よせてはかえす波の音、風にあおられ揺れるヤシの木。
夕陽に染まった真っ赤な海が視界いっぱいに広がるG‐10の孤島、そこで私は一つの決断を下した。
視線の先の太陽が沈んだら第三回放送が始まる。そしてそれが始まってしまったら……おそらく私の行く先はひとつ、『死』のみだ。
まるで背中を虫が這いまわるような感覚におもわず身震いする。漠然としていたイメージを改めて突き付けられ、迫りくるタイムリミットを前に私の体は正直だった。

死にたくない、それが私の今の正直な気持ちだ。
確かにある種の『公平さ』を胸に、私はここでゲームマスターの役割を果たしている。
だがそれも脅されているからであり、何も自分から名乗り上げたわけではない。

私は参加者同様被害者、いや、荒木にたてつくことを許されず、すぐそばで絶えず見張られていることを考えると……。
今の自分がいかに窮地に陥っているのか、そしてこれから自分がどうすればいいのか。
両手で顔を覆う。しばらくの間そうしていたが、ゆっくりと息を鼻から出すと顔をあげ、椅子に深く座りなおす。ギシィときしみ声が誰もいない島に響いた。

わかっている、このままなにもせずにいたら私はそのうち用済み、荒木に……『始末』される。
荒木にたどり着こうとする参加者たちの踏み台に私はされるだけ、仮にこのまま誰も来なかったとしても……優勝者が決まった後私がどうなるか……考えたくもない。

結局私がやることなんぞ決まっている。そう、私はそれを決断した。
第三回放送、これを超えたら……二度とチャンスは来ない。
『今』しかチャンスはないのだ。
あとは一歩踏み出す、その勇気を振り絞るだけだ。

椅子を蹴飛ばすように立ち上がる。唇をかみしめ私はゆっくりとポケットに手を伸ばした。
今から私は……『命』を賭けた勝負にでなければならない。
いや、これは勝負などではない。懇願だ。私は今一度……魂を賭け、あの荒木に懇願しなければならない。

チラリと横目で太陽を見つめる。夕暮れ前の美しい風景に心奪われる余裕は今の私にない。
ただまもなくタイムリミットが来る、それが私の決断を後押しさせてくれる。
もはや四の五の言っている暇はない。私は表示された画面をしばらくの間見つめ、ギュッと目をつぶりボタンを押した。
もう後には引けない。私にはこれしか生きる方法がない。

耳に響く呼び出し音、早鐘する私の心臓。
携帯電話を握る掌に汗がにじむ。口の中は乾ききり、つばを飲み込んだときゴクリと喉で大きな音がした気がした。
そして突然割り込むブツッという音。相手が電話をとった音だ。

「やぁ、ダービー君。どうかしたのかい、島には参加者もいないはずだって言うのに……君から電話をかけるだなんて何かあったのかな?」
「急な電話で申し訳ありません。放送前でお忙しいとは存じ上げていますが……ひとつ内密におねがいしたいことがありまして…………」

電話の向こうから聞こえてきた声は上機嫌な様子だった。
好都合だ、私にとっては荒木の機嫌が悪い時よりは……いくらかましな展開だと言える。
必死で震える声を抑え会話を続ける。唇を湿らせ私は口を開いた。

「おや、ということはあれから君も考えたわけだね、『自分の生き残る方法』を! いいじゃないか、ダービー君、気に入ったよ! 本当だったら君から連絡を取るのはルール違反だけど……いいよ、言ってごらんよ!」
「お気づかい感謝します。時間もないので端的にいいましょう」

一息には言えなかった。
呼吸を落ち着けるためほんの少しの間、受話器を口元から遠ざけた。
荒木は何も言わなかった。きっと私がこうしていることさえ、あいつにとっては楽しみの一つにしかならないのだろう。

平静を取り戻す間、ふと兄の顔が私の脳裏をよぎった。
走馬灯というやつだろうか、そうだとしたらなんて弱気な考えをしているんだ。
だがそれでも私は気になってしまった。兄だったら、生粋のギャンブラーの兄だったらどんな選択肢を選んでいたのだろうか。
わからない。だがそれでも私はこれが最善だと思う。これしか…私には考え付かなかった。私が生き残るには……この道しかないように思えた。




「荒木様、どうか私を…『参加者』にしていただけないでしょうか?」





              ◇  ◆  ◇



歴史だとか過去のノスタルジィを感じさせてくれるものは場所に限らず心を落ち着かせてくれるね。 だからこそそーゆーものを後世のために残しておくことは非常に大切だと僕は思ってる。
今回僕が選んだのはドボルザーク作「新世界」、第二楽章「Largo」を彼の弟子フィッシャーが編曲した「Goin'Home」
ピンと来ないかもしれないけど「遠き山に日は落ちて」と聞いたらわかるかな?

夏の風物詩、少年時代の淡い思い出、哀愁漂う古きよき時代。
ああ、いいねェ。キャンプファイアやボーイスカウト、サマーキャンプにトーチワーク。感動ものだ、時刻も夕方、まさにぴったしじゃないか。

おっと、前置きが長くなってしまったね。いよいよ第三回放送だ。
色々言いたいことがたくさんあるんだけど……君たちも忙しそうだしね、とりあえずは脱落者から発表しようか。

この六時間で脱落した参加者は…………



以上、14名だ。

なんともう半分以下だ! 充分過ぎるぐらい順調だよ……そんなに焦らずゆっくりしても僕は一向に構わないのに!
本当のことを言うとだね、このゲームが終わってしまうのが非常に惜しいんだ。それほど君たちは一生懸命頑張ってる。必死になってよくやってる。
それがイイ! スッゴくイイんだ!
だからね、終わりが見えて来たのはある意味楽しみでもあり、残念でもあるんだ。そんなに頑張ってる君たちを見ていられるのもあともう少しなんだな、ってね。
ああ、でもそんなんだからって途中でやめたりはしないから安心してよ。僕は君たちが頑張るのを、自分で言うのもなんだけどまるで子供のように楽しみにしてるんだ。そういうわけで引き続き頑張ってくれ!

さて、じゃあ次は禁止エリアの発表と行こうか。今回の禁止エリアは4つだ、前回より一か所多いからねェ、注意して聞いてくれ。いくよ?

 18時から G-10
 19時から F-6
 21時から G-3
 23時から D-5

いいかい?G-10、F-6、G-3、D-5。この四か所が新しい禁止エリア。気をつけてね。
さて、もう放送自体は終わったわけなんだけど……実を言うととんでもないサプライズが一つあるんだ。

なんとこのゲームに乱入者が現れたんだ! どうだいびっくりするだろ?
紹介しよう……テレンス・T・ダービー君ッ! 彼の勇気に敬意を表して皆惜しみない拍手をッ!

ああ、それと彼の参戦についてだけどひとつだけメッセージを。
『約束も支給品もまだ有効だよ。ただ放送の意味をよく考えてくれ』
ゲームもいよいよ終盤、残り人数次第じゃ今日中にも終わるかもしれないね。
とりあえず次の放送は深夜24時! その時まで生き残れるよう、みんな頑張れ! 応援してるよ!






              ◇  ◆  ◇




そこは一軒の館、どこにあるのかはわからない。
どこかにあるのかもしれない、どこにもないのかもしれない。それともただ単にわからないだけかもしれない、知ろうとしてないだけかもしれない。
煙突が三つあり大きさの割には門が小さいのが特徴の美しい洋式建築の館だ。持ち主は暮らしに苦労はしてなかったであろう。
その館の中、カーテンが閉め切られた薄明かりの部屋で、とある男が盛大なため息を吐いた。口元には電話、ソファーに腰掛け誰かと会話中のようである。受話器越しに声が聞こえてきた。

『仕方ないじゃないか、ダービー君が参戦したい、そう言ったんだから!』
「やれやれ、君はいいよ、そうやって自由にやって。でもね、首輪の管理だの参加者の動向チェックだの全部負担してるのは僕なんだよ? ちょっとは僕の身になってもみてよ」

男は不満そうに電話先の相手に返事をした。にもかかわらず相手は変わらぬ様子で平然としている。笑い声とともに言葉が返ってくる。

『たかが一人だろう? 今までうまくやってた君なら何とかしてくれるって僕は信じてるよ! それにダービー君だよ、ダービー君!  彼の事を考えるとわくわくしてくるのは君も一緒だろ?』
「まぁ、そうなんだけどねぇ……」
『どう思う? ダービー君は僕に立ち向かうのかな? いや、僕の能力の凄さを彼は一番近くで見てたんだ。彼はああ見えてかなり賢いし、自分のスタンド能力だって冷静に把握してる。となると優勝狙いかな? いや、それも難しいだろうね。
 でも待てよ、あえて僕に立ち向かうっていうのをもし彼が選択したとしたら……』
「とにかく今回の件はともかく、今度からなにかあったら僕に一応でいいから連絡をくれないかな? 僕のほうにも準備ってものが必要だからね」

相手の興奮した呟きを遮り少しだけ口調を強くした。だが相手は何も感じていないのか、気が向いたらね、それだけ言って足早に通話を終わらせた。何を言っても無駄だと悟ったような顔で男はまた溜息を吐き、受話器を下ろす。ソファーに深く身を沈め目元を手で優しくもみながらも、口からは誰に向けたわけでもない愚痴が小さい声で紡がれていた。
その男に声がかけられる。部屋の薄明かりの中、向かい合うように置かれたソファーから少女の声が聞こえた。

「それで……?」
「それでって……ああ、なんで僕が君を『呼んだ』か、だったね」

男は相手に目を向けることすらせずに上の空のような声で返事をする。口調は投げやりでどこか疲れきっているようであったが、その一方で楽しんでいるようでもあった。
男はゆっくりと手を下ろす。表情を疲れていたものから満面の笑みに変え、机の上の日記を持ち直す。そして男は少女へと向き直った。

「それはね、君が杜王町の守護霊だからだよ。死なない、朽ちない、消えない。僕、いや『僕ら』に捕えられた以上、君は一生成仏できないだろうねェ……? だからこそさ。だからこそ『僕ら』は君を選んだ」

話に乗ってきた男は一転、身を乗り出し少女に語りかける。反射的に身を引く少女。隠しきれない嫌悪と、それ以上の恐怖に染まった顔が壁中に取り付けられたテレビの青白い光に照らしだされる。
男は口を開く。瞳をらんらんと輝かせ名誉のスピーチでもするかのように嬉々として語りだす。

「『僕ら』は君を語り部として選んだのさ、『僕ら』の存在を、そしてこの物語を永遠に語り続けるものとして、君をね」
「…………アンタは……あんた達はいったい何者なのよ?!」

恐怖に駆られた少女の叫びが部屋にこだまする。だが男は動じない。それどころかそれすら心地よいのかソファーの中で体を強張らせる少女をみてこれ以上ないほどの笑みを浮かべる。

「さぁね? 実際僕も、いや、『僕ら』自身わかってないのかもしれないなんだよ」

男はとうとう堪え切れず笑いだす。部屋中に広がる狂気の笑い声に少女は震えだす。茶目っ気を見せるようにウインクとともに男は最後にこう付け加えた。

「“杉本鈴美”さん」








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キャラを追って読む

175:助けて! 上野クリニック! 荒木飛呂彦 183:89人目
171:Danse Macabre テレンス・T・ダービー 183:89人目
杉本鈴美 187:Resolution(前編)

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最終更新:2010年09月05日 23:02