『フ■・フ□イ/十■夜■夜/ターズ』
【黎明?】幻■郷?/D-■ 廃■館??/紅■館???
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
紅魔の館の住民達を見守るように備え付けられた、それは大きな古時計。
私がこの館で働くより遥か以前から作られた、たいそう立派な大先輩だ。
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
悪魔の家には多種多様な変わりダネが、日々を変わらずに過ごしている。
暴れん坊の悪魔姉妹、三度の飯より読書大好き魔女、あと役立たず門番。
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
そんな彼女たちの平和で安全なる生活、その管理を仰せつかった重要職。
謂わば紅魔の館を裏から操る真の主人──それがこの私、
十六夜咲夜だ。
なんちゃって。
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
ヒマそうな私の独りボケ。その観客は目下の所、目の前の古時計だけだ。
いえ、絶賛仕事中なのだけれど。お昼を終えた後は館のお掃除タイムだ。
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
今の仕事にはやり甲斐を感じている。天職、と言ったら自惚れなのかも。
しかし実際問題、私が居なければこの紅魔館は瞬く間に崩壊するだろう。
ふよふよ慌しく右往左往するだけの妖精メイドも、大して有能ではない。
あのお嬢様に掃除洗濯料理は不可能だ。買い物なんて以ての外。無理ね。
今のはお嬢様には内密に。カットしてください。
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
古時計の音が一層虚しく静寂を刻んだ。エントランスには私だけが居た。
人々に恐怖される悪魔の家も、太陽の昇る時間帯は案外に静かなモノだ。
まるで、私だけ。この世界に生きる生物は、私だけなのだと錯覚しそう。
《お嬢様は……パチュリー様は、何処へ行ったのかしら。捜さなければ》
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
私の背丈の倍はあるだろう古時計に、体を宙に浮かして雑巾掛けを行う。
蓋を取り外し、埃被った内飾の隅々まで。常に完璧が私のモットーなの。
ツルッ
「あ」
妙な考え事をしていたのが災いしてか、部品を手から滑らせてしまった。
立派な装飾を施した時計盤だった。随分なウッカリだ、私らしくもない。
「──────止まりなさい」
別に声に出して言う必要など全くないけども、反射的に『能力』を発動。
時は止まる。時計も止まる。全ての運動が止まる。私以外の、何もかも。
こうして私は己の失態すらも止めるべく、静止した時計盤に腕を伸ばす。
時を止めるこの能力は、物心ついた時より既に我が手中に備わっていた。
最初は瞬き程の一瞬しか止められない、未発達で発展途上の能力だった。
しかし私が成長するにつれ、2秒、3秒と長く止められるようになった。
今では5秒……なんてものじゃない。とにかくずっと目一杯止められる。
時間が止まっているのに「何秒」だなんて変だろとお嬢様に昔言われた。
たぶん、羨ましかっただけでしょう。
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
「あら?」
そのとき、時計盤を受け止めようとする私の鼓膜に不可解な音が届いた。
おかしい。今は私以外の世界は凍り付いてる筈なのに。音の出所はどこ?
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
いや『これ』だ。止めた筈の時計の針が、私の許可無く動いているのだ。
「あ……ちょっ……!」
《ガシャアン》
時計盤が、床に落ちて壊れてしまった。細かな機械の部品が辺りに散る。
どうやら最近の過労からか、ウッカリと時間を解放してしまったらしい。
皿一枚割るのとはワケが違う。大先輩に対して酷い粗相をしてしまった。
「───ん?」
バラバラ死体と化した時計を拾おうと床に着地した時、異変に気付いた。
肌の感覚で理解(わか)る。鼓膜に届く風の擦り音で察知(かんじ)る。
時間は、動き出してなどいなかった。先とは変わらず凍り付いたままだ。
「……あれ? おかしいわね」
時間が止まったままならば、何故この時計盤はいきなり動き出したのか。
この『世界』を自由に動けるのは、自分以外には居ない。何であろうと。
だというのにコイツは、私の意識を無視して勝手に動いて、壊れたのだ。
《2時4分。時の針は其処から先へ動かないまま。永遠に動かないまま》
《咲夜の世界から零れ落ち、彼女の時を止めたまま。永遠に止めたまま》
「っ痛……! なんなの……?」
ズキリと、頭痛に襲われる。心なしか、首の辺りも何故か痒みを覚えた。
二日酔いに翻弄されるほど呑んじゃいない。なにか、身体の調子が変だ。
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
飛び散った古時計の針が、壊れたままに蠢きだす。怪音も止まらぬまま。
絶対に奇妙だ。だって、時計は壊れたのに。時間は止まったままなのに。
時が止まっているのに、時計は止まらず。破壊されても、針は止まらず。
まるで時の『入門者』だ。咲夜の世界に、土足の侵入者が現れたが如く。
《やっぱり変。私以外に、この世界に立ち入れる存在なんてありえない》
ツゥーー……
首筋に更なる違和感。背中がぞくっとした。おぞましい寒気に襲われた。
わけのわからない恐怖。焦りと共に私は首に手を伸ばしてみる事にした。
(あ、れ……? 腕が……いや、身体が……動か───!)
身体がまったく動かない……! まるで、時間でも止められたみたいに!
目線を下へ下げると、首筋の傷から真っ赤な血がドロドロ溢れ出ていた。
《この傷は何!? 鋭利な刃物で斬られたみたいに私の首を囲んで…!》
わからない。何も《思い出せない》! 自分の身に何が起こってるのか!
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
時間は止まらない。止まっているのに止まっていない、のだ。理解不能。
真っ白なエプロンドレスが朱に染まっていく様は、猟奇的な光景だった。
ドロドロドクドクと、私の身体はすぐに血塗れの人形のように固まった。
《……後、お願いします。……そのあと名前、必ず…………おしえ……》
死に体の頭にフラッシュバックする、奇妙な《記憶》が深い混乱に誘う。
……死ぬ? 私は、死んでいるの? 時間を止められないのもそのせい?
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
───時間が止められない、のではない。勝手に動いているのでもない。
私が、十六夜咲夜の感覚だけが、時間/世界に置いて行かれているのだ。
ひとたび止まってしまった私だけの時間は、二度と動き出すことはない。
古時計の刻む音は、私を置いて行く世界が彼方まで歩き往く足音だった。
(待っ……! 行かないでっ! 動けない……! と、止まって……!)
カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
床に崩れた二つの針が、私を嘲笑うかの様にグルグルと廻り続けている。
死骸へ果て逝く私の肉体は、ただ黙ってそれを眺めることしか出来ない。
常に動き往く『時間』という名の星々から、私だけが転げ墜ちてしまう。
腕を伸ばそうとも、屍人の肉体では動けない。星々には、届かないまま。
《紅》と《蒼》に煌く彼の星々を見上げて、自然と頬に涙が伝い、消ゆ。
嗚呼……長年、時空間を捻じ曲げて弄んだツケを今、払う時がきたのだ。
宇宙の理相手に、私如きが手を加えていいワケがなかった。因果応報だ。
カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
私は『世界』に追い付けない。私の中の『時間』は止まってしまった。
『世界』は私を置いて行く。虚ろなる私は『過去』に囚われたままだ。
《嘘っ……! そんな、私には……逢わなきゃいけない人がいるのに》
脈が止まっていた。心臓(こころ)が、時間(いのち)が、動かない。
咲夜の世界/ワタシのハリは壊れ、永遠に時間を止められたままだ。
時間に置いていかれる感覚。初めて体験する、悲しい感情だった。
すぐに目の前の光景が消えた。私は暗黒の空間に放り込まれた。
五感の内、視覚を奪われた。人が生きるのに最も重要な感覚。
次に音が消えた。外界の囀りも、己の声すらも聴こえない。
聴覚を奪われた私は、いよいよ自分の居場所を見失った。
紅魔の象徴とも言える紅茶の香り──嗅覚も消失した。
嗅ぎ慣れた筈の、我が家を漂う風。懐かしい匂いも。
味覚も無いのだろう。あの紅茶を味わう事もない。
お嬢様の好みの味を、明日から誰が淹れるのか。
最後に私の世界から、触覚が失われていった。
ここに居るという感覚。私が私である為の。
じきに何も感じなくなる。今の私は人形。
お嬢様……せめて最後に一目だけ……。
……だめ。もう意識すら消えていく。
嫌よ!怖い!誰か、誰か居ないの!
私は、まだ沢山やるべき事が…!
私の時間が、完全に止まる…!
私の針が、止まってしまう!
誰かお嬢様の力になって!
私はもう、ダメだから!
お嬢様だけじゃない!
霊夢も、承太郎も!
二人が危ないの!
喪いたくない!
お願いです!
彼女達を─
守って─
もう─
消─
─
■
◯
◯ ◯
◯ ◯
◯
◯ ◯ ◯
◯
◯ ◯ ◯
◯ ◯ ◯ ◯
◯ ◯
◯ ◯
─
泡─
飛沫─
水泡だ─
ブクブク─
耳障りな音。
此処は何処だ。
水の中、か……?
まだ、生きている。
私はどうなったのだ。
ディエゴに敗北した後。
湖の底で気を失ったのか。
さっきの記憶は一体なんだ?
十六夜咲夜の、肉体の記憶か。
屍人でも、夢を見るのだろうか。
本来の私は、夢を見ることはない。
元々がプランクトンでしかないのだ。
先程の映像は、私にとって初めての夢。
新鮮で、不愉快で、おどろおどろしい夢。
咲夜の記憶と感情が、私の意識に介入する。
これが《人間》か。これが《十六夜咲夜》か。
咲夜の夢にしては辻褄が合わない原因は、私か。
咲夜(にんげん)とF・F(わたし)の双遺伝子。
違法フュージョンが生んだ、渾然一体の偽装遺伝子。
今、私の肉体と咲夜の記憶は更なる化学反応を見せた。
ヒトの脳とは面白いもので、時折こんな遊びを働かせる。
もっと知りたい。十六夜咲夜を、人間を、深く見ていたい。
だが屍人から得られ、観察できる情報量は極めて微々たる物。
大事なのは『未来』だ。私が覘くべき光は過去の映像には無い。
何か大切な使命があった筈。私の知性は、私の生きる証は、何だ。
咲夜の世界/わたしのハリは動き、もう一度時間を未来へ進ませる。
脈は動いていた。心臓(こころ)が、時間(いのち)が、再び流れる。
私は再び『世界』に追い付かなければならない。私の中の『時間』は、もう一度動き出す。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『F・F』
【真昼】C-3 霧の湖 地下水道
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
一致率30%───
ハマらない。ハマらない。中々ハマってくれない。
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
一致率50%───
ハマらない。ハマらない。上手くハマってくれない。
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
一致率80%───
まだハマらない。綺麗にハマらない。肉体部の接合率は約95%なのに。
カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
一致率85%───
もう少しだ。もうすこ、し。100%の合致で、私は。
カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
一致率88%───
ダメだ。現段階でこれ以上は、精神的負荷も未知数となる。クソッ
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチッ!
一致率86%───
下がってんじゃないわよ! もういい!
「───ぶはァ! ……ハァ! ……ハ! ……はぁ……っ げほ……っ!」
仄暗い水の底へと、その新生物は叩き落された。
身形だけを述べるなら、その者の名は『十六夜咲夜』と答えることが正解だろう。
しかし今の彼ら/彼女らという多数的存在にとって、『名前』とは等しく重要だ。
十六夜咲夜/
フー・ファイターズ/F・F……どれもが彼ら/彼女らの証となる、大切な生の証明。
ゆえに少女の形を作ったその存在を咲夜と呼ぶことは、完全なる正解ではない。
不定形のピースを探し当て、正解の存在しないパズルを作るような、あてどない問い。
そこにピースを嵌め込む本人の意志を介在させるのならば……暫定的にも『彼女』の名は───『F・F』である。
自我知性の消滅危機からやや強引に掬い上げてくれた少女──
博麗霊夢から与えられた新しい名前と存在理由だ。
F・F/フー・ファイターズ/Foo Fighters/Who? Fighters。
“彼女達”は誰なのか?
“彼女達”は誰が為に戦うのか?
“彼女達”は誰と戦う運命にあるのか?
“彼女”はF・F。多数の意思が一個に結した人間モドキ。
“彼女”は己が為に戦う。己が存在意義を守る為、キッカケを与えてくれた霊夢と承太郎は何としても守り通す。
“彼女”は自身の運命をまだ知らない。しかし己が運命に影を落とす敵に対しては、容赦なく殺戮を選ぶ。
支配戦争の末に、敗北を喫した。
敵の名は『
ディエゴ・ブランドー』と『
霍青娥』。
何としても勝たねばならない戦いだった。敗北は、霊夢たちをより確実な死淵へと近づける。
それはF・F自身の死と同義。生物の最も忌避する頂……その到達点に至ることは、F・Fにとっては少なくともまだ早すぎるのだ。
だが───太古の王『恐竜“ダイナソー”』。
ヤツの圧倒的支配力に、人へ成り損なったプランクトンの群など、土台勝てるわけがなかった。
ミクロ大戦には完敗。本体の頭部はもぎ取られ、“殻”と共に湖底深くまで沈められたのだ。
底へ、底へ、仄暗き水の底へ。
僅かに通っていた湖底の穴に吸い込まれ、いつしか落ちてきたこの場は『地下水道』。
ディエゴに敗北したF・Fは意識喪失の最中、一緒に流れ着いた“彼女”の殻と接触できた。
必要なのは地上を自由に歩き回れる肉体だ。所詮は水棲生物である本体では、逃がした霊夢たちを追い掛けることすら難しい。
無意識下であったが、F・Fはすぐさまに十六夜咲夜との融合を図った。
カチ、カチと、複雑怪奇なパズルにでも挑戦しているかのようだった。
咲夜の肉体・記憶と共にF・F本体との完璧な合致を目指したが、結果から言うとこれでは完全と言えない。
相当の無茶をしただろうが、精々が咲夜との合致率85%止まり。これ以上の結合には時間を要するだろう。
最初に咲夜と融合した時も完璧ではなかった。それ故に途中、時間停止を覚醒させた時も元の持ち主と違い、0.5秒が限界だった。
壊れてバラバラに散った職人時計を、素人の手で復元するようなものだ。
どれが短針でどれが長針なのか。人間でいう動脈と静脈のように、針は時間(いのち)を運ぶ部位。
数多ある部品の中からそれらを探し当てるには、『十六夜咲夜』という、元在る儘の完全なる時計をもっと知る必要がある。
『時』を『計』る少女──咲夜。
彼女を量るのに、要すべきはやはり『時間』だ。
朽ちた彼女の記憶を探り、最善を目指せばいずれは100%の合致率を図れる。
もし次に、あのDIOのような男が現れれば……現状のF・Fでは再び敗北するだろう。
そうなる前に、どこかで糧を得なければ。
「はあ……! はあ……! はあ……! こ、ここは……何処なの?」
天井隅に備え付けられた電灯がチカチカと鳴り、濡れそぼった自らを眺め回してまずは安堵する。
戦いの舞台が水中間際であったことが幸いし、千切れ飛んだ本体の修復はそう難儀なことではなかった。
だが安堵の後にこそ、状況の把握を完了した気の緩みにこそ、次の絶望が自覚を伴ってやって来る。
どうやらこの場所は地下らしい。果たしてどこから流れ着いたのか、ざっと周りを見渡しても地上への入り口らしき物は見当たらない。
下水道のような場所だった。
第一回放送時に主催が「地下に面白い物がある」と言っていたが、この地下空間のことだったのか。
周囲に誰も居ない。敗けたのだ、私は。ディエゴ・ブランドー達に敗北し、こんな薄暗い地下の穴倉にまで叩き落されてきた。
敗北したこと、それ自体は大した問題にもならない。問題は奴らの、霊夢たちへの追撃を許してしまったことにある。
霊夢も承太郎も、瀕死の瀕死だ。そこを狙われてはひとたまりもないだろう。
「……諏訪子は!? こ、小傘……生きてる!? 返事して!」
あの戦いの直前、彼女達の体内に忍び込ませた自身の分身。極小の個体といえど、意志の疎通や会話程度なら可能な筈だが。
……返答はない。良い方向に考えるのなら、距離が離れすぎたことが原因だが……最悪───二人共殺されている。
付喪神の小傘はともかく、諏訪子はあれでも祟り神ミシャグジを支配する強力な神の部類だ。
そんな彼女をたかだか二兵の武力で下したというのなら、敵は想像以上に曲者。
途端にF・Fの顔から血の気が引いていく。霊夢たちの惨殺された姿が、否応に脳裏に浮かんできてしまう。
「そ、そうだ……今何時なの!? 確か、そろそろ『放送時刻』が迫ってきてた筈だけど……!」
如何な時間を操る咲夜の肉体といえど、体内時計に関しては自信もない。
今が12時を過ぎているのなら放送はとうに終了している筈であり、残念ながらF・Fには放送の記憶など全く頭に残っていない。
らしくなく慌てて周囲を見渡し、彼女にとっては幸運なことにデイパックが水浸しの状態で発見された。
気絶したF・Fと一緒に流れてきたのだろう。これに関しては全く運が良かったと言わざるを得ない。
……懐中電灯。
ダメだ、完全にイカレている。これはもう使えない。
……食料。
泥水まみれのふやけたおにぎりで良ければ食べられなくもない。どっちにしろ私には不要だけど。
……地図。
これも酷い状態だ。ぐちゃぐちゃに破けてとても地図の体を成せていない。破棄決定。
……コンパス。
これは無事だった。もっとも、ここが何処だか分からない地下である以上、あまり意味はないかも。
……支給品。
ナイフやジャンクスタンドDISCも全て無事だった。参加者の命運を握る命綱だが、今必要なのはこれではない。
……鉄の輪っか?
これは……確か諏訪子が振り回していた武器だった気がする。一緒に流れ着いてきたらしい。……彼女は無事なのだろうか。
……ビニールパック?
こんな物がデイパックに紛れていたのか。雨が降っても中身はこれで大丈夫などという、主催共の気遣いだろうか。だったら早く言え。
……あった、時計!
「って壊れてるじゃない! もうっ!!」
予想できていたオチだったが、やはりF・Fの癪に障るだけの結果に終わってしまった。
雨曝しのようにすっかり雫を滴らせる簡素な丸時計が伝えるのは、時報ではなく絶望だ。何しろ時間が分からなければ放送の有無すら知れないし、何といっても普通に不便だ。
自分は今、どれだけの時間を無防備に寝ていたのか? この座視した刻の分だけ、霊夢たちは三途の川を漕いでいるかも分からないのに。
癇癪を起こした子供のようにF・Fは、機能を失った時計を踏み潰して水道へ蹴り飛ばした。
壊れた針は『12時』より前を指していた。戦いの衝撃か防水加工を施されてなかったかは知らないが、少なくとも自分の感覚から言って現在はとっくに正午を過ぎているだろう。
放送を聞き逃したことはF・Fにとって相当痛い。全参加者にもたらされる平等な情報アドバンテージを、自ら閉ざしてしまったのだ。
死者の発表とやらで、霊夢や承太郎、諏訪子やジョルノらの名が呼ばれたかどうか。それを知ると知らないのでは天地の差だ。
禁止エリアのこともある。自分が生きている以上、精々分かるのはここが禁止エリアではないということくらいだ。
北か南か、東か西か。一歩エリアの外に出ればドカンという事態にだけは遭遇したくない。そもそもここがどのエリアかも分かっていない。
───実際の禁止エリアはC-2でありここよりすぐ真上の区域なので、実はF・Fは本当に危険な状況なのだが。
「…………いえ、そういえば……そうだったわね」
突然に、何事か明瞭不明の言葉を吹き出すF・F。表情を作るは、先とは打って変わって至極冷静な貌だ。
契約があった。霊夢たちと行動を共にするのは『6時間』だけだったという、確かそんな口約束。
元々強制に、なし崩し的に乗せられた口車。共倒れになるのは、命の恩人といえど割には合わない。
正午までなのだ、此度の契りは。彼女達とはぐれた以上、身を粉にしてまで尽くす必要性は最早どこにも無くなった。
命の恩人、とは言うが、そもそも火の粉を降り掛けたのは霊夢だ。向こうが黒炭にし掛けておきながら急に殺すのは止めた、と助けられた末に恩人などと言い出す輩が居たなら、そいつはまさしくプランクトン並みの知性だ。
尤も、彼女とのいざこざに於ける火の元、つまり最初に仕掛けたのは紛うことなきF・Fなので、その辺を突かれると痛い。実際、霊夢にはそこを突かれて結果強引に契約させられたのだが。
つまりは約束の6時間が過ぎた以上、彼女は『自由』を得たということだ。
「自由…………か」
サアサアと水の流れる音と、私の呟きのみが空間に響き、この暗く長いトンネルを奥底まで流れていった。
独りだ。私は今、たった独りで此処に立っている。
ホワイトスネイクにいい様に命じられ、たった独りでDISCの護衛のみを遂行してきたあの日々に戻るだけ。
いい社会見学になった。随分と刺激も強かったが、それだけで私が生まれた意味もあったように思う。
霊夢と承太郎の安否は気になるが、ジョルノという少年に全てを任せよう。無責任のように思えるが、生物の本能として危険を回避するのは当たり前の判断ではないだろうか。
何より重要視するべきは、私自身の『知性』が喪われることだ。私という宇宙空間に生まれた、知性という小さな感情──記憶──そんな産物が容易く崩される。
真に危惧するべきは、そんな事態だ。
霊夢と承太郎が喪われるのは恐ろしい。
しかしそれと同じくらい、『自分』の知性が喪われるのも恐ろしいのだ。
天秤が揺れる。
心が揺れる。
合理化を図り、秤を量るは己の実体験ばかり。
過去の蓄積あっての未来だ。
「………………やはりDISCかしら、今は」
DISC。それがF・Fに与えられた初めての使命であり、生きる意味といえた。
奪われたであろうそれらの円盤を奪い返す。元を辿れば、絞り込む目的など最初からそれ一つではないか。
何を呑気に人間ごっこなど。
こうして敗北を経験し冷静になった頭で、F・Fはごくシンプルな原点に立ち返る。
散りばめられたヒントは虚無に等しいが、一枚一枚せっせとDISCを探して集めるか……最悪、霊夢たちが手遅れであった場合はゲーム優勝を狙うか。
「──────時よ、止まりなさい」
キィ──ン……
F・Fが念じると同時、流水が氷河のように固まり、そして間もなく音を逆立て流れ出した。
「……まだ、1秒か」
咲夜本人やDIOのような時間停止、その模倣を行使してみた。が、紅魔での戦いの時とあまり変わらず上達の気配を見せない。
咲夜との融合一致率85%では、やはり雀の涙の如きか細い模倣だ。
練習ではなく、実戦の中で経験値を積む必要がある。相手も時止め操作術を持つなら上達も早かろうが、参加者の中に時間能力者がそう何人も居るとは思えない。
猶予う時間の中、十六夜の模倣に誘うは、己が自惚れにいざ酔う弱きココロ。
強靭な使命を精神に掲げ困難に立ち向かわなければ、時は永遠に進まない。
ここで燻っていても、私の時間(いのち)は止まったまま。
針(あし)を進めるには、命(じかん)を得るには、何処かの場所で糧を得る。
そうでなかったら、私の時間は永遠に壊れた古時計のまんまだ。
私は再び『世界』に追い付かなければならない。私の中の『時間』は、もう一度動き出す。
カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ カチッ ───。
下水道に投げ捨てた筈の時計の刻音が、幻聴のように私の頭を支配しだす。
実際、これは幻聴でしかない。私の中の世界に揺蕩う、唯一無二の絶対時間。
しっとりと濡れたメイド服の上からそっと手を当てると、其処には確かな時間が途切れることなく流れ続けている。
これは脈の流れる心音。心臓(こころ)が、時間(いのち)が、咲夜の世界に生み出す幻想の響。
トクン トクン トクン トクン トクン トクン ───。
かつての私にはなかった、安らぎの音楽。
人間が行う細胞分裂の回数は限界がある。細胞は不死などではなく、ある程度の回数をこなすとやがて限界を迎え天寿を全うする。
私の持つ知性の記憶にそんな説があったが、これを『ヘイフリック限界仮説』というらしい。
身体の部位によって細胞分裂の理屈も違ってくるので、今日では寿命と単純に繋げられる論ではないが、どんな物にも限界は来るということだ。
無限など、夢のまた夢。夢幻なる理想の都にしかない。
最果てに向かって万物は歩いているというのなら、この胸の心臓が起こす鼓動もまた、有限だ。
有限だからこそ、この鼓動は幽玄なる調べ。永遠など、ヒトの身にはおこがましい。
産声を上げ続けるこの鼓動にも、限界が定められているのだろうか。
だとすればそれは天命。
人間は、生まれ落ちたその瞬間には既に寿命が決定されている。
あるいは宇宙が誕生した瞬間にはもう決まっている、と。そんな説もこの世には存在する。
オカルト的な話がしたいのではない。宇宙論など持ち出すには、今の状況はやや切羽詰りすぎている。
『寿命』と『運命』では、意味がまるで異なる、という話だ。
ヒト、あるいはモノの『寿命』とは予め決められており、変更させることは基本的に不可能だ。
対して『運命』。これは人の人生に於ける巡り合わせをいう。
行動や信念、立ち振る舞いによって、運命は変わる。変えることが出来るのだ。
寿命が先天的な終焉の日を示すなら、運命の終焉とは後天的に変えることが出来る。
───運命を変える。口に出すのは容易いが、並大抵のことではないのだと、私は思う。
───どこかのお嬢様は「そんな程度の能力は容易いものだ」と、軽く鼻で笑うけども。
トクン トクン トクン トクン トクン トクン ───。
絶え間なく、けれども一定だ。
十六夜咲夜の鼓動は、寿命は、今もなお生を証明している。
とっくに死に絶えているクセに。
寿命など、とうに迎え切ったクセに。
運命に敗北したクセに。
往生際悪く、抗っているのだ。この少女の残滓は。
何の為だろう。
私は静かになった頭で、『十六夜咲夜』を考える。
記憶が教えてくれている。
レミリア・スカーレット。少女の主となる、吸血鬼だ。
よほど主人が気に掛かるのだろう。気を抜けば、私(F・F)が少女(咲夜)の意識に喰われかねないほどだ。
主の為。従者の誇りを護る為。
己の為であり、護るべき者の為でもある。
どちらが欠けても矛盾の生じる、二つの信念。それら纏まった全てが『十六夜咲夜』。
そして私(F・F)自身の心が、彼女の信念を取り込んでいる。
私からすればレミリアなど虚構の像。そこに矜持の入り込む隙間など、在るわけがない。
一心同体、ならぬ異心同体だ。取り込んだとはいえ、あくまで私は私であり、咲夜は咲夜なのだ。
だが、咲夜の強靭な忠心……そこから学べる事柄は莫大なる量。
ただ陸用の足として彼女に寄生したのではない。全く、これは『運命』と言い換えたっていいかもしれない。
これも縁だ。彼女の途切れた運命の糸は、私が紡ぎ直せる。
それはもはや十六夜咲夜とは言えないかもしれない。新しい私───霊夢から与えられた『F・F』という名が歩き出す、第二の運命なのだ。
「私が……私自身として、成さねばならないこと…………」
虚空に消えた、自らへの問い掛け。
咲夜には感謝しなければならない。そしてきっと、これからも世話になる。
内に残る、彼女の“我”の残滓など、所詮は些末な不確定要素に過ぎない。
だが、不確定だからこそ……彼女が最期まで人間として幕閉じたからこそ……
揺さ振られるべきは、我が『心』───!
人間にも満たぬ、極小の『感情』───!
こんなにも馬鹿げて、素敵で、面白い!! そんな『十六夜咲夜』を“受け入れて”──────!
「──────ええええええええええええいッ!!!!」
ゴ ン ッ !
気でも触れたように、咲夜の形を取ったF・Fが突如奇行を始めた。
額にツツーと流れる、紅い線。ジンジンと、痛覚に“よく似た”信号が、少女の感覚を通してF・F内部にも伝わってくる。
自らをコンクリート壁に打ち付けた痛みは、例え一時でも歪んだF・Fの心の迷い。その代償だ。
「──────受け入れた上で、私は先へ進むわ。……少し臆したけど───もう、猶予(いざよ)わない」
やはりジョルノに誓った言葉を嘘にはしたくない。
何度倒されようと、何度殺されようと……心に浮かぶ『二人分』の感情が消えぬ限り、我が存在は滅しない。
擬似的に人間の心を手に入れた今こそ、我が『感情』の為に翔ける時ではないのか?
DISCなど、もうどうだっていい。使命など知ったことか。
暗雲は切り払った。十六夜咲夜の心に残った『人間』としての誇りが、私を再び前へ向かせる。
私は新たに、私自身へ使命を与える。
『契約の6時間』は過ぎ去った。自らを縛る縄が解き放たれた今、真の意味で私は自由を得た。
此処から先、自由の身となったからには、勝手に行動をさせてもらうとしよう。
「私へ『命』を与えてくれた霊夢と承太郎に───今度こそ、殉じましょう。尽くしましょう。護りましょう」
己の天秤。
F・Fに与えられた『理屈』と『感情』という名の、両の秤。
敗北の味を知り、支配に負けた結果、『理屈』に傾きかけていた、その天秤が。
この瞬間……ゆらりと釣り合った。
「ありがとうございます、咲夜。貴方の持つ、立派な『時計』……今しばらくお借りしますわ」
少女の壊れた古時計は、それでも音を鳴らし続ける。
針なら、自分自身が補えばいい。
時を進めるには、長針/F・Fと、短針/咲夜の、両針/両心/良心が揃えば事足りる。
人は天秤が釣り合わねば、心が動かされたりはしない。
浮いた『感情』の秤皿に、ヒトの心という分銅を乗せたその腕は……今は歩みを止めてしまった、完全で瀟洒なメイドの……その虚像。
ちょっぴり手助けは貰ったけども、これで天秤は綺麗に釣り合った。
「霊夢も承太郎も……きっとまだ『生きている』ッ! 此処より先は、私自身への『命令』で動かせてもらうわ!」
実に、実にシンプルな想いが、彼女の……或いは彼女達の行動理念を矯正した。
喪いたくない。
それだけの、感情。
今はまだ正体の掴めぬその感情───『愛』が、F・Fを疾走させた。
行動や信念によって、運命は変えることが出来るのなら。
「今、虚空に霧散しようとしている霊夢たちの運命は、私が変えなければッ!」
早く。疾く。
F・Fは決死の感情を振り撒きながら地下水道を駆けた。
もう他人任せにしてはいられない。そのせいで犠牲も出てしまったかもしれない。
今は亡き十六夜咲夜もフー・ファイターズも、かつては主から命令を下されるがままの存在だった。
二人の心が合わさり『F・F』へと進化を経た今では、全てが彼辺此辺(あべこべ)。
命令を下すのは、猶予わない己側であり、我の芽生えが感情の花を返り咲かせる。
もしも霊夢たちの『運命』という名の時計が、今際の寿命を迎えようと針を進めているのなら。
(そんなフザけた運命など、この私が時計盤ごと完全に止めてやる! 叩き壊してやる!)
自〝身〟とは向き合った。
決〝心〟も完了させた。
忠〝信〟も自覚した。
指〝針〟も決めた。
前〝進〟だけだ。
自ラ決メタ、忠ナル指ヲ前ヘ。
ワガ身心ヲ信ジ、針ヲ進メヨ。
(それら全てが、私の〝真〟なる〝芯〟なのだと、そう思う)
後はもう、本当にそれだけ。
最後に私が前進する方向を決めるのは、方位磁石の羅針だけだ。
水害の災から生き残ったコンパスをグッと力強く、手の中に握りこんだ。
北。南。東。西。
四肢に伸びた下水道の彼方。ルートは四つ。信じるは勘。
鬼が出ても蛇が出ても、玄武でも朱雀でも青龍でも白虎でも。
四〝神〟だろうが何だろうが、我が道を遮るのであれば容赦はしない。〝死ん〟でしまえ。
林檎を貪り、永い眠りの夢を貪るだけの〝シン〟デレラ役は、もう御免だ。
寝穢く不完全な屍のままの咲夜を許さないのは、私を介して感じる咲夜本人の感情。
「お願い……無事でいて! 霊夢! 承太郎!」
他人に敷かれた運命の絨毯を、見守るだけの人生だった。
今度は、今よりは、自ら絨毯を広げ、踏み抜く時だ。
今日、この時を以て、F・Fの最初で最後の物語が始まる。
それは儚い、最後の幻想(ファンタジー)のように。
幾重もの時の隔たりを越えて召喚された、彼女自身が紡ぐのだ。
【真昼】C-3 霧の湖 地下水道
【フー・ファイターズ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:十六夜咲夜と融合中、体力消費(中)
[装備]:DIOのナイフ×11、本体のスタンドDISCと記憶DISC、
洩矢諏訪子の鉄輪
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット2
[思考・状況]
基本行動方針:霊夢と承太郎を護る。
1:霊夢たちはきっと生きている! まずは捜し出す!
2:参加者の誰かに会い、放送の内容を訊きたい。
3:レミリアに会う?
4:墓場への移動は一先ず保留。
5:
空条徐倫とエルメェスと遭遇したら決着を付ける?
6:『聖なる遺体』と大統領のハンカチを回収し、大統領に届ける。
[備考]
※参戦時期は徐倫に水を掛けられる直前です
※能力制限は現状、分身は本体から5~10メートル以上離れられないのと、プランクトンの大量増殖は水とは別にスタンドパワーを消費します。
※
ファニー・ヴァレンタインから、ジョニィ、ジャイロ、リンゴォ、ディエゴの情報を得ました。
※咲夜の能力である『時間停止』を認識しています。現在1秒だけ時を止められます。
※基本支給品の懐中電灯、食料、地図、時計など殆どの物が破棄され、地下水道に流されました。
※
第二回放送の内容を聴いていません。
○支給品説明
<洩矢諏訪子の鉄輪@現地調達>
洩矢諏訪子の神力で生み出された鉄の輪っか。
前にこの輪っかは何なのかと訊いてみたら「フラフープ」という答えが返ってきた。
土着神凄いな。(
霧雨魔理沙談)
最終更新:2017年09月29日 02:16