老いは恐ろしい。
数十年前、空条承太郎は確かに最強のスタンド使いだった。
スタンドそのものも強ければ、それを操る空条承太郎という人間もまた、ずば抜けて強かった。
冷静さ、大胆さ、判断力、分析能力。何をとっても彼は超一流と言われる人間だった。

例え母親が人質に取られている状況であろうと。
親友が殺された直後であろうと。祖父が目の前で惨殺された直後であろうと。
彼はそれをエネルギーに変えられる生粋の戦士だった。
悲しみを、怒りを、原動力へと変え、走り続ける男だった。

だがそんな彼も、最強だった戦士にも……老いは訪れる。


どこからか聞こえた放送を耳にしながら承太郎は凍ったように動けない。
スティーリー・ダンリンゴォ・ロードアゲイン
聞き覚えのあるその名前を聞いたとき、チリッと焼き付くような痛みを脳裏に感じた。
それも一瞬で溶ける。情熱として体内に残るのでなく、ただありのままの事実として消えていく。

過ぎ去った時は承太郎を変えた。
すべてを受け止め続けることは誰にだって不可能だ。
心切り裂く悲しい出来事。一晩中涙したくなるような悲しい事実。
承太郎とて人間だ。彼は年老いて、それに対抗する術を身につけた。
そう、忘れるという手段を。現実に妥協して拠り所を見つけるという選択を。

だが、しかし。
そんな彼だってこんな事実はどう扱えばいいかわからなかった。
放送が鳴り止み、すべてが止まった時の中。承太郎は唇を噛み締め、ただただ目の前の少女を見つめ続ける。


―――徐倫

徐倫の鼻先、数ミリのところでスター・プラチナの拳を止めた。
心の中、冷静なもう一人の承太郎はいう。

『躊躇うな、叩きつけろ。徐倫は死んだ。だとすれば目の前にいるコイツは―――敵だ』

わかっている。それが正解だ。だがかつて何よりも承太郎を最強におしあげた『感情』は……違う答えを導き出していた。

『俺は家庭で彼女を殺し、自分の身勝手さで彼女を殺し、巻き込みたくもない因縁の果てに、彼女を殺した。
 そして……また、殺すのか? 何度殺せば気が済むんだ?
 今度は本当に……文字通り、俺の手で徐倫を殺さなければならないのか?!』

葛藤に揺れる中、ちょっとした仕草が教えてくれた。目の前にいる存在が、彼の知る空条徐倫でないことを。
落ち着かないとき瞬きがゆっくりになる癖だとか、寒い時唇が震えるより肩をさする方が落ち着くだとか。
そんな些細な、けど微かな徐倫らしさが『ない』ことが……決断を後押ししてくれる。

『これは徐倫じゃない』

腕を弓なりにしならせ、力を貯める。
矢を放つ直前のようにエネルギーを蓄積させ、一気に解き放つ。
スター・プラチナの音速に迫る拳が今解き放たれる。

考えるな、躊躇うな。ありのままの事実を受け入れろ。
承太郎は理性を信じた。スター・プラチナの拳が振り下ろされる。




「…………」
「…………」

砂埃と、ハンマーを叩きつけたような音。
直前まで徐倫が座り込んでいた場所には隕石が落ちたような跡が残されていた。
スター・プラチナは振り下ろした拳をゆっくりと持ち上げると、突如割って入った第三者へと拳を向ける。
黒く澄んだ目で承太郎は目の前の男を鋭く睨んだ。間一髪のところで徐倫を救った男を。

「何者だ」
「答える必要はない」
「知る権利はある」
「答えない権利もある」

承太郎が舌打ちする。それが合図であったように、スター・プラチナが動き出す。
冷徹なまでに目標を排除しようとする動き。狙いはヴォルペでなく、ニセの徐倫。
ヴォルペは徐倫を抱きかかえると反射的に左に跳んだ。
腕の中に抱いた徐倫を振り落とさぬよう、加減した跳びだったがすぐにそれを後悔する。

一発目は簡単にかわせたが、二発、三発と立て続けに迫る拳の嵐がヴォルペの体に傷をつける。
致命傷ではない。青あざも対した傷にはならない。
だがしかし、徐倫を抱えている以上……そしてなによりスター・プラチナの本来の実力を知っていれば……。
余裕は一切ない。追撃を敢えて受けると衝撃を利用し、後ろに吹き飛ぶ。
直後、マニック・デプレッションを再発動。ヴォルペは自身の体に新たに四本もの針を突き立てる。


 グオオゥゥゥゥゥゥウウウウウ…………―――


ヴォルペの体から目には見えない煙のようなエネルギーが立ち上り、あたりにエンジン音が響いた気がした。
身体能力の強化で逃走を確かなものにする。同時に傷を癒し、万全の体調を整える。
迫り来る最強のスタンド使いを前に、ヴォルペは冷静だった。

承太郎は追撃の手を止めると、その場で体制を整えた。
ヴォルペに対して正面の位置を取る。あいだに遮蔽物はない。時を止めれば一瞬で懐に飛び込める位置。
気取らぬよう、ヴォルペを睨んだまますり足で近づく。一歩、二歩、三歩……。


「それ以上近づくならば、貴様の娘の首をへし折る」


ぴたりと足を止める。視線の先にいる男は本気の表情をしていた。
いや、本気というよりも……当たり前のことを言っている、といった顔だろうか。
無表情の仮面の裏にある、冷徹と冷静。そしてかすかな好奇心。
承太郎がどんな反応を示すだろうかと興味を持っているような、そんな匂い。

怒りと悔しさを抑え、奥歯を噛み締める。承太郎は立ち止まると、ポケットの中で固く握りこぶしを握った。
これは挑発だ。娘と思しきものを人質に、承太郎に対して揺さぶりをかけている。
ふぅ、とひと呼吸入れると帽子のつばを触る。奥歯を噛み締め力を抜き、ゆっくりと口を開く。

「俺の娘は死んだ」

自分で答えておきながら、その言葉に揺らぐものを感じた。
そしてそれを冷静に実感できる自分にも。

「ソイツは俺の娘じゃねェ。だからそうやって俺の動揺を誘うつもりなら無駄だ。お門違いだぜ」
「ならばコレは誰だ?」
「さぁな。おおかたDIOの部下の一人か、スタンド能力か。
 どちらにしろ俺をたぶらかそうとしている部分には変わらねェ……全部まとめてぶっ飛ばすだけだ」

言葉とともに一歩踏み出す。
承太郎の動きに合わせヴォルペは意外にも、抵抗することなく逃走の体制に移った。
少し、残念に思った。ヴォルペとしてはもっと承太郎が苦しみ、葛藤するものだと思っていたから。
腕の中の少女を抱き直し、足に力を込める。
売り言葉に買い言葉で首をへし折るのもいいかと思ったが、それは大きな隙を生んでしまう。
近づく承太郎に体を向けたままジリジリと下がっていく。時を止める、という能力を前に逃走は圧倒的不利。
ヴォルペには時間が必要だった。承太郎の足と思考を止める、衝撃的な何かが。


「『―――……父さん』」


そしてそれは訪れた。
腕の中に抱いていた少女がそう言った瞬間、ヴォルペは大きく跳躍した。
止まった承太郎を尻目に大きく飛び下がり、同時に洞窟の天井を大きく切り崩す。
雪崩打つ瓦礫に紛れ、ヴォルペは叫んだ。自分でもわかるぐらい、その声は感情豊かに彩られていた。

「娘を返して欲しければDIOのもとに来い、空条承太郎ッ! それまで娘の命は預かっておいてやるッ!
 12時間だッ! 今夜真夜中の0時までに、俺たちを探し出せなければ空条徐倫を殺すッ!
 この俺の手で直々にッ! 最も残酷な手段を持ってこの娘は終わりを迎えるだろうッ!」

承太郎の様子は伺えない。目を凝らし、耳を澄ましたが瓦礫が邪魔でなにもわからない。
ヴォルペは確信と満足感を感じた。やはり承太郎は徹しきれていない。
非情であろうともがいているが、それでもニセの娘を前にして振り切れずにいる。
その葛藤と苦しみを考えると……ひとりでに彼の頬は緩んでいた。

雪崩が加速する。散る岩が衝撃をもたらし、新たな岩石を辺りに振り落とす。
そうして洞窟は瓦礫に埋まり、承太郎はまたもひとり取り残された。




「『父さん』…………父さん―――? この私に……父親?」

フー・ファイターズは揺らいでいる。
6時間前、フー・ファイターズはエンポリオ・アルニーニョの名前をきっかけにより『空条徐倫』に近づいた。
しかし結局のところ、『この人物』は今でも空条徐倫でありフー・ファイターズであり、どっちつかずの状態だ。

肉体と精神と魂。それらが複雑に絡み合い、人格はひどく不安定な状態だ。
肉体の空条徐倫、その肉体が宿す空条徐倫としての記憶。
その記憶の中にいるフー・ファイターズ。プランクトンとして肉体を動かしているフー・ファイターズ。
あまりに情報量が多すぎて、処理しきれていないのだ。
体内(脳内)で人格がせめぎ合い、拠り所を見つけられないでいる。
だからすぐに揺らぐ。だから時折徐倫らしくあって、人間らしくなり、そして時に驚く程無機質で機械的にもなる。

一つの肉体、二つの記憶、三つの感情が共通して持つものは唯一つ。
存在してたい。知性と記憶を失いたくない。それはつまり『生きたい』ということ。


「生きたい……私は、『あたし』は―――『生きていたい』」
「それがお前の望みか?」

フー・ファイターズはその言葉を跳ね除けることができなかった。
父親に出会った衝撃に流され、気づけばどこか見覚えのある男に抱かれ、洞窟を移動している。
問いかけられて改めて男の顔をみる。どこか自分と同じような雰囲気を持つ男だった。

「生きるということが何なのか、それは俺にもわからない。
 俺にそれを語ってみせた男によると……『生きることは安心を得ること』らしい。
 人間は誰でも不安や恐怖を克服して安心を得るために生きる。
 名声を手に入れたり、人を支配したり、金もうけをするのも安心するためだ。
 結婚したり、友人をつくったりするのも安心するためだ。
 人の役立つだとか、愛と平和のためにだとか、すべて自分を安心させるためだ。
 安心をもとめる事こそ、人間の目的だ」
「それじゃあ……あたしは人間なの? 『私』は人間として生きていいのか……?」
「会ってみるか、その男に」

フー・ファイターズは安心を求めていた。
かつてエンリコ・プッチに言われるがままにDISCを守っていたのはそうすれば何も奪われないという安心だった。
それさえしておけば何も変わらず、生きていられると安心できたからだ。

痛むはずのない頭に、一瞬鋭い痛みが走った。
こんなのは間違っている、と力強く言う少女の声が聞こえたような気がした。

しかし今のフー・ファイターズにとって、ヴォルペの言葉はあまりに魅力的すぎた。
12時間経って何一つ成し遂げられず、何一つ決められずにいた現状も後押しの要因になった。
すがるように、決断するように彼女は頷いた。それを見たヴォルペは彼女を抱きなおすと、走るスピードを上げた。
ヴォルペは急ぐ。生きる意味を論じた男、DIOのもとへ。


だがフー・ファイターズは気づいていなかった。
頷き、前を向いたヴォルペの口元に浮かんだ微笑みの意味を。
自分と同じように揺らいでいる男が持つ底知れない悪意に。
そして、『DIO』と『空条』が持つ……因縁の深さに。




暗闇の中、承太郎は立ち尽くす。
凍りついたようにその場にとどまり……そして、ゆっくりと歩き出す。
心臓が血を全身へと流し込み、筋肉が連動し、体を前へ運んでいく。

動き出した時、承太郎は体の中に熱を感じた。
彼を突き動かすエネルギー。
身を焦がすような、燃えるような、そんな。

ポケットに入ったタバコを取り出そうとし、空になったことに気がついた。
そのままの勢いで包装ごとぐしゃり、と握りつぶす。別に吸わなければいけないというわけでもない。
わざわざ自分に『そうしなければ』と言い聞かせる必要はもうなくなっていた。
承太郎の瞳が暗闇を映す。微かに……だが確かに、その目には光が戻っている。
弱々しいとも呼べるかもしれない。控えめとも言えるだろう。冷静とも言えるかもしれない。

グダグダと思い悩むのは、もうおしまいだ。
気に入らなければぶっ飛ばす。文句があれば蹴り上げる。なぜそうしちゃいけない? 自分が大人になったから?
守るべき家族ができたから。そう答えが出た時、承太郎は自虐的に微笑んだ。
その家族ももういない。娘は死んだ。妻は去った。母は目の前でバラバラに引き裂かれた。もうなにも残っちゃいない。

―――娘らしき、残骸を残しては。


ワムウカーズ……」


大切な人を失ったと知ったとき、承太郎の心は切り裂かれバラバラになった。




心荒れ狂うままに周りを喰いちぎった時間は無駄と呼べるものだったかもしれない。
だが彼には確かに必要だった。覚悟を決める、不可欠な遠回りだった。


「吉良吉影……そして、DIO」


承太郎は怒った。
愛するものを傷つけたすべてのものに。大切なものを奪う吐き気を催す邪悪に。
言葉とともに瞳が輝き出す。濁った琥珀色ではない。見境なしに燃える緋色でもない。

あるのは悲しみの果てにたどり着いた―――赤より熱い、青の炎。
たとえそれが自らを焼き尽くすと知っていても……それでも承太郎にはもうなにもない。
怒りだけだ。感情だけだ。立ち止まる術を、彼は知らない。
それはかつて彼を最強に押し上げたものと瓜二つだが……確かな悲しみがその背中からは感じられた。


「てめーらは俺を怒らせた」


帽子のつばを触り、前を向く。やれやれだぜ、と承太郎は自嘲を込めてつぶやいた。


【D-4中央部 地下/一日目 日中】
【空条承太郎】
[時間軸]:六部。面会室にて徐倫と対面する直前。
[スタンド]:『星の白金(スタープラチナ)』
[状態]:左半身火傷、左腕大ダメージ、全身ダメージ(中)、疲労(大)
[装備]:煙草、ライター、家出少女のジャックナイフ
    ドノヴァンのナイフ、カイロ警察の拳銃(6/6 予備弾薬残り6発)
[道具]:基本支給品、スティーリー・ダンの首輪、DIOの投げナイフ×3
    ランダム支給品3~6(承太郎+犬好きの子供織笠花恵/確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:バトルロワイアルの破壊。危険人物の一掃排除。
0.???
1.始末すべき者を探す。
2.空条邸で川尻しのぶと合流する?
[備考]
ドルチの支給品は地下地図のみでした。現在は川尻しのぶが所持しています。
※空条邸前に「上院議員の車」を駐車しています。




【D-3 東部 地下/一日目 日中】
F・F
[スタンド]:『フー・ファイターズ』
[時間軸]:農場で徐倫たちと対峙する以前
[状態]:髪の毛を下ろしている
[装備]:体内にF・Fの首輪
[道具]:基本支給品×2(水ボトルなし)、ランダム支給品2~4(徐倫/F・F)
[思考・状況]
基本行動方針:存在していたい(?)
0.混乱
1.『あたし』は、DIOを許してはならない……?
2.もっと『空条徐倫』を知りたい。
3.敵対する者は殺す? とりあえず今はホル・ホースについて行く。

マッシモ・ヴォルペ
[時間軸]:殺人ウイルスに蝕まれている最中。
[スタンド]:『マニック・デプレッション』
[状態]:健康、高揚
[装備]:携帯電話
[道具]:基本支給品、大量の塩、注射器、紙コップ
[思考・状況]
基本行動方針:空条承太郎、DIO、そして自分自身のことを知りたい。
0.DIOの下に『空条徐倫』を連れて行く。
1.空条承太郎、DIO、そして自分自身のことを知りたい 。
2.天国を見るというDIOの情熱を理解。しかし天国そのものについては理解不能。




投下順で読む


時系列順で読む


キャラを追って読む

前話 登場キャラクター 次話
148:大乱闘 空条承太郎 163:星環は英雄の星座となるか?
148:大乱闘 F・F 169:トリニティ・ブラッド -カルマ-
148:大乱闘 マッシモ・ヴォルペ 169:トリニティ・ブラッド -カルマ-

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2014年06月22日 11:12