いですね♪」
「「「…」」」
「…ヒヒヒ、みなさ~ん、理解していますかぁ?みなさんはもう我が国の部隊を自国に招き寄せてる裏切り者ですよ?我々の上の目眩まし無くしてどの面下げて星天の下を歩けますかぁ?失敗した時の事を考えるくらいなら
黙って我々に人生全部ベットした方が有意義だと思いますがね?ケケケケケ…」
沈黙の中、ゆらゆらと影達は踊る。その歪んだ理念に従って…
勝手にキャラを使わせて頂いている
【災厄の騎士】の作者様にお詫びと厚い御礼を
蛇足:結局書き上がりませんでした
- ケンタ娘がどっちも魅力的でいいな。何やらスラヴィア方面がきな臭いけどどうかケンタ娘が危ない目にあいませんように・・・ -- (名無しさん) 2012-12-05 23:23:51
- 空気が読めないことで計画の一端を無自覚に担っているようなリンゴ君。ではその次はどうする?と聞かれたらただ笑うだけそうなのも背後にある黒い影と対照的で目立っていました。小国ながら国の運営模様とケンタウロスの中にある価値観の変化もよくできあがっていると思いました -- (名無しさん) 2015-05-31 20:06:40
最終更新:2012年12月06日 20:58