.
Und der Haifisch, der hat Zahne
und die tragt er im Gesicht
und Macheath, der hat ein Messer
doch das Messer sieht man nicht.
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
誰も彼も、普通の人間とは思えない超常的な能力を持っていた。
あれだけ激しい戦いをなんとか逃げ延びはしたが、
吉良吉影は重傷であった。
放送を終え、互いの生存を確認する。
あの戦いでは、誰も命を落とさなかったようだ。
ちぃッ、と、吉良は心中で舌を打ち鳴らす。
せめてDIOかカーズ、どちらかでも消し飛ばすことができていれば……
左手首が痛む。無理して『シアー・ハート・アタック』を酷使し続けた結果だ。
その代償を払った成果が得られなかったとこが、何より悔しい。
いや、あの場を生きて逃れられただけでも幸運と考えるべきなのだろうか。
「なにが起きたか…… ですか」
さて、どう答えるべきだろうか。
川尻しのぶと名乗ったこの女。おそらく
川尻浩作、早人という2人の親族だろう。
親? 兄弟? 旦那? 息子?
近しい人間を亡くして間もないというのに、随分と気丈に振舞っている。
なにか他に、心の支えになるものでもあるのか。
ともかく、女の本性の見えぬうちに、下手なことを話すべきではない。
そう考え、吉良がすっとぼけた回答を返そうとしたちょうどその時、玄関から物音が聞こえた。
引き戸を開ける音だ。
そして、かすかに聞こえる足音。何者かが、この屋敷に侵入したのだ。
「誰か来ますね」
「え……ええ………」
しのぶを後ろ手に庇うような形で、吉良は侵入者への対応に備える。
開きっぱなしになった応接室の戸口から、緑色でスジのある光ったメロンのようなスタンドが顔を見せる。
スタンドは警戒を強める吉良を目に捉え確認すると、今度はその本体と思われる人間が姿を見せる。
赤く長い髪をした、日本人の学生のようだ。
「2人か?」
首肯する吉良。
「……承太郎はいないのか?」
続く少年の問い。今度は首を傾げつつ、黙ってしのぶの表情を伺う。
「……はい」
自然な受け答えだ。
と同時に、自分と承太郎のつながりを隠しつつ、しのぶと承太郎のつながりを確認する吉良。
この少年は、空条承太郎の仲間だろうか。
たしかに、ここは『空条邸』。空条の名に親しいものが集まってくるのは必然ーーー
こうなる可能性も十分にあった。
考えが甘かったか、と吉良は思い返す。
前置きもなく、突如背後から言葉が投げかけられる。
少年が現れた反対側。
吉良は振り向くと、庭に面した縁側に別の男がスタンドを携えて立っていた。
学生服の方は囮だった。本命はこちらだ。
(危なかった…… 有無を言わさず学生服を攻撃を仕掛けていれば、こちらの男に倒されていたかもしれない……)
身体の怪我もあり、即決即断の戦闘態勢を取れなかったことが、逆に幸いしていた。
この侵入者、あらかじめ吉良たちの位置をだいたい掴んでいたようだ。
そして、屋敷に侵入してものの数秒で挟み撃ちを仕掛けてくる。
なかなか侮れない。
「突然、奇襲のような真似をしてしまい申し訳ない。だが、状況が状況だ。
安易に他人と接触することは命取りになる。勘弁して頂きたい……」
そうはいいつつ、2人ともスタンドは出したままだ。
完全に警戒を解いたわけではないようである。
まあ、言葉のひとつふたつを交わしただけでは、吉良たちを信用するにはまだまだ足りないのは当然であるが。
だが、とりあえず、問答無用の戦闘だけは避けられた。
泥スーツの男といい、空条承太郎といい、吉良が最近出会ったのは問答無用の敵ばかりだった。
ここに来てようやくまともな人間が現れたことに、吉良は息を吐いて安堵する。
だんまりを決め込む花京院を余所に、でかいアフリカ人のブ男、アブドゥルがそう自己紹介した。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
少々、時は遡る。
「これで全ては闇の中……か」
ツェペリも表情に悲しみを見せる。直接会って、問いたかったのだ。
自らをスタンド攻撃した意図を。そして、自分たちに見せた善良な彼の姿は、偽りだったのかを。
そして、
ストレイツォ。
若き日を共に過ごした旧友の死は、すでに戦士としての生命を奪われた老兵には大きなダメージだった。
各人が放送の結果に重苦しい反応を示している中、ドルド中佐のみが、内心苛立ちを見せていた。
(たったの18人か…… 最初は一気に半分も減ったというのに、やはり人数が少なくなるにつれ、ペースが落ちていくのは必然か……)
はやくゲームが終わって欲しい
ドルドにとって、この死者の数は物足りなかった。
仲間も居らず、優勝することしか頭にないドルドにとって、放送の結果などそんなものだ。
名前がわかる唯一の存在である
橋沢育朗は、とっととくたばって欲しいのだがなかなかしぶといようなのだ。
「さて、もういいな。悔やんだところで始まらない。では、放送前に話し合った通り、まず俺ひとりで空条邸に出向く。
危険が無いことを確認すれば、合図を送る。その後、改めて全員でこちらに来てくれ」
立ち直りが早かったのは、モハメド・アヴドゥルだ。
彼とて、この放送には思うところが多々あった。
ポルナレフの遺言にあった、
ブローノ・ブチャラティ。彼も死んでしまった。仲間であるアバッキオも一緒に。
見せしめでジョルノも死んでしまったので、残るは3人。彼らのうち何人が、レクイエムのことを知っているのだろうか。
だが、悔やんでも仕方がない。一刻も早く彼らと接触するためには、行動を止めるわけにはいかぬのだ。
空条邸より北東1kmほどにある小さなビルで放送を迎えた一行は、次の目的地をそこに選んでいた。
広いローマの地図のど真ん中に位置する施設であり、しかもそれは参加者の殆どに縁のある空条承太郎の実家なのだ。
いかなる理由をもってしても、立ち寄らない理由は存在しない。
「本当にひとりで大丈夫か? なんならオレも―――」
ジャイロが手を挙げて名乗り出るが、アヴドゥルはにべも無く返答する。
「いや、気持ちだけ頂いておこう。誰と遭遇するか分からぬ以上、この人数で動くのは危険だ。
ビーティーは戦うことはできないし、シニョール・ツェペリにも、無理はさせられない。
そんな中で、あの男から目を離すわけにはいかないからな」
アヴドゥルがドルドを一瞥する。ジャイロにも睨みつけられ、ドルドはやれやれといった雰囲気で肩をすくめた。
ズッケェロを始末したことを、まだ根に持ってやがるのか。
あんな野郎を生かしておこうとしたお前らの方がどうかしているだろう。
何を言っても、ドルドはそんな態度を変えなかった。
確かに正論かもしれない。間違っているのはアヴドゥルたちなのかもしれない。
だが、だからといってこの男の言うことを軽々と受け入れるわけにはいかなかった。
「気をつけてな、アヴドゥル」
ツェペリが拳を握り、檄を飛ばす。
アヴドゥルは笑顔で手を挙げて答えた。
「アヴドゥル…… 油断するなよ?」
ビーティーは自らの脇腹を親指で示しながら、注意を促した。
アヴドゥルは釣られて、ビーティーと同じように自分の脇腹に手を添える。
そこには、ビーティーから賜った『戒めのナイフ』を差してあったのだ。
「ああ、わかっている。『過信』はしない。―――行ってくる」
アヴドゥルはひとり、空条邸を目指した。
『空条』の名は我々にとっての正義であると同時に、多くの悪にとっての敵でもあるのだ。
スティーリ・ダンや
J・ガイルは死んだがしかし……
ラバーソール。
ホル・ホース。最悪の場合、DIOがそこにいることまで想定して動く必要がある。
油断して殺されないように、か。
ふた回りも歳が離れている子供に、まさかこんなことを教えられるとはな。
アヴドゥルは自嘲し、しかしその言葉を心に噛み締めながる。
バイクに跨り、アヴドゥルは一路目的地を目指した。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
ローマの街には似つかわしくない、本格的な日本庭園。
その敷地内に足を踏み入れると、そこにはさらに似つかわしくない高級リムジンが停車している。
『法皇の緑』が目撃したものに間違いない。
「まさか自宅に戻っているとはな…… リムジン通勤とは、随分と結構な身分じゃあないか」
花京院が軽くジョークを飛ばし、ラバーソールがその隣で「ククク…」と小さな笑いを零す。
承太郎を殺せば、さぞ高得点だろう。
あわよくば花京院と相打ちにでもなってくれれば、それがラバーソールの最も希望する結末である。
まずは、『法皇』を屋敷の床下へ潜行させる。
普段はドブネズミどもの住処になっている軒下から、屋敷内の気配を探る。
屋敷にいるのは、2名。男ひとりと女ひとりだ。
承太郎だろうか…… いや、迷う必要はない。問答無用で、襲撃し制圧する。
ラバーソールがその手を、屋敷の引き戸に伸ばす。その時―――
「待て」
花京院はこちらへ近づいてくる、僅かなエンジン音を聞いた。
この音は―――オートバイだろうか?
北東の方角から、ゆっくりこちらへ近づいてくる。
ラバーソールへ目線で指示を出し、花京院たちは一旦屋敷の玄関前から退き、離れとなっている書庫の陰へと身を隠した。
やがて現れたのは、オートバイに跨った大柄な黒人男性。
その手には、長物の銃火器。おそらく、猟銃。
(モハメド・アヴドゥル―――!)
先の放送から生存確認は取れていたが、ここで遭遇するとはタイミングがいいのか悪いのか……
確かに彼は承太郎に匹敵する重要な標的のひとりだが、強敵だ。
中に承太郎がいるかもしれない。彼らふたりを同時に相手にするのは骨が折れる仕事だ。
前もって気が付いてよかったと、花京院は思う。
承太郎とアヴドゥルに挟み撃ちにされるのは御免である。
(しかし、ここで逃すのも惜しい相手だ。承太郎と手を組まれるとしたら面倒だし、始末しておきたいが……)
花京院は考えを巡らせる。
そして、ひとつの妙案に辿りついた。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
屋敷の玄関前に辿り着き、アヴドゥルは『魔術師の赤』を出現される。
誰かに見られている気配を察したのだ。
元々、誰かと接触するのを覚悟の上で、オートバイなどという目立つ乗り物で屋敷に来たのだから。
善良な者なら歓迎であるし、悪意ある者ならば排除するまでだ。
アヴドゥルにはその自信と実力がある。そして、やらねばならぬ使命もあるからだ。
どこからの攻撃にも対応できるようアヴドゥルは臨戦態勢に入り、周囲を見渡す。
すると観念したかのように、離れの陰からひとりの男が現れた。
「やれやれ、降参だ。さすがだな、アヴドゥルさん」
花京院典明だった。そばには、彼のスタンド『法王の緑』。
思いがけぬ仲間との再会に、アヴドゥルの緊張が緩んだ。
ポルナレフが死亡し、承太郎も見せしめとして殺された。
ツェペリが
ワムウから聞いた話によると、
ジョセフ・ジョースターも同時に死亡している可能性が高い。
だとすれば花京院(と
イギー)は、唯一残されたアヴドゥルの仲間なのだ。
再会が嬉しくないわけがない。
「あなたも承太郎の家に来ているとは思わなかったですよ。ここで―――」
「待て花京院」
だがアヴドゥルは冷静だ。
簡単に流されはしない。熱くなりやすい性格だと自分でわかっているだけに、常に冷静であろうと心がけている。
「疑うようですまないが、お前のスタンドを、私の手の届く距離まで寄越してはくれないか?」
「えっ?」
突然の尋問のようなアヴドゥルの態度に、花京院は固まる。
しばし逡巡するも、アヴドゥルの有無を言わさぬ眼光に刺観念し、黙って『法皇』をアヴドゥルの元へと操作した。
下手な動きをすれば命取りだと、花京院は理解していた。
アヴドゥルは『法皇』のスタンドヴィジョンへと手を伸ばす。
(触れられない……)
本物だ。
アヴドゥルが警戒したのは、ラバーソールの『黄の節制』。
承太郎より聞いた話によると、ラバーソールが花京院に化けていた際、『黄の節制』は『法王の緑』の姿さえも完全に再現していたそうだ。
だが、『黄の節制』は実態のあるスタンド。アヴドゥルが手を伸ばせば、そのヴィジョンには触れられるはずだ。
つまり、この『法皇』は本物であるということ。
ならば……
「花京院……。その長い前髪を上げて、額を見せてくれないか?」
そこまでするか…と、花京院は嫌な汗を流す。
だが、黙って従うしかない。前髪を右手で抑え、額を露わにする。
肉の芽は―――――― 無い。
(やれやれ、どうも神経質になりすぎていたようだ……)
ようやく、アヴドゥルは肩の荷を下ろす。
他人に化ける―――特に、過去に花京院に化けたことがある、ラバーソールという可能性。
もしくは、参加者たちの時代の差により生じうる、DIOの刺客だった頃の花京院であるという可能性。
ビーティーに感化されてか、それともバトルロワイアルの緊張感からか、つい疑り深くなってしまった。
「すまない、花京院。君を疑うような真似をしてしまった」
「いえ、仕方がない。この状況下ではむしろ当然でしょう。さすがだ、アヴドゥルさん」
頭を下げるアヴドゥルに、花京院はなんてことない素振りを見せた。
だがその内心は、今にも心臓が止まりそうなほどに、緊張が収まらなかった。
花京院―――否、彼に化けたラバーソール。
花京院の仕組んだ策は、偽物の花京院でのアヴドゥルとの接触である。
実際に花京院に化けて承太郎を襲撃しようとしたラバーソールの方が、「アヴドゥルの仲間である花京院」を演じることに長けているだろう。
それが、花京院の狙いだった。
(実際にはラバーソールが花京院に化ける際は、そのキャラクターまで似せるつもりはなかったのだが)
当然、ラバーソールは拒否したが、花京院は有無を言わせなかった。
ただでさえ花京院に対し痛い目をみた直後である。
最悪、花京院が敵側に着いたとすれば、花京院とアヴドゥルの二人を同時に相手にするハメになる(さらに屋敷には承太郎もいるかもしれない)。
あまりにも分が悪すぎる。ラバーソールは従うほかなかった。
『黄の節制』による外見の変装は完璧である。当然、額に肉の芽など現れないのだ。
ならばなぜ、アヴドゥルは『法皇』のヴィジョンに触れることができたのか?
その答えは至って簡単……
この『法皇の緑』は『本物』なのだ。
『花京院』の側ならば、『法皇』のヴィジョンが宙を浮いていても不自然はない。
情報をラバーソールに独占させない為、且つラバーソールを見張る為、且つ隙あらばアヴドゥルに奇襲をかける為、花京院は『偽花京院』の側に自らのスタンドを配置したのだ。
射程距離の広いスタンド使いならではの奇策である。
(花京院の野郎―――ッ! こっちは冷や汗もんのスレスレ演技だぜッ!! 調子に乗りやがってよォ―――!!)
まさかアヴドゥルが肉の芽の確認と、『黄の節制』の確認までしてくるとは思わなかった。
偶然が重なり、ラバーソールはアヴドゥルの追求を逃れることができた。
だが、これは逆に好機である。
始めにこれだけ疑われておけば、もはやアヴドゥルの信用は勝ち取ったも同然。
寝首をかくには、むしろ好都合といえる。
その後、アヴドゥルと花京院(ラバーソール)は二手に分かれて空条邸に進入。
吉良吉影、川尻しのぶの両名との接触を図るのだった。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
吉良らとの接触後、アヴドゥルはすぐに付近に隠れさせていた仲間たちを呼び寄せた。
空条邸の庭にでたアヴドゥルの『魔術師の赤』は火の玉を打ち上げた。
まるで打ち上げ花火のように花火のように、2発。
オレンジ色のそれは、日中ではさほど目立つ物ではなく、この周辺の空を注意してみていなければ気が付かないものだった。
事前の打ち合わせ通り、火の玉が1発なら危険、来るな。
2発なら、早急な危険は無し、来い。
という意味だ。
このことから、アヴドゥルは吉良、しのぶ、そして花京院についての警戒は(ある程度)必要ないと判断したとわかる。
「あれだけ死亡フラグまがいの別れのシーンの後で、随分あっけない再会になったな」
軽口を叩きながら、ビーティーはアヴドゥルに歩み寄る。
アヴドゥルは苦笑いを浮かべつつも、怪訝な表情を見せる。
「……ジャイロは外だ。用心のため、保険として待機させておいた」
アヴドゥルにしか聞こえない声で、ビーティーは囁いた。
ツェペリも、アヴドゥルの顔を見て頷く。
なるほど。
ドルドにツェペリの介助を任せたのは些か不満があるが、そういう役目ならばジャイロが適任だろう。
花京院はともかく、残り2人はまだ出会ったばかりだ。
男の方は大怪我をしていた。彼がどんな人物であれ、これまでの経緯などは聞いておきたい。
アヴドゥルに迎えられる彼らを、庭に面した応接室から吉良が睨む。
花京院に扮したラバーソールもまた、苦虫を噛みつぶしたような表情を必死に隠していた。
そして……
(面倒だな………)
離れの書庫に隠れ潜む本物の花京院もまた、予定より多い登場人物の数にイライラしていた。
これだけの数の仲間が潜んでいたのならば、アヴドゥルと接触すべきではなかっただろうか?
(しかし、あの川尻しのぶという女は、承太郎について何か知っているような様子だった……)
もう少しだけ、観察してみるか?
『法皇』で承太郎の行方さえ聞き出すことができれば、自分一人だけで追いかけるか。
正直、承太郎さえ仕留めることができれば、ラバーソールがどうなろうと、この場がどうなろうと、どうでもいいのだ。
空条邸の応接室に集合したのは、全部で7人。
アヴドゥルの一行のリーダーは意外なことに最年少のビーティーだった。
彼を中心に、向かって右隣にアヴドゥル。
アヴドゥルが脇に置いた猟銃を挟んで、川尻しのぶ。
吉良と、彼の左腕を治療するツェペリが並び、ツェペリの介助をするドルド。
最後に花京院(ラバーソール)、そしてビーティーに戻る形で円形に陣取った。
出会ったばかりの人物に無償で治療を行うことにビーティーは難色を示したが、ツェペリが頑として譲らなかった。
『魔術師の赤』の姿はアヴドゥルの意思によりとっくに消えているが、『法皇』はまだ花京院の側に佇んでいる。
花京院は素知らぬ顔をしており、他の者も、それについてとやかく言うことはない。
(花京院、どうかしたのか? ひどく落ち着かない様子だが…)
そんな中でビーティーだけが、例外的に、彼の挙動に若干の違和感を覚えていた。
「さて、蓮見さん。治療を受けながらで構わない。話してもらえないかな。その怪我はいつ、どこで、いったい誰にやられたのだ?」
『蓮見』と呼ばれたのは、吉良吉影だ。
アヴドゥルとの遭遇後、吉良は名前を問われ、そのとき
蓮見琢馬と答えたのだ。
ストレイツォらといた時とは、状況が違う。
あの空条承太郎の中で、吉良吉影と言う人物が殺人鬼であるということは等式で結ばれていた。
承太郎のように顔を見て吉良とは認識されなかったが、吉良の名前を知っているかもしれないと思い、偽名を使った。
実際に承太郎から吉良吉影の素性を聞かされていた川尻しのぶもおり、吉良の判断は正解だった。
問題は、偽名でなんと名乗るか。
名簿にない名を名乗るわけにはいかない。
第2放送までの生存者の中で、日本人男性とはっきりわかるのは、11人。
その中から、吉良吉影、空条承太郎、花京院典明を除外。
良平、億泰のような親族がいる東方ジョウ助、
虹村形兆も意識して除外。
残る6人の中から、無作意で蓮見琢馬の名を選んだ。
これは一つの賭けであったが、吉良は無事に突破した。
ここでツェペリと面識のある宮本の名でも挙げていたなら、吉良は嘘が即座にばれて窮地に陥っていただろう。
閑話休題。
「……地下の洞窟で、3人の戦いに巻き込まれました。とても人間とは思えない、化け物でした。
たしか、名前はわからないがコートを着た男と、後の2人は、カーズ、それにDIOと名乗っていたと思います」
「DIO――!」
ツェペリの波紋による治療を受けながら、吉良はこれまでの経緯を説明する。
意図的に承太郎の名前を隠し、さらに吉良自身はやはり無力な一般人を装った。
偽名を使った以上、近いうちに全員始末する必要がある。
ならば、わざわざ『キラー・クイーン』を見せてやることもない。
DIOの名を出したことで、アヴドゥルたちの興味はそちらに移った。
さらに奴らの詳細を話し、ツェペリからカーズがワムウの同族であることが推測された。
吉良にとってはワムウというのは新たな情報。
あのカーズと同等の危険人物とは気が滅入るニュースであったが、情報が得られたこと自体は幸運だ。
「しかし、DIOたちの戦いに巻き込まれて、よく無事でいられたものだ」
「はい。幸運でした……」
「だが、それだけでは説明が付かんな? 蓮見、その左手首の傷は普通じゃあない。毒か何かで溶かされたようだが?」
鋭い目付きでビーティーが睨む。
ドルドはその歪な形の手首に、杜王駅に見たバオー鼠の能力を連想する。
吉良はビーティーから目線を外らし、沈痛な面持ちを浮かべて語り始めた。
「こちらのは、別です。体に泥を纏った……スタンド使い……でしたか、それに襲われました。ストレイツォさんが身を挺して守ってくれなければ、私の命はなかったでしょう」
「なんと―――っ! そうか、ストレイツォが君と……」
必要のない嘘は付かず、そして自分にとって都合のいいストーリーを吉良は創作して話す。
ツェペリがストレイツォと知り合いである事も気が付いており、彼の名を出す事でストーリーにも真実味が増す。
(まただ。話題を逸らし、深い追求から逃れ、煙に巻いた。蓮見琢馬、この男、やはりどこかおかしい)
だが、ビーティーだけは吉良の言葉の不自然さに気が付いていた。
続いて川尻しのぶが話を始めたときも、吉良の不自然さは現れた。
吉良はしのぶの動きを常に気にしていた。
それは、今のしのぶが触れたものを爆破させる起爆材であり、不用意に他人と接触させたくないからである。
不自然の無いよう振る舞ってはいたが、ビーティに疑問を持たせるには十分だった。
「それで、空条さんはカーズという男に戦いを挑みました。私はこの空条邸で待つと、彼に約束を―――」
「なるほど。蓮見さんの巻き込まれた戦いのもう一人は、承太郎か。しかも、俺より年上の時代の承太郎とは…」
しのぶの話がだいたい片が付いた。
これまでの承太郎の動向。
ツェペリの気にしていたスティーリー・ダンと思われる人物を無慈悲に惨殺したことや、アヴドゥルが看取ったポルナレフの遺体を見つけたことまで、何一つ隠し事はしなかった。
そして、吉良吉影という男について。
吉良本人も知り得ない、未来の吉良としのぶの関係について。
吉良が川尻浩作に扮し、しのぶとひとときの結婚生活を送ることまで。
あまりの内容に吉良は呆気にとられた。
「しかしその承太郎って男は、蓮見がいながら構わずDIOたちとの戦いを続けたのか? 」
「…………」
「ああ、あり得るな。話を聞く限り、今の承太郎は何かがおかしい。まるでダーティハリー症候群だ。このまま放ってはおくわけにはいかん」
吉良に不信感があるビーティーが承太郎に対し不平を漏らすが、アヴドゥルはむしろ承太郎の現状に不安を感じている。
そして吉良は、綱渡りのような情報交換に疲弊していた。
今のところ致命的な矛盾は無いが、このままではいつかボロが出るだろう。
何か手を打たなければならない。
「だが、その承太郎が生きているという事は、同じように見せしめとなったジョセフ・ジョースターもまだ死んでいないということだろうか?
それに
ジョルノ・ジョバァーナも―――」
「うむ。花京院、君の意見を聞こう」
情報交換の指揮はアヴドゥルとツェペリが中心となり、他の者は黙って質問に答える側だ。
ドルドに対しはなんとも思わないが、沈黙を保つ花京院にはビーティーだけでなくアヴドゥルも違和感を覚えていた。
「……さあ。私からはなんとも言えないな。君と違ってシンガポールまでしか知らないし、ここへ来てからもろくな人間と出会っていない」
話を振られ、ラバーソールはなんとか切り抜けようとした。
だがその後すぐに、今度はラバーソールがこれまでの経緯を話をするターンが回ってきた。
花京院からはほとんど何も聞かされていないため、彼も過去を創作する。
水のスタンドを使うアンジェロと言う外道を始末した事、その際に、川尻しのぶの夫らしき人を死なせてしまった。
などと言う内容などだ。
吉良の語ったカバーストーリーと比べて出来が悪く、ビーティーから鋭い指摘がある度に、言葉を詰まらせていた。
(やはり、この花京院も、何かを隠している……)
(畜生ッ! このビーティーとか言うクソガキをぶち殺してやりてえ! しかしこの人数相手に、妙なことは出来ねえ……)
ラバーソールは焦燥を誤魔化し、『法皇』を見る。
スタンドには変化はない。
(花京院ッ! もう限界だぜ! なにか指示を寄越せッ! このままじゃあ――――――)
その後、今度はアヴドゥルたちが自分たちのこれまでの経緯を話し始めた。
ポルナレフの死、ホテルでの出来事、ワムウという男、ドルドの駆除対象である危険生物バオーについて等だ。
ビーティーに巧みな話術によりジャイロの存在はうまく隠され、ジャイロ無しでは知り得ない情報(主催者スティールの事など)も当然出なかった。
一通りの話が終わった頃、時計の針は既に午後2時半を回る頃だった。
「では、このままここで待機する。承太郎の帰還を待つのだ。異論のある者はいるか?」
アヴドゥルの言葉で、情報交換は締めくくられようとしている。
川尻しのぶの言葉を信じるならば、承太郎は必ずここへ戻ってくる。
まずは、それを待ち、合流の後にその後の方針を決定するという流れだ。
異論がでるはずもないが、若干1名は納得していなかった。
無論、ラバーソールだ。
(冗談じゃねえ… この人数に加えて、承太郎まで…… 花京院の奴は一体何をしているッ?)
そんな2人を余所に、アヴドゥルはビーティーを見る。
そろそろジャイロを呼び出していいんじゃないか?
そう問いたいのだろう。
まだ屋敷内にも不安要素は残っているが、ここらがビーティーとしても譲歩のし時だ。
いつまでも門の外で待たされ、ジャイロもそろそろ我慢の限界だろう。
ビーティーは目線でドルドに指示を送る。
アゴで使われることにやれやれとため息を付き、しかしドルドは静かに従う。
「少し外の空気を吸ってくる」
適当にそう言って、ドルドは立ち上がった。
ビーティーにとっての不安は蓮見(吉良)と花京院(ラバーソール)の2人だ。
彼らについて、アヴドゥルに注意を促しておくべきか?
蓮見は、ツェペリからの波紋の治療を終え、軽く体を動かしている。
溶かされた左腕はそのままだが、それ以外は普通に動くに問題ないほどにまで回復しているようだ。
花京院は……
(ム? 『法皇』の姿が無いーーー)
ドルドに指示を送った隙にだろうか?
常に花京院の傍らに構えていた『法皇の緑』の姿が、いつの間にか消えていた。
室内を見渡すも、その姿はない。
花京院が消したのか、それともどこか遠くへ操作させたのか?
いや、違う。
ビーティー同様に、花京院(ラバーソール)もきょろきょろとあたりを何かを探しているのだ。
(花京院? クソッ! 『法皇』はどこに行った? 花京院は何を考えている?)
(なんだ? 花京院も『法皇』を探しているのか? 自分自身のスタンドを――? 奴が自分で消したんじゃあないのか?)
「おや? 川尻さん、どうしました?」
ビーティーの考えは、アヴドゥルの言葉に遮られる。
川尻しのぶが突然立ち上がり、生気のない表情を浮かべている。
その手には―――
「川尻さんッ! あんた何を?」
猟銃だ。
情報交換の間、アヴドゥルが小脇に置いていた猟銃。
川尻しのぶは猟銃を水平に構え、そして射撃した。
発射された散弾は、縁側から庭へ出ようとしていたドルドの背中を打ち抜き、胸に大きな風穴を生み出した。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆
(なんだ? 銃声か!?)
屋敷内で、なにか異変が?
ジャイロ・ツェペリがビーティーの指示により空条邸の敷地外部にて待機をして小一時間が経過していた。
そろそろ待たされる我慢も限界に達していた頃、屋敷内から聞こえてきたのは、1発の銃声。
おそらく、アヴドゥルのもっていた猟銃だろう。
中で一体、なにが……?
ドルドが暴れたのか。それとも、別の敵か?
(どうする―――? 行くか? だが―――)
迷うジャイロ。
そこへ、さらに2発目の銃声が鳴り響く。
躊躇うことはない。ビーティーが自分を外に残したのは、こういう事態が発生した時を想定したからじゃあないのか?
ジャイロは鉄球を握りしめ、屋敷内部へと駆けだした。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆
「グハァッ!」
ドルドの機械仕掛けの胴体の風通しは良くなり、そのまま動作を失い地面に倒れた。
突然猟銃を放った川尻しのぶは、うつむいてなにかブツブツと呟いている。
「川尻さんっ! あんた何をしとるんじゃあ! なぜドルドを撃った!?」
「その猟銃をこっちに寄越すんだッ! さあ早くッ!」
川尻しのぶによる突然の暴挙。
これには流石のビーティーも想定外だ。
何かしでかすとしたら花京院か蓮見だと思っていたからだ。
完全に油断していた。
「猟銃? 猟銃ですってぇぇぇ……?」
しのぶが口を開く。
目は虚ろで、呂律も回っていない。
「アヴドゥルさぁん! あなたにはこの『棒っきれ』が、『猟銃』に見えるのぉおお!?」
足下がふらつき、口からは涎が垂れる。
そして猟銃を再度構え、銃口はビーティーに向けられる。
(いかんッッ!)
「それじゃあっ! ちゃんと! よく見なさぁい!!」
「『魔術師の赤』ッ!!」
アヴドゥルはビーティーを庇って前に飛び出し、スタンドを繰り出した。
銃声が鳴り響くと同時に、『魔術師の赤』も高熱の炎を吹く。
牢屋の鉄格子すら一瞬で焼き付くす炎で、飛来する弾丸を相殺させるのだ。
このゲーム開始直後、屍生人たちから同じ猟銃で狙われたときも、この炎によって防ぎきった。
「ぐゥゥ……」
だが、あの時より至近距離で、しかもとっさにビーティーを庇った直後の銃撃だった。
しかも相手は女性で、ここは学校の教室よりも狭い空条邸の応接室だ。
そのため対応が遅れ、すべての散弾を防ぎきることはできなかった。
急所は守り抜いたが、散弾の一部が炎のガードを避けて、アヴドゥルのわき腹に命中した。
(くそっ なんて事だっ! 腹をやられた。これでは、炎のパワーも落ちてしまうッ! だが―――)
「スタンドだッ! 彼女はスタンド攻撃を受けているッ!」
ビーティーが叫ぶ。
アヴドゥル同様、彼もその結論に辿り着いていた。
川尻しのぶは何者かに操られている。
それが何者の仕業か?
それは、今のやり取りですべてわかった。
「花京院ッ! キサマかァッッ!?」
承太郎から聞かされた話でしか知らなかったが、花京院はDIOの配下だった頃、承太郎の高校の校医を操り、襲わせている。
そのときと状況が告示している。
肉の芽の有無は確認したはずだった、どうなっている?
だが、情報交換中も、花京院はどこか様子がおかしかった。
なぜもっと早く手を打たなかったのかと、アヴドゥルは悔やむ。
アヴドゥルは『魔術師の赤』の手刀を、花京院に叩き込む。
しかしーーー
「―――くそッ!」
花京院の腕が黄色いスライムで覆われ、攻撃は防がれてしまった。
ラバーソールの『黄の節制』である。
「「何だとッ?」」
アヴドゥルとビーティーが同時に叫ぶ。
スタンドは一人につき一体だ。
花京院にこんな芸当ができるわけがない。
蓮見が絡んでいるのか?とビーティーは視線を切るが、彼もまた事態を飲み込み切れていない様子で、腰を落として身を引いているだけだ。
突然の事態に、考えがまとまらない。
そして、アヴドゥルに攻撃されたラバーソールは、それ以上に焦っていた。
(畜生ッ! とっさに守っちまったッ! 花京院の野郎、俺を見捨てて、おっ始めやがったなッ!?)
すべては外にいる花京院の仕業だった。
『法皇』によって情報交換の様子を観察していた花京院は、空条邸での
大乱闘を始めさせた。
承太郎がここに来る。
それは彼をターゲットとする花京院にとって好都合だったが、敵側であるアヴドゥルらの集団に行動されては、迎え撃つに都合が悪い。
花京院は、集団を崩壊させるプランを進めることにした。
ドルドが席を立ち、全員の意識がそちらに向いた隙をついて、『法皇』を川尻しのぶへ憑依さる。
そして、まず部屋を出ようとしていたドルドを銃撃。
その後、情報交換中にもっとも厄介だと判断したビーティーを始末しようとしたのだ。
『法皇』による操作を疑われるだろうが、問題はない。
なにせ、現場には『花京院』がいる。
罪はすべてラバーソールが被ってくれるというわけだ。
ラバーソールなどどうなっても問題はない。
『法皇』が暴れている以上『花京院』は言い逃れられないし、ラバーソールが正体を明かしたところで、アヴドゥルにとっては元々敵なのだから意味は無い。
そして、川尻しのぶがとりつかれている以上、『法皇』を攻撃できない。
アヴドゥルが花京院本体(ラバーソール)と交戦している隙を付き、『法皇』の攻撃でアヴドゥルを仕留める。
これで、花京院の勝利は確定する。
「アヴドゥルさぁぁん!! これは猟銃じゃあないわよねぇぇぇぇぇ!!!」
再度、弾を装填し、川尻しのぶがアヴドゥルを狙う。
炎の防御壁の威力は予想以上だった。
ビーティーから先に始末するつもりだったが、予定変更、アヴドゥルが先だ。
今の攻防でビーティーに身を守る能力がないのも明白である。
ここでアヴドゥルさえ押さえてしまえば、後はどうとでもなるだろう。
(まずい! もう一度攻撃されたら、今の俺では散弾を防ぎきれないっ! いや、花京院に捕まっているこの状態では、満足に動くこともできんッ!)
「パウッッッ!!!」
その刹那、ツェペリが飛び上がった。
座ったままの姿勢。腕の力だけでのものすごい跳躍で、ウィル・A・ツェペリは宙を舞った。
「やめんかァ―――っ!!」
(何ッ?)
花京院の予想を超える、ツェペリの超身体能力。
下半身不随と聞いて、侮っていた。
これが波紋の戦士の能力か。
飛び上がったツェペリの身体は川尻しのぶの身体を抱き留め、地面に押さえつけようとする。
だが―――
カチリ
(なんじゃとッ!?)
彼女の身体が床面に達するよりも早く、彼女の身体が起爆材となり、ウィル・A・ツェペリの身体は木っ端微塵に消し飛んだ。
「ウィル――――――ッッ!!」
奇しくもそれは、ジャイロ・ツェペリが応接室の縁側に辿り着くのと、ほぼ同じタイミングであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ☆
ローマ文化の町並みから、門をくぐればそこは日本庭園。
豪華な高級自動車に、アヴドゥルのバイク。
離れの書庫に、大きな池。
それらを横目に庭内を走り抜け、銃声のした屋敷の縁側を目指す。
ジャイロ・ツェペリが最初に見えたのは、縁側の廊下で倒れているドルド。
知らない奴とスタンド同士で取っ組み合いになっているアヴドゥル。
そして、自分と同じ姓を持つ異世界の友人、ウィル・A・ツェペリの身体が吹き飛ぶ光景だった。
(馬鹿がッ―――! 何故ノコノコ現れた? 何のためにお前を外に残したと思っているんだッ!?
こういう場面になってこそ、伏兵のお前の存在が活きてくるのに―――ッ! もっと慎重に動けッ! 愚か者め!!)
心中で憤るビーティー。
どんな時も冷静沈着な彼とは違い、ジャイロは結構熱くなり易いタイプだ
銃声を聞いて、いてもたってもいられなくなってしまったのだろう。
本当ならばもっと現れるタイミングを図って欲しかったが、出てきてしまったのならば仕方がない。
「くそっ! どうなってやがるッ? どいつが敵だッ!?」
見極めないまま考え無しに飛び出してきたジャイロには、攻撃対象が定められなかった。
一発しか無い鉄球を構え、ジャイロは思案する。
ツェペリが爆死した側でうずくまる女か?
高そうなコートを着込んだ、見慣れぬ金髪男か?
いや、やはりアヴドゥルと組み合っている、長い前髪の少年が怪しいかッ!?
「女だジャイロ! 女を狙えッ!!」
ジャイロの迷いを、ビーティーの指示が一蹴した。
花京院が何かをしたのは間違いない。
だが、鉄球は1発だ。
謎の防御スタンドを繰り出した花京院の正体がわからぬ以上、貴重な攻撃手段を無駄に使うことはできない。
「女の腹に鉄球を叩き込めッ! その女は何者かに操られているッ!
お前の『回転』ならば、吐き出させる事もできるはずだッ!」
「お おうッ!」
まず優先して無力化すべきは、猟銃を持つ川尻しのぶだ。
猟銃には残弾が5発あった。
ドルドに1発。アヴドゥルに1発。弾はまだ3発も残っている。
しのぶが本当に『法皇』に操られているならば、解放してやらねば。
そうでないとしても、鉄球でしのぶを倒してしまえば、とりあえず猟銃の驚異は無くなるだろう。
「うおおおおおっ!!」
ツェペリの体当たりを喰らい倒れていた川尻しのぶを狙い、ジャイロの鉄球が放たれた。
回転する鉄球が身体を起こしかけていたしのぶの腹部に突き刺さる。
しのぶは低い呻き声を上げ、そして大きく開けられた口から、先ほどから見失っていた『法皇の緑』のヴィジョンが姿を現した。
『何ィィ―――ッ!?』
『法皇』を操る花京院にとっては想定外の攻撃だ。
しのぶの体内から『法皇』が強制的に引きずり出される攻撃など、予測できるわけがない。
身体から飛び出した『法皇』などよそに、側にいた吉良は、鉄球を喰らったしのぶを抱き留める。
そして、無防備に投げ出された『法皇の緑』―――。
アヴドゥルがそのヴィジョンを確認し、そして深い悲しみに襲われる。
やはり、花京院の仕業だったのだ。
(花京院―――ッ! 何故だッ! 何故お前が―――ッ!?)
「うおおおおおおお――――――ッッ!!!」
『黄の節制』に腕を捕まれたまま、アヴドゥルは吠えた。
身体を捻らせ、力の限りを尽くした回し蹴りを、無防備な『法皇の緑』の胴体へと叩き込む。
『グバァァァ!!』
強烈な一撃に見舞われ、『法皇』は苦しみを見せる。
やがて『法皇』のヴィジョンは力無く地面に落ち、そしてその姿を消した。
(よしッ! 『法皇』は仕留めたッ! あとは―――)
ビーティーとアヴドゥルは、同時に『花京院』へ視線を送る。
奴はまだ、『魔術師の赤』の手刀を黄色いスライムで防いだ状態のままだった。
つまり、『法皇』へのダメージが届いていない。
この『花京院』は『法皇』の本体では無かったッ!
ジャイロはまだ事の成り行きを把握できず呆然としている。
だがアヴドゥルは、既にすべてを理解しつつあった。
花京院とラバーソール。どういうわけかは知らないが、彼らがグルになって仕掛けていたのだ。
『黄の節制』のスタンド使いを知らぬビーティーも、ここで何が起こったのか、だいたいの予想が付いてきた。
こうなると、ジャイロの考え無しの参戦も、結果オーライで済ませられるだろう。
こちらの人的被害は、厄介なドルドと足手纏いのツェペリだけで済んだのだ。
あとは、アヴドゥルとジャイロの2人がかりで偽の花京院を倒して仕舞う。
そしてどこか近くで倒れているであろう、本物の花京院を押さえてしまえば、すべてが終わるのだ。
本当に、そうだろうか?
何か見落としている気がしてならない。
ビーティーは、事件の経緯を振り返る。
そうだ。
これではツェペリが爆死した事に対し、説明が付かない。
彼は川尻しのぶの身体に触れたとたん、爆死した。
明らかにスタンドによる攻撃だ。
だが、これは誰の能力だ?
どこかに潜んでいるであろう花京院の能力は、間違いなく『法皇の緑』である。
そしてこの偽花京院の能力は、おそらくこの黄色いスライムだ。
スライムを変形させて身体に纏い、変装すると同時に身を守るスタンドだろう。
どちらのスタンドも、条件に合わない。
アヴドゥルも知らぬ『法皇』の隠れた奥の手という可能性もあるが、やはり現実的ではない。
可能性として高いのは、更なる別の敵スタンド能力の存在。
ここで、未知の攻撃についてもう一度振り返る。
ツェペリは川尻しのぶの身体に触れたことにより、爆死した。
普通なら、ここでしのぶに触れる事が危険だと、誰だって思う。
だが、奴は違った。
鉄球に弾き飛ばされたしのぶを、真っ先に抱き抱えた奴。
それも、彼女を気遣っての行動ではない。
彼女の持つ武器、猟銃を手に入れるため。
そしてその他の状況を考慮しても、消去法でも、爆破の能力の本体は、奴以外には――――――
「さて、聞かせてもらうか? キサマはいったいーーー」
「アヴドゥルッ! 蓮見だッッッ!!!」
ラバーソールへ尋問するアヴドゥルの言葉を遮る、ビーティーの叫び声。
そしてそれと同時に鳴り響く、もはや聞きなれた轟音。
猟銃を水平に構えた吉良吉影の放った弾丸は、モハメド・アヴドゥルの胴体を撃ち抜いた。
★ ★ ★ ★ ☆ ☆ ☆ ☆
こいつは鮫だ こいつにゃ歯がある
その歯は面に見えてらあ
こいつはメッキース こいつにゃドスがある
だけど そのドスを見た奴はねえ
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最終更新:2014年05月23日 20:37