サン・ピエトロ大聖堂のバルコニーから望むローマ市内は施設や区画が置き換わったことによる違和感を差し引いても尚、
まさに絶景という他ない程の美しい景色を保っている。
今にも落ちてきそうな程青い空の下で二人きり、雲と時間が穏やかに流れてゆく。

(まるで新婚旅行にでも来たみたいだな)

この状況で何を馬鹿な事を、とも思いかけたがやはりそのまま甘い時間を過ごすのも悪くないと思い直し、手摺に乗せられた
彼女の右手に自分の左手をそっと重ねる。

「しのぶ……」



◆ ◆ ◆



夢の中の彼女は柔らかく微笑んでいた。
繋いだ手は、温かかった。








「お目覚めかな」
「……その声には聞き覚えがある。だが会話をするのは少し待ってくれないか……ああ、あった」

吉良吉影は冷たい床の上で身を起こすと軽く目を擦りながら手探りでデイパックを引き寄せ、ペットボトルの水をぐいと飲む。

「知ってるか? 人は夜寝ている間に大体コップ一杯分の汗をかいている。
 目覚めてすぐに水を飲むと、失われた水分を補うと同時に交感神経を刺激してよりスッキリと体を覚醒させることができるんだ。
 今は朝ではないが、こういう何気ない行為を大切にすることは質の高い生活を送る為に必要だと私は考えている。
 その愛すべき穏やかな生活を無遠慮に蹂躙してくれた主催者が私に何の用向きだ、スティーブン・スティール」

その部屋は全体的に薄暗く、端にゆくほど暗くなっているため広さは正確にはわからない。
正面の壁一面に埋め尽くされたディスプレイの明かりを背にして、姿勢よく肘掛椅子にかけた主催者が放送よりも低い声で答える。

「逆だよ。私が君を呼んだのではなく、君がチャンスをものにしたのだ吉良吉影。
 君はあのライターから出てきたスタンド『ブラック・サバス』の力でここに飛ばされてきた」

言われて掌を確認するが、特に負傷はしていなかった。

「本来あれは君のように矢で貫かれた者のスタンド能力を目覚めさせるというスタンドだが、
 今回は仕様を変えて私のもとに転送し、特別な支給品をプレゼントするというラッキーイベントにしたんだ、おめでとう」
「このイカレた催しをゲームと言うだけあって凝った仕掛けだな。だが私がもしあのスタンドを倒していたらどうするつもりだった?
 そもそもライターを必要としない参加者がずっと持ちっぱなしにすることだってあるだろう。失礼だが……少々ずさんではないか?」

実際吉良が路地裏に入りさえしなければ、ブラック・サバスの奇襲を回避できた可能性は十分にあったし、もし空条邸を燃やす際に
別のもので火をつけていたなら今ごろライターは燃え尽きていたことだろう。
ゲームを盛り上げるためのイベントならばもっと目立たせるべきなのではという吉良の疑問はもっともなものだ。

「それについては主催者として不備を認めるよ。このゲームには特殊な能力を持たなかったり、
 使いこなせていない者も多数参加していた。だから一種の救済として、生き残る見込みが少ない者たちの中から
 無作為に抽出して持たせておいて、あえて貫かれた者こそが幸運を得られるという趣向だったんだが……
 まあ、失敗だった。正直忘れていたくらいだ」

何か思い出したのだろうか、スティールが一瞬遠い目をした後渋面を作る。

「そちらの失態などどうでもいい。さっさと……
       『禁止区域内に……入ったぜ……吉良吉影……』――――!」

一歩踏み出した瞬間首輪から警告メッセージが流れる。
吉良はスティールを睨み付けると元の位置に足を引き、再び静寂が戻る。

「そこから動くことも、スタンドを出すこともこの場においては禁止行為とさせてもらうよ」
「試しただけだ。それより、こんな所に私を拘束しておいて無駄話がしたいだけなのか? その間に参加者が減ってくれるなら
 願ったり叶ったりだが、どうせなら有意義な会話をしたい――――ここがどこなのか、貴様の目的が何なのか、とかな」

この時点で吉良は無害な一般人の顔を完全に捨てていた。
吉良側から見れば平穏な生活を突如かき乱した無頼な輩に対する怒りの顔であり、
スティールから見れば獰猛な生贄の反抗的な顔であり、
第三者から見れば……殺人鬼のような顔である。

対してスティーブン・スティールは道化の顔をした。

「それらを私から直接聞いて何になる。
 タネを知っているマジックが楽しいか? 犯人がわかっている推理小説でワクワクできるか?
 君らの役割はもちろん殺し合い勝者を決める事だが、もし、も・し・も、ゲームを破壊しようなどという無謀極まりない冒険を考えているなら―――
 それこそ推理小説のようにわずかな手がかりを探し、こちらが想像だにしないあっと驚くような手口でここまで辿り着いて見せればいい!
 君たちが見せてくれる、その『過程』にこそ価値があるのだからな!!」

哄笑と共に煽ってくるスティールに吉良は終始無言を貫いた。
やや長すぎるくらい、大柄な体に相応しい肺活量で笑い終えると、道化は主催者へと戻る。

「放送ではああ言ったが、参加者としての義務を忘れなければ多少の回り道は黙認するよ。さっき言った通り
 楽しませてくれるのであれば、こちらとしては問題ないからな。
 さあ、これが追加の支給品だ。返品交換は受け付けないから、戻ってから開けてくれたまえ」

スティーブンが椅子から立ち上がるとコツコツと足音を立てて歩み寄る。
逆光のせいか眼鏡の奥の表情は見えないが、豪奢な封筒を通してスティールの手の感覚が吉良へと伝わってきた。
この封筒を爆弾に変えて爆破してやりたい気持ちをこらえて受け取るとデイパックにしまう。

「では会場に戻ってもらおう。場所の希望があれば伺うがどうする?」
「ふん、ならばサン・ピエ―――」



「その前に、私からもプレゼントを贈呈させてもらっていいかな?」



◆ ◆ ◆



吉良から見て左、暗がりに慣れた目でも見えないさらに奥から音も無く現れたその男は、レッドカーペットの中心を歩むように優雅な歩調で
スティールの横に並び立った。
彼の登場に驚くスティールと対照的な自信と威厳に満ち溢れた佇まいは、それだけで二人の上下関係を如実に示している。
スティールの無言の問いかけに薄い笑みで応えると、男は朗々と自己紹介を始めた。

「私の名はファニー・ヴァレンタイン。年齢43歳、君とは違う世界の合衆国大統領であり、今回のゲームの企画・主催を務めさせてもらっている。
 スタンド名はD4C(Dirty Deeds Done Dirt Cheap )。物質に挟まれる事により別次元に移動する能力だ。また、別次元から物や人間を
 連れてきて同一世界に同時に存在させることもできる。ただし同じ者同士が出会った場合は、互いに引き寄せられ消滅する」

ハッキリした発音と、大声でなくとも良く通るバリトンはスティールとはまた違う演説向きの声質に感じられた。
もし、彼が杜王町の町長選挙で演説したなら誰もが迷わず投票し、ついて行きたくなるような奇妙な安心感すらある。
だがスタンド能力まで明かすというのは明らかに異常だ。訝しみながらも吉良は探りを入れる。

「つまり君たちの認識にズレがあったのは全て私の能力によるものだ。ひとつ謎が解けて良かったな」
「参加者共をチマチマと一人づつ集めてきたという訳か。主催者自ら裏方仕事とは、なんともご苦労な事だ。
 二人きりでこれだけの準備をするのはさぞ骨が折れた事だろう。それとも他に使える部下を持っているのか?」
「お気遣いありがとう。だが私一人でもできる事は色々あってね……そうだな、例えばD4Cで君を150人集めたとする。かち合って消滅しないよう
 一人づつ個室に閉じ込めて首輪を爆弾に変えてもらう。後は参加者を監視しつつ任意で爆発させてもらう、ってのはどうだ?」

これには吉良も不快感を隠せない。

「そんな顔をするなよ、例えだ、例え。実をいうと興味がわいたのさ。君は現在殺害数トップ3に入る実力者だ、
 今話した内容はゲームを盛り立ててくれた礼とでも思ってくれればいい……」

バレている。
このゲームの性質や放送、そしてこの部屋のモニター類からいってリアルタイムで監視され続けている事は間違いないが、
それでも確実に証拠隠滅したはずの殺人を見られていたという事実が吉良の心臓を一瞬締め上げた。

「安心したまえ、私はプレーヤーに不正に干渉したりはしないさ。
 君はゲーム開始からその素晴らしい頭脳を駆使して無力な人間を装い、生き延びてきた。
 だが、いくら殺人鬼とはいえ所詮は一般人しか相手にしたことが無いという点がネックだ。カーズ、DIO、空条承太郎……
 百戦錬磨のあの三人と鉢合わせした時は正直終わりだと思ったが、幸運にも離脱に成功。
 そして空条邸での一連の殺人と証拠隠滅。あの手際の良さは驚嘆に値する」
「貴様……!」
「単純に力ではかなわない敵を相手にどこまで渡り合えるか今後も注目しているよ。ああ、最後にアドバイスをひとつ――――
 あの『手首』は、バレないように気を付けたまえ」


大統領が口を閉じるより早く吉良の唇と瞼、そして体全体が大きく震えはじめる。
だが次に吉良が口を開けるより早く視界は再び黒く閉ざされ、そのまま意識が遠のいてゆき……消えた。



◆ ◆ ◆



は……あ―――――――っ……

吉良が会場内に戻ったことを確認すると、スティールは肺の奥から漏れるに任せて空気を吐きだした。

「これで消化不良のイベントもこなせたな。次の放送のネタにできるんじゃないか?」
「……」

スティールの座っていた椅子に腰かけて組んだ足先をリズムよく上下させながら、しかし口調は冷ややかに大統領は尋問を始める。

「私の存在や能力などは取るに足りない情報だ、ジョニィ・ジョースタールーシー・スティールが既に広めているからな。
 だが貴様はそれを越える何かを吉良吉影に渡した……違うか?」
「ブラック・サバスによるこの施設への転送も、支給品の追加についても最初の取り決めの通りだ。逸脱はしていない」
「それは正確さに欠けるというものだな。まず第一に、吉良吉影が転送されたのはこの隣の、無地の壁以外何もない部屋だ。
 いくら君が大柄とはいえわざわざこちらに連れてくるのは手間だっただろう。
 第二に、渡す支給品の数や選別は君に任せる事で合意していたが、一部制約があったはずだ。
 『私の目的を大きく妨害する恐れのある物』は除外。特に、SBRレース関係者の物品には慎重を期する……とな」

すくっと立ち上がるとスティールに歩み寄る。主催者という名の哀れな道化から流れ落ちる汗を目に留めると
唇の端を吊り上げ、一転陽気な声へと変わる。

「それにしても今回はやけに喋りのキレが悪かったじゃないか。あんな間延びした高笑いでは周囲を観察する隙を作ってやってるようなものだ。
 あの手のタイプを煽るなら、秘密の暴露やこちらの絶対的有利を強調してプライドをずたずたにしてやる方が効果的だぞ。
 見たろ? あの顔を。奴の思考はもう私への憎悪と殺意で一杯のはずだ」

スティールは愕然とした。
大統領は自分の企みを見抜いた上で吉良を挑発しにやって来たのだ。

「私は――――泳がされていたのか?」
「主催側として君を引き込んだ時点で、当然この程度の抵抗は想定していた。が、いささか油断をしてしまっていたようだな。
 恥を忍んで正直に言おう。私は吉良と君とのやり取りを見て、初めてこの部屋の異変に気付いた。
 君が何を渡したのかも本当に知らない」

ドグゥッ! 大統領のスタンドがスティールの腹に鈍い一撃を見舞い、スティールはもんどりうって倒れた。

「私はこの一発で今回の君の行為を許そう……油断していたとはいえ私の隙を突いた君への賞賛と自らへの戒めを込めて、
 支給品が私にとって不都合なものであったとしても回収はしない」

それは公正さを重んじるが故なのか、余裕をもって状況を楽しんでいるだけなのか。スティールに大統領の心はわからない。

「だがこの世の幸運はやはり私に味方しているらしい。あの頭が切れるプライドの塊のような快楽殺人鬼が大人しく君の思惑通りに動くと思うか?
 君の妻を前にして欲望を押さえられると思うか?」
「……ッ!」
「まあせいぜい細い希望にすがり付けばいい。君が他に何を仕込んでいるかは知らんが、今後の監視は強化させてもらうぞ」

うずくまったままのスティールの肩をポンポンと叩くと、来た時と同じ優雅な足取りで音も無く退出する。
ひとり残されたスティールは痛みが引いても尚、その場を動けずにいた。


まだあきらめてはいない。まだ策はある。
D4Cを打ち破れるただ一人の男もまだ生きているし、
正義の心を持った者たちもまだ多くいる。
だがそれでも! 自らの能力を晒し、幾度となく自分を殺した者を放っているのに!
それでも尚大統領は遥か高みから自分とルーシーを見下ろし、支配してくるのだ!!

一体何が大統領の余裕の源となっているのか、最終的に何を目指しているのか。
こんなにも近くに居ながら一つとして真実にたどり着けず、ただ従わされ踊らされている自分の無力さが情けなくて呪わしい。
強要されたとはいえ参加者達を煽り立て、その生命を侮辱したのは事実だ。ならばこの結果は大統領に立ち向かう事もできず、
せめてと自分ひとりの願いを叶えようとしたエゴへの罰なのか。



「ルーシー…………………ル………シ……………… …… …」



誰にも届くことのないつぶやきは細く切れ切れに暗闇に響き渡り、溶け、消えた。



◆ ◆ ◆



「本当に気持ちの良い空だな。高く澄み渡っていて……」


大聖堂の正面バルコニーからの思いがけない素晴らしい景色を目に焼き付けながら、吉良は先程までの出来事を思い返す。


あの時スティールがわざと自分に見せたディスプレイには監視カメラによるものだろう、何十もの映像が細かに切り替わりながら会場のどこかしこを映していた。
確認できたのは空条邸前に集まっているグループと、煙が見える位置のどこかの路上らしいグループ、
さらにサン・ジョルジョ・マジョーレ教会の地上と地下ではそれぞれ戦闘が行われているようだった。
それを踏まえて吉良は教会や空条邸の煙を見渡せるサン・ピエトロ大聖堂を選んだ。
慣れ親しんだ町に、自宅に全く未練が無いと言えば嘘になるが、地下通路が存在しない点ではこのヴァチカン市国一帯も杜王町と同じく
安全なエリアと言えるし、何より空間を転移することで自分の足跡を完全に消し去ることに成功した。これでしばらくは時間を稼げる。

「『スロー・ダンサー』か。名前だけじゃあどんなものか想像がつかんな」

ひとしきり景色を堪能してから渡された封筒を開けると、追加の支給品は二枚あった。
一枚は確認しただけでしまい込む。問題は二枚目だ。中身を記した印刷の文字の下に、手書きでメッセージが添えられていたのだ。

『ジョニイ・ジョースターに渡せ。彼だけが使える』

封筒を渡す手から感じた震えと同様に荒れた文字からは、スティールが大統領に無理矢理従わされていて、事態が逼迫している事が読み取れた。
おそらく監視の隙をついて仕込まれたメッセージは、『どうか大統領を倒してくれ』といったところだろう。
直接中身を見れば使い方がわかるかもしれないが、紙に戻せない以上迂闊に開ける事は出来ない。仕方なくこれもしまう事にした。
そしてジョニイ・ジョースターに接触するかどうか。これについては慎重に判断しなければならない。
スロー・ダンサーを使うことで大統領のところに辿り着ける、あるいは倒せる可能性が上がる。嘘ではないだろうしそれなりにメリットもあるが、
だからといって安易に接触できない理由がある。

吉良の目は捕えていた。
ディスプレイのひとつに映る空条邸の前に集まった参加者たちの中心に居た、忘れもしない空条承太郎の姿を。
あそこにいた正確な人数まではわからなかったが、少なくとも敵対している者同士の距離の取り方ではなかった。燃えつきたと思っていたポリタンクを
囲んでいた事からも、あれが火事ではなく放火である事に感づいていると思った方がいい。
そしてもし、あの一行の中にジョニイ・ジョースターがいたならば、最悪接触した途端に問答無用で攻撃の対象となるだろう。

――杞憂、という言葉がある。
古代中国の杞の人間が『もしも空が落ちてきたらどうしよう』と、ありもしない可能性を心配した挙句に衰弱してしまったという故事にちなんだ言葉だ。
こと自らの殺人を隠し通すことに賭けて吉良は絶対に近い確固たる自信を持っていた。持ち前の高い能力とキラー・クイーンの力をもってすれば
犯行の露見など有りうるはずも無いのだし、そのような事態はまさしく『杞憂』だったからだ。昨日までは。

吉良はしのぶの右手に目をやると、すこし表情を和らげた。

「ん、ああすまないちょっと考え事をね―――他の女の事なんて考える訳ないだろ? ほら、そんなに拗ねるなよ」

ついに吉良にとっての杞憂は杞憂ではなくなり、空は今にも落ちてこようとしている。
この時間はおそらく自分にとって最後の「平穏」だ。吉良吉影は重々理解している。だから今は彼女とこうしていたかった。
胸に湧き上がっていたどす黒い気持ちを静めるとしのぶの右手首を一瞬強く握り、次に優しく両手で包み込んで口元へと運ぶ。

「しのぶ……」

彼女の人差し指をゆっくりと下唇に押し付ける。そのまま指を滑らせると今度はつるりとした爪で上唇をなぞる。

「君は……ステキだ……」

幾度かの往復ののち薄く開いた口で彼女を迎え入れると、待ちかねたように指全体を愛撫し始める。
歯でなぞって硬い骨の形を確かめ、薄い肉をこね回し、吸い、また歯を当てて。
甘噛みするたびにぎこちなく動く指の感触を楽しみながら第一、第二関節の皺を緩急をつけながら舌で舐め擦ってゆく。

シャブッ

チュパチュパ

ペロン、ペロンペロン

舌の動きは初めはゆっくりと、しかしだんだんと熱がこもったものに変わってゆく。合わせるように息が荒くなり鼓動が早鐘を打つ。
まるで自身の興奮と熱を分け与えるかのように吉良は甘やかな彼女を味わい続けた。



◆ ◆ ◆



「不要だと思ってはいたが、捨てずにとっておいて良かった。君の趣味じゃあないかもしれないが――プレゼントだ」

空条邸で回収した支給品を一枚開いて宝石のついた指輪を取り出すと、優しく薬指に嵌めてやる。
しのぶの年齢を重ねた手には少しデザインが若すぎるかもしれないが、吉良の目にはとても似合っているように見えた。
特別形が良かったり美しい訳でもない。というか、そもそも好みな訳でもない。それなのにこの手には惹かれるものがある。
あたたかくて……安らぐような。
この『彼女』に比べればサンジェルマンの袋に入れたままの『彼女』のことなど、もはやどうでもいいことだ。

「これは平穏を望む私の主義に反することで非常に不本意ではあるが、私は大統領を排除しなければならない敵と認識した。
 今の状況から奴に辿り着くのは困難なことだろうが、自分への試練と受け取ったよ」

大統領のあの余裕ぶりからして、おそらくスティールの工作にも気付いている可能性が大きい。
参加者に対してあれだけの監視体制を敷いて管理しておきながら、忠誠心の無い部下を信用して野放しにしておくような低能のはずはないからだ。
いかにして空条承太郎達の目をかいくぐるか、リスクを冒してでもジョニィを探し出し接触するか否か。
大統領の能力だけでは説明のつかない事象も多々見受けられる。課題は山積みだ。

このゲームの真なる主催者、合衆国大統領ファニー・ヴァレンタイン。
自分の本性を知ってしまった男。
スタンド能力を自ら晒し、情報を与えてきた男
犯行をバラしはしないと慈悲を与えてきた男。
空条承太郎、カーズ、DIO。彼等には敵わないと言い切った男。
高みから見下ろしながら一連の屈辱を浴びせかけてきたあの男には、もはや死をもって償わせる以外道はない。
吉良にとって大統領はもはや承太郎以上に憎き存在となっていたのだ。



ふと繋いだ右手首に目をやると、指輪がきらりと光る。

(まだ、殺すのですか?)

そう言われたような気がしたが、即座に頭から消した。少し悲しそうに見えたのも、気のせいだ。

(私はもはやほとんどの参加者の中で「殺人鬼」として扱われていてもおかしくない。このイカレたゲームのルールとして強制されているとはいえ、
 そもそも殺人とは社会的に許されない行為であり殺人者は裁かれるべき対象だからだ。私は当然それを正しく認識しているからこそ、
 今まで気を使って暮らしてきた……不幸にして人を殺さずにはいられないサガを背負ってはいるが、それでも、そう生まれついてしまった事
 自体は決して『悪』ではないし『罪』でもない筈だ!)




「君と一緒に脱出したいんだ。私について来てくれ―――できればその先も、ずっと」




何故それを生きている彼女に言えなかったのか。
全てをさらけ出したとしても彼女ならばきっと、ほんの少し悩んで、そしてついて来てくれただろうに。
愛をもってこれまでの罪も受け入れ、共有してくれただろう。
彼を善き方角へ導く聖女となり得たかもしれないのに。
何故? どうして?









――――それは彼が『吉良吉影』だから。







【C-1 サン・ピエトロ大聖堂 / 一日目 午後】

【吉良吉影】
[スタンド]:『キラー・クイーン』
[時間軸]:JC37巻、『吉良吉影は静かに暮らしたい』 その①、サンジェルマンでサンドイッチを買った直後
[状態]:左手首負傷(大)、全身ダメージ(小)疲労(小)
[装備]:波紋入りの薔薇、空条貞夫の私服(普段着)、
[道具]:基本支給品 バイク(三部/DIO戦で承太郎とポルナレフが乗ったもの) 、川尻しのぶの右手首、
    地下地図、紫外線照射装置、スロー・ダンサー(未開封)、ランダム支給品2~3(しのぶ、吉良)
[思考・状況]
基本行動方針:優勝する。
0.大統領を殺す。
1.空条承太郎を殺す。
2.優勝を目指し、行動する。
3.自分の正体を知った者たちを優先的に始末したい。
4.機会があれば吉良邸へ赴き、弓矢を回収したい。

※波紋の治療により傷はほとんど治りましたが、溶けた左手首はそのままです。
※バイクは一緒に転送されて、サン・ピエトロ大聖堂の広場に置かれています。ポルポのライターも空条邸から吉良と一緒に転送され、回収されました。
※吉良が確認したのは168話(Trace)の承太郎達、169話(トリニティ・ブラッド)のトリッシュ達と、教会地下のDIO・ジョルノの戦闘、
  地上でのイギー・ヴァニラ達の戦闘です。具体的に誰を補足しているかは不明です。
※吉良が今後ジョニィに接触するかどうかは未定です。以降の書き手さんにお任せします。


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時系列順で読む


キャラを追って読む

前話 登場キャラクター 次話
166:悪の教典(上) 吉良吉影 187:接触
155:第2回放送 スティーブン・スティール 183:第3回放送 ~暴挙~
155:第2回放送 ファニー・ヴァレンタイン 183:第3回放送 ~暴挙~

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最終更新:2015年12月31日 14:51