承太郎たち3人が、感覚を頼りに西へ歩き出して暫く。
「康一は置いてったの、怒るかもしれねえなぁ」
「ま、なるようにしかならねえよ…皆もわかってくれるって」
ジョセフと仗助がそんな会話をしつつ歩きながら承太郎の傷を癒している中、真ん中を歩いていた承太郎は不意に歩みを止めた。
「少し先に行っててくれないか」
傷自体は塞がっている。ただ、まだ違和感や痛みを除ききるまでには至っていないだろう。
「どうしたんスか?」
「野暮用だ」
問う仗助に、承太郎は少し後ろの角にある民家を指差した。
「ひょっとして、そこらで出来ねえ方?緊張感があるんだか、ねえんだか…待ってるから、早く済ませて来いよ」
ジョセフの軽口に見送られた承太郎はその角を曲がると、暫く歩いてから唐突に声を投げた。
「花京院、いるんだろう?」
付かず離れずの距離で3人を尾行していた花京院はひとつミスを犯した。
見つかりたくないあまり、見失いたくないあまりに自分の目と地面に這わせたハイエロファントの感覚、両方を使って3人を追っていたのだ。
我が家が炎に包まれてしまうなどという真似をされて神経が過敏になっていた承太郎は、追ってくる僅かな気配に気付き…それが花京院とハイエロファントグリーンのものだと識別していた。
どうする?
花京院は躊躇した。同行している二人は、角の向こう…承太郎の十数メートル先で立ち止まっている。
この距離なら。
「…承太郎、本当に君なのかい?」
花京院は、承太郎の視線の先にあった壁の影から出ていく事を選んだ。既に承太郎の背後…やって来たの方の道には、ハイエロファントの触脚を忍ばせるように張り巡らしている。
後は仲間のふりをして、隠れたままのハイエロファントグリーン本体からエメラルドスプラッシュを放ち、それをかわした隙に足を触脚で絡めとって体制を崩す。
空条承太郎のスタンドがどんな能力を持っていようと、本体の足を封じてしまえば…そして仲間が気づいても残りの脚で承太郎との間に壁を作り、牽制している間に止めを刺すことが出来る筈だ。
花京院は、前へ一歩踏み出す。
だが、結果として目論見は外れた。
二十数年のブランク…そして旅の中でも途中離脱があったとはいえ、承太郎は花京院と伊達に一緒に過ごしていたわけではない。
それも他の人間ならともかく、仗助あたりなら『親友』と照れもなく呼べただろう存在の気配に沸いた殺気を、承太郎はエメラルドスプラッシュが放たれる直前に感じ取っていた。
「エメラルドスプラッシュ!」
承太郎はエメラルドスプラッシュをかわす事はしなかった。その代わりにスタープラチナを瞬時に現すと、そのスタンドの指でやってくる礫の数個を素早く弾いていく。
「な…」
計算しつくされたようにスプラッシュ同士が玉突き衝突して弾道が逸れる。驚愕した花京院は、ただでさえ避けなかった事で遠くなった触脚を動かすのが一瞬、遅れた。
『スタープラチナ・ザ・ワールド』
承太郎は一気に花京院との距離を詰めた。
攻撃を仕掛けて来たという事は、どんな理由であれこの男が正気ではないと言う事だ。ただ…
花京院典明と言う人間は、操られはしても狂ってしまうような質ではないとあの旅の日々が告げる。
もしそれが思い違いならこのままぶちのめすだけだ…そう結論付けて、スタープラチナは花京院の額に触れた。
幸いと呼べるのだろう、見つけた蜘蛛のようなそれを感慨にふける間もなく一気に引き抜く。相手が止まっているうちであれば、手元さえ狂わなければ何も問題はない。
その時、承太郎の片手は無意識に花京院の腹に触れていた。
その手が離れた瞬間、時は動き出す。
次に花京院が見たのは、目前にいる承太郎。そしてその傍らのスタンドが持つ、蜘蛛のようなものが日光に灰になっていく様子だった。
花京院の脳裏に、DIOの姿が蘇る。
『恐れる事はないんだよ、友達になろう』
恐怖に押し潰され、額に何かを埋め込まれて忠誠を『誓わされた』者。
挙げ句の果てに、誰かによって殺しあいを強要されるようなこんな中にいつの間にか放り込まれてまでその存在に執着し、誰かを殺して…ずっと独りで。
「…どうして、私を助けた…?」
ぐるぐると回る思考。花京院にとっては屈辱としか言えない記憶の中、その言葉は無意識に零れたものだった。
承太郎は平静に告げた。
「その質問は『二回目』だ、花京院。俺はあの時、答えをはぐらかした。だが、敢えて今回は言う。お前には『この地球に匹敵するほどデカい借り』がある」
「…なんだと?」
借り。自分が覚えていないからには、別の…または未来の『花京院典明』なのだろう。旅に同行していればそういう事もあったはずではあるが、ここまで言うとは一体何があった?
「俺を襲う気が失せたなら、付いてくるな。俺達は、これからDIOとケリを付けにいく」
その承太郎の言葉に、花京院は半ば反射的に口を開いた。
「…待ってくれ。私も同行する」
「…何故だ?」
思考を整理するように、承太郎に答える。
「私はDIOに恐怖し、肉の芽を植え付けられた。あんな屈辱はかつてない。このままでは私の気持ちがおさまらない」
承太郎は一言だけ尋ねた。
「何があっても、後悔しないか?」
花京院の耳に届いたその言葉には奇妙な存在感があった。だが、それでも引くつもりはない。
「わけのわからないまま、こんな場所に放り込まれて一矢も報いられないなら、私は死ぬより重い後悔を残すだろう」
「やれやれ、だ」
承太郎は、ちらりと自分の片手を見やった。
何故さっき花京院の腹に触れたのか…考える間もなく答えは降ってきた。確かめたかったのだ。
なくしたと思ったもの。今ここにあるもの。
そのまま手を握りしめて、そっと下ろした。
何か違和感を覚えて承太郎を追ってきた仗助は、花京院とやりとりをしている承太郎の背中を見つめていた。そこにある雰囲気が僅かに変わっている…すぐに無機質に溶けてしまったが、それは確かに杜王町で感じたあの雰囲気だ。
仗助は花京院に歩み寄り、声を掛けた。
「なら、一緒に行きましょう。ただ…覚悟してくださいね」
仗助の困ったような笑顔に何故かじわり、と花京院の中の何かが溶けていく。誰かに打算なく心を開ける少年が、眩しい。
空条承太郎。
あんな眼をしていながら、傍らにこんなに輝く少年がいる。それは一見してすぐ、自分とDIOのように無理矢理作られたものではないと解った。どうして、この少年はこの男の側にいるのだろう。
付いていけばそれもわかる。もう、ひとりはたくさんだ。
「やれやれ…見ていたか」
承太郎が仗助の気配に振り向く。仗助の後ろには、ジョセフが顔を覗かせていた。
「…おい、そいつも連れてくのか?早く行かねえと、あっちが待ちくたびれちまうぞ」
ジョセフの言葉に、四人は走り出す。そして目的の場所が近づくにつれ、承太郎はその感覚がひとつでない事に気づいた。
DIOとよく似た、だが『白い』もう二つ。
「…ジョルノ…?ジョナサン…?」
口に出して呟く。
前者を割り出せたのは存在を知っているからであり、スタート前に『見せられた』からだ。後者はそうとしか考えられなかった。
「じいちゃんが、いるのか?」
ジョセフの問いに、承太郎は頷いた。
「ああ、皮肉にも、DIOの息子…いや、ジョナサンの息子ともいうべきか…と、一緒だ」
※ ※ ※
「そうですか…トリッシュ、フーゴ、ナランチャ…三人は無事で…貴方と」
「だから、僕は君がジョルノだと言う事がすぐにわかった。これが君を名前で呼んだ理由だ」
ジョナサンがこれまでの自分の事をかいつまんでジョルノに告げると、ジョルノは笑みを返した。
「仲間の動向が聞けたのは僕にとって願ってもない事です。もう帰ってこない仲間もいるけれど…僕は必ず、彼らと再会します」
時空を越えて集っている事は既に承知だ。両方が生きていれば、また会える。
ジョナサンは入り口の方を見た。視界の端に誰かいるが、一度ジョルノに視線を戻す。
「そういえば、フーゴは…一緒に来たのだけど…入ってこないな」
「これだけ僕らが引き合ったんです。フーゴの敵もいるのかもしれませんね…フーゴ、どうか無事で…」
フーゴはスタンド能力からしても、味方からある程度距離を置いて戦おうとするだろう。今は、各々自分の為すべき事をしよう。
その前に、少しだけ。ジョルノは視線を落として眼を閉じた。
仲間の無事と、死者への手向けを。
ジョナサンはもう一度入り口の方を見て問いかけた。
「ところで、君は誰なんだい?見た所、敵ではなさそうだけど…?」
F・Fは答えようとして、言葉に詰まる。
どう答えるべきなのか。
「…あたしは…」
言いながら、F・Fは二人を眺めるように横に動くと視線を切る。左肩にある星は髪の毛で隠れていた。
「少し落ち着く時間が必要かな?大丈夫、君に僕らと戦う意志がないのなら、僕らは敵じゃない」
※ ※ ※
ジョンガリには、不幸としか言えない出来事があった。
イギーと
ヴァニラ・アイスの戦闘、その余波が鐘楼塔へも被害をもたらしていたのだ。砂はジョンガリの足元にも降り積もったし、確認のために動かそうとしたエレベーターは音ひとつ立てる気配がない。
暫く後に様子を探ろうとマンハッタン・トランスファーを下ろした所、既に教会の屋根は滅茶苦茶で、ぶち抜かれたも良い所だと言う事が解った。おまけに、鐘楼塔の壁も所々抉れている。
ヴォルペには許可が出ているが、この知らない男は撃つべきか?
そう思って銃口を向けていた所、男はヴォルペと戦闘体勢に入り、教会の入口から離れていく。
放っておこう。中へ入るつもりが無いのなら、わざわざ狙撃手がいると教えてやることもない。
ジョンガリは銃口を別の角度へと変えた。ヴォルペの同行者であるF・Fが入り口へと進んでいたからだ。
間違いなく教会に入るつもりだと確信し、弾を放つ。
因縁の相手、
空条徐倫。
だが肩を貫通しても怯む事もなく、次の弾を撃ち込んでも、マンハッタン・トランスファーで角度を変えて撃ち込んでも倒れる事はなかった。
…何故だ?
注意深く探ったジョンガリはF・Fが中へ入っていく瞬間に理解した。
そもそもこのライフルはシングルアクション。再装填の時間が必要な間に、一発肩に貰った徐倫(F・F)は身体の至る所…特に急所と呼べる場所を空洞化していた。恐らくはスタンド能力…故に弾は突き抜けていってしまったのだ。
しかし何故放送で死亡を告げられた空条徐倫がここに?いや、それを考える時ではない。
ジョンガリはウォッチタワーを掴む。主から咎められるのは承知だ…それでも報告しなければ。
それが数分前。
「くっ…」
そしてジョンガリ・Aは今、唇を噛み締めている。
空条承太郎。
射殺してしまいたいのはやまやまだったが、DIOが許可した中には『空条承太郎とその同行者』が含まれていた。
主は生きている。恐らく自分の手で決着をつけたいのだ。
ならば手を出すまい…命令の無視、それは主を侮辱することだ。やってはならぬ事だ。
※ ※ ※
承太郎はそんな
ジョンガリ・Aを物陰からスタープラチナの眼で見つめていた。
娘を刑務所にぶちこんだ男。
「…厄介なのが、いやがる。ジョンガリ・A…視力は低下しているらしいが…元軍人、20メートルの風の中でも仕事をこなしたという…何か、ふわふわ浮かんでいるな。あれが奴のスタンドか?」
花京院は腕を組んだ。
「…視力がない?あれで?しかも台風並の風の中でも標的を外さない?…となると、あのスタンドは状況判断をしているのか…または、弾丸に何か出来るのか…或いは両方か…」
承太郎は僅かに眉を潜めた。
「あれで?花京院、お前はあいつを知っているのか」
「ああ…スタンドの気配が同じだ…あの時は他に注意を引き付けてやり過ごしたが…」
花京院は十分注意しながら射線に出てみた。300メートル以上先から撃ってこれるのだから、ここなら射程内だ。
「丸見えなのに撃ってこない…どうやら、DIOは私達に入ってこいと言っているようだ」
承太郎は前を見つめた。
「なら、突っ切るぞ。屋根はボロボロ、くり貫かれたような跡…多量の砂…近くで戦闘が起こっているのは明らかだ」
恐らくヴァニラ・アイスとイギーがいるのだろうと目星をつけている。イギーの方は別の『砂使い』の可能性もあるが、ここでDIOが待っているならヴァニラ・アイスは間違いないだろう。
承太郎にとってジョンガリを放置していくのは断腸の思いだったが、状況が良くなかった。
塔は目視で60メートルぐらいありそうだ。こちらは拳銃は持っているが、相手スタンドの素性が不明…これは不用意に撃つ(またはスタープラチナで弾く)べきではない。例え時を止めたとしても弾丸は途中で止まり、相手に弾丸を認識する時間はあるからだ。
花京院のいう通り弾丸にまで何かを及ぼすスタンドだとしたら、無駄玉どころかおかわりを貰う可能性すらある。無論登って行くなど論外。
今はDIOが先だと判断し、走り抜ける。
※ ※ ※
花京院に続いてジョセフはその中へと踏み込んだ。中にいたのは、3人。
そのうち、よく似た人影に声を掛ける。
「やっほー、じいちゃん。色々説明したいとこなんだけどさ、あんまり時間ねえんだよな。どこまで知ってる?」
「じいちゃん…そういう君は、その人と殺された筈じゃ…?」
ジョナサンはジョセフの後ろにいる承太郎の方をちらりと見ながら呟いた。目の前の男は爆破された男と瓜二つ、あっちの男は服は違うが、そっくりだ。
「殺されたはずの俺は孫のジョセフだ、おじいちゃん。それと後ろのは俺の孫の、空条承太郎。で…これは俺の息子の
東方仗助」
ジョセフは隣の仗助を指差しながら、目を見開いて絶句しているジョナサンに苦笑した。
「いや、腑に落ちないのはわかるのよ?実際、俺もそうだし…でも、じいちゃんも感じてるはず。俺は嘘ついてないって、わかるだろ?」
そう、DIOが語った事は嘘ではないのだ。それはジョナサンも良く解っている。恐らく自分とジョルノのように、引かれあってここまで来たのだろう。
その時にふと、思った。
子孫が本当にいるのだとしたら…DIOから行方を聞く事の出来なかった人物、即ちここに飛ばされなかったエリナはどうなったのか?
「そうか…君が僕の孫だと言うなら聞きたい事がある。エリナは、長生きしているかい?…幸せかい?」
ジョセフは複雑な顔をした。
「エリナばあちゃんなら、まだ生きてるぜ。色々あったけど…きっと幸せだ…でも」
ジョセフはジョナサンに頭を下げた。
「…ごめん、おじいちゃん。俺はこっちのエリナと一緒にいた…エリナは俺を庇って…波紋じゃ、助けられなかった」
ジョナサンは暫く絶句していたが、静かに告げた。
「そうか…ジョセフ、エリナはいつだってそういう誇り高い、強い人だ…そうだろう?僕だって悔しくないと言ったら嘘だけれど、エリナ自身が選んだ道なら…見届けてくれてありがとう。君が生きているだけでも僕は嬉しい」
「おじいちゃん…」
ジョナサンとジョセフ、二人がそんな会話を交わしている中、仗助はジョルノに歩みよった。
「大丈夫か?」
「はい…ちょっと腹をぶち抜かれました。大体血管や臓器は自力でなんとかしたんですが…まだうまく繋がっていない場所があるようで…」
ジョナサンはジョセフとの会話を止めて、仗助を制そうとした。
「今、波紋で治療をしているんだ。動かしては…」
仗助はジョルノの出血を見ながらひとりごちた。
「おいおい、そりゃちょっととか言える怪我じゃねえだろ。波紋じゃあ、失った血までは戻んねえだろうし。あ…でも、そうだな。中がなんとか出来てるなら、出血を止めてやるだけの方がいいか」
仗助はクレイジーダイヤモンドを出し、ジョルノの腹に手を当てる。元々出血は少なくなっていたが、一瞬のうちに消えてしまった。
「すごい…」
ジョルノは素直に驚く。
「全部『戻す』と身体がわけわかんなくなるからな…後は自力で大丈夫か?」
「ええ、ありがとうございます、東方さん」
勿論会話は聞こえていたのだろう。そう呼んだジョルノに仗助は首を振った。
「仗助でいいぜ。その代わり、ジョルノって呼ばせてもらうからな」
※ ※ ※
そして時は少し遡る。
ジョセフたち四人が会話を交わし始めた頃。
「…!」
承太郎とF・Fの視線が合う。
ジョルノとジョナサンを通して朧気に感じていた存在が現れた事で、F・Fの脳裏には強烈なフラッシュバックが襲っていた。
『あたしは星を見ていたい…父に会うまで』
そうだ、徐倫は。
ずっと焦がれていたではないか。
『おまえの事はずっと、大切に思っていた』
『スタープラチナのDISC!圧倒的な力…あたしの父…空条承太郎はこれで再生できるッ!!』
『あたしはこの『厳正懲罰隔離房』で!!やるべき目的があるッ!』
次々に浮かぶ徐倫の記憶の中、一番最後に見えたのは。
『おかしい…あんたの負傷…応急処置はしたのに…治したはずなのに…その右腕に』
他でもない、F・F自身の言葉。
右腕に浮かぶ、『JOLYNE』の文字。
そして、父親を理解した徐倫の表情と感情。
F・Fは改めて思い知った。
ああ、これが感じる、という事なのか。思い出、という奴なのか。
そして徐倫が父親を理解したように、F・Fも理解する。
―そうか、思い出を作る事が、生きる事なのだ―
その証拠にこの殺しあいに放り込まれてしまった後からは、混乱しつつも全部覚えている。それなのに、その前には何もない。ディスクを守っていた、生きたかった、ただそれだけだ。
「徐倫…」
仲間になれるかも知れなかった存在の名前を呼びながら、F・Fは我知らず、泣いていた。
「F・F…?」
承太郎はF・Fに歩み寄りながらも困惑していた。もう感じるはずのない星の伊吹が、僅かにある。
いまだ徐倫の圧倒的な思いが流れ込んでいるF・Fは、途切れ途切れに喋り始めた。言わずにはいられなかったと言った方が良いだろう。
「そう、あたしは…F・F。でもね、父さん。あたしは空条徐倫でもあるの。徐倫を全部、覚えている。徐倫はずっと、貴方に会いたかった。でも…あたしは…徐倫を知らなかった。その時はただ生きていたかった。だから、鳥と戦っていて、水に入ってきた徐倫を敵だと思った…」
思わぬ告白に承太郎の頭が、胸が、ズキンと痛む。
『間違った人だっているかもしれないじゃないですか』
川尻しのぶの言葉。時間軸の違いが生み出す悲しみ。
知らなかったとはいえ、領域(テリトリー)を犯した徐倫。
海洋学者である承太郎は勿論、それがどんな意味を持つのか痛いほど知っている。恐らく徐倫はF・Fによって『喰われて』しまったのだろう。
それをさせた鳥―
ペット・ショップには既に引導を渡して来た。もう、それ以上を求める事は出来ない。
だが、目の前にいる存在が全てを知っていると言うのなら、その口から聞かなければならない事があった。
「そうか…ひとつ、聞いてもいいか。徐倫はここへ来て何を感じていた?」
F・Fは答える。その表情は悲しみと歯痒さに満ちていた。
「怒っていた。殺しあいに乗った悪に。父親を助けられなかった、自分自身に。後悔していた、父親に、想いを伝えられなかった事を」
「…やれやれ、だ」
徐倫と自分、不器用な所が似てしまったものだ。承太郎は口を開いた。今は亡き娘のために。
「もう遅いのかもしれない、俺の、自己満足かもしれない。だが…『徐倫』。お前の事はずっと、大切に思っていた」
F・Fは苦笑した。
「大丈夫、『徐倫』はそれ、きちんと聞いたわ…ディスクを盗られた時、『貴方』は同じ事を言ったから」
「なら、いい。返事など必要ない。解っていてくれればそれで十分だ」
承太郎は帽子を下げた。
「…ありがとう、父さん」
暫くしてぽつりと告げたF・Fの中には異変が起きていた。
二つが平等に混ざりあったと言うよりは、F・Fという知性の器に徐倫が寄り添ってくれたと言う方が正確だろう。だから、この思考もF・Fのものだ。空条徐倫は温かい、F・Fはそう感じる。まるで日溜まりと一緒にいるような、奇妙な感覚があった。
「承太郎、と呼んでくれないか。お前を責めたいわけじゃない…ここにいるのは娘を死なせてしまった、ただの男だ。その俺が父親と呼ばれる事は、徐倫にもお前にも失礼だ」
F・Fは承太郎に右手を差し出した。
「なら、あたしもF・Fのままでいい。徐倫のために。改めて宜しく、承太郎」
二人はその手を握りあった。
※ ※ ※
「なんというか…とんでもないな」
花京院は唸った。話に首を突っ込める雰囲気ではなかった上、怪我人がいるのではと一息つくまで入り口を警戒していたのだが、誰も入ってくる気配はなかった。
そこでF・Fと共にジョナサンとジョルノに挨拶する方々、怪我人の処置が終わった仗助と情報交換(正しいあの旅の顛末など)をし、ここにいるのは全部「ジョースター」に纏わる人間だと知らされたばかりだ。
「そんだけ『しでかして』くれたんでしょうよ。数えて下さい。じいちゃん辺りでも怪しい武勇伝しか残んねえのに、4代前の事なんて普通はわかりゃしませんよ…それが、こうですから」
「ちょっと蚊帳の外の気分だが…私…いや、僕にも出来る事をさせて貰う」
花京院が言うと、仗助は真剣な顔で告げた。
「絶対、死なねえで下さい。俺、承太郎さんにあんたが二回死ぬの見せたくねえ」
花京院は腕を組んだ。
「君もいるし、僕も努力するよ。しかし承太郎がいるとはいえ、DIOのスタンド能力がよりにもよって『時を止める』とは、厄介だな」
仗助は花京院に釣られて腕を組み、難しい顔をして唸っている。
「うーん…時を連続して止める事は出来ない、ってのがDIOにも当てはまるなら…例えば、止めたすぐ後に花京院さんの触脚が絡めば、DIOは振り回すか、こらえなきゃなんねえわけですよね?」
「振り回す前に、千切られそうな気もするが…ん?君は、ジョセフさんは波紋とスタンドでDIOとやりあったと言ったな?ならば…」
花京院はある事を思いついていた。
※ ※ ※
そして暫くしてジョルノが落ち着いた所で、七人は円座を組んだ。
「初めまして、というには奇妙ですね、空条さん、ジョースターさん」
「…全くだ。お互い初対面が殺される現場とはな、ジョルノ」
無表情の承太郎に対し、ジョセフは失笑していた。
「ったく、趣味が悪いったらねえぜ。クソッタレが…ま、こんなことでもなきゃ、こうやって顔を付き合わせる事なんかなかっただろうけどな」
そんなやりとりから始まった作戦会議めいたもの。まず、ジョルノはデイパックからエイジャの赤石を取り出した。
「これだけの人間がいるなら…誰かこれの使い道を知りませんか?所謂ハズレの支給品の可能性もあるんですが…なぜ宝石が支給されているのかずっと引っ掛かっていて」
その赤い宝石を見て、ジョセフは破顔する。
「スゲー!そいつがありゃ、波紋使いは柱の男さえ倒せるんだぜ!承太郎の足手まといにならなくてすむじゃねえの!いや、寧ろ…俺らは何もできないと思ってるはずのあいつに、引導渡せるじゃねえか!」
「使い道を知っているんですね?では、これはジョナサンさんかジョセフさんに」
エイジャの赤石をジョセフに渡しながら、ジョルノは承太郎に告げる。
「空条さん。貴方がDIOを止める術を持っているのは知っています。DIOを倒しましょう…彼はどす黒い、吐き気を催す邪悪だ。許しておく事は出来ない。僕の事なら心配はありません。
寧ろ、貴方に感謝したいぐらいだ…何故なら、僕はDIOと対峙して…貴方がDIOを倒さなければ僕は生まれていなかったと確信したからです」
言い切ったジョルノのその潔い顔を見ながら、承太郎は何かが軽くなっていく感覚を覚えた。
本来の時間軸では決してまみえなかったジョルノとDIO。それ故にその事実を知ってから、ずっと承太郎はわだかまりを心の隅に残したまま生きてきたのだ。
そう、ディオ・ブランドー自身に自覚がなかったとしても、『父親』を殺したという事実を。
それにも答えが出た。
「…ああ、ケリを付けるぜ。奴には『貸しているものが多すぎる』からな」
それから互いの知らない分の能力を説明しあい、花京院が思い付いた事…即ち波紋使いが他のスタンド使いの身体に波紋を流せば、DIOは手を出しにくいのではないかと告げると、ジョルノは頷きながら指示をした。
「では、僕はジョナサンさんとF・Fさんと一緒に。ジョセフさんは仗助さんと花京院さんと一緒にいてください。
この組み合わせなら花京院さんのいう通り、ジョナサンさんとジョセフさんが他の人の身体かスタンドに波紋を流せます。
そうすればDIOもやすやすと腹をぶち抜いたりはできないでしょうし、後ろからでも援護が出来ます。空条さん、貴方は」
ジョナサン、ジョセフ、F・F、仗助が頷き合う中、承太郎は重みを持った言葉で告げる。
「あいつと直接やりあわせてもらう」
そして、花京院は確かめるように口に出した。
「…じゃあ、おとなしく援護に回らせて貰うよ。エメラルドスプラッシュや波紋を流した触脚なら、踏み込まなくても届くからね」
そして、花京院は敵の増援が来る可能性も口にした。
「塔にいたジョンガリ・Aはもちろん…ここには戦闘が行われた跡がある。片がついたら戻ってくるかもしれない。誰か、この惨状に心辺りは?」
ジョルノは口を開いた。
「…僕が降りていってから、戦闘になったようです…僕は、
タルカスさんと、犬と一緒にここへ来ましたが…少なくともタルカスさんの方は…」
首を振ったジョルノを見ながら、ジョナサンは確かめるように尋ねた。
「…タルカス…?彼は、日光の下を?」
「はい。何か?」
「いや、いいんだ…僕は彼が屍生人になってから出会ったのだから」
ジョナサンはそう呟くと、唇を噛み締めた。ジョルノと共に来たというなら、彼はきっと『騎士』だったのだろう。
続いて、承太郎がジョルノに問いかける。
「一緒に来た犬…それは黒に、白い鼻筋の通ったボストンテリアか?」
ジョルノは頷いた。
「そうですが…」
「やはり、この砂はあいつのせいか。イギー…犬のナリをしているが、砂を使うスタンド使いだ。生意気で頭の回る奴だが、性格的にDIOに付くとは思えん。
とすると、DIOの手下として…ヴァニラ・アイス…そして、F・Fをさらった奴が、近くにいるだろうな。
ヴァニラ・アイスは空間を削る奴だ。削る前に頭を出すから、そこを叩くしかない。巻き込まれたら何も残らん。DIOが優勢なら近くにいても仕掛けてこないだろうが、DIOに何かあれば危険だ。
こいつをさらった奴に関しては、素性は知れないが近距離の身体強化タイプだ…一緒に来たんだろう?あいつがどこへ行ったか、心当たりは?」
承太郎はF・Fの方を見る。F・Fは首を振った。
「あいつ…あたしをおいてけぼりで、始めちゃったのよ。誰だかはあたしもわからない。記憶にはない…でも、気をつけて」
一同は頷く。
その時、承太郎は隣にいた仗助に押し付けるようにして拳銃を渡した。
「増援の事もある…気休めだが隠し持っておけ。DIOの奴でも頭をぶち抜けば、一瞬動きを止める事ができるかもしれない」
「…承太郎さん」
仗助は承太郎の眼を見た。
「引き金を引くことを躊躇うな。俺はやられるつもりはないが、周りが巻き込まれた時…救えるのはお前とジョルノだけだ。そして、お前は自分を治せない」
その眼に悲しみは変わらず宿っているが、何処か今までと違う気がする。
決して悪を許したわけではないのだろう。けれど、承太郎の中で決定的なものが変わりつつある。
そうでなければこんな事はしないはずだ。
「承太郎さん…皆で、背負います。ぶちのめしましょう。あんたは、いつだって『希望』と共にあるべきだ」
殺しあいに乗ってはいけない。
だが、この因縁だけは断たねばならない。
―彼らが思い思いに立ち上がるまで、もう少し―
【D-2 サン・ジョルジョ・マジョーレ教会 地上/一日目 夕方】
【チーム『JOJO』+α】
【ジョナサン・ジョースター】
[能力]:『波紋法』
[時間軸]:怪人
ドゥービー撃破後、
ダイアーVSディオの直前
[状態]:貧血(ほぼ回復)、疲労(小)、痛みと違和感
[装備]:なし
[道具]:
基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)、不明支給品1~2(確認済、波紋に役立つアイテムなし)
[思考・状況]
基本行動方針:力を持たない人々を守りつつ、主催者を打倒。
1.ジョルノ…だけじゃない…こんなに子孫が…誰も、死なせない。決着をつけよう。
2.ディオ……。
3.敵増援に警戒。
4.フーゴやナランチャたちと合流したい。
5.仲間の捜索。
[備考]
※DIOからDIOとジョースター家の因縁の話を聞かされました。具体的にどんなこと聞かされDIOがどこまで話したのかは不明です。(後の書き手様にお任せします。)
※仗助によってダメージを治癒されました。
【
ジョセフ・ジョースター】
[能力]:波紋
[時間軸]:ニューヨークでスージーQとの結婚を報告しようとした直前
[状態]:健康
[装備]:ブリキのヨーヨー
[道具]:首輪、基本支給品×3(うち1つは水ボトルなし)不明支給品3~6(確認済み/
アダムス、ジョセフ、エリナ)エイジャの赤石
[思考・状況]
基本行動方針:チームで行動
1.DIOを倒す。
2.悲しみを乗り越える、乗り越えてみせる。
[備考]
支給品を確認し、水ボトルの1本をF・Fに譲りました。
【空条承太郎】
[時間軸]:六部。面会室にて徐倫と対面する直前。
[スタンド]:『星の白金(スタープラチナ)』
[状態]:痛み(小)と違和感、疲労(小)
[装備]:ライター、カイロ警察の拳銃の予備弾薬6発
[道具]:基本支給品、
スティーリー・ダンの首輪、ランダム支給品2~5(承太郎+
犬好きの子供+
織笠花恵/確認済)
[思考・状況] 基本行動方針:バトルロワイアルの破壊。危険人物の一掃排除。
0.…。
1.DIOを倒す、全てはそれからだ。
[備考]
カイロ警察の拳銃を仗助に渡しました。予備弾薬は念のため持ったままです。
【東方仗助】
[スタンド]:『クレイジー・ダイヤモンド』
[時間軸]:JC47巻、第4部終了後
[状態]:疲労(小)
[装備]:カイロ警察の拳銃(6/6)
[道具]:基本支給品(食料1、水ボトル少し消費)、不明支給品1~2(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る気はない。このゲームをぶっ潰す!
1.増援に警戒しながらDIOを倒す。
2. 承太郎さん…
3. 第四放送までには一度空条邸に戻る。
[備考]
クレイジー・ダイヤモンドには制限がかかっています。
接触、即治療完了と言う形でなく、触れれば傷は塞がるけど完全に治すには仗助が触れ続けないといけません。
足や腕はすぐつながるけど、すぐに動かせるわけでもなく最初は痛みとつっかえを感じます。時間をおけば違和感はなくなります。
骨折等も治りますが、痛みますし、違和感を感じます。ですが"凄み"でどうともなります。
また疲労と痛みは回復しません。治療スピードは仗助の気合次第で変わります。
【
ジョルノ・ジョバァーナ】
[スタンド]:『ゴールド・エクスペリエンス』
[時間軸]:JC63巻ラスト、第五部終了直後
[状態]:体力消耗(中)、精神疲労(大)
[装備]:閃光弾×3
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1~2(確認済み/
ブラックモア) 地下地図、トランシーバー二つ、ミスタのブーツの切れ端とメモ
[思考・状況]
基本的思考:主催者を打倒し『夢』を叶える。
1.増援に警戒しながらDIOを倒し、仲間と合流する。
[参考]
※DIOがジョナサンに話したDIOとジョースター家の因縁の話を一部始終聞きました。具体的にどんなことを話しどこまで聞いていたかは不明です。(後の書き手様にお任せします)
※149話「
それでも明日を探せ」にて飛ばした蠅がミスタが死亡したことによりジョルノの元へと帰ってきました。
【F・F】
[スタンド]:『フー・ファイターズ』
[時間軸]:農場で徐倫たちと対峙する以前
[状態]:髪の毛を下ろしている
[装備]:体内にF・Fの首輪
[道具]:基本支給品×2(水ボトルは1)、ランダム支給品2~4(徐倫/F・F/確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:存在していたい
1.やっと…解った…
2.DIOを許してはならない。
3.徐倫…承太郎…
[備考]
狙撃された右肩は自身のプランクトンで埋めました。ランダム支給品を確認しました。
【花京院典明】
[スタンド]:『ハイエロファント・グリーン』
[時間軸]:JC13巻 学校で承太郎を襲撃する前
[状態]:痛みと違和感
[装備]:ナイフ×3
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~2(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:DIOに受けた屈辱を晴らす。
1.敵の増援を警戒しながら、ジョースターの血統と共にDIOを倒す。
2.これが…仲間か。
[備考]
仗助の話を聞いている間に、仗助に腹部の傷を治療されました。
【D-2 サン・ジョルジョ・マジョーレ教会 鐘楼 / 1日目 夕方】
【ジョンガリ・A】
[スタンド]:『マンハッタン・トランスファー』
[時間軸]:SO2巻 1発目の狙撃直後
[状態]:肉体ダメージ(小~中)
[装備]:ジョンガリ・Aのライフル(25/40)
[道具]:基本支給品、『オール・アロング・ウォッチタワー』 のダイヤのA
ミスタの拳銃(6/6)予備弾薬12発、ランダム支給品1(確認済み/タルカスのもの)
[思考・状況]
基本的思考:DIO様のためになる行動をとる。
1.教会入り口を見張り、侵入者を狙撃する。
2.何故、空条徐倫が…?
[備考]
※DIOからミスタの拳銃及び予備弾薬を受け取り、装填しました。
※鐘楼塔を昇降するためのエレベーターはヴァニラ・アイスとイギーの戦闘の余波のため、止まってしまっています(具体的にどうなっているかは他の書き手さんにお任せします)。
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最終更新:2015年12月31日 14:51